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別れと旅立ち

ハインツとレイニとミルキ


水路に架けられた石橋の向こうには闘技場があり、その中央に人影が立っていた。斧を担ぎ、がっしりとしたその体幹と隻眼の青髪の男。英雄譚に登場するその人そのままのハインツがそこに居る。その隻眼の奥には、幾多の戦いを経て培われた、揺るぎない『意志』の炎が宿っているかのようだった。


「―――」


英雄譚に出てくる勇者ハインツを前にして、レイニは憧れと情景を噛みしめて感動に浸る。


「ハインツ!」


そんなレイニに割り込んでくるのは、ミルキだ。彼女は以前夢の中で彼を見ていたので、それほどの感慨を抱いてはいない。


ミルキの声に反応したのか、そのままミルキに向かって凄まじい跳躍力で差し迫る。


「私、ただのお荷物じゃないの。」


「―――」


ミルキがその場を離れると、複数の爆弾が仕掛けられていた。レイニが慌ててその場から逃げ出すと、同時に爆弾がハインツに向かって爆発した。


ミルキは自分の護身用に掌サイズの爆弾、手榴弾を基本的にいつも携帯している。人一人を殺す殺傷力は十分だ。それを3つ。ハインツに向けて投げた。


爆発が収まり噴煙が上がる中を、ゆっくりとハインツは何事もなかったように傷1つつけることもなく歩いてくる。自分の敵対者となる2人を確かめると、担いでいた斧を掲げる。


「まったく効いてない・・・」


「ミルキ。手榴弾を持ってるなら先に教えてよ。」


ミルキが効かなかったことを嘆き、レイニが開発中の手榴弾をここで使うなら言っておいてほしいと苦言を漏らして走り出す。しかし、その言葉の裏には、互いを信じ、共に困難を乗り越えようとする、確かな『絆』が見え隠れしていた。


走り出したレイニを無視して、ハインツはミルキを標的として捉え、斧を振りかぶって信じられない速度で勢いよく跳躍する。


あわやそのまま、ミルキの身体を真っ二つにしてしまう寸前だ。


「レイニ」


「まかせて!」


ミルキの声と同時に、後ろに回り込んでいたレイニが魔反動砲を発射する。


斧を一直線に振り下ろそうとするが、その斧に向かって魔弾が突き刺さる。鋼と魔弾がぶつかったことによって快音が響き、ハインツの攻撃が反れた。


ハインツの態勢はまだ攻撃の姿勢のままだ。斧に着弾させることによって軌道を反らし、魔反動砲を構えていたミルキがそのがら空きになった懐に超至近距離から炸裂させる。


ハインツはそれを、横に転がりこむようにして回避してみせる。斧を狙ってくるとは思ってはおらず、まんまとしてやられた形のハインツは、そのまま、レイニ、ミルキを順番に眺めてニヤリと嗤い攻撃に転じた。


ハインツに追われる形でミルキとレイニは俊敏に動き回って回避に専念している、


一目で分かるその全身から迸る常軌を逸した圧迫感。重量感溢れる斧をいとも容易く振り回すその力と、それを扱っているとは思えないほどのスピード感。そしてなんといっても『英雄』として語り継がれるに相応しい、歴史と伝説を背負ったかのような存在感だった。


2人は下がって挟撃の形に持っていく行動を起こしているが、むしろお互いの距離を縮めてしまっている。もはや会話すらかけるような余裕もなく、このまま一方的に攻められるわけにはいかないとでも言うように、ダガーを引き抜いて飛び掛かった。


アカデミーで鍛え上げられ、数々の戦場を経験した2人だ。ダガーを握り、ハインツに斬りかかる。一糸乱れぬ同時攻撃、アイコンタクトだけでの合図だ。


しかし、ハインツは最低限の動きだけで回避してみせる。身を反らして、刃を避け、ミルキを蹴りつけて、レイニを狙う。


「―――」


ダガーが躱された事に躊躇なくハンドガンを瞬時に抜きはらい魔弾を放つ。その動きにハインツはにっこりと微笑んで、レイニの横っ面に拳を叩きつける。だが、レイニは攻撃を躱されてカンウターされたのにも関わらず、怯まずそのまま拳を搔い潜っての右ストレート。


