エピソード13 サマールル
13 全面対決
別ルートで1000人程と合流を果たしてから、ヒオレド大佐率いるサマールル軍は樹海の奥地で敵軍を迎え撃つべく待ち伏せをしていた。
折り重なる枝葉が天を覆い隠し、陽光は力なく霧散している。肌に纏わり付く、こびりつくような湿った苔と濡れた土の匂い。昼間なのになお暗い緑の檻の中に閉じ込められているような錯覚を覚える。
数歩も歩けば這う根が、のたうつ蛇のように地表を埋め尽くし、先ほどまでいた場所ですら定かではなくなる迷宮の様だった。
時折、遠くでパキリと乾いた音が響く。それが近くに仲間が居るという安心感とともに、風の音さえもしない静寂が支配するこの空間から早くも逃げ出したいといった恐怖心が募る。
樹海の中で兵士達を統率することは不可能に近い。従って総指揮官の命令は、下されて配置についたところで、現場の彼らの独自の判断に委ねられることになる。
「さぁ、早く来い!お前たちの命を狩り取ってやる。」
しかし、長い事軍人として従軍してきた彼らの中にはこういった好戦的な兵士が多数存在する。理由は簡単で、ここはサマールルの領土であり、樹海には演習で何度も訪れたことがある経験が彼らに自信を付けさせている。
樹海の中に配備されたサマールルの兵士達にとって、万全の態勢を築いていた。あとは敵が彷徨いながらこの地にやって来るのを待つだけでいい。そして狙い撃つ。土地勘がある以上、むやみやたらに発砲する必要性はなく、どちらかというと同士撃ちに対しての警戒が必要なくらいだ。
とはいえ、彼らは木上で待ち伏せしているわけで、地面を歩く神官服を着た敵を撃てばいいだけだ。敵軍が樹海に潜入したことは気球斥候隊からの情報で間違いなくやってくるはずだ。後は、まつだけでいい。もし何かあれば銅鑼の音が聞こえる手筈になっている。集合場所もあらかじめ決めている。
そういったあらゆる優位の現状で、敵軍を混乱、混迷という泥沼に嵌めることがこの作戦の醍醐味であって、これによって敵軍を分断させて打撃を与えるわけだ。
そしてただ待つだけの状態を維持している時間が経過と共に彼らの警戒心といったものが薄れていく。それもそのはず、警戒は下で動く気配、物音、といった事だけに注意を向けていれば良いだけであり、樹海といった場所に最初は尻込みしていた兵士達も余裕が生まれてくる。なにしろ反撃される恐れがないから。
その中の1人の兵士が獲物の気配を感じ取った。
あそこの茂み。
声には出さずに、兵士は手で味方に合図を送る。
来るぞ。
待て、敵ならいいが、獣とかなら下手に撃つな。
決めて置いた手の合図で意思を確かめ合う。
まだだぞ。
大丈夫。
待ち望んでいたマルセイザ共和国軍の使兵なら、銃口を既に向けているので後は引金を引くだけだ。緊張も焦りも感じない。どこか狩りを愉しむ狩人じみていた。
ふいに、シュッという音が聞こえたような気がした。
?
気になった兵士が仲間を見る。だが、反応がない。おかしい。どうしたんだ?
え??
