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エピソード リナ


リナという存在は鬼の血を引くものにとって特別なものだった。


その時に得た感情のことは、今でも鮮明に覚えている。


放たれる銃撃、飛び散る鮮血と悲鳴。


見慣れた景色が壊されて、見知った人々が物言わぬ骸に変わっていく。


失われる日常、閉ざされた未来、報われない世界。


厳しく、理不尽で、生きるだけでせいいっぱいの氷の世界。


手を合わせ、唇を動かし、身体を震わせて、それでも神に祈りを捧げる。


氷で閉ざされた世界であったとしても、自分にはそれしかできなかったからだ。


死神を祀る巫女として生を授かったからこその運命。


その宿命がふいに取り払われて、視界に広がる光景に目を奪われて、家屋を焼く焦げ臭さと、血が舞う鮮血の血の色と、鬼という存在はこういった者達のことなのではないのかと心に刻みつけて


もうなにもかも失う寸前の中で、自分は何を願ったのか・・・


その時に得てしまった感情・・・


氷族としての常識と、世界から見た常識。これらを知ることによって、生じる葛藤と苦悩を積み重ねて・・・。


****************************************


亜人の中でも鬼の血を引くものが持つ、攻撃力、身体能力、魔力は他の種族に比べても高い部類に入る。


生まれながらにして、戦闘力の高い種族特性は、自然にその優位性をさらに膨張させ傲慢さを身に着けさせた。


肉体の強靭さ、扱える魔力の量、高い知能。彼らの存在は亜人、獣人、人、魔人と有数な種族をも認めさせる力を見せ付ける。これほど頼れる種族の類はそうそういない。


だからだろう増長した彼らは、種の絶対数を増やし一大国家にまで作り上げた。


強い個体を生み出すことに躍起になった彼らは、弱肉強食を主としてその力を遺憾なく他国まで侵略するまでに至る。獰猛で獰悪、凶暴で狂暴な性格で己のその強靭な肉体を疑う事を知らず。その強さに対して、この世界に君臨するにふさわしい存在だと、そう信じ切っている者達は多かった。


強きものが正義である。それが彼らの中で厳格な掟になるのは必然だったのかもしれない。


不敗の快進撃を続ける彼らだったが、やがて滅びの道を進むことになる。


当時の記録が残っていないので確かな確証があるわけではないが、1匹の魔獣に鬼族の国家は崩壊させられた。己の才能、肉体の強靭さ、魔力量の多さが、彼らに挫折という言葉は当てはめられなかった。果敢に挑み殺され、愚鈍に挑戦し続け、最後にはわずかに残ったプライドも粉砕され、生き残った少数の鬼族は氷に追われるようにして逃げ延びる。


しかし、その魔獣は彼らを追う。大地を一瞬にして凍結させ、幾多のクレーターを作りだす強大で狂暴なその魔獣は、容赦の欠片もなく鬼族を追いつめていく。今日殺されるかもしれない。明日殺されるかもしれない。もう諦めてしまえば楽になれるのにと、僅かばかりの生き残りが死を覚悟した日々がどれほど続いたことだろうか・・・


