第六話 値札のつかないもの
L.E.1012年、5月19日。
――ローラ・モーガン。
◇
朝のニュースで、
ドリームバスターズ結成。
などという、たいそう勇ましい名前を聞きましたわ。
昨日ハンターギルドへ集まっていた方々を、そのように呼ぶことにしたそうです。
「くだらねえ名前だな」
ルビーも同感のようでした。
「夢魔を倒す人間を集めたという意味では、間違ってはいませんけれど」
「でもあいつら、ナイトメア倒す気ねえんだろ?」
「そこですのよね」
夢魔を倒す。
その行為だけを見れば、わたくしたちと同じです。
助けられる方もいるでしょう。
けれど。
昨日の会場で交わされていたのは、
誰を助けるか。
ではなく、
誰を助ければ儲かるか。
というお話ばかりでした。
「そろそろ行こうぜ」
「そうですわね」
コーヒーを飲み干します。
ネルさんとの待ち合わせは、ハンターギルド本部前。
彼女は昨日、
「向こうの仕組みを、そのまま利用しましょう」
と言いました。
一体何をするつもりなのか。
半分期待しながら。
半分不安になりながら。
待ち合わせ場所へ向かいました。
◇
「ローラさん。こっちです、こっち」
声はしたのに。
ネルさんの姿がありません。
「どちらですの?」
「ここです」
建物と建物の隙間から、手だけが出ていました。
「……」
「早く」
「ネルさん」
「はい?」
「何をなさっていますの?」
「張り込みです」
狭い隙間に、ネルさんとエメラルドさんが並んでいました。
「どう見ても不審者ですわよ」
「でも、スパイっぽくないです?」
「遊びじゃないんですよ!」
エメラルドさんが怒っています。
「いやあ、こういうの一度やってみたかったんですよ」
「だから遊びじゃないって言ってるでしょう!」
わたくしは少し笑ってしまいました。
昨日。
恋人の話をしたばかりだというのに。
朝から、こうしていつもの調子でいられる。
彼女が本当に何も考えていないのか。
それとも。
皆が必要以上に緊張しないよう、わざとふざけているのか。
まだ、わたくしには分かりませんでした。
「それで」
わたくしも隙間へ入りました。
「今日の作戦を聞かせていただける?」
「簡単ですよ」
ネルさんが人差し指を立てました。
「お金で解決します」
「最低の導入ですね」
「何でですか、エメラルドさん。お金で解決できる問題をお金で解決するのは、最高に平和的でしょう」
「昨日あれだけギルドの金儲けを批判していた人の台詞ですの?」
「それはそれ。これはこれです」
やはり。
何を考えているのか分かりませんわ。
「ハンターギルドが被害者の情報を売る」
ネルさんが説明します。
「ドリームバスターズがそれを買う」
「ええ」
「私たちはそのドリームバスターズから情報を買う」
「……」
ルビーが瞬きをしました。
「横流しさせんのか?」
「はい」
「お前、結局金で解決してんじゃねえか」
「だから言ったでしょう」
悪びれもしない。
「向こうは金が欲しい。私たちは情報が欲しい。需要と供給が一致しています」
「ですが」
わたくしは尋ねました。
「ギルドが発行する証明書はどうしますの?」
「それも譲ってもらいます」
「本人確認があるのでは?」
「簡単な証明書なら誤魔化せるでしょう。多少細工が必要なら、まあ、そのとき考えます」
「行き当たりばったりですわね」
「世の中なんてそんなものですよ」
さらっと言います。
「問題は」
ネルさんがギルドの入り口を見る。
「誰を買収するかですね」
「その辺の奴でいいんじゃねえの?」
「駄目です」
即答。
「何故?」
「裏切られたら困ります」
「……そりゃそうだな」
「お金だけで動く人を、お金で雇う」
ネルさんが言う。
「もっと高い金額を提示されたら、もっと高い方へ行きますよ」
「……」
「だから」
少し妙な話だ。
「お金で協力してもらうのに、お金では動かない人を探します。」
「矛盾してません?」
「してませんよ」
エメラルドさんへ答える。
「私たちと目的が同じ人に、必要経費だけ渡すんです」
「そんな都合のいい人が、今からここへ来ますの?」
「来なかったら明日も待ちます」
ばさばさ。
ルビーが上空へ飛ぶ。
「あ」
「どうしましたの?」
「誰か来るぞ」
ギルドへ続く道。
小さな人影。
子供でした。
女の子。
その隣には、青い髪の妖精。
「妖精連れ」
ネルさんの目が光りました。
「ドリームダイバーですね」
「子供ですわよ」
「だからこそですよ」
「まさか」
「お金で釣ろうなんて思ってません」
