第三十五話 地下世界
この『世界』がいつ生まれ、いつ『神々』が降臨し、そして『人間』がいつこの世に現れたのかは、定かではない。
しかし、遺跡や文献、古い石碑などを調査すれば、少なくとも一万年前には、それらを生み出した『知的生物』がいた事は間違いない。
文化や文明を生み出す種族は数多あり、『人間』はその一つに過ぎないのだが、その数だけは多く、今世界の様々な場所で繁栄の中心と成っているのは、間違いなく『人間』であった。
その理由は、能力なのか、繁殖力なのか、それとも飽くなき欲望か、ただの幸運か。
いや、神々をも超える何者かの『見えざる手』によるものだ、と唱える者もいる。
いずれであろうとも、一千年前に起こった『文明崩壊』の直前まで、人間は大いなる魔法文明を築き、世界を支配していた。
現代では制御不可能とされる、巨大な魔力を操った古の魔術師達は、その力によって様々な物をこの世に作り出した。
巨大な都市、異形の怪物、神秘の魔道具、そして無数の地下施設。
この世界の大地の下には、地上に残る遺跡群を遥かに超える、地下空間が広がっているのだった。
魔術師が研究や娯楽の為に作った迷宮や研究所、邪教徒の地下神殿や魔物の巣食う洞窟。
街の地下ですら、地下通路や地下水路、古い下水道や地下の砕石所跡、忘れられた地下墓地や地下聖堂、貴族や富豪が財産隠しの為に作った宝物庫など、数え上げれば切りが無い。
それらの場所には危険も多いが、財宝が隠されているという事例が多くあり、冒険者が良く地下に潜る理由にも成っていた。
そして今、ジーネボリス帝国の首都にして、一万年に近い歴史を持つ『古都ジーネロン』の未知なる地下に、新たに四人の男女が足を踏み入れたのであった。
「ここから、道が分かれる」
手元の古い地図を、【照明】の魔法で作り出した光球の明かりで確認し、ライガは二股に分かれた地下道の先を見た。
通路は右手に伸びるものと、扉で塞がれたものが二股に分かれていた。
皇帝殺害に加担した嫌疑を掛けられたエリーエルを逃がす為、クレイム伯爵の屋敷から地下通路へと逃げ込んだライガ、セディル、エリーエル、アンナの四人は、ライガの先導でその通路を進んで来た。
屋敷の地下食料庫から入り込んだ地下の通路は、高さ三メートル、幅二メートル強の割としっかりとした石造りのトンネルが続いていた。
ただ土を掘っただけではなく、通路は重く太い石材で完全に補強されており、間違いなく『建造物』として作られたものであり、自然に出来たものなどではあり得なかった。
「お屋敷の地下に、なぜこんな通路がありますの?」
全く知らなかった未知の地下世界が、自分の屋敷の下に存在した事に、エリーエルは純粋に驚いていた。 幼い頃、森の中の館でセディルと共に地下室探検をやらかしたように、彼女は本来好奇心の非常に強い女の子なのだ。
「いざという場合の脱出路として、お嬢様のご先祖が整備したのでしょうが、元が何かは判りません」
冒険者として数多くの遺跡に潜り、その様式や年代には多少詳しいライガでも、今いるこの通路が何の為に作られたのかは判らなかった。
地下の水路だったのか、移動用の地下道か、それともただ穴を掘っただけなのか。
いずれにせよ、クレイム家の先祖の誰かが、この通路を屋敷からの脱出経路にしようとしていた事は間違いない。
当初予定していた通りなら、この二股に分かれた通路の片方を進めば、その先で古井戸の底に辿り着き、そこから地上に脱出出来る筈だった。
しかし、その想定していた事態は一変してしまった。
皇帝親衛騎士隊が攻め寄せ、屋敷の外を固めている今の状況では、その場所に出るのは、危険過ぎる。
「『ルートA』が使えないなら、『ルートB』を試してみるしかないですよ、師匠。一応、そっちの道も地図はあるんですよね?」