そして、唐突にその日々が終わりを告げる。


その日は特に吹雪が酷かったと記憶に残されている。天より舞い降りた羽を生やした女性が魔獣に向けて、「私を抱きたくならない?」と言ったそうだ。


魔獣相手に何を言っているのだろうか?魔獣趣味を疑い掛けたが、魔獣はその問いかけに対して攻撃で応えた。


女性は微笑み。魔獣を一瞬にして、ひれ伏せさせた。鬼族に対して圧倒的だった魔獣に対してさらにその上が存在することを思い知った彼らは、彼女に向かって庇護を求める。


もう彼らに誇りや野心、慢心などひとかけらも残されていなかったのだから、当然の行為だったのかもしれない。女は思案する。したように見えたというべきか・・・


「・・・気が逸れたわね・・・まぁいいわ。ならそこの獣を檻に閉じ込めておいてあげるから、あとは任せるわ。」


そう言って、魔獣を檻に閉じ込め颯爽と姿を消したという。


それから彼らは、彼女の事を神と崇め、檻の中で動きを封じ込められた魔獣を死神として祀ることにした。今までの自分たちの行為を反省と謝罪と贖罪を込めて。


****************************************


ある日の事、マルセイダ共和国からの使者が訪れる。


神からの信託があったと言われれば拒む理由はなく招き入れ話を聞き入れた。


その内容がリナの事だった。彼女は生まれながらにして治癒の能力を持ち、鬼の血を引き、しかも族長の娘という立場だ。


氷族としてわずかばかりの生き残りたちが極寒の地で生き抜き、繋いでいく。そのやり方は決して正しい行いばかりではなかったが、とにかく彼らは生きることに必死だったのは確かな事だ。少しずつだが、家族が増え、仲間が増え、戦える力を養う事が出来、安定感が増した頃合いの話しだ。


リナが巫女だと信託が下ったそうだ。だからどうしたらいいのかと、尋ねれば、いずれ分かる。そう告げられ使者はそのまま帰っていく。


彼らが帰った後もやるせない気持ちが宿ったが、結局は今まで通りの暮らしで良いのかと族長が判断を下し、リナは巫女として大事に育てる方針で取り決まった。


****************************************


「リナ。いつもの所でお祈りをしておいてちょうだい。」


母にそう言われて、集落の奥にある洞穴にリナは毎日通い続ける。疑う事を知らない幼いリナは、言いつけ通りに石壁に刻まれた羽の生えた女性に向かって、祈りを捧げる。幼い割には物覚えが良い方で、よく大人達から褒められたりもしたが、ある日ふと疑問が浮かぶ。これに何の意味があるんだろ・・・と。


極寒の地で隠れるように住まう氷族の集落で、リナは誰からも大事に育てられた。


大人達は揃って可愛がってくれたし、同年代の子供達とも、お祈りさえしてしまえば、一緒に遊ぶことができた。お祈りが終わると、意気揚々と友達がいるだろう方向に向かって小走りで駆けだす。


程なくして、集落の広場に大人達を含めて皆が集まっているのを見つけた。氷族の集落は数か所に別れていて、1つの集落は40人ぐらい。そして10人ぐらいの近くの集落の者達がやってきていて広場でわいわいがやがやと、賑わっていた。


時折見かける光景である。極寒の地という厳しい環境の中で、こうして収穫を得ると分け与えてくれる。もちろんこちらからも同様で、集落間で助け合いを行っている。受け取る荷物は様々で、食料、衣服や布、陶器類など。たまに生きた牛や豚も含まれて、その中に人が混じっていたりもする。


集落の者達の表情は明るく、笑顔が溢れている。今回は生き物が混じっていないのは一目瞭然だった。特に女性が含まれている場合はお祭り騒ぎのように大騒ぎで、若い男性陣が盛り上がりをみせる。その後に行われる闘技大会の勝者が晴れて、その女性を貰うことが出来るからだ。


ただ、一様にその女性たちの表情は暗い事が印象的に心の隅にこびりついていた。父、母に聞きたいけれど、幼いリナには知らない事が多すぎて、次に興味を惹かれるとすぐにそのことを忘れてしまっていた。


そして数年が経ち、その日を迎える。


父が死に、キラエル軍が差し迫ってくる。死体の山、燃え盛る家屋、やっとの思いで育てた作物が踏み荒らされ、それを聞かされるリナはこの世を呪った。


逃げようと誰かが言った。どこへ?と即返事が帰って来る。


そうなのだ。氷族は逃げる場所にあてがなく、この地で神と死神を祀ると祖先が決めた以上、この地を離れるわけにはいかないのだ。そうこうしているうちにキラエルの兵がやってきて、親しんだ顔に生気が失って消える。その中に母も含まれていた。


この時のリナは怒りの感情に支配されていた。


だが、そんな彼女をゆっくりと取り囲み縄で縛られる。キラエルの兵に憎しみが募り増していく。そして何も抵抗できない自分の無力さに嘆く。


最初はリナを縛って拘束するつもりだった彼らの中に、邪な感情が表情に現れる。それを見たリナは理解して諦める。この後の事が想像できてしまったからだ。案の定彼らはズボンを下ろし何やら揉め出すが時間の問題だった。