その仲間が木上から落下する。受け身もとらずにそのまま頭を下にして堕ちていく。
「お、おい!」
咄嗟に思わず声を出してしまった彼だったが、それが彼の最後の言葉となった。
「2人。射殺完了。」
「了解。他は?」
「近くにいるはずだ。そのまま狩りを続行。」
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それから数時間経ったところで、樹海で静かに始まった戦況の変化がヒオレド大佐に報告が届けられた。
「なに?こちらの兵士達が次々と殺れているだと?」
部下からの報告を聞き、ヒオレド大佐はそれでも冷静を装っていた。
「大したものだ。我らの総指揮官どのは。」
部下の1人が、この状況下においてもヒオレド大佐が取り乱すことなく、報告を聞いた後、静かに淡々と次の手を考えている姿に勝手に感銘を受けている。
「・・・おかしいものだ。樹海は彼らにとって未開の地であり、我らにとってもそうたやすくこの地を戦場にすることに対して躊躇を覚えてしまうほどの地形だというのに・・・にもかかわらず敵は効果的に攻撃を仕掛けてきて、こちらは全く手が出せないとは。」
「まだ始まったばかりです。あちら側にこういった密林に特化した部隊がいるのではないでしょうか?被害は確かに受けておりますが、大局を揺るがすほどではありません。次第に我が方が・・・」
「違うな。確かに君の言う通りだとしてもだ。反撃も出来ずにいることが問題だ。何かが、戦況に協力しているはずだ。そう例えば・・・我が軍からの裏切り、もしくは向こうにもシャドーファントムレベルの特殊部隊の存在か。」
あっさりとそういってのける総指揮官。周囲は押し黙ったが、当の本人は笑っている。
「脅威ではあるが、想定内である状況ではあるか・・・」
樹海を遠目に眺めつつ、ヒオレド大佐がそう分析する中で、言葉が途中で途切れる。
「・・・確か。この場の増援はまだ来る手筈だったな?」
「はい、2000人がくるはずです。」
「数はそれより劣ように見えるが、その援軍というのはあれのことか?」
視線を遠くに見据えた総指揮官が尋ねる。聞かれた部下はそのまま双眼鏡で覗き込んだ。ほどなくして見つけた。その一団は白い神官服を纏い真っすぐに進んで来る姿を。思わず唾を飲み込み。
「ま、まさか・・・」
「どう見ても味方ではないようだな。」
「ここは樹海ですよ。どうやってこの場所が・・・」
「可能性はいくつも考えられるが、この際今は問題ではない。すぐに大隊を向かわせて・・・いや、間に合わないな。」
ヒオレド大佐はそう言って素早く身を翻す。
「銅鑼を鳴らせ!兵達を戻せ。どうやら嵌めるつもりが、こちらが嵌められたようだな。」
その切り替えの早さに戸惑いながらも、銅鑼を鳴らし、味方を呼び戻す。2000人の増援は遅れているようだが、確かにこちらに向かっているはずだ。こうなってくると、1度、樹海に向かわせた部隊と合流し新たに現れた敵勢力を挟撃するのが望ましい。
ヒオレド大佐の後を追う形で中隊規模の部隊が一斉に駆けだした。
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一方、樹海の手前で待機していたセイヨドの元に、ギルド職員の顔なじみのトーマスがやってきていた。樹海内でクロスボウにて次々に敵兵を討ち取っていたのは、彼と共にここまで
援軍として来ていたギルド職員達だ。
「よし!攻勢に移ろう。全軍、引いていく敵の背中を撃つ準備は滞りなく。」
気負いのない声でそう告げるセイヨド。道案内はトーマスが請け負ってくれる。
「これってさ~もしかして、もしかすると、臨時的なボーナスが出るんじゃないかな?」
トーマスが気さくにセイヨドに声をかける。同じ職員同士というのもあるが中が良い2人だ。
「それがさ・・・ハバルクが給料を上げてくれって言ったみたいなんだけど、すげなく無視されたらしいぞ。」
河川攻防戦で彼とは何度も会話を重ねている。その中での愚痴めいた事を思い出して、トーマスにも期待しない方が良いぞ。みたいな感じに釘をさしておく。
「む~。ケチだよね。マルセイザ共和国ってさ。もっと働きに見合った報酬を支払うべきだと僕はおもんだ。セイヨドもそう思わないかい?」
