王国と教会とギルドと③
予算は25000ルクス。冒険者に依頼するには、あまりにも心許ない金額だった。
徒歩で向かうには遠いため、教会で飼っている馬に荷馬車を牽かせ、王都までやってきた。
自分の懐には50000ルクスある。これが現在の全財産だった。
片腕を失ったアーサーには、まともな働き口を見つけるのも難しい。教会から毎月支給されるお金を、少しずつ貯めてきたものだった。
オルデリオン王国の都市ノクティス。世界中のあらゆるものが集まるといわれるこの街は、どこを見ても人、人、人。そして人。
しかし、華やかな大通りから一歩外れれば、薄汚れた服を着た子供たちの姿が、細い路地のあちこちに見え隠れしている。
光があれば、闇もある。
そんな華やかさと暗さが入り混じるノクティスに、冒険者ギルドはあった。
「……人、凄いですね。流石王都。」
ぽつりと呟いたのは、同行していたシスターメアリーだった。
圧倒されたように辺りを見渡す姿は、まるで迷子の子犬のようだ。
アーサーたちが歩いているのは、露店が多く立ち並ぶ通りだった。
この道を真っ直ぐ進んだ先に冒険者ギルドがあるのだが、いかんせん人が多く、通り抜けるだけでも一苦労しそうだ。
「とりあえず進もう。人の流れに乗って抜けようか。」
アーサーはそうメアリーに声をかけた。
メアリーがこくんと頷き、歩き出したその時だった。
「きゃっ!」
どすっ、という鈍い音とともに、メアリーがよろけた。
メアリーの胸ほどの背丈の子供がぶつかってきたらしく、その衝撃でバランスを崩したようだ。
「メアリー、大丈夫?」
咄嗟にメアリーの腕を掴んで支えたアーサーは、心配そうに問いかけた。
「は、はい。なんとか……ありがとうございます、アーサーさん。」
ほっと息をつきながら、メアリーは体勢を立て直し、言葉を続けた。
「人通りが多いと、気を付けないといけないですね。これだけ多いと、スリに遭いそうで怖いですし。」
スリ、と聞いて、アーサーは嫌な予感がした。
「シスターメアリー、ちょっと荷物を確認してみて。」
メアリーは一瞬ぽかんとした顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「またまたぁ、子供ですよ?心配しすぎですって。」
そう言ってショルダーバッグの中を探ると、そのまま硬直した。
「いやいやいやいや、子供でしたし、まさか……。」
「……ないの?」
「……はい。」
完全にやられた。
キョロキョロと辺りを見回していたアーサーたちは、きっと格好のカモだったのだろう。
教会の予算である25000ルクスが、財布ごとなくなっていた。
「……とりあえず、憲兵へ届け出よう。」
アーサーはそうメアリーに告げた。
戻ってくる可能性は低い。何せこの人混みだ。メアリーも、ぶつかってきた子供の顔をまともに見ていないだろう。
追いかけようにも、犯人の姿はすでに見えなくなっていた。
「……申し訳ありません。」
メアリーはすっかり青ざめ、アーサーに小さく頭を下げた。
アーサーはそんなメアリーの肩にそっと手を置き、優しく声をかけた。
「大丈夫。想定外だったけど、僕のは無事だし、どうにかなるよ。」
泣きそうな顔で、それでもメアリーは小さく頷いた。
「……はい。」
・・・
憲兵の駐屯所は、冒険者ギルドとは反対方向、ノクティスの入口近くにあった。
来た道を引き返した二人は、駐屯所の一般受付に足を踏み入れた。
室内はオリーブ色を基調としており、白い壁紙が清潔感を演出していた。しかし、整然としたその空間には、どこか重苦しい空気が漂っていた。
アーサーは受付の女性に声をかけた。
「すみません。スリの被害に遭ってしまって……。」
事情を察したのか、女性はすぐに応じた。
「被害のご報告ですね。承ります。」
女性はさっとメモ帳を取り出し、アーサーの話を書き留める準備を始めた。
「先ほど、ノクティス内のウェーブ通りでスリに遭いました。被害に遭ったのは僕ではなく、隣にいるシスターメアリーです。」
受付嬢はさらさらと内容を書き留めると、メアリーへ視線を向けた。
その視線は、修道服を上から下へと確認するように動いた。
「教会の方ですか。では、盗まれたお金は教会のものでしょうか? それとも、個人の資産でしょうか?」
事務的な口調だった。
メアリーは一歩前に出て答えた。
「あ、教会のお金です。私たちはギルドに炊き出しのお手伝いを依頼する途中だったのです。」
「炊き出しですか? 必要であれば、大教会から使者が派遣されると聞いておりますが?」
「……教会内も一枚岩ではないのです、とだけ……。」
「……まあ。」
受付嬢は何かを察したのか、メアリーに同情するような視線を向けた。
「私の親戚にもシスターがおりまして……。その、いろいろと事情は聞いておりますので。まあ、どこの組織も似たようなものですね。」
「……ありがとうございます。」
メアリーが沈んだ顔でそう言う間に、受付嬢は手のひらに収まりそうなほどの小さな水晶を取り出していた。
「では、改めて、あなたが本当に教会のシスターであるかどうかを照合いたします。お手をこちらへ。」
受付嬢が水晶を指し示すと、メアリーは促されるままに手をかざした。
ぼう、と金色がかった魔力の光――聖なる光が、水晶から優しく放たれる。
「No.8934、メアリー・ラヴィエール様。……お間違いないでしょうか?」
「は、はい! 間違いないです!」
少し前のめりになりながら、メアリーは答えた。
最近の認証システムはすごい。魔力だけで経歴まで追えるのだろうか。
アーサーはその便利さに感心する反面、少しばかり不公平さも感じながら、二人のやり取りを眺めていた。
魔力を持たない市民にも本人確認の手続きは用意されているが、身分を証明するだけでも数日かかることがある。それを魔力だけで一発承認できるのだから、羨ましい話だ。
メアリーから一通り事情を聞き終えた受付嬢は、アーサーへ向き直った。
「実際に犯人を捕まえ、お金を取り返すのは非常に難しいかと思われます。……ですが、教会は王国直属の組織ですので、全額ではありませんが、補償金が支給されます。」
「……よかったぁ。」
メアリーは心底安堵した声を漏らした。
緊張の糸が切れたのか、その場にしゃがみ込んでしまった。
「とりあえず、一部だけでも返ってくるようでよかったよ。これで一応、解決……かな。」
「……はい。なけなしのお金が全部なくなるよりは、ずっといい結果になりそうで安心しました。」
メアリーは服の裾についた埃を払いながら立ち上がり、アーサーへ笑みを向けた。
「では、メアリー・ラヴィエール様からいただいた情報を巡回部隊へ共有し、犯人を発見次第、身柄を確保いたします。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
こうして、スリ事件はひとまず一区切りを迎えた。
・・・




