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ハインリッヒの旅枕  作者: えくぼ えみ
第一部 相容れない運び屋
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ep.27 鎧甲竜

※時系列『ep.25 風来坊』の続き。

 


「観念しろってのよッ!黒マント野郎!」


 ハインは、振り上げた大刀(たち)をヴィドーへと振り下ろす。


 その切っ先が、彼の脳天に辿り着く瞬間。


 ガキィンッ!と刃が阻まれた。


「っ!?」


 ハインは、着地したと同時に目を見開く。


 攻撃を受け止めたのはヴィドーではなく、目にも止まらぬ速さで間に割って入って来た厳格な顔つきの男――ゴダだ。


「……刀を収めて貰おうか、運び屋よ」


 刃を受け止めたゴダの右腕は、(くさり)帷子(かたびら)のような銀色の鱗で覆われている。


 この状況で素直に従えるはずがない。だが、自身でもはっきりと分かるほど、眼が左右に狼狽(うろた)えてしまう。


 押し返そうにも、ゴダの体は微動だにしない。有り余った手の平の力で、刃が震える。


 早く仕切り直さなければと思っても、困惑した。出来損ないの魔剣が、確かに人に触れていることに――。


「……ここは、自分が。ベンジャミン・ラビットソンが、アタッシュケースのある厩舎(きゅうしゃ)に向かってます」


「そうか、どれほど進んでいる?」


「総員で銃撃しているので、それほど距離は詰められてはいないかと。ですが、なるべく早急に」


「ああ……、そうする。後は、任せたぞ」


 そんな話し声すら耳に入って来なかった。だから、何事もなくこの場を離れるヴィドーに気づいた時、ハインは、とっさに動こうと睨みつけた。


「貴様の相手は、自分だ」


「く…ッ!」


 だが、ゴダがそれを許さない。更に体に重みがのしかかる。


 体が仰け反らないように踏ん張るので精一杯だ。


「まるで初陣の兵士のようだな。その刃で初めて人肌に触れたとでも?」


 そんな鎌をかけられて、びくりと無意識に体が震える。


 言い返せず、ただ面を伏せる以外に毅然な態度を保てなかった。


「何と……、図星だったとはな。少し拍子抜けだ。貴様、それでも運び屋か?」


「黙れッ!私は、一度だって人を殺したことなんて…ッ!」


 まるで、それが当然だという決めつけには我慢ならない。ゴダを睨みつけ、今一度、揺らいだ闘気を奮い立たせて刀を握り直す。


 だが、(たしな)めるようにゴダが鼻で軽く笑い飛ばした。そして、閉じていた瞳を開く。


「運び屋、粗末な嘘は身を滅ぼすぞ」


「何が言いたいのよ…ッ!」


「……、そうか。この世界を生き抜いた強者と思っていたが、どうやら見当違いのようだ」


 ゴダの左腕が、バキバキと硝子(ガラス)を踏み荒らすような音と共にひび割れていく。


 皮膚上に入ったヒビは、よく見ると鱗のようになり、日焼けした褐色の肌から鎧のような鈍い銀へと変わっていく。


「やべぇ…っ!ビビり女、ソイツから離れろ!」


 頭上からフーランの忠告が飛んできたが、そう出来ないのだ。


 まずいことくらい理解している。だが、この男の体を押し退けられない。


「言葉に表しがたい胸糞悪さだ、運び屋。それ程の実力がありながら、ちゃちな言い訳をするとは」


「言い訳なんてッ、してないわよ!」


「……良いだろう。なら、早々に死ね」


 強化魔術・鎧甲竜(タルルケファルス)――。


 弾丸をも弾き返す強大な破壊力を持った左腕が、ハインの頭頂部を粉砕すべく振り下ろされる。


 ハインは、鈍く見える銀の鱗で覆われた拳を、ただ見ていた。


 その拳に宿された、確かな『殺意』。


 降り注ぐ『死』から、背けるように目を固くつぶった。逃れようがないその時を、動かない体と共に待ち受ける。


