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転生忍者少年はダンジョンに挑む  作者: 田舎暮らし
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第三十六話 小箱の中身

 クレイム伯爵家の屋敷から地下へと脱出したセディル達四人は、通路の途中で見つけた四角い部屋で、夕食と休息を取っていた。

 まだ安全とは言い難い状況ではあるが、古布の上に腰を下ろし、アンナが作った温かいスープを飲み、パンとチーズ、干し肉を齧って食欲を満たした。

 そうして食事を終えると、彼らにも少し心の余裕が生まれる。


 「急いで逃げて来てしまいましたから、着替えも持って来られませんでしたわ……」


 脱出の為に、ドレスから男の子の古着に着替えさせられたエリーエルは、一般魔法で作った【大袋】の中から、今の自分の所持品を出し、溜め息を吐いた。

 そこにあったのは、着ていた部屋着のドレス一式と彼女の魔法勉強の集大成『エリーエルの呪文書』、それに彼女が普段使っている日用品がいくつか。


 それと、伯爵が屋敷を出る別れ際に、彼女に預けて行った『小箱』が一つ。


 「私も、それ程の物は持っていません」


 そう申し訳無さそうに言ったのは、アンナだった。

 彼女も一般魔法はエリーエル並に使えるので、自分の【大袋】を持っている。

 そこには『調理道具一式』と、着替えや下着、日用品、彼女が両親と亡き夫から受け継いだいくらかの遺産、それに伯爵家で働いて貰った給金を貯めた、彼女の全財産が入っている。

 伯爵家では衣食住が保証されていたので、アンナはそこそこお金を貯める事が出来た。彼女は全部で、3000シリスくらいの現金を持っていた。


 「大丈夫ですよ、アンナさん。ここからの脱出は、明日には出来そうだし、毛布は僕が持っているから、一緒に包まってくっ付けば寒くはありませんよ」


 笑顔のセディルが、鞄から毛布を一枚取り出す。

 不可抗力を言い訳に、アンナと一緒に寝られるなら、こんな都合の良い事は無い、と子供の顔をした悪魔が微笑んだ。


 「そうね、ありがとうセディル君」


 どこか憂いのある表情で、アンナがセディルを見る。

 その品良く優しげな顔には、一片の揺らぎも無い。アンナが、セディルやエリーエルの事を、まだまだ『子供』だと思っているのは間違い無さそうだ。


 「わたくしの毛布はありませんの?」


 座ったエリーエルがそう言って、少し身を震わせた。

 今の彼女は古着と古い外套を着ているが、仕方のない事とはいえ、それらは全て安物だった。気温の低いこの地下では、その恰好は少し寒かったのだろう。


 「お嬢様は、師匠の毛布を借りれば良いんですよ。師匠なら、寒いのも平気ですから」


 エリーエルの要求に対し、セディルはあっさりそう言うと、ライガの方を見た。

 彼の師は、忍者系忍法第三レベル【環境適応】を使い、周囲の気温の影響を受けずに活動する事が出来る。極寒の雪山でも、シャツ一枚で過ごせるのだから、多少寒いだけの地下ならば問題は何も無い。

 ライガは変わらずの鉄面皮のまま、無言で毛布を取り出すと、それをエリーエルに渡した。


 「……平民、アンナはわたくしと一緒に寝ます。お前は、一人で寝なさい」

 「えっ?」


 エリーエルの下した、地下の寒さよりも冷え冷えとした命令に、セディルの笑顔が凍り付く。

 そのサファイアブルーの瞳を冷たいジト目にし、エリーエルはアンナに近寄り、一緒に毛布を被った。


 「………………」


 セディルは失敗を悟った。

 気難しい性格の為に、絶対に自分では認めないのだが、平民と見下す輩の中でも唯一アンナにだけ、エリーエルは心を許し懐いていた。

 アンナと仲良くなるには、エリーエルの機嫌も良くして置かなければ成らなかったのだ。


 (うーむ、将を射んと欲するなら、馬から射なきゃ駄目だったか。この場合、将がアンナさんで、馬がお嬢様だけど……)