「確かにね。バロウ副将に掛け合ってみればいいと思うぞ。ボーナスもらう代わりに転勤になったりしてな。ははっ。」
「げっ・・・。今の生活を捨ててまではボーナスはいらないかな。さぁ!気を取り直していこうか!」
そう言って立ち上がり、先導に向かう。気を取り直してって・・・セイヨドが肩をすくめて後を追う。もうそろそろ終盤に差し掛かろうとしている場面だ。帰り道がてらお土産をそろそろ何を買っていこうかと、真剣に悩まなければいけないなっと気を引き締めた。
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父は、皇帝として国を守って来た。組織を維持し民を守り、領土の繁栄を目指していた。しかしそれは同時に、1人の父親としての致命的な家族愛といった感情が欠落することになる。
家族だけではない。父はその人生の中であらゆるものを背負うことを強いられてきた。国の為、民の為、繁栄の為、聞こえは良いがその物以外の全てを些事として踏みにじり葬って来た。それは父、本人自身も含まれている。
求める理想、求められても報えない愛情。それらの懊悩の上に、父の生涯は築かれてきた。
レオリオン第一皇子が訪れたのは、場違いに立っている立派な倉庫だった。
鍵で扉を開け倉庫の奥に足を運んでいく。皇子がこの倉庫に訪れるのは久方ぶりのことだった。倉庫の中を見渡し、探し求めていたものがそこにあった。
イヤリング、指輪、ネックレス、その他多くの母の遺品が棚や机に整然と並んでいた。母が好んで身に着けていた物から、愛用していたティーカップだ。この倉庫には常時生活魔法がかけられているおかげで保存状態は良好である。
これらが残されているのは、レオリオン第一皇子の強い希望だ。父である皇帝は全て破棄しろと命令が下されたが、それを押し切っての初めて皇帝に逆らった瞬間でもあった。
遺品を眺めつつ、一枚の絵に視線が止まる。
線の1つ塗りの1つに一切の手抜きがない有名な絵師が描いた。生まれたばかりの自分を抱いた母が、整った口元を綻ばせて笑っている絵がそこに立てかけられていた。
母との思い出が脳裏に過る。しかし、なんの感慨を抱くことはなかった。その事実が、「自分もまた父と同じ人間になりつつある。」といった実感と拒絶が彼の中でせめぎ合う。
「私は何を求める・・・・」
父は国のために命を削り、母は父の為に命を捧げた。
陛下が戦う場所こそが、私の安らぐ場所なのです。
お前もいつか、自分自身を見捨てなさい。
母の死に間際の言葉だ。
「この国の在り方とは、個を奪い、国家の一部に変えてしまう呪いではないのか?母でさえ死ぬ瞬間まで1人の女性に戻ることを許されなかった。」
レオリオン第一皇子そう呟いた後、
「帝王学とは競争によって、不平等を排除し、実力だけで評価される。しかし、それではいつまでたっても新たな強者を生み、支配者と被支配者という構造自体は変わることが出来ないのではないのか。」
生まれて間もなくから植え付けられた帝王学。これを否定することは自分自身の存在価値の拒絶反応が、自分の手が勝手に震えている。それを押さつけて、
「・・・帝王学を否定する平等とは、競争なき平等。それは弱肉強食を全否定することになるが、同時に、向上心、活力、意欲が失われ停滞を引き起こす。」
競争と平等への問いを彼は悩み続けて1つの答えを見つけることができた。
「私は求める。誰にでも挑戦する権利を与え、意欲を刺激させ、技術革新、個人の成長を促進させ、競争と平等のバランスを保った国を創ってみせる。」
だからもう自分自身を偽るのを辞めて、前に歩こう。支配の維持ではなく、支配構造の破壊へ。
ここを訪れたのは、これから行う事への謝罪と、決意を心に宿したからだ。
「母上。ありがとう育ててくれて。そしてさよなら。」
そう告げると、火を灯し、倉庫に火を放った。次第に火の勢いが増し、母の形見が炎にまみれる。
その光景を見届けた後、レオリオン第一皇子は倉庫を出ていく。最後にもう一度振り返り、燃え広がる倉庫を見て柔らかく微笑んだ。
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追う側と追われる側。心理的優位なのは追う側の方だとされる。サマールルもマルセイザ共和国もその例にもれなかった。
