終章 ep.4 いざ、決闘
ダンが起床する一時間前。
195番地は、変わらず活気に満ち溢れていた。眠ることを知らないこの街は、夜通し露店が並び立っている。
195番地の露店は、時間帯により出店する店の種類も変わる。
基本的に雑貨類や日用品が多いが、朝から昼にかけては、現地住人向けの市場となり、昼から夜にかけては、観光客向けの屋台や一部の区画では、卸商人の露店が並ぶ。それ以降、深夜から明け方にかけては、数は少ないものの換金店や魔具が購入できる装備店が出店する流れとなっている。
宿屋から出たハインとクラウンは、朝から195番地の住民がこぞって集まる大通りを歩いていた。
「それで。どういったもので、『勝負』を着けるんですか?」
二歩先を歩くハインの背中に向かって、クラウンは心底怠そうに訊ねた。
ちらっとこちらを振り向いたハインが、「そりゃもちろん、私の得意分野よ」とさも当然に答える。
しかし、あんまりな言い草にクラウンは抗議した。
「なんですそれ?そんなの、ハインさんが有利じゃないですか。不公平も良いところだ」
「うるさいわねー。なんだかんだ言って、あんただって乗っかってきてるじゃない」
「朝っぱらから、勝負だー!とかちんぷんかんぷんなこと言うからついて来ただけですよ。…もしかして、頭にも怪我しましたか?」
えらく不安そうな表情で心配するが、もちろん動作込みでの挑発だ。
もちろんハインにも、その意図は伝わっている。すかさず彼女の蟀谷に青筋が浮かんだ。
「その減らない口、今すぐ閉じないとここでぶっ飛ばすわよ」
「はいはい、どこへなりとも黙って付いて行きますよー」
ぎこちない笑顔と握り拳を震えさせているハインを見て、『痛いのが嫌い』なクラウンは渋々従う。
勝負と言っても、どうやら戦闘ではないと確信して安堵した。
互いに、昨夜の戦闘で身体は、ボロボロ。
現状満足に魔術を使えないクラウンにとっては、戦いで勝負をつけることに異議はないが、純粋な殴り合いでは不利になるだろう。
(……これじゃあ、本当に勝負に乗ってるな)
図星を突かれていたと今更自覚したクラウンは、ハインに悟られないように心の奥底にしまう。
それから、しばらくして。
「到着!ここが、私とあんたとの決闘場よ!」
ハインが腰に手を当てて胸を張って、仁王立ちで『決闘場』の前に立ち止まる。
足を止めて、風に揺れる看板を見上げた。
「大衆食堂……オアシス…?」
※ ※ ※
かつて、ここまで危機感を覚えたことがあっただろうか。
街の荒くれ者に理不尽な難癖をつけられ、店の売上金を巻き上げられそうになっても毅然とした態度で追い返したものだ。
その時と違って、今回はきちんとした客ではある。
入ってきた男女二人の客は、運び屋の商売道具の一つであるアタッシュケースを持っていた。
二人は、入店するや否や口論をしていたが、店の円卓テーブルに向かい合わせになって着席した途端、互いに睨み合っていた。
ウェイトレスが注文を受けたかと思えば、メニュー表に目もくれず、女の運び屋がただ一言。
「この店で一番早く出来上がる料理順から、全部持ってきてくれるかしら?二人分」
その言葉に、ウェイトレスも小耳に挟んだ大衆食堂の男店主も困惑したものだ。
ウェイトレスが聞き返しても、女の運び屋は言い方は違えど似たような返答を繰り返す。
向かいの席に座る男の運び屋も、呆れたように溜息を吐いていたが、特に咎める様子もない。
幸い、店を開けて間もない。店内は閑散として、時間には追われていなかった。
ウェイトレスが、終始戸惑いながらもカウンター越しから調理房に向かって注文を伝えた。
聞いていた店主は、すでに調理に取り掛かっていたが、それがまさか地獄への門を叩く合図だとは、この時知る由もなかった――。
※ ※ ※
「まさか…対決、方法が、大食いとは」
「ゃんか、言った?」
ウェイトレスが、バタバタと店内を慌ただしく走り回る。大量に料理が積んだキッチンカートを押して、ある席へと向かった。
赤子のようにスプーンを逆手に持って、もごもごもごもごと行儀悪く吐息を吐きながら料理を次々に吸い込むように食べ進める。運び屋の二人組・ハインとクラウンだ。
「や、るじゃな、い。少食かと、おも、てた!細いし、あんた」
「魔術師は、エネルギーの消費量が…尋常じゃないので、大食いが多いんですよ。…というか、ハインさんこそ、魔術師でもないのに、その胃袋の許容量はどうなってるんですか」
