第二話 お姫様には友達がいない
L.E.1012年、5月2日。
朝から宿屋のノートパソコンとにらめっこしていた。
エターナルドリーマーについて調べるためである。
誤解のないように言っておきますが、私は別に昨日の一件で人助けに目覚めたわけではない。
この右手の薬指から一向に外れる気配のないウェイクリングについて調べていただけだ。
本当です。
「若者が多い。男女比はやや女性寄り。地域に偏りなし……」
画面をスクロールする。
「駄目ですね。全然分かんない」
「何がです?」
「うわっ」
いつの間にか、エメラルドさんが画面の横を飛んでいた。
「いたんですか」
「いましたよ!」
「虫かと思いました」
「こんな大きな虫がいてたまりますか!」
私はエメラルドさんを手で払いながら、もう一度画面を見る。
分かっている被害者だけでも千人以上。
全員を一人ずつ助けていたら、いつ終わるか分からない。
「やっぱり、親玉をどうにかするべきでしょうね」
「ナイトメアですか?」
「ええ。夢魔を一匹ずつ退治しても、また別の人が襲われたら意味がないでしょう」
「女神様も居場所を探しているんですが……」
「手掛かりなし?」
「はい……」
「役に立たない神様ですね」
「聞かれたら天罰が下りますよ!?」
「だったら、その天罰でナイトメアを倒してほしいものです」
エメラルドさんがむすっとする。
冗談はともかく。
今できることは、結局目の前の被害者を助けることだけらしい。
「あっ」
「今度はなんです?」
「この人。この町の人じゃないですか? ロレッタっていう――」
エメラルドさんが画面を指差す。
確かに住所はこの町になっている。
「じゃあ、次はその人ですか」
「はい!」
「今日は休みたかったんですけどねえ……」
「なんだかんだ言いながら行ってくれるんですね」
「指輪を外すための情報収集です」
「はいはい」
何です、その生暖かい目は。
◇
宿屋を出ようと受付へ向かうと、見覚えのない女性がいた。
黒いメイド服。
年齢は私とそう変わらないだろう。
長い黒髪を背中へ流し、表情は妙に乏しい。
「あ、ネルさん」
受付の少女がこちらに気づいた。
「ちょうどよかったです。こちらの方が――」
「自分で、お話しします」
メイド服の女性がこちらへ向き直る。
「初めまして。メシティカと申します」
「どうも。ネルです」
「私はフローラル家に仕える使用人の一人……でした」
でした。
私はその言葉だけ覚えておいた。
「ティアナ・フローラルお嬢様が、眠ったまま目を覚まさなくなってしまいました」
エメラルドさんと目が合う。
嫌な予感しかしない。
「この宿屋でも同じ症状の方がいて、それをあなた方が目覚めさせたと聞きました」
メシティカさんは深く頭を下げた。
「どうか、ティアナお嬢様を助けていただけないでしょうか」
「……」
「ネルさん」
「分かってますよ」
今日はロレッタさんのところへ行く予定だった。
だからといって、
先に予約された人がいるので、そこで眠っていてください。
とも言えない。
「そのティアナさんのところへ案内してください」
「ありがとうございます」
メシティカさんはもう一度頭を下げた。
表情はほとんど変わっていない。
でも。
両手だけが強く握られていた。
◇
移動しながら、事情を聞いた。
フローラル家は貿易業で財を成した家だったらしい。
過去形なのは、事業に失敗して没落したから。
それ自体もティアナさんには大きなショックだった。
しかし、本当の問題はそのあとだった。
「お嬢様には、たくさんのご友人がいました」
メシティカさんが言う。
「……ですが、フローラル家が没落すると、誰もお嬢様のもとへ来なくなりました」
「分かりやすいですね」
「ネルさん」
「事実でしょう」
ティアナさんは友達へよく贈り物をしていたらしい。
食事代も出す。
欲しいものを聞けば買ってあげる。
それを本人は友情だと思っていた。
相手もそう言っていた。
