ep.28 奥へ
ハイン、フーランがゴダと戦闘を始めた同刻。
アタッシュケース強奪犯の一団から強襲を受けるクラウン、アートベルトも行動を起こそうと奮起していた。
「このままでは、距離を詰め寄られるだけだ。いずれ、蜂の巣にされるぞ!」
身を潜めている障害物が、銃撃で壊されかかっていた。
アートベルトの報告を受けたクラウンは、物陰ギリギリのところで顔を出す。
色褪せた黄金色のリボルバー・アルトンを握り直して、上体を捻り、引き金を引く。
撃ち出された彼の弾丸は、対向からやってくる数々の弾丸をすり抜け、一人の男の眉間を撃ち抜いた。
ブシャッ、と後頭部から血飛沫を上げて男が後ろへと倒れる。
「一人やられたぞ!気をつけろ!」
「クソ…!なんて腕してやがる…ッ!」
それを皮切りに、更に弾雨の追撃が強くなった。
アートベルトとクラウンの距離は、障害物の面積が小さくなるほど縮まっていく。
「おいっ、クラ坊!ちまちまと敵を刺激してどうする?何か策があってやっているのか?!」
「弾切れを狙ってるんですけど、中々向こうさんが粘るもんで!」
益々高らかになる銃声に負けないように、クラウンは声を張り上げた。
敵の止むことのない攻撃から、アートベルトがある憶測を立てる。
「まさかとは思うが、奴ら、すでにお前の荷札を何枚か召喚しているんじゃないのか?」
「恐らくは…。荷札一枚で召喚できる銃火器は、大体五丁です。弾倉は、その二倍…。二十枚一組の荷札を一セットでもバラされているなら、これだけ銃撃戦が出来るのも頷けます」
強まる弾雨と伴って、焦りは募っていく。
クラウンは、ウサギ頭の中で汗を一筋流した。
「思っていた以上に解除のコツを掴み始めてる…。まずいな」
その小声は、弾雨によって掻き消されていると思っていた。
だが、耳の良いアートベルトには筒抜けだったらしい。冷静な面持ちで、猫目がきらりと光る。
「なら、一刻も早く状況を打破しなければな」
「何か、策でも?」
「単純だ。ここから、お前だけ抜け出せれば良い。私が、ここで奴らを食い止めておこう。目眩ししている間に、クラ坊は前に進め。……手乗りウサギの目は、どのくらい残っている?」
「敵にかなり消されたので…。ここら一帯の手乗りウサギは、もう……」
「なら、クラ坊の判断力に頼る他ないな」
アートベルトが何もない正面の空間に、手を翳すと、手の平ほどの青く微光する魔術陣が現れた。
アートベルトは、そこに手を突っ込むと手の先が空間の中へと消える。探るように腕を動かし、そこから何かを引きずり出した。
「久しぶりに大暴れしてやろうじゃないか。なぁ、『子猫ちゃん』」
六連発式の擲弾発射器だ。射出口の側面には、ぐーんと尻を上げて背伸びする猫の浮き彫りが施されていた。
アートベルトは、グレネードランチャーのフレームの上部をくるりと回転させると、弾倉の中を見る。弾は込められていないが、薬室部分全体を覆うように魔術陣が現れていた。
「うん…、上手く起動しているようだ。修理してくれたゾックに、あとで礼を言わなくてはな」
グレネードランチャーの確認を終えたアートベルトが、こちらを見た。
「いつでも行けるぞ、クラ坊」
しゃがんだ体勢になったクラウンは、アートベルトの許可にしっかりと頷く。
※ ※ ※
障害物は、その身を粉塵へと変えて削れていく。そこを集中砲火するのは、ヴィドーが率いているアタッシュケース強奪犯の一団だ。
数人組みのチームにそれぞれ分かれ、軽機関銃を撃つ攻撃係と、リロードがスムーズに行えるよう木箱に入った弾倉を渡す係で役割分担されている。
数チームに分かれた彼らは、ほぼ横一列に維持した隊列で各々の障害物から身を出し、攻撃を続けている。彼らの足元には空の薬莢が、ゴミのように大量に散らばっていた。
「おい!そろそろ前に出ないか?!全く動く気配がないぞ!」
「分かった!一組ずつ、前の障害物に移動しろ!」
互いの連携した言葉など、この銃声と距離からでは運び屋に知られることはないだろう。一団は、前線を上げるべく移動する。
だが。
「!」
