時を遡る魔術陣
彼が残した研究を、追い続けた。
記憶を鮮明にする魔術陣。
彼が崩れ落ちた、あの日。
大量に書き殴られた陣式。
旧神殿・大広間での展開位置。
ダンジョンコアの魔力を用いた場合の、膨大な計算式。
「……そうね。分かってる。理論上は、でしょ?」
誰もいない部屋で、独り言が落ちる。
「ほんと……
私に、こんなことさせるなんて……」
机の端に、視線をやる。
「そうそう。
新しいローブも、完成したから……
あとで、着て見せてほしいの」
答えは、返ってこない。
「紅茶、いれるね。
ちょっと、待ってて?」
彼の分と、私の分。
――あ。
「……茶葉、切れてる」
買いに行かなきゃ。
「クオン?
一緒に、シュタット行く?」
……。
「じゃあ、ついでに納品もしてくるから。
お留守番しててね。
焼き鳥も、買ってくる」
そう言って、家を出る。
シュタットへの道。
守衛の顔ぶれが、また変わっていた。
ギルドへ向かい、花を納品する。
ドライフードは――
「あれ?」
忘れてきた、みたい。
受付も、見慣れない顔だ。
「……そういえば、変わったのね」
「トワさん!」
突然、声を掛けられる。
青年が、真っ赤な顔で立っていた。
「俺……前から、ずっと……
よかったら、付き合ってください!!」
一瞬、思考が止まる。
「え!?
命、消えるよ!?
呪詛が降り掛かって、それはもう……」
青年が、目に見えて怯む。
「だ、大丈夫です!
呪詛返しの札、持ってます!」
「もし、その札が……
偽物だったら?」
喉が鳴る音が、はっきり聞こえた。
「それに、私は既婚者。
家で、愛しい夫が待ってるから。
付き合えません」
「……天に……」
耳鳴りがした。
「……あなたが、生まれ変わり?」
青年の顔が、青白くなる。
「……い、いえ……それは……」
――あ。
焼き鳥、買って帰らなきゃ。
その場に青年を残したまま、歩き出す。
いつも、彼と寄り道していた本屋へ。
「あら?
今日は、店主さんいないの?」
「曾祖父は、天に召されましたよ」
「そう……
先日、お話したばかりなのに。残念ね」
「……もう、三十年は経ってますけど……
あ!
これ、時空魔術の新理論です!」
「……買うわ」
鐘の音が、街に響く。
焼き鳥を抱えて、家へ。
彼が待っている――はずの場所へ。
……どうして、灯りがついてないの?
「ただいまー。
クオン?
……もう、寝てるの?」
返事は、ない。
「焼き鳥……食べないの?」
……ぐぅ。
お腹が鳴った。
焼き鳥を片手に、
新しく手に入れた書を開く。
「……お行儀が悪いって言うけど。
クオンだって、してたじゃん」
頁を、捲る。
――魔石より強い媒体を介することで、
時空点を開く……
「……あれ?」
指が、止まる。
「これ……
ダンジョンコアの魔力を、
魔術陣へ直接流せば……」
いける。
確実に――
時を、跳べる。
私が、彼のもとへ。
未来で。
未来の、彼に。
……それは、
私の、夫?
「……クオンに、逢いたい」
声が、震える。
逢いたい。
逢いたい。
あなたに。
触れたい。
抱きたい。
声が、聞きたい。
「……次に、逢えた時は」
指が、強く紙を押さえた。
「二度と……
同じことは、させない」
それから。
新理論と、彼の研究資料。
記憶を鮮明にする魔術陣。
彼の魔力に反応し、
この地へと遡る、時空陣。
彼の魔力に、
私の魔力残滓を刻み込めば――
私は、彼を“思い出せる”。
成功すれば。
彼の死を、止められる。
成功確率は――
……考えるのは、やめた。
「大丈夫」
彼なら。
いいえ――
「……私たちなら」
必ず、気付く。
「クオン。
待ってて。
必ず……あなたの傍へ行く」
書き上げた魔術陣を、鞄へ詰める。
次は、旧神殿の大広間。
ギルドへ護衛依頼を出して――
あとは……
愛しい夫を、
私のもとへ。
呼び戻すために。
――すべてを、賭けて。




