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無人島の夜明け

冷たい深海の底へと引きずり込まれるような夢だった。肌を刺すような冷水が全身を包み込み、耳の奥では、底知れない闇が蠢くような不気味な音が響いていた。視界はどこまでも黒く、わずかな光さえも届かない絶望的な空間で、呼吸すらも許されないような重圧に心が軋んだ。


「・・・ん!・・・」


ぱちぱちと爆ぜる音で、少女は目を覚ました。


洞窟の中は、ひんやりとした湿気が肌にまとわりつき、濡れた土の独特な匂いが鼻腔をかすめる。小さな焚火の光が唯一の光源で、パチパチと薪がはぜる乾いた音だけが、しんと張り詰めた静寂を破る。その揺れる光の中に、いくつかの人影が浮かび上がった。誰もが肩を寄せ合うようにして座り、焚き火から放射されるじんわりとした温かさに、凍えきった体が少しずつ融けていくのを感じていた。時折、洞窟の奥から、水滴が落ちる「ポタ、ポタ」という規則的な音が響き、それが一層、この場所の孤独感を際立たせていた。


「あっ。起きられましたか?」


すぐ耳元で優しい声がして、ようやく抱きしめられていることに気づいた。柔らかな胸の感触に、直接肌から温もりを感じる。


「・・・そなた達は?」


少女の声に、まず耳のとんがった女性が、その場で膝まずいた。


「お目覚めになりましたか。姫様。このような形で無礼をお許しください。」


少女を抱いているミルキを除いて、3人は頭を下げる。彼女たちからの敬意を示されたことで少女もまた、自分の立場を思い出す。


「・・・頭をあげよ。今どういった状況か?」


「はっ。簡潔に申しますと王都に向かう船旅の中、嵐に遭遇し、魔物に襲われました。それによって船は沈没し、救命ボートで脱出し漂流を経て、どこかの浜辺にたどり着きました。今こうして洞窟に身を寄せ合って暖を取っているのは私たち5人のみというところでございます。」


エリーゼの報告を受けた少女は、大きな目を見開いて沈黙した。それからたっぷり時間をかけて頭の中を整理して、今聞いた情報を埋める。


「そうか・・・あれは夢ではなかったのか・」


真っ暗な海面に飲み込まれた記憶が蘇って身体が震える。その小さな身体を抱きしめているミルキが気遣わしげに横顔を見やった。


「漂流の間、姫様の身体は冷え切っておりました。故にミルキ・ゴーンドが、人肌にてお身体をお温め申し上げました。非礼は承知の上です。こればかりはご容赦を。」


ミルキが恐縮して頭を下げると、少女はかぶりを振った。


「厚意に感謝する。そのままだったら凍え死んでいたであろう。大儀である。」


厳かな沈黙の後、ルールカが口を開いた。


「・・・ルールカ・アンチュアと申します。お初にお目にかかります。シルヴィ姫様」


「ふむ。ギートルク・アンチュアの末娘だな。噂も聞いておる。」


「・・・光栄です。」


1つ頷いて姫はルールカが聞きたかったことを察して答え始めた。


「私がそなたらと同じ船に乗り合わせていた理由ならば、答えよう。隣国との戦争が回避できなくなった今、この王国の未来を背負って立つことになる者たちの顔を見に来たのだ。激励も兼ねてな。」