ガチャンガチャンッ!と顔を覆い隠すほどの大皿を手荒くテーブルに置いて、綺麗に完食したかと思えば、二人同時に次の皿に手をつけ始める。
「私は、生粋の大食いなのよ」
「食い意地だけで、その食事量ですか…。とんだ卑しん坊ですね」
「ぶん殴るわよ」
テーブルには、回収し切れていない皿が積まれて嵩張っていた。
ハインは、クラウンを睨みつけながら、皿に山盛りに盛りつけられた手羽先の唐揚げを一本持ってかぶりつく。
一方でクラウンが手にしたのは、底が深い器に入ったスープだ。
スプーンを入れて、ひと回ししてみると、ごろっとした野菜やブロック肉がスープの表面に浮かんでくる。
「結構な量じゃない。お腹が膨れちゃいそうねー」
ニヒルな笑みを浮かべて挑発するハインは、そのまま肉を食いちぎる。
クラウンは、それに一瞬むっとした表情を浮かべた。
すると、
「お、お待たせしましたー!こちら、当店の…―」
「あ、ウェイトレスさん。お忙しい中、申し訳ないんですが、消費しても問題ない調味料ってありますか?」
「え…!?ええっと…、こ、これでも大丈夫ですか?」
到着早々、クラウンから要望を受けたウェイトレスが、キッチンカートの下部に置いていた陶器の調味料入れを取り出す。
クラウンは、それを受け取ると「ありがとうございます」と丁寧に礼を言う。
そして、
「ああーー!!?」
思わず、ハインは驚愕の声を上げた。
調味料入れの蓋を開けて、何の躊躇いもなく中に入っていた調味料を全てスープに投入したのだ。
むわっとスープの湯気に混じって甘い香りが匂い立つ。
これは。
「あ、あんた!さ、砂糖、入れるなんて…!なんてことしてんのよ!」
調味料の正体は、粉砂糖だ。
クラウンは悪びれることなく、溶けやすいようにスープをスプーンで掻き回す。
「なんてこととは酷い言い草ですね。これも立派な料理ですよ」
「どこがよー!というか、匂いが…!」
ハインは顔を顰めて、フライドチキンを持った方の腕で鼻を覆う。
その様子を見たクラウンは、したり顔を浮かべた。
「どうしたんですか?ハインさん。もしかして、甘いのやら旨いのやら、よく分からない匂いのせいで食欲失せましたか?」
(こ、こいつ…っ!)
クラウンのその発言で、ハインは彼の策略がはっきりと分かったのだ。
知っていたかは定かではないが、食事時になるとハインの嗅覚は人並より鋭くなる。
それを逆手取り、クラウンは、食欲を削ぐためにわざと料理に砂糖を投入したのだ。
だが、大量の砂糖を入れてしまっては、すでに料理としては壊滅的な味わいだろう。
あまりの匂いに、眩暈さえ覚えて瞳を強く瞑る。
「だ、大体、そんな料理食べれるわけないじゃない!」
「大食い対決では、僕の右に出る者なんていませんよ。偏食大味何でもござれ。人の嗅覚を刺激する匂いの料理でも、僕は食べれますから」
クラウンは特に表情を変えることなく、ぱくりと、呆気なく食べた。
そして、これ見よがしにスプーンを口に咥えたまま、ハインを見て悪魔のような笑みを浮かべて「は」と鼻で笑い飛ばす。
「食の冒涜者めッ!」
「あはは、負け犬がなんか吠えてますねー。ゴキブリや排泄物でなければ、何でも食べれるので」
「な…!食事中になんてこと言うのよ!」
「先に相手の戦意を折った方の勝ちです。ということで、いただきます」
どんな形のものであれ、クラウンは戦いで手を抜くことはないらしい。器を両手で持ち上げて、そのまま水を飲むようにスープを胃に流し込んでいく。
「こんな奴に…負けてたまるかってのよ!」
鼻腔を刺激する甘すぎる香りを紛らわせようと、ハインは肉を頬張る。
噛めば噛むほど口から鼻腔へと昇る香ばしい肉と油の香りが、食欲を掻き立てた。怒りと相まってか、俄然食べるペースは上がっていく。
ゴロゴロとした野菜や肉を口の中一杯に噛み砕くクラウンは、席から立ち上がるとジャケットのジッパーを下げて脱いだ。
ハインも窮屈になった腹を楽にさせるためにベルトを緩めて、油でギトギトになった手のままローブを脱いだ。
意固地な二人の大食い対決は、まだ始まったばかり。
それに対して、調理房からは、
「こんままじゃ店が潰れちまうだろうが!さっさと決着つけやがれ!こンのッ、バカ食い運び屋共!」
破産を覚悟してフライパンを振るう男店主の、涙ぐましい怒号が店内に轟いた。