 そんなどうでも良さそうな事を考えている弟子の横で、ライガは、別の事を考察していた。

 それはこの事態に於ける、『忍者』である彼が注目すべき中枢。


 『皇帝と伯爵の死』、についてだった。


 (皇帝とクレイム伯爵が死んだ、いや殺された。それを実行し、自らの脚本通りに動かした、伯爵の敵。だが、それを成す為には、殺した二人に生き返って貰っては困る筈なのだ……)


 エリーエルは、殺された二人が蘇生されて無事に事態が解決し、父の無実は晴らされ、悪は正当な裁きを受けると信じているようだが、ライガには別の考えがあった。


 それは、『暗殺者の命題』。

 殺した相手の蘇生を、如何にして防ぐか。


 古よりの問いであり、忍びであるライガとしても疎かには出来ない手段の実行。

 標準的な手段として、最も一般的なのは、殺した相手の首を切り落として持ち去る事だった。

 僧侶系魔法に二種類ある蘇生魔法の内、第七レベルの【通常蘇生】では、魔法を成功させる為に、ほぼ完全な状態の死体という条件が求められる。


 そして最高位の第十レベルの【完全蘇生】でも、成功には最低限、その対象の『頭部』を必要とする。

 つまりは、殺した者の死体に首から上さえ残さなければ、蘇生は不可能と成る。

 持ち帰る事が出来ない場合でも、頭部を完全に破壊する事で、同様の効果は得られる。

 蘇生魔法が成功する確率は高くは無く、無用の心配に終わる事の方が多いのだろうが、それでも暗殺者は万全を期し、殺した者の頭部を処分しようとする。


 しかしそれは手間の掛かる行為であり、緊急時には、自らの身も危うくさせかねない貴重な時間の浪費でもある。

 それ故に、暗殺者はより確実に、手間も掛からず、短時間で対象を蘇生不能に追い込む手段を常に求めていた。


 (この事件、殺した皇帝とクレイム伯爵がもしも蘇生されれば、敵は致命的な状況に陥るだろう……)


 それこそエリーエルが言ったように、全ての罪は白日の下に晒され、ジーネボリス帝国の敵として断罪される事に成るであろう。


 (だから、敵は二人を殺した後、さらに蘇生を不可能にする手段を必ず実行した筈だ……)


 エリーエルには悪いが、と思いつつ冷徹な判断を優先する忍者であるライガは、既に『友達』だったクレイム伯爵の完全死を確信していた。


 (それには頭部を完全に破壊したか、或いは……)


 ライガには、ある心当たりがあった。

 チラリと、エリーエルの顔を見る。

 もしも、今回の殺害事件に『それ』が使われたとしたならば、皇帝親衛騎士隊がクレイム伯爵の娘とはいえ、ただの子供のエリーエルを『共謀者』として捕らえに来た理由も、彼には納得出来てしまう。


