表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハインリッヒの旅枕  作者: えくぼ えみ
第一部 相容れない運び屋
15/141

ep.13 路地戦線 _ 前編

 


 眼前に現れた影に驚いて、固い石畳の地面に尻もちをつく。


「えっ…?」


 ダンは、大きく目を見開いた。


 彼の前に現れた焦茶の影は、ロングコートの裾先だ。


 それを(なび)かせ、舞い降りてきたのは、あの『運び屋』の女――。


「…………、」


 ダンの前で、肩幅まで足を開いて勇ましく立つ女が、鋭い眼光を向ける。


 それまでの悪事を忘れて、みっともなく助けなんて求めてしまったからだ。


 よりにもよって、アタッシュケースを奪い取った相手が現れるなんて。


ダンは、途端に罪悪感を感じて顔を伏せた。


 それを見た女が、小首を傾げる。


「あんた…、」


 何かを言いかけたところで、ドタバタと大勢の足音が路地の奥から聞こえてきた。


「いたぞッ!」


「あんのックソガキ!」


 はっとして、ダンは振り返る。このミスを命をもって償わせようとする男達が迫っていた。


 だが、目の前にいるのは、それらが原因で被害者となった女がいる。


 四面楚歌だ、抵抗も無意味かもしれない。


「逃がすかッ!ぶっ殺してやる!」


 男の怒号に、ダンはたじろぐだけで動けなかった。


 盗人には、お(あつら)え向きの『最後』だ。



※ ※ ※



 これ以上、遠くに行かせない為にダメージを与えて、あわよくば殺してしまってもいいと思った。身動きしなくなった子供は、男にとって好都合だ。


 ブンッ!と勢いよく強肩を活かして片手斧を投げつける。


 男の殺意を乗せた片手斧は回転し、ダンの顔面目がけて一直線に向かっていく。


 悲鳴をあげる暇もない。ダンが防御体勢を取るが、無駄だ。


 仕留めた、と誰もが思った。


 だが、


「っぶないでしょ!」


 ダンの頭をかち割っているはずの片手斧は、見知らぬ女の手にある。


 男達は、ぽかんと口を開けて呆然とした。


 あの一瞬で、女は即座にダンを(また)ぎ、(かば)うようにしゃがみ込んで飛んできた片手斧を見切り、()を掴んだのだ。


「こんな物騒なもの、人に向けてブン投げるんじゃないわよ!」


 突然の出来事で、どうやらまだ状況を飲み込めていないようだ。女が焦りながら、怒鳴っている。


 えらく直情的な態度に、さっきの常人離れした動きは錯覚じゃないかと思い始めた。


 それは余裕をもたらし、男達は徐々に笑い声をあげる。


「ははは…、すまねぇな。けど、悪いことは言わねぇ。早くここから帰んな」


「そうそう、俺達はそこのガキに用があんのさ」


 男が指し示すのは、女の背後だ。


 女は、怪訝そうに眉を(ひそ)めるとダンを見た。



※ ※ ※



(アタッシュケースを追いかけてきただけなのに…、まどろっこしいわね)


 思わぬ場面に出くわしてしまった、とハインは思った。


 背後に隠れている少年は顔を伏せて、こっそりとロングコートの裾を掴んでいる。


 まるで、行かないで、と縋るような仕草から、ハインは何となく状況を把握した。


 目の前の男達は、どうやらこの子供を狙っているようだ。そこに生死は問われていないらしい。


 そう考えるが、ハインもまた男達と大方の目的は同じだ。


 男達に再度目を向けて、立ち上がる。


「そう。何だか分からないけど、このガキんちょは、()()()()()()迷惑をかけたわけね」


「…まあ、そんなとこだな」


 聞けば、一人の男が歯切れ悪く答える。


 一方で、その『ガキんちょ』は、より一層顔を伏せた。


 ハインは、持っていた片手斧を路肩に放り捨てる。


「奇遇ね、私もこのガキんちょに用があるの」


「へー、そりゃほんとに奇遇だ。だが、俺らの方を優先させてもらおうか」


「それは、無理な相談ね」


 即答すれば、男達の表情が険しくなる。


「すまねぇ、よく聞こえなかった…。なんだって?」


「無理だって言ったのよ、嫌だってこと。私が、年端もいかない子供に斧を投げつけるヤツらを『危険じゃない』と判断するようなバカに見えるのかしら?」


 呆れたように笑いながら、挑発する。


 しかし、男達はそれには乗らず、余裕そうに笑った。


「そんな馬鹿には見えなくても、この状況を見てみな」


「まさかとは思うが、オレらに喧嘩を売ろうってんじゃねぇだろうな?」


「気前のいい姉ちゃんだが、そういうのは無謀っつうんだぜ?嬢ちゃん、死にてぇのかよ、ははは!」


 嘲笑されても、ハインの頭の中は妙に冴えていた。


 男達の態度からして、引く気はないのだろう。何がなんでも、子供を奪い取りたいらしい。


 引かないのは、彼らだけではない。ハインも同じだ。


 女一人に対して、あちらはざっと見て七〜八人。数の利は、明白。


 死にたいのかと問われたが、勿論そんなことは毛程も思っていない。


 人数差を主張したいようだが、問題の内にも入らない。


 無駄な争い事は回避すべき、と偉そうにデスクチェアにふんぞり返る『協会長()』の言葉が過ぎ去った。


 本当に、まどろっこしい。

 己の、こんな性格が心底面倒だ。


 けれど、どうしてだか『強者』の笑みが零れた。


「聞き間違えかしら?」


「あぁ?」


「私が死にたいんじゃなくて…、あんた達が『死ぬ気』でかかってくるんでしょ」


「……てめぇ、殺してやるよ」


 不敵な笑みで答えたその一言は、火蓋を切って落とすには十分だった。


 野太い男達の咆哮が、路地の壁という壁に反響する。


 先陣を切って、三人の男が手に凶器を固く握り締め、ハインに向かって走る。


 ハインの目には、全ての動きが鈍く見えた。


 魔術の心得は、微塵もない。生まれ持った卓越した戦闘センス、それに(おご)ることなく励んだ日々の鍛錬。


 極限にまで磨き上げられた動体視力と身体能力は、強化魔術にも引けを取らない。


「遅いっての!」


「い"ッ!?」


 向かってきた三人の男の内、刺し殺そうとナイフを持った男の手首を、骨が(きし)む程の強い力で掴んで(ひね)り上げる。


 手首を捻られたことで一瞬膝を折った男の腹を蹴り飛ばすと、


「ぅおっ!?」


 飛びかかろうとしてきた二人が、吹き飛んできた男の体を支えようとバランスを崩す。


 ハインは、軽い助走をつけて飛び上がった。


「まずは三人!」


 男を支えていた二人の内、一人の顔面を踏みつけ、もう一方を殴り倒す。


 三人の男が、白目を向いて地面に膝や腰を落とした頃、ハインは(ひざまづ)くように着地する。


 鮮烈だった、目を疑った。


 一瞬にして、三人の大柄な男達が地に()されている。


 男達は口を開きっぱなしにして、目を見開く。


 研ぎ澄まされた刃のようにギラついた眼光を向ければ、つ…、と何人かが汗を流した。


 ――逃がさない。


 その意志は、確実に伝わったことだろう。女狼(めろう)に狩られる側だと思い知るがいい。


 カウントは、まだ始まったばかりだ。


 残り、六人。


「覚悟しなさいよ、ノロマ共」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