エピソード11 サマールル
11 全面対決
一方海の上では。
「・・・随分派手に逃げ回ってくれるな・・・だが、もういい。」
旗艦の司令部でマーク・テネラ海軍大将がため息とともに呟く。マルセイザ共和国海軍との鬼ごっこはもうお終いだ。
「作戦の日時だ。もう上陸できる箇所は把握した。そこに停泊して上陸に移行する。我らが援軍として敵陸軍を後方から奇襲してやる。」
「いやはや、逃げ足だけは超一流ですね。向うの海軍は。」
皮肉とともに吐き出される副官の言葉だ。
「1隻も撃沈できなかった事には、非常に不本意だが、致し方あるまい。こちらが上陸を開始したのならば、あっちは慌てて向かってくるだろう。その時だ。一斉に砲撃を喰らわせてやれ!」
口元ににやりと凶暴な笑みが浮かぶ。無駄な時間を費やらされた恨みを一網打尽にして飾ってやろうと言わんばかりだ。
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同じ頃。敵軍に追われながらも岸側に双眼鏡を向けて、何かを探し出した。サーハドメラシャド大将がいる。
「うわぁ・・・」
「いい加減諦めろよ!」
敵艦隊からのしつような砲撃にうんざりした気持ちと、当たったら沈没する恐れが水夫たちの神経が磨り減る。まだ逃げるだけなのか?・・・もういっそうのこと敵艦目掛けて特攻敢行してきたくなってくる。
「・・・・」
無論、サーハドメラシャド大将だって同じ気持ちだ。だが、これはれっきとした作戦であってその作戦を考えるように言ったのは大将本人なのだから、いたたまれない。
極限の逃避行の中で、敵艦隊が岸に接岸する動きを見せた。
「・・・よし。これでいいのだな?バロウ。」
サーハドメラシャド大将は進路変更の指示を下した。岸から離れる格好で敵艦隊を海側から眺める形だ。他の艦隊もそれにならって続く。はたから見ればマルセイザ共和国を見捨てた行為だ。
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「敵艦隊進路を変えてきました。」
敵艦隊の動きを監視していたサマールルの水兵が声を上げる。それを聞いて、ふん。と鼻を鳴らす海軍大将。
「何だ奴らは?こちらは上陸するというのに見物か?はっ。腰抜けが!神の使いが聞いてあきれるわ。」
指示通りに上陸するために停泊の調整にかかる。砲身は敵艦隊に向けたままだ。近づいて来たら一斉砲撃させる。我々が上陸を果たし援軍に悠悠と向かう様を海の上で眺めておけばいい。そして仲間たちの阿鼻叫喚、怨嗟の声を思い描くがいいさ。
そんな妄想じみた海軍大将の思考が止まる。何か違和感を感じたからだ。
「なんだ?」
誰も彼もが海の様子を凝視する。海軍大将もその中の1人だ。初めて見るこの光景。一体全体どういうことなんだ?
