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ハインリッヒの旅枕  作者: えくぼ えみ
第二部 『名もない花畑より。』
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ep.36 彼女は砂を噛む

 

 それまで続いていた赤い線は、点々となり始めた。


 出血が止まり始めたのだろうか。


 唯一の手がかりを見逃さないようにハインとクラウンは、レンガ畳の地面に目を()らして進んだ。


 ボヤ騒ぎのあった食堂では、店先で店主が片付けを終えて一息ついている。ティーカップが割れた家では、家人が後片付けに追われていた。皿を割った男は、せっせと(ほうき)で破片を集めている。


 そんな景色が過ぎていく中、彼らは102番地の駐車場に辿り着いた。


 は、は、と断続的に二人は息を上げる。顎先にまで流れてきた汗を拭う気力もない。


 停車している他の荷馬車の車輪はその全てが不可解なまでに壊れていた。


 ブクタスが『ここにいた』ことは、間違いないようだ。


 言葉をかけずともハインとクラウンは、息が合った。再び走り出すタイミングも、そして102番地から出たと見られる馬車の車輪の跡を見つけたのも――。


 それを辿るように二人は走り続けた。


 泥臭い運び屋の姿は、長閑(のどか)な風景と道から浮いて見える。


 数分走ったところで、何かを見つけた。


「あれって…」


 帆馬車だ。もっとも荷台も骨組みもバラバラに切り裂かれて、すっかり見る影はない。


 近づくと、更に見えてきたものがあった。


「ヨハネス…!?」


 野原と道を区切るようにある簡易的な柵の上に腰かけるヨハネスの姿を見つけた。その(そば)には、馬車に繋がれていたであろう馬二匹を(なだ)めるヘルの姿もある。


 ハインとクラウンは彼女の(もと)に駆け寄った。


 二人の姿を見たヨハネスは、柵から降りると彼らと対面する。


「ごきげんよう」


 機械的な声色で、上品な挨拶をかける。


 ハインは、疲労感で棒になりそうな膝に手をついた。


 息が上がって上手く言葉が出ない。落ち着く間に、彼女は周囲を見た。


 大破した馬車はともかく、道に乱雑に放り投げられたような献上品の木箱を見る。同時に一連の事件を起こした主犯の顔を探した。


 だが、肝心のブクタスはそこにはいない。ハインは、ようやくヨハネスに目を向ける。


「何があったの…?あの小太り男は…!?」


「片づけた。呪術は解除できた」


「一体どうやって…、」


 ヨハネスの簡潔な答えを聞いたクラウンは、そう言いかけて()めた。


 ヨハネスの後ろで馬を宥めるヘルの口元に、ふと目を向ける。その口元には、(わず)かに血痕が残っていた。


(そういうことか……)


 察しがついたクラウンは、納得したように冷静さを取り戻す。


 状況を掴みきれないハインは、灰色がかった青い瞳をおろおろと転がした。


「でも、あいつが持ってるんじゃ…―」


「ハインさん、どうやら本当に終わったようです」


「え!?」


 ハインの疑問を両断するように、クラウンは結末づけた。


 ハインは驚愕したまま、彼の方に振り返る。


「あ、あんたまでなに納得してんのよ…!私には何が何だか…」


「とにかく終わったものは終わったんです。ここで立ち往生していても仕方がない…。町に戻りましょう」


「えぇ…?」


 早々に切り上げようとする急変したクラウンの態度に、ハインはついて行けず困惑した。


「けど、ここに散らばってる献上品は?どうするのよ?」


「宛先人がもういないんだ。102番地の修繕(しゅうぜん)費として渡しましょう」


「それ、職権乱用ってやつじゃないの?て、そうじゃなくて…っ、なんかスッキリしないっていうか!」


「ハインさんがスッキリしようがしまいが、解決したんですよ。ほら、行きますよ」


 事後処理の案までしっかりと出したクラウンに反して、ハインはまだ釈然としていないようだ。


 クラウンは、既に今後に思考を切り替えていた。


 あれだけ必死になっていたのは何だったのか、そう問いたくなるほど彼とハインの温度差は一気に離れた。


「な、なんなのよ……」


 背を向け、102番地へと戻り始めたクラウンの姿を見て、そんな悪態しかつけなかった。


 この場で、事の顛末をまだ把握できていないのは自身だけ、という事実に彼女はやるせなさを痛感する。


 とは言っても、クラウンと離れることができないハインは、先に歩き始めた彼についていく他なかった。


 戸惑いながら、来た道を戻るハインは、ヨハネスを見る。


 何のアクションを起こさない彼女の代わりに、ヘルが後ろの方で手を振って送り出した。


「あー…、走りっぱなしで疲れた…」


 102番地へと戻るクラウンは、数mの間隔(かんかく)をあけて後続するハインに聞こえないように独りごちる。




 こうして、半日で大きな被害を受け、大規模な戦闘の爪跡だけが残った102番地の騒動は、砂を噛むような結末を迎えるのだった――。




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