でも、お金がなくなった瞬間に終わった。
「つまり、その人たちが友達だったのはティアナさんじゃなくて」
私は言った。
「ティアナ・フローラルの財布だったわけですね」
メシティカさんは何も答えなかった。
「それで、あなたは?」
「はい?」
「フローラル家の使用人だったんでしょう?」
「……はい」
「今もお給料は?」
「その話は関係ありません」
「ありますよ」
メシティカさんは黙った。
それ以上は聞かなかった。
だいたい分かったからだ。
◇
ティアナさんはベッドで眠っていた。
その額には濡れた布が置かれている。
もちろん、熱があるわけではない。
それでも誰かが何度も取り替えているのだろう。
メシティカさんの指先が少し濡れていた。
「じゃあ、行きますか」
私はティアナさんの手を握った。
「ネルさん。今度こそ気をつけてくださいね」
「前回、『安全です』って言った人が何を」
「それは、その」
「夢幻創造は最初から使える」
「はい」
「危なくなったら逃げる」
「はい」
「金塊は強い」
「それだけは否定したいです」
「じゃ、行きましょう」
ウェイクリングが光った。
◇
目の前に城があった。
「……やりすぎでしょう」
尖塔。
巨大な城壁。
金色の装飾。
正面には大きな噴水まである。
大富豪の娘だったと聞いていた。
いつから王族になった。
「フローラル王国・建国記念パーティ開催中」
門の前に立てられた看板を読む。
「建国までしちゃいましたよ」
「夢ですから」
「便利な言葉ですね、それ」
城へ続く道には、着飾った男女が歩いている。
その中の一人が門番へ紙を見せた。
「招待状を確認致しました。どうぞ」
「あ」
「招待状が必要みたいですね」
エメラルドさんが困った顔をする。
「どうしましょう?」
「どうとでもなりますよ。こういうのは堂々としてれば案外――」
ばさばさ。
一羽の鳩が飛んできた。
私の足元に封筒を落とす。
開ける。
パーティの招待状が二枚。
「……」
「……」
「罠ですね」
「ネルさんが先に言った!?」
「こんな都合のいいことがあります?」
「夢ですし」
「便利な言葉ですね、それ」
とはいえ、罠だと分かっていても入らなければ始まらない。
招待状を門番へ見せた。
何の問題もなく通された。
城の中も絢爛豪華だった。
赤い絨毯。
巨大なシャンデリア。
壁には絵画。
あまり趣味がいいとは思わない。
金額を計算すると楽しいですが。
大広間の入り口に、一人だけ明らかに浮いている男が立っていた。
低い背丈。
長い鼻。
尖った耳。
白い髭。
シルクハットに杖。
「ようこそ、フローラル王国へ」
老人のようなゴブリンが頭を下げる。
「某はこの国の大臣、ハバネロと申します」
「へえ」
私は顔を覗き込んだ。
「何か?」
「あなた、夢魔です?」
「……」
エメラルドさんが頭を抱えた。
「ネルさん!?」
「だって怪しいでしょう」
「もう少し探りを入れるとか!」
「時間がもったいないです」
ハバネロはにこにこと笑っていた。
「何のお話でしょうな」
「まあいいです」
私は扉へ手を掛けた。
その瞬間。
ハバネロが杖で床を突いた。
かつん。
「調子に乗るなよ、人間」
低い声だった。
先ほどまでの好々爺の顔が消える。
「我らの邪魔をするのなら、この世界から生きて帰れると思うな」
「ほら」
私はエメラルドさんを見る。
「夢魔だった」
「そこは喜ぶところじゃありません!」
「ですが」
ハバネロはまた笑った。
「せっかく来たのです。まずはパーティを楽しんではいかがですかな」
「その招待状を鳩に運ばせたのもあなたです?」
僅かに。
本当に僅かに。
ハバネロの眉が動いた。
「何のことでしょうな」
「なるほど」
わざわざ私たちを中へ入れたかった。
だったら。
この夢を見せたい理由がある。
「いいですよ」
私は扉を開けた。
「せっかくなので楽しませてもらいましょう」
◇
百人はいるだろうか。
男も女も、みんな綺麗な服を着ている。