「「「・・・」」」
「おい!見ろ!海の色が・・・」
水夫が指さす先、透き通っていたはずの浅瀬は、そこから沸き上がる濁った緑色に変色し、さらに海面は沸騰したような細かい泡が浮かび上がっている。
「ここやばくないですか・・・」
1人の水夫が放った言葉はこの場にいる全員の総意だった。しかし、気が付いてしまう。自分たちが乗る旗艦だけではなく、続くすべての艦隊がこの異様な海の水に囲まれていることを。
「なんか変な音が聞こえてきませんか?」
「「「・・・・」」」
全員が口を閉じて耳をすます。
しばらくそうしていると確かに聞こえてくる。「シュウ、シュウ」という不気味な音が壁に備え付けられた伝声菅からだと判明すると、
「この臭いはなんだ?」
今度は鼻をつく金属が焼けるような匂いがあたりを漂いだし、その場にいる者達が騒然として次第に表情が青ざめていく。この状況を見て取りながら、海軍大将は混乱する部下達へ叫んだ。
「お、落ち着け!予想外の事態だがたしたことではない。よく考えてみろ。このバカでかい軍艦だぞ。海の上が異常現象を起こしているようだが・・・」
全てを言い終える前に、
「浸水だ!水が水が・・・誰か早く来てくれ!!」
下の階層から水夫が悲鳴にも似た叫び声が轟き響き渡る。
「ば、バカな・・・」
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敵艦隊が浅瀬に近づいてきたと同時に、神官服と大きな袋を持った一団がそこに現れた。
彼らは一斉に、背負っていた特性の袋を開放した。すると手のひらサイズの淡い黄色のスライムがもぞもぞと出てくる。そのスライムに1人の神官服を着た男が何やら指示をすると、そのスライムたちは一斉に海の中に飛び込んでいく。
しばらく経った頃。今度は袋から赤錆色のスライムが現れた。そのスライムにも指示を出すと、先ほどの淡い黄色のスライムを追いかけるようにして、海に飛び込んでいく。
狙いはもちろんサマールルの海軍艦隊だ。スライムたちに下した命令は艦隊の真下で色違いのスライムと接触するだけだ。ただされだけの指示しか言っていない。
魔導船に乗るにあたって、この広い海にはたくさんの魔獣や魔物が生息している。それらに襲われないために魔法陣を施してあるので襲ってくる心配はない。が、その真下で手のひらサイズのスライム達が静かにしている分にはとくに反応を示すことはない。さらにもう1匹色違いのスライムがやってきて、仲良く接触したところで、これもまた魔法陣は反応することはない。一応事前に確認済みである。
さて、このスライム達は特殊な個体であり、人為的なものだ。きっかけはスライムしかテイム出来ない冒険者が日銭すら稼げない現状にゴーンド商会が雇ったことから始まる。
彼は雑用を毎日欠かさずきっちりと行ってくれる真面目な青年だった。スライム達と鍛冶場で掃除をこなしているある日のことだった。スライムが進化した。鍛冶場で破棄される鉄くずなんかをスライムが吸収することによって片付けていたのだが、これが毎日となると相当量をスライム達は摂取したことになる。それで進化したのが鉄くずスライムだった。
それからだ。冒険者ギルド、ゴーンド商会、国家機関の研究者たちがその話を聞きつけ殺到する。そうして研究が行われることになる。
それはまだ今でも進行中なのだが、進化したスライムは知能が多少備わる。そこで下した指示が、取り込んだ物を1つだけにしぼれないか?ということだ。鉄くずなら鉄だけ、鋼なら鋼だけと。当初は出来なかったが、可哀そうだが、進化して解体して、その魔石を取り込ませまた進化させを繰り返していくうちに、摂取した物を分けることが出来るようになった。
その成功をもとにしてさらに研究が進み。鍛冶場で排出される煙にも着手されるようになる。これもスライムの中で分解が出来るようで、一種類ずつ分けてそれぞれのスライムに蓄積させていく。そして事故が起きた・・・
