エピソード9 サマールル
9 開戦の序章
自ら足を運ぶとひとたび決めたならば、そこからのサーハドメラシャド大将の行動は彼の性格も相まって速攻であった。即座に段取りを決めて、部隊を編制して、当日早朝に出発だ。
「・・・大将どの。馬に乗られても大丈夫なのですか?」
すでに自分自身も騎乗した状態から副将のバロウがそう気遣う。恰幅のいいサーハドメラシャドが跨るには申し分ないほどの立派な馬に、危なげなく跨り手綱を捌きながらサーハドメラシャドは答える。
「問題ない。」
そう口にする大将は、割と歳をとっている。自分が馬に乗れないから行軍速度が遅くなることを嫌い、馬術の訓練は怠ったことはない。せっかちな性格なのでとにかく性急さを求めてしまうのが彼の悪い癖でもあり良いところもある。
「今回は戦闘が主目的ではないのだ。騎兵だけで問題あるまい?お前もいることだしな。」
「大将どの自らそう言われてしまうと・・・なんだかむずかゆいですね。」
副将のバロウは少し照れた様子で、ひとます頭を下げて見せる。このバロウという男。小柄で弱弱しいのだが、戦術眼、戦略眼については目を見張るものがある。天才というわけではない。しいていうなら天性の努力家という感じだ。とにかく彼はあらゆる過去の戦場をくまなく検めて、どう効率的に敵陣に勝利するのかをとことん追い求めてしまう感情を計算に入れないタイプだ。カッコよく言えばアルゴリズムなのだが、そこまでというわけではない。
「今回の行軍は速さを求める。さっさと行くぞ!」
「は!全軍進軍開始!!目的地まで全力で駆けて向かう。遅れる者は、容赦なくその場でおいていく。いいな?」
「「「はっ!!」」
「いくぞ!」
こうしてマルセイザ共和国軍、サーハドメラシャド大将が率いる部隊が行軍を開始した。
せっかちな大将が先頭を駆けだすものだから、ペース配分などなく常に馬の限界まで走った結果、目的地まで5日間の日程を4日にして早々にたどり着いた。
「で、あそこに見えるのが敗走兵の一団だな。」
隣りに並ぶバロウも同じ光景を眺める。サマールルとマルセイザ共和国との国境線付近で、川辺に野営している一団が固まって見て取れる。
「さて、どうする?」
「まずは選別ではないでしょうか?こちら側に付くものはそのまま一箇所に固めて置いて、まだ迷いを見せている者達とは強く交渉する。で、いいのではないですか?」
サーハドメラシャドはふむと頷く。
「その方針で良いだろうが、駄々をこねるようならさっさと見切りをつけるぞ。」
「よろしいのではありませんか?あくまでもマルセイザ共和国がわざわざ手をさし伸べているのにそれにたいして協力的でないのなら、最初からいりませんて。」
「ふん。最初からあてにはしていなかったがな。」
腕を組んで鼻息を荒くして、あの一団がそのままサマールル戦の先鋒を向かってくれれば、こちらの損害も少なくて済むな。と思案する。
一夜休息に当てて、敗走兵の一団の元に向かう。すでに冒険者ギルド職員には事前に伝えてあるので速やかにマルセイザ共和国側につく者達と、まだ迷いを見せている者達とが別れていた。
1000人規模の団体だったのが、700人ぐらいがマルセイザ共和国側、残りの300人が迷っている側だ。
「ふん!こんなものか。まぁよい。」
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「・・・来たぞ!あれはサーハドメラシャド大将じゃないのか?」
マルセイザ共和国軍の旗を掲げた部隊を見て取って、近くの森から双眼鏡を覗きこんでいたサマールルの斥候隊の目に、剣呑な気配が入り混じる。
「部隊の数を見る限りサマールルに本気で進軍してきたわけではなさそうだな。」
「敗走兵を受け入れにわざわざ大将自らきたわけか、本気であいつらを取り込みに来たってことか?」
「さてどうだろうな?ただ、国境を越えてきたことには間違いない。敵対行動ととってもこちらの言い分の方が正しい。あの人数だ。敗走兵は武器も碌なもんがないはずだ。サーハドメラシャド本人だけ狙い撃つには絶好の機会じゃないか?」
