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エピソード7 サマールル

7 ミルキと異世界の知識


どの部署においても、組織という物はその規模が大きくなるにつれて管理の手間が増大する。そこで必然と生まれてくるものが人為的なミスだ。平常時なら侵さないミスでも、見知らぬ土地で新たな商機を見出すために送りだされたのならば重圧と不安に押しつぶされる者がいてもおかしくはない。


「あ・・・またやってしまった。また計算のやり直しだ・・・」


この商隊の経理を任されている壮年の男性が目の下に隈を作って頭を抱えている。サマールルに入り商業ギルドの紹介であっちこっちの町に訪れるたびに内乱が勃発しておりとてもじゃないが商談までこぎつけないでいる。


ある程度持ち運んだ商品を売りさばいて金策をあてにしていたが状況が困難を極める。


「なに?どうしたの?」


背中から伸びてきた手に書類を取られて、ギョとして男性が背後を振り返る。そこにはこの商隊の代表のスーツ姿のミルキがいて、彼は目を丸くした。


「なるほどね。経費だけかさんで売り上げがなく、赤字だけが膨らんでいると。」


わざわざ書類をみなくとも現状は良くない事は分かり切っているが、やはり書類上で数字化させるとどれだけ悪いのかが、視覚化できて明確に対策を考えないといけない。その具体的な対策をどうするのかが問題ではあるが、


「魔物や魔獣を狩ってしばらくはそれでお腹を満たすことにして、必ず販路を切り開いてみせるわ。だからくじけない、諦めない屈しない。これが私の方針よ。」


「・・・はい。」


そんな感じにミルキは商隊の何人かに声をかけまくる。内乱がはじまる速度が速すぎるのだ。準備期間やらなにやらで時間的にはもう少し余裕があると踏んでいたが、あてが外れたとしかいいようがない。さすが至上戦場主義国家と称賛を送るべきなのかもしれない。


さてと、どうしようかな?と思い悩みながら歩き回っていると、彼女を探していた元副官だったテッツ・ハルダーが追いかけて来た。


彼はシルヴィ元王女の護衛という栄誉ある任務を辞退してこうしてミルキと共に行動を共にする道を選んだ。この先キラエルとサマールルとの交易が盛んになれば彼は王国内でも立場が立証される。いわゆる徐爵だ。これもみこしての野心がらみもあるのだろうが、彼はミルキに好意を抱いているのは周知の事実だ。本人はもちろん知られていないと思っている。


彼の気持ちも分かっていて、ミルキは彼を商人として鍛えている。戦争で共に戦ったといのもあるが、彼の勉強熱心には舌をまく勢いでどんどん吸収していく。貴族ということもあって、商談には決して臆することがないのがさらにいい。


このまま上手くいけば、将来楽しい未来が訪れるのかも知れない。


「探しましたよ。ミルキ隊長。」


「テッツ。もう軍じゃなんだからいい加減ミルキと呼びなさい。そもそもあなたは貴族で、私はしがない商人の娘なんだから。」


「う・・・それはそうなんですが、なんというか言い慣れているせいかどうも意識してないとダメでして・・・」


真面目な性格なのだろう。今まで上官だったのが今は立場が違う。分かっていてもそう簡単に訂正するのは難しい。ミルキも彼の性格が分かっているから好感を持ち始めているところだったりする。


「そう。まぁそのうち慣れてくれないと後々苦労するから早く治してね。」


「はい。了解であります。あ、報告が遅れましたが、先日頼まれた件について先方から色よい返事を頂けました。」


軍時代の敬礼して報告するハルダーの姿に笑いを堪えて、


「よくやたっわ!早速行きましょう。」


「はい!」


ハッラーが回れ右して商隊に向かって駆けだす。こうしてサマールルの新たな時代

が幕を明けるのだった。


**************************************


「はぁ・・・やっぱり、臭くないというのは清々しい・・・」


トイレから出てきたロールが排便を済ませてとても朗らかな表情でそう呟く。


ここは、貴族街から離れたいわゆる平民街の一角だ。ここでロールをはじめとする研究者たちが仕事に精を費やしている。なぜ?軍基幹で兵器に携わってきた彼らがここで働いているのかというと、レオリオン皇子からの勅命でとにかく平民街に漂う異臭を早急に対策しろと厳命を受けたからにほかならない。


「ちょっと!ロール。浸ってないでさっさと作業に取り掛かりなさい。まだまだ数が足りないんだから!!」


「ふっ。クランク。もう目途たっているのだよ。あとは鍛冶師と魔法使いに頼んで一件落着さ~。」


「そうだけどさ!作っても作っても、次々と新たな依頼が舞い込んで来るじゃん。またすぐにきっと・・・」


2人のエルフがサマールルに訪れたからの記憶が蘇る。レーダーに通信機に魔装銃、魔装砲、魔導船、飛行船と・・・最初は魔導学と異世界の知識が合わさりそこからの劇的な効果に2人は悦び勇んだ。しかし、それは瞬く間に軍事面の責任者の目に留まり、新兵器開発の日々が始まる。天国から地獄とはこういったことかと2人は後悔することになる。