セディルは、ライガが持つ古地図を見ようと顔を寄せた。
黄ばんだ大き目の羊皮紙に、ここからの通路を示す絵図が描き込まれている。
「確かに、そちらの道でも街の反対側の『廃棄地区』まで行けるらしい。地図があるという事は、そこまで行った者もいたのだろう」
彼らは伯爵の依頼を引き受け、この地下通路の事を教えられてから、屋敷の書庫で古い記録を調べていたのだ。
「だが、これは二百年も前の調査記録だ。この先の通路に、今何があり、何が潜んでいるのかは誰にも判らん。つまり、この先は『冒険』になる」
そう言って、ライガは後続の三人に視線を移す。
そこには、レベル1の子供が二人に、レベル4とはいえただの料理人の女性がいた。
「あの時のように、何かが出て来ると言いますの?」
「だ、大丈夫でしょうか?」
エリーエルとアンナは、七年前の『フィギュア』との遭遇を思い出し、扉に閉ざされた通路に緊張を掻き立てられる。
「まあ、流石にあの時よりはマシですよ。僕も職に就きましたから、『大鼠』や『ゾンビ』くらいなら倒せます。お嬢様だって、今は『魔術師系魔法』が使えますよね?」
過去の体験を思い出して緊張する二人とは違い、セディルの黒い瞳は、『冒険』という言葉を聞いた瞬間から、独特の光を帯び出していた。
七年前とは違い、今のセディルは職に就いている。
それも念願だった、『忍者』の職にだ。
ライガの援助で『忍者専用装備』も買い揃え、今の彼は、冒険者として挑む、初めての冒険への戦意を膨らませているのであった。
「ここからは、僕らの『チュートリアルダンジョン』です。臆せず、行きましょう」
「……お前は、いつも訳の判らない事を言いますのね。でも、そうですわ。わたくしも『賢者』に成ったのです。もう、何も出来ない子供ではありません」
セディルの挑発を買う形で、エリーエルが唇をキュッと引き結び、足を一歩前に踏み出す。
今の彼女は、レベル1とはいえ『賢者』の職にある。
魔術師系魔法を第一レベルまで習得し、【魔弾射出】の魔法で敵を攻撃する事も出来る為、エリーエルも、もう全く無力な『お嬢様』ではなかった。
二人の少年少女の七年間の成長を肌身に感じたのか、こんな状況の中でもアンナが微笑み、鉄面皮のライガですら口の端を歪めた。
「セディル、この先で何が出て来ても、敵は俺が倒す。こいつを貸してやるから、お前はお嬢様とアンナを護れ」
そう言って、ライガは『収納鞄』から小型の石弓を取り出した。
「師匠、これって……」
七年前、森の中の館の地下室で、『Lv10戦士』のフィギュアと遭遇した時、助けに来たライガが使用した魔道具の武器がそれだった。
「『魔弾の石弓』。昔、師匠が冒険で手に入れた物ですよね?」
セディルは、渡された武器を見つめた。
三つの短弓が台座に固定され、片手で扱えるように握りが付いた小型のボウガン。見た目は特殊な連射式の石弓だが、そこには『矢弾』が存在しない。
「そうだ。昔、俺が古い『狩人の神』の寺院を探索した時に、手に入れた道具だ」
ライガは、その時の冒険を思い出す。
その寺院では、守護者として霊体の『天使』が召喚され、彼とは死闘を繰り広げた。
「その武器は、一度の攻撃動作で、三本の『魔力の矢』を発射出来る。一本の矢につき、MPを『1点』消費する必要があるがな」
それはつまり、エリーエルが唯一使える攻撃魔法、【魔弾射出】と全く同じ魔力の矢を連射する事が出来る武器なのだ。
「凄い物を持っていますのね、管理人」
七年前に見た強力な武器の正体を知り、知識欲旺盛なエリーエルも興味を示す。
「ただし、『魔術師』が使う【魔弾射出】とは違い、敵には当てなければ当たらんぞ」
魔術師系魔法の【魔弾射出】で作られた魔力の矢は、自動追尾で対象に必ず命中する。
