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第五話 正義は金にならない

第五話 正義は金にならない


 L.E.1012年、5月11日。


 金がない。


 正確には、ある。


 でも減っている。


 これは大問題です。


「ネルさん、さっきから何回お財布の中身数えてるんです?」


「四回目です」


「増えませんよ?」


「知ってます」


「じゃあ何で数えてるんですか」


「減ってないことを確認してるんです」


「数えてる間には減りませんよ!」


 うるさい妖精だ。


 ここ最近。


 夢魔を倒す。


 天界へ行く。


 温泉に入る。


 夢魔を倒す。


 温泉に入る。


 そんなことばかりしていて、本業をかなり怠っていた。


 私は旅商人である。


 別に世界を救うことで給料をもらっているわけではない。


「というわけで、今日は働きます」


「おお!」


「何です、その意外そうな顔」


「最近のネルさん、すっかりドリームダイバーでしたから」


「本業は商人です」


 むしろ。


 夢魔退治を本業にしてしまったら困る。


 正義だけでは宿代は払えない。


 腹も膨れない。


 パトちゃんの餌代だって必要だ。


「やっぱり世の中、お金ですよ」


「第4話の綺麗な話を返してください」


「何の話です?」


     ◇


 その日は久しぶりに、ちゃんと商売をした。


 露店を広げる。


 旅の途中で仕入れた雑貨。


 薬草。


 マジックアイテム。


 よく分からない置物。


「これは何に使うんです?」


「知りません」


「売っちゃ駄目でしょ!」


「買った人が使い道を見つければいいんですよ」


 そんな感じで。


 客と話す。


 売る。


 値切られる。


 断る。


 また売る。


 ついでに、エターナルドリーマーについて聞く。


 商人のいいところは、知らない人間と話していても怪しまれないことだ。


「そういえば、知り合いの町にも眠ったままの奴がいるって」


「へえ」


「最近じゃ、悪魔の仕業だって話じゃないか」


「そうみたいですね」


 少しずつ。


 世界が変わっていた。


 最初は原因不明の奇病。


 今は、


夢魔による事件。


 それが世間にも知られ始めている。


 夢の中へ入れる者。


 つまり私たちのような人間がいることも。


 まだウェイクリングの詳細まで公表されているわけではない。


 でも。


「夢に入って悪魔を倒せる奴がいるんだろ?」


「ええ、まあ」


「だったら安心だな」


 客は笑った。


 私は。


 少しだけ嫌な予感がした。


     ◇


 L.E.1012年、5月12日。


 各国で、エターナルドリーマー対策本部が作られ始めたらしい。


 当然だ。


 千人以上が眠ったままになっている。


 このまま増えれば、女神様の言っていた通り、危険度Eでは済まなくなる。


「王様まで動いてるんですって」


 エメラルドさんが新聞を読みながら言った。


「ウェイクリングなしじゃ、どうしようもないでしょうけどね」


「もっとたくさん配ればいいんでしょうか」


「どうでしょうね」


 私は商品を並べながら答える。


「誰にでも持たせれば解決する、ってものでもないでしょう」


「でも、夢魔を倒せる人が増えますよ?」


「はい」


「いいことじゃないですか」


「本当に?」


 エメラルドさんが首を傾げる。


「昨日聞いた話なんですけど」


 夢魔を倒したあと。


 被害者の家族へ大金を要求したドリームダイバーがいるらしい。


「命を救ったんだから、これくらい払えって」


「……」


「別に、お金を取ること自体は悪くないですよ」


「ネルさんも取りますもんね」


「当然です」


 そこは譲らない。


「命を張った。技術を使った。時間も使った。それで報酬をもらう」


 商売と同じ。


 私はそれを悪いとは思わない。


「でも」


 相手が、


払わなければ家族が目を覚まさない。


 という状況を利用して。


 払える限界までむしり取る。


「それは商売じゃないでしょう」


「……何が違うんです?」


「相手に断る自由があるかどうかです」


 品物なら。


 高いと思えば買わなければいい。


 私から買わず、別の店へ行けばいい。


 でも。


 家族の命を目の前に置かれて、


嫌ならやめれば?


