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第6話 仔猫としての日常

 あれから、数日が経った。

 リリーは相変わらず、王子の大きなベッドの真ん中で丸くなっている。


「んにゃあ……」

(毎日、リアン王子と一緒なんて……夢のようですわ)


 ふわふわの羽毛布団に沈みながら、大きく欠伸をする。

 そして、仔猫の小さな体がきゅっと丸まって、再びだらっと伸びる。


「にゃん……」

(けれど……ほんの少しだけ退屈でもありますね)


 猫の生活は単純だった。


 食べる、遊ぶ、寝る。


 リリアナにとって唯一の楽しみは、リアン王子と過ごす時間。


 でも、今はその王子がいない。

 公務があると言って、朝からお城の外へと出てしまったのだ。


 静かな部屋に、一匹の仔猫。


(……はぁ)


 窓辺で日向ぼっこをしてみても、やっぱり心は浮かばない。

 あの扉が開くのを、ずっと待っていた。


 ――早く、帰ってきてください。


 そう思ったその時。

 扉が開き、あの声がした。


「リリー」


 低く、けれど爽やかな響きを帯びた声。

 振り向けば、私の王子様が立っていた。


「にゃぁあん!」

(リアン王子!帰ってきたぁ)


 王子はまっすぐに歩み寄り、リリーをひょいと抱き上げる。

 その手に包まれるだけで、体の力がすっと抜けてしまう。


「一人にしてごめんね」


 そう言って、私の頬に彼の唇が触れた。


「にゃん……!」

(い、今のは……キス!?)


 仔猫の心臓が一瞬にして、跳ね上がる。


(だ、だめです!私も心の準備というものが!)


 王子は気づかぬ様子で、仔猫の小さな頭を撫でている。

 その手は大きくて温かくて、もふもふの毛並みを柔らかく触ってくれる。


「待っててくれて、ありがとう」


「にゃあ……」

(わ、私にできることなんて、貴方様を待つことくらい……)

(でも、そう言ってもらえるなら、嬉しい)


 仔猫の胸の奥がじわっと熱くなった。

 退屈な時間も、彼が帰ってきた瞬間に全て報われる。


 ――愛のためなら、私は一生、猫のままだっていい。



 ◇



「今日はこれで遊ぼうか」


 そう言うと、王子は、衣服のポケットから小さなおもちゃを取り出した。

 羽根がついた、猫じゃらしのようなもの。


「ほら、リリー。遊ばないの?」


「にゃん…にゃ」

(えっ……さすがに私でも…それで遊ぶのはちょっと…)


 だが、目の前でぱたぱたと揺れる羽根に、体が勝手に反応する。


(な、なぜか、身体が勝手に、あの羽根を追いたくなって――)


「にゃっ!にゃにゃっ!」


 ベッドの上をぴょんと跳ねて、飛びかかるリリー。

 王子が笑いながら揺らすたびに、彼女の尻尾が縦横無尽に動いてしまう。


 しかし、ふと我に帰ると仔猫は動きを止める。


「……にゃん」

(これでは、ただの猫にしか見えません)


 ――でもこんなに笑ったリアン王子、初めて見ました。


 そんな王子の笑顔を見ていると、それでいい気がして――。


 仔猫は、小一時間、リアン王子と一緒に、羽根を追いかけ続けたのだった。



 ◇



「リリーは本当に甘えん坊だね」


「……んにゃぁぁぁ」

(こんなに撫でてもらえるなんて、幸せです……)


 リアン王子の指が背中を這うたびに、仔猫は小さな体を震わせ、甘い声を漏らす。

 仔猫はそのあまりの気持ちよさに思わず、瞼が落ちそうになっていた。


「でも、今でも思うんだ、本当にいいのか」

「君を拾ったのが……僕なんかで」


 彼は微笑んでいたが、その言葉にはどこか迷いが込められていた。


「…にゃん!」

(私はあなたの猫です!)


 仔猫は鳴くと、返事をするように尻尾をぱたぱたと揺らす。

 王子は「ありがとう」と言って、優しく笑った。


「リリー。君がここにいてくれると、僕も毎日、笑うことができる」


「にゃ……」

(ずるいです、そんなこと言われたら……!)


 その思いがけない言葉に、仔猫の尻尾がまた激しく揺れてしまう。

 王子はその動きを見て、さらに微笑んだ。


「そろそろ、寝ようか」


 ベッドに寝転がった彼の胸元に、仔猫は寄り添う。

 そして、目を閉じながら背中を撫でられる。


 途端に瞼が重くなっていく。


(ああ、私……)

(リアン王子の傍にいられるなら、それでいい……)


 リリアナが前世で、待ち望んでいた穏やかな時間が流れる。

 だが、そんな幸福は長くは続かなかった――。


 ◇


 その夜。

 城の一角、薄暗い廊下に、ひとりの男の影が揺れていた。

 白銀の髪に鋭い目をした処刑人ヴァルト。


「……あの猫」


 そう、低く呟く。


「魔法の匂いは間違いなく漂っていた。普通の獣ではない」

「次こそ正体を暴いてみせる……」


 そして、彼は夜の闇の中へと消えていった。

 仔猫の身に危機が迫っているとは、この時は、彼女自身も思いもしていなかった。

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