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エピソード2 サマールル

「ルールカ。ご飯を一緒に食べよう。」


ルールカがサマールルに滞在していることをいいことに、セイギは暇を作っては彼女を遊びに連れまわしていた。


釣り、観光、狩りなどなど、都市部は慣れない者達にとっては居心地が悪い場所だ。特に匂い。饐えた臭いはどうしても吐き気を催してしまう。衛生管理がキラエルに比べてとんでもなく遅れているからだ。


そんなところを連れ出すわけにいかなく、セイギは町はずれにいってルールカとの時間を愉しんだ。ルールカもとくに嫌がるわけではない。先日まで殺し合いをしていた2人。とても不可思議な光景だろうが、それを気にする2人ではない。


ルールカが連れて来られたのは、基地の中にあるセイギの私室だ。キッチンもトイレも浴室だってある。中佐までなったセイギの私室が一般の兵士と一緒で良いわけがない。


「今日は、2人でカレーを作ろうとおもんだ。母さんからの直伝だから旨いよ。」


キッチンに材料を並べて広げて見せる。


猪肉、玉ねぎ、人参、ジャガイモ、カレーのルウ、山羊のバターにハチミツだ。


玉ねぎを炒める。


猪の肉を焼く。


すりおろしたニンニクとショウガを加え、香りを立てさせる。


弱火でバターを溶かし、小麦粉を同量加える。


焦がさないように混ぜ続けて、小麦粉が香ばしい茶色になるまで炒める。


スパイスの投入。ターメリック、コリアンダー、クミン、チリペッパーを入れてさらに軽く炒める。


炒めた肉と野菜の鍋に、猪から取った出汁を注ぎ、アクを取りながら煮込む。


具材が柔らかくなったところで、自家製ルウを少しずつ溶かして入れる。


ハチミツとリンゴのすりおろし。


蒸らす。


一通り行程を説明して、セイギはルールカの服装を眺めた。サマールルの青い軍服のミニスカートに白いエプロン姿。


幸せだ。


見惚れるセイギをよそに、ルールカは材料を見渡し口を開く。


「2人で作るってわけね。」


「うん。たまにはこういうのもいいでしょ?」


「そうね。自炊は出来ることは何かと役に立つし、セイギがカレーを作るなんて以外なんだけれど。」


「僕だって料理ぐらいはするさ。たまに食べたくなるしね。」


魔導コンロに火をつけ2人は食材にと向き合った。


「美味しく作る方法とか何かないの?」


「とくにはないよ。ただ食べてくれる人に美味しいと思ってもらうために一生懸命作るだけさ。」


会話を挟みながらも2人は作業に取り掛かっていた。野菜を切る。肉を切る。お湯を沸かして、ご飯を炊く。


「・・・2人分にしては量が多くない?」


「それは大丈夫。食べきれなかった分は、僕が日を跨いで完食するよ。」


「ん?となると何日も同じカレーになるじゃない?飽きるわよ。」


「これが飽きないのさ。ルールカと初めての共同作業で作ったカレーだよ。もったいなくって僕意外に食べさせないよ。」


「・・・またそういう事、平気で言うわね。」


「僕の気持ちはズレないよ」


言いながら、微塵切りにした玉ねぎをフライパンに並べていく。


「多めの油で飴色になるまでじっくりと炒めるんだ。あれ?油がないや」


セイギはそう言ってキッチンの棚を覗き込む。


「あったあった。うっかり出し忘れていたよ。」


そう言ってフライパンに油を注いでもらい、ルールカは包丁で玉ねぎを叩く音が、部屋にリズムを刻む。玉ねぎの匂いがふわっと立ち込めて、これだけでも食欲をそそる。


「そう言えば、おじ様とおば様は元気でいらっしゃる?」


「もう元気、元気。僕が居ない事を良いことにこの前弟が生まれたんだよ。」


「あら?!それは目出たいわね。何か贈り物を考えないと。」


「ありがとう。直接持っていて上げた方が喜ぶよ。」


「そうね・・・え?でも今、転移の魔法陣が封鎖されているのよね・・・」


「戦争が終結したんだからそのうち解放されるんじゃないかな?もしなんだったら僕が代わりに送り届けることもできるよ。」


「サマールルは封鎖されてないの?」


「封鎖されているよ。だから僕は時間が出来た時にマルセイザ共和国に行くんだ。そこには転移の魔法陣があるからね。向うに行っている間に教えてもらったんだ。」


「あら?そうなの?私もマルセイザ共和国にコネがあれば良かったな・・・」


そんな会話を交わしつつ、猪肉を切り分ける。


