エピソード4 サマールル
4 終末への兆し。
月の明かりさえ届かない暗雲が上空に覆い尽くした。どしゃ振りの雨の中。
一歩進むたびにぬかるみに足元を捕らわれ、重い泥をかき分けるように進む。山道に入ってからは雨粒を枝葉が遮ってくれるようになったが、その代わりに足場はさらに悪化し視界は見通せない。夜の時間帯ということも手伝って、ここが今どのあたりなのか?も覚束ない。
「はぁはぁ・・」
「っ・・・」
既に湿地と言っても過言ではない山道を、ただ逃げる為だけに進んで行く。先を照らす灯りはない。雨のせいで森の匂いが充満して、闇の中を蠢く生き物たちの気配がこちらを窺う気配が四方八方から伝わって来る。
その全てが彼らをより不安を煽り、焦燥感を募らせる。
「はぁ・・・はぁ・・・ひっ!!??」
ピタっとうなじに何かが落ちてきた感触に、1人の男が悲鳴を漏らす。慌ててうなじをまさぐって、その何かを指先で掴んだ。目でそれを見てため息とともにそれを捨てる。
「葉っぱかよ・・・」
「落ち着けって・・・声を潜めろ。」
後ろを歩く仲間が小声で嗜める。わかっている。とでもいう様に身を縮めて先を急ぐ。蒸し熱さに喉が渇く、潤そうとしても肝心の水がないのだ。先に進むしかない。
「・・・一旦休憩を挟むか、適当に休めそうなところで腰を落ち着かせよう。」
ずっと歩きっぱなしで疲労のピークはとうに達している。この暗闇の中だ。追手でさえ難儀しているはずだ。そうした願望めいたものが入り混じっているが、本当に体力の限界だった。
と、その直後だった。先ほど葉っぱで悲鳴を上げた男が声を上げた。
「おい!灯りだ。明かりが見えるぞ!」
指さす方向に仲間の2人が同時に目を凝らすと、生え伸びた木々の向こうに確かな光が見て取れた。3人の表情がぱっと明るくなる。奇跡そのものを目にした思いで、彼らは明かりの方向に足を動かした。
「・・・テント。」
視界には叩きつけられるような風雨にもびくともしない頑丈そうなテントが存在していた。その周りには溝が掘ってあって雨水を逃すためだろう。溝を飛び越えてテントを前にして隙間から中を覗く。追手の可能性を危惧しての行動だ。ここまで来て捕まってしまったら今までの苦労はなんだったというわけだ。体力は限界だが、頭の中は冷静さを残している。
「こんな夜分にどなたですかな?」
覗き込んだと同時に中から声をかけられ3人の男たちは度肝を喰らう。が、彼らも兵士のはしくれ。どうにか心を落ち着かせて答えた。
「み・・・道に迷ったのだ。少しの時間だけでもいい。雨宿りをさせてくれないか?」
すると、テントの入り口がゆっくりと開き
「中へどうぞ。身体が冷え切っているのでしょう?暖かい飲み物をお出ししますので一晩休んで行かれては?」
そう促されれば従うほかに選択肢は今の彼らにはなかった。それほどに心身ともに疲弊しきっている。3人はテントの中に入り込んだ。中は前室があり、ここで荷物や靴を脱いだりできるスペースがある。室内はランタンのぼんやりとした灯りが灯っている。4人も中に入れば少々窮屈だが、それでも普通のテントに比べたら広い類だ。
ただ1つ懸念を抱いたのは、招き入れてくれた人物が神官服を身に纏っているぐらいだろうか、追手ではないという安心感と、なぜ?こんなところに神官がいるのか、違和感を抱いてもおかしくはないだろう。
「はい。どうぞ。」
靴を脱いでそれぞれが腰を下ろしたところで、神官が湯気が立ち昇るコップを差し出してくる。それを受け取りゆっくりと口に含んでいく。毒見もあるがとにかく熱いのだ。ふーふーと覚ましながら彼らは飲み干していく。
「3人だけですか?」
人心地ついたところで神官が声をかけてきた。
「?どういう意味だ。」
ギラリとした殺気を発した彼に、神官は首を横に振って見せる。
「あなた達が反乱軍の生き残りという事は見たまんまでわかり切ってますよ。だから聞いたのです。3人しか逃亡できなかったのか?と。」
「「「っ」」」
3人は自分たちの服装にまで気が回らなかったようだ。兵士という出で立ち。しかもここ最近の状況を鑑みてもそう間違ってない憶測だ。反乱軍が正規軍に対しての敗戦による連敗。
当然、捕まれば処罰が待ち受けているからそれを回避したくこうして逃走する兵士達がいても不思議な事ではない。
どう答えたものかと視線を彷徨わせてから、意を決して苦渋の面持ちで頷いて見せる。それを見て神官が口を開く。
「申し遅れましたが、私はここらあたりを任されている冒険者ギルドの職員にしてテンセイ教の信者、セイヨドです。別にあなた達に危害を加えるつもりも通報するつもりもありません。私たちの目的はあなた達の協力を得ることです。」
「協力?だと。」
「そうです。あなた達のような敗残兵・・・失礼。戦い慣れたつわもの達を探し回っている次第です。」
「俺たちに冒険者に転職しろということか?」
