終章 ep.3 便り
寝室の小窓から、差し込む日差しが目蓋を狙い撃つ。
微睡みに溺れていたい体を縮こませて、軽く唸った。
だが、すぐに慣れない感覚に襲われ、あっさりと目覚める。
「あ……、」
シーツの中で横向きになったまま、ロストチルドレンの少年・ダンは目を開いた。
一日そこらでは、優しく体が沈むベッドマットの感覚に慣れるはずもない。
起きて辺りを見回せば、隣には、今までに聞いたことがない程、カイルが深い寝息を立てて眠っていた。
起こさないようにベッドから降りると、ベッドサイドチェストに置かれた一枚の紙切れを見つける。
路地裏のネズミのような生活をしているためか、教養がないと思われがちなロストチルドレンだが、徒党を卒業した年長組から、時折文字の読み書きを習うことがあった。
ダンは、紙切れに書かれている文字列を見て、『手紙』だと認識した。
書き置いた主は、どうやら『女の運び屋』のようだ。
名前は明記されていないが、丁寧で綺麗な字体と言葉選びの雰囲気からして、何となく察しがついた。
文字の読み方は、うろ覚えであるものの、ダンはその置き手紙に目を通す。
文字を追う度に、手紙を持つ手には力がこもり、目は驚きに満ちて開かれていく。
「な、んで…」
全てを読み終えた後、自然と疑問が口から零れた。
だらりと腕が脱力し、片手で手紙をしっかり握り締めて呆然と目玉を転がす。
我に返ったダンは、慌てて仕切られた寝室のスライドドアを開くと、コンコン、と直後に客間の扉を誰かがノックした。
部屋を飛び出そうとしたが、思わず爪先が地団駄を踏んで立ち止まる。
「もし。就寝中のところ、申し訳ないのですが、急用の伝言を受け賜っていまして……。どなたか、いらっしゃいます?」
中年らしき男の声が、扉越しに訊ねてくる。
男は宿屋の関係者だ。どこかに隠れる場所はないかと部屋を忙しなく見渡したが、身を隠す猶予もなかった。
「入りますよ〜」
さっきの断りが薄っぺらい建前のように、呆気なく扉は開かれた。
部屋に入ってきた男は、きらりと輝きを放つほどの頭頂部と、両サイドにはモコモコとした髪を携えている。
小太りだが、清潔感のあるワイシャツとベスト、襟元にループタイをして、老眼鏡らしき小さな丸眼鏡を掛けている。
手に持っていた紙を見ていたが、人の気配に気づいたのか、ふと視線を上げた。
身を隠せなかったダンは、「あ…、」と声を漏らして硬直する。
男も、ダンの姿を見てぎょっと目を丸めた。
皮脂汚れなのか砂埃の汚れなのか、それすらも判別し難い小汚く、所々破けている上下白の衣類。
それが何よりも、ダンの素性を如実に表していた。
戸惑った様子の男は、手元の紙切れとダンを何度も見る。
ダンにとっては、それが品定めのように思えて居心地が悪かった。
手元のメモに一体何が書かれているのか、今すぐ追い出されるのでは、と様々な考えが込み上げる。
男は、視線の往来が終えると、ようやく納得して顔を渋くした。
それから、咳払いを一つして、
「えーっと……、君。名前は?」
「は…?あ…、ダ、ダン…」
男からの質問に、たじたじになりながらも答えた。
男は、少し呆れたように溜息を零すと続ける。
「君、一人かね?嘘は…、つかないでくれよ」
「え、と…もう一人、寝室に」
「確かかね?」
食い気味に男から念を押すように訊ねられ、ダンはこくりと頷く。
男は、開きっぱなしになったスライドドアの向こうにある寝室に目を向けた。ダンも堪らず、そこを見る。
ベッドでは、確かに誰かが寝ているようなシーツの盛り上がりがある。
嘘ではない、と確認した男は、改めて手元にあるメモに視線を落とす。
「君たちに、195番地の色んな場所から伝言がある」
前置きして、男は、淡々とメモを読み上げた。
ダンは、マネキンのように棒立ちになったまま耳を傾ける。
つらつらと語られる伝言の内容に、握り締めた『置き手紙』に汗が滲んだ――。
『しっかり、生きなさい。それが、私のアタッシュケースを盗んだ罰よ』






