ギルドと仕事と挨拶と
スコル・ヴァルガンは案内状を手に、王都郊外で立ち尽くしていた。
王都から馬車に二十分ほど揺られ、辿り着いた教会。子供たちが興味深そうにスコルにまとわりついていたが、彼は気にすることなく依頼内容を確認していた。
『場所:ルズコート村近郊のルミナーレ教会
依頼内容:調理器具や料理の運搬』
それだけが書かれた一枚の案内状。
王都のギルドに登録した冒険者は、必ず一度、慈善活動に参加する決まりがある。しかし、生活のために大きな仕事を優先してきたスコルにとって、今回の依頼は肩透かしだった。
昨日だって、大型魔物の討伐に参加していたというのに、あのいけすかない受付が勝手に予定を入れてしまったのだ。
もちろん、決まりである以上、いずれはやろうと思っていた。だが、無断で決められたのは気に食わない。
とはいえ、約束してしまったものは仕方がない。
(……とっとと要件聞いて、終わらせて帰るか。)
目の前には、教会に併設された孤児院の扉があった。
かつては立派だったであろうドアノッカーは錆びつき、扉の木材も古びている。
小さいながらも、昔はそれなりに立派な建物だったのだろう。教会も孤児院も、長い年月の間、ろくに補修されることなく建ち続けていた。
ドアノッカーに手を伸ばした、その時だった。
ガチャリ。
軽い音とともに扉が開き、錆びた金属がキィ、と軋む音を立てた。
困惑する間もなく、スコルの視界に扉の向こうの人物が飛び込んできた。
「……お、おはよう……?」
金髪碧眼の、左目に眼帯をした優男だった。
・・・
目の前に立つ大男を見上げ、アーサーは困惑していた。
そろそろ来る頃だろうかと様子を見に来ただけなのに、どうやら当の本人が目の前にいたらしい。
大男と聞いていたが、確かに大きい。
赤銅色の短髪に、鉛色の鋭い瞳。全身は冒険者らしく鈍く光る鎧で覆われ、その姿が、ただでさえ大きな体格にさらなる威圧感を与えていた。
子供たちにまとわりつかれても顔色一つ変えず、目を見開いたまま固まっている男。
アーサーはそんな彼に、恐る恐る声をかけた。
「……お、おはよう……?」
「……あ、んたが依頼者か?」
どこか噛み合わない会話。
ぎくしゃくしながらも、アーサーは頷いた。
「僕が、というより教会全員からの依頼なんだけどね。」
「……そうか。」
気まずい。
アーサーはその妙な気まずさをかき消すように、言葉を重ねた。
「い、依頼内容を説明するから、とりあえず入って! みんな準備しているから。」
そう言って扉を大きく開け、ドアストッパーで固定すると、冒険者を孤児院の中へと招き入れた。
玄関の戸口はスコルには低かったらしく、彼は少し身を屈めて入ってきた。
孤児院の内部は古びていたものの、木製の内装には細かな彫刻が施されており、優美とまではいかないが、どこか神聖さを感じさせる空間だった。
床は丁寧に磨かれ、埃ひとつ見当たらない。清潔に保たれていることは一目瞭然だった。
調理場は玄関から入って突き当たりの左側にあった。
アーサーは冒険者をそこまで連れていくと、狭い調理場で忙しく作業をしているシスターたちに声をかけた。
「みんな、作業しながらでもいいから聞いて。昨日ギルドに依頼した冒険者さんが来てくれましたよ。」
シスターたちの手が一瞬止まり、視線が冒険者へと向けられた。しかし、すぐに作業へと戻っていく。
一分一秒が惜しいと言わんばかりの慌ただしさだった。
アーサーは冒険者へと向き直った。
「そういえば、挨拶がまだだったね。僕はアーサー・ウィートリー。この教会でお世話になってるんだ。」
アーサーはそう言って右手を差し出し、握手を求めた。
冒険者は差し出された手を無表情で見つめ、ちらりとアーサーの顔へ視線を向けて口を開いた。
「……スコル・ヴァルガン。」
差し出した右手を、スコルの手が力強く握った。
体格に見合った、がっしりとした大きな手。グローブ越しでもごつごつとした感触が伝わり、少し痛い。
アーサーもその手を握り返すと、やがて互いの手が離れた。
「えっと、スコル、さん?」
「さんはやめろ、必要ねぇ。」
確認するように呼びかけたアーサーの言葉を、スコルは間髪入れずに否定した。
「……ガラじゃねえんだよ、さん付けは。」
少し間を置いて、スコルが言葉を付け足した。
頭を掻きながら目を泳がせるその仕草に、アーサーは思わずくすりと笑ってしまう。
「じゃあ、僕もアーサーでいいよ。よろしく、スコル。」
「……。」
返事はなかったが、小さく頷く姿を見て、アーサーは勝手に肯定と解釈することにした。
「いやぁ、本当に助かるよ。神父様が腰を痛めてしまって、男手がどうしても足りなかったんだ。」
「……時間かけりゃあんただけでも出来んじゃねぇか?」
アーサーが気まずそうに頬を掻いていると、スコルが怪訝そうに尋ねた。
その言葉にアーサーは一瞬目を泳がせ、それから少しためらうように左袖を示した。
「……! ……そうか。」
スコルはハッとしたように目を見開いた。どうやら、言わんとしたことが伝わったらしい。
「……まぁ、僕にも出来ることはあるからやるけれど、料理の入った大鍋なんかは男一人じゃ難しいから、お願いしたいんだよね。」
「大教会からの援助はどうした。」
スコルの問いに、アーサーは首を横に振った。
「シスターたちが嫌な思いをしたらしいんだ。男手が必要なのに、来た男性が全く手伝わないとか、色々。」
「だから、金払ってギルドへ来たのか。」
「……そうだよ。」
アーサーは「苦肉の策なんだけどね。」という言葉を飲み込み、改めてスコルに向き合った。
「見ての通り、あんまり裕福じゃないから、お金は少ししか出せなくて申し訳ないけど、助けてもらえるかい?」
庭で遊ぶのに飽きたのか、子供たちがまた集まってきた。
珍しい客に興奮気味の子供たちに囲まれても、スコルは特に反応を示さず、アーサーと目を合わせた。
「……慈善活動は義務。依頼は勝手に受けられたが、結局ここまで来たのは俺の意思だ。」
スコルは一息置いて、言葉を続けた。
「依頼は契約通りにこなす。案内しろ。」
・・・