歩きにくく、方向感が乏しい樹海で追う側という立場でありながらも道のりと、登ったり下ったりして、その疲労が足腰に重くのしかかる。
「・・・」
そんな使兵を見て取りながら、
「よし。ここで一旦休憩にしよう。全体止まれ。」
「セイヨド様、それでは・・・」
多くの使兵がセイヨドの言葉を聞いてほっと安堵の息を漏らす中、真面目な彼らは本当にいいのか?と視線で訴えてくる。
「慌てることはない。この方向なら敵軍は溶岩台地を目指しているはずだ。目的地が分かっている以上、慌ててもしょうがいないだろ?」
「でも、相手に時間を与えて体勢を整えさせるのは・・・」
「そうだな。だが、追い付いたところでこちらが疲弊していてはどうしようもないだろ。」
疲労困憊の状態で敵と遭遇戦になれば、指示に対する反応速度、集中力の乱れ、なによりも体力がもたない。
セイヨドは率先して休み、周囲もそれにならって座れるところを探して一息つく。
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一方、サマールル軍は溶岩流によってできた天然の要塞に本陣を構えていた。樹海の深い森の中に、突如として高さ10メートルほどの黒い岩の壁があり、その上が平らになっている。下から登って来る敵軍を、上から銃で狙い撃ちが出来、バリケードで入り口を封鎖して、遮蔽物となる岩がごろごろしているので、拠点としては申し分ない。
この場所は演習のさいに見つけていたので、訓練に参加した経験がある者ははぐれたとしてもここを目指せばいい。近くに風穴もあり地下水で喉を潤すことも出来る。
なので、合流を果たすべくサマールルの兵士達はこちらに向かっているわけだが、マルセイザ共和国もこれを追って来ている。ヒオレド大佐からも無理に合流できなくとも、後続で援軍が来る見通しとなっているため、そちらに行くようにも指示が下されている。
続々と仲間が集結するサマールル本営。そこから立ち昇る狼煙。敵軍にも知られてしまうが、これは後続の部隊に発見してもらうためでもある。この樹海の中で正確な通信が出来ない以上こういった手段を使った訓練も施している。狼煙に色を使い分けることによって意味が別れる。
今上がっている色は赤。これは敵軍が近くにいるので、用心しろという意味である。つまり遭遇したならば戦闘は回避できないわけで、開戦となればそちらからも狼煙を上げろというのも含まれている。
それを見て取って、挟撃する。出来ない状態であれば、また色違いの狼煙を上げることになっている。なんにしても訓練というものは色々な条件下を想定して行う事が大事だということだ。
狼煙を上げて1時間ほど経過したところで、
「見えました!友軍からの狼煙です。」
東の方角から見張っていた兵士が声を張り上げる。すぐさまヒオレド大佐のもとに報告される。そしてもう1つ帝都方面からも狼煙が上がる。これは予備隊のものだ。事態が悪化した場合の保険で残しておいた部隊もこちらに向かって来ているようだ。
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そして二日後、合流と休憩を挟んでの行軍の為、それだけ遅れてセイヨド率いるマルセイザ共和国軍が敵軍の本営前にして戸惑っていた。
「・・・なるほど・・・ここで陣取り、増援を待つわけね・・・」
そう呟いた彼が目にするのは大岩で封鎖された云わばバリケードの役目を担っている。その奥にごつごつとした岩壁の上に敵兵が監視している姿が散見される。
「長い年月で出来上がった天然要塞と、その侵入を拒むように大岩で壁を作って、時間を稼ぎ挟撃すると・・・」
セイヨドとハバルクが互いに見解を述べ合う。
「さてと、どうする?う回路を探すか?それとも逃げようか。増援部隊も明後日には来るだろうし。」
そう言ってセイヨドはハバルクを見れば上空を眺めている。
「なぁ?上に飛んでいるのドラゴンじゃあないのか?」
ハバルクの視線を辿ってみれば、確かにドラゴンっぽい生き物が2体飛んでいるのが見て取れた。
「・・・サマールルの黒竜隊はいないはずだよね?」