 「……お嬢様、確かあの時、伯爵様はお嬢様に『小箱』を預けて行きましたな?」


 毛布に包まる彼女に、ライガが訊ねる。


 「……? ええ、これの事ですわね。お父様が、皇宮に向かう朝、わたくしに預けた物ですわ」


 エリーエルの手に、その小箱が載っている。

 【大袋】に入れて置いた為に、今この場所まで持って来ていたのだ。


 「それの中身を、見せて頂けますか?」

 「何故ですの? お父様が、わたくしに預かっていて欲しい、と仰っていた物ですわ。他人に渡せる物ではありません」


 今と成っては、それが父親の残した最後の絆でもある。彼女も、ライガの頼みに容易に頷けるものではなかった。


 「もしかしたらですが、その中に、この事態を引き起こした『伯爵様の敵』に繋がる、何かがあるかも知れないからです」


 だが、ライガが淡々と話したその言葉に、部屋の空気が一変した。


 「なん、ですってっ!?」


 エリーエルが目を見開き、毛布を被ったまま立ち上がる。震える両手が、小箱を固く握り締めた。


 「こ、この中に、お父様の敵の手掛かりがあるとっ!?」

 「ふーん、それなら、確かにお嬢様に預けて置くのが、一番安全だったかも」

 「伯爵様の敵……」


 セディルとアンナも、その目をエリーエルが手にする小箱に向ける。この事態の真相、クレイム伯爵は誰と戦おうとしていたのか、それを皆が知りたがっていた。


 「見せて、頂けますか?」


 再度ライガがそう言うと、エリーエルは細い眉をきつく吊り上げつつ、小箱を彼に渡した。

 それ程大きくはないが、丈夫に作られたその小箱には、鍵穴が無かった。


 「仕掛け箱か、ドワーフやホウライの職人が良く作る物だ」


 ライガは、慣れた手付きで箱を調べ、その開き方を見い出して行く。そして、箱の何箇所かを弄ると、カチリと音がして、箱の蓋は開いた。

 箱の中には、折り畳まれた紙と黒い液体の入った小瓶が納められているのを、皆の目が確認する。


 「紙と小瓶?」


 出て来たのは、何の変哲も無い物。

 セディルもそれが何なのか判らず、不思議そうにそれらを見つめた。


 「この紙は、『手紙』のようだな。文字が書かれている」


 ライガが二つ折りに成った紙を開くと、そこには文字の羅列が並んでいた。

 しかしそこに使われている文字は、彼が知る『大陸共通語』『古代共通語』『ホウライ語』『忍者文字』のどれとも違う、意味不明な言語のものだった。


 「これは、何かしら? 『魔法薬』でしたら、わたくしが『鑑定』出来ますわ」


 エリーエルは、箱の中から黒い液体の入った小瓶を取り上げようとした。

 彼女は『賢者』であり、【物品鑑定】のスキルを持っている。その力を用いれば、『魔法の品』に込められた魔素を読み解き、その名と付与された効果を知る事が出来るのだ。

 まだレベル1なので、あまり強力な品の鑑定は難しいが、魔法薬程度の物なら成功する可能性は十分にある。


 「その必要はありません。これなら、俺でも判る」


 エリーエルがその小瓶を手に取る前に、ライガがそれを取り上げた。まるで、彼女の手に触れさせてはならない、と言うように。


 「その『黒い液体』が何なのか知っているんですか、師匠?」


 その動作に違和感を覚えたセディルだったが、続けてライガにその液体の事を訊ねる。


 「ああ、これは『毒』だ。それも所持している事が発覚しただけで、死罪に成る程の、国家にとっても禁制の『猛毒』だ」

 「毒?」


 クレイム伯爵が娘に預けた小箱の中から出て来た、その意外な品物に、皆が驚いた。


 「何でそんな物を伯爵様は、持っていたんだろう? 禁制品なんですか、師匠?」

 「そうだ、滅多に見る事の無い稀少品だが、裏社会では多くの悪党に求められ、とんでもない高値で取引されている。そして真っ当な国では、この毒の生産、販売、所持、使用、その全てが固く禁じられている」


 当然、このジーネボリス帝国でも、それは同じ。その禁を破った者は処刑されるだろう、とライガは付け加えた。


 「お父様がそのような物を、何故お持ちに? そちらの手紙も見せなさい!」


 あの真面目で厳格な父と禁制の猛毒が結び付かず、エリーエルは、残ったもう一つの手掛かりである手紙をライガから奪い取り、目を通そうとした。


 「うっ……」


 しかしそこに並んでいた文字は、歳の割に博識な彼女でも、解読は無理な代物であった。


 「これは、おそらく『碑文文字』ですわ。非常に古い文明で使われていたとされる魔法言語の一つで、今では専門の言語学者でもなければ、魔法を使っても読めませんわね」


 文字の羅列を目で追いつつ、エリーエルは悔しそうにそう言った。

 彼女も魔法学院で学び、今では『大陸共通語』『古代共通語』、それに魔術師系魔法を使う為の『魔法語』の会話と読み書きを完全に修得している。

 その他の言語についても、その内に学ぼうとしていたのだが、今現在『碑文文字』を解読する事は不可能だった。

 魔術師系魔法の第四レベル【言語理解】を使えば、魔術師は未知の言語の読み書きや会話が行なえるのだが、その魔法もこの『碑文文字』のような、『魔力を宿す言葉』に対しては無力であった。


