27.星読みの里
「アデル殿は、なぜハナエ殿と共に行動されているのですか? 近衛兵としての責務……だけではなさそうですね」
シエルの問いに、アデルは真剣な顔で答える。
「そうですね……僕は義務ではなく、『自分の意思』でハナエ様のおそばにいます。ヨシュアも同じです。僕たちは自分の頭で考え、自分の心にしたがって、ここまで来ました。ですから、何があっても後悔はありません」
シエルはその言葉に頷くと、そっと指を伸ばして水盤に触れる。
水面に、静かに波紋が広がっていく。
「あの壁画に書かれた巨人は、【災厄】の姿だと言われております」
「【災厄】? それは一体……」
「分かりません。今この世界に起きている異常を指しているのか、はたまた別の何かを示すのか……それについては、何も伝えられておりません。分かっていることは、この世界はかつて【災厄】を封じた地であったということ。そして、白い剣が生まれた地でもあると言われています」
シエルは静かに語り始めた。
「封じられた【災厄】を解き放ったのは、白い剣だったそうです。なぜそうなったのか……理由は伝わっておりませんが、そこから【災厄】と白い剣をめぐる因縁は始まったとされています。世界中に散らばった【災厄】を追うように、白い剣も世界を渡るのだそうです。アデル殿がおっしゃったとおり、白い剣は救世主ではありません。【災厄】との因縁に決着をつけるべく現れる、力そのものの姿です」
そこでいったん言葉を切ると、シエルは目を閉じて天を仰いだ。
「――すべてを捨て、ただ手を取れ。光と影が重なるとき、夜明けの虹が空にかかる……これが伝承の続きで、そのすべてです」
「光と、影……」
ハナエが思わずつぶやくと、シエルが振り向いて言った。
「ハナエ殿、光あるところには必ず影ができるもの。それは断ち切れぬ因縁なのです。人の心もまた同じ――光と影をどちらも宿し、苦悩するのは人の性。白い剣という無類の力を授かったあなたは、光も影もさらに濃いものとなりましょう。どうか剣に心を奪われぬよう、ご自分をしっかり持って歩んでください」
シエルの言葉を、ハナエは心に刻み込んだ。真剣な面持ちで頷くハナエに、シエルは優しく言った。
「ハナエ殿、微力ではございますが、我ら【星読みの民】も力をお貸しいたします」
「だ、ダメですってば!」
「いいえ。予言でも掟でもなく、私自身があなたに協力したいのです。あなたが白の騎士だからではなく、あなたがハナエ殿だから、私は手助けしたいのです」
「でも、戦争に巻き込まれたりしたら……」
言い淀んだハナエの後ろから、リトが頭をわしっと掴む。
「だから力を貸すんだよ。戦争が起きたら、俺たちだって無事じゃすまないんだから」
シエルも頷く。
「もし黒の国が白の国を攻めたら、次に狙うのは我々でしょう。戦争になれば、小さな里に抗う手段はありません。その前に手を打たなければ、我らは簡単に滅ぼされてしまいます」
「そういうこと。ま、俺たちからしても、手を組むなら白の国、ってことさ。力になれると思うぜ」
リトの言葉に頷くと、シエルは言った。
「リトよ、お前はハナエ殿に同行し、支えて差し上げなさい」
「もちろん、そうするつもりさ。他の連中にも声かけてみる。もちろん、命令じゃなくて『自分の意思』で、な」
リトはそう言って、パチッと片目をつぶってみせた。
我慢していた涙が、足元にぽたりと落ちる。
雫が落ちた地面で、光の粒がぱっと瞬いた。
「ありがとう、リト、シエルさん」
せめて泣き顔を見せないように、ハナエはそのまま深く頭を下げた。
***
洞窟から外へ出たハナエが目にした光景は、さっきとまるで違うものだった。
広場の焚き火の周りには、たくさんの人々が集まっている。
いや、それはただ単純に「人」ではなかった。
シエルのように半人半獣の者もいれば、獣や鳥もいる。それらが人の姿をした者たちと、普通に話し、笑い合っている。巨大なクマが、小さな子どもたちを肩車している。
「ねえ、リト。この町のひとたちは、一体何者なの?」
「俺たちは獣人族だ。人にも獣にも姿を変えられるし、里長みたいに半人半獣にもなれる――あ、心配すんなよ。人間を襲って食ったりはしねえから」
手風琴で陽気な音楽を奏でる者、それにあわせて踊る者、酒を酌み交わす者、肩を組んで大声で歌う者――その誰もが笑っていた。
星空の下、様々な姿のままで、皆が笑い合っていた。
「素敵なところね」
ハナエがぽつりとつぶやいた。
「皆、いろいろな姿をしているのですね」
アデルがあたりを見渡して言う。すると背後から、威勢のいい女の声がした。
