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エピソード エリーゼ



エリーゼは故郷、今は亡きエルフの村の跡地に帰ってきていた。かつては木漏れ日が絨毯のように敷き詰められ、村全体が柔らかな光に包まれていた。だが、今はもうその面影は見当たらない。村があった場所は深い緑の木々に覆われて、地面には草花が生い茂っている。


彼女の鼓動が、早鐘をうつ。ずいぶんとこの場所に訪れたことはなかった。あの時の記憶が蘇る恐怖心と、もう大切な家族と村の人々と会うことが叶わないという現実を受け入れたくなかったからだ。


だが、彼女は今日訪れることができた。あの夢のおかげと、精霊達のおかげだ。精霊達は常に顕現する事が可能になり今日も側にいる。


彼女の左隣に立つのが、メイド姿の水色の髪をした水の精霊レイン。右隣が同じくメイド姿で金髪の風の精霊セレス。そのエリーゼの左肩には、小さいながらも居眠りするドラゴン。火の精霊イグナイト。小人の土精霊クレイはメガネをキラリと光らせて、ユニコーンの背に乗って分厚い本を開いて読書に勤しんでいる


このユニコーンは魔獣、魔物にでも襲われたのだろうか?治療してあげて庇護している間に、精霊達と仲良くなりすっかり懐いてしまったので、そのまま共として一緒に行動している。


そんな彼らと共にエリーゼは、ようやく帰って来れた、という安堵感に浸る。


ゆっくりと足を進め、村の中心部だった場所に、立ち枯れた巨木が残っていた。懐かしさと寂しさが同時に郷愁を誘う。ここでよくみんなと遊んだな・・・


巨木を撫でて、時の流れを感じさせる。彼女は持ってきた花束を、その巨木の元に置き


「パパ、ママ、皆、ただいま。・・・遅くなってごめんなさい。」


エリーゼの声は、震えていた。パパの優しい笑顔を、ママの穏やかな笑顔を思い出して、すぅ~と涙が零れる。両親の声が、村の人たちの声が、友達の声が、心の中で蘇える。彼らとここで幸せな暮らしを送っていたことを、そして、自分もその中で幸せだったことを、改めて実感が伴う。


しばらくの時が過ぎ、彼女の周囲にはぼんやりとではあるが、儚げで頼りなく揺れる様々な色の光が彼女の到来を歓迎するかのように、ふわふわと舞っている。


微精霊達だ。それは神秘的であり幻想的であり、エリーゼのみが許される。云わば聖域がそこにあった。


「・・・そろそろ始めましょうか。」


エリーゼは笑顔で告げ、巨木に向かって静かに目を閉じる。


足元では、いつの間にか小人の土精霊クレイが、魔法陣が描かれた禁書を開いたまま、わずかにメガネをきらめかせて無言で頷いた。


「光の精霊は、喜びと静寂と美の調和を望む。」


クレイが読んでいる古書の一節を語るように、落ち着いた声で進言した。


エリーゼはそれに微笑み返すと、手のひらを仰向けにすると、その手のひらに、清らかな光が集まり始めた。光が珠になってその大きさが収まると、そっと放った。


「我が契約の理、ここに満ちる五大元素の調和をもって、貴方の存在を乞い願う。輝きの使徒よ、「ラディアンス」の御名において、我が元へ。」


光の珠は一瞬で広がり、森全体を包み込む。それは強烈な閃光ではなく、まるでステンドグラスを通したような、柔らかく暖かい金色だった。


金色に満たされた空間の中心に、透明な音色が響き渡った。それは、楽器を鳴らした音ではない。光そのものが音楽となって、空間を振動させているようだ。その音はまるで、満天の星空をバイオリンの弓が滑るような、美しくも無垢な旋律だった。その旋律は、森の隅々にまで優しく染み渡り、セレスとレインの表情には静かな感動が、イグナイトの眠る喉からは心地よい微動が伝わってきた。


