15.黒き竜
穏やかな空気は、長くは続かなかった。
カラボスの表情が、不意に険しくなり、窓の外へ視線を向ける。
「……来たか。」
火の精霊が眉をひそめた。
「誰だ?」
カラボスは小さく舌打ちする。
「……予想より早い。」
動物たちは顔を見合わせる。
「誰が来たの?」
カラボスは答えない。
ただ杖を握り直すと、部屋の出口へ歩き始めた。
「火の精霊。」
「何だ。」
「王女と動物たちを頼む。」
「分かってる。」
「それと、もしもの時は。」
火の精霊が舌打ちする。
「わかってるよ。契約だからな」
カラボスは一度だけメアリーへ目を向ける。
「ここから出るな。」
そう言い残し、石の扉を開けて外へ出た。
重い扉が閉まる音が、塔の中へ響く。
メアリーは不安そうに呟いた。
「何が始まるんですか……。」
火の精霊は暖炉の火を見つめたまま答える。
「嫌な予感しかしねぇな。」
−−−−−−−−−−−
湖畔には、一人の青年が立っていた。
黄金の髪を風になびかせ、妖精の剣を握り締めている。
デジレ王子だった。
塔の入口から、黒いローブの魔女が静かに姿を現す。
先に口を開いたのはデジレだった。
「あなたが、カラボスか。」
「そういうお前は。」
「アルヴァン王国第一王子、デジレ・アルヴァン。」
妖精の剣を構える。
「メアリー……いや、オーロラ姫を返してもらう。」
カラボスは表情一つ変えない。
「断る。」
「彼女は何も悪くない。」
「分かっている。」
「なら、なぜさらった!」
デジレの声が湖へ響く。
カラボスは静かに答えた。
「返せば死ぬ。」
一瞬、風が止まる。
「……何だと。」
「今のあの娘を修道院へ返せば、やがて命を落とす。だから返さん。」
デジレは首を振った。
「そんな言葉で納得できるものか。」
一歩、また一歩と前へ進む。
「自分が正しいと言うなら、説明すればいい。誘拐などせずに。」
カラボスはゆっくり目を閉じた。
「私の言葉など、誰も信じん。」
そして静かに杖を構える。
「まして、お前のような若者ならなおさらだ。」
デジレは剣を握り直す。
「なら、自分の目で確かめる。」
塔へ向かって駆け出した。
カラボスが深呼吸をし、杖で地面を打つ。
黒い瘴気が渦を巻き、湖畔を覆った。
魔女の姿が闇へ溶ける。
骨が軋み、背中から翼が広がる。
巨大な尾が地面を薙ぎ払い、二本の角が夜空を突き刺した。
漆黒の鱗、燃えるような紅い瞳。
塔を見下ろすほど巨大な黒竜が、咆哮を轟かせる。
――ゴオオオオオオオッ!!
衝撃で湖面が大きく波立つ。
デジレは妖精の剣を構え、竜を真っ直ぐ見据えた。
「そこを退いてもらう。」
黒竜は低く唸る。
次の瞬間、一人と一匹は同時に地を蹴った。




