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エピソード8 サマールル

8 生きていることが幸せ


「子は鎹」


そんな言葉の中で、彼女は物心が付いた頃に残っている記憶の1つ。


木材と木材を繋ぎ合わせるために打ちこむ、コの字型の大きな釘の事だという。バラバラになりそうな2つの木材を外れないように固定する例えた言葉だ。


他に、子供は家族の絆。楽園への鍵。宝。縁の糸。これらは子供への愛情が夫婦の中を円満にする諺だ。


「ねぇ・・・ハンラクが死んだ見舞金で何買う?」


夢の中での事なのか?うとうとして眠っていた私の側で近所に住まう夫婦がこそこそと話し込んでいる。印象深い記憶が頭の隅に残っていた。


「そうだな~俺は酒が欲しいな。お前は?」


「う~ん。服を買いたいんだけど目立つし、豪勢な食事にしない?」


「よし。こうしよう。上手い酒にうまい飯買って、残った分は残しておいておいおい欲しいもん買うか!」


子は鎹という諺と、この夫婦の会話のギャップに気づいたのはそれから数年後のことだった。


外で行動できるようになった私は同年代の子供たちと一緒に遊ぶことはなくおじいちゃん、おばあちゃんにつききりで過ごすことが多かった。変わった子だね。というのが近所からの評判であったが、私はそんなことは気にせずにおじいちゃん、おばあちゃんにべったりしてよく昔話をせがんでいた。


なぜ?他の子と違うのかと考えたことがあった。以前夢の中での記憶だと思っていた事が実際に行われていることを知ったからだ。幼心に私は悟ったみたいである。親にとって子供は「お金」なのだと。


といって、どうにかなるわけでもなく私は出来ることから家の手伝いをしてすくすくと育っていく。相変わらずおじいちゃん、おばあちゃん子だが、成長するに従って私の容姿はこの農家の村では一番良いらしく、早々に隣の村長の息子との縁談が決まった。


村長宅に嫁入りするとは言っても生活環境は今より多少いいぐらいで、家事全般はこなさないといけないし、子供を作らないといけない。こういってはなんだが、子供の世話は大変だなとはたから見てそう思った。自分も子供なんだけれどどこかやっぱり考え方が他の子とはズレているなとつくづく感じる。


以後、毎日は同じことの繰り返しだった。家事を手伝い、畑仕事を手伝合い、おじいちゃん、おばあちゃんと話して変わりない日々を繰り返すのみ。


そんな刺激のない日々が過ぎ結婚適齢期に近づきだすと、周りがそわそわしだす。隣村の村長の息子との結婚がもう間近に迫ってきているのだからしょうがない。私が慌てたところで何にも出来ないし、何が出来るのかもわからない。ただ言われた通りに過ごすだけだ。


そんなある日のことだ。1台の馬車と遭遇したのは。たまたまの偶然としかいいようがないのだが、ただそこらを歩いていたら急に馬車が止まって、私を呼ぶのだ。


貴族様初めて見た。第一印象がそれでつぎには両親のもとに連れていけといわれそのまま案内した。貴族様に逆らってはいいけないと言い聞かされていたからなおさらだ。


そして私はその日のうちに馬車に乗せられて貴族様に連れ去られてしまい。家族とはこの日を最後に逢ってはいない。


貴族様の屋敷に着くと、すぐさま教育が始まった。使用人としての。


言葉使い、礼儀作法、家事全般、そして一番厳しかったのが、職務を全うするポーカーフェイス、視線のコントロール、歩法、さらに主人が求める時にさりげなく側に寄るタイミングだ。


「ほう。思っていた以上に物覚えがいいな。」


いきなり連れ出した貴族様からお褒めのお言葉を貰い、さらに磨きをかける。


それが1年と半年が過ぎ去った頃に私はついに今のご主人様と対面を果たした。


「新顔だなお前。名は何という?」


第2皇子ハミルトン様つきの使用人となった。宮殿。農家の娘がこんな所に居てもいいのかと疑いたくなるように狼狽えてしまっているが、教育のおかげでポーカーフェイスで乗り切る。他の使用人がいる中でハミルトン皇子は品定めするかのように、じっとりと下から上まで舐めまわすように私を見る。