だが、この『魔弾の石弓』から発射される魔力の矢は、対象に自分で当てなければ当たらない。使い手次第では強力な武器だが、魔法とは違い、当たり外れがあるのがこの石弓の特徴だった。
「ふむふむ、今の僕なら上手く使いこなせそうですね」
石弓を片手でチャキッと構え、満足げに頷くセディル。
彼のMPは、レベル1の法則を逸脱していて、『30点』もある。それが尽きるまで使うなら、最大三十本の魔力の矢を発射出来るのだ。
「では師匠、お嬢様とアンナさんは僕に任せて下さい。これがあれば、『Lv7戦士』のフィギュアくらいまでは倒せます」
「そんな者がたくさん出て来たら、攻撃せず逃げろ」
歴戦の忍者は、そう弟子に忠告し、未知なる地下通路を塞ぐ扉に手を掛ける。扉はこちらから閂で止められているだけなので、開閉に問題は無かった。
微かな音と共にぶ厚い木の扉が開き、その先に暗闇に包まれた通路が延びている。
四人は無言で扉を潜り、中空に浮かぶ光球の明かりを頼りに、暗がりの奥へと進むのであった。
二百年もの間、封鎖されていた地下通路を、ライガを先頭に置いて進む四人。
それまでの多少は風の流れもあった新しい通路とは違い、ここでは空気の匂いそのものが違った。
暗く澱んだ空気に、微かに漂う黴の臭い。
地上よりも気温が低く、いくらか覚える寒気。
彼らが持ち込んだ光源以外には、一切の光が差し込まない闇の空間に、濃厚な『魔素』が漂っているのを、忍者と成る為に魔素の流れを感じ取る修行を積んで来たセディルは、五感の全てによってそれをハッキリと感じ取っていた。
成形された灰色の石材が床と壁を形成し、曲がりくねり、分岐しつつ何処までも延びている。
「この道、地図が無ければ、初見では通り抜け出来ませんね」
セディルは古い石壁にそっと手を触れ、ここまで進んで来た通路の様子を思い出す。
まるで迷路のように入り組んだ通路は、何度か調査して地図を作製しないと、迷ってしまう複雑な構造と成っていた。
分岐点では足跡も消して来たので、専門の追跡技術を持つ者がいなければ、判別は難しいだろう。
「そうだな、騎士隊がこの地下通路への入り口に気付き、追っ手を出したとしても、地図無しで俺達に追い付くのはもう難しい」
二百年前の羊皮紙に描かれた地図を片手に、ここまで進んで来たライガは、その地図に示された通路の情報を精査してみる。
ここまでの通路図は、確かに実際の道と適合していた。忍者のライガは、地下深くに居ても方向感覚を失わない。その地図読みは正確だった。
「もしも迷ったとしても、わたくしの【地図表示】で、方角や現在位置が判りますわ」
古い外套を纏う下層民の男の子姿に成ったエリーエルが、自分の作った光球で背後を警戒しつつ、今の自分に出来る事を口にする。
魔術師系第一レベル魔法【地図表示】を使えば、現在位置が脳裏の地図に表示され、方向や座標、階層や距離まで判明する。地図さえあれば、自分の正確な位置も特定出来る。
そうした準備があればこそ、彼らは未知の通路に足を踏み入れたのだ。
しかし冒険者でもない皇帝親衛騎士隊では、いくら皇帝殺害の関係者を捕らえる為でも、そんな冒険は躊躇せざるをえないだろう。
「では、取り敢えず安全に成ったのですね」
エリーエルと寄り添うように歩いていたアンナが、ホッと胸を撫で下ろす。
屋敷を脱出し、ここまでは何事も無く逃げて来られたので、彼女もようやく緊張が少し解けて来たのだ。
「まあ、何も出て来ませんでしたからね」
セディルはそう言って、女性陣に笑顔を見せる。
しかし、彼は気付いていた。
エリーエルとアンナには内緒だが、ライガが『忍者系忍法』の第九レベル忍法【奇襲探知】を使っている事を。
この忍法を発動させれば、ライガの周囲には蜘蛛の巣のように、見えない魔素の糸のようなものが張り巡らされる。