 は通らない。


「選べない相手に選択を迫るのは、取引じゃない」


 言ってから。


 少し引っかかった。


 夢魔。


 自分の幸せを選ばせず、夢の中へ閉じ込める。


「……」


「ネルさん?」


「いえ」


 同じではない。


 でも。


 少し似ている。


「とにかく」


 私は続けた。


「お金を取るなら、相手が納得できる額にするべきですよ」


「意外とまともですね」


「何だと思ってたんです?」


「守銭奴」


「否定はしません」


     ◇


 L.E.1012年、5月14日。


 最悪な話を聞いた。


 二日前に知ったエターナルドリーマーの家を訪ねたら。


 既に、別のドリームダイバーが夢魔を倒していた。


 そこまではいい。


 問題はそのあと。


「……家と家財を売れ?」


 私は聞き返した。


 被害者の母親が、申し訳なさそうに頷いた。


「はい……。それくらいしなければ払えない額だったので、少し待っていただけないかとお願いしたら……」


 だったら全部売ればいい。


 そう言われたらしい。


「……」


「ネルさん」


「分かってます」


 私はその場にいない人間を殴れない。


 残念ながら。


「息子さんは?」


「目を覚ましました」


「なら」


 私は立ち上がった。


「それだけは良かったです」


 帰り道。


 何故か腹が立って仕方がなかった。


「ネルさんだって、謝礼を要求したことありますよね」


「ありますよ」


「なら――」


「違います」


 言葉が強くなった。


 エメラルドさんが黙る。


「……すみません」


「いえ」


「でも、違うんです」


 私は。


 あの宿屋のケビンさんを助けたとき、報酬を要求した。


 別に後悔していない。


 今だって同じ状況なら取る。


「でも」


 もし。


 ケビンさんの父親が、


払えない。


 と言ったら。


 私は夢へ入らなかっただろうか。


「……」


 多分。


 入った。


 文句は言ったかもしれない。


 飯くらい食わせろと言ったかもしれない。


 でも。


「起こす前に値段を吊り上げたりはしませんよ」


 何か違う。


 上手く説明できない。


 でも違う。


「……あー、腹立つ」


「本人を探します?」


「探してどうするんです?」


「ネルさんなら殴りそうなので」


「私を何だと思ってるんですか」


「金塊で人を殴る人」


「夢の中だけです」


     ◇


 L.E.1012年、5月17日。


「ハンターギルド?」


「はい!」


 エメラルドさんが新聞を差し出してきた。


 夢魔退治に参加できる人間を募集。


 条件。


一度でも夢魔と接触したことがある者。


「なるほど」


「何か分かりました?」


「夢の中へ入れる人間だけを集めたいんでしょう」


 募集条件を考えれば。


 ウェイクリングを持つ者。


 あるいは、それに類する方法で夢へ入れる者。


 そういう人間が自然に集まる。


「うまいやり方ですね」


 世界規模の組織であるハンターギルドなら、情報も持っているだろう。


「行ってみます?」


 私は団体というものが嫌いだ。


 ギルド。


 組合。


 協会。


 そういうものに入ると、どうして自分で稼いだ金の一部を他人へ渡さなければならないのか。


 理解に苦しむ。


「でも」


 ナイトメアの情報が手に入るなら。


「行きましょう」


「珍しい!」


「失礼ですね」


     ◇


 L.E.1012年、5月18日。


 ハンターギルド本部。


 大会議室。


「……多い」


 百人近くいた。


 剣士。


 魔法使い。


 武装したハンター。


 中には私みたいに、どう見ても戦闘向きではなさそうな人もいる。


 そして。


「妖精もたくさんいますね」


「本当だ」


 あちこちにいる。


 赤。


 青。


 黄色。


 紫。


「エメラルドさん、地味ですね」


「色で競うものじゃありません!」


 これだけの人数。


 みんな夢魔と接触した者だとすれば。


 被害は私が思っていた以上に広がっている。


 逆に。


 これだけ戦える人間がいるなら。


 少し心強い。


 そう思った。


 最初は。


「皆様、お待たせ致しましたー!」


 前へ男が出てきた。


 四十歳くらい。


 ちょび髭。


 妙ににやにやしている。


「ハンターギルド会長にいずれはなると、私の中で大評判! レガール総務部長でございます!」