「ルールカはこの先、テンプテーションガーデンに行くんでしょ?」


「そう。エリーゼ、レイニ、リナを伴ってダンジョンの最下層までいくつもり。」


「テンプテーションガーデンにも転移魔法陣があるからそこからでも行けるよ。」


「あら?物知りね。」


「ふふっ。トルークってやつがさ向こうの住人なんだよ。色々と教えてくれるんだ。」


「へ~。ありがと。一度またご挨拶に行きたかったから、そうしてみるわ。」


「うんうん。親父と母さん絶対に喜ぶよ。その時は僕も同伴させてね。」


「いいけど・・・あんたまさかダンジョンに潜るの?」


「うん。しばらく後片付けと、準備に時間を取られるからすぐにではないけど、軍を辞めて君を追うよ。」


「・・・なんかストーカーぽくなってない?」


「それは誤解。純粋に愛だよ。」


「・・・まぁいいわ。じゃあ向こうで再会したら一緒に連れて行ってね。」


「もちろん!あ・・・でも多分だけれど、あっちいったらまた敵、味方に別れるからさ。追々時間作ってからね。」


「・・・どういうこと?」


「キラエル側とサマールル側のダンジョンを潜って最下層に行ってゲートをくぐったらどうしても敵対してしまうみたいなんだ。僕も詳しくは知らないんだけれど、つまりルールカとは戦って戦いまくってどっちかに屈しないといけないみたいなんだ。」


「ふ~ん。まぁいいわ。私負けないわよ。」


「僕もさ。それと殺す気で来ていいからね。フルポーション持っているから、首を撥ねられても数分間なら治療できるから。」


「となると、相手は必然とセイギになるわけ?」


「そうだね。僕は譲りたくないからね。」


「そう。楽しみが1つ出来たわ。」


「そう言ってくれると素直に嬉しいよ。」


会話を交わしながらも、料理は出来上がっていた。カレーの胃袋を直接刺激する香ばしい香りが2人のお腹がぐぅと鳴って、早く食べさせろと訴えてくる。


「さっ。ご飯も炊きあがったみたいだし、食事にしようか。」


「ちょっと待って。カレー・・・焦げてないわよね?」


「大丈夫。良い感じに仕上がってるよ。絶対にうまいやつ。」


完成した料理が次々と食卓に並ばれていく。カレー、ご飯、サラダ、スープ。あの時にご馳走になった記憶が蘇ってくる。


「うん。なんか新婚生活みたいだね!」


「もう・・・。」


セイギは嬉しそうに、ルールカはため息1つ付いてテーブルを囲む椅子に腰を下ろす。


「では、僕たちの新たな門出に・・・」


「「乾杯」」


***************************************


セイギは僅かな間サマールルに滞在していたルールカとのやり取りを頭の中でリプレイしながら、要塞都市として名高いガランを、ぼぉーと眺めていた。


サマールル国内でも屈指の堅牢さを誇る都市として知られていて、その防衛能力は長き内乱の時代にあっても一度も陥落したことがない。


都市を囲む三重、四重の外郭、中郭、内郭、と奥に行くほど壁が高く、厚い城壁に加えて、大軍で押し寄せても数人ずつしか進めないような隘路が都市に至る道に存在する。


「暇だな・・・」


セイギは一軍を率いてこの要塞都市を囲んで眺めているだけで、暇そうに過ごしている。


「・・・セイギ中佐。斥候が外周の偵察を見終わりました。」


背後の部下がそう報告するも、セイギはあくびをして受け答えする。


「城壁の堅牢さと、警備する兵の監視網の厳しさで攻城戦をするにしても長期戦が予想されるそうです。いかがいたします?」


「・・・変わらずでいいよ。いかにも今からでも攻城戦をしかけますよ。っとみせかけるだけでいい。でも行商人や補給の類は塞き止めておいてね。」


***********************************


その夜、軍施設にある厨房にて影たちが動く。


「・・・」


下男、下女と呼ばれていた者たちだ。もぞもぞと蠢きあい、地下貯蔵庫に向かい始めた。


***************************************


それから一週間。ガランの兵達の様子が明らかに変わった。


「腹が・・・痛い・・」


「く・・・薬を・・・くれ・・・」


「・・・う・・・っぷ・・・」


都市の外壁を監視する兵士達の顔色が悪い。それでも任務を遂行しようという心意気は感じるが、逆に考えれば替えの人員も同じ状態なのかもしれない。彼らはまだましなほうであって他の連中はもっとひどい惨状なのかもしれない。