ネルさんは隙間から飛び出しました。
「むしろ逆です」
◇
――サンデー・ラウ。
◇
「こんにちは!」
知らない女の人に声を掛けられました。
「……?」
「少しお時間よろしいですか?」
「……?」
何を言っているのか分かりません。
困っていると。
女の人が、はっとした顔をしました。
「――もしかして、エマーレの方です?」
今度は分かりました。
エマーレ語です。
「はい」
「ああ、やっぱり」
女の人も同じ言葉で話しています。
「すみません。トワランド語で話しかけちゃいました」
「い、いえ」
「私もエマーレ出身なんですよ」
「え?」
驚きました。
ここはアラドミアです。
エマーレ人がいないわけではないけれど、偶然声を掛けてきた人まで同郷だなんて。
「ネル・パースです。旅商人やってます」
女の人は自分を指差しました。
「美少女旅商人です」
「余計な部分を足さないでください!」
緑色の妖精が何か言っています。
言葉は分かりませんでしたけど。
たぶん、突っ込まれているんだろうなと思いました。
「そっちはローラ・モーガンさん。旅の魔術師です」
紫色の髪を巻いた女の人が、優雅に会釈します。
大人っぽい人です。
「で、この小さいのがエメラルドさんとルビーさん」
「小さいのでまとめないでください!」
「何言ってんだ?」
妖精二人が同時に喋る。
何だか賑やかな人たちでした。
「あれ?」
ネルさんが私の顔を覗き込みます。
「どこかで見たような……」
「え?」
「雑誌?」
どきりとしました。
「前に載ってませんでした?」
「……はい」
「やっぱり!」
嬉しそうな顔をされました。
私は。
少しだけ嫌な気持ちになりました。
「私、旅芸人なんです」
「ああ!」
やっぱり。
そうなる。
「サンデー・ラウさんですね」
「……え?」
顔を上げました。
「確か、お笑いの」
「知ってるんですか?」
「名前だけですけどね。昔雑誌で見た記憶があります」
「……」
その言い方が。
何故か少し嬉しかった。
「サンデー・ラウです」
私は頭を下げます。
「こっちはサファイア」
「よろしく」
サファイアが不機嫌そうに言いました。
サファイアはトワランド語も分かります。
私が旅をするときは、いつも通訳もしてくれる。
ネルさんは私へエマーレ語で話しながら、時々ローラさんへトワランド語で説明していました。
「すごいですね」
「何がです?」
「二つともぺらぺらで」
「商人ですから」
何故か得意そうでした。
「ところで」
ネルさんが言いました。
「一つだけ質問してもいいです?」
「はい」
「もし道を歩いていて、知らない人から道を聞かれたらどうします?」
「……?」
「知ってる場所だったとして」
「普通に教えます」
「その人がお礼に千Gくれると言ったら?」
「え」
変な質問です。
「断ります」
「何で?」
「道を教えただけですよ?」
「でも千Gもらえる」
「だからって……」
別に。
お金が嫌いなわけではない。
生活には必要です。
芸人として、お客さんからお金をもらうことにも何の抵抗もない。
でも。
「そんなことで受け取るのは違うと思います」
「じゃあ、一万Gなら?」
「もっと断ります」
「十万」
「怖いです!」
ネルさんが笑いました。
「よし」
「何がです?」
「合格です」
「何の!?」
サファイアが私たちの間へ入ります。
「ちょっと! さっきから何なのよ!」
「そうですね。そこを話しましょう」
ネルさんは笑うのをやめました。
「あなた、ハンターギルドの説明会へ行くんですよね?」
「はい」
「どうして?」
「……どうしてって」
「お金を稼ぐため?」
「違います」
そこだけは。
すぐ答えられました。
「ナイトメアを倒すためです」
ネルさんの顔つきが変わった。
「私たち以外にも、夢魔と戦っている人がいるってニュースで見たから」
ずっと。
私とサファイアだけでは何もできなかった。
夢魔を何人か倒すことはできた。
でも。
ナイトメアがどこにいるのかも分からない。
「大勢で協力すれば」
もしかしたら。
「事件そのものを終わらせられるんじゃないかって」
「……ローラさん」
ネルさんが振り返りました。
二人が。
少しだけ言葉を交わす。
やがて。
「サンデーさん」
「はい?」
「私たちと組みません?」
「え?」
「ナイトメアを倒すために」
◇
話は。
正直、半分くらいしか理解できませんでした。
昨日のギルド説明会。
エターナルドリーマーの情報を売っていること。