「姿かたちなんて気にしてる奴は、ここには誰もいないよ。好きな姿のまま、好きなように暮らしてるのさ」
そこに立っていたのは、褐色の肌をした背の高い女性だった。
少し目尻の吊り上がった、生き生きとした若草色の瞳をしている。飴色の短い髪は、活発そうな彼女の雰囲気によく似合っていた。リトのターバンと同じような刺繍のベストを着ており、短いスカートからは、すらりとした足が長く伸びている。
「あたしはあたし、あんたはあんた。どっちも大事な『ひとり』さ」
そう言うと、彼女はにっと白い歯を見せて笑った。
「あたしはカイラ、鷹の獣人だよ。よろしくね、白の騎士さん」
ハナエはなんだか嬉しくなって、はしゃいだ声で言った。
「あたしはハナエ。こっちはアデルっていうの。よろしく、カイラ!」
「ハナエに、アデルね。オッケー、覚えた」
力強く差し出された手を、ハナエはぎゅっと握る。その手は、意外なくらい柔らかかった。
「ねえ、カイラは鷹の獣人なんでしょ? 空を飛べるの?」
ハナエが聞くと、カイラは得意げに笑ってみせた。
「もちろんさ、変身すればね」
「変身? すごい!」
「そうかい? まあ、リトよりは役に立つと思うよ」
リトは「うるせーよ」と顔をしかめた。
ハナエはアデルと顔を見合わせて笑う。
その時であった。
「ほらね」
「ほらね」
「白の騎士はいいひとだもん」
「白の騎士は優しいんだもん」
「知ってるもん」
「知ってるもん」
足元から、歌うような高い声がした。
小さな男の子と女の子が、ハナエを見上げて立っている。
ふたりは顔立ちも背丈も、もちろん服装もそっくりだった。
「助けたもん」
「助けたもん」
「ターニャたちを助けたもん」
「みんなおうちに帰れたもん」
ハナエはピンときた――確か、賊に連れ去られた子どもたちの中に、見つからなかった双子がいたはずだ。
「あなたたち、もしかしてイージャとマーレ?」
「そう!」
「そう!」
「あたし、イージャ!」
「ぼく、マーレ!」
ふたりは花が咲いたように笑った。
「よかった! ターニャが心配してたよ」
だが、ハナエがそう言ったとたん、ふたりは今度は花がしぼんだようにしゅんとしてしまった。
下を向いたまま、ぽつぽつと言う。
「……ターニャ、怒ってる?」
「……バイバイ言わずにいなくなって、怒ってる?」
ハナエはその場にしゃがみ込むと、ふたりの頭に手を置いて、できるだけ優しく言った。
「ターニャは怒ってないわ、心配してただけ。大丈夫よ、次に会っても仲良しのままだから」
双子の笑顔が再び咲いた。わっと笑うと、ふたりはハナエに飛びついた。
「ハナエ!」
「ハナエ!」
「よろしくね!」
「仲良くしてね!」
はしゃぐ双子を眺めながら、リトが言った。
「こいつらはネズミの獣人なんだ。里から出て遊んでたところを賊にさらわれたんだけど、変身して檻から抜けてきたんだってさ」
「本当に無事でよかったわ」
ハナエはそう言って立ち上がった。そして、ふと首をかしげて言う。
「ねえ、リトも何かの獣人なの?」
「もちろんさ。何の動物に見える?」
リトはハナエの顎を軽くつまむと、すぐ近くに顔を近づけてニッとわらう。が、すぐに頬をゆがめて飛びのいた。
見ると、アデルが不機嫌そうな顔でリトの腕をつねり上げている。
「リト、ハナエ様にちょっかいを出さないようにと言ったはずですが」
「ちょっとからかっただけだってば……イテテッ、分かったよ!」
アデルがやっと手を離すと、リトはうらめしそうな目でアデルを睨んだ。その様子に、ハナエはカイラと一緒に涙が出るほど大笑いした。リトとアデルも、やがて顔を見合わせると、同時に噴き出す。
ひとしきりみんなで笑った後で、リトが言った。
「さてと……これからどうするか、話し合おうぜ。カイラ、お前も来いよ。手伝ってほしいことがあるんだ」
「いいよ、最近退屈してるんだ。あたしにできることなら何でも言いなよ」
カイラはそう言って、片目をつぶって笑ってみせた。
焚き火がパチパチと音を立てて燃えている。
あちこちにテーブルとイスが並べられ、村の人々は思い思いに楽しい時間を過ごしている。
ハナエたちも飲み物をもらってから、テーブルにつく。
席に着くと、ハナエはすぐに紙束と鉛筆を取り出した。
――――――――――――――
・ヨシュアの救出と、黒の国の動向
・王女様の病気について
・土から栄養分が失われていることについて
・外の森からわきあがる黒い雲について
・魔女と魔女の弟子について
――――――――――――――
「今あたしたちが抱えてる問題は、ざっとこれくらいかな」
