12.嗅覚
塔の中は静かだった。
暖炉では火の精霊が鼻歌交じりに鍋をかき混ぜている。
薬草の香りが部屋いっぱいに広がっていた。
そこへ、勢いよく扉が開く。
「メアリー!」
リスが飛び込み、その後からウサギ、キツネ、カラス、フクロウが次々と部屋へ駆け込んできた。
「よかった!」
「無事だった!」
「心配したんだからな!」
リスはメアリーの肩へ飛び乗り、ウサギはベッドへ飛びつく。
メアリーは思わず笑った。
「みんな……。」
「熱は?」
「もう大丈夫。」
「本当に?」
「うん。」
安心したように、動物たちは一斉にため息をついた。
火の精霊は腕を組んだまま呟く。
「騒がしい連中だ。」
リスが振り向く。
「あっ、小さいおじさん。」
「おじさんじゃねぇ。」
「じゃあ、お兄さん?」
「どっちでもいい。」
火の精霊は面倒くさそうに肩をすくめる。
「王女様が起きたばかりなんだ。少し静かにしろ。」
その一言で、部屋が静まり返った。
動物たちの視線が、一斉にメアリーへ集まる。
「……王女様?」
キツネが首を傾げ、リスも目を丸くした。
「メアリーって王女様なの?」
「違う違う!」
メアリーは慌てて首を振る。
「この精霊さんが人違いしてるだけ。」
「人違いじゃねぇ。」
火の精霊は即座に否定した。
「いや、でも私は修道院で育った普通の学生だし……。」
「今はそう思ってりゃいい。」
「だから違うってば。」
メアリーが困ったように笑うと、動物たちは顔を見合わせた。
「でも精霊さんがそこまで言うなら……。」
「何か秘密があるのかな。」
「本当のお父さんとお母さんに会ったことがないって言ってたし……。」
カラスが嘴を開こうとした、その時だった。
ギィ……
重い木の扉がゆっくり開いた。
部屋の入口に、一人の黒衣の女が立っていた。
黒いローブ、長い杖、鋭い眼差し。
部屋の空気が張り詰める。
メアリーは思わず身を起こす。
「あなたが……私をここへ?」
女は感情のない低い声で答えた。
「そうだ。私は魔女カラボス。お前を攫った悪人だ。」
冷たく言い放つ。
動物たちは身構えた⋯⋯だが。
「あれ?」
リスが首を傾げる。
「その声。」
ウサギも耳をぴくりと動かす。
「このにおいは。」
キツネが一歩前へ出る。
「カァ」
カラスが羽をばたつかせる。
フクロウが目を大きく見開いた。
部屋がしんと静まり返る。
メアリーは黒衣の女と動物たちを交互に見つめる。
「あなた達、知り合いなの?」
リスが指をさす。
「いつもフードを被って、ご飯を持ってきてくれる人だよ!」
「お薬も譲ってくれるんだ。」
「悪い人の見分け方も教えてくれる。」
カラボスは小さくため息をついた。
悪役らしく振る舞おうとしていた表情が、ほんの少しだけ崩れた。