音の中から、一人の輝く小さな人影が立ち現れる。他の精霊とは異なり、その姿は輪郭が曖昧で、幾重にも重なる光のヴェールを纏っている。セレスとレインは息を呑み、イグナイトは珍しく惰眠を破って身を起こし、その輝きをじっと見つめていた。クレイは禁書から目を離さず、そのメガネの奥の瞳には、新たな存在への深い探求心が宿っていた。


光の精霊は、優雅な仕草で一礼をすると、静かに移動し奏で始める。その存在はあまりにも静かで、誰もがその存在を忘れてしまいそうだが、森を満たす音楽は、エリーゼとここに集う精霊達の心の調和を高めていた。


光の精霊がその優雅な音楽を奏で終わると、エリーゼの方へ跪いた。


光のヴェールに包まれたその姿から発せられる声は、楽器の音色のように透明で響き渡る。


「我が主よ。私はあなた様に調和を求めたいのです。お願いいたします。私に音階を定める音を頂けないでしょうか?」


ラディの透明な声が響き渡る。エリーゼは微笑み、その小さな光の精霊に


「ラディ」


という真名を与えた。それは単なる命名ではない。長年の経験を経て、ようやく手にする「個」の証であり、自分と共に歩む、かけがえのない「仲間」としての迎え入れの言葉だった。ラディの旋律は、この森に、そして仲間たちの心に、温かい安らぎと希望をもたらす。


ラディの純粋な輝きは、調和の旋律によってエリーゼと精霊魔法に新しい風を吹き込む。これまで個々に発動させていた精霊たちの力が、ラディの光によって互いに共鳴し、より複雑で強力な魔法を構築できるようになる。それは、精霊たちとの絆が、単なる使役関係を超え、真の協力関係へと深化する証でもあった。


エリーゼが名前を授けた瞬間、空間全てが祝福されるような、壮麗で華麗で煌びやかな旋律が響き渡った。


その旋律は、森の木々を震わせ、枝から差し込む光さえも祝福の輝きに変えるかのようだった。ラディの姿は、光のヴェールが溶け出すように、一層鮮明な形を成していく、より明確な形を持ち、幼い女の子、あるいは妖精のような10歳前後の見た目。しかし、その瞳には澄み切った神聖さを感じさせながら、どこか儚げな潤いを帯びている。白いフリル付きの膝丈ワンピース姿で、髪の色はハチミツ色の柔らかな金髪。肩にかかるくらいのストレートヘアで、微かに光輝いている。


抱えている楽器はリラ(竪琴)の弦は金色の光を放ち、木製のフレームは風が吹くとキラキラと煌めいている。


エリーゼの傍らにいた精霊たちは、ラディの奏でる旋律に共鳴し、その存在を祝福するように輝きを増した。特にクレイは、古書の知識がより鮮明に頭に浮かび、新たな発見に繋がるような感覚を覚えた。セレスとレインは、主であるエリーゼの幸福を喜び、イグナイトは心地よい旋律に包まれて、さらに深い眠りへと誘われた。


ラディとの出会いは、その「闇」への恐れを打ち払い、彼女の「勤勉」な知識欲を一層掻き立てた。光の精霊の歌声が、古の精霊文字の響きと重なり合うたび、エリーゼは確信する。


いずれ闇の精霊ともこうして皆とともに調和できると・・・


****************************************


エリーゼは名残り惜しいが、元エルフの里を後にして新たに加わった仲間と共に王都に向かった。


ユニコーンは賢く、エリーゼの言葉を理解してくれるため、特に手綱を必要ではなく、そのまま庭を好き勝手に駆け回っていいと伝えれば、早速、ルールカのモフとも仲良くなり、2匹は仲良く追いかけっこして遊び回る。まだ幼さが残るユニコーンだ。元気いっぱいである。


せっかくなので、厩舎を後日ゴーンド商会に改装を依頼することに。


日が暮れて、屋敷の中にある食堂に自然と皆が集まり出す。ルールカ、エリーゼ、レイニ、リナだ。この4人で冒険者として活動するにあたって、ルールが1つ決まっている。


それは特に用事がない時以外は、皆で夕食を共にすること。


信頼関係の構築、情報共有、雑談などなど。軍とは全く異なる生活環境に変わることによって生じる不満や悩みを話し易い環境にするためで、ダンジョンは5日間と決めて、2日間は休日だ。休みの日は別行動でいいのだけれど、なるべく互いに会話をすることがこの夕食の目的でもある。因みに強制ではない。