集まった人たちが、患者さんからお金を取って稼ぐつもりでいること。
ネルさんたちは、そこで反発して会場を出たこと。
「それで」
ネルさんが言います。
「あなたにはギルドへ入ってほしいんです」
「はい」
「普通に情報を買ってください」
「はい」
「それを私たちへ流してください」
「はい……」
「証明書も」
「はい……?」
何だか。
急に犯罪っぽくなりました。
「待ちなさいよ!」
サファイアが怒鳴ります。
「サンデーを何に使うつもり!?」
「協力者です」
「スパイでしょうが!」
「響きはそっちの方がかっこいいですね」
「ふざけないで!」
「サファイア」
「何よ!」
「私は」
少し迷う。
「やってもいいと思う」
「サンデー!」
「だって」
ナイトメアを倒せるなら。
「私も、そのためにここへ来たんだし」
「でもこいつらが本当のこと言ってる保証ないでしょ!」
「それはそうですね」
ネルさんがあっさり同意しました。
「え?」
「今すぐ信用しなくていいですよ」
「……」
「説明会を受けてください」
ネルさんが小さな紙へ何かを書く。
「そのあと」
私に渡した。
電話番号。
「私の連絡先です」
「……」
「私たちが嘘を言ってると思ったなら、捨ててください」
ネルさんたちは去っていきました。
最後に。
「できれば電話してくれると嬉しいですけどね」
そう言って。
◇
説明会へ行きました。
後悔しました。
話されていたことは。
本当に。
お金のことばかりでした。
誰の夢魔を倒せば儲かる。
誰なら高い報酬を払える。
どの情報を買えば効率がいい。
中には。
「エターナルドリーマーなんて金のなる木だ」
と笑っている人もいました。
その瞬間。
昔のことを思い出しました。
◇
私は昔。
劇場でお笑い芸人をしていました。
十一歳の頃です。
その日は。
いつも通りの舞台でした。
私は前座。
まだ客席には空席も多い。
持ち時間は短い。
それでも。
ちゃんと笑い声が聞こえました。
今日は悪くない。
そう思いました。
楽屋へ戻ると。
座長がやって来ました。
「サンデーくん」
「はい」
「今日、雑誌の記者さんが来ていてね」
「雑誌?」
「君にインタビューしたいそうだ」
「私に!?」
嬉しかった。
今まで。
何度も練習した。
同じネタを何百回も直した。
先輩の舞台もたくさん見た。
もっと面白くなりたかった。
それを。
誰かが見つけてくれた。
そう思った。
「『十一歳の美少女芸人』として特集したいそうだよ」
嬉しさが。
全部消えました。
「……芸の話は?」
「もちろん多少はするだろう」
「多少?」
「グラビア撮影もしたいそうだ」
「……」
断ろうと思いました。
でも。
仕事だから。
もしかしたら、これをきっかけに私の芸も知ってくれるかもしれない。
そう考えて。
普通のインタビュー写真だけ、という条件で受けました。
雑誌が出ました。
劇場のお客さんは。
三倍になりました。
「サンデーちゃーん!」
「かわいい!」
「こっち向いて!」
私が舞台に出るたび。
声が飛んできました。
客席いっぱいの人。
前よりずっと多い。
なのに。
前よりずっと。
誰にも見られていない気がしました。
ネタの途中でも、
「かわいい!」
と言われる。
笑ってほしかったところでは笑ってもらえない。
私の台詞より。
私の顔を見ている。
「……座長」
「何だね?」
「最近のお客さんなんですけど」
「ああ。素晴らしいじゃないか」
「そうじゃなくって」
「何が?」
「私の芸を」
言うのが。
少し怖かった。
「誰も見てくれてない気がするんです」
「何を言ってるんだ」
座長は笑いました。
「お客は増えてるだろう?」
「でも」
「売上も三倍近い」
「売上の話じゃありません」
「じゃあ何だ?」
「私は」
芸人になりたかった。
「芸を見てほしいんです」
座長が。
変な顔をしました。
「君」
「……」
「勘違いしてないか?」
「え?」
「君の芸なんか、元々誰も見てないよ」
「……」
「一部の物好きはいたかもしれんがね」
笑われました。
「私が君を雇ったのだって」
子供だから。
珍しいから。
話題になるから。
「そういう価値があると思ったからだ」
その言葉を。
今でも覚えています。
価値。
私の価値。
「人気が出たんだ。何が不満なんだ?」
答えられませんでした。
その日のうちに。
劇場を辞めました。
◇
今は旅芸人です。
有名ではありません。
路上で芸をやっても。
十人しか集まらない日もあります。
二人しか見てくれない日も。