「―――」


腕を伸ばしきったハインツにレイニの拳が決まるその刹那だ。確かにレイニの打撃が決まったように見えたはずだったが、結果はハインツの膝蹴りをくらうレイニの身体がくの字に折れ曲がる。


「うっ!」


おもわず膝をつき、レイニが苦鳴を上げた。前のりなったレイニに追撃で蹴撃が炸裂して、彼は吹き飛ばされる。


「さすが・・・勇者・・・」


戦慄と驚嘆を上げながらも、かすかに羨望が詰まってしまうのはしかたないことなのかもしれない。


「・・・」


一方的とは言い難い戦況だが、状況は良くはない。ミルキは今の攻撃を思い描きながら必死に頭を回転させていた。


斧使い相手に近接戦は有効ではない。ミルキもレイニも近接型ではないからなおさらだ。無論、距離をとりたいがそれを簡単に許してくれない。


それにしてもと、ミルキはレイニに対して賞賛を送る。彼は射撃が得意で近接戦は苦手の類だったはずなのに、この一連の動きを見て感心させられた。いつの間にとも思ったが、戦闘機を任せた辺りから、彼は確かに変わった気がする。相変わらず女性っぽいが、どこか自信を身に着けてそれを確かな形で表している。寂寥感を抱きながら、やっぱり男の子だね。と、どこか納得してしまう。


さて、こうなるとミルキが一番の足で纏いであることを痛感してしまうわけだが、今更の話しだ。頭を切り替えてどうハインツに対応するのか?そこを考えていかなければならない。


考え込むミルキを放っておいて、ハインツとレイニの攻防が続いている。援護に回りたいが、残念ながらミルキの行動はハインツにバレバレで大した掩護にもなっていない。


「・・・」


自分の戦力が通用しない事は分かっていたつもりだったが、やっぱり悔しいものは悔しい。そう思いながらもミルキは開戦前に置いておいた布に包んだ細長い物体を横目で見る。それは言ってしまえば新兵器だ。ハインツのような規格外の存在に対抗するため、ミルキは夜な夜な設計図を広げ、魔導工学の知識を総動員してこの兵器を考案した。キラエルに帰国していたら、ゴーンド商会の優秀な職人たちが彼女の緻密な設計図を元に試作品を完成させていたのだ。試し撃ちをしようとしてみれば、想像を遥かに超える重さに驚いた。ここまでの重量になるとは思ってはいなかったが、その威力もまた想像を絶するものだろう。どう運用するのが適切か?悩んでいたところで、この場に呼び出されたという経緯であり、この試作品も一緒に持ってきていたわけだった。


レイニがときおり視線を送ってきている。勝つためにはきっとこの新兵器が役に立つはずだ。彼に視線を送って、隙が出来たらこれを持ち出してほしいとアイコンタクトをすませて、戦闘に参加すると決めた。


2人して魔装銃、ハンドガン、魔反動砲、ダガーと幾度も放ってはみるものの、その異常な反応と反射神経の為せる技なのか?一向に当たらない。ただ、不可解なのはたまたまなのか?偶然なのか?よくわからないが、決定的な場面に限って躱されてしまうのだ。レイニの放った魔弾がハインツの眉間を捉えたかに見えたその刹那、景色が一瞬、歪んだように感じられた。魔弾の軌道がわずかに、しかし決定的に逸れ、ハインツの横をすり抜ける。まるで、彼だけが別の時間軸に存在しているかのように、攻撃の全てが寸前で空を切るのだ。それは、彼が『勇者』として数々の死線をくぐり抜け、その身に刻み込まれた『戦いの本能』が、時間をねじ曲げるかのように攻撃を無効化しているかのようだった。ハインツは緩急自在に、縦横無尽にこちらの攻撃を卓越した戦闘技法によって空を切るばかりだ。