女としての尊厳を失われ、ただの慰め物の肉人形に変わり果てる。少女が想像するには達観した考え方だったが、おおまかに間違ってはいない状況だった。


自害もできない。身動きもできない。されるがまま。


あ・・・そうだこんな光景に見覚えがある。たしか・・・


そう思い出そうとしたところで、ルールカの声が響き、私はからくも救われた。


その後はよく覚えてないが、確かに私は救われた。羽の生えた女性に・・・


****************************************


リナは死神が住まう峰々の防壁で単独で赴いていた。目的は集落の跡地で亡くなった両親や集落の人たち、友達を弔いの為だ。キラエルとサマールルの戦争が終結したことによってマルセイダ共和国軍が引いたので、心残りだった彼らの冥福を祈りたかった。


1人で行動したのは、軍を辞め冒険者になると決めた事で自由に動くことが出来たのと、確かめたいことがあったからだ。それは集落の奥にある洞穴だ。あれから祈りを捧げたことは1度もない。父、母に任されたリナの唯一の仕事を放棄したことによる後ろめたさと罪悪感を抱き心残りでもあった。


荒れ果てた集落の成れの果てを眺め、花を添えて、死者に対して冥福を祈る。


そして、いまだに答えを見いだせない葛藤。


生きるために奪うのは正義だったはす、だが、逆に奪われた側からしてみれば悪以外のなにものでもない。ルールカに付いて行くと決め行動を共にして知っていく現実。


私たちは世界に拒まれた存在・・・なのか?


生きていてはいけないのか?混沌の泥沼に飲み込まれるように、次第に意識が遠のいていく。


***************************************


「・・・おい!起きろ」


その声と共に覚醒するリナ。乱暴に背後に回された両手首に、毛羽立った太い縄が巻き付けられている感触が訪れる。身じろぎしようにも「ギチッ」と嫌な音がして結び目が引き締められた瞬間、容赦のない痛みが走る。粗悪な縄の繊維が皮膚を突き破り食い込んでいく。


「・・・」


いきなりの状況に抗おうと手首を捻るが、動かせば動かすほど縄は肉に深く沈み込み、じわりと熱い血が滲むのが分かった。心臓の鼓動が縛り目で堰き止められ、指先が不快に脈打ち始める。


胴から太ももにかけても、容赦なく縄が這う。骨が軋むほどの力で締めあげられ、肺から強制的に空気が押し出される。呼吸が浅くなり、満足に治療魔法が出来ない。


足掻いて地面に転がれば、体温が急速に奪われ、冷たく体の感覚が麻痺していく。


「起きたか?」


「・・・」


その声がした方向にリナは身体を起こそうとして視界に映るのは、地面は氷のように冷たく、周りには太い杭がいくつも突き刺さっている。状況判断からして、ここは牢屋のようだ。


そう気づいて、頭が混乱する。


「起きているようだな。そのまま目を覚まさなければ凍死するかもしれんかったからな。」


「・・・です。」


「俺の名はアナークだ。お前は?」


その男に視線を移せば、巨体でありながらも引き締まった全身の筋肉が目を惹き、その猛々しい両の瞳が見る者に息を飲ませる。日焼けで色濃い肌がさらにその男の存在感を象徴する。


「リナ・・・です。」


獰猛な笑みで見下ろされて、リナは息を呑む。


「状況が呑み込めていないようだな。お前はその辺りで行き倒れしていたらしいぞ。ここの連中どもが騒ぎ立てていた。」


「行き倒れ?」


リナは痛む身体を無理やり起こして、考える。先ほどまで荒れ果てた集落に居て、洞窟に向かおうとした所から記憶がない。どうやら檻の中に放り込まれたらしいが、随分と粗末な牢屋まがいの代物だ。脱出しようと思えばできなくはないと思える。


「ここはどこ・・・です?」


「鬼族の集落だな。」


「おに・・・」


「ほう・・・知らずにこの地にやって来たのか?」


「はい・・・」


余裕のある態度を崩さない巨体の男。彼もまた出ようと思えばいつでも出られると考えているのだろう。だが、敢えて彼は檻の中に居座っている。そう捉えた方がしっくりとくる佇まいだ。


