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37.嘘

 夜半の闇を、篝火かがりびが明々と照らす。

 広場の片隅で小さなたくを陣取って、ハナエとヨシュア、そしてアデルの三人は頭を寄せ合っていた。


「黒の王が黒幕、ですか……」


 アデルは腕組みをすると、ゆっくりと口を開いた。


「確かに、アヤ様は『だまされた』と言っていましたね。ただ単に嘘をつかれたというよりは、利用されたと考えるべきでしょう。そうでなければ、絶望するほど傷つくとは思えません。そして、最後には切り捨てられた……」


 北の丘でのことを思い出し、ハナエは強くこぶしを握る。アデルも一瞬言葉を止めると、小さく息を吐いた。


「――アヤ様は、ハナエ様を殺そうとしました。そうすれば黒の王の呪いがとけると信じていたからです。その真偽はともかく、何者かの指示でハナエ様を狙ったのは間違いありません」


「その『何者か』が黒の王か、もしくは王様を利用した誰か――ってこと?」


「ええ、その可能性は高いと思います」


 ハナエを見つめ、アデルは頷く。

 それを黙って聞いていたヨシュアが、はい、と手を上げた。


「じゃあ何で、アヤは切り捨てられたんだ? ハナエはまだ生きてるじゃねえか。その黒幕の目的は、まだ達成していねえのに」


 アデルは少し黙ると、やがてぽつりと言った。


「……逆だとしたら?」


「逆?」


「ハナエ様を殺すのではなく、『生かして連れて来い』という指示を受けていたとしたら――アヤ様はその指示を聞かず、ハナエ様を手にかけようとした。だから始末されたとは考えられませんか?」


 ハナエは、ヨシュアと顔を見合わせた。

 それなら、話の筋が通ってくる。


「なら、やっぱり敵の狙いはハナエか?」


「というより、白い剣でしょう。アヤ様の持つ黒い剣ではなく、『すべてを断ち切る』と言われる力を欲している」


―――――――――――

・黒の王 白い剣を必要としている?

―――――――――――


 メモに鉛筆を走らせながら、ハナエは言った。


「もしそうなら、目的は何なんだろう。白い剣の力を使って、何をしようとしているのかな」


「おい、アデル。どうなんだよ」


 アデルは少し考えた後、腕組みを解きながら明るい声で言った。


「その話は一旦、置いておきましょう」


「は?」


「置いておくって、どうして?」


 思わず、ヨシュアとハナエが椅子を鳴らして立ち上がる。アデルはふたりを眺めながら、困ったような笑顔を浮かべた。


「今はまだ、敵の正体を断定できていませんからね。不確かな敵の目的を推測するよりも、アヤ様の言葉に何か糸口がないか、もう少し振り返ってみませんか?」


「アヤの言葉?」


 ハナエがきょとんとした顔で聞き返すと、アデルはこくりと頷いた。


「アヤ様は真っすぐな方でした。嘘を言えるような人間ではありません。騙されていたとすれば、その言葉には必ず矛盾が生じているはずです。もう一度、彼女が発した言葉を丁寧に見直してみましょう」


「アヤの、言葉――」


 ハナエはじっと愛用のメモを見つめたまま、記憶を掘り起こしていく。


(馬鹿げた話よ、何もかもね。これは最初から、私とあなたの因縁だった。黒の騎士と白の騎士、黒い剣と白い剣の因縁だったのよ)


(おのれ、白い剣――私からも魔女からも、全部奪っていくというの?)


(だったら、アンタもひとりぼっちになればいい!)


「――アヤは、白い剣が『自分からも魔女からも、すべて奪っていく』って言ってた」


「魔女からも?」


 アデルが首をかしげている。


「そういえば、お前は魔女と会ったのか?」


 ヨシュアが尋ねると、ハナエはかぶりを振った。


「会ってないわ。アヤだって会ってないはずよ」


「なんでそんなこと分かるんだよ」


「だってこの国、今は初夏でしょ? あたしとアヤがここに来たのは最近だけど、魔女は去年の秋から眠りについてるのよ。会えるはずがないわ」


 その言葉に、アデルがぴくりと顔を上げる。


「ハナエ様、『魔女が秋から眠りについている』というのは本当ですか?」


「うん。魔女は氷の結晶の中で眠ってるんだけど、曼珠沙華まんじゅしゃげの花が一緒に凍ってたの」


「花? それがどうかしたのか」


 眉根を寄せているヨシュアに向き直ると、ハナエは言った。


「前に、この国の花や気候が、あたしのいた国と似てるって話したでしょ? 曼殊沙華は、別名『ヒガンバナ』っていうくらいだから、お彼岸――つまり、秋に咲くの。だから魔女が眠りについたのは、だいたい秋ごろだと思う」