「あぁ。ここでうまく立ち回れば戦争は回避されるは、俺たちは昇進できるはで、うはうはじゃないか。」
もう成功したも同然と勝ち誇っている同僚の肩を叩き落ち着かせて、尋ねる。
「殺るにしても、どう仕掛ける?さすがに守りは固いぞ。」
「確かにな。迂闊に仕掛けてはこちらがやられるのは避けたい。まだこっちに気づかれてない状態ならやりようはあるだろう。一旦、ばらけてチャンスを探ろう。」
そう言って頷き合うと、彼らは、森の奥に消えた。
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「・・・であるからして、協力してくれるのならば戦うための環境はこちらが用意する。」
迷い派といえばいいのか、彼らに言葉を伝えるサーハドメラシャド大将の声には、確かな苛立ちが混じっている。
「部隊編成はそちらで行ってもらってかまわない。ただし指示には従ってもらう。作戦内容と違った行動に動いてもらっても困るのでな。出来ないのならこの場ではっきりと言ってくれないか、数日分の食料を渡すからここで解散だ。」
じれったい。サーハドメラシャド大将の心境はまさにこの言葉で頭が埋め尽くされている。こいつらは一体なにがしたいのか?と聞いてやりたいところだが、さらに時間を食うことになりぐっとこらえて相手の反応を窺う。
「・・・では、他の者達と相談してきますのでもうしばらくお待ちください。」
はっきりとしない返答で「仲間との話し合い」を今更になって戻っていく彼らの代表。
その光景を見てプチっと大将の血管が切れそうになった。
「イライラするのぅ・・・」
そう言ってどかっと椅子に腰かけるサーハドメラシャド大将だ。考える時間は十分に与えていたのだ。このまま支援だけ受け取りたいだけなのではないかと疑ってしまう。
そこで様子を見守っていたバロウが、脇に出てきて言葉を挟む。
「大将殿。もしや時間稼ぎが目的かもしれませんね。ここはもうサマールルの領内です。いつ襲撃があってもおかしくはありません。」
言われた大将が睨みつけると
「彼らを尾行していたサマールルの斥候達が潜んでいると思われます。我らは今回速度重視で少数部隊。大将殿の首を狙ってきてもおかしくはない状況です。」
「・・・」
「もちろんこちらもそれには備えておりますが、どうされます?相手の出方を見てからでもなんとかなりそうですが。」
切り出された提案に、大将が応える。
「やつらは囮か・・・それも想定済みではあるが、このわし自らこうしてやって来た意味を理解しているのかのう?」
「明日の夕方には5000の兵がこの地に到着する手筈です。斥候達に宣戦布告を告げるつもりでしょうが、早急に銃口を向けて去ってもらった方が良いかもしれませんね。」
「そうするかのう?因みに斥候対策は万全なのだな?」
「えぇ。もちろん。最凶の暗殺者を手配しております。」
「ほぉ・・・。お前が自信もってそう言うのだから相当な手練れなのだな。」
「はい。彼女の協力を得られたのは幸運としか言いようがありません。」
「女か?ん??まさか1人ではないよな?」
「それがですね。1人なんですよ。なんでも100人程度なら1人で殺るほうが早いそうですよ。」
「う・・・。それは怖いな・・・」
「でしょう。私も実は怖かったりしますが、今回は味方で裏方に専念してくださるそうで。」
「そ・・・そうか・・・」
サーハドメラシャド大将の額から冷や汗が流れ落ちる。女性というだけで後は謎のだらけの暗殺に特化した人物。どうやって連絡とりあったのか?と聞けば向こうからしか連絡はこないらしい。今も斥候がいるから殺していいのか?と、問い合わせがあったみたいだ。
「最近の女性は怖いの~」
サーハドメラシャド大将は感慨をこめてそう呟いた・・・
