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エピソード2 リナ



感情が、頭の中で渦巻く感覚があった。


ぐるぐると、勢いよく周り、2つの感情がぶつかり合い、反発しながらも渦巻いている。


なにもかも放り脱して、捨ててしまいたい。そう願ってもお構いなしに「奪う正義」と「奪われる憎しみ」がどうしようもないぐらいに、リナの頭の中で暴れ回る。


それは、ずっと抱え込んでいた生きるための肯定。奪わなければ、そうしなければ、「死」を意味する。自分1人ならいい。いつ死んでもかまわない・・・けれど、家族は、仲間は、友達は、集落の皆が死ぬのはどうしても許せない。受け入れられない。嫌だ。


同時に、奪われた側の理不尽。家族は、仲間は、友達は、集落の皆が傷つき、奪われ、殺される。看過出来るわけがない。怒りが収まりきらない。許せるわけがない。


リナの中に、ずっと抱え込んでいた矛盾。


決して、絡み合う、結び合い、繋がり合う事がない。その「痛み」を知ってしまったリナは、不当で不条、不条理で不合理な呪縛に囚われる。


憎しみ合い、拒み、抗い、奪い合い、どこまでも続くウロボロスの迷宮のようだ。始まりと終わりが繋がり、断ち切ることが出来ない、非情で深い残酷な世界。


誰か助けて、と叫んでみても


誰か教えて、と嘆いても


どうしたらいい?と聞いてもみても・・・


誰か、誰か、誰か、と訴えても返って来るのは、沈黙だけだ・・・


それらもひっくるめて、ぐるぐる、勢いよく、次第に全てを巻き込んで飲み込んで渦巻く。


そして1つの疑問が生まれる。


私は、神か?なにか?


否。断じて違う。


生きることの何が悪い。綺麗ごとでお腹は膨れない。憎むなら憎めばいい、恨むなら恨むがいい、殺したいと思うんだったら、殺しに来たらいい。


私は、私のエゴのために生きる。


私は、泥を啜ってでも生き足掻く


私は、他人を呪ってでも生き抜いてやる。


私は、地獄に落ちる。


祖先から引き継いだ呪いにも似た、罪と罰。私が全部引き継ぐ。


「もう悩むのは辞め。赦しは求めない。生きるための悪を背負う。デス。」


私はエゴの塊だ。


そう開き直った瞬間だった。景色ががらりと変わり元の場所に戻ってきた。そのままの足で奥の洞穴に向かう。その先には、羽の生えた女性が描かれた石壁があり、右端を掴み力任せに左に移動させる。夢と同じだった。その先には格子がそのままあり、奥に入れそうだった。


****************************************


ひんやりとした空気が肌を刺す、薄暗い洞穴の最奥。


リナは一歩、中に入って唾を飲み込む。ここには先ほど夢の中で戦ったフェンリルがいるはずだ。


ガサリと、鎖の擦れる音が聞こえる。リナが身構えたその時、暗闇から這い出てきたのは、


「くぅ~ん・・・」


「え・・・」


リナの口から、間の抜けた声が漏れ聞こえた。


そこに居るのは、燃えるような緋色の瞳を宿しているものの、どう見ても生後数か月の、モフモフとした白い子犬だった。引きずっている封印の鎖の方が重そうなほど、ちんまりしている。


しかし、リナの脳内に直接響いてきた念話は、その愛くるしい見た目とは正反対の、尊大窮まる声だった。


ふははははは。やっときたか、我を解放しに。


「え?!なに?」


脳内に突然声が聞こえて戸惑いを見せるリナ。てっきりあの大きなフェンリルがいるものだと身構えていたので余計に困惑する。


腹、減った何か食わせろ!小娘。


現実の子犬は「アン、アン」と短い尻尾をはちきれんばかりに振りながら、小さな前足でペシペシと地面を叩いている。はたから見れば、ただのかまって欲しい子犬のじゃれつきにしか見えない。


「・・・え、と、もしかしてフェンリル?」


「あん」


小娘ごときが、我を気安く呼ぶな。フェンリル様と崇め祀れ!