「そのはずなんだ・・・けど、あれって黒竜だな?」
そう言って表情が強張る2人だ。今回の戦争でサマールルが空軍を率いていたら、ハッキリ言って勝ち目はなかった。キラエルとの戦闘で空軍が参加できない事は事前に知っていたので余裕をかましていたが、そうではないとなるとヤバイどころの話ではなくなる。
しばらくその動向を眺めていると、あさっての方角に向かっていくではないか、2人は心底ほっと胸を撫でおろした。
「よくキラエルはあんなのと戦って勝てたよね・・・」
「あぁ・・・。本当に。確かに。」
「気球と反対方向に向かってもらって助かった・・・」
2人はしみじみと感慨にふけてから、とにかく今目の前に立ち憚る事に集中することにした。
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「え~と・・・私たちが行うのは至ってシンプルな作戦だ。」
使兵の前でセイヨドがこれから行う事を説明しだした。
「まず現状を把握してみようか。前方に大岩が壁となってどかさないことには進めない。次にその大岩をなんとかしたとしても、これもまだ進めない。監視してくれているサマールルの兵士から射撃が待ち受けているからね。」
淡々と彼は話を続ける。
「では、やっとこさ進めたとする。そこで待ち構えている兵士達は後がないので必死に応戦してくること予想出来る。もちろん私たちも応射しますが、魔弾を防ぐ手立てはありません。背中に背負っている盾を使ってもらっていいが、一斉射撃の前ではあまり効果は薄い。」
うんうんと真面目に聞く使兵達。
「で、攻略に時間をかけていると、後ろからかな?敵軍の援軍がやってくる。そこで挟撃にあって多大な被害を受ける。従って、時間制限付きの作戦を敢行する。なので、敵軍の総指揮官に降伏させればいい。別に敵兵を殲滅までして死闘を演じるわけでないことは、頭の隅に置いておけ。この戦いが今回のサマールルとマルセイザ共和国との戦争の最終戦となるはず。きっと・・・」
きっとの部分で誰かが、え?と突っ込みを入れてくれる。
「という事を踏まえて皆さんにやってもらうことはここで、威嚇射撃を交代で行いながら、大岩をどかす作業をし、休憩をとる。攻め込むのはもう少し後になるので、体力を温存しておいてほしい。」
と、にっこりと笑って作戦の概要を話し出した。
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「えいさ」
「ほいさ」
と掛け声と共に長い棒で大岩の壁を崩そうと奮闘する使兵達の掛け声が響く。
それを黙って見ているサマールル兵士達はいない。射撃を放ち妨害を試みるが、盾を密集させてそれを防ぐ。時折、大岩に押しつぶされそうなったり、魔弾が当たって被弾したりとトラブルが発生するが、ポーションを使いなら懸命に作業を進める使兵達だ。
進捗状況を見ながらセイヨドとハバルクは
「準備は整っているんだろう?」
「あぁ。トーマス達が山火事にならない。敵兵を混乱させる程度で微調整してね。」
「なら、あとは風次第だな。」
そう言って、密かにその場から抜け出す。
敵軍本営があるだろうと思われる裏側に2人はやってきて、石炭粉、木タール、硫黄を並べられた様子を敵軍に見つからないように見守る。いずれの素材も簡単に手に入る物だ。
この素材を天然要塞周辺にばら撒いている。後は火をそこに放つだけでいい。問題は風向きだ。向き次第では使兵達を非難させなければいけないが、大岩の撤去はしてもらいたい作業だ。自軍の為ではない。敵軍の為だ。
この戦争の勝敗はここで決するものではない。とは、言われている。出来るだけ敵軍を引き付けることと、もしくは追い詰めることだ。現状は追い詰めているようで、敵軍の援軍を引き付けている状態だ。作戦的には上手く運んでいる。だが、これはあくまで上層部からであって、現場では普通に生き死にの戦いが行われている。願わくば、お互い損害が少ない事を願うばかりだ。
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そうして風向きが変わり始める。セイヨドはそれにともなって使兵達を一旦非難させる。大岩も大体は解体出来ている。この分ならあと一押しで崩れて行き来できるようになりそうな塩梅だ。