「ミーヤね。ふ~ん。良い身体しているな。早速今夜の相手はお前で決まりだ。」


いきなりの閨のお誘いだ。だが、私は嫌な顔1つもせずに沈黙を保った。主人の命令は絶対。 


「ふん。無反応か、まぁよい。余の気分を萎えさせぬようにな。」


使用人たちをぐるりと見渡して、厭らしく笑みを浮かべるハミルトン皇子。使用人全員女性だ。くつくつと笑い、舌なめずりする。


それから1年の歳月が過ぎ去る。初めての閨を乗り切ったわたしはそれ以降もお呼ばれする。4日に1度ぐらいだろうか?貴族様から頂いた薬のおかげもあるのかもしれないが、皇子様には大変ご好評なようでなによりだ。


ハミルトン皇子は時折軍事訓練にも参加していて、今日は模擬戦の催しだ。私は随伴を許され皇子の世話役を仰せつかった。


皇子はただ後方で模擬戦を眺めているだけ、激しい攻防戦が行われているようだが、誰も彼も皇子には無関心で、気が付けば訓練という割には多くの負傷者が横たわっていた。


将校のお1人が勝利したと宣言しに皇子の下に訪れる。何やら不穏な気配を発しているご様子だったが、皇子は何食わぬ顔でそれを聞き流しているだけだ。


いうべきことを言ったのか、満足したのかよくわからないが、一礼して将校は去っていく。


「ふむ。戦場は余には全く似合わないようだな。」


と、その一言で皇子はそれ以降、軍事訓練に参加を拒否しつづける。私もよくわからなかったので、訓練とはいえ軍人とは痛たそうだな・・・といった感想しかなかった。


またある日、為政に関わる問題を皇子は皇帝から直々にどうにかしろと命令が下った。


いわゆるダム建設だ。計画から人手、日数、予算、いずれも相当な額のお金が動く大事業。

任されたからにはさすがの皇子も現地に訪れて視察を行い。それっきり一切その事業に関しては全く何もしなかった。


1年が過ぎた頃、皇帝に呼び出された皇子は、「予想外の天候不順と人手不足などが重なり合って工期が遅れており誠に痛恨に極みでございます。」


と、言って誤魔化した。そう言われてしまえば皇帝も言葉に詰まり半年の猶予を貰うことになる。かなりお怒りの御様子だったと使用人仲間から聞き及んでいるが、とうの本人は少しも慌てることなく、そしてまったく事業に関心を向けることがなかった。


そして半年たった。ダム?ではなくため池程度のものが一応は完成したようだが、皇帝はその出来栄えを見に行くことはなかったという。とうに見切りをつけたと言い換えた方がいい。


それからだ。皇子には全くと言っていいほど皇帝から声がかかるわけでもなく、軍事訓練に参加することもなく、社交に精を出すわけもでもなく、誰彼が尋ねてくることもなく、1日中部屋に引きこもり続ける。たまに外に散歩する程度ぐらいだろうか。


その頃になると直接皇子の世話役は私1人に任されて、他の使用人たちは次々といなくなっていった。つまり、朝から晩まで皇子と一緒の空間を過ごすということだ。


私はそれが幸せだった。だって美味しい食べ物、飲み物、力仕事もなければただ基本的にたっているだけ、熱い日も、寒い日も、雨が降っても、風が強くても皇子の側にいれば快適に過ごすことが出来、夜はふかふかのベッドで皇子と一緒に眠れる。


農家の時の暮らしぶりとは雲泥の差。こんな幸せな時間を永遠に過ごしていたいとそう

神に祈りを捧げたい。


皇子は引きこもってはいるが、ただ何もしないわけではない。彼には趣味があった。それは絵を描くこと。その作品は素人の私から見ても見ごたえのあるものばっかりだった。特に驚いたのは、一度見た光景をそのまま記憶して描いていることだろうか。