「・・・」


リナは凄まじい頭痛を覚えた。試しに声を掛けてみたら、言葉は通じるようだったが、見た目は最高に可愛くて抱きしめてあげたいほどなのに、脳内に響く言葉が偉そうでイラッとさせる。


おい!何を呆然としておる。飯だ飯。肉を食わせろ。


子犬はリナを見上げ、ペシペシと催促してくる。


(可愛いけど、なんかムカつく・・・)


リナはため息をつくと、干し肉を差し出す。それを目にした途端、子犬の瞳がキラキラと輝きパクリっと口の中に頬張る。幸せそうに干し肉を食べる姿はやっぱり可愛らしく、ついつい頭をなでてしまう。すると、


「あん、あん」


と可愛らしく咆えて催促してくる。


もっとだ!足りん。もっとよこせ! 念話ではこう言っている。


「はぁ・・・」


と、もう1つため息を漏らし、干し肉を差し出す。


やっとこさお腹が膨れた様子で満足そうに微睡だし、


ふん。味はいまいちだったな


と、鼻を鳴らし、小さくてピンク色の鼻がひくひく動いている。


「わうわう!」


さて、獣魔契約をしてやろう。そうしなければ我はここから出れぬのでな。


(やっぱり、むかつく!)


「獣魔契約ってなに?」


心の声は置いておいて、見知らぬ言葉が出て来たので問いただす。


「あん」


はぁ?小娘、貴様何しに来おった?獣魔契約も知らずによくもここまで、のこのこやって来たものだな。


「・・・」


プルプルと怒りが込みあがってきたが、リナにしてもなんとなくここに来なければならない。と言った直感めいたもので訪れたわけで、獣魔契約とは一体なに?といった状態だ。


「わふ・・・」


ちっ・・・小娘。期待外れよ。しかし、仕方ない。我ほどの誇り高き神獣との契約が叶うなど夢にも思いまいて、致し方あるまい。おい!小娘。血をよこせ。


「血・・・?」


「ワン」


そうだ。指でもどこでもよい。血を垂らし、我に触れろ。さすれば我が後は契約を行ってやる。光栄に思え!我が直々に獣魔契約を行ってやるのだからな。


「・・・嫌デス。」


キッパリと断るリナだ。


「わぅ?!」


まてまて、我はラグナロクを体現する破滅の象徴であるぞ!この我が契約してやるのだ。こんな奇跡は2度とないぞ。


「ん~。でもこのままここに閉じ込めていてもらった方が世の為?デス。」


「わぁうわぅ」


馬鹿を申すな。我はここで数えきれない時間を無駄に過ごして来たのだぞ!神からの赦しも得た。外界に出て羽を伸ばしてやるわ!


「そうデスか、なら別の方にお願いしてくださいデス。私、ちょっと寄っただけなので契約とか、興味ないのデス。」


「きゅ~ん」


待て待て待て、小娘!我と契約すれば世界の半分は手に入るのだぞ!


「いらないデス。じゃあ」


少し涙目になっているので可哀そうかな?と思ったが、リナは踵を返して戻ろうとする。


「わう!」


その・・・他の者が来るあてはあるのか?


「ん~。どうですかね。ここは雪山ですから、そんなに来ないと思いますデス。」


後ろから声を掛けられてそのままリナは答える。死神とはフェンリルの事だ。考えなしに獣魔契約は行わない方がいいだろうと、率直に思った。


「わぅわぅ!!」


待て待て待て、まって~って、我と契約を交わせば、氷の属性、空間の属性、風の属性がもれなく付いてくるぞ!どうだ。


「・・・」


一度は背を向けかけたリナの歩みが、ピタリと止まる。


振り返った彼女の視線の先には、緋色の瞳を涙目で潤ませた、生後数か月ほどの白いモフモフな子犬。期待に満ちた顔でこちらを見上げている。


「わぁう!」


氷はわかるであろう?我が得意としているのは、空間移動、すなわち一瞬で転移できる。人族の言葉を使えば縮地と同じ効果を得られる。瞬間的に移動が可能になることによって様々な攻撃手段を得られるぞ。


ピクリとリナの耳が動く。


「わう!」


さらにだ。我は戦闘経験が豊富である。小娘。貴様に教えてやれることは山ほどあるぞ!どうだ!


必死さがひしひしと伝わって来るフェンリルの猛アピール。その破格の効能にリナの心が大きく揺れ動く。しかし、どうしても引っかかる。呼び方であった。


「私はリナ、デス!」


小娘呼ばわりは止めてもらいたい。強い意志を込めて、ここでしっかりと名前を名乗りあげる。


フェンリルは一瞬呆気に取られたように「あん」と声を漏らしたが、すぐにその瞳を細めた。


リナだな。わかった。これからはそう呼ぼう。


「うん。」


そう応えて、リナは再びフェンリルの元に歩み寄る。しゃがみ込み、小さな身体に不釣り合いなほど重々しく繋がっている封印の鎖をそっと手に取った。


「これが、グレイプニルの鎖デスか。」


「わん」


知っているのか?