ハインツが魔反動砲の魔弾を斬り払ったところで、ミルキは懐に飛び込んで、そのまま身動きを止めようとこころみた。もちろん数秒程度動きを止めるだけでいい。その間隙を縫ってレイニが来るはず。そう思っての決死の飛び込みだったが、あっという間に背負うようにされて地面に投げつけられる。


さらにレイニに対しても、適切に対処して転ばせる。さすがの一言に尽きる。ある種の体術系に則った流麗な動き、斧使いでありながらも実戦的な技術、何十年も戦場を駆け抜けてきた勇者の戦い方に、脱帽だ・・・


斧の斬撃をレイニは咄嗟に魔反動砲で相殺、間近でのその衝撃もハインツは微動だにしない。しかし、それでもレイニはあらゆる方向から攻撃を加えている。それに感化されてミルキも参戦する。諦めてはいけない。突破口は必ずあるはず・・・


そう気合を入れた瞬間だった。ハインツが消えた。否、そう思えるほどの速さでレイニ、ミルキを次々となぎ倒していく。即座に立ちあがって2人はハインツに迫るが、レイニを斧の柄で胸を突かれ、ミルキはそのまま吹き飛ばされる。


2人を見下ろして佇むハインツに、すでにボロボロの姿に成り代わっているレイニがハインツを後ろから抱きついた。


「ミルキ!」


そのレイニの意図を察したミルキは、手榴弾を投げる。レイニが傷つくのが前提であり、彼もその覚悟を持っていた。


「―――」


手榴弾が届くまでの間、レイニはハインツを逃がさない。そして手榴弾が光を放ち、地面が弾けるほどの威力で爆発が起こった。爆炎が上がりレイニが上手くこちらに転がって来る。それを受け止め素早くポーションで治療した。


「ふ・・・ぅ・・・」


火傷がみるみる治っていき、レイニは吐息を零す。手榴弾を間近で浴びたのだが、ひとまず大丈夫らしい。傷は塞がっている。


そして、


「ハインツ!」


もろに手榴弾の爆発に巻き込まれたはずのハインツがケロっとした状態で現れる。ポーションやら回復魔法やらを使った形跡は見当たらない。


直後にやって来るのは、理解不能と無理解だ。ミルキは乱暴に髪を掻き毟る。意味が解らない。レイニもまた同様だった。この不可思議な事態を呆然と眺めていた。


「・・・何か絶対にあるはず!」


弱気が差し込んだレイニの隣で、頭がぐちゃぐちゃになってせっかくの可愛い顔が台無しになってもそう呟く。ミルキの表情は、困惑はしているが悲嘆はしていない。折れない。心だけは折られない。そんな覚悟を強く心に固めているようだった。


それを見たレイニも両手で頬を叩く。何を弱気になっているのか?まだ負けてもいない。まだまだチャンスはある。きっと・・・


その2人の姿をハインツは沈黙のまま眺めていた。


同時に2人は動いた。とにかく闇雲に撃ちまくって突破口を見つけ出す。


魔装銃、魔反動砲、ハンドガン、手榴弾、地面がひび割れ、噴煙が立ちあがる。この闘技場の惨状こそが、2人の総攻撃の威力を証明している。


「「・・・」」


隙間も開けずの乱射による乱れ撃ち。2人がかりで1人に相手に対して、圧倒的な数分間による物量攻撃。いくらなんでも傷1つはつけられるはずだ。2人は固唾を呑んで見守る。