「やはりな。リナといったか。お前は鬼の血を引いているようだが、その恰好からして他国から来たものだと判断したのだろう。連中も、お前の扱いに困り果てていたぞ。」


「・・・」


そこでなんとなく今の状況が分かって来た。同族のようだが、この辺りの者ではない。敵なのか味方なのか?判断が出来ないので、檻に放り込んでおいたわけだ。


確かにリナの服装は愛らしさを主張したショートパンツにゆるっとしたパーカーだ。レイニ、ミルキも経験済みの話しの中で出てきた夢の中。多分それだろうと検討がついた。


ある程度リナに余裕が取り戻せたところで、いくらか会話を交わす。


アナークは冒険者で大暴れした魔獣の調査とその後の経過を調査しに来たらしいが、運悪く罠に引っかかり仲間たちを逃がして自分だけ捕まったこと。


その魔獣のせいでこの辺りの大地は全て氷漬けに変わり果てたらしい。出来れば現地の住人と詳しく話がしたい。といったところだ。


リナも聞かれるが、なんと説明していいか悩んでいるところに、複数の足音が聞こえ出した。


先頭に立つのは鍛え抜かれた逞しい体つきの長身の男性。体中に傷跡が残る歴戦の戦士といった鬼だ。その背後に複数の鬼の男性が続き、最後に隠れるようにしてのぞき見しているのは年頃の女性で、6人程度でやって来る。


「・・・」


その存在感に確かな既視感を感じるリナだった。氷族の強面どもと同じ雰囲気を醸し出している。彼らは檻の前に並び立ち


「で、お前たちは何者だ?」


と、単刀直入に聞いてきた。


何者か?そう問われても答えるのが難しいリナだ。亡くなった家族達の冥福を祈りに来たら、ここに放り込まれていた。というのが真相であるのだが、それをそのまま伝えてみたところで信じてくれるわけではい。なら、どう言ったものかと思い悩んでいると


「俺の名はアナーク。冒険者ギルドから依頼されて、この地の変わりようを調査しに来た。」


「ほう。で、お前は?」


「リナ・・・冒険者です。」


とりあえず名乗ってみる。間違ってはいない。


「証拠は?」


そう言われれば冒険者証を見せる。


「本物かどうかわからぬな。」


「では、どう証明しろと?」


アナークが不敵に聞く。


「そうだな。先ほどこの地の変わりようの原因を探りに来た。と言ったな?」


「ああ。」


「いいだろう。その根源の原因を見せてやろう。が、覚悟が必要だぞ?」


「なんのだ?」


「命だ。」


「ふん。望むところだ。」


アナークは傲慢に嗤う。そしてリナはあたふたする。なんだかこのままの流れでアナークと同じ冒険者ということで仲間扱いされているのでは・・・


「リナ。お前はどうする?」


アナークが気を利かせて聞いて来てくれる。


「・・・です。」


と、一緒に参加を希望する。


「いいのだな?」


凄んでもう一度聞いてくるリーダーらしき男。


「問題ない。」


「・・・」


覇気を漲らせるアナーク。無言の肯定するリナ。


この流れに乗る事が最善だと思ったからだ。だってどうしても説明ができないのだから・・・


「よし!その覚悟気に入った!」


そう言って檻から連れ出される2人だった。


****************************************

檻から出されて鬼族の集落を歩く。


リナはやはりここでも既視感を感じずにはいられなかった。所々違うところはあるが雰囲気的に氷族の集落そのままだった。このまま進めば洞穴があり石壁が鎮座しているはずだ。


ともあれ鬼族達からの敵意というものは感じなくなった。この先に待ち受ける原因に対して命を賭けられるのか?の問いに明確に応えた事で心証が良くなったのだろうか?