*************************************


さらに一週間後。


「セイギ中佐!正門が開きます!!」


「そうだね。潜入させていたシャドーファントム達が上手くやってくれたようだ。先鋒部隊、突入して中の様子を確認。まだ元気な奴がいたら速やかに排除だ。」


即応して部隊が動き出す。いきなり突入するのではなく、慎重に安全を確認してから速やかに城内に侵入する。


「民間人には手をだすな。武装している者、体調が思わしくない者は即座に拘束。抵抗するようなら構わず黙らせろ!」


指示を飛ばすセイギの前方で市民の群が駆けだしてくる。病魔の類からの感染を恐れて

いるからの逃亡だ。


「大体の民間人と思わす団体が出て行きました。」


「よし!では、始めようか攻城戦を。」


かくしてセイギ率いる一軍からは何んら犠牲もなく、要塞都市と謳われたガランはあっけなく陥落した。


昼を過ぎた頃には決定的に決まった。正門から突入が始まり、万全の体調ではない兵から次々と拘束。一部奮戦を魅せる勢力もあったが、多勢に無勢。交戦などほとんどなく降参させる。


さてと、


セイギは心の中でそう呟いて、自分の仕事を全うする。


攻城戦に短期で勝利を治め、新時代を迎えるにあたって旧体制を改めてもらいたい。またこんな反攻をおこされてはキリがない。


責任者の入れ替え。このガランを収めていたのは、今拘束されているダランバ・ガラン将軍だった。彼は間違いなく死刑は決定なのだが、彼を補佐する部下達の中には優秀な人材が何人かいる。


カズルク、ミトカリ、ナラハンこの3人はぜひともこちらの陣営に加わってもらいたい人材だ。人手不足というのもあるが、事前に調査を重ねて柔軟な発想と、観察力、誠実さ、実行力がありそうなのだ。


さて、どうやって彼らを説き伏せるのかが問題なのだが、なんとかなるだろうと途中からセイギは開き直った。


だって、負けましたから、今までの事は忘れて今から心機一転心を入れ替えます。と、言われたところでとてもじゃないが信用できない。仕事が出来るだから優秀とはいいがたいのだ。


それに新時代を迎えるにあたっての説得だ。彼らはすぐに理解できないだろし、どうしても時間をかけるしかない。と結論に至り、とりあえず話だけ聞いて後は専門家に丸投げでいいやと、そんな心境だ。


「さて、まだここだけじゃないから、さっさと引継ぎして次行くよ~」


セイギはそう部下達に声をかけた。そうなのだ反乱はここだけではない。シルヴィ元王女

殿下を招き入れたまではよかったのだが、そこで通髄してきたキラエルの王侯貴族どもから臭い、臭う、異臭がすると散々陰口をたたかれ、これをよしとしないレオリオン皇子が衛生税を導入して上下水の整備を行うと発表。もちろん予算が足らず、足らないのなら贅沢禁止令、軍事予算の削減をすると言い出したものだから、貴族たちが反発して反抗勢力を作り出した。


贅沢禁止と言っても、過度にパーティをひらなければいいわけだし、そこの着飾りや衣装なんかの費用も抑えられるわけだし、苦手な人物と合わずに済むというメリットがあるわけだから、わりといい案に思えるが、貴族たちは既得権益を主張して異議を申し立てるまでに至った。


そうこうして懇意にしている軍閥と意気投合してしまったからにはどうしようもなく、今回のように民の生活を圧迫させる衛生税導入の阻止という大義名分を掲げて戦闘が起こってしまっているのが今の状況だ。