しかし、勇者ハインツの姿はそこに佇んだままであった・・・頭を左右に振り、それで終わりか?と問いかける仕草を見せると、地面を跳ねて2人に突っ込んでくる。


斧による斬撃による連撃。ハインツの代名詞であり2人にとっては、まさに死神の鎌のように見えたことだろう。なりふり構わずに2人は回避一択だ。地面に転げ回って土に塗れ、埃塗れ、髪も、肌も、軍服も何もかもボロボロでズタズタだ。それでも2人は必死に逃げ惑う。だが、目は死んでいない。


ミルキはこの戦いを「次代と審判と決闘」だとそう認識している。彼女はシルヴィ王女と共にサマールルに赴くつもりだ。近衛騎士ではなく、商人、鍛冶師としてゴーンド家を代表してサマールルで商機を勝ち取る腹積もりでいる。新兵器もさることながら、魔道具、ポーション、生活雑貨まで様々なものを想定している。だからこそ、先人に自分の生き様を、シルヴィ王女に覚悟を、自分自身の志を見せつけなくってはならない。そう感じとっている。


ハインツ勇者の1人。英雄譚で後世まで語り継がれる人物だ。戦闘能力、俊敏性、防御力、センス、いずれも超絶された存在。そんなことはもう知っている。でも、ここで彼に自分の価値をアピールしなければいけない。しかし、どうやって・・・


地べたに這いつくばりながら、バジリスク戦を思い出す。ハインツがどう動いていたのか・・・正直覚えてはいない。バジリスクの脅威が印象強かったからだ。それでも何かないかと、フル回転で頭の中をかき回す。と、そこでバジリスク相手に最初は勇者たちも思い違いを起こしていたはずだった。


そう思い至ると、ミルキはさらに今までの事を思い出して、破棄した。根本的に何か見逃している・・・そんな気がして、1つの仮定が何度も想定と破棄を繰り返していくうちに閃いた。しかし、これはあくまでも仮設であって確証はない。でも、このままではどっちみちジリ貧なのは確定事項だった。


「レイニ!」


自問自答に目途が立ったミルキがレイニを呼び、視線を布に包んだ細長い物体に向けた。お互いに意思疎通を交わすと、お互いの目に戦意が宿った。


「使い方は、引き金を引くだけ。でも重いよ!」


「わかった!こう見えても前よりは大分筋力上がっているんだ。」


そして2人で瞳を合わせると


「頼むわ!」


「任された!」


やることが決まれば、2人はハインツに挑むため行動に移した。


ハインツを真っ向からミルキは相対してみせる。レイニは布に包んである物体に駆け寄った。


ミルキは躊躇なく手榴弾を投げ込んだ。それの爆発を確認する前にもう1つ投げる。ハインツはまた同じように何の傷をつけないだろうと予想は出来ている。でも、それでいい。ミルキが2つ目に投げ込んだのは閃光弾だ。


刹那。1つ目の爆発が終わった頃合いで、閃光弾が炸裂したのは、殺傷力でも衝撃波でもない。強烈な閃光と強大な轟音。光と音だけの攻撃ではない. 一時的に行動を無力化することを期待させたものだった。


「―――」


それをまともに見てしまったハインツの動きが止まった。ミルキが思い描いていたとおり集中力の破壊に成功した証拠でもあった。


それを見て機関銃を構えて待っていたレイニが、叫び声と共に銃口を赤く染めた。彼の手に握られているのは、重機関銃。単発で人を軽く吹き飛ばすほどの威力の魔弾を、毎分500発で叩き込むミルキが考案していた物理破壊兵器だ。


ドドドドドドドッツ!!!