 アデルは黙ったまま、何やら考え込んでいる。眉間のしわを深くしながら、ヨシュアが言った。


「アヤと魔女に面識がないなら、アヤはその話を誰から聞いたんだよ。ロッドとかいう魔女の弟子か?」


「ロッドは違うわ。「ここには来てない」って言ってたし――」


 そこで、ハナエの言葉が止まる。

 心に、釣り針のように違和感がひっかかっている。


(なんだろう……何かが変だ)


 あれは――そう、ロッドの小屋を訪れたときだ。


 ハナエとアヤの存在こそが、王族の病の原因だと聞かされたとき。

 それを信じないと、リトが言ってくれたとき。


 確か、リトがロッドに聞いたのだ――「その話を黒の騎士にもしたのか?」と。


 そのとき、ロッドは「いいえ」と答えた。

 そして、彼はこう言った。


「あの方がここに来たことはありません。たぶん、別の人――ムジカ様あたりから聞いたのかもしれないですね」


 これだ――ハナエの中で、違和感の正体が、鮮やかに姿を現した。


「ねえ、ヨシュアは会ったことのない人を「あいつ」って言う?「そいつ」って言わない?」


「は?」


「ロッドは、アヤとは会ってないって言ったのよ。でもその後に、「あの方がここに来たことはない」って言った――見たことない人を「あの方」なんて言うの、変じゃないかな。普通だったら「その方」って言わない?」


「うーん……? まあ、変といえば変かもしれないけど……」


 ヨシュアは困った顔で唸っている。


「ねえ、アデルはどう思う?」


 ハナエはアデルへと向き直った。

 アデルは組んだ両手の上にあごを乗せて、じっと暗がりに目を凝らしている。


 視線を闇に向けたままで、アデルがぽつりと言った。


「――ハナエ様、ひとつ確認したいことがあるのですが、よろしいですか?」


「うん、なあに?」


「魔女は『王族の病は騎士の呪いだ』と、そう言っていたそうですね」


「うん。ロッドが、魔女からそう聞いたって言ってたけど」


「なるほど――とんだ道化がいたものですね」


 アデルが顔を上げる。

 その瞳には今、強い確信が映っていた。


「そのロッドという魔女の弟子が、嘘をついているのは間違いありません」


 それを聞いたヨシュアが、にやりと笑う。


「へえ、ずいぶんはっきり言ったな。根拠はあるのか?」


「ハナエ様がおっしゃったとおり、魔女は去年の秋には眠りについていたのでしょう。一方で、王女様のご病気は今年に入ってからです。魔女が王族の病に言及することはできません。魔女から話を聞いたというのは、嘘になります」


 アデルはぴしゃりと言い切った。


「じゃあ……」


 ハナエは息を飲んだ。


 もし、ロッドが嘘をついているのなら。

 もし、アヤにすべての情報を吹き込んだのが、ロッドだとしたら――。


 バラバラだった事象が、パズルのように組みあがっていく。


 ロッドとアヤに面識があったのなら、アヤのことを思わず「あの方」と表現してしまったのにも納得がいく。


「そもそも、魔女の一番弟子・ムジカなる人物を、誰も見ていません。その存在を口にしたのは、二番弟子のロッドだけです。存在しない人物を黒幕に仕立て上げ、その裏で動き回る――そんな回りくどいことをやるのは、真犯人だけです」