というわけで、セイギをはじめとした将校たちはあっちこっち行って、こうして鎮圧して

回っている。


さぁ、次はどこに行けと命令が下されるのかな?彼女との約束もあることだし。


****************************************


「ガランが完全に陥落したようだな。」


「・・・そうみたいね・・・」


カイ・パダックが戦闘もなく拍子抜けしてしまったが、気を取り直して隣にいるハリーに軽く声をかけたつもりだったが


「?どうした。」


彼女は即答しない。じっとセイギの背中を見つめているだけだ。


「なんだ?悩みごとか。気を付けろよ。せっかくの可愛い顔に眉間に皺がよって台無しになるぞ。」


「うるさい。もう可愛いとか言われても別に嬉しくなんかない年ですし。」


素っ気なく言い返して睨むハリーにいかにも強そうで、鍛え上げられた屈強な身体を持つカイは苦笑交じりに頭をかく。


「俺は可愛いと思うぞ。特にセイギの前ではな。」


からかわれたと即座に感じた彼女はさらに眼光を鋭く細める。カイは両手を上げて降参の意志を示し宥めてみせる。


「まぁまぁ。そう怒るなって。どうせセイギ絡みで考え事していたんだろう?」


「うっ・・・」


「当たりか。わかりやすいなお前はいつも。で、何を悩んでいる?」


不機嫌を表情で表現している彼女に怯まず、カイはずけずけと踏み入っていく。いつも通りのやりとりと気遣いに、ハリーはため息1つ吐いて素に戻る。


「・・・何だと思う?」


「家族を取るか?セイギを取るか?お前の様子がおかしく感じるようになったのは実家に帰って後からだろ。」


「うっ・・・」


ハリーは図星をつかれて身体を震わせる。カイという男。脳筋のようにみえて意外と周りの機微に反応を示す。とく彼とはセイギ以外ではよく接することが多いので、愚痴を聞いてもらっていたりする。


「貴族としての使命を果たすか、個人の意思を貫くのか、悩ましい問題だな。ま、セイギの目にはあのサキュバスしか見えていないからハリーの想いが届くとは思えないが、かと言ってそう簡単に割り切れない。そういうことか。」


そう言いつつ彼女の肩にポンと手を置く。


「もし貴族としての立場がなかったら、お前はどうしたい?どうする?」


「え?!・・・だったら・・・・」


赤みがさした顔をして、それから俯いて小声で彼女は応える。


「・・・セイギの側に居られればそれだけでいい。彼の近くにいつも居たい。ただそれだけ・・・」


「うん?そうしたらお前はセイギとルールカといったか。2人がくっついても使用人のようにずっと結婚もせずにいるつもりか?」


心配そうな表情に変わったカイに問われて、彼女は首を振る。


「それは絶対に嫌!けれど、彼と彼女が深い関係なのはわかっているの。だからどうしたらいいのかわからないの。もう涙を堪えてあっさりと顔も名前も知らない貴族の男と結婚して子供が出来てしまえば、時間が彼の事を忘れさせてくれるのかな?って。」


「家と家を結ぶ、外交と契約、個人の感情よりも優先される義務。血を存続させて繁栄させること。これが貴族として生まれた者としての最大の使命だ。その選択は間違ってはいない。」


「そう思って何度も何度も・・・でも・・・・」


そこで言葉を切って


「セイギとルールカとの直接戦った時、彼は見たことのない表情をしていたの。」


「ふむ。」


「目を輝かせて、少年のように無邪気に時間も忘れて遊び惚ける。そんな表情を見せられて忘れられないの・・・どうしても思い出してしまうの。」


「なるほど。な。本気で惚れてしまったってことだ。」


「・・・以前までの私には想像できない思考に陥ってしまって混乱しているというのが正直なことなのかしら・・・」


恋愛感情。これまで意識して無視してきた自分に言葉で口に出してみると、セイギがいない日常など地獄以外に感じられない。貴族としての彼女の存在が揺らいで霞む。


「セイギの側に居たい。これは本心。でも、それはセイギとルールカを一緒にさせたくないと言っているのと同じこと。私がいないところで一緒になって子供が出来て家族が増えて一緒に暮らしていく。そう想像し始めたら、なんだか治まらなくって・・・」


ハリーの瞳の奥に怪しげな火が灯り揺れる。それを見かけたカイが、彼女の額を軽く小突く。


「お前には時間が必要な事はよくわかった。悩め。とことん悩んで悩みまくって思いっきり泣き叫んで咆えろ。1人で耐えられないならいつでも俺を頼れ。側にいてやるよ。」


これはどうしようもなく重症だな。と考えつつカイは努めて明るく声をかける。


それはカイが抱いている感情の率直な本音も含まれている。ハリーの婚約相手はカイ・パダック本人だが、彼女は碌に相手の事を知らない。いや、知らされているが頭の中で拒否して記憶にないのだろう。これからも黙っておこうと決めた瞬間だった。選択は彼女に任せることにして任務をこなしていくだけ。今はそれでいい。他ごとに思考を費やせばこの関係がなくなってしまう恐れがある。これでいいんだと言い聞かせる。



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