エピソード1 サマールル
エピーソード セイギ
帝都ヨルンザムの市街を走るメインストリート。レオリオン・サマールルとシルヴィ・キラエルの結婚パレードを、道脇に立ち並ぶ市民達が歓呼の声で迎えていた。
戦争終結を意味するこのパレードは、重苦しい軍靴の音はもう聞こえない。楽隊が打ち鳴らすスネアドラムの軽快なリズムは、人々の心にこびりついた戦いでの悲愴を、小気味よく叩き落としていった。
しかしその光景は、パレードを見守る市民達の心境を、沸かせる以上に戸惑いを生じさせた。自ら前線に赴き、戦果を上げ続けた戦乙女。そうしたシルヴィ元王女の姿は、市民達の記憶に鮮明に刻み込まれている。
これからさらに激しい戦乱が巻き起こるのではないのか?
戦いがないからこそ、今までの生活習慣ががらりと変わってしまうのではないか?
人々は口々にそう語り合い、祝いと不安が交差する。
同夜。深夜の時間帯。
宮殿の窓という窓からは、溢れんばかりの琥珀色の光が闇を斬り裂いていた。静まり返った帝都の中で、そこだけは眠気を拒むように盛り上がり見せている。
高く厚い城壁を超えて漏れ聞こえるのは、ワルツの調べと、招かれた王侯貴族たちのざわめき。戦火の記憶が消えることはない。だが、夜明けまでの数時間を猶予として、キラエルとサマールルの過去の衝突を忘れさせようとしていた。
喧騒が華々しい宮殿とは打って変わって、祝祭の熱狂を拒絶するように、地下礼拝堂の空気は重く、凪いでいた。代々の王族が眠るこの石造りの深淵では、永遠の安らぎが与えられる。
気が付けば厳かな棺の前にフードを被った黒い影がそこに立っていた。警備の兵士がいないわけではない。その黒い影は彼らに悟られることなく本当の影のように忍びこんだのだ。
「・・・・」
目の前の棺を見下ろす。好色で愚鈍で、癇癪もちで怠惰な男。
ハルトン・サマールル。第2皇子で先の戦闘で命を失った。というよりもその日まで生かされていたというべきか。愚劣、俗悪、醜悪、極めつけが怠惰だ。そんな在り方だったらこそ殺されたのだ。
「・・・・」
影はそんな第2皇子の棺を前にして両手をかざす。
目覚めよ
その日を境に、第二皇子の遺体と、その側に一緒に葬られていた侍女の遺体が消えた。
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死神が住まう峰々の防壁より、さらに北上に離れた地にある大聖堂。その奥にある様々な神々の石像が祀られている一室に、恰幅のいいつるつる頭の男性の声が響いていた。
「・・・以上が、キラエルでの戦闘の顛末でございます。」
マルセイザ共和国を率いた大将サーハドメラシャドの報告を聞くのは、敬虔な神官のようでありながらさりげなく豪奢な趣のある神官服に身を包む老人。
「そうか・・・ならばよい。」
戦場での言葉使いとは全く正反対の恭しい態度は、目の前の老人がこのマルセイザ共和国を治める教皇猊下その人だからいたしかたない。
教皇はその言葉を聞入れて次の言葉を繋ぐ。
「ある日、地上に天変地異によって、地は涸れ果て、水は干からび、様々な生き物が死滅した。ところが1人だけ生き残っている者がいた。
男か、女か、老人なのか、はたまた子供なのか分からないほど、骨と皮ばかりのその姿は明らかに死にかけている。しかし、その者の歩を止めることはなかった。次第に速度は遅くなるものの、それでも前に進もうと生を諦めようとはしなかった。
やがて、その者が躓いて再び立ち上がろうとしたその目の先に奇跡をみた。やや離れた丘の上に木が立っている。乾いてひび割れた地に懸命に根を張り、今にも折れそうな枝の先に実を1つだけだが確かに宿っている。
その者は、驚きと同時に喜んだ。あれを口に含めば助かるかもしれない。少なくとも今日だけは・・・そう思った事だろう。
実は小さいが熟したような色を帯びていて、とても美味しそうだった。
風が吹けば今にも落ちてしまい、もしかしたらそのままひび割れた地の中に吸い込まれてしまうかもしれない。その者に焦りが浮かんだ。このままでは間に合わないかもしれない。
そう察した時には、その者は勢いよく駆けだした。今にも死にそうだったその者にどこにそんな力が残されていたというのか?
だが、その者はその実が落ちる前にたどり着くことが叶った。その実を宝石でも手にしたかのように優しく、丁寧に両手で包み込み、ほっと安堵の息を漏らした。
そのまま枝をちぎって口に放り込めば助かる。口中に広がり生きている実感と共に体中が本能が求めるその行為まであと数瞬というところでその者は、両手を下ろし、木の幹にしがみ付くように抱きついた。
そしてその者は日が大きく傾くころに、静かに息絶えた。
その者の身体は時と共に腐り、その下にあるひび割れた地にわずかばかりの養分を与えることになる。それから数年が立ち、待ちわびた雨が大地を潤した。長い渇きの時期が終わったのだ。
生えていた木はとうに枯れていたが、その種は撒かれていてこの時を境に次々と芽吹いていく。次第に草が生え、花が生え、木が生え、やがて生き物たちが生まれる。」
「終わりは始まりであるという。まるで新たな世界が生まれる「現代の創世記」のようなお話ですね」
教皇は静かに頷き
「左様。今のままでいいのか?それとも?」
「はい。考えさせられる選択だと。」
言葉はそこで締めくくられて、教皇はそっと瞼を閉じてから口を開いた。
「神からのお告げが下された。サマールルは神の言葉を汚す不浄な存在なことは事実。キラエルとの戦争が終わればすぐさま内乱とはな。慈悲は聞いてやった。これより降るのは雨ではなく神の裁きの雷。」
「・・・猊下それは。」
「一度壊してみるとしようか。何度も通告はしたはずだが、ダンジョンをめぐって醜い欲にまみれた争い。若い世代が芽吹き風向きが変わるやもしれぬが故に沈黙を守り続けてきた。共和の理想を説いたのは魔獣、魔物を共通の敵と定めてきたからだ。だが、サマールルは都合よく解釈し、私欲に溺れる。獣に差し出す救いの手を神は手放された。」
無感情な声でそう告げて、それから教皇は付け加える。
「ともあれキラエルに対して謝罪は行われなければならぬな。死神を祀る巫女を覚醒させるためとはいえ軍を動かしてしまった事は事実。キラエルに正式に詫びて、死神が住まう峰々の防壁の管理を我らに任せてもらうことにしよう。あちらにでもそう悪い話ではないであろうしな。」
「・・・無論、教皇がそう望まれるのであれば信者たちも是非もありません。」
あの極寒の地を経験している大将サーハドメラシャドのその発言に教皇は微笑む。
「執着と愛着、忍耐と勤勉を宿し、その先に零れ落ちた希望を掬いあげよう。罰されるサマールル・・・その未来の光が今よりも明るく照らされることを願って我らは、神々の導きに従う。」
マルセイザ共和国を治める国主にして、テンセイ教を頂点にした冒険者ギルドを纏める。
ハイ・マスター。アレンド・アクガル。
かの老人の瞳には神々の石像に跪き最大限の敬意を込めて祈りを込めて宣言した。