会話を交わすわけではないが、どこか心配げに見てくる。やはりどこか懐かしさを抱く。


そうこうしているうちに洞穴の中に入り、松明で周囲を照らした先に石壁が鎮座していた。その石壁を鬼族の男衆が右端を掴み、


「「「せ~の」」」


と声を合わせれば、石壁が左に地響きと共に開いた先に、格子が見て取れた。人一人ならすり抜けられる程度の間隔で何本もの格子が嵌っている。その奥に生き物の吐息が聞こえてくる。


「・・・おいおい。」


「・・・です?」


「どうする?格子をくぐればその生き物の正体がわかるぞ。もちろん強制はしないが、」


格子ごしとはいえ生息する生き物はかなりの強さを感じさせる。ここで辞退してもいいと言われるが、そうなればもう彼らとの交流はなくなるだろう。そんな予感めいたものがあった。


「フン!行くに決まっているさ。」


「・・・」


縄を解いてもらい格子をすり抜けて、その姿を眼前にしてみれば、巨大な狼フェンリルがそこにいた。絹のような細い鎖に縛られているが、しかし鎖が食い込む肉体からは、途轍もない魔力が波打っている。身を捩るだけで地面が悲鳴を上げ、岩が砕け散る。その目はアナークとリナをしっかりと捉えていてじっと見つめている。


「災厄かよ・・・」


「・・・」


フェンリル。神々を脅かす災厄で最悪の狼。その狂暴性は理性のない獣の暴走ではなく、

「世界を無に帰すという明確な意思を持った暴力」ラグナロクを体現する破滅の象徴。


「来るぞ!」


息を呑むリナに叱咤に似た声が響き、同時にフェンリルが吼える。その猛烈な咆哮を即座に躱す2人。


「良い身のこなしだ!リナ。」


「です!」


「よく見てみろ!やつは拘束されている。倒せなくてもいい。が、怯ませれば鬼族の連中は納得するはずだ。」


「です!」


「油断するなよ!」


そう言いながら、ぐわっと大口を開けて、鋭い牙を剝き出しに襲いかかって来るフェンリルの攻撃を避けながら、アナークが叫ぶ。


同時に振り回される爪。かすめるだけで十分な致命傷を負わされる威力を秘めた攻撃を巧みに避け続ける。


フェンリルの攻撃に容赦の欠片も感じさせない。強烈で猛烈な攻撃が大気を震わせ、巻き起こる噴煙と共に地面が陥没する。


2人は会話を交わす余裕はなくひたすら除け続け、隙を狙う。


何度目かの攻撃によって噴煙が巻き上がった瞬間にアナークが仕掛ける。その行動を読んでいたのか、すかさずフェンリルがカウンター攻撃をする。そこにリナが躍り出て下顎を思いっきり蹴り上げた。


真上に視界が強制的に移動させられた事によって出来た隙を見逃すアナークではない。彼も拳闘士。額にかかと落としを炸裂させる。


完全に怯んだ。そこを刹那の動きでリナはフェンリルの懐に飛び込み追撃。が、それを横に反らして躱してみせるフェンリル。そしてリナに睨みを利かせて咆哮を放ち、そのままリナを追撃する。


猛追するフェンリル。地面は陥没を続け噴煙が巻き上がり視界があやふやの中でのリナとフェンリルの攻防。当たればその時点でリナはリタイヤか死。そんな中でリナは冷静に身をこなし交わし続ける。が、攻勢に転じる余裕はなさそうだった・・・


一方、アナークは虎視眈々とフェンリルの動きを観察していた。自分たちの力量からして、胴体を狙うのは無理だ。ならば頭か、いやそれも難かしいだろう・・・生物上弱点になる箇所で残るは・・・目か・・・耳・・・顎・・・鼻・・・


リナが攻撃を避けて、相手の腕に乗って駆け上がる。それをすぐさま片方の腕で阻止する。調度腕が交差した状態になり、リナは器用に阻止してきた腕に乗り移り、攻撃に転じる。しかしここでフェンリルは跳びあがる。巨大な体躯の割に身のこなしが鋭い。宙返りして体制を整えようと着地する瞬間を狙ってアナークが躍り出る。狙う鼻。渾身を込めて蹴りを放つがこれを避ける。しかしアナークの攻撃は止まらない。縮地という技がある。彼は空中で蹴りの勢いを利用してフェンリルの顔面に差し迫る。


これにはさすがのフェンリルも驚き、態勢を崩しながらも避けきった。そこに待ち構えていたリナだ。完全に死角外からの真下から顎に向けての回転蹴るが決まる!