「……帰っていいですか?」


「まだ一言しか聞いてません!」


「嫌な予感がします」


「ネルさんの嫌な予感、最近当たりますからやめてください」


 レガールという男は、大袈裟に両手を広げた。


「さて!」


 会場が静かになる。


「皆様には、我々の新事業へご参加いただきたい!」


 事業。


 その言葉が引っかかった。


「夢魔退治の組織を作る、ということですか?」


 誰かが声を上げた。


「いえいえ!」


 レガールは指を振る。


「我々は皆様を雇いません!」


「……?」


「もっと単純です!」


 巨大なモニターへ文字が映る。


エターナルドリーマー情報仲介制度。


「我々が皆様へ、エターナルドリーマーの情報を販売致します!」


 私は。


 一瞬。


 意味が分からなかった。


「情報を?」


「はい!」


 誰が。


 どこで。


 眠っているのか。


「一件千から五千G! 情報の希少性によって価格は変動致します!」


 会場がざわめく。


「一度販売した情報は、他の方には販売致しません!」


「待て」


 一人の男が立ち上がった。


「別の情報源から同じ患者を見つけた奴に、先を越されたら?」


「それは我々の知ったことではございません!」


 レガールが笑う。


「ただし!」


 紙を掲げた。


「情報購入者には証明書を発行致します!」


「……ああ」


 男が納得する。


 私には、まだ分からなかった。


「証明書が何になるんです?」


 エメラルドさんが小声で聞く。


「……なるほど」


 ようやく分かった。


「被害者から報酬を取るときですよ」


「え?」


 私より先に、別の男が質問した。


「情報料は安くならないのか?」


「一件数千Gなど、十分お安いかと!」


「夢魔が強かったら割に合わん」


「ですから、我々は依頼を仲介しているわけではございません!」


 レガールは笑顔のまま。


「皆様がどの程度の報酬を患者本人やご家族へ要求するか。それは皆様の自由です!」


「……」


「証明書があれば」


 誰かが言った。


「自分が正式に情報を買って助けに来た、と説明できるわけか」


「その通り!」


「だったら先に報酬額を交渉すればいい」


「患者の家の資産状況も情報につけてくれないか?」


「それが分かれば、情報ごとの値段も判断しやすい」


「夢魔の強さは?」


「過去にダイブした人間がいるなら、その情報も売れるだろう」


 次々と。


 質問が出る。


「……」


 私は。


 何かがおかしいと思った。


 でも。


 誰も止まらない。


 誰も、


被害者をどう救うか。


 という話をしない。


 誰も、


ナイトメアをどうするか。


 と聞かない。


 いくらで情報を買う。


 いくら取れる。


 どの患者なら儲かる。


「……何なんですか、これ」


 エメラルドさんが呟く。


「さあ」


 答えた声は。


 自分でも思った以上に冷たかった。


「商売じゃないですか?」


「ネルさん……」


「ただし」


 こんなもの。


「私は嫌いですけど」


 人が眠っている。


 家族が困っている。


 その情報そのものに値札をつける。


 さらに。


 その情報を買った者が。


 患者から金を取る。


 市場。


 それは市場なのだろう。


 需要と供給。


 理屈は分かる。


 むしろ、商人だから分かる。


 だからこそ。


 嫌だった。


「情報の価値は?」


「救える命があるなら高くても売れるだろう!」


「報酬を払えない家を引いたら赤字だぞ」


「それなら事前に資産を――」


 ばん。


 大きな音。


 一人の女性が机を叩いて立ち上がっていた。


「失礼致しますわ」


 紫色の髪。


 綺麗に巻かれた縦ロール。


 派手なドレス。


 その肩の近くに、赤い髪の妖精が浮いている。


「わたくし、少々気分が悪くなりましたので、外の空気を吸って参ります」


 会場の人間が彼女を見る。


「お金のお話がお好きな皆様は」


 女性は微笑んだ。


「どうぞ、そのままお続けになって」


 そして。


 部屋を出ていった。


「……」


 誰も止めない。


「変な女だ」


「何しに来たんだ?」


「夢魔退治だろ」


「放っとけ」


 すぐにまた。


 金の話が始まった。


「エメラルドさん」


「はい」


「行きますよ」


「え?」


 私は立ち上がった。


「ネルさん?」


「仲間を見つけました」