だから、シェフをはじめとする連中はこっちの世界に来ないのか、と改めて実感がともなう。この世界はまだ発展途上なのだ。いらぬ知識を与えれば世界は混乱と、混沌の坩堝と化す。


と、そんな走馬灯が流れ込んだところに、来客を告げるベルが鳴り響いた。


「わわ!!やっぱり来た!!」


「はは。ただの来客だろ?たしかシルヴィからのだと思うよ。」


ロールはそう言ってクランクの慌てふためきを笑って対応に赴く。玄関を開けた先にいたのは、まだ若いドワーフの女の子と、貴族っぽい男性だ。その後ろには何十人という人たちが並んでいるのが見て取れるが代表としてこの2人がベルを鳴らしたのだろう。


「キラエルからやってきましたゴーンド商会のミルキと申します。サマールルとキラエルとの交易を発展させるべくこうして商隊でやってきたしだいです。今回はシルヴィ元王女様の紹介にあずかりまして、部下ともどもこうして参りました。」


「あぁ。聞いているよ。隣の方は旦那さん?」


なんとなく直感で思いついたことをロールはそのまま口にしてみる。悪気があるわけではないが、そうだと言われても違和感がないぐらいお似合いだなと思っただけだ。


「え?!ち、違います!いえ。それも違います・・・あ・・・」


面白いほどに動揺してしどろもどろになる彼をほっておいて、ミルキは話を進める。


「彼はテッツ・ハルダー。キラエルで外交官的な立場の者です。暗躍や画策といった言葉が似合わないほど誠実で真面目な性格の人物ですので、心配はいらないです。もしなにかあれば私が責任を取りますので。」


その言葉通りだろうなと納得し、


「別にいいよ。どちらでもね。まぁ外ではなんだから中にどうぞ。あ・・・全員は無理っぽいから少人数でね。」


結局、ミルキ、テッツだけが入り2人は興味深く辺りを見渡す。


「はぁ~。キラエルでも研究室を見てきましたが、それよりも幾分変わっていますね。見たことがない魔道具がいっぱいです。」


「ここは臨時の研究施設だよ。さすがに軍本部の中にはいくらシルヴィの御願いがあってもそうおいそれと入れないよ。」


「そうですよね。ではここでは何を開発しているのですか?」


軍事関係ではないことがわかり、ざっくりと聞いてみる。


問われたロールはにやりと笑い別室の個室に2人を案内する。


応接間というには大分書類、本やらが散らばっておりソファーが目に着いたので、座る場所を確保して促されるまま腰を落ち着かせる。そのタイミングを見計らうようにしてクランクというもう1人のエルフが飲み物を持ってきて、エルフ2人、ミルキ、テッツの対面に座った。


「ここの匂いには堪えたでしょう?特に都市部は排泄物とか何やらと、とにかく地面に穴掘って埋めているだけだから、臭ってしょうがない。」


鼻をつまんでアピールする。彼らもここに配属された当初は、吐き気を催してとてもじゃないが仕事が手に付かなかったと付け加える。


「それはあまり気にならいですよ。以前まで戦場にいたこともあって、鼻が慣れてしまっているようでして。」


ミルキは戦場での非情さを笑顔でそう応えて見せる。隣で仲間が死ねば当然、不衛生な排泄物だって、膿やハエなどがたかって来る。弔うこともできず、ひたすら敵が引くまで攻撃を加え続ける。次は自分が同じ姿に成り代わるのだ。臭い、臭う、匂いなど気が付いたら慣れたくなくっても慣れてしまった。そういうわけだ。


「これは不躾な事を聞いてしまってもうしわけない。」


「いえいえお気になさらず。それでこの異臭について研究されているということですか?」


迂闊な発言をしてしまいミルキの言葉を聞いてほっとして彼は語りだす。


「はい。これを見てください。」


そう言ってS字に曲がった管のようなものを見せ付ける。


「・・・?なんですか?」


ミルキは首を傾げてしげしげとその管を見つめるがどんな用途に使われるのか検討がつかない。


「そうでしょう?わからないでしょう?」


ちょっと誇らしげに言ってから


「この管の曲がりに数杯分の水を貯めて置くんだ。」


「????」


さらに困惑するミルキだ。隣のテッツもさっぱり分かっていない。


「このわずかな溜水が、異臭を遮断する「水の蓋」になるんだ。このS字トラップさえあれば、地下に下水道を作る必要性がなくコスト削減につながるんだよ。」


ここでクランクという名のエルフが話に加わる。


「王侯貴族たちは生活魔法が使える者達を雇って排泄物などの処理を任せているから、悪臭なんか問題視してこなかったからね。戦いに明け暮れるこの国に清潔という名の文明が花を咲かせるのさ。それによって平民たちは異臭から解放され流行り病からも身を守ることができる。このS字トラップで。」