そこから始まる怒涛の2人の猛ラッシュ。息ぴったりでとても今日初めて会ったとは思えないコンビネーションを魅せる。さすがのフェンリルが地面に崩れた。


それと同時にリナも膝をつく。魔力の枯渇だ。呪いの縄を下着代わりにしているので、見た目は分からないが、彼女はこの呪いシリーズを好んでいる。魔力を込めれば身体能力が比較的に上昇する。一方で魔力がなくなれば、ただの重し以外の何物でもないしろものだ。


フェンリルを見ればまだ戦意が衰えるどころか殺意が漲っている様子だ。リナは立ち上がろうとしたところで、


「待て!」


と、鬼のリーダーがそう叫ぶ。


その言葉を聞き入れたアナークがすぐさま、リナを抱え込んでその場を離れた。


「リナ。お前強いな。」


「・・・・


その言葉を聞いて、ぐったりと力が抜け、意識が遠ざかっていく。


「このまま全員で戦えばフェンリルを倒しきれるのではないか?」


「それは、我らは望もぬ。我らは神の怒りに触れ、慈悲を授かったのだから。」


どこか遠くで、そんな会話を聞いた気がした。


***************************************


「・・・」


と、意識が覚醒し、最初に見たのが見知った天井だった。リナの思考がしばらく止まり、ゆっくりと記憶を探っていく。


「あ・・・」


とっさに身体を起こし、横合いからの視線に気づいてリナは振り向くと、


「やっと気づいたようだな。」


アナークがリナの容態を気遣うようにして声を掛けてくる。


「フェンリルは・・・?」


「ああ・・・。あれはあのまま殺さずに石の牢屋の中だ。」


「そう・・・ですか。」


「怪我は負ってないように見えたがどこか痛いところはないか?」


「・・・いえ、大丈夫、です。」


「なら、よかった。腹は減ってないか?」


応える前に「ぐぅ」とお腹が鳴る。


「ははっ。用意は出来ている。ほら、行くぞ!」


アナークの案内で広場に出ると、鬼族の面々が出迎えてくれる。どの顔からも安堵の顔が

見てとれる。心配をかけていた様子だった。


そのまま中央の焚火を囲んでいる一団の中に招かれて、そのまま食事を提供された。ただ

肉を焼いただけのものだったが、ひどくこの味がなつかしい・・・


リナはぺろりと平らげて、満足そうに眼を細める。


「ところでリナはこれからどうする?」


「?」


言葉の意味が解らず首を傾げて見せると、


「俺は、これから仲間達と合流して、一度ギルドに報告に向かう。お前もそうだろう?」


「はい・・・キラエルに、です。」


「あ!お前キラエルと知り合いか?こんな可愛い子がどうして単独なのかと思っていたが、どおりで。あいつは人を見る目が確かだからな。リナの強さに納得だ。」


アナークはそう言って1人で納得してくれる。ほっと安堵の息が漏れるリナだ。まだ夢の中らしいが、これからどうしらたいいのか皆目見当がつかない。とりあえずこの流れに乗っておこう。


アナークはキラエルという共通の知人がいることを知って、色々と話を聞かせてくれる。ほぼ冒険譚なのだが、そこでキラエルと知り合い、協力しあったり、時には喧嘩したりと様々だ。アンチュア、キラエル、シュークルト、ペルニウス、ハインツとリナも名を知る英雄とも仲が良いとか・・・


話しがひと段落をみせると、それまで胡坐で黙っていた鬼のリーダードラクが話かけてきた。


「リナは鬼族の家系なのだろう?冒険者なのは理解したが、仕事が片付いたらこちらに来る気はあるのか?」


「え、と・・・」


答えに窮するリナだ。そこへアナークが割り込んで来る。


「俺はさ。冒険者ギルドに掛け合って援助してもらうよう頼み込んで来る。顔が効くからな。他にも伝手で援助してもらう様に頼んでここに戻るつもりだ。」


現状の鬼族はフェンリルによってほぼ壊滅状態で援助を求めている。この地を離れて生活を営むという考え方はないそうだ。フェンリルの監視とともに、神の怒りに触れた行いについての、畏怖と悔罪と神罰を甘んじて受ける。その為、この極寒の地で暮らして往くと決めている。


