ギルドと仕事と挨拶と②
鍋いっぱいに入ったスープや、麻袋にぎっしりと詰め込まれた野菜。これらを五人の女性だけで運ぶのは、とても難しいだろう。
子供たちも大人の真似をして手伝ってはいるが、運べるのは軽いパンや食器類くらいだ。
アーサー・ウィートリーも身体にハンデを抱えているため、野菜は運べても、スープの入った大鍋を運ぶのは難しい。
そんな中、スコルは指示された荷物を黙々と馬車の荷台へ積み込んでいた。
最後の麻袋を積み終え、ようやく午前の積み込み作業が終了した。
「本当に助かったよ。スコルがいなければ、どうなっていたか……。」
アーサーは最後の麻袋を積み終えたスコルに、感謝の言葉を伝えた。
スコルはそんなアーサーへちらりと視線を向け、
「村まで運ぶんだろう。そろそろ出発しねぇと、昼までに間に合わないぞ。」
ぶっきらぼうにそう言い放った。
受付の男が言っていた通りの人なんだな、とアーサーは内心で思う。
言葉遣いは乱暴なのに、相手を気遣うようなことを口にする。不器用な人なのかもしれない。
アーサーはスコルの言葉に頷くと、馬をそっと撫でながら、
「そうだね、そろそろ出発しよう。」
そう言って手綱を引き、馬を誘導し始めた。
ここからルズコート村までは、馬車でおよそ十分の距離にある。
子供たちには往復するだけの体力がないため、シスター一人とともに教会で留守番をしてもらうことになっていた。
昨今の情勢を考えると、女性と子供だけを残していくのは心許ない。しかし、スコルには帰りの運搬も手伝ってもらうことになっているため、教会の護衛を頼むのは難しそうだった。
こうして、シスター四人とアーサー、スコルの計六人で教会を出発した。
・・・
ルズコート村。
生い茂る木々に囲まれた、小さな村。
木造やレンガ造りの家々が立ち並び、王都ほどの活気はないものの時間がゆっくりと流れているような穏やかな空気が漂っていた。
ルズコート村は、アロマオイルを名産とする村だ。
森に咲くエンヴァーという白い花から作られるそのオイルは、柔らかく心を癒やす香りがすると、王都でも密かに人気を集めていた。
しかし、その売り上げだけで村全体の暮らしを支えることはできない。村人たちは家の庭を畑に変え、自給自足でどうにか生活をつないでいた。
……とはいえ、自給自足をするにも、土が痩せていては良い作物は育たない。
畑で採れるのは、食べられはするものの、細く痩せた野菜ばかり。十分な食料を確保することも難しく、こうした定期的な炊き出しが村人たちの生命線となっていた。
村の広場で、アーサーたちが準備を始めるや否や、農作業やエンヴァーの採取で土に汚れた子供たちが、それぞれ食器を手に集まってきた。
時刻はちょうど昼頃。皆、お腹を空かせているだろう。
火を焚くと、鍋から白い湯気が立ち上った。
風がその湯気をさらい、美味しそうなスープの香りを村中へと運んでいく。
大人たちも仕事を切り上げ、後片付けを済ませると、次々に広場へと集まってきた。
村は貧しい。しかし、王都へ移り住もうにも、新たな住まいを借りるだけの金すらない。
だからこそ、村人たちはこの地にとどまり、どうにか村を立て直そうと日々奮闘していた。
そんな村を支えるために行われているのが、この炊き出しだった。
王国から村への金銭的な支援も行われてはいる。しかし、予算の配分は後回しにされがちで、支給される額は雀の涙ほどしかなかった。
発展することもできず、かといって村を捨てることもできない。
ルズコート村は、そんなぎりぎりの状況の中で、かろうじて存続していた。
スープが温まったところで、シスターたちが順番にスープを用意された器へよそっていく。
ふわりと香る優しい野菜の香り。規格外の野菜を格安で譲ってもらったそれは、不格好ながらもこの村で食べられる野菜より、まるまると肥えていた。
黒パンは一人二つまで。香ばしい香りのそれは、単体だと固いが、スープに浸して食べるとある程度の歯応えは残しつつ、柔らかくなり、旨みが引き出される。
配膳に並ぶのは、村人だけではなかった。どこからか流れ着いた浮浪者や、孤児なども居た。
食事を盗まないのは、この教会のシスターは、食事を求める者に平等だと知っているからだ。
「……アーサーさん、少しよろしいでしょうか?」
配膳を手伝っていたアーサーに、メアリーがそっと声をかけた。
「どうしたの、メアリー?」
「あの、見かけない子がいるんです。新しく流れ着いた子でしょうか。」
メアリーはそう言って、広場の端へと視線を向けた。
アーサーもその視線を追う。
そこには、薄汚れたローブを身に纏った小柄な子供が立っていた。
「……あの子?」