屋敷の広さに比例するように食堂も広い。白いテーブルクロスのかかった大きな卓を囲む形で席が用意されている。特に決まった取り決めもないので、各々が空いている席に座ると、それを見計らったタイミングで、


「し、失礼いたたします。食器の配膳をさせてさせて、戴きます。」


台車を押して子供たちが食堂に入って来る。まだ覚束ない手つきと礼儀作法だが、しっかりと学んでいるようで日々上達しているのがわかる。


「し、食事のは、はい、膳、致し、ま、す。」


こんな感じだ。孤児院で育ちこういった形式にはまだ慣れないのだからしょうがない。温かく見守るつもりでいる。


子供は4人で、そばかすの茶髪の男の子がパッツ、くせ毛の男の子がロン、ボブカットの女の子がラン、メガネっ子の女の子がナアイだ。真面目でやる気があり、好奇心旺盛な10歳前後の子どもたちだ。


パン、サラダ、スープ、肉料理にフルーツ。4人は拙いながらも一生懸命に配膳をこなし、食卓が彩られていく。温かな香りと、美味しそうな匂いに誘われて誰かのお腹が鳴る。


「では食事にしましょう。火よ、土よ、水よ、風よ。全ての精霊に感謝をこめてこの食事をいただきます。」


料理を運び終えると子供たちは厨房に引き込んでいく。それを見届けて、手を組み、目を瞑って食膳の祈りをエリーゼが呟き、皆がそれに倣う。


「うん?美味しい・・・」


レイニが顔を上げて感想を言うと、エリーゼの後ろに控えていたセレナがどや顔を魅せる。


「今日の夕食はセレナが担当なの。レイニの口に合って良かったわ。」


エリーゼが、自分が褒められたかのように嬉しそうに微笑む。


「セレナさんって精霊ですよね?料理も出来るの?」


「当然です。炊事、洗濯、掃除はメイドの嗜みです。あ、あとセレナと呼び捨てでお願いします。」


「へ~。精霊って僕より凄いんじゃない?」


「私が凄いのではなく、エリーゼが凄いのです。」


腰に手をあててセレナがえっへんと胸を張る。


「・・・」


エリーゼはノーコメントだが、レインが反応を示す。


「セレナ。偉そうに抗弁を垂れているけれど、マァムさんの前では私もあなたも形無しよ。」


「フン。それは認めるわ。だからマァムさんに色々と学んでいるんじゃない。」


「あら?そうだったわね。今日の料理もほとんどマァムさんが作ったようなものだったし。」


「レイン!そこは黙っていなさいよ!」


2人の精霊のやりとりをほかっておいて、エリーゼは新たな仲間のラディを紹介する。紹介されるとペコリと頭を下げてリラを奏ではじめた。ポロンと爪弾かれる軽快な三拍子の旋律が、「美味しい食事と仲間との時間を愉しもう」とそう伝わってくる。


その旋律を聞きながら食事を楽しむ4人。時々会話を挟み、笑い、和み、自然と食堂の雰囲気が柔らかくなり、その時間を愉しんだ。


食後のデザートを食べ終わり、食休憩を兼ねてから、一同は一度外に出てユニコーンを紹介される。幼げに見えるユニコーンはとても可愛らしく、毛並みはふわふわで、まだ小さな角が少し見えるぐらいで、好奇心旺盛な性格なのか瞳がキラキラと輝いていた。


人懐っこいのか、それともエリーゼの仲間だと認識しているせいか撫でられて嬉しそうにする仕草はとても愛らしかった。モフモフを堪能し尽くして4人は自分の部屋に向かいそこから就寝するまで自由時間となる。