その事故が原因を追究するために異世界からの住人に知恵を貸してもらった際に化学反応を教えてもらう事になる。しかし、それは組み合わせによっては大変危険な物質に変化してしまうため今日までは厳禁とされていたが、教皇猊下からの許可が下りた為、今回サマールル戦で使うことが決まった。それが淡い黄色と赤錆色の2種類のスライムだ。まだほかにも色んな種類のスライムが居るが、今回は気球の燃料にもなるので誤魔化すことが出来るということで採用が決まった。
淡い黄色のスライムが硫酸、赤錆色のスライムが鉄。この2種類のスライム達が接触することによって、生成される硫酸第一鉄。それが海の色を変色させた原因である。
そして猛烈な勢いで水素ガスを放出し、逃げ場を失った気泡が泡となって船底を叩き、次第に揺さぶり出し、同時に硫酸の残渣がスライムの意思によって敵艦のキールへと誘導され科学的な腐食によってボロボロと船体がはがされ、浸水が始まる。
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揺れる軍艦に混乱した水夫たちがデッキに上がって来る様が見て取れる。岸側から合図の光信号を受け取った気球乗り達が、火を点ける。これだけ大きな艦隊だ。風の影響を受けて狙った箇所に堕ちないかもしれないが、落とす火は別に1つだけではない。結構な数を用意しているのでいくつかどこかの艦隊に火が堕ちればそれで、連結して他の艦隊も飛び火が移る。
「特殊スライム部隊安全圏まで避難完了の信号を確認。サーハドメラシャド大将に通達。これより神からの天罰を下します。」
弾道学、着弾予想をこなしてきた彼らにとって、的の大きい集った艦隊の周辺に火を堕とすことなど簡単なものだ。特に気負った風ではなく、ぽいっと投げる。
一隻が火柱を上げた瞬間、隣り合う軍艦にも漏れ出た水素に引火し、20隻もあるサマールル海軍艦隊がものの数秒の差で次々と火柱を上げていく。いくら強硬に鉄壁の防御力をほこる軍艦であっても、周囲が一瞬で数千度に達する熱膨張や、ガス爆発の衝撃波までは防ぐことは出来ず、叫び声すら届くことはなかった。
遠くで上がる火柱を眺めながら、神官服を纏った一団の1人が
「これは魔法じゃない。ただの現象の1つだ。」
とぼそっと呟いた。
1時間ほど経ち、もう頃合いだろうと、神官服を着た一団がまた岸辺に姿を現した。まだ敵艦隊からは猛烈な火災が巻き起こっている。もう生存者がいるとは思えない。生き残りを探しに彼らはやってきたのか?いや、違う。
このまま変色したままの海を戦争だから、といった理由で放置しておくわけにはいかなかった。海の生物はいなくなり、ここら一帯は立ち入り禁止エリアになることは間違いない。
緑色に濁った狭間に浮かぶ、酸でボロボロになった木片と鉄くず。これらを回収するためにまた袋からスライムがでてくる。今度のスライムは1袋で1匹でかなり大きなサイズだ。
それが2匹。淡い黄色と赤錆色の2種類のでかいスライム。その2匹に神官服を着た男が指示すると、こくりと頷くようにして海に潜って行く。
それから2,3時間たったころ。スライム達が彼らの元に帰って来る。手のひらサイズのスライム達は多少個体数を減少させているが、でかいスライムを先頭にしてやってくる。まるで親鳥の後を追うひな鳥のようだ。まさにその通りで、でかいスライムは手のひらサイズの親にあたる存在なのだ。産んだわけではない。分裂したと言った方がわかりやすいだろ。これもまだ研究段階で解明されていないが、スライムという魔物の特性のようだった。
そのスライム達は淡い黄色は、綺麗に硫酸を取り込み、赤錆色は金属を取り込み、同じ個体同士連携して、海を綺麗な状態に戻す。まだ燃え盛る軍艦はそのまま放置だ。後日ゴーンド商会が回収に来てくれる段取りになっている。これだけ大きな艦隊の残骸を放置しておけば景観にも環境にもよくはなく、残骸から得られる情報はいっぱいあるのでゴーンド商会のとっても損が出ない。お互いウィンウィンに片付けることができるわけだ。
スライム達の回収を済ませるとその一団はさっさとその場から撤収した。
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「全軍に通達。サマールル海軍艦隊全軍を一網打尽にしました。凝り返します。海軍が勝ち海からの脅威はありません!さぁ、皆さん。あとひと踏ん張りですよ!!」