ハナエがメモを読み上げると、まずはリトが口を開く。
「ヨシュアと黒の国に関しては、俺たちの仲間がすでに見張ってる。引き続き監視を続けて、救出のタイミングを見よう。さっきも言ったけど、すぐに命を取るようなことはしないと思うぜ」
「じゃあ、『黒い雲』についてはどう?」
ハナエが言った。
「バムじいは、真っ黒い雲が時々、外の森の北側からわいてくるって言ってたわ。その場で渦を巻いてとどまって、気が付いたら消えてるんだって」
「ああ、それなら知ってる。北の丘のほうだろ」
カイラがそう言って頷く。
「北の丘には、あたしらもめったに近寄らない。気温も低くて荒廃した地域だし、風が強くて冷たいから、飛べる連中も簡単には近づけないんだ。まあ、あんなところには用もないしね。でも確かに、変な雲がわいてくるのはあっちからだ。何か起きてるのかもしれないね」
「そこに魔女もいるのかな」
ハナエがつぶやくと、カイラが意外なことを言った。
「魔女は知らないけど、魔女の弟子なら西の谷にいるって聞いたよ」
「ええっ?」
ハナエとアデルは同時に声を上げて、思わずその場に立ち上がった。
「カイラ、それ本当?」
「魔女の弟子とは、どのような人物なのですか?」
「おいおい、そう焦りなさんなって――おい、ビーツ! こっちに来な!」
カイラの声に、ひとりの少年がぱたぱたと駆け寄ってきた。
「ねえビーツ。あんた、西の谷で魔女の弟子に会ったって言ってたよな」
ビーツと呼ばれた少年は、やや緊張した面持ちで頷いた。
「西の谷近くを飛んでいたとき、崖から落ちそうになっている少年を見かけたんです。すぐに助けに行って、崖の上に引っ張りあげました。その子が、自分は魔女の弟子だと言ってました」
「その人物は、どんな印象でしたか?」
アデルが聞くと、ビーツはちょっと首をかしげて考えた。
「なんというか――ドジっていうか、ちょっと冴えない感じの男の子でした。魔女の弟子だけど全然魔法が使えないらしくて、いつも掃除とか洗濯とか、雑用ばかりしているみたいです」
それを聞いて、今度はハナエが首をかしげる番だった。
「ヨシュアが戦った『魔女の弟子』とは、別の人物なのかしら」
ハナエたちが追っている『魔女の弟子』は、あのヨシュアから逃げ切ったのだから、ある程度戦いの心得があるはずだ。ビーツが話す内容の人物とは、どうも一致しない。
やがて、じっと考え込んでいたアデルが口を開いた。
「行ってみましょう。今は少しでも手がかりが欲しい。もし別人だとしても、何かヒントになる話が聞けるかもしれません」
リトは、わかった、と頷いた。
だが、すぐにアデルにびしっと指を突きつける。
「でも、お前はダメ。その足で無茶すんな」
「足ならもう平気です」
リトはふいっとハナエの方を向いて言った。
「だってさ、ハナエ。どう思う?」
「平気なわけないと思う」
ハナエがそう言うと、アデルは「ほ、本当ですよ」とうろたえている。
「ダメダメ。俺たちが行ってくるから、お前は里に残って足の治療をしてろ」
「しかし……」
ためらうアデルに、カイラが笑って言い聞かせる。
「黒の国のほうは、あたしにまかせな。魔女の弟子のほうは、ハナエとリト。あと、ビーツも道案内で一緒に行っておくれ」
ビーツはニコニコしながら快諾してくれた。
ハナエはアデルの肩をぽんと叩く。
「決まりだね。アデルは残って、足の治療。それと、畑の土とか作物を調べさせてもらったらどうかな?」
「それは確かに、調べてみたいことばかりですが……」
リトがニヤリと笑う。
「そっちはお前にまかせる。ハナエのことは心配するな、俺がついてるって」
「それはそれで心配なのですが……」
「大丈夫だって! どーんとまかせとけ!」
アデルはついに観念した様子で、大きくため息をついた。
「分かりましたよ……ハナエ様、十分にお気をつけて。半径1メートル以内にリトを近づけてはいけませんよ」
「あれぇ? 俺ってそんなに信用ねえの?」
リトの情けない声に、みんなが笑った。
――――――――――――――
・黒の国とヨシュア カイラと翼のある仲間
・魔女の弟子 ハナエ、リト、ビーツ
・里の作物と土の組成 アデル
――――――――――――――
ハナエがメモ帳に綴るのを面白そうに眺めながら、リトが言った。
「じゃ、出発は明日の朝にしよう。西の谷なら一日もかからずに着く。ちょっと道が険しいから、今日はしっかり休んでおけよ」
頷きながら、ハナエは木のカップに口をつけた。
ツヤのあるクリーム色の飲み物は仄かに甘く、ホットミルクのような優しい味がした。
次回は3/27の夜に更新予定です。