この頃になると、皇子は私に声をよくかけてくれるようになっていた。雑談、愚痴、趣味。私は聞き役に徹して時たま合槌を挟み、皇子もそれを良しとしていた。


私は皇子が筆を持って絵を描いている姿が、とても好ましく嬉しくもあった。そのような幸せな日々は唐突に終わりを告げる。ハミルトン皇子の初陣だ。サマールル皇族たるものがいつまでたっても戦場に赴くことがないことが問題に上がり、本人の意思関係なく無理やりの戦地へ駆り出されることになった。


采配云々は若き智将と名高いセイギに丸投げして、皇子は本陣の奥で私との逢瀬に耽る。時折外に出て、皇子が所望する品を取りに出るのだが、兵士達は悲壮感が漂うなか必死で戦っている光景が目についたが、一日1度のセイギ中佐からの報告では作戦通りらしい。なにか秘策でもあるかの言動だったが、皇子は「あとは良きに計らえ」と言って果実酒を求める。


勝利は目前、全ては作戦通り、その言葉を聞き終えハミルトン皇子とミーヤは夢心地の逢瀬を重ねる。外の騒ぎは遠く、どこか他人事のようであり、いつものことだった。


異変は唐突に訪れた。喧騒が静寂へと変貌し、薄氷を踏むような沈黙が部屋を満たす。


硬質な破裂音。


その音を最後に、記憶も感覚も全てが一瞬で虚空へ霧散した。


***************************************

沈黙の果てに、彼女は目覚めた。


え?!ここはどこ・・・


彼女は記憶の糸を手繰り寄せる。幸せな時間。皇子の柔らかな肌と温もり。外から聞こえていた勝利を告げる軍靴の響き。


そこまでは記憶にある。確かにある。


けれど、その直後の訪れた何かが破裂したような音が聞こえた先からの記憶が欠如している。


ここは戦場ではない、どこなのここは?皇子様は?


そこで彼女は自身の異変に気付く。爪は黒ずみ、寒い、熱いといった体温が一切感じ取れない。しかも、鼓動が動いてなければ呼吸すらしていない気がする。


彼女は震える指先で、胸元に触れてみる。穴がある・・・え?!空いている・・・


衣服は新しい使用人用の衣装に着替えさせられているし、その穴が本物ならそこから溢れ出した血の跡もない。痛みも感じない・・・


「おかしい・・・です。どうしてさっきまで私は皇子様と一緒だった・・・」


彼女は起きて辺りを見渡す。まずは皇子様の元へ。床に足をつけて立ち上がり振り替えて見れば彼女は棺の中にいたことを知る。


私。死んでいた・・・え?でも・・・


分からない、ますます混乱に陥り取り乱す彼女は、空虚な空間を掻き抱こうと指を彷徨わせて、私の希望そのもの。ハミルトン皇子を探し求めた。


****************************************


ハミルトン皇子はそんな彼女を眺めて愉しんでいた。彼女はいちいち面白味があって見ていて飽きない。夜伽の反応はもちろんだが、農民の出だからだろか?ポーカーフェイスを装っていてもどこかで素が見え隠れする。どこか滑稽でいて同時に愛しさを兼ね備える。


気に入っている。そんな言葉が調度あてはまる。余の事を好意的に見てくれてかいるが、それはこの立場だからだろう。他の使用人たちや何かと話を持ち掛けてくる貴族達と一緒と言えばそうなのだが、彼女の場合は、これ以上の野心めいたものが一切感じ取れない。今が幸せで小庶民的な満足感を得ているのだろうか?