もう隠し立てする必要がないとわかると、潔く開き直って話しを聞く姿勢を見せる。
「それは今後、あなた達が選択する未来のことで今ではないです。お疲れの御様子ですから手短に用件を伝えさせていただきます。」
そう前置きを置いて
「アレンド・アクガル教皇猊下はサマールルに対して敵対行動に移ると宣言されました。」
教皇と言えばマルセイザ共和国の元首だ。その名前と物騒な話が出たことでたちまちテントの中は緊張感に満ちる。冷静に冷静にと心を落ち着かせてから
「・・・だから俺たちに協力しろと。」
敵意に似た視線をもって相手を睨みつける。
「そうです。大体既に反乱軍として帝国に牙を向けているのは事実。マルセイザ共和国を味方につけてみませんか?という提案ですね。選択はどちらでもかまいませんけれど、あなた達はこれからどうするおつもりですか?農民?野盗?盗賊?いずれにしても今までの生活よりも肩身が狭い未来しかないのでは?」
強い口調で現実を思い出させる。間違いないこの先なんのあてがないことも全てが。沈黙が堕ちる中、代表して話していた左隣の男が声をだした。
「俺たちはこうして、散らばった仲間たちをかき集めて・・・そう独立。帝国を倒し独立を勝ち取るつもりだ。」
3人が思い描いていた理想と意思を持った言葉。セイヨドはそれを聞き口元を綻ばせた。
「独立ですか。いいですね。ぜひとも見せていただきたい。ただ、どうやって?人数が揃ったところで武器は?食料は?寝床は?その他もろもろ問題が発生することは目に見えてますよ。」
淡々と、丁寧に、そして冷たく語る。
「だから、私たちと協力しませんか?という話なんですよ。教皇猊下様はおっしゃっています。サマールルを占領したいわけではないと。ただ人族同士の争いをやめて、魔獣・魔物の殲滅に力を注いでほしいと。そしてダンジョンの解放。それだけです。これさえ守ってもらえるなら後のことは残った者たちに託すと。」
「・・・は?」
「領土が欲しいわけではないのですよ。そういった野心めいたものは一切ありません。なので冷たい言い方ですが、事が終わったら後は勝手にしてくださいとの事です。」
「それでいいのか?本当に・・・」
「えぇ。教皇様も私の言い方がいささか粗野でしたが、丁寧なお言葉でそう我らに告げております。」
神官の目は真剣なものだった。その真摯さを疑うわけではないのだが、いきなりそれを信じられるかといえば普通の人間はまず頷くことはできない。
「では、こうしませんか?お互い共通点は同じ。散らばってしまった反乱軍の兵士達を一緒に探しましょう。道すがらお考えを決めて戴ければいいのです。協力するしないの選択はあなた方にお任せしますよ。ただ、出来れば仲良く接したいですね。殺さないでいただくとありがたいです。」
一斉に3人の兵士達は顔を引きつらせる。行動を共にする振りをしてこいつから略奪することが頭を過ったからだ。見透かされているというわけだ。
「・・・いいだろう。その提案にのろう。」
他の2人の反応を確かめて了承の意を言葉にした。
「ありがとうございます。ぜひとも末永く仲良くしていただきたいものです。」
その日から4人は行動を共にして、1人また1人と仲間を見つけて増やしていく。途中、魔獣・魔物に襲われたり、既にこと切れてしまった兵士の遺体を埋葬したりとしながらも数か月も経てば、かなりの人数がより集まり無視できないほどになっていた。
任されたエリアを一周したのだろうか、セイヨドはある日を境に進行方向を北に向け始めた。
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「せ~~~~~の!」
「「「「「ふん!!!!!」」」」」
サマールルのダンジョン内で男たちが力を込めた気合が響き渡る。
壁に向かってツルハシを打ち付ける者、落ちた鉱石を積むもの、その鉱石を運ぶもの、その全てが捕虜となった者たちの仕事だ。楽な行程は1つもない。
彼らのそんな姿を、やや遠くから眺めている犬耳を生やした軍人たちがいる。
「・・・疲労困憊だな。」
「は、しかし犯罪奴隷に課す労役ですので。」
階級章をつけた将校の言葉に、現場の監督官がびしっと応える。
「楽をさせろとまでは言わないが、いささか過剰ではないか?」
「は、これも全て上からの厳命で鉱石が足りないということで通常より多めにと指示が届いております。」
命令に対して実直にそれを遂行する。まさに軍人の鏡と言ったところの発言なのだが、ふらふらとふらつく姿に、将校は深く溜息を吐く。
「・・・このペースでは後日に響くであろう。そうなれば上が求める鉱石の採掘は減るわけだ。従って今日はこれで終わらせて、明日から通常に戻せ。俺の方から上に報告しておいてやる。」
「は!かしこまりました!!」
「せっかくの労働力だ。無駄に使い潰してはいかん。特に有事の際にはな・・・」
最後の言葉は聞き取れないほどの声で将校は呟いた。