「ひとりでですか?」


「聞くな。海の底に沈んでいるに決まっておろう。」


シルヴィ姫の口調には、どこか有無を許さない頑なさがある。いろんな疑問点が浮かんできたが、そういった気になる点も踏まえてルールカの胸の内に納めておく。


「レ、レイニーとも、もうします。」


かみ噛みのレイニが恐る恐る名乗りを上げる。姫の視線が彼女に向かった。


「レイニ・・・たしか南西部のエドという名の村の出身だったな。そなたの顔を覚えた。なにか聞きたいことはないか?」


エドという小さな村出身であることを知っている姫の博識に、レイニは心底感服した。一方でここにきて周りの姿を見て、顔を真っ赤にして、弱弱しく訴えを絞り出す。


「ふ、服がいえお召し物が十分に乾きましたので、き、着ていただけると助かります。」


言われた姫はそこで初めて、自分が裸で回りも裸でいることに気づいた。さすがに羞恥心が働き慌てて着る服を探す。


「きゃっ。いきなり動かないでください。ルールカ、姫様のお召し物だけでいいから持ってきてください。」


頷いたルールカは姫殿下の服だけ回収して渡す。


「あ、姫様。私がお召し物の着替えを手伝いますね。」


「お望みとあれば私どもは外で待機します。」


全裸で外に出ろとエリーゼは言う。冗談にならない彼女の提案に首を振って姫は断った。


「そちらも服を着ろ。」といって自分一人で服を着こんでいく。


「ふむ。完全に乾いているな。」


「なによりですが、今しばらく暖をとってください。この状況下で風邪などひかれましても我々には手の施しが見つかりません。」


礼儀正しく断固とした口調のエリーゼの言葉に姫は素直に従い地面に腰を下ろした。


次々と服を着こんでいく4人を見ていた姫はぽつりとつぶやいた。


「・・・無事に帰れるのか?」


「ここがどこかは分からないうちは帰還は叶わぬ可能性があり得ます。生きていることが幸運なのです。」


エリーゼのそんな発言に姫は押し黙る。


しばらくして、着替えを終えたレイニが、重苦しい洞窟の空気を破るように立ち上がった。その表情には、何かの隠し事を振り払うかのような決意が宿っている。ルールカもまた、身につけた服の感触を確かめるように軽く体を動かした。その時、ふと隣のミルキに目をやった。ミルキは、まだ少し青ざめた顔で座り込んでいたが、無意識のうちに、濡れた服の襟元を大きくはだけ、胸元や肩を露わにしていた。肌寒いはずの洞窟の中で、彼女だけがどこか涼しげな表情をしている。ルールカは一瞬、戸惑いを覚えたが、すぐに


ああ、この子はこういうところがあるんだ


と思い直し、小さくため息をついた。洞窟に閉じこもっていても状況は変わらない。行動を起こすことが、この閉塞感を打ち破る唯一の手段だと感じていた。


「お腹もすいたことだし、外に出て食材を探そう。ルールカ。一緒に探しに行こう。」


レイニの提案に短く返事をすると、ルールカとレイニは並んで洞窟の入り口へと向かった。


ミルキは、そんなルールカとレイニの様子を見て、少し申し訳なさそうに、しかし穏やかな声で言った。


「お二人とも、気をつけていってらっしゃい。私はここで火の番をしていますから。何かあったらすぐに戻ってきてくださいね。」


彼女の言葉は、不安な状況の中、仲間を気遣い、自分にできることを伝えようとする社交性の表れだった。


ミルキは、二人が出て行った後も、しばらくはだけた服のまま、ぼんやりと焚き火の番をしながら、漂着した船の残骸から使えそうな金属片を見つけていた。


「これなら、簡易的な罠の部品が作れるかもしれない…」


彼女は、普段の鍛冶とは異なる、サバイバルのための道具作りに集中した。数時間後、彼女が作った鋭利な金属片は、レイニが仕掛けた罠の捕獲率を飛躍的に向上させ、一行の食料確保に大きく貢献した。


海岸沿いに広がる森林の道なき道を、ルールカとレイニは藪を払いながら進んでいく。足元では、湿った落ち葉がカサカサと軽やかな音を立て、朽ちた枝を踏みしめるたびに、土の奥から微かな湿気を含んだ匂いが立ち上る。遠くからは鳥たちの澄んださえずりが響き渡る。それは、絶望的な漂流を乗り越えた二人の心に、新たな一日の始まりを告げる、希望の歌声のようだった。レイニは、時折立ち止まっては、地面に残された微かな足跡や、木々の枝に残る動物の毛を注意深く観察していた。その目は、獲物を追う狩人のように鋭く、同時に、森の小さな変化も見逃さない、自然への深い敬意を宿していた。


「あっ。いいもの見つけた。」


低木にぶら下がったピンク色の実をレイニがもぎ取って、1つをルールカに投げ渡す。自分の分を食べながら、ちょっとした会話が始まった。


「ナワシロイチゴだよ。甘酸っぱいよ。」


「・・・あ、本当だ。すっぱい!」


「ふふふ。ぼく住んでいた村は山の中だったんだ。」


「山の中?」


「うん、そのまんま。山奥と言っていいかな。」


話しながら、レイニはまた違ったぶら下がった実をもぎ取った。


「だからこういった採集は得意なんだ。狩猟も得意。一日のほとんどを使って探し回るんだよ。そうしないと飢えて死んでしまうからね。そんな生活を送っていると、どれが食べれて、食べられないのか、自然と覚えてくるんだ。」