     ◇


 廊下。


 階段。


 玄関。


 外。


「待ってください!」


 女性が振り返る。


「……」


 少し。


 驚いた顔。


「本当に来る方がいらっしゃるとは思いませんでしたわ」


「え?」


「いえ」


 女性が微笑む。


「初めまして」


 ドレスの裾をつまんで、優雅に一礼。


「旅の魔術師、ローラ・モーガンと申します」


「魔術師?」


「はい」


「こちらはルビー」


「よろしくな!」


 赤い妖精が快活に手を上げた。


「あれ?」


 ルビーさんがエメラルドさんを見る。


「お前、エメラルドじゃん」


「え?」


「天界で何回か見たことあるぜ」


「あー……」


 エメラルドさんが困った顔をする。


「すみません。私はあまり覚えてなくて」


「いいっていいって。あたしはお前のこと嫌いじゃないし」


「何故その言い方なんです?」


 何か裏がありそうですが。


 今は聞かないでおこう。


「私はネル・パースです。旅商人をしています」


「商人?」


「はい」


「では」


 ローラさんの口元が少し上がる。


「先ほどの話、お嫌いではありませんでした?」


「大嫌いでした」


「まあ」


「お金は好きですけど」


「そこは否定しないんですのね」


「そこを否定したら私じゃないので」


 ローラさんが。


 初めて少しだけ普通に笑った。


     ◇


 近くの喫茶店へ入った。


 ローラさんはブラックコーヒー。


 私は紅茶。


 エメラルドさんたちには小さなカップを借りた。


「それで」


 ローラさんが切り出す。


「わたくしを追ってきたということは、同じお考えでよろしいのかしら?」


「ナイトメアを倒す」


「ええ」


「それが目的なら」


 私は頷く。


「同じです」


「安心しましたわ」


「ただ」


「何か?」


「あなた、わざとあんな出ていき方しましたよね」


 ローラさんのカップが止まる。


「普通に帰るだけなら、黙って帰ればいい」


「……」


「わざわざ机を叩いて、みんなに聞こえるように嫌味を言った」


「ふふ」


「誰かに追いかけてきてほしかった」


「やはり、聡い方ですのね」


「商人ですから」


 誰が。


 何を欲しがっているか。


 それを考えるのが仕事だ。


「ええ」


 ローラさんは認めた。


「あの中に、一人くらい同じことを考えている方がいないかと思いましたの」


「二人いましたよ」


「エメラルドさんも数えてくださるんですの?」


「私は!?」


「冗談です」


「最近ネルさん、私の扱い雑じゃないですか!?」


 ルビーさんが笑った。


「面白い奴だな、お前ら」


     ◇


「魔術師って」


 エメラルドさんが尋ねる。


「魔法使いとは違うんですか?」


「違いますわ」


 ローラさんが手を上げる。


 指先から小さな光。


 それが花の形になり。


 次に鳥。


 最後には蝶になって消えた。


「綺麗」


「ありがとうございます」


「戦闘用ではないんですね」


「ええ」


 見せるための魔法。


 舞台上で客を楽しませるための魔法。


 それを使って世界中を旅しているらしい。


「私と似てますね」


「そうかしら?」


「旅をしながら稼ぐところが」


「ネルさんは物を売る。ローラさんは夢を売るって感じですね!」


 エメラルドさんが言った。


「夢」


 ローラさんが少しだけ。


 表情を変えた。


「あ」


「いえ」


 すぐに笑う。


「間違ってはいませんわ」


 でも。


 その言葉が。


 何かに触れたのだと分かった。


「ローラさん」


「何かしら」


「ナイトメアを倒したい理由を聞いても?」


 ローラさんはしばらく黙った。


「話したくなければ」


「恋人を殺されましたの」


「……」


 私は言葉を失った。


「夢魔に」


     ◇


「彼は」


 ローラさんが静かに話す。


「わたくしの魔術ショーで、アシスタントをしてくださっていましたの」


 出会った。


 話すようになった。


 付き合った。


 それから一ヶ月ほど。


 恋人の友人が失踪した。


 彼は、その友人の借金の連帯保証人になっていた。


「借金自体は」


 ローラさんは言った。


「二人で働けば、いつか返せる額でしたの」


 でも。


 彼にとって本当に重かったのは金ではなかった。


 友人に裏切られたこと。


「寝込んでしまって」


 そこへ。


