それでも、生きる場所
……ぼっちじゃんか。
その言葉が、頭の中で何度も反響していた。
声に出したわけじゃないのに、やけにうるさい。
応接室を出て、ギルドの廊下を歩く。
石床の感触が、やけに現実的だった。
人が行き交っている。
話し声も、足音も、全部ちゃんと聞こえる。
――世界は、続いている。
俺だけが、置いていかれたみたいに。
立ち止まりかけた足を、なんとか前に出す。
止まったら、本当に終わりそうだった。
隣を歩く彼女が、ちらりとこちらを見る。
何も言わない。
ただ、歩幅を合わせてくれている。
……それだけで、少しだけ呼吸が楽になった。
ひとりは、嫌だ。
心の底から、嫌だった。
この時代で、ひとりで生きるなんて、無理だ。
街も、人も、言葉も通じるのに――
知っているはずの「居場所」が、どこにもない。
だったら。
(……帰る方法を、探すしかない)
頭の中で、ようやく思考が動き始める。
時間を越えた。
偶然か、罠か、神の悪戯かは分からない。
でも、魔術が関わっているのは確かだ。
転移じゃない。
空間移動でもない。
時間そのものに、干渉している。
(……研究、か)
気が遠くなる。
前例も、資料も、指導者もいない。
ギルドは助けてくれない。
助けようがない。
つまり。
(……俺が、やるしかない)
英雄的な覚悟じゃない。
ただの消去法だ。
何もしなければ、何も変わらない。
だから、やる。
……問題は。
そのために、彼女を巻き込むことだった。
足を止める。
言葉を選ぶ前に、喉が詰まる。
図々しい。
分かってる。
命を助けてもらって、
道案内までしてもらって、
それでも、まだ頼るつもりか。
……それでも。
「……あのさ」
声が、思ったより小さかった。
自分でも驚くほどだった。
隣の彼女が、首を傾げる。
「お願いが、あるんだけど」
一瞬、間が空いた。
逃げ出したくなる沈黙。
「俺、多分……元の時代に戻る方法を探すことになる」
視線を逸らしながら、続ける。
「時間に干渉した魔術陣の研究とか……正直、見当もつかない。でも、やらなきゃ前に進めない」
息を吸う。
「それで……その……」
ここからが、本題だ。
「一人じゃ、無理だ」
情けないほど、正直な言葉だった。
「調査も、研究も……ダンジョンに、何度も入ることになると思う。危険だし、時間もかかる」
顔を上げる。
「……手伝ってほしい」
言った。
胸が、ばくばく鳴る。
断られても、仕方ない。
しばらくの沈黙。
それから。
「いいよ!」
やけに、あっさりした声。
思わず、瞬きをする。
「時間、あるしね」
にこっと、いつもの笑顔。
「たかだか数十年でしょ? 研究」
……数十年。
その言葉が、頭の中で引っかかる。
でも、今は考えない。
「……本気で?」
「うん。本気」
楽しそうに、彼女は頷いた。
「遺跡も好きだし、魔術陣の解析も興味あるし。ひとりでやるより、二人の方が効率いいよ?」
効率。
合理。
善意。
そこに、特別な意味はない。
――だからこそ。
胸の奥が、少しだけ、ぎゅっとした。
「……ありがとう」
それだけ言って、視線を落とした。
断られなかった。
理由も、条件もなかった。
ただ、隣にいることを選ばれた。
それが、ひどく重かった。
軽い調子で言われたはずなのに、
胸の奥に、ずしりと残る。
時間がある。
数十年。
彼女にとっては、短い時間。
俺にとっては――
人生の、大半だ。
それでも今は、
その差を考える余裕はなかった。
歩き出すと、彼女もついてくる。
当たり前みたいに。
古代遺跡ダンジョンの入口が、また視界に入る。
帰るために、来た場所。
元の時代へ戻るために、向かう場所。
……なのに。
足取りは、不思議と重くなかった。
「まずは、どこから調べる?」
振り返ると、
彼女は楽しそうに、壁の紋様を見上げていた。
研究。
調査。
解析。
全部、これからだ。
俺は、ゆっくりと息を吸う。
――ひとりじゃない。
その事実だけが、
今の俺を、立たせていた。