「フェンリルは有名な魔獣デス。従わせるにはグレイプニルの鎖が必須。と何かの本で読んだ記憶があるデス。」


かつて神々が作り上げた、絶対に千切れぬ因果の枷。


「・・・」


目の前の小さな子犬が秘める、計り知れない格を再認識しながら、リナは静かに覚悟を決めた。


「・・・契約を交わしてもいいデス。」


「わん」


「でも、主従関係は「主」は私デスからね?毎日のご飯と引き換えです。嫌ならいいですけど。」


ぐぬぬぬ・・・・。この我をペット扱いだと!だが、ここで時間を無駄にするよりはマシか・・・わかった条件を呑もう。


「じゃあ獣魔契約します。デス。」


リナはためらうことなく自身の指先を少しだけ噛みきり、一滴の赤い血を滲ませた。その指先を、冷たく鈍く光るグレイプニルの鎖に触れさせる。血が魔力となって鎖に吸い込まれていく。


さらにリナは、もう一度血を滲ませると、今度はフェンリルが負っていた傷ついた傷口に優しく触れた。


神獣の血と、鬼族の血が交わる。


そこで、フェンリルが厳かに契約の言葉を繋ぎ始める。


リナの血を、我の牙の糧とせよ。


リナの魂を対価に我を、世界を呑む顎の代価とせよ。


言葉が結ばれた瞬間、洞穴内の空気が一変した。リナの魔力と、フェンリルの膨大な魔力がグレイプニルを通して魔力が共鳴し、まばゆい銀色を放って洞穴の闇を払った。すると魔法陣が浮かび上がり、吹き荒れる光の粒子が、リナとフェンリルの身体に吸い込まれていく。


世界を揺るがす神獣の力と、鬼の血を受け継ぐリナの魂が、今ここに1つに繋がった。


光が収まり、フェンリルを縛っていたグレイプニルは完全に解かれ、代わりにリナの足元に這いよって来た。そして、そのままリナの服の隙間に潜り込み、彼女が普段から愛用している呪いの縄に、シュルシュルと絡みついて同化していく。


ひんやりとした金属の冷たさと、神話級の魔力の重圧が、リナを直接締め上げる。リナは冷や汗を流すが、魔力を込めれば以前より遥かに身体強化が増したと確信を得る。だが、それに伴って魔力が切れれば呪いの縄以上の負荷がリナに襲い掛かるのだろうと想像できてしまう。


一方、脳内では偉そうに高笑いするフェンリル。


ふははははは!ついに我が封印は解かれた。シャバの空気を吸いに・・・


解き放たれたフェンリルは、さも偉そうに胸を張って勝ち誇ろうとしたが、


「はいはい。契約は無事に完了したデスね。で、フェンリルじゃ呼びにくいから、これからガルと呼ぶね。」


が、ガルだと・・・畏れ多くも神々も畏れさせる我に何という名をつけるのだ!フェンリルのままでいいではないか!


「フェンリルにフェンリルって呼んで嬉しい?獣魔契約を結んだんだから、名前があってもいいじゃない、デス。」


ぬぅ・・・せめてもっとカッコいい名はないのか?これでは完全にペット扱いではないか!


「そうだガル。ドライフルーツもあった。食べる、デス?」


「ワン」


よっぽど美味しいのか、白い子犬の短い尻尾がはちきれんばかりに振り回される。


これで名はガルに決まった。とリナはニヒルに笑う。


食べ終わるのを見届けると、


「ガル。日が暮れない内に帰ります、デス。」


ふん。リナよ。見てわからぬか?


「?」


ふ、ふ、ふ。長い間封印されていたせいでな。足腰が弱って立てないのだ。


ふんぞり返って、そうのたまうガル。


「・・・」


わっ、わうっ!?いきなり何をするリナ。放せ!我は神獣フェンリルぞ・・・


・・・


うむ、悪くないな。意外に居ごごち良く、温かいぞ・・・


リナは仕方ないので抱き上げてフードの中に収めた。


王都の帰り道。リナはガルの指導の下、身体能力が跳ねあがった事による弊害と、縮地を学びながら雪山を下って行った。


その時のガルは、めちゃくちゃ上から目線で、偉そうに蘊蓄を垂れるコーチと化していた。


「こ・・の・・・くそ・・・犬!!」


むかつくけど的確なアドバイスをくれるガルに聞こえないように文句を言いながらも、その指導に素直に従う。


「はぁはぁ・・・。どう?今のうまく扱えたよね?」


何度も何度も、繰り返してやっと縮地の感覚を掴んできたリナが嬉しそうに振り向いて聞いてみれば、


すーすー。と無警戒にフードの中で気持ち良さそうに寝息を立てて眠っている。


「はぁ・・・」


見た目はモフモフの可愛らしい子犬。でも中身は傲岸不遜なむかつく神獣。


リナとガルの冒険譚が始まる予感を感じさせる前に、リナのため息が漏れた。




























































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