サーハドメラシャド大将からの良報を受け取ったバロウはすぐさま、通信機で全軍に通達する。これでますます勢いが付いた。
今回のサマールルとの戦争に至って、極秘で協力者が関わっている。もし、マルセイザ共和国だけであったとしたら、きっと違った結果を招いていただろう。彼ら、彼女らには返しきれない恩をもらってしまった。彼女曰く「売るなら恩を売っておいて損はないよ。」とそう会話の中で零していたと聞いている。が、本当に助かった・・・いつか返せるものならこの立場を捨てでも返そうと心に誓う。
さて、あいつらはちゃんと仕事してくれているのかな?と次の展開に向けて地図と駒を並べ替えて思考に耽るバロウだった。
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少し時間を遡ること3日前のことだ。
「おはようございます。」
「昨夜は冷えましたね~石炭を買い足さないといけなくなりました。」
「よかったら床下の掃除しますよ。お金はもちろんいりません。若い男連中がいないのだから頼ってください。」
「はい。喜んでお手伝いします。」
サマールル各地にある冒険者ギルド職員の1人である、トーマスは社交的で愛想の良い好青年だった。この地では冒険者稼業を志す者は皆無だ。だから、ギルド内はいつも閑古鳥が青ざめるほどにほとんど誰も出入りする者がいない。
だからといわけではないが、彼の近所付き合いは良く、ご高齢者の方たちから床下掃除や、重たい荷物運び、ごみ拾いなどニコニコした顔で今も、井戸から水をくみ上げて腰を痛めてしまった老夫婦のもとに届けている最中だ。
一通り済ませると、やっとギルドに向かう。やる事といったらバロウ副将からのお題を片付けてしまえばとくにやることはない。いつもなら本を読んだり、街中をぶらぶらしたり、顔見知りと世間話したり、昼寝したりと過ごしている。
今日もそんな一日だろうと決め込んでギルド内に入って換気するために窓を開ける。と、そこに一羽の鳥が木の枝に留まっていた。
いつもの光景だった。トーマスはポケットからパンくずを取り出して鳥に餌をやる。その姿を眺めていると、ふと鳥の足元に何かが巻いてあることに気づいた。それを邪魔しないようにそっと外して、中身を検める。
鳥はあらかた食べ終わると飛び去っていく。あの鳥は伝書鳩みたいなもので、毎日用が
なくても餌を求めに毎日やってくる。そしてたまにこうやってメモを持参してくるのだ。
そのメモの内容は大体ろくでもない事が多い。バロウからの指令なのだが、結構難易度が
高いのが多く、これを見るとげんなりする。今回もそうだった・・・
その日の夜だ。街を密かに出てピッーと口笛を吹けば、飼い慣らしたダッチがやってきて、
肉をあげて頭を撫でまわし、その背中に跨る。目的地は少し遠いが、このダッチの足なら日が昇る前には帰れるだろ。と、そのままダッチを駆けさせる。
トーマスはただ毎日暇を弄んでいるわけではない。兵士達の行動や、馬車に積載された重量から、地面に刻むリズムを聞き分けて、その中身を読み取る。そして彼らの後を夜陰に紛れてこっそりと追跡。通るルートはほぼ変わらない。警戒はしているようだが、殺伐としたものはなく、どこかのんびりしたものだ。どこからどうみても補給隊のそれである。
マルセイザ共和国との戦争が始まってもう何度も往復しているせいかどこか慣れたもので、野営のテントの設置も早いものだ。あっという間にできあがり、そうそうと寛ぎだす兵士達。もちろん警備の者を除いてだ。
トーマスがその野営地に着いた頃には深夜の時間帯だった。もう警備の兵以外は寝静まっている。ダッチから降りて、野営地に忍び込む。微細に粉砕した石炭粉を詰め込んだ袋をクロスボウの矢の先端にくくり付ける。
監視から死角になる位置に矢を野営地の上空を通過させるように放てば、仕込んでいた袋から黒い粉が舞い堕ちる。クロスボウの発射音は静かなものだ。石炭粉は闇に溶け込むような黒い粉だ。監視は気づかずに何か落ちて来たな?程度の認識しか与えなかった。
さらに加えて矢を放ち。様子を窺う。監視が寒さに耐えきれず焚火に火を点けるか、あるいは松明を灯すか、それともこちらから火矢を放つか?