レイニは嬉々として採集と狩猟する。そろそろ2人では抱えきれないほどの食材を収穫したところで、海に出た。


「おっ!?」


視界が広がり感嘆の声がレイニから漏れた。そのあとに続いてやってきたルールカも、同じ光景を見て言葉を失った。


長々とした大地に山に丘が広く続いている。2人の視界に映るのは、海を間に挟んだ同じ形の大地だった。


「・・・目の錯覚じゃないよね?」


まるで湖面の水面が鏡に風景が映りこんだような、そんなきっちりとはっきりと左右が逆さな光景と風景。


「と・・・いうことは?」


「嵐の中を流されたからね…多分、東がサマールル帝国で、西がキラエル王国。残念だけれど私たちはちょうどど真ん中の離島にいるってこと…。」


ルールカは今置かれている現状をそうぼやいた。その時、ルールカの足元に、奇妙な輝きを放つ石が転がっているのが目に入った。それは、この島には存在しないはずの、人工的な加工が施されたかのような、滑らかな曲線を描いていた。手のひらに収まるほどの大きさだが、見る角度によって淡い青や緑、紫へとその色を変え、まるで生きているかのように脈動している。ルールカがそれを拾い上げると、手のひらに微かな熱が伝わり、同時に、遠くから微かに聞こえるような、不気味な歌声が耳朶を打った。その歌声は、潮騒や風の音に紛れてはいるものの、まるで深海の底から響いてくるかのような、魂を直接揺さぶるような響きがあった。ルールカは思わず顔を上げ、歌声のする方角、広大な海の彼方を見つめた。その輝く石は、まるで彼女の冒険者としての血を呼び覚ますかのように脈打ち、歌声は、未知なる深淵への誘い、あるいは警告のように心臓を締め付けた。この無人島がただの漂着地ではないこと、そして、この出会いが彼女たちの運命を大きく変えるであろうことを、ルールカは本能的に悟っていた。


戻ったルールカとレイニの報告によって、洞窟内の雰囲気は明るくなるどころか、むしろ暗く淀みを増す結果となった。


「・・・そんな離島に流されていたなんて・・・」


青ざめた顔でミルキが呟いた。


「せっかく生き延びたのにね・・・。」


レイニの言葉はこの場にいる全員の本心だった。


「これからどうするかは一先ず置いておいて、とりあえず食事をしましょう。」


「・・・賛成。お腹がふくれればいい案も浮かぶかもよ。」


ルールカに続いて、ミルキとレイニも頷いた。残ったシルヴィ姫も頷く以外の選択肢はもっていなかった。


レイニとエリーゼの炊事が始まるとすぐに洞窟の周りにいい匂いが漂い始めた。


思いのほかいい材料が手に入ったこともあり、遅めの朝食を取ることができた。死線をのり超えてのまともな食事。5人は生き返る心地でほおばる。


「お、美味しい。炭火でじっくり焼かれた肉は、噛みしめるたびにじゅわっと肉汁が口いっぱいに広がり、野性味あふれる香りが鼻腔を抜けるわ。」


「山菜の炒め物も美味しいよ。シャキシャキとした歯ごたえが心地よく、ほのかな苦みが食欲をそそる。」


「塩気がほしいところだけど、贅沢はいえないわね。でも、この素朴な味が、かえって心に染み渡る。」


葉っぱを皿代わりにして和気あいあいと食事が続いていた。」


しばらくして満腹感を得るとミルキが発言した。


「このまま狼煙をあげて救助を待ってればいいんじゃない?」


「ん〜。この辺りを都合よくキラエルの救助が来てくれる可能性は低いわね。姫様の話ではサマールル帝国と開戦しているんでしょ?来てくれたとしても敵国という可能性もありえるわ。」


ミルキが「遭難したんだし、まだ子供だし、保護してくれるんじゃない?」


と問いかけると、エリーゼはばっさりと斬り捨てた。


「自覚がないようだけれど、私たちは王国の未来を背負って立つ司令官の候補生よ。それだけでもサマールル側は外交上の取引材料になるし、帰したくない人材がいるわ。」


彼女は、単に事実を述べるだけでなく、その事実がもたらすであろう心理的な影響までをも予測し、仲間たちに覚悟を促していた。その鋭い人間観察力は、彼女が「女好き」として他者の感情の機微を探る中で培われたものとも言えるだろう。彼女にとって、他者の反応は常に興味の対象であり、それが危機管理においても役立つのだった。それは、数百年を一人で生きてきた中で、他者の感情を読み解くことが、生き残るための術であったことの表れでもあった。失われた里の知識を再構築しようとする勤勉さも、他者との関係性を深く探求する「女好き」な側面も、全ては彼女が「自分」という存在をこの世界に繋ぎ止めるための、無意識の努力なのだ。