アーサーはそっとメアリーへと囁く。
「はい。見覚えがないんです。先ほどからずっと、こちらを見ているのですが……。」
メアリーは心配そうにそう言った。
子供は列に並ぶでもなく、広場の隅から配膳の様子をじっと窺っているようだ。
「お腹空いているんじゃないかな。」
「私もそう思うんです。でも、近づこうとすると逃げてしまって……。」
メアリーは困ったように眉を下げた。
「……様子を見てこようか?」
そう言って、メアリーへ視線を向けたその時だった。
「あっ!! それ俺のだ!! 返せ、泥棒!!!」
声変わり前の、甲高い子供の叫び声。
耳をつんざくようなその声が、穏やかな村の空気を引き裂いた。
反射的にそちらを見ると、ぼろぼろのローブを着た子供が、パンを一つ手にしていた。
そのパンを、村の子供が取り返そうとしているようだった。
「なんで取ったんだよ! ちゃんと並べよ!」
そう叫んで、村の子供がローブの子供に飛びかかった。
――が、
「――わぁっ!!」
ローブの子供はひらりと身をかわすと、飛びかかってきた子供の足を引っかけ、その場に転ばせた。
そして、倒れた子供を一瞥すると、そのまま村の出口へ向かって駆け出していった。
「ちょっと君!!」
アーサーが思わず大声を上げて呼びかけた、その時だった。
ローブの子供が、盛大に転倒した。
走った先にあった木の根に足を取られたらしく、受け身を取ることもできず、顔面から地面に叩きつけられたのだ。
「君、大丈夫かい!?」
アーサーは慌てて、地面に倒れ伏した子供へと駆け寄った。
転倒した衝撃でフードが脱げ、薄紫の髪があらわになっていた。
アーサーの声に反応したのか、子供が反射的に顔を上げる。その瞬間、初めてその顔をはっきりと見ることができた。
髪と同じ薄紫の瞳が、アーサーを捉える。
鼻からは真っ赤な血がぼたぼたと滴り落ち、顔を痛々しく汚していた。
「ちょ、血が出てる!」
アーサーはさらに足を速めた。
その時、ふと視界に入ったものがあった。
子供の傍らに転がっていた、見覚えのある桃色の財布。
それは間違いなく、シスターメアリーが大切にしていた、教会の金が入った財布だった。
「――その財布っ!」
アーサーの声に反応した子供は、鼻からぼたぼたと血を垂らしながらも、咄嗟に財布と地面に転がったパンを掴んだ。
そして、鼻血を拭うことすらせず、立ち上がるとそのまま森の奥へと駆け去っていった。
呆気に取られたアーサーは、その背中を呆然と見送ることしかできなかった。
「アーサーさん!」
背後からメアリーの声が聞こえた。
駆け寄ってきたメアリーは、アーサーの隣で足を止めた。
「見えました。財布、あの子が持っていたんですね……。」
メアリーも財布に気づいていたらしい。
困ったように眉を下げると、子供が姿を消した森へと視線を向けた。
「……顔は見えましたから、次に会えば見分けられると思います。でも、かなり鼻血が出ていましたね。……森の奥には魔獣もいますし、血の匂いに引き寄せられる可能性もあります。」
「――っ! 追いかけよう!!」
「! 待ってください、アーサーさん!」
地面に点々と残された血の跡を目にしたアーサーは、思わず駆け出した。
メアリーも慌ててその後を追い、森の中へと入っていく。
そんな二人の背中を、じっと見つめる一対の目があった。
スコル・ヴァルガンは、子供に絡まれながらも、その一部始終を見ていた。
・・・
走る。
獣道を抜け、獣すら歩まない、整備もされていない地面を踏みしめて駆け抜ける。
行き先はない。すでに失ってしまった。
ルゥ・アルニスは、喉が焼けつき、口の中に鉄の味が広がっても、足を止めることはなかった。
手には、土に汚れたパンと、血のついた財布。
まさか、こんなところで再会するとは思わなかった。そんな考えが、頭の片隅をよぎる。
顔を見られてしまった。
最近、都市で憲兵が増えたのは、もしかすると、あの時のスリが原因なのだろうか。
駆けるたびに、周囲の枝葉が肌を引っかき、傷を増やしていく。
鬱蒼と木々が生い茂り、光も届かない森の中。ぬかるんだ地面は足を取られそうになるほど歩きにくく、容赦なく体力を奪っていく。
(このお金を、届けなきゃ。)
命じられた金額には程遠い、雀の涙ほどの金だけれど、期日は待ってくれない。
少しでも返せば、殴る手を緩めてくれるかもしれない。
そのわずかな希望だけで、ルゥの頭はいっぱいだった。
痛いのは、いやだ。
怖い。
ただ、それだけだった。
どこまでも続く森の奥。
木々の隙間から鈍く光る眼が、幼い逃亡者を追っていた。
そのことに、ルゥはついぞ気づくことはなかった。
・・・