「で、戻ったらだな・・・俺は結婚する。」


「???」


そう言うと手招きして、1人の女性がやって来る。檻の中で対峙した時に見た、隠れるようにしてのぞき見している年頃の女性だった。細見の身体つきでいて褐色肌、目元がパッチりとした綺麗系、名はミリタという。


「一目ぼれなんだ。」


アナークが照れながらそう言うが、巨体でありながらも引き締まった全身の筋肉が目を惹く厳つい男が照れたところでキモイとしか感じない。が、どこかお似合いだった。


「その・・・聞いていいですか?」


リナが姿勢を正して問いを投げかけると、アナークとドラクが聞く体制になり視線が重なる。


「ここは、氷で囲まれて作物も育たないし、狩りをしようにも獲物が見当たらない、です。どうやって暮らしてくの、です?」


真剣な目でそう訴えるリナを見て、


「そうだな・・・しばらくは援助で賄えるとして、その先だな・・・」


「この地は、以前まで鬼の国だったところだ。地面を掘れば売れる物が手に入るはずだ。」


2人はそれぞれ答える。


「神の赦しを得るまで、です?」


「そうなるのか?」


「そう簡単に赦しはあるまい。ならばここで生涯を終えるまでのこと。」


「その。子供達や後に残された者たちは、どうするの、です?」


「む・・・リナ。若いのによく頭が回るな。」


アナークがそう褒めて、茶化しながらも考える。


「やはりその時が来たら、住処を考えなくてはならいのでは?」


「それは絶対にない。我らは神罰を甘んじて受ける。そう皆で、決めたのだ。」


「なら、どうするよ?援助も永遠に続くわけじゃないぜ。掘り起こした金になりそうなものだって、そうそう長続きはしないぞ。」


アナークとドラクの話し合いが、次第に空気が引き締まり、思わず息が詰まりそうな圧迫感が辺りを包み込む。


「その時になったら検討し直さないのか?」


「ないな。神の赦しが下されるまで我らは、この地を放れるわけにはいかぬ。」


「頑固だな。」


「仕方あるまい。それが我らに下された罪と罰だ。アナーク。この際だ。ミリタを一緒に連れていけ。わざわざこの地で暮らすことはない。」


「ふん。ドラク!お前俺に喧嘩を売る気か?」


「妹の幸せを願う兄の我がままだ。お前だからこそ託せる。そういうことだ。」


2人は立ち上がり、真正面からにらみ合う。発言の内容からして、殴り合いには発展しないだろうと、思うのだが、2人はその枠に嵌らないらしい。


いきなり始まる。殴り合い。誰もが呆気にとられながら、止める術を見いだせなかった。


「意固地なんだよ!」


「はっ!悪いか。頑固なのが取り柄なものでな。」


意地と意地、未来を想う意思と意思のぶつかり合い。と言い表せればいいのか?殴って殴りかえしての繰り返し。


1時間ほど経過した頃で、互いに膝をついた。


「この強情ものが!」


「これが鬼族に残されたわずかばかりの誇りだ。」


そうして互いに背中合わせになって、さらに言い合う。


「ちっ・・・わかったよ。俺はミリタを連れて行く。」


「そうか!ならばよい!」


「勘違いするな。新婚旅行だ。色んな地を回ってミリタに見せてやりたい。」


「そのまま子供を授かって、豊かな地で余生を過ごせ。」


「話は最後まで聞け!必ず戻ってきてやる。それまでに考え方を改めろ!」


「ふん!出来ぬ相談だな。この先の子孫にとっては我らの過ちを押し付ける形になるだろうが、神に任せると告げられたのだ。どんな非道を重ねようとも赦しが下さらぬ限り我らはこの地を離れぬ!」


「そうかよ。ならまた戻って来た時に、今日の再戦を再開しようじゃないか。」


「望むところよ!ミリタが惚れた男。アナークよ。達者で暮らせ。」


「なに?さり気なく別れの言葉を含ませてやがる。絶対に戻ってきてやる!」


「そうだな・・・待ちわびよう・・・」


その言葉を最後に2人は離れて行く。アナークはミリタを伴い集落から姿を消し、ドラクは集落の者達の輪に加わる。


そして残されるリナだった。













































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