天然要塞の敵軍は、こちらが攻め込んで来たときのために、既に遮蔽物に隠れて応射の準備が整っている様子がみられる。
「よし。おっぱじめるぞ!!」
使兵が整列する前でセイヨドがそう告げる。続けて空を見上げて、鏡を使って合図を送る。
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マルセイザ共和国軍が攻め込んで来ることを予想して、サマールルの兵士達は既に臨戦態勢が整っている。今日持ちこたえれば明日には味方の増援が期待できる。なんとしても持ちこたえるぞ!と気合が入っていた。
最新の魔装銃を用いた制圧射撃で押さえつけ、圧倒的な戦力の格差をみせつけ、可能なら援軍を待たずしてマルセイザ共和国軍を殲滅して、仲間たちと無事帝都に帰る。そう彼らの目には栄えある未来が見えて居た。
だが、一向に彼らが攻め込んでくる様子が見当たらない。自分たちをあざ笑いかのように樹海の奥に隠れ潜んで居る。
ぐっと堪えて、これは向こうの挑発だと受け取って我慢を選択。時間が稼げれば優位は必然であるのだから、無駄に動くことはない。そう彼らがじっとしているところに空から何か赤い物が降って来る。
すると。
「な・なんだーーー!!??」
弾かれたように声がした方向に振り向けば、下から不気味な青い炎と、真っ黒なドロドロとした黒い炎の濁流が沸き上がってくる。その異常現象にわけもわからず立ち尽くすサマールルの兵士達。
「み・見えない・・・げほ・・・げほ・・・」
「黒い煙で視界が・・・」
真っ黒な煙がそのまま兵士達を覆い尽くす。この異常事態を知らせようとするが、すでに周囲は見えないし、次々と兵士達が咳き込み始める。
「う・・・う・・・」
時折「パン!」という爆ぜる音が響き渡り、そして硫黄の匂いが鼻をつき布で口を覆うが効果はなく、意識が朦朧としだし、呼吸も困難になって地面になす手立てもなく倒れこむ兵士達。
「・・・」
霞む視界の中でテントや物資に火の粉が舞い、火事が起きているようだ。動かない身体、燃える陣地、視界は悪いが少しでも逃れるべく這いつくばって出口に向かって彷徨う彼ら。
それから数時間が経過したころあいに、ホバリングしていた気球が上昇しだすと、立ち込めていた黒い煙が徐々に晴れていき視界が元の光景を取り戻していく。倒れ伏す敵兵の元に大勢の足音が近づいていく。
これは粉塵爆発と似たような現象の1つだ。
気球からの投下によって、素材に火を点ければ、風に乗って煙と熱が効率よく上昇して敵陣に吸い込まれていく。
時折、パンという爆ぜる音は、水分を含んだ竹を仕込んだ結果で威嚇効果だ。
硫黄が燃えると青い炎が上がる。黒煙の中で青い炎が蠢く様は恐怖心を多いに抱かせることが出来、硫黄の刺激臭がさらにパニックを誘発させたわけだ。
ただ懸念材料があり、この素材が多すぎれば、兵士達は死に絶え、味方にも被害が及び、樹海という環境も相まって山火事の恐れがあり量の調整具合が難しかったようだが、上手くいったようだ。少なめにして足りないようなら足す用意はしてあったが、それは不要になりそうだった。
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「作戦が上手くいったな。」
この光景を眺めて唖然とする使兵達。セイヨドはさも当然とばかりに胸を張って見せる。
「進軍する。攻撃はしなくてもいいけど、もしもの用心に盾は構えていてほしい。まぁ大丈夫だと思うけどね。」
その言葉で、自分たちがいるこの状況を思い出して正気に戻る。
「君たちは、通りすがりに敵を拘束してポーションを飲ませてあげて、さっきのは毒も含まれているから苦しいはずだ。それを皆で協力して救助だ。」
「敵を助けるのですか?」
「前にも言ったぞ。殲滅が目的ではなく降伏が目的だって、だから交渉は自分がするからまかせておいてほしい。」
セイヨドはそう言い。使兵達は何とも言えない表情を見せる。
「これでドンパチは終わり。あとは上層部の仕事だ。俺たちはさっさと片付けてマルセイザ共和国軍に帰るぞ。」
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セイヨドは倒れ伏している敵兵の中を悠然と歩いていく。
