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ハインリッヒの旅枕  作者: えくぼ えみ
第一部 相容れない運び屋
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ep.14 路地戦線 _ 後編

 


 自分達は、一体何と戦っているのだろう。


 一人の男の、そんな小さな疑問。


 男は、ぼーっとした表情で地面に座り込んでいた。


 持っているナイフすら、しっかりと握れていない。

 そもそも、こんな『ちゃち』な物で何が出来ると言うのか。


 男の眼前では、他の仲間が必死の形相で女に襲いかかっている。


 女は洗練された身のこなしで攻撃を回避し、仲間の腹や顔を躊躇なく凶暴に蹴り飛ばし、時には殴り倒す。


「あと、六人!」


 仲間の鼻から噴水のように血を吹き上がり、衝撃で折れた前歯が無残に飛び散った。


 こっちは、武器を持っているはずだ。リーチや殺傷能力だってある。


 それなのに振りかざした刃先は、体どころか毛先すら掠りやしない。


「あと、三人!」


 男達の攻撃を、まるで予知しているかのように見切る。


 女は、(あで)やかな黒髪を(なび)かせ、ロングコートを(ひるがえ)し、的確に蹴りと拳を打ち込んだ。


 圧倒、それ以外の言葉が思いつかない。


 次々に仲間は、男を取り残して地に伏せていく。


「あと一人!…て、なに座ってんのよ、あんた」


 一人になった男を見て、女は振りかざそうとした拳を引っ込める。


 男には、すでに闘志はなく、かといって怯えているわけでもない。ただあんぐりと口を開いて、傍観を極めていた。


 女が、行き場の失った拳を外壁に叩きつける。


 びくっ、と体が反応した男の目に光が戻った。我に返って、急激に込み上げてきた恐怖で体が震える。


 元々、気が弱いタチだ。だが、震えた手で身を守ろうとナイフを女に向ける。


 その姿を見て、女がどこか呆れたように溜息を吐いた。


「戦意喪失するのは勝手だけど、喧嘩売ってきたのはあんた達なんだからね。私は、被害者なの。そこんとこ、しっかりしなさいよ」


 先程まで見せていた戦闘とは違い、ガラリと雰囲気を変えた彼女に、男は怯えながらも疑問を投げかける。


「あ、あんた…、俺を殴らないのか…」


「はぁ?あのねぇ……。私は、あのガキんちょと自分を守っただけよ。ガッタガタに震えてるヤツを殴る趣味なんてないわ」


 女が不満そうに弁明しながら、肩にかかった髪を手の甲で払う。


 その言葉を聞いて、緊張が解れた。項垂(うなだ)れて、ナイフを手放す。


 見逃されたことで、今までの非礼を帳消しになど出来ない。


 それでも、男の中には償いの意識が芽生えた。


「奥に…、怪我してるガキがいる…」


 ダン以外にも子供がいたことを正直に話せば、女の顔色は分かりやすく変わった。


 性懲りもなく大勢で取り囲み、暴力を振るったのだ。


 再び怒りが込み上げたのか、女は強く歯を食いしばる。だが、問い詰めなかった。


 ただ黙って、路地の出口―大通りの方を指さす。


「…さっさと仲間連れて、ここから出てって。手加減したけど、怪我は負ってる。早めに番地医者に手当てしてもらうことね」


「け、けど…」


「いいから!…いいから、私の気が変わらない内に行けっての」


 女は、怒りを堪えるように言った。


 突然様相の変わった彼女に、男は固唾を飲む。気圧(けお)されて立ち上がると、倒れた男達の下へと駆け寄った。


 自力で立てる仲間を見つけて体を揺すり、声をかける。


 その背後で、こちらを振り返ることなく、路地の奥へと向かっていく女の姿を見た。





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