 だが、強ばった身を柔和させるような温もりが包み込んだ。


「は…、」


 思わず、息を飲んだ。


 目を開けば、振り下ろされるはずだったゴダの拳は、


「ったく、人ならぬ猫の話はちゃんと聞けってんだ。おめー、ほんとにあのクラ坊と同じ運び屋か?」


 愛くるしいと感じる桜色の弾力ある肉球によって、受け止められている。見上げた先に、吊り上がった逆蒲鉾(かまぼこ)の猫目があった。


 ハインは、「フーラン…!」と恐怖から解放されてその名を呼ばずにはいられなかった。


 ゴダの拳を受け止める右腕とは別に、左腕でハインの体を抱き留めて間合いから離したのだ。


「オレが間に合わなかったら、おめー、今頃おっ()んでたんだぞ。ちったぁ気ぃつけろ」


「分かってる…。ありがとう」


 こちらを見下したフーランからの警告を耳にして、ハインはゴダを見る。仕切り直したいが、大刀を持つ手が勝手に震えた。



 ※ ※ ※



 大刀を持つ手に、迷いが見えた。


 あれだけ威勢の良かった女の情けない様子を見て、「ふん…」とフーランはふてぶてしく鼻が鳴る。


「やる気がねぇなら、オレ一匹で十分だ。そこらで見物でもしてろ」


「随分と舐められたものだ。図体だけデカい猫如きに何ができる」


「あぁん?どっちがナメてんだ。その(ツラ)ぁ、肉球型に(ヘコ)ませんぞ」


「試してみるが良い」


 ハインに向かって話していたが、割り込んだ無礼者には腹が立つものだ。


 相手もその心情を察したのか、それは突然始まった。


 男が勢いよく右腕を引き下げたのを見て、フーランは片腕の中にいたハインを突き飛ばす。


 ブワァッ!と男のもう一つの拳を受け止めた衝撃で、風が巻き起こる。二人の両腕は、バツ印のように交差した。


 男が拳を開き、フーランの受けた手に指を絡めて掴む。


「…!」


 男が両腕を入れ換え、フーランの巨体を握力だけで浮かせ、体がくるりと空中で回った。


 体勢を崩したところに蹴りの追撃がくるが、即座にフーランは地面に四つん這いになり、男の足は空振る。


 相手が作った攻撃の隙を突いて、フーランは下段蹴りを放つが、男はすぐに後ろに飛んで回避した。


「………、」


 間合いが空いたのも束の間、その巨体には見合わないスピードで両者は再び距離を詰める。


 フーランと男の攻撃と回避の応酬が続き、互いの拳が掠めていくだけで決定打にはならない。


 男が飛びかかりながら再度拳を込めた瞬間、フーランは全身に踏ん張りを利かせ、両腕を後ろに引き下げる。


「ふんッ!」


 男の腹めがけて、両掌底を一気に突き出せば、まともに食らったゴダの体はくの字に曲がって吹き飛び、瓦礫に突っ込む。


 しゅう…、と両手は煙を上げていたが、その肉球は水色に淡く発光する。


「すごい…」


 (はた)から見ていたハインから、感嘆の声が聞こえた。


 フーランは、突き出した掌底を収める。


「よーく覚えときな、オレは八猫(ヴァツマオ)(けん)の使い手・フーランだ。もっとも門下生はいねぇがな」


 名乗りを上げたところで、男が突っ込んだ瓦礫が、がらがら、と音を立てながら崩れていく。


 さすがにあの一撃で仕留めたとは、思っていない。


「確かに…、舐めてかかっていた事は無礼だったようだ。態度を改め直そう、フーランとやら」


 男は、平然と立ち上がる。


 腹部分の生地は、丸く切り取られたように破けていたが、体には砂埃以外、傷一つすらついていない。


 随分と頑丈な様に、フーランは、思わず口角を上げてしまう。


「そうでなくちゃ困るぜ、こちとら不燃焼気味だからな」


「そうだろうな…。名乗ろう、自分の名はゴダ。力は弱いが、魔術師である」


 ゴダは、上半身の服を片手で破り捨て上裸になると、両拳を構え直した。


「仕切り直しだ。…さぁ、始めよう」






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