「・・・・」
まもなくして大きな天幕に到着して、そのまま中に入った。奥には指揮官らしき人物が椅子に座ったままの状態で瞼を閉じている。他の護衛達は揃って地面にうつ伏せになった状態で倒れている。
「来たか」
「あれ?効きませんでしたか?」
「こういう事態に備えて常備はしているよ。」
そう言って狐獣人の指揮官はポーションを見せる。
「なるほど。」
ポーションにも色々と種類があるのでその中の1つで状態異常を回復させるものがある。サマールルにもポーションはあるのだが、キラエル産に比べると効果は薄い。同じダンジョンで採れる魔草を使用しているのだが、キラエルは下層部で採集しているらしく効果に比例して金額も高価なものから、安く初心者冒険者用の安めのポーションが揃っている。
対するサマールルは上層部でしか採集をしていなため、品質は初心者用に毛がはえた程度の代物だ。指揮官が見せてきたのはキラエル産の有名ブランド印のポーションだった。これを見て納得する。毒効果が完全無効化されていることを。そしてこの状況で落ち着いているところを見ると、彼も協力者なのだろうと理解に及ぶ。
「まぁ掛けてくれ。」
そう言われて対面の椅子に座り、テーブルを挟んで指揮官と対面する。
「生憎とお茶や菓子は用意してないので勘弁願いたい。」
「いえいえ。お気になさらず。」
そう前置きして、お互い名乗り合う。
「では、こちらが降伏勧告する。で、いいのかな?」
「はい。話が早くて助かります。」
「兵達は全員死んだのか?」
「大丈夫です。毒の量は少ないので、今、使兵達がポーションを飲ませて回復させているところです。」
「そうか・・・」
ヒオレド大佐は安堵の表情を浮かべる。降伏したとして、1人だけ生き残るのは外聞が悪すぎるのだ。しかし、ここは上手くセイヨドと話を合わせれば、敗戦した負い目はあるものの、今後の活動にはそれほど影響はなさそうでなによりだった。
「聞きたいことがいくつかあるが、聞いていいかな?」
「答えられる範囲なら。」
そうセイヨドは快諾する。
「シャドーファントムが行動していたはずなんだが、彼らはどうした?」
「もちろん排除しましたよ。誰がとは言えませんが。」
ふむ。とヒオレド大佐は顎に手を当てる。トルークが今回マルセイダ共和国に回っていることは知っていたが、それでもなかなかの手練れは残していっている。それを排除されているから、後手、後手に回っていたと知る。
「次に気球はいつから、そちらに入れ替わった?」
これも途中からだが、違和感を抱いていた。
「そちらの海軍を壊滅させたときに使った爆発によって、気流に乗りそちらの気球に近づいて乗り込み奪取した。みたいです。詳しくは聞いてないのですが、空の上でのことだったのでスリリングな体験が出来たと聞いています。」
爆発によって発生した猛烈な上昇気流で一気に高高度へ跳ね上がり、その後、爆風が横の広がる力を利用して、敵の気球に接近した。突然の爆風に乗組員達は必死にロープに捕まっているところに乗り込んで奪取した次第だ。こういえば簡単そうだが、空の上で飛び移る光景を想像してみてほしい。いくら空に慣れているとはいえ、まず怖くってできやしない。だからこそヒオレド大佐が疑問を抱いたのだ。
着陸したところで略奪したとなれば、誰かしら目撃されているはずだ。それがずっと飛び続けているのだ。しかも通信で本当の情報と偽の情報を織り交ぜてくるから厄介だった。マルセイダ共和国の増援はどこから来たのだろうか?陸からではない事は陸にいる斥候からも報告があがっていない。となれば、海か。
さすがに海を監視するのは陸からでは頼りない。そこは空からの監視に頼りになるわけで、ここで合点がつく。
「そうか・・・マルセイダ共和国は人材が豊富なのだな。」
「いえいえ。これでギリギリでしたよ。本当に。」
「最後に君は何を求める?」
「・・・特に何も。しいて言えば、変わらず平和な日常ですかね。」
セイヨドの回答にヒオレド大佐は笑い。これを最後に終戦となり、後のことは上層部に任せる運びになった。
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