「まぁようするに、私たち全員、救助に来てくれたのが敵国だったのなら、捕虜としたらそう簡単には返してもらえないし、帰れたとしてもその時は結構な代価が必要になるってこと。あと帰国したあとの肩身の狭さも覚悟しておいてね」


レイニがそれを聞いて頭を抱え込んだが、次の瞬間、怒鳴りつけるような大声が洞窟内に響き渡った。


「捕虜だと!冗談ではない!!」


勢いよく立ちあがったシルヴィ姫が物凄い剣幕で怒鳴った。驚いた視線が集まる中、彼女の言葉は緩まない。


「敵国に拘束されている時間などないのだ。離島がなんだ!船を作ればよかろう。どんな手を使ってでも帰国するのだ。よいか、そなた達、帰還した暁には褒美はいかようにもとらせよう。」


まくしたてる姫君の姿に唖然とする中、エリーゼはひどく冷めた表情で、目の前の王族をみた。


「海を舐めてはいけませんよ。あれは魔物の巣窟と言ってもいい。結界があるからこそ初めて船を渡海できる。私にはそんな大層な魔法を扱えないわ。それとも空を飛べる?地に潜って海底から進んで行ける?この中でそれが出来る人がいる?」


彼女の言葉は、単なる現状認識に留まらず、エルフの歴史に伝わる海の伝承や、過去の航海記録、そして魔物に関する膨大な知識に基づいていた。その深い理解があるからこそ、彼女は絶望的な状況下でも、感情に流されることなく、現実的な選択肢を提示することができたのだ。


エリーゼの視線が皆に向けられた。向けられた者たちはそれぞれ首を振る。


沈黙の時間が過ぎ去っていく。誰もが考え込んで答えが出ない矢先に、姫が口を開いた。


「・・・自力で渡海するのか?救助を待つのか?しばらく皆で知恵を出し合おう。救助が来たとして味方か?敵か?あるいは来ないかもしれない。その時に備えて考えて決めてほしい。私が喚いたところで何も出来ないのは事実。そなたらの判断力、実行力、決断力にゆだねる。」


その言葉を聞いて、皆は姫を見つめた。その瞳には、単なる諦めではなく、現実を直視し、最善の道を探ろうとする強い意志が宿っていた。彼女は、王族としての立場にあぐらをかくことなく、仲間たちの能力を信じ、共に困難に立ち向かおうとしていた。その姿は、絶望に沈みかけていた一同に、かすかな希望の光を灯した。立場上どんな無理難題を言われたところで従わなくてはいけない。だからこうして言葉にして引いてくれたのは望ましい結果だった。


「・・・姫様の言う通り。のんびりとはしてられないけど、十分な時間はある。幸い食べ物、飲み物の心配はそれほど高くないわ。皆で話し合いましょう。」


エリーゼの言葉に全員が頷いてどうするのかを先送りにした。


それなりの方向性を決めて、とりあえず現状を維持するためにそれぞれが行動に移っていった。


ルールカは簡素だが木の実を使った警報装置を。


レイニは薬草を集めて回復薬を。


ミルキは皆から預かった武器の手入れを。


エリーゼは蔦を使って寝床を作っていた。


そしてシルヴィ姫はこういった状況に対しての知識も経験もないために手持無沙汰になる。ひと通り皆を回ってから邪魔にならないように見晴らしのいい場所で空を見上げていた。


そこでふと、はじめは魔獣か鳥かと思って眺めていたが、それにしては動きが遅く違和感を感じた。


「・・・エリーゼ。空になにか浮かんでいるのだが、あれがなんだかわかるか?」


ひとり分のハンモックを仕上げて一区切りついたエリーゼに姫が戻ってきてそう尋ねた。


そう問われて、同じものを視界に納めた瞬間に表情を一変させた。


「・・・!?・・・方角は東からで一機で飛んでいることからサマールルの偵察だと思われます。焚火の煙で見つかる恐れがあります。しばらく洞窟にこもりますよ。」


有無も言わさずにエリーゼの手によって、姫は連れ出された。


はっきりとしない存在を受けて、全員がいったん洞窟に身を隠した。じきに偵察機と思われる機体は日没とともに闇に消える。


その深夜の、見張りの最中にいたミルキは、皆が寝ていることを確認してこっそりと外へ出て行った。


「・・・このあたりならいいかな?」


洞窟から十分離れたところでミルキはきょろきょろと辺りを気にしてからショーツを下ろした。野外で用を足すなんて経験は慣れる気がしなかった。


「・・・ふぅ。」


気が気ではなく用を済ませると安堵の息がもれた。ショーツを上げようとして立ち上がろうとした、その時。


「誰かいるのか?」


がさがさと木立の中をかき分けてくる音と、続いた声にミルキの動きが凍り付くように止まった。


見つかったのではなく見られたという感想がミルキの頭の中を駆け巡った。枝を踏み折る音を立てながら、その気配が近くまでいるのがわかる。あらっぽい足音と息遣いが重なって聞こえる。1人じゃない。2人。頭の中がパニック状態でスカートを巻き上げた状態でショーツを下ろしている。