誰も立ち止まってくれない日だってあります。
でも。
一人が笑ってくれたら。
嬉しい。
ちゃんと。
私の芸を見て。
それで笑ってくれたなら。
昔。
何百人もの人に「かわいい」と言われていた頃より。
ずっと嬉しい。
◇
「……帰ろう、サファイア」
私は説明会の途中で立ち上がりました。
「いいの?」
「うん」
もう。
聞きたいことはありませんでした。
外へ出ます。
ポケットから。
朝もらった紙を取り出しました。
電話番号。
「本当にあいつらに協力するの?」
「まだ分からない」
「サンデー」
「でも」
私は。
さっきまでいた部屋を見る。
「少なくとも」
あそこにいる人たちとは。
「一緒に戦いたくない」
◇
――ネル・パース。
◇
L.E.1012年、5月19日。
電話が鳴った。
「はい、美少女旅商人ネル・パースです。商品の注文でしたら――」
『あ、あの』
若い女の子の声。
「……サンデーさん?」
『はい』
「お待ちしてました」
『少し考えました』
「はい」
『私でよければ』
一呼吸。
『協力させてください』
「……」
『ネルさん?』
「すみません」
思わず笑ってしまった。
「ありがとうございます」
◇
「見つかりましたね」
ローラさんへ連絡する。
「ええ。随分と早かったですわね」
「私の日頃の行いがいいので」
「それはどうでしょう」
「酷い」
その日のうちに。
三人。
それから妖精三人。
喫茶店へ集まった。
ローラさん。
ルビーさん。
サンデーさん。
サファイアさん。
私。
エメラルドさん。
「改めまして」
私は言う。
「本日から、同盟成立ということで」
「何か名前はないんですの?」
「要ります?」
「ドリームバスターズみたいな」
「絶対嫌です」
「即答ね」
サンデーさんが小さく笑った。
サファイアさんだけは。
まだ私を警戒している。
それでいい。
むしろ。
出会ったばかりの私を全面的に信用する方が心配だ。
「作戦を説明します」
テーブルへ紙を置く。
「サンデーさんは、普通にドリームバスターズへ参加してください」
「はい」
「ギルドからエターナルドリーマーの情報を買う」
「はい」
「証明書も受け取る」
「はい」
「朝、私たちに渡す」
「……はい」
サファイアさんの顔が険しくなる。
「情報料は私が出します」
「え?」
「ネルさんが?」
エメラルドさんまで驚いた。
「そこまで驚く?」
「だってネルさんがお金を!」
「私のお金を何だと思ってるんですか」
「命」
「似たようなものです」
でも。
「必要経費ですから」
仕方ない。
「それで」
ローラさんが尋ねる。
「ネルさんとわたくしが、その情報を使って夢魔を倒す?」
「はい」
「でもギルドに知られたら」
サンデーさんが不安そうに言う。
「私は追い出されるんじゃ……」
「多分」
「多分!?」
「いいんですよ」
「え?」
「追い出されたら、それはそれで」
私は。
昨日から考えていたことを話す。
「サンデーさんは、ナイトメアを倒すために情報を共有した」
「はい」
「それを理由にギルドが追放する」
「……」
「世間には、どう見えるでしょうね」
ナイトメアを倒すために作られたはずの。
ドリームバスターズ。
でも。
実際には。
ナイトメアを倒そうとした人間を排除する。
「名前負けもいいところでしょう」
ローラさんが笑う。
「なるほど」
「追放しないなら?」
「私たちは情報を使い続けられる」
「ええ」
「どちらでも困らない」
「そういうことです」
「性格悪いわね、あんた」
サファイアさんが言った。
「褒め言葉として受け取ります」
「褒めてない!」
◇
「でも」
エメラルドさんが手を上げた。
「ギルドと敵対する必要まであるんですか?」
「別に敵対したいわけじゃありません」
「でも今の作戦って」
「向こうが何もしなければ、こちらも何もしませんよ」
ただ。
こちらの邪魔をするなら。
「利用します」
「……ネルさんって」
「はい?」
「商人より政治家の方が向いてません?」
「絶対嫌です」
金にならなそうなので。
「それと」
私は続ける。
「ギルドだけが対象じゃありません」
「夢魔ですわね」
「はい」
手下を倒す。
何度も。
何度も。
そのたび。
ナイトメアへ言葉を送る。
「そんなことできるんですか?」
「夢魔に伝言を頼めばいいでしょう」
「倒したあと逃げられたら、ですのね」
「あるいは」
笑う。
「夢に向かって大声で悪口でも言います」
「それ意味あります!?」
「聞こえるかもしれないでしょう」
「作戦が急に雑になった!」