 「仕方がありませんわ。魔法学院の学者の方に解読して頂かなければ、この手紙は読めませんわね」


 そうエリーエルが断言した時、横からひょいとその手紙を摘み上げた者がいた。


 「ちょっと、見せて下さい」


 セディルである。


 「ふむふむ、ほうほう……、なるほど、うわぉぉ~、そういう事だったんですか」


 手紙の文面に目を通し、スラスラとそれを読み解いて行く、学者でも魔術師でもない、平民の少年。

 それは本当に読めているかのような態度として、皆の目に映る。


 「無礼な冗談は止めて、それを返しなさい、平民。お前に『碑文文字』など、読める筈がありませんわ」


 呆れた様子で声を上げたエリーエルが、憮然とした顔で手紙を返すようセディルに求める。

 それをライガは無言で、アンナが困惑した顔で見つめた。


 この世界でも『高等教育』を受けられるのは、貴族や聖職者、成功した富豪や商人など、金銭面で余裕のある社会的上位層に限られる。

 庶民の通う学校もあり、そこで共通語の読み書きや四則計算を習う平民もいるが、割合で言えば、文字の読み書きの出来ない人々は、出来る人々よりも確実に多い。

 幼い時から森の中の館で暮らし、学校にも通っていないセディルは、当然碌な教養も無い田舎者だとエリーエルは思っていたのだった。


 「結論から言いますと、『ウォルドーズ伯爵』という人物とこの国の第二皇子という人が、この『毒薬の密造』に関わっている事の証拠に成りそうな手紙でしたよ」


 しかし、手紙を読み終えたセディルがさらりと告げたその内容は、冗談では済まされない情報を含んでいた。


 「……お前、何を言っていますの? 第二皇子殿下と言えば、皇帝陛下の第二子であられるラドラティス殿下の事ですわよ。アレイファス殿下の叔父上で、皇位継承権第三位の皇族ですわ。そんな方が、毒薬の密造になど関わっている筈が……」

 「でも、この手紙、その第二皇子が、ウォルドーズ伯爵って人に出したものらしいですよ。売り上げがどうとか、例の件の進捗状況はどうだとか、報告を求めているみたいな内容です。お嬢様は、このウォルドーズ伯爵っていう貴族の事、何か知っていますか?」

 「………………」


 セディルにそう問われ、エリーエルも黙り込んだ。

 彼が今突然、悪質な冗談として口にしたにしては、余りにも具体的な情報の言及がされていたからだ。


 「……そう言えば、お茶会で何かの話題が出た時に、その名前を聞いた事がありましたわ」


 様々な貴族の子息子女と交流があるエリーエルは、貴族社会の情報にも自然と接している。そして抜群の記憶力を持つ彼女は、そうした何気無い会話でも憶えているのだ。


 「確か、いつも『仮面』を被っている奇妙な貴族がいるというお話の中で、ウォルドーズ伯爵という家名が出ましたわね。何でもマスターレベル以上の『錬金術師』で、薬品の事故で顔を失ったと……」


 話を思い出しつつそのような事柄を語って、エリーエルも気付いた。


 『禁制の毒薬』。

 それに魔法薬の専門家である『錬金術師』。


 二つの話が繋がってしまう。

 それはもう、口から出任せで出て来るような情報ではない。セディルは確かに、手紙の内容を正確に読んでいたのだ。


 「平民っ! 何故お前は『碑文文字』を読めますのっ!?」


 魔法学院で幼くして天才児と持て囃された自分ですら、まだ勉強中の古い魔法言語を、田舎の平民であるセディルが易々と読んで見せたのだ。


 「まあ、色々と深~い事情がありまして、読めちゃうんですよ、僕」


 深く追及されると困るので、セディルは出来るだけ可愛く舌を出し、無邪気に笑ってエリーエルが睨んで来るのを誤魔化した。

 彼は『転生時の特典』として、二十種以上の言語での会話と読み書きを自動修得しているのだが、それをここで話しても狂人扱いされるだけだろう。


 「こいつの訳の判らんさは、この際置いておくとして、その手紙の内容は事実なんだな?」

 「はい、師匠。間違いありません」


 薄々、彼の異常性には気付いているライガが、エリーエルの追及をぶった切ってくれたので、セディルもそれに乗っかって、話を続ける。


 「クレイム伯爵は言っていた。今自分には、『敵』がいると。どうやら、そのウォルドーズ伯爵という者が、クレイム伯爵の敵だったらしい。この手紙と毒は、クレイム伯爵が入手した、その政敵の犯罪の証拠の品という訳だな」