今回は監視が寒さに耐えきれず身を震わせ、焚火に火をつけた。その瞬間だった。野営地に太陽が降りて来たかのような白光に包まれ、爆発とともに爆風が補給物資を木っ端微塵にして、鉄の匂いと焼けた肉の匂いがあたり一帯に満ちる。
「証拠も残さずうまくいったな。」
トーマスはその光景を見て満足そうに頷いた。これは魔法ではない。昔、炭鉱で起きた事故を再現したものだ。採掘時に発生した細かい石炭の粉が坑道内に充満し、そこに火種に触れることで爆発する。小麦粉などの粉塵爆発の一種だ。
さらに、爆発の後は、不完全燃焼によって大量の一酸化炭素が発生し、爆発からからくも助かった命は、目に見えない毒ガスを吸って息絶える。
トーマスは物陰でひっそりと潜み、矢を回収して生き残りが居ない事を確認すると、静かにダッチを呼んで闇に消えていく。
翌朝、ニコニコとトーマスはおばちゃん達に混じって井戸端会議だ。愚痴から、近所の噂話、誰彼がどうとか、とにかく話のネタを得ればそれにさらに盛り付けて会話の花を咲かせる。笑顔で聞きながら合槌をうつ。いつもの日常だ。
散歩して、世間話して、お手伝いして、ギルドに着けば、今日も鳥が枝に留まっている。餌をやり、その足にメモをくくり付ける。これで任務完了だ。
各地にいるギルド職員も多分、昨日か今晩には、同じことをするのだろうな。と感慨深くおもいながら、昨日は徹夜だったから今日の昼寝は長めにしよう。と、そう決めてソファーに寝転がった。
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「・・・・」
それぞれから続々と送られてくる通信を聞きながら、ヒオレド・シノ大佐は頭を抱えこむ。
「小型の爆弾、海軍の壊滅、補給路の寸断・・・」
ヒオレド大佐がそう呟くと、と、そこに新たな通信が入る。厳しい面持ちで通信を受ける。
「大佐!早急に補給を!!もう魔弾の予備がありません!!!」
切羽詰まった現場の指揮官の声。はぁ・・・とため息を零し返答する。
「増援を手配している。それまで持ちこたえろ!」
「いつですか?そう長く持ちこたえることが出来ません!」
「数時間前だ。早ければ1時間ほどで到着するはずだ。」
そう言って一方的に通信を切る。
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それから2時間経過しても、援軍が来る気配がなかったが、現場で戦闘する彼らは塹壕に立て籠もってマルセイザ共和国軍の猛攻に耐え忍んでいた。
「うっ・・・」
「あ・・・」
もはや戦略、戦術など関係ない。攻防を重ねるうちにまた1人、また1人と倒れていく。それでも辛うじて生き残って戦う者達は奮戦を見せていた。
「援軍は必ず来る。それまで耐えろ!」
そうして希望を持たせる言葉を発したのは何度目だろうか?もはや部下達の目には諦めの色が濃く、心身ともに疲労困憊でろくに命令を聞く耳を持っていない。
「・・・今の銃撃で10人がやられました。指揮官どの、もう限界では?」
「・・・そんなことは分かっている。しかし我々は軍人なのだ。上からの命令がない限り勝手な行動は許されない。」
副官の声に、力なく応える指揮官。
補給品が届かなくなって久しい、砲兵隊など撃つ魔弾がないから、そこからに落ちている石を砲身にこめて撃っている。魔装兵器のいいところはこういった窮地に対して砲身の中に入るなら打ち出すことが出来ることだ、動力源は魔力だ。魔石が切れれば己の魔力で補うことが出来るが、それは魔力がきれるまでだ。従って長く見積もってあと数時間。砲撃の援護もなくなればもはや白兵戦で応戦するしかない。つまりもう敗北が目前ということだ。
銃撃に対して剣や槍で応戦したところで、達人でもなければ勝負になるわけがない。差し迫った時間が恐怖心と焦りが増長させてくれる。