彼らに近付こうとするものを、全て事前に察知する事が出来るのだ。
その探知能力の恩恵もあり、皆は安全にここまで進んで来られたのである。
そして彼らは通路を抜けた先で、少し広めの部屋に出た。四隅に石柱が立った四角い部屋で、奥に次の通路へと通じるアーチ状の入り口と扉も見える。
「もう夜に成る時刻だ。今日は、ここで休むぞ」
クレイム伯爵家の屋敷に騎士隊が押し寄せて来てから、既に三時間は経過している。
小休止は何度か取ったが、体力には余裕のあるライガとセディルは兎も角、一般人のアンナと強いストレスに晒されたエリーエルには、ここら辺りで十分な休息が必要だった。
「休んでいるような余裕が、ありますの?」
一行の中では、一番HPが低く、体力と言う面では不安を抱えるエリーエルだが、それでも誰にも弱気を見せようとはしない。
血の気を失くした白い顔で、意地を張って見せる。
「体力の回復は、大事ですよ。何かあった時、それが無いと何も出来ませんから。休める時には、休むんです」
この七年間に、ライガから冒険者として生きる知識と技術を叩き込まれているセディルは、すぐに休息の準備に取り掛かる。
『収納鞄』から大きな古布を取り出して床に敷き、腰を下ろせる場所を確保した。
「今の内に、食事も取れ。俺は、この部屋に『簡易結界』を張って置く」
そう三人に指示を出し、ライガは『結界』を構築する為の道具を鞄から取り出した。
『結界』とは、魔法による不可視の力場の事であり、これを周囲に壁のように展開する事によって、物理と魔法による攻撃、魔法的な侵入、脱出などを防ぐ事が出来る、一種の『儀式魔法』であった。
その構築技術は確立されており、通常の魔法とは違って、道具さえあれば誰でも発動可能である。
金の掛かる上等な魔術触媒を必要なだけ十分に用いれば、それだけ結界の規模や強度をいくらでも拡大する事も出来る。
しかし、今ライガが構築しようとしているものは、あくまでも使い捨て前提の『簡易結界』。
冒険者が、遺跡の中で野営する場合に、魔物の襲撃から身を護る為に使う、安上がりな結界術であり、強度の点から言えば最弱。
通常攻撃で破壊する事も、難しくは無い。
それでも、簡易結界は霊体型の『アンデッド』などの侵入を阻止し、奇襲攻撃を受けた場合にも、体勢を立て直す為の僅かな時間を稼ぐ砦にも成ってくれる。
遺跡などの危険な場所を冒険する際には、必須の技術と言えるだろう。
部屋の四隅に『小さな魔石の欠片』を置き、それに小瓶に入った『聖油』を垂らす。すると、一瞬魔石が煌めき、不可視の魔力が壁と成って置かれた魔石の間に張り巡らされる。
「お嬢様、こちらへ。お食事にしましょう」
アンナは、セディルが用意してくれた古布の上に腰を下ろすと、エリーエルにも声を掛ける。
エリーエルも、疲れが溜まっているのは事実なので、大人しく彼女の横に座った。
「何を食べますか? 食料は結構持って来ましたから、不自由はありませんよ。まあ、ここじゃ火が使えないから、料理は難しいですけど」
セディルは、屋敷の食料庫から手当たり次第に持って来た食材を、鞄から取り出す。
硬いパンや一塊のチ-ズ、ワインの瓶、干し肉やベーコンの塊、各種の野菜など、確かに量と種類は豊富だった。
「では、温かいスープだけでも、作りましょう」
それらの食材を見て、アンナは一般魔法で作った自分の【大袋】の中から、『調理道具一式』を取り出した。
『厨房師』である彼女は、自前の道具を常に持ち歩いていたのだ。
「一般魔法の【発熱】を使えば、火が無くてもスープ料理くらいは出来るの。セディル君も手伝ってくれる?」
「勿論です、アンナさん」
セディルは、喜んでアンナの料理に協力する事にした。
彼女がまな板の上でベーコンと玉葱、ジャガ芋を包丁で刻む間、セディルは鋳鉄製の小鍋に【給水】の一般魔法で作った水をどんどん注ぎ込んで行く。
