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第38話

 王宮付きのメイドになって早8ヶ月とちょっと。

 この世界に来てからもう少しで1年になろうとしている。

 色々あり過ぎてあっという間に経っちゃったなーなどと遠い目をして休憩所に視線を流す。


 休憩に入っているメイド達の女の子は普段より少しだけ声を潜めて話し込んでいる、

 最近なんだか城内が落ち着かない。


「ねね、フィレンジュ。近くに大きな催しとかあるの?」

「ああ、花女神の祭りが近いからよ」

「花女神?」

「ちょっと、ワカナ、そんなことも知らないの? あなたの故郷っていったいどんな田舎なのよ」


 私の言葉にフィレンジュが驚くということは、かなりメジャーなお祭りらしい。

 そう言われても異世界から来たのだから知らなくても仕方ないのだ。

 そう説明したくても禁じられているので、笑って誤魔化してみる。


「3ヵ月後の22日の花女神の祭りって言ったら恋人同士には年に1度の重要な祭りよ。恋人がいなくったって意中の異性と過ごしたいお祭りなんだから、みんな浮き足立っているのよ」


 同じような台詞を昔友達から聞いた覚えがある。

 クリスマスは1年で一番大切なイベントであり、好きな人と過ごしたい日なのだと力説されたことがあった。

 今のフィレンジュはまさにあの時の友人と重なる。


「オシャレして恋人とお祭りを過ごす。その時恋人になっていなくても、恋人同士になれる最大のチャンスの日でもあるわ。そのせいもあって意中の男性がいなくてもお祭りを一人で過ごすなんてありえない。だからみんな男性に誘われたくて今から作戦を練っているの」

「作戦ね……」


 そう言いながら視線を辺りにさ迷わせる。


 頬を染めて嬉しそうに笑う女の子達。

 恋する乙女はどんな世界でも共通らしい。


「ワカナは誰と過ごすか決まっているの?」


 フィレンジュにそう問われて、つい笑ってしまう。

 決まっているも何も、お祭りのことは今知ったばかりだし、一緒に過ごすような恋人はもちろんいない。

 何より意中の男性すらいないのだ。


「決まってないわ。誘いたい男性も、誘ってくれるような男性にも心当たりがないもの」

「まあ、それは大変。お祭りに女だけなんて恥ずかしいものよ。一緒に行ってくれる男性を探さなきゃ」

「探すと言っても知り合いの男性すら限られてるもの。探しようがないわ」


 この城に来てから、ずっとここから外へは出ていない。

 仕事上でも異性と仕事が一緒になることはまずなく、来た時と同じ人しか顔見知りはいないままだ。


「そんな……せっかくのお祭りなのよ?」


 残念そうに言うフィレンジュにはすでに決まった相手がいるのだろう。

 恋人はいないと聞いていることから、その日はデートするだけなのかもしれない。


 ふと、彼とデートした時が思い出される。


 別れた時の嵐のような苦しみはないけれど、思い出せば恋しくなってしまう。

 最低な男だといくら言い聞かせても、信じていた思い出を嘘には出来ない。


 苦い想いを飲み込むように、ゆっくりと飲み物を飲みこむ。


 恋のお祭り。

 たとえ1人でも出かけてみたい。


 この世界での春はすぐそこまでやってきている。









「はい」


 メイド長に言いつけられて、明るい色のカーテンを付け替えていると、突然、横から紙が差し出された。

 聞き覚えのある声に引かれ顔を上げれば、予想通りアンリがいる。


 差し出された紙には美しいレリーフのような模様があり、リキシス国の紋章までついている。

 いかにも重要そうな紙だが、まったく読めない。


 アンリはくすくすと楽しそうに笑うと、私の手にその紙を押し付けた。


「これは?」

「王より、再来月の花女神の祭りにジェスと参加していいって許可書」

「は?」


 突然言われた内容が理解できずに聞き返してしまう。

 お祭りにジェスと参加していい?


「じゃあ、もうジェスと会っていいってこと?」

「そ、祭りの日以降はね。嬉しい?」


 嬉しいかどうか聞かれれば、もちろん嬉しい。


 ジェスは一緒にいて誰よりも安心出来るし、信頼も出来る人だ。

 祭りまでは会えないなら、会わなくなって10ヶ月くらいになるだろう。

 時々、会えなくて寂しいとさえ思ったこともある。

 自由に会えると聞けば、当然嬉しい。


「この世界に来た時から一緒にいて世話になったんだもの。そりゃ会えるのは嬉しいよ」

「集団生活に慣れ、ジェスは色んな人間と交流を持っている。森に住んでいた頃では知ることのなかった様々なことを知ったと思う。良い事も、悪い事。急激な環境の変化はジェスを変えた。彼はもう無垢なエルフじゃない。きっとワカナには以前のジェスと変わっていないように見えて変わってしまったことを感じると思う。変わってしまったジェスはワカナにはどう見えるんだろうね?」

「アンリ?」


 なぞかけのような不思議な言葉を残してアンリはその場からいなくなった。


 ジェスが変わったとしても、本質はそんなに簡単には変わらない。

 変わったところがあったとしても、変わらないところもあるのだ。

 ジェスはジェスのままだろう。

 優しく、穏やかな美女のような笑みを浮かべるジェス。


 私は受け取った紙をキレイに畳んでポケットに大切にしまった。


 まだ先のことだけれど、ジェスに会える。

 それがとても嬉しかった。

 

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