「大事なのは」
私たちの存在を。
無視できなくすること。
「ギルドにも」
「夢魔にも」
ローラさんが続けた。
「そういうことです」
私たちが。
邪魔だと思わせる。
何か対策を取らなければいけない相手だと思わせる。
「相手が動けば」
こちらにも。
新しい情報が入る。
「藪から蛇を出すわけですね」
エメラルドさんが言った。
「そうです」
「その蛇、ナイトメアなんですけど」
「でかい蛇ですね」
「噛まれたら死にますよ!」
「そのときはそのときです」
「軽い!」
◇
「連絡方法は?」
サンデーさんが聞いた。
「毎朝ここに集まりましょう」
「毎日?」
「はい」
サンデーさんは。
ギルド内部に入る。
つまり。
私たちの中で一番危険な役でもある。
「来なかったら?」
「何かあったと判断します」
サファイアさんの目が鋭くなった。
「何かって?」
「口封じ。監禁。誘拐」
「サンデーにそんな危険なことさせる気!?」
「あります」
「ネルさん!」
エメラルドさんまで叫んだ。
「嘘を言っても仕方ないでしょう」
危険はある。
それを隠して頼む方が酷い。
「サンデーさん」
「はい」
「嫌なら、今からでもやめていいですよ」
「……」
「私たちにはあなたを巻き込む権利はありません」
サンデーさんは。
しばらく黙った。
「一つ」
「はい?」
「聞いていいですか?」
「どうぞ」
「ネルさんは」
こちらを見る。
「どうして、そこまでしてナイトメアを倒したいんです?」
「……」
思っていなかった質問だった。
「ローラさんは」
サンデーさんが言う。
「恋人の方のためだって、さっき聞きました」
ローラさんが。
自分から話したらしい。
「私は」
サンデーさんが続ける。
「夢魔のせいで困っている人を助けたい」
「はい」
「でもネルさんは?」
「……」
何だろう。
ロレッタさん?
それもある。
ケビンさん。
ティアナさん。
女神様。
夢魔。
両親。
全部。
少しずつある。
でも。
何か一つ、
これが私の信念です。
と言えるものが。
思いつかない。
「特にないです」
「……え?」
「ネルさん!?」
「だって」
私は困った。
「気に入らないんですよ」
人の人生を勝手に決めること。
人の本心を勝手に決めること。
選ぶ権利を奪うこと。
「それじゃ駄目です?」
サンデーさんは。
少し考えて。
「……いいと思います」
「ですよね」
「いや、納得するんですか!?」
エメラルドさんがうるさい。
「私は別に」
立派な人間ではない。
「世界を救う使命があるわけでも」
英雄になりたいわけでも。
「誰かの仇を取りたいわけでもありません」
ただ。
目の前で。
嫌なものを見た。
「だから止めたい」
それだけ。
「その程度の方が」
私は紅茶を飲む。
「途中で嫌になったら、やり方を変えられるでしょう」
「……」
「私は信念とか野望とかないですからね」
「ネルさん」
「何です?」
エメラルドさんが。
妙な顔で見ている。
「何ですか、その顔」
「いえ……」
「言いたいことがあるなら言ってください」
「……何でもないです」
何なんですか。
◇
会議は終わった。
明日から。
サンデーさんはギルドへ入る。
私とローラさんは。
流れてきた情報を使って夢魔を倒す。
そして。
ナイトメアを挑発する。
単純な計画。
穴も多い。
サンデーさんが疑われれば終わる。
ギルドが想像以上に強硬な手段へ出ても困る。
夢魔がこちらを完全に無視しても困る。
でも。
何もしなければ。
何も変わらない。
◇
帰り道。
「ネルさん」
「はい?」
エメラルドさんが。
まださっきと同じ顔をしている。
「本当に自分には信念がないと思ってるんです?」
「思ってますけど」
「……そうですか」
「何です?」
「いえ」
「今日それ二回目ですけど」
「そのうち分かりますよ」
「何が?」
「さあ?」
「腹立つ」
エメラルドさんが笑った。
◇
今日分かったこと。
世の中には。
お金で買えるものがたくさんある。
食べ物。
宿。
道具。
情報。
場合によっては。
人の協力だって買える。
でも。
サンデーさんが欲しかったものは。
たくさんの客でも。
たくさんのお金でもなかったらしい。
自分の芸を。
ちゃんと見てもらうこと。
それだけ。
妙なものです。
人間というのは。
欲しいものほど。
値札がついていないことがある。
私には。
そういうものがあるのだろうか。
……。
今は考えないことにします。
明日から忙しくなりそうなので。
では。
おやすみなさい。




