挨拶と魔術と逃亡と③
辺りが藍色に包まれる頃、一行はようやく教会の前に辿り着いた。
光がこぼれる孤児院の中から、荷台車の音を聞いたのかシスター一名と子供たちが飛び出してくる。
「こんな時間まで……何かあったのですか?ーーって、アーサーさん!?」
包帯だらけのアーサーを見たシスターは驚愕に顔を曇らせた。
「それに……メアリー、一体に何があったの!?」
子供たちも心配そうに口々に、「大丈夫?」「怪我しちゃったの?」など、アーサーに問いかけてくる。
シスターは、はっと我に返って、
「とにかく中へ!冒険者様もーー」
「俺はシスターメアリーを寝かせたら帰るぜ。」
スコルはシスターの言葉を遮って、そう言い捨てる。
シスターは心配そうに続ける。
「し、しかし、ずっと背負ってきたのでしょう?休んでいかれたら……」
「いや、いい。それより寝床に案内しろ。」
スコルは、そう言って孤児院へ歩みを進める。
頑なに断るスコルに、シスターは困ったようにアーサーへ視線を寄越したその時だった。
「……明日は早いのかね?」
しわがれた声が、教会の方から聞こえた。
「……ヨハン神父様……。」
アーサーの小さな呟きが、鈴虫の声に紛れて消える。
そこには、腰を庇いながらゆっくりと歩いてくるヨハン神父の姿があった。
シンとレンが、その歩みを支えるように両脇から手を添えている。
スコルの前まで来ると、ヨハンは足を止め、改めて声をかけた。
「本日はお勤め、どうもありがとうございました。」
腰を庇い、わずかに頭を下げるヨハンに、スコルも小さく会釈を返す。
ヨハンは一つ咳払いをすると、続けた。
「……依頼したのは、アーサーやメアリーではなく、教会全体である、とは説明されているかな?」
そう、スコルに問いかける。
「あぁ、聞いている。」
スコルは素直に答えた。
その返答を聞いて、ヨハン神父は柔らかな口調で続けた。
「この教会は私の管轄である。……教会全体からの依頼ということは、長である私へ報告する義務があるのではないか?」
「……報告は任意だ。」
「予期せぬ出来事があった場合には、報告が必須だと記憶しているが?」
「……。」
スコルは口をつぐんだ。
ただのジジイだと舐めてかかっていたが、規約を持ち出されては何も言い返せなかった。
「とにかく、入りなさい。ここでは冷える……。」
それに、とヨハンはスコルの背中で眠るメアリーへ視線を向けた。
「その子を寝かせたい。……皆のもの、お疲れのところ悪いが、体を拭く準備をしておくれ。」
「はい。」
シスターたちは返事をすると、慌ただしく動き始めた。
子供たちもシスターに促されるまま、孤児院へと戻っていく。
「……冒険者様、すまないが、もう少し仕事を頼めんかね。大鍋の片付けも、なかなか一苦労なのだ。」
「……別に。」
そのそっけない返事に、ヨハンは眉尻を下げ、ほっとしたように笑った。
太陽はすでに地平線の向こうへ沈み、昼間の暖かさもすっかり失われていた。
しかし、月明かりに照らされたヨハン神父の姿には、どこか温もりを感じさせるものがあった。
ヨハン神父は近くに控えていたシスターへ、小さく声をかけた。
「すまない、案内してやってくれ。」
その言葉に頷いたシスターは、スコルとアーサーを静かに孤児院の中へと案内してくれた。
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