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銀髪の髪が風に靡く。獣人のレオーナは気配を殺してサマールルの斥候隊の全員の位置を把握した。都合のいいことに散開してくれたので暗殺がとてもしやすい環境だ。
今回、彼女がここにいるのはトルークから頼まれたからだ。なんでも黒竜2体に他2人に蘇生魔法を施してしまったらしく、シャドーファントムが今の人数で手一杯らしい。
トルークからこうして頼まれるのは稀なことなのでレオーナを即承諾したわけだ。ご褒美も増えるらしいし・・・
レオーナの仕事はマルセイザ共和国軍側の援助だ。既に段取りは済ませているが、国境付近までは本人自らやってきた。調度身体がなまっていたところだ。テンプテーションガーデンに行きく前に身体をほぐしておくには調度よかった。
レオーナはすっと闇に沈んで狩りを始める。
まずは1匹。
投擲したダガーが敵の額に沈み込む。崩れ落ちる落ちる兵士を優しく抱き留めて、静かに地面に降ろす。ダガーを抜き次の標的へと向かう。
2匹、3匹、とダガーを背後から後頭部に突き刺す。もちろん口を塞いで物音を立てたりなんかしない。
4匹。たまに勘のいいのが混じっている。こちらの気配を察知したようだが、既に遅い。さくっと首の動脈を斬り裂いた。
その僅かな物音で敵が何人かが異変に気付いてこちらに向かってくる。計4本のダガーを投げてこの瞬間に4人始末した。8匹。
これでまた辺りは静かになり敵も自分の存在を把握していない状況になった。後は、淡々としたものだった。1人1人背後から、ダガーを突き刺すのみ。簡単な作業だった。
最後の1人。さてどうしようかしら?
サーハドメラシャド大将は斥候にマルセイザ共和国軍が宣戦布告をしにきたと伝えたいらしいから、ここで彼を殺ってしまえば近くに備えているサマールル軍にこの状況を伝えることが出来ない。わけではないが、情報網はいくつかあった方がいいだろうと、この1匹は見逃してやろうとそう決めた。
1匹だけ見逃したことを告げて、レオーナは再び闇に溶けるようにして消えた。
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バロウから斥候隊殲滅の報告を聞き取り、もういい加減我慢の限界に達していたサーハドメラシャド大将は、迷い派の元に自ら足を向けた。
「おい!もういい加減待ちきれん!貴様ら・・・」
「は!はは~。」
大将の発言を遮るようにして、膝間づいて全員が首を垂れている。
「私たちも参加させてください!」
「お願いします。」
「なんでも致します。どうかどうか・・・」
いきなりのこの態度に大将は愕然と顔を引きつらせた。銃口を向けてこいつらを追い払うつもりでいたのだが、あてが外れた。一体どうした?この変わりようは・・・
一度バロウがいる後方に視線を向けると、彼はさらに後方を示した。その先を視線で追えば狼煙のようなものが上がっている。
なるほどな。斥候隊からなんらかのメッセージなのだろう。それを見て取った彼らは急遽態度を変えてきたわけだ。見捨てられたか・・・
まぁよい。どちらにしろ彼らの仕事は穴を掘ってもらうだけなのだ。銃器類は渡さない。スコップのみ与えてひたすら掘って掘りまくってもらうだけだ。既に他の700人は作業に取り掛かっている。さっさとこいつらもむかわせるとしようか。
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「ヒオレド大佐に報告します。マルセイザ共和国側国境より、マルセイザ共和国軍が進軍を果たしました。」
その知らせに、狐獣人のヒオレド大佐がニヤリと笑う。予想通りだ。
「さぁ。始めようか戦争を!相手はあのマルセイダ共和国だ。」
そう告げると、戦装束を身に纏い、元帥用のマントを羽織る。この戦いに勝てば彼は元帥へと昇格が約束されている。
眼下に規則正しく整列する兵士達を眺め、号令を下す。こうして、最後の戦いが始まった。