運び屋が身を隠す障害物から、僅かに銃口の鈍い光が見えた。
気づいた強奪犯の一人が、声を上げようとした瞬間。
ポンッ、とワインのコルクを抜くような音と共に何かが撃ち出される。
緩かやな放物線を描いて落ちるとバウンドしながら、前に出てきた数人の男の足元に、何かが転がってきた。それは、弾丸をそのまま大きくしたような形状の擲弾だ。
擲弾の底にある肉球型の青い微光は、地面に着弾したと同時に更に光量を増し、
「な、なんだ!?」
ボンッ!と大きな破裂音を出しながら、辺り一帯を包み込むように煙幕を展開する。
アートベルトが、「行け!クラ坊!」と合図を出し、即座にクラウンは障害物から飛び出した。
銃声が止んだ一瞬を突き、姿勢を低くしながら走る。
「く…、クソッ!おい!運び屋が行ったぞ!探せ!」
「っつっても!この煙の中…、どうやってやりゃあいい!?同士討ちになるぞ!」
男たちが、煙幕の中で薄らと見える人影を敵か味方かと判別している。
一方で、クラウンの視界は良好だ。戸惑う彼らの姿もはっきりと見て取れる。
この白ウサギの生首は、決して飾りではない。顔を隠す以外にも様々な能力がある。
その一つが、視界確保だ。煙の中でも暗闇の中でも相手の姿形は、ウサギの目を通して鮮明に捉えることができる。
クラウンが有する二種類の魔術――増強化魔術と造形魔術が融合して創り出した『白ウサギの生首』は、戦闘用のヘルメットなのだ。
(僕がいなくなったら、アートベルトは一人だ。実力を疑うわけじゃないけど、ここで少しでも敵の戦力を……)
アートベルトの身を案じて、地面をスライディングしながら、片手に握ったアルトンの引き金を何回か引く。
ゴンゴンゴォンッ!と鐘のような撃鉄が降りる音が響き渡る中、煙幕の中では人が次々と倒れていく。
不明慮な視界で男たちは冷静さを失い、更にパニックに陥る。
「クソクソッ!どこにいんだよッ!」
「野郎…ッ!こっちの姿が見えてんのか!?」
「う、うぅ…うあああああああああぁあぁぁぁぁ!!!」
耐え難い恐怖を払拭するように、一人の男が灰色の煙の中で銃を乱射し始める。
バラララララッ!とけたたましい銃声を上げながら銃口が火を噴いた。
例え味方であっても、うっすらと煙幕の中に漂う人影の全てが、彼にとっては『敵』にしか見えないだろう。
所々で「ぐぁ…ッ!?」「いてぇ…っ、いてぇよ…」「助けてくれぇ…っ」と、彼に撃たれた他の男たちの呻き声が上がる。
クラウンの攻撃なのか、冷静さを失った男の銃撃なのか、最早判別することは不可能だ。
目に見えずともここが、小さな『地獄』と化しているのは明白だった。
「や、やめろぉッ!このまんまじゃ奴らの術中にハマるぞ!誰かそいつを止めろッ!」
煙幕の中で一人の男が声を出すが、周りは叫び散らすか怒号するかで、その命令は耳に届かない。
アートベルトは、その様を障害物から窺っていた。
「まだまだ冷静さを欠いてもらわないと、クラ坊が進めないのでな…。悪いが、ここで追撃させてもらう」
離れたところで、『子猫ちゃん』の発砲音が聞こえた。ポンッポンッ、と立て続けに二発撃ち出された擲弾の底は、先程と同じく肉球型だったが、今度は赤く発光している。
それは、煙幕の中へ吸い込まれるように落ちて行く。
ドォンッドォンッ!と連続で重々しい爆発音を上げながら、煙幕の中で鈍く爆光する。
クラウンは、姿勢を低く保ちながら障害物を盾にして煙幕の中を移動していた。
白く長い耳が、爆風に煽られて靡く。
「相変わらず容赦がないなぁ…。ありがとうございます、アートベルト」
援護してくれた友人を愉快に思って感謝すると、煙幕の外に飛び出した。
その先に、煙幕から逸れた強奪犯の男たちが待ち構える。
跪き、腰の位置にまで落としたアルトンの銃身を上から手で抑えて、細かく方向を変えながら発砲。方々に飛んだ弾丸が、それぞれの眉間を確実に撃ち抜く。
クラウンの前には、呻くことすら出来ずに倒れる死屍だけが転がっていた。
「急ごう。あともう少しだ」
容赦ない行動とは裏腹に、軽い調子でクラウンは走り出す。






