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ハインリッヒの旅枕  作者: えくぼ えみ
第三部 氷霊が啼く
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ep.1 青年は、杞憂する _ 休暇明け

 

 小鳥の(さえず)りが、開け放たれた小窓から聞こえてくる。朝を迎えたキュルヴィ協会の、寄宿舎。ワンルームより少し広い部屋には、シングルベッドと古いキャビネット、机と椅子という家具だけが置かれている。加えて、扉から入ってすぐの右隣りにはユニットバスへと繋がる扉があった。


 日当たりは、あまり良いとは言えない。家具を取り払ってしまえば殺風景で、悪く言えば独房を彷彿とさせる。しかし、この部屋造りは、全室で共通している。


 元より協会に属する運び屋は、多忙の身で馬車馬の如く外界各所を走り回っていることもあり、協会の寄宿舎に立ち寄るのは、仮眠を取る時に利用するくらいなものだ。その為、必要最低限の家具類しか置いておらず、更に寄宿舎日々の生活を送る運び屋は少ない。


 そこで暮らすのは、身寄りのない運び屋か、持ち家を探せないほど忙殺された運び屋のどちらかだ。


 そんな寄宿舎で、唯一、真隣同士で使用されている部屋がある。その片方の部屋では、朝から部屋の掃除に勤しむ者がいた。


 ふわふわと蒲公英(たんぽぽ)のような癖っ毛な黄金(こがね)の髪。クリーム色の長袖を着て、ゆとりのあるサイズ感のボトムスは裾を編上げのブーツにしまっている。手に白い手袋をはめる青年は、休暇明けの運び屋・クラウン=ラウスだ。


 机の上には、普段から彼が装備している黄金色のリボルバーと、漆黒の大口径自動拳銃が置いてあった。それぞれの銃には、グリップ底にウサギをモチーフにしたチャームが付属している。一方で、部屋に固定されているシングルベッドの上には、分厚そうな黒いフード付きのジャケットが適当に畳まれて置いてあった。


 (ほうき)で軽く塵や埃を掃き出し、玄関先に置いた(ちりとち)の前まで運んでいくと、それを箒で丁寧にその中に送り込む。

 ひと段落つくと、予想より早く掃除が終わった。集まったゴミは少量で、大してゴミが溜まっていなかったようだ。一通り、部屋を見回して、


「こんなもんかな」


 残っている作業といえば、掃除の邪魔になりそうだと思って隅の方に移動した机や椅子を元の位置に戻すくらいだ。クラウンは、正方形の一人用の机の前に立つと、動かそうと机の下に手を回すが、ふとその手を止めた。代わりに机の上にある黄金色のリボルバーを手に取ると、しばらくそれを見つめる。


(そういえば、最後にやったのはいつだったかな。射撃練習……)


 ふと、そんなことを思った。休暇中には、特に気づかなかったことでも、そこから明けるとついつい忘れていたことを思い出してしまう。しかし、思い立っても現状すぐに行動に移せるわけではない。懸念しながらも、彼は諦めたように溜息をついて、黄金色のリボルバーをそっと机の上に戻した。


 それから、最初に家具を定位置に戻そうとしていたことを止めて、彼は箒と箕のある玄関先に向かう。事前に用意していた麻袋に箕の中にあるゴミを入れると、その口を縛った。


(やっぱり、もう一度検討しよう)


 クラウンは、それを終えると今度はベッドへと向かった。黒いフードジャケットを羽織り、ジッパーを手に持った時だ。

 ジャケットの下に置いてあった『ある物』を見て、ジッパーを閉めようとした手が止まった。どこか憂鬱そうに息を吐いて、そそくさと目を逸らす。


(……このまま、続けていても仕方がない)


 部屋の小窓から、緩やかな風が入り込んだ。ベッドの上で何かがひらひらとそよ風に(あお)がれている。それは、彼の文字で『禁術魔術陣の解析と、術式効果による盲点』と題され、綴られた一枚の羊皮紙だ。


 ジャケットのジッパーを締めることも止めて、彼は玄関にあるゴミが入った麻袋を手に持ち、部屋の扉を開けた。



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