「?・・・このS字の管で魔法も使わず地下道を掘らずに匂いを消えるということ?でも管を通して川に流すなり、大きな穴に埋めるなり結局問題の解決につながってないような?」


ふふっと今度はロール不敵な笑みを作って


「だからね。各家の隅に仕切りを作って、そこで排便やらゴミやらを捨ててもらいついでにコップ数杯分の水を流してもらう。その下に設置したS字トラップの管を通した穴の先に落とす。」


クランクが話を引き継ぐ


「僕たちの提案はこうだ。その穴の中に透明度の高いスライムを放っておいて定期的に駆除して入れ替える。スライムはしっかりと吸収してくれるからね。汚くないし、匂いもない。しかも魔石が手に入ってお小遣いが稼げる。」


「おっと。ここでスライム駆除中とかちゃんと伝えておかないと、うっかり頭から汚物を浴びることになるから、その辺りはしっかりと言い聞かせないといけないね。」


ロールがそんな悲惨な目にあう者達の姿を想像して嘆いてみせるが目が笑っている。


その話を一通り聞いて、ミルキはぞくぞくと好奇心が沸き上がるのを感じる。彼女自身が初めて異世界人の知識との遭遇と高揚だ。悪臭は瘴気のもとだと教わって来た。だから匂いや小動物、虫、不衛生な環境は病が絶えず人身を次第に侵していくものだと。


こんな簡単な構造で異臭が綺麗さっぱりとなくなるなんて考えもしなかった。だからキラエルの地下には多大な資金を投入して下水道を早々に作り、その上に都市が拡がっているわけだが、異世界人の知識には脱帽であり、もっと知りたいと思ってしまう。


「さてさて、これだけで終わりじゃないよ。まずは退治したスライムを研究してその素材に有用性がないか調べるんだ。排泄物を発酵させれば作物の栄養素が出来るらしいんだよ。他にも新たな発見があるのかもしれない。まだそこまでの段階ではないけど未来は明るいよ。」


「まだあるんだよ。例えば腐敗した生物の死骸や人族の排泄物、そういった不潔なものが土に還らないと瘴気が生じて病を誘発させる。というのがキラエルでは有力な説だと聞いているし間違ってはいない。けれで、その病の原因が果たして瘴気なのか?というとそうではないんだ。目には見えない「菌」というものが存在していてそいつが犯人だ。」


この2人のエルフは息を合わせたように、一区切りついたら変わり変わり話を繋げてくる。


「極小の生物。菌にはいろんな種類があって人族にとって有用な菌もあれば、有害な菌も存在する。それを見極めていけばこれまでとは違った治療魔法や、ポーションですら治せなかった治療法が確立できるかもしれない。そのための研究が、新たな医療として確立させたいんだ。」


「菌と菌を増殖させたり、相殺させたり出来たら人族の寿命はもっと長くなる。そうなればもっともっと色んな人達が出てきて面白、おかしく毎日が送れるかもね。とは言ってもまだまだ、これからの話し。だってそんな目に見えない生物を見ることが出来る道具や、スキルを持った者が現れない限りできないからさ。でも可能性は絶対あると僕たちは信じている。」


それからも彼らの話は続いていく軍事関係はさすがに聞けなかったが、夢物語のような話は、ミルキは興奮を押さえながら聞き続けた。


**********************************:


「ミルキ・・・さん」


濃密で濃厚な話を終えて、次なる目的地に向かう道すがら、テッツは緊張がてらミルキに声をかけた。


「さん?」


「・・・ミルキ。」


「はい。なんでしょう?テッツ様。」


引きつった顔と、さわやか笑顔の対照的な表情の2人。


「サマールルは本当に対人戦ばかりに特化していて、魔獣・魔物関係の研究とかは疎かにしていたんですね・・・」


「そうね~。でも、そこが商機になりそうね。」


「はい。彼らは魔獣・魔物の有用性を知らないみたいですから、内乱が収まれば稼げますよ。」


「ふふ。テッツも商人寄りの貴族に育ってくれて素敵よ~」


「え?!そうですか!!」


テッツは嬉しそうに照れながら笑顔を向けてくる。


そんな彼を見て、ミルキは思い描く。


魔獣・魔物の研究をゴーンド商会、冒険者ギルド、国家との共同でかなりの情報が蓄積されている。特性や弱点、進化の過程、スキルや武具の素材、回復薬、魔道具、食用、などなどだ。そして今、スライムに関しての研究が注目されている。


その昔、スライムしかテイムできなかった冒険者を雇ったのが始まりで、いろいろと不思議で便利な魔物だということがわかってきた。さっきの話しにも出たが作物の肥料、家具とくにソファーやベッド、属性の付与。リサイクルなどなど・・・あげたらきりがない。


「一度、本社に報告が必要ね。誰か向かわせましょう。それと・・・」


しばらくの間この状況では商売はできないだろう。調度いい機会だから久方ぶりに行ってみようかとミルキの思考がそこにたどり着いた。


マルセイザ共和国へ。





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