田舎から出てきて、やっと士官まで出世したのだ。彼なりの自制というものを培ってきたつもりだ。我を失わないために、落ち着け落ち着け。と、深呼吸してみる。
そんな中で、1人の兵士が目に入った。どこか落ち着いたようであって、しっかりと応戦している若者がいる。怯えたところがないその態度に気になって指揮官は声をかけた。
「・・・おい。お前怖くないのか?」
「え?」
「もうわかっているだろ?補給品は来ない。援軍も期待できない現状に。」
率直に聞いてみる。問われた若者は応射を繰り返しながら、答える。
「自分。もういつ死んでもいいっす。だってこの前彼女に振られたので、帰ったところで意味がないっすから。」
と、言いつつ応射を繰り返す。その態度にはどこか達観したようなものが感じられた。
「それに、どうせ死ぬなら、相手も道連れにしてやろうと思いまして。」
その口元には、ふと乾いた微笑が浮かぶ。
その返答に若干引くが、指揮官は彼との会話を続ける。
なんでも出身地は指揮官の隣村らしく、見知った光景が共通していて指揮官も応射しながら彼との会話が楽しくなってくる。
その様子を牽制射撃を行いながら隣で聞いていた副官。全滅間際に似つかわしくない談笑に、副官の口元が自然と微笑が浮かぶ。
「ふ・・・」
副官が2丁の散弾式の魔装銃を両手に持って立ち上がる。
「副官?どうした急に立ち上がって?早く頭下げろ死ぬぞ!」
副官の行動に怪訝に思った指揮官が声を上げる。微笑をふくんだまま副官は答えた。
「俺が敵を引き付ける。その間に指揮官とお前は後退しろ。いくらかはこちらに気を取られるはずだ。」
副官の突然の発言を聞いて、指揮官は叫ぶ。
「何言ってるんだ?カンタ。お前死ぬ気か?」
お思わず。名前で呼んでしまう指揮官だ。
「そいつを傍につけておけ、ランダン。死にたいわりにはまだ生きている。悪運がこいつには憑りついているみたいだぞ。」
「いや待て待て、だから何勝手な事言いやがる。」
指揮官と副官は同郷の出身で小さなころからの付き合いだ。士官となって名前で呼ぶことはプライベートの時だけで、任務中はお互いの立場を尊重しあっていた。
一緒に遊んで、一緒に悪戯して怒られて、一緒に軍人に志願し、一緒の配属先になり腐れ縁というものか?とにかく一緒だった。
多くの失敗と挫折を繰り返してきて、転んでも立ち上がってまた挑戦するその姿に、カンタは知らぬ間にランダンの背中を追いかけていた。だからだろうか、自分が死ぬのならランダンより先がいい。ランタンが先に死ぬことだけはどうしても受け入れがたいものがある。
「じゃあな。ランダン。さきに逝って待っててやるから、安心してゆっくり来いよ。」
なおも呼び止める声を押し退けて副官カンタは塹壕から飛び出して、散弾銃をぶち放つ。
「バカ野郎が・・・」
引き留めようとした手を戻し指揮官ランダンは
「総員に告げる。補給と援軍がまだ到着しない以上ここでの迎撃戦は分が悪いと判断する。一旦後退だ。副官が敵兵を引き付けているうちに速やかに行動に移せ!!」
号令が響き渡ると同時に副官を掩護射撃しながらの後退が始まった。
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「おおおおお!!!」
「弾がないなら弓矢だ!」
「砲弾着弾。死傷者多数。」
「戦線を維持させろ!」
シバ・オルマン大佐率いるチャリオット部隊もこの戦いに参加していた。縦横無尽に駆け巡るチャリオット部隊が要になり奮戦を見せていたが、それも終わりが近づいていた。
「大佐・・・部隊の5割が損失しました。」
「・・・」
その言葉にシバ大佐は奥歯を噛みしめる。と、その時に通信が入る。