その鍋に切り分けた食材を投入すると、今度は鍋の側に手を近付け、【発熱】の一般魔法を発動して、水の温度を上げて行く。
この魔法では、せいぜい鍋の水を沸騰させる程度の温度上昇までが限界だが、多少時間が掛かるだけで煮込み料理を作る事は可能だった。
セディルの規格外の魔力で高速加熱された鍋からは、すぐに湯気が立ち昇る。
そこにアンナが塩と調味料を入れて味を調え、さらの自分のMPを消費しつつ魔力を付与して行く。レベル2以上の厨房師が作る事の出来る、『魔素料理』【癒しの飲み物】を作る為だった。
それは『料理系第一レベル』の料理であり、今アンナが作る事が出来る二つの魔素料理の一つ。彼女の『現在のレベル点』を基本とし、HPを回復させる効果を持つ『魔法のスープ』であった。
まだレベル4のアンナが作る料理では、劇的なHPの回復効果は見込めない。それでも、多少なりとも皆の疲労を回復させる事が出来ればと、彼女はこの料理を作ったのである。
「出来ましたね、アンナさん」
「ええ、手伝ってくれて、ありがとうセディル君」
自分の専門分野である料理を作れた事で、アンナの様子も落ち着いて来た。
エリーエルの事を第一に考える彼女は、この先、職も住む所も失くすかも知れないという状況については、あまり深くは考えていなかった。
アンナは、ただ彼女が無事に脱出し、また自分の料理を食べてくれる事を望んでいる。
その若妻風の穏やかな美貌が少し晴れやかになり、大理石のような白い肌にも血の気が戻って来ていた。
「さあ、お嬢様。アンナさんのスープが出来ましたよ。たくさん食べて下さいね」
美味しそうなスープの完成に笑顔を浮かべたセディルは、お玉で木の皿によそったベーコンと玉葱、ジャガ芋のスープを、エリーエルの前に差し出した。
「……食欲がありませんわ」
しかし古布の上で膝を折る少女は、暗い目をしてスープを見つめるだけで、口を付けようとはしなかった。
一時的には気力を回復させていたエリーエルだったが、やはりここまでの疲労が父を亡くした不安に積み重なり、元気を無くしていた。
「食べなきゃ、体力が回復しませんよ? ここで一晩休んだら、明日は脱出口に向けて歩かないといけないんです」
無理にでも何かを食べて眠らなければ、体力は回復しない。
この一行は、あくまでもエリーエルを護る為にいるので、その歩む速さは、彼女の足に合わせなければならないのだ。
彼女の体力の維持は、全員の命に直結する問題だった。
「……お嬢様、お気持ちは良く判ります。近しい人を亡くした事は、私もありますから。でも、亡くなられた奥方様が、いつも一番に望んでいた事は、お嬢様が健やかである事でした。天からお帰りになられる伯爵様にも、お嬢様の元気なお姿を見せて差し上げては如何でしょうか?」
長年エリーエルの面倒を見続け、半ば彼女の乳母のような存在だったアンナが、自分の娘に言う様に優しく語り掛ける。
「………………」
アンナの言葉を聞き、しばらく無言だったエリーエルだが、セディルの持つ皿を受け取ると、木製のスプーンで具材を掬い、口に入れた。
涼しい地下での温かい食べ物は、消耗した彼女の心身に染み渡って行く。微かに肩を震わせ、涙を誰にも見せない様に下を向くエリーエル。
「それじゃあ、僕もいただきます」
エリーエルが食事を始めたのを確認し、セディルも自分の皿の湯気を立てるスープに、スプーンを突っ込む。
温かい具材を掻き込み、スープに千切った硬いパンを浸し、チーズをナイフで削って加えながら食べるセディル。
アンナも木皿を手にし、ライガは干し肉を齧る。
彼らの前途はまだまだ暗く、予断を許さぬ状況は続いている。
だが、空腹を満たし、眠る事さえ出来れば、次の夜明けは必ず訪れるのであった。




