エピソード6 サマールル
6 調律と、検分
「ふっ」
ワニ顔のキーンスは思わず笑みが零れる。トルークから渡された薬を飲み始めてからというもの、身体能力が日増しに上がっていくことに実感が沸く。当初はその身体に頭が追い付かず、しかも翌日はその後遺症のせいで全身が悲鳴を上げる程の筋肉痛に嘆いてきたが、ここ最近になってやっと馴染んできた。
馴染んで来たらまた薬を飲み激痛に耐え忍び、以前とは比べ物にならないほどに筋肉が鍛えられ精神的にも磨きがかかり、軍人ではなく屈強な戦士と言われた方がしっくりくる身体つきになり、今はこうして国境近くの森奥に魔獣・魔物を求めて蹂躙している。
先の空戦の敗北によって空運はしばらく機能を果たすことができない。だからここにいる。といったわけではない。
上官だったシイラ少佐の付き添いも兼ねての調律だ。魔獣・魔物を葬ることによって薬物で引き上げた「異質な身体能力」と「己の感覚」を同期させ、身体に沁み込ませているといったところだ。
そのシイラはというと、1度は死んでしまった黒竜の背に乗っている。いわゆるゾンビ黒竜だ。かつて黒曜石のようだった鱗は、艶を失い泥のようにひび割れいる。羽ばたくたびに。
朽ちた肉片と乾燥した皮膚の粉末が、死の灰のごとく地上に舞う。
眼球は失われ、眼窩の奥では意思の宿らぬ邪悪な燐光が冷たく揺らめき、無残な腹部は裂けてむき出しの肋骨やらなにやらが、その異様な姿を象徴している。
そしておどろおどろしい瘴気を纏い、触れるものは全てを瞬時に腐らせるか、毒に侵す。ブレスなど放ったものなら、その後には濃厚な死臭が立ち込める。
シイラが「パパ、ママ。」
と声をかけるたびに、干からびた筋肉が擦れる不快な音が周囲に巻き散らして首をもたげる。そう、シイラは黒竜の娘なのだ。彼女は黒竜として生まれ育ち、人族に興味を抱き長い年月を経て人化の魔法を習得したのだ。
よく考えてみれば分かるという物だ。小顔で華奢な彼女がいくら才能に恵まれていたとしてもテイマーがドラゴンをテイムした。そんな話を聞いたことがない。稀にいたとしてもだ。黒竜一団を全てテイム出来るわけがないのだ。
キーンスは今更ながら戦慄を覚える。毎晩彼女は裸で寝てしまう為、朝起こしに行くキーンスは彼女の着替えを寝ている間にすませる。このやりとりの間に欲情しなかったか?と問われれば毎回煩悩を振り払っていたと答えるだろう。
彼女の本性は黒竜であり、好き好んで人間の姿でいるのだ。間違いを起こしたその瞬間にはもうこの世にはいなかっただろう・・・
そういえばだ。シイラの下に着く前に何人かの前任者がいたのだが、ある日忽然と行方不明になっている。キーンスは己がもつ危険センサーともいうべきか、この直感を信じてよかったと今でもこれだけは自信が誇れるスキルなのではと本気で思う。
「ふふ・・・どう、キーンス。パパもママもとても機嫌がいいみたい。」
彼女の声は、かつての鈴を転がすような愛らしさを残しながらも、その響きには猛毒のような愉悦が入り混じっている。シイラはキーンスを見下ろし、傲岸不遜な笑みを浮かべる。
「あぁ・・・死んでしまった。もう逢うことも叶わないと嘆き悲しんだけれど、トルークには感謝しきれないわね。」
シイラは黒竜の乾いた鱗を指でなぞりそう言う。2体の死んだと思われた黒竜はネクロマンサーでもあるトルークの手によって復活を果たした。さすがに全個体全ては無理があったが両親の2体だけが生き返り、生前の魂がそのまま宿っている。死の間際、それを受け入れるのか、拒み続けるのかによって、魂まで宿らずただのゾンビとして生き返るだけ。そういった懸念事項もあったがシイラの両親は死を拒んだのだろう。理由は想像できるが。
さて、シイラが声をかけてくれたのはいいのだが、キーンスは目のやり場に困ってしまう。なぜか?それは片膝をあげてこちらを向いて話かけてくるものだから、黒のスカートから白い下着がくっきり、ハッキリと見えてしまっているからだ。
今朝、自分が履かせたとはいえもう少し羞恥心というものを覚えてもらいたいとそう願ってしまうが、いや、このままでいいと男のサガが囁く。
「シイラ少佐。ここらあたりはもう対象はいませんぜ。場所をかえませんか?」
「あ?!少佐・・・私もう軍には戻らないんだけど。なに?」
「申し訳ございません。シイラ様。」
かつて天使とまで称された清廉さという化粧が剥落して、彼女本来の本性ともいうべきか、支配欲と傲慢さが言葉を通してうかがい知れる。キーンスは思う。こっちのシイラ様の方がらしいと。わりとキーンスはこの変化を即受け入れていた。
「ふふっ。いいわ許してあ・げ・る。そうね・・・まだまだ準備運動にもなってないし、移動するわ。キーンス。ママに乗って。この辺り一帯を掃討?制圧?違うわね・・・蹂躙の序曲。これかしら。さぁ行きましょうパパ。ママ。今までの憂さ晴らしに」
キーンスが跨ると同時に、黒竜2体は空を舞う。というより空間を侵食しながら浮遊しているようだった。