でも。
「気持ち悪いですね」
「いきなり何言ってるんです?」
「顔ですよ」
美男美女ばかり。
それなのに誰一人として印象に残らない。
私たちが入ってきても見向きもしない。
「人形みたい」
「夢の背景として作られただけなんでしょうね」
壁際には太い石柱が等間隔に並んでいる。
正面には舞台。
やがて照明が落ちた。
舞台だけが明るくなる。
一人の少女が姿を現した。
純白のドレス。
メシティカさんのところで見た眠る少女と同じ顔。
「皆様、我がフローラル王国へようこそ!」
ティアナさんだった。
「わたくしがこの国の王女、ティアナです!」
拍手。
歓声。
「姫様!」
「ティアナ様!」
「素晴らしい!」
まだ何もしていないのに褒められている。
便利な世界だ。
「今宵は無礼講です。食事でも、ダンスでも、歓談でも。皆様が楽しんでくだされば、それがわたくしにとって何よりの喜びです!」
料理が運ばれてきた。
肉。
魚。
果物。
菓子。
そこだけは夢魔を褒めたい。
「ネルさん」
「分かってます。調査が先ですね」
私は近くにいたドレス姿の少女へ声を掛けた。
「すみません」
「はい?」
「ティアナ姫とはお友達です?」
「もちろんです!」
「どういうところが好きなんです?」
「とてもお優しいところです!」
「例えば?」
「いつも素敵な贈り物をくださいます!」
「なるほど」
別の男へ。
「あなたは?」
「ティアナ姫は素晴らしい御方です! いつも豪華な食事を振る舞ってくださいます!」
もう一人。
「ティアナ様ほど寛大な御方はいません!」
「何をしてくれたんです?」
「欲しいものは何でもくださいます!」
私はティアナさんを見る。
笑っている。
幸せそうに。
「……全然変わってないじゃないですか」
「え?」
「現実と」
金がある。
だから人が集まる。
贈り物をする。
だから好かれる。
夢の中でも、それしか再現できていない。
ティアナさんが本当に欲しかったものは、
多分。
こんなものではない。
「ネルさん?」
「いえ」
私はテーブルから肉料理を取った。
「せっかくなので食べましょう」
「今の流れで!?」
「調査は終わりました」
「早っ!」
夢だから、どれだけ食べても現実の胃袋には残らないらしい。
それでも美味しいものは美味しい。
そこは大事です。
◇
食事が終わる頃には、ティアナさんは舞台で踊っていた。
次は歌。
綺麗な声だった。
思わず私も拍手する。
そして二曲目。
三曲目。
四曲目。
「……」
「上手ですねえ」
「エメラルドさん」
「はい?」
「これ、いつ終わるんです?」
「え?」
「パーティじゃなくて、歌です」
「ああ。もう何曲かしたら――」
「ティアナ殿が死ぬまでですぞ」
背後から声。
振り返る。
ハバネロが立っていた。
「……やっぱりそういう話ですか」
「正確には、現実世界の肉体が活動を停止するまで」
舞台ではティアナさんが笑っている。
同じ客たちが。
同じように拍手する。
永遠に。
「見なされ」
ハバネロが両手を広げた。
「なんと幸福そうな顔でございましょう」
「だから?」
「現実では家を失い、友を失い、孤独になった。しかしここには全てがある」
「全て?」
「財産。城。友人。称賛。愛情」
「愛情?」
私は近くの客を見る。
「ティアナ姫の好きな食べ物は?」
「……」
男は笑っている。
「ティアナ姫は素晴らしい御方です!」
「誕生日は?」
「ティアナ姫は素晴らしい御方です!」
「一番大切にしているものは?」
「ティアナ姫は素晴らしい御方です!」
「もういいです」
私はハバネロを見る。
「あなた、愛情の意味知らないでしょう」
「言葉遊びですな」
「いいえ」
ティアナさんへ拍手が降り注ぐ。
「現実でティアナさんを捨てた人たちと同じです」
金をくれる姫。
楽しい宴を開いてくれる姫。
何でも与えてくれる姫。
彼女自身なんて、誰も見ていない。
「こんな偽物、本人が欲しかったものですらないでしょう」