 「伯爵様、自信ありげでしたよね。証拠を掴んでいたから、勝てると思っていたんだ」


 セディルは、クレイム伯爵から仕事を依頼された時の事を思い出す。

 彼ら二人がエリーエルの護衛を頼まれたのは、もしも敵の勢力が伯爵の予想よりも強大だった場合に、エリーエルが狙われる恐れがあったからだ。

 しかし伯爵としては、そんな事態が起こる間も許さずに、敵であるウォルドーズ伯爵を倒す予定だったのだろう。


 「で、ですが、その……第二皇子殿下が、そんな犯罪に加担していては、伯爵様は……」


 いきなり国家の中枢に関わる陰謀を聞かされても、唯の街の女のアンナには、訳が判らない。

 それでも、皇族が関わっているとなれば、それが重大過ぎる事件だという事は、彼女にも察する事が出来た。


 「その手紙からだけでは、これ以上の事は判らんな。譲位しようとしていた皇帝が死に、その殺害犯にされたクレイム伯爵。ウォルドーズ伯爵という者が、どんな手妻を使ったのか知らんが、かなり危険な相手らしい」


 情報が限定されているので、今の情勢の全てをここで把握するのは、彼らには不可能だった。

 ライガは、手紙と毒の入った小瓶を小箱に戻し、蓋を閉めた。


 「お嬢様、これは決して誰にも見せないようにして下さい。皇族と貴族が結託しての、重大な犯罪の証拠です。おそらく、これがクレイム伯爵の『切り札』の一つだったのでしょう」

 「お父様の敵……、ウォルドーズ伯爵……第二皇子殿下も……」


 今日一日で、余りにも多くの災厄に見舞われたエリーエルの精神は、さらに大きな衝撃を受けていた。彼女が『種族スキル』【精神強化】を持つ天使でなければ、既に気を失っていたかも知れない。

 箱を再び受け取ったエリーエルは、蒼白な顔でそれを【大袋】にしまった。




 それから間もなく、エリーエルはアンナに抱かれて眠りに就いていた。

 心身ともにストレスが大きかったらしく、アンナが毛布を被せて抱き締めると、彼女は大人しく目蓋を閉じた。

 そのアンナも疲れていたのか、同じように目を閉じて微かな寝息を立てている。

 二人の女子供が寝静まったのを確認し、セディルは師と向き合った。

 ある事を確認する為に、だ。


 「師匠、さっきお嬢様があの毒薬を鑑定をしようとした時、意図的に止めて、鑑定させないようにしましたよね? どうしてですか?」


 それは、先程のライガの態度。 

 賢者であり、【物品鑑定】のスキルを持つエリーエルなら、魔法の毒薬の事も調べられた筈なのだ。

 しかし彼は、彼女が鑑定しようとするのを、意図を持って止めさせた。

 それは、何故なのか。

 セディルは、それを疑問に思った。


 「……鑑定させてしまえば、お嬢様は、あの毒の効力と正体を知ってしまうかも知れなかったから、な……」


 ライガの鋭い目が、眠る少女を見つめる。

 セディルは、そこに信じられないものを見た。

 いつも鋼鉄の無表情を貫いているライガの、その短剣の刃のような瞳の光の中に、深い哀しみの色を見つけてしまったのだ。


 「それを知れば、聡い彼女は気付くだろう。父親の死と自分との関係、彼が何を護ろうとしていたのかまで……」


 師の独白を聞き、セディルも気付く。

 何か、今のエリーエルが知っては成らない事実が、あの小箱の中にあったのだと。


 「今はまだ、知らずに眠るべきなのだ。あの毒薬、『堕天使の黒血』の効力と正体について、知ってしまうまでは、な……」


 ライガは、小瓶に入っていた禍々しい黒き猛毒の名を口にする。


 「『堕天使の黒血』? それが、あの毒の名前なんですか?」


 その言霊が持つ不吉な響きは、セディルの背筋すら冷たくさせた。

 『天使』の名が付く以上、その血と魂を宿すエリーエルとも、何か関係があるのだろう。

 ライガは、その毒が持つ狂気の意味をエリーエルが知ってしまう事を恐れて、彼女に鑑定をさせなかったのだ。


 世界の闇は深く、叡智を求める者は容易く深淵を覗こうとする。

 『知る事』そのものが、時に致命的な罠とも成りかねない。

 今はまだ、この時だけは、何も知らない天使は『悪夢』を見ずに、希望を信じて静かに眠れるのであった。

    


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