ギルドと仕事と挨拶と③
「はぁ、はぁっ! ア、アーサーさん! 血の跡が消えてます!」
メアリーは、アーサーに向かって悲鳴のような声を上げた。
裾が足元まで覆う修道服では、この森を走ることすら困難だろう。
余計に体力を奪われているのか、息を詰まらせながら必死に呼吸を整える音が聞こえる。
鼻血はとうに止まり、乾いてしまったのだろう。
目印を失い、アーサーはようやく立ち止まった。
額に滲む汗も拭わず、周囲を見回す。
木々が鬱蒼と生い茂り、どこを見ても似たような風景が広がっている。
一歩踏み出したところで、ふと足元に目を落とした。
ぬかるんだ土の様子が、周囲と違う。
これは……?
「……! メアリー! 足跡を見つけた! 追うよ!」
「っはぁ! ……はぇ!? ちょ、ちょっと待ってくださいってば!」
小さいけれど、確かに人間の足跡だ。
その跡を追おうとして、アーサーはふと違和感を覚えた。
「あ! ちょっ! うぇぶっ!」
急に立ち止まったアーサーの背中に、メアリーが勢いよくぶつかった。
「はぁっ、は、な、何なんですか! 走ったり止まったり!」
「……ちょっと、まずいかもしれない。」
メアリーの抗議をよそに、アーサーは子供の小さな足跡を指差した。
子供の足跡に重なるようにして、その軌跡をなぞる獣の足跡が続いている。
それも、一匹ではない。
「こ、これって!」
「急ごう!」
動揺するメアリーに短く声をかけ、アーサーは再び駆け出した。
・・・
完全に囲われた。
ルゥは、目の前に絶望した。
魔狼が五匹、半径10メートル圏内にルゥを囲うようにゆっくりとにじり寄ってくる。
(きっと、神様が怒ったんだ……いけないことをしたから!)
ルゥは、震える手で桃色の財布を握りしめる。
危機感で心臓が耳元にあるように感じる。走り周って上気した顔から血の気が引いていくのがわかる。
それでも心のどこかで妙に冷静な自分がいた。
(……お父さんに聞いた。魔狼は、集団で狩りをするって。)
視線は前に。
しかし、目を合わせない。
『いいか、ルゥ。魔狼に会ったら視線を逸らすな。あいつらは人間の恐怖心を察知する。気合いで押し負けたら、終わりだぞ。』
走馬灯のように、父の言葉が脳裏に蘇る。
『えー、結局気合いなの? もっとはゲンジツテキなのはないの?』
不満そうに父に言い返す、幼い頃の自分。
その後、お父さんは何と言ったっけ……?
今は亡き父は、記憶の中で豪快に笑いながら、こう言った。
『そうだなぁ……小便しろ。』
(小便……おしっこ!?)
『魔狼たちにとって、小便は縄張りの証なんだとよ。自分たちに囲まれても、堂々と小便をして縄張りを主張するような奴がいたら、賢いあいつらだって警戒するだろう?』
『……なんかマユツバなんだけど。』
『まぁ、昔からの言い伝えなんだがな!』
『ダメじゃん!!』
(ダメじゃん!!)
過去の自分と、今現在の想いが被る。
ちなみに、「魔狼に囲まれたら小便をしろ」というのは、あくまで民間に伝わる言い伝えにすぎない。もちろん、確かな根拠などない。
状況によっては一種のマウンティングとして受け取られるかもしれないが、むしろ魔狼を怒らせるなど、逆効果になる可能性のほうが高い。
死人に口なし。
たまたま生き残った者の話だけが広まり、いつしか有効な対処法として語り継がれてしまったのだ。
有効な対処としては、視線を合わせゆっくりと後退していくこと。
まぁ、背後まで囲われてしまったルゥにとって関係のない話だが……。
・・・