ハバネロの笑顔が消えた。
「幸福に真偽など必要ありません」
「ありますよ」
「夢だろうと幸福ならば、それでいい」
「だったら」
私は舞台のティアナさんを指差す。
「どうしてあの人は、ずっと同じことを繰り返してるんです?」
歌。
拍手。
笑顔。
また歌。
まるで壊れた人形だ。
「前に進めない幸福なんて、ただの檻でしょう」
「……交渉の余地はなさそうですな」
「最初からありませんよ」
「ならば」
ハバネロが杖を床へ叩きつけた。
大広間の空気が変わった。
「力ずくでお帰りいただく!」
ティアナさんが歌を止める。
「大臣?」
「姫様。賊でございます」
「賊?」
「某が処理致します。皆様を連れて避難を」
「でも――」
「すぐにパーティを再開致しますぞ」
その言葉を聞くと、ティアナさんは少し安心したようだった。
「……分かりました」
客たちを連れて出ていく。
最後まで、
パーティが終わること
だけを恐れていた。
◇
「夢幻創造」
右手へ金塊を出す。
「またそれですか」
「慣れた武器が一番でしょう」
「普通の人は金塊を武器として習熟しません!」
「来ますよ」
ハバネロが跳んだ。
速い。
チェルシーより明らかに強い。
杖の先端が顔を狙う。
避ける。
二撃目。
金の壁。
激突。
「ほう」
壁が砕けた。
「昨日の夢魔を倒した程度で、我々を舐めてもらっては困りますぞ」
「別に舐めてませんよ」
私は後ろへ走った。
大広間の端まで距離を取る。
「逃げ場はありませんぞ!」
「逃げてません」
金塊を構える。
「そんな距離から何を――」
投げた。
ハバネロは僅かに首を傾ける。
金塊は横を通り過ぎた。
「……」
「ネルさん!?」
「はっはっは!」
ハバネロが笑う。
「何をするかと思えば! どこを狙って――」
みし。
音がした。
ハバネロの真後ろ。
最初に大広間へ入ったときから見えていた、太い石柱。
その根元に、金塊がめり込んでいる。
亀裂。
「――え?」
「そこです」
石柱が傾く。
「危な――」
遅い。
轟音。
◇
「……死んでませんよね?」
瓦礫の下から夢魔の足が出ている。
「多分」
「多分!?」
「夢ですから」
「それ私の台詞!」
ハバネロの身体が煙のように消え始める。
城も揺れた。
「終わりますね」
「はい」
照明が消える。
テーブルも。
料理も。
客も。
舞台も。
最後に。
ティアナさんの楽しそうな歌声だけが、どこか遠くで聞こえた気がした。
◇
「ネルさん」
目を開ける。
最初に見えたのはメシティカさんだった。
「ティアナお嬢様は……?」
「夢魔は倒しました」
ぱっと。
ほんの一瞬だけ。
彼女の顔が明るくなる。
「……よかった」
それからすぐにティアナさんの方へ向き直った。
額の布を直す。
私はその様子を黙って見ていた。
「ん……」
ティアナさんの瞼が開く。
「……ここは?」
「現実です」
私が答えた。
「お城は?」
「ありません」
「パーティは……?」
「終わりました」
ティアナさんはしばらく天井を見た。
そして。
「……戻して」
「はい?」
「あの夢に戻してよ」
メシティカさんの手が止まった。
「私は幸せだった」
ティアナさんが身体を起こす。
「現実では何もない。お父様の会社も、家も、友達も……全部なくなった」
「……」
「友達だと思ってた人たちも、お金がなくなったら誰も来なくなった。結局、みんなが好きだったのはお金持ちの私だったのよ」
「そうですね」
「だったら、何が悪いの?」
ティアナさんが私を見る。
「夢の中なら、みんな私を好きでいてくれた。誰も私を捨てなかった。私はずっとあそこにいたかった!」
「誰もあなたを好きではありませんでしたよ」
「……は?」
「夢の中の人たち」
ティアナさんの顔が固まる。
「誰に聞いても、あなたが何をくれるかしか答えませんでした」
「そんな……」
「現実と同じだったんですよ」
金を持つティアナ。
贈り物をするティアナ。