「両手をあげろ。下手な素振りをしてみろ殺すぞ。」


殺すという名詞が、船でおこった死のイメージを思い起こす。すぐににげなければいけないのに、わかっているのに身体が言うことを効かない。下半身をむき出しにしながら彼女は息を殺して動かない事が精いっぱいだった。


「おっと。女か?」


その声に続いて、暗い森の中に鈍いオレンジ色の光が走った。ランタンの油の匂いが鼻腔をかすめる。ほどなくしてその光にミルキは照らし出された。木の影が揺らめき、男たちの顔が歪んで見える。


「お前は露出趣味かなんかか?一人ではないな!他はどこにいる?」


「・・・違います・・・」


ランタンの光がまた下に照らされて消えそうな声でミルキは言葉を絞り出す。その恥じらい声が功をそうしたらしく、武器を手にした軍服の男がじりじりと彼女の元に近づいてきた。土を踏みしめる重い足音が、心臓の鼓動と重なり、全身の毛穴が恐怖でざわめく。男たちの荒い息遣いが、すぐ近くまで迫っているのが肌で感じられた。


「罠か?にしては大胆だなお前。おいダレキ。警戒しろ。こっちはいいから・・・」


もう一人のランタンを持った男にそう声をかけようと後ろを振り返った瞬間だった。その男の首と胴が離れた。


ひぃともう片方の男の悲鳴が上がる。


「しいっ。」


刹那。


白銀の軌跡が闇を裂いた。2人の敵兵を仕留めるのに1秒もかからなかった。


「ミルキ。無事ね。」


ルールカに問われてミルキは頷いた。それを見て取ってルールカは敵兵へと近づいて死んでいることを確認する。


人を殺す。という事実を実感する瞬間は人によって様々だ。ミルキの場合はこれが初めての経験だ。それは殺される相手を前にした時よりも、殺された者の姿を見たことで強く実感がわく。


「ミルキ。いい加減パンツはきなさい。」


ルールカの忠告が、死を目のあたりにした初体験のミルキから感傷に浸る時間を奪い取る。顔が真っ赤に染め上げてくるのを耐え凌ぎ、ショーツを上げた。


「2人以外はいないようね。」


警報が鳴った瞬間から彼女は冷静でいて、そして残酷だった。敵兵の身体をごろりと転がして軍服の中を調べる。


「サマールル空軍所属偵察部隊、ダレキ・ハドね。運の悪い兵隊さんってことね。」


タグを見つけて淡々と死体から情報を読み取っていく。


死体はそのままにして、帰って心配していた3人に出迎えられた。ミルキはショック状態にあるのか?足元がおぼつかないらしくひとまず洞窟内で休ませた


レイニを監視に回して、ルールカ、エリーゼ、シルヴィ姫の3人は持たされた情報を精査する。


「つまり不意をついたということだな?」


「そうです。しかし・・・」


エリーゼがルールカの名誉を守るために開きかけた口を、姫は頭をふって遮った。


「わかっておる。私の身体を無事王国へ帰す。それを優先して、どうしてそなたらを責められる?」


じっと焚火を睨みつけながら、その口から洩れ聞こえる言葉は、誰に向けられたものでもない。


「・・・ここで2人殺した。ダレキ・ハド、オルド・バウズ。名前は覚えた。」


姫はため息を1つつく。そんな姫の横顔をみながらエリーゼが言葉を挟んだ。


「戦争なのです。」


「そうよな。ありがとうエリーゼ。でもこうしている間にも命が消えていくのだ。味方も敵も・・・関係なくな。だからせめて関わりあったのならその名だけでも覚えておきたい。」


それから誰も口を開かなかった。怨嗟の感情、憎しみ、怒り、悲しみ、そういった言葉が戦争という言い訳で片付いてしまう。この戦争が終わったところで亡くなった死者の魂を救う術はない。ただ自分の心を慰めるだけだと知っていながらも、せめて名前だけでも憶えておきたい。


じきに夜空が白み始める頃。葬送の言葉は見つからなかったが、この先の手がかりは見つかった。


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