10.火の精霊
ゆっくりと、意識が浮かび上がる。
メアリーは重いまぶたを開いた。
見慣れない石造りの天井。
壁には古いランプが吊るされ、暖炉では赤い炎が静かに揺れている。
「……ここは?」
身体を起こそうとすると、熱で頭がふらついた。
「無理すんな。」
突然、低い声が聞こえた。
暖炉の炎が大きく揺れ、その中から小さな影がひょいと飛び降りる。
ハムスターほどの大きさの人型。
真っ赤な髪。
瞳は燃える炭火のように赤く、身体のあちこちから小さな火花が散っていた。
「やっと起きたか、王女様。」
メアリーは目を丸くした。
「……王女様?」
「そうだ。」
「⋯⋯人違いです。」
火の精霊は鼻で笑う。
「人違いなんかするか。」
「でも、私はメアリーです。」
「それは今の名前だ。」
メアリーは首を横に振る。
「私は修道院で育った普通の学生です。」
「普通ねぇ。」
火の精霊は肩をすくめた。
「普通の学生を、あの人が命がけで連れてくると思うか?」
「あの人?」
「……。」
火の精霊は口を閉ざした。
気まずそうに暖炉の方を向く。
しばらく沈黙が流れる。
やがてメアリーが静かに尋ねた。
「ここは、どこなんですか?」
「塔の中だ。」
「塔?」
「いつも来てるだろ?」
火の精霊は苦笑した。
「え?森の?」
「そうだ。いつも目の前で動物たちと遊んでるじゃないか」
「中にこんなお部屋があったなんて」
メアリーは改めて部屋の中を見回した。
石造りの壁に囲まれているのに、不思議と生活の匂いがする。
ベッドの隣には、タンスと全身鏡。
棚には鍋やフライパンが整然と並び、洗ったばかりの食器が水切り籠に伏せられている。
部屋の隅では、小さな洗濯機、流し台、ガスコンロ。
小さな冷蔵庫とパスタを詰めた瓶が並び、天井からは洗濯物がゆらゆらと吊るされている。
窓際にある木の机の上には本が何冊も積まれ、その横では一枚のタブレット端末が充電器につながれたまま淡く光っている。
古びた石の塔の中とは思えない。
まるで誰かが長い年月、一人で暮らしてきたワンルームのようだった。
窓に目を向けると、木々が横に流れている。
「森が動いてる」
「動いてるのは俺たちの方さ」
「え?」
「今はまだ、お前さんには説明しても信じられないだろ。」
火の精霊は暖炉へ薪を一本放り込む。
炎がぱちぱちと音を立てた。
「とりあえず、熱を下げるのが先だ。」
湯気の立つ濃緑色の液体の入ったカップを、メアリーへ差し出す。
「飲め。」
メアリーは恐る恐る受け取る。
鼻を近づけると、それだけで身体の芯まで温かさが広がっていった。
理由はわからないが、安全なものだと思えた。
カップに口をつける。
火の精霊はその様子を見て、小さく頷く。
「少し寝れば楽になる。王女様。」
その呼び方に、メアリーはまた首を傾げた。