宴を開くティアナ。
だから好き。
「夢なのに、そこだけは変えられなかったみたいですね」
「……」
「多分、あなた自身がそういう友情しか知らなかったから」
「じゃあ」
ティアナさんの唇が震えた。
「私には、本当に何もないじゃない……」
「ありますよ」
「何がよ!」
私は彼女の額を指差した。
「それ」
「……?」
「濡れたタオル」
ティアナさんが触れる。
「私たちが夢に入る前からありました」
メシティカさんを見る。
「あなたが替えてたんでしょう?」
「……はい」
「どうして?」
「どうして、と言われましても」
メシティカさんが僅かに目を伏せる。
「お嬢様が苦しそうでしたので」
「仕事だから?」
ティアナさんが呟いた。
「メシティカは、うちの使用人だから……」
「違いますよ」
私は言った。
「メシティカさん、最初に何て自己紹介したか覚えてます?」
ティアナさんがこちらを見る。
「『フローラル家に仕える使用人の一人――でした』ですよ」
でした。
「もう仕事じゃないでしょう」
部屋が静かになる。
「お金もない。使用人でいる義務もない。それでもこの人はあなたのそばにいる」
「……メシティカ」
「それでも『使用人だから』って言うんです?」
ティアナさんは何も答えなかった。
「元の友達はあなたを『金持ちのティアナ』としてしか見なかった」
少しだけ。
腹が立っていた。
「でもあなたも同じじゃないですか」
「……私が?」
「メシティカさんを『使用人のメシティカ』としてしか見てない」
ティアナさんが息を呑む。
「役割がなくなったら関係もなくなるって、自分で決めてる」
「……」
「それ、あなたが一番嫌だったことじゃないんですか」
もう何も言う必要はなかった。
私は一歩下がる。
あとは、この二人の話だ。
「お嬢様」
メシティカさんが呼ぶ。
ティアナさんが顔を上げた。
「私は」
いつも表情の乏しい人だった。
でも今は。
少し困ったような顔をしていた。
「私は、お嬢様の使用人でいたかったから、ここにいるのではありません」
「……」
「あなたのそばにいたかったからです」
ティアナさんの目から涙が落ちた。
「どうして……」
「友達だから、と言えばよろしいでしょうか」
「……メシティカ」
「今まで申し上げなくて、すみません」
「馬鹿」
ティアナさんがメシティカさんへ抱きついた。
「馬鹿……。だったら、ちゃんと言ってよ……」
「申し訳ありません」
「私も……ごめんなさい……」
メシティカさんは少し戸惑ったあと。
ティアナさんの背中へ腕を回した。
私はその様子を見ながら、そっと部屋を出る。
エメラルドさんもついてきた。
号泣しながら。
「ううううっ、よかったですぅ……!」
「泣きすぎでしょう」
「だってえぇ……!」
「はいはい」
廊下を歩く。
「でもネルさん、よく気づきましたね」
「何に?」
「メシティカさんが友達だって」
「別に」
あれだけ分かりやすければ、誰でも気づく。
仕事でもないのに。
報酬もないのに。
ずっとそばにいる。
そこまでして人のことを心配する理由なんて、そう多くはないでしょう。
私は商人です。
誰が何をいくらで買うか。
何にどれだけの価値を感じるか。
そういうことなら、人より少し敏感なだけです。
「それにしても」
右手の指輪を見る。
「今日は儲けがありませんでしたね」
「いい話を台無しにしないでください!」
◇
今日分かったこと。
夢の中に城があっても、それだけで幸せとは限らない。
百人に好かれているように見えても、一人にすら見てもらえていないこともある。
逆に。
たった一人でも、自分が何者であろうとそばにいてくれる人がいるなら。
それは案外、大金より珍しいものなのかもしれない。
……いや。
大金も欲しいですけどね。
それはそれ。
これはこれ。
明日は今日行けなかったロレッタさんのところへ向かう予定です。
今度こそ一件だけで終わってほしい。
では、おやすみなさい。