 夢魔が来た。


「ルビーさんとは?」


「あたしがローラを見つけた」


 ルビーさんが答える。


「夢魔の話をした。ウェイクリングを渡した」


 夢へ入った。


「でも」


 遅かった。


 ローラさんの恋人は。


 夢の中で。


 自分を裏切った友人を殺していた。


「……」


「そのあと」


 ローラさんの指が。


 カップを強く握る。


「自分で命を絶ちましたの」


「でも」


 エメラルドさんが言う。


「夢ですよね?」


「ええ」


「なら、現実の身体は――」


「死にましたわ」


 静かな声。


「……どうして?」


「夢の中での体験が」


 ローラさんが答える。


「現実の身体に影響することがありますの」


 ウェイクリングで夢へ入った私自身も。


 夢の中で殴られれば痛い。


 恐怖も感じる。


 夢魔が作る世界は。


 普通の夢より、ずっと現実に近い。


「自分が死んだ」


 脳が。


 そう認識してしまえば。


 身体までそれに引きずられることがある。


「必ずではありませんわ」


 ローラさんが付け加える。


「でも、実際に彼は死んだ」


 それだけは事実。


「どうして」


 私は聞いた。


「夢の中で友人を?」


「夢魔は」


 ルビーさんが言った。


「人間の願望を叶えようとする」


 友人に裏切られた。


 憎い。


 許せない。


 死んでほしい。


 そんな感情。


 一瞬くらい。


 誰にでもあるかもしれない。


「夢魔は、それを」


 ローラさんが続ける。


「彼の願いだと判断したのだと思いますわ」


「……」


「殺したいなら、殺せば幸せになると」


 第4話。


 女神様と話したことを思い出す。


人を幸せにしたいなら、まず本人に聞け。


「でも」


 ローラさんは俯いた。


「彼は、そんな人ではなかった」


 だから。


 夢の中で殺したあと。


 耐えられなかった。


「……」


「夢魔は、彼の中にあった怒りを見つけた」


 私は言った。


「でも」


 その怒りだけを。


「彼の全部だと思った」


 ローラさんが私を見る。


「ええ」


 怒っていた。


 憎んでいた。


 殺したいと思った瞬間も。


 ひょっとしたらあった。


 でも。


 同時に。


 友人だった。


 悲しかった。


 裏切られた理由を聞きたかったかもしれない。


 許したい気持ちだってあったかもしれない。


 ローラさんと一緒に生きたい気持ちは。


 間違いなくあった。


「一つの感情だけ抜き出して」


 私は呟いた。


「『これがあなたの本心です』って決められたら」


 怖い。


 人間なんて。


 そんな単純なものではない。


「だから」


 ローラさんが言う。


「わたくしは夢魔を止めます」


 復讐。


 それもある。


「ですが、それだけではありません」


 また。


 同じことが起きる。


「彼を殺した夢魔自身」


 ローラさんは苦しそうに笑った。


「自分が人を殺したことにすら、気付いていなかったのではないかと思いますの」


 人間を幸せにした。


 そう信じたまま。


「それが」


 一番怖い。


     ◇


「分かりました」


 私は言った。


「組みましょう」


「即答ですのね」


「理由は十分です」


「ネルさん側にも、何か?」


「ありますよ」


 ロレッタさん。


「でも」


 そこまで話す必要はない。


 ローラさんも聞かなかった。


「じゃあ」


 ルビーさんがテーブルへ身を乗り出す。


「四人でナイトメアをぶっ倒すってことでいいんだな!」


「四人?」


「私も入ってる!」


「良かったですね、エメラルドさん」


「何でネルさんまで!」


     ◇


「問題は」


 ローラさんが言う。


「どうやってナイトメアを倒すかですわね」


「女神様も準備をしています」


「女神様と直接お話を?」


「はい」


「それは心強いですわね」


「ただ」


 まだ。


 ナイトメアを逃がさないための仕掛けは完成していない。


「なら」


 ローラさんは考える。


「今できることは、夢魔を倒し続けることかしら」


「私もそう思います」


 手下が。


 一人。


 二人。


 十人。


 次々と倒される。


「そのうち」


 ナイトメア自身が。


 放っておけなくなる。


「誘き出す?」


「はい」


「随分、気の長い作戦ですわね」


「他に手段もないので」