「ロッドが、黒幕……?」


「少なくとも、彼はいくつかの嘘をついています。そして、アヤ様をだまして利用していたのならば、黒の王ともつながりを持っているはずです」


 鉛筆の先が、ふるふると揺れている。つづる言葉が浮かんでこない。

 ハナエはどくどくと落ち着かない心臓を、胸の上からぎゅっと押さえることしかできなかった。


「おい、大丈夫か?」


 ヨシュアの大きな手のひらが、気遣うように肩に触れた。


「ちょっと動揺してる。まさか、ロッドが……」


「まだ、そうと決まったわけじゃねえけどな」


 ハナエは黙って頷いた。


 分かっている――自分の感じた違和感も、アデルの指摘も、恐らく的を得ている。

 ただ、あまりに信じられなかったのだ。あの朴訥な青年が、アヤを利用してハナエを捕えようとしていたなんて。


「今、最優先なのは、戦争を止めることです。黒の王を探し出し、戦争を止めさせましょう」


 アデルが改めて言った。


「ヨシュア救出の際、王は城内にいませんでした。軍の本陣にも王の姿はなかったと聞いています。いるとしたらロッドのところか……少なくとも、ロッドは何か知っているはずです。何としても見つけ出さなければ」


「でもよ、さっきの矛盾だけじゃ弱いぜ。ずいぶんと口八丁みたいだしな。追及したって、のらくら逃げられちまうんじゃねえか?」


 ヨシュアが頬杖をついて言うと、アデルは自信ありげな笑顔を見せた。


「大丈夫です。ここまで聞いた限り、あまり綿密なシナリオを用意していたわけではなさそうですからね。想定外の話を振れば、必ずボロを出しますよ」


 ハナエはゆっくりと深呼吸をすると、メモ帳に書きこんだ。


――――――――――

・ロッドにすべてを問いただす

――――――――――


 三人は互いに顔を見合わせると、深く頷き合った。



   ***



 夜明け前。


 赤黒い雲のせいで、星の光も届かない。

 手にしたランプの灯りだけが、ぼんやりとあたりを照らしている。


 静まり返った町の入り口には、ハナエとアデル、ヨシュアの三人だけが立っていた。


「危険だとは思いますが、他に策がありません。ハナエ様も十分に警戒をなさってください」


 アデルの瞳が心配そうに揺れている。ハナエは剣の柄をぽんと叩いて笑った。


「大丈夫、あたしには白い剣があるわ。ヨシュアもいるし」


「取って付けたように言うな、失礼な奴め」


 ヨシュアがハナエの頬を軽くつねる。


「痛い痛い! もう、なにすんの」


「うるせえ」


 アデルは優しい笑顔を浮かべ、そんなふたりを見つめている。


「アデルの方こそ、気を付けてね。こっちは戦場になるんだし」


「大丈夫ですよ、こちらにはガルシア様と精鋭たちがいます」


 皆で考え抜いたリペルの防衛作戦は、兵力差を覆すため、いくつもの部隊を同時に動かす高度な戦術が必要となっていた。


 戦況を見極めて的確に指示を出せる人間は、ここにはアデルしかいない。アデルが村に残るのは必須であった。


「僕はそちらのほうが心配です。一筋縄ではいかない相手のようですし、何か奥の手を隠している可能性もあります。ヨシュア、ハナエ様を頼みましたよ」


「分かってる」


 アデルとヨシュアは拳を突き合わせ、互いに頷いた。


「あとひとつ、ハナエ様にお伝えしておきたいことがあります」


「なあに?」


 首を傾げたハナエに近づくと、アデルは何やらそっと耳打ちをした。


「……えっ、ホント?」


「ええ、恐らく」


 アデルは少し笑うと、言った。


「では、僕はここで失礼いたします。ふたりとも、必ず無事に戻ってきてください」


「うん、アデルも気を付けて」


 三つのランプの灯りが、二手に分かれる。

 ふたつの灯りが森の暗闇に消えてしまうまで、アデルはじっとその場から動かなかった。




 ハナエはヨシュアと共に、暗い森へと分け入っていく。


「平気か?」


 ヨシュアがぶっきらぼうに言う。相も変わらず素直ではないが、ヨシュアなりにハナエを心配しているらしい。


「大丈夫、怖くないよ」


 少し笑って、ハナエは言った。

 ランプの灯りが薄暗くても、そばにはヨシュアがいる。


 暗い森など、少しも怖くなかった。

次回は4/6の夜に更新予定です。

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