だからやっぱり気に行ってしまったのだな。とハミルトン皇子の好奇心を刺激してくれる。


さて、彼女が蘇生する数分前のことだ。視界の端に立っている不気味な影に皇子は愚痴の1つでも言ってやりたくなった。


「・・・余計な事をしてくれたなトルーク。余はこのまま眠っていたかったのだ・・・」


ハミルトン皇子はいつ死んでもおかしくはないと肌で感じ取って居た。何もできない。何もしない。ただ血筋を絶やすわけにはいかないから生かされている。そんなことは分かっていた。だから覚悟というわけではないが、「あぁ。やっとこの時が来たか」という程度の、淡々とした死の受容。生きていることでさえ面倒で全て投げ捨てて眠るにつける解放感すら抱いていたというのにだ。


「なぜ?余を蘇えらせた?生き返ったところで何もせぬぞ!」


「・・・・」


「なに?テンプテーションガーデンに行くだと・・・」


「・・・・」


「ちっ。億劫だな・・・面倒くさいこのうえない。だが、お前の言う様に余は死人。今更生き返りましたと言って宮殿に還れば監禁だな。」


「・・・」


「ふぅ・・・。あいわかった。ならばミーヤも蘇生しろ。全ての要件はミーヤに丸投げする。いいだろう?それぐらい。」


「・・・」


****************************************

真夜中にそのままダンジョンに潜入を果たした2人だったが、その光景は違和感が剥き出していた。


宙に浮く豪華なベッドに寝巻き姿のハミルトン皇子と、それを乳母車のように押していく白い肌の使用人姿のミーヤ。


他にもトルークは一緒にテンプテーションガーデンに向かう者達がいるから、集まる間ダンジョン内で死んだことによって得た身体能力とセンスとスキルを、試していてほしいと言われたため早速とばかりにミーヤが張り切っている。


襲い来る魔獣・魔物に対してミーヤは手を広げてみせて、握り締める。するとその動作をそのままに魔獣・魔物たちは握り潰され血を巻き散らし、肉片が飛び散り、ぐちゃぐちゃとなって地に沈む。


生前に持ち得なかった、空間を支配する力。空間魔法をミーヤは習得していた。


「あら?便利。」


そういって、死骸に向けて招き寄せる動作を行うとミーヤのもとまでやってくる。そのままでは、返り血を浴びてしまうので、絞る動作をして血を搾りきる。


ここから空間魔法で取り出した数々の調理器具を取り出して、早速料理にいそしむ彼女だ。


死人となり空腹感は皆無なのだが、日ごろの習性なのだろうか?とにかく調理してみたくなったわけである。


焼く、煮る、蒸す。持参した調味料で味付けして、味見がてら一口。


「味がしませんね・・・」


しゅんと項垂れる彼女。ハミルトン皇子はその姿を密かに見て愉しむ。


「ん?これはなんでしょうか?」


死骸の中に石のようなものが見えたので取り出して、じっと眺めた後いきなり口に放った。

アメを舐めるようにゆっくりと舐めまわして、ガリという音と共に石をかみ砕いていて嚥下する。すると・・・


「あ・・・美味しいです!皇子様もいかかがですか?」


目をキラキラさせて皇子に振り向くミーヤだ。


「ふむ・・・」


ハミルトン皇子も興味が沸いた。前にも言ったが別段空腹感があるわけでもない。ただ魔獣・魔物を倒すだけならやっぱりつまらないなと思っていたところでのミーヤのこの反応だ。


「お・・・これは・・・」


「いかがしましょうか?この石みたいなものだけ搾取いたしましょうか?」


「そうだな。頼めるか?」


「はい。もちろんでございます!」


ミーヤは嬉しそうに応えて、ハミルトン皇子はそんな姿のミーヤを見て笑う。


「余は寝る。適当に狩っておけ。」


はい!と元気よく返事がかえってくる。結局ハミルトン皇子は己の力を試すことなく寝て起きて魔石を食べて、また寝る。その繰り返しで、ミーヤは使用人兼狩人と化していた。


因みにだ。冒険者ギルドの登録は既にトルークのほうで済ましいている。異様な2人の姿はサマールルに冒険者がほとんどいない事が幸いして目立つことなく、次々と魔獣、魔物を蹂躙していくのだった。



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