屋敷の中に入ると、暖色系の塗装で統一された長い廊下の先に階段がある。二階に上がれば同じような扉が左右どちらにもあり壁には風景画が飾られている。その奥にエリーゼは向かっていく。


扉を開けば、そこは書庫と呼ぶにふさわしい部屋だった。壁際をはじめとしていたるところに書棚があり、どの書棚も本がみっちりと詰め込まれている。この本はエリーゼが持参してきた本だ。馬車3台分はゆうにある蔵書数を誇る。


パッと見で、この辺りで見かける文字は見当たらない。エルフ文字、古代文字といった類だ。学が無ければ読めない事からして、エリーゼはこういった本を好んで収集しては読みあさっていた。


「クレイいる?」


「ここだ。」


聞こえた方向に視線を向けて見れば、本が今にも崩れそうなほど積みあがった本の間に土精霊のクレイが本を床に広げて食い入る様子で、読んでいる。


「相変わらずね・・・」


「ふん。好きなのでな。」


知識欲に貪欲な彼は、暇さえあれば読書だ。精霊とういこともあり、食事も睡眠もとくに必要としていないから、彼を探すなら大体この部屋に訪れればいい。


「で、なんだ?」


クレイは本に視線を向けたまま到来の理由を聞く。


「古い書物もいいけど、新しい知識に興味が沸かない?」


エリーゼがそう告げれば、クレイはガバッと顔を上げて彼女を凝視する。


ぷぷっと心の中で笑って、


「土、火、水、風、そして光の5属性を司る精霊が集ったわ。」


「うむ。それで。」


「その5属性を組み合わせたら面白い現象が起きそうな気がしない?」


「む・・・」


クレイが思案気にメガネをクイッと上げる。


「これは異世界人の知識で化学反応っていうのだけれど、例えば、水と火を合わせれば水蒸気が発生するわね。それをもっと大きな力でなら水蒸気噴火と同じ現象が出来るはずなのよ。大量の水を火の魔法で一瞬にして沸騰させ水蒸気を作り上げ、一瞬で何千倍にも膨張した圧力が周囲の障害物を粉々に超大爆発が起きるとおもうのよね。」


「なるほど、レインに水溜まりを作らせておいて、そこにイグナイトの火炎を放り込むわけだな。」


クレイが納得しかけたところで、エリーゼは人差し指をチッチッと振った。


「そうなんだけど、それだけだと熱と圧力が四方八方に散って、自分達にも巻き添えを喰らうわ。だから魔法を繋ぐ魔法陣を噛ませるのよ。」


「ほう・・・魔法陣で圧力を閉じ込め、一方向に固定するわけか。」


「そう。その通り。さらにこれの怖いところは、土を混ぜ合わせる事によって、沸騰する泥の津波を作り出せるのよ。加えて熱が冷めれば、ガチガチに固まって身動きすら取れなくさせる。ね、エグイ効果でしょ。」


「・・・興味深いな。」


「でしょ。明日ゴーンド商会に行く用事があるからその時に、化学反応についても聞こうと思うの。向うに纏まった資料があればいいけど、参考程度に何か教えてくれるかもしれない。だから、明日はあなたも会話に参加して頂戴。」


「あいわかった!では、これから質問事項を整理しておこう。」


「うん。お願い。試行錯誤も兼ねてダンジョンにいくつもりだから、そのつもりで。」


「必要な事だな。」


「じゃぁ明日。おやすみ。」


エリーゼは言いたいことを伝え終わると、あとは任せたと言わんばかりに、さっさと退室する。クレイはそんな彼女に反応することなく


「5大元素を使った複合大魔法か・・・おもしろい!」


クレイのメガネがキラリと輝くのだった。


因みに。イグナイトはどこにいったかと思うと、彼は厨房で子供達とじゃれ合いながら、食事を口にしていた。精霊は食事を取る必要はないけど、取っても問題はない。特にデザートがお気に召したようで、たらふく食べてお腹が膨らんだ状態で大の字になって寝転んでいる。ドラゴンなのにどこか猫っぽい自由気ままな火の精霊だった。



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