「でもよ」


 ルビーさんが言った。


「ギルドの奴らはどうする?」


「……」


「患者の情報、あいつらが押さえ始めるんだろ?」


 その通り。


 私たちが夢魔を倒そうにも。


 誰がエターナルドリーマーなのか分からなければ、何もできない。


「買います?」


 エメラルドさんが言う。


「ギルドから?」


「嫌です」


「即答!?」


「じゃあ、どうするんだ?」


 ルビーさんに聞かれる。


 私は。


 少し考えた。


「……あ」


「何か思いつきましたの?」


「はい」


 ハンターギルドは情報を売る。


 情報を買った人間には証明書を渡す。


 一度売った患者情報は、他の人間には売らない。


「だったら」


 私は笑った。


「向こうの仕組みを、そのまま使えばいいんですよ」


     ◇


「その前に」


 エメラルドさんが手を上げた。


「一ついいですか?」


「何です?」


「ギルドにいた人たち」


「はい」


「誰もナイトメアを倒そうって言いませんでしたよね」


「そうですね」


「どうしてです?」


 ルビーさんが、


「は?」


 という顔をした。


「だから! ナイトメアを倒せば事件そのものが解決するんですよ!」


「そうですわね」


「だったら、国からものすごい報奨金が出るんじゃないですか?」


「……」


「夢魔を一人ずつ倒して稼ぐより、ナイトメアを倒した方が大儲けできません?」


 なるほど。


 エメラルドさんにしては、悪くない疑問だ。


「証明できないからでしょうね」


「え?」


「ナイトメアを倒したって」


「……あ」


 夢の中のものは。


 現実へ持ち帰れない。


 料理も。


 石も。


 夢魔もおそらく。


「でも、倒したらエターナルドリーマーが全員目を覚ますでしょう?」


「そのとき」


 私は言う。


「百人が『私が倒しました』って名乗り出たら?」


「……」


「千人でもいいですよ」


「……あ」


「誰が本物か、どうやって証明するんです?」


 ナイトメアの顔を知っている人間もほぼいない。


 捕獲できるかも分からない。


 映像。


 夢の世界の記録。


 それが絶対に偽造できない保証もない。


「つまり」


 エメラルドさんが呟く。


「ナイトメアを倒しても」


「英雄にはなれないでしょうね」


 ローラさんが言った。


「少なくとも」


 名誉。


 金。


 それを目的にするには。


 あまりにも割に合わない。


「……」


 エメラルドさんが黙る。


「どうしました?」


「いえ」


「ナイトメアを倒すの、嫌になりました?」


「違います!」


 即答だった。


「じゃあいいじゃないですか」


「でも」


「何ももらえなくても」


 私は言う。


「倒すんでしょう?」


「……はい」


 ローラさんも頷いた。


「もちろんですわ」


 ルビーさんも。


「あたしも」


「なら」


 それでいい。


「正義は金にならないみたいですね」


「ネルさんがそれ言います?」


「だからこそですよ」


 金になるもの。


 金にならないもの。


 商人なら。


 その違いくらい知っておきたい。


     ◇


 今。


 宿屋で日記を書いている。


 ローラさんとルビーさんとは、さっき別れた。


 明日から。


 本格的に動く。


 夢魔を倒す。


 ナイトメアを誘き出す。


 そのためには。


 ハンターギルドとも上手く付き合う必要がある。


 敵に回すことになるかもしれない。


 まあ。


 どうにかなるでしょう。


「ネルさん」


「何です?」


「今日はお金の話が多かったですね」


「そうですね」


「結局、ネルさんってお金が好きなんですか、嫌いなんですか?」


「好きですよ」


「即答」


「大好きです」


 お金があれば。


 食べられる。


 泊まれる。


 物を買える。


 旅もできる。


 多くの問題を解決できる。


「でも」


 お金で買えるものと。


 買ってはいけないものは。


 多分。


 別なのでしょう。


「……何です、その顔」


「いえ。ちょっといいこと言うのかなって」


「言いませんよ」


 眠いので。


 今日はもう寝ます。


 明日から。


 いよいよ。


 ナイトメア退治の本番です。


 おやすみなさい。

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