「シバだ。」
「ヒオレドだ。申し訳ありませんが、すぐに撤退を開始してください。補給も援軍も出せない状況に追い込まれました。」
焦燥感をともなう撤退命令。そうした指示がもういつきてもおかしくはないと思っていた所だ。
「わかった。殿は我らが行う。各部隊の撤退を優先させろ!」
落ち着いた口調でシバ大佐は応答する。即座に返答が帰って来るものだと思っていたが、しばらく間があった。
「そうしてもらいたいのは山々ですが、しかし・・・」
「殿は任せろと言った。上手くやればこの場に生存している兵達は生き残れるはずだ。」
揺るぎない言葉。だが、
「シバ大佐。殿は他に任せます。あなたは早々にこちらに来てほしいのです。」
「なぜだ?」
「あなたが、サマールル最強の陸軍大佐だからですよ。ハッキリ言いましょう。あなたが死んでもらっては困るんです。」
ヒオレド大佐の声には、どこか焦りをも含んでいた。
「了解だ。ここで敵兵を一掃してから撤退するとしよう。」
シバ大佐はふっと笑う。
「待って、待ってください!」
らしくないヒオレド大佐の悲願の色を帯びた声。
「まだ。作戦はあります。こういった展開も含めて想定内ですよ。でもそれはあなたがいなくっては成り立たないのです。速やかに撤収をお願いします。」
「お前のことだ。こんな状況に追い込まれても最善の戦略を練っていることもわかっている。だから速やかに敵兵を駆逐してそっちに向かうとしよう。」
そう言いきって一方的に通信を切った。これ以上時間を無駄にしたくはないからだ。
「大佐・・・」
会話を聞いていた部下が静かに歩み寄る。
「各部隊を掩護しつつ撤退だ。殿は我らが受け持つ。」
「了解しました。速やかにここら一帯の制圧を完了させてみせます。」
決意の宿るその瞳を見て、
「よし、始めるぞ!」
「は!」
部下達も力強く頷き、敵兵を蹴散らしていく、後の歴史に残るこの後退戦はまさに獅子奮迅の戦いぶりをみせた。
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「ふぅ・・・ここまで追い込んでも、サマールルは強いですね。さすがですが、」
天幕でバロウがそう呟く。
「おい・・・あれ・・・」
塹壕陣地の中で銃撃戦を演じていた使兵の1人が、その異変に気づきだした。
「やっとか・・・」
「・・・あぁ・・・敵が引いていく・・・」
チャリオット部隊の猛攻に対して、総攻撃を持って応射している最中のことだった。
サマールル軍が確かに後列から順々に来た道に退いていく。やっとだ・・・万感の思いでそれを見つめるマルセイザ共和国軍。やった、やり切った。精神的にも体力的にもギリギリだった。そもそもサマールルと違ってマルセイザ共和国軍は戦いに慣れてはいない。交代制で守備を重視していたとはいえ、緊張感と恐怖心、そして焦燥感が入り混じるなかでの戦闘だった。ポーションで回復で傷は治療できるが、痛いものは痛いし、死ぬときは死ぬ。それが自分自身だけなら耐えられたかもしれない。が、仲間が、友人が、家族が、次の日には、次の瞬間には・・・と考えると震えが止まらない使兵などいなかった。いつの間にか神に祈ることを忘れて、今日を、今を、生きることに必死で死にものぐるいで戦いぬいた。
だからだろうか、使兵達が膝をつき自然と、神に祈りを捧げる。
「ここでの戦いは僕たちの勝利だ。・・・だが、勝敗など意味がない。2度と同じことを繰り返さないためには根本を根絶しなければいけない。」
それが教皇猊下からの言葉だ。
「全軍に告ぐ。これより追撃戦に移行します。まずは英気を養ってほしい。それから随時指示をだします。みんなありがとう。本当によく戦ってくれた。」
バロウはそう通信を終え、また地図と駒を並べ変えて思考を巡らせる。