閃光弾で動きを止められたハインツに魔弾の奔流が容赦なく降り注ぐ。戦闘能力、俊敏性、防御力、センス、そんなものは無力だ。とでも言うように重機関銃の咆哮は鳴りやまない。

ミルキの頭の中では、ハインツの動きがスローモーションのように再生されていた。彼の回避は単なる高速移動ではない。まるで、攻撃が到達するわずかな「時間」そのものを操作しているかのようだ。ならば、その「時間操作」を無効化する、あるいは上回る手段はないか?彼女は脳内で無数の仮説と検証を繰り返した。閃光と轟音で集中力を麻痺させ、一瞬の隙を作り出す。その間に、圧倒的な物量でねじ伏せる。それが、彼女が導き出した唯一の活路だった。この新兵器――重機関銃は、その仮説を現実にするための、ミルキの知性の結晶だった。


この想定の結果として、かつて勇者と呼ばれた男は、もはやそこには存在していなかった。残されたのは、リングが2つのみ。欺瞞と圧倒的な物量の前には、脆くも崩れ去るという現実の証だった。


「・・・」


「ふ~・・・」


2人して膝を崩して座り込んで安堵の息を漏らした。それは、強大な敵を前に、互いの力を信じ、支え合ったからこそ掴み取れた勝利だった。彼らの間には、言葉にはできないほどの深い『絆』が確かに存在していた。


隻眼のハインツ。その隻眼は魔眼を隠すためだったのではなかったのか?そう推察するが検証ができない。いずれにしろ、戦いは終わった。


「信念を宿す者」と刻まれた。親指サイズのリングと、「揺るがぬ誓い」と刻まれたサファイアのリングが2人の手元に置かれていた。残されたリングは、ハインツがその生涯をかけて守り抜いた『信念』の証だった。それを受け取ったレイニとミルキの胸には、新たな『意志』が静かに芽生え始めていた。これは、彼らの世代が受け継ぐべき、次なる物語の始まりを告げるものだった。


アンチュアとルールカ


風を斬り裂く銀閃が、キンッ、キンッ、と甲高い音を立てて火花を散らし、激しい剣戟を奏で合っている。その響きは、ただの金属音ではなく、互いの魂がぶつかり合うような、苛烈な前奏曲だった。


剣戟の片割れは双剣を操るルールカの冴えた刃。相対するもう片方は、寸分たがわぬ動きで迎え撃つ白銀の髪を持つ双剣の青年。


刃同士のきらめきが宙を乱舞し、ガキンッ、ガキンッ、と鋼が悲鳴を上げるような音が響き渡る。苛烈なはずのその響き合いは、どこか儚げで物悲しい調べを奏でているかのようだった。甲高い斬撃のぶつかり合いは、まるで求めあう恋人同士の愛撫を思わせるほどに、密接で、そして激しい。風を切り裂くヒュンッという音が、二人の剣の軌跡を鮮やかに描き出していた。


なぜそんな錯覚を呼ぶのかといえば、それはその2人の剣撃がきっと、これ以上ないほどに噛み合っているからこそなのだろう。


「疾!」


息を詰め、ルールカの2本の剣が上下左右を問わず、縦横無尽の軌道で放たれる。


弧を描く斬撃の軌跡はいっそう芸術的ですらあり、その一閃一閃が、空気を震わせるような鋭い音を立てる。研ぎ澄まされた斬撃は全てが達人の域を超越した、まさに『音を置き去りにする』一撃だった。」


剣士でなくとも、あるいは戦いを知らない者たちも見惚れるほどの冴えわたる斬撃、それが存分に振る舞われている。


「疾っ!」


一振りが十分に致命傷になり得る、無数の斬撃。しかし、その嵐のような猛攻を受ける2本の剣。その白銀の青年も人域ではない。


速度、鋭さ、威力いずれも2本の剣は、迫る無尽の斬撃を吸い込むように同じ軌道を描く。


甲高い音と火花が連続し、口元に笑みを浮かべるルールカの前で、白銀の青年が大きく背後へ跳んだ。予想外の動きにルールカの反応が遅れ、追いすがるルールカの眉間に刹那の光が突き刺さる。


「―――」


一瞬の間に閃いたのは、頭を突き刺そうとする刺突だ。引いたと思わせておいてからの瞬きの時間で一直線に迫る相手を仕留める事に特化した刺突。


死との境界線を愉しむルールカでなければ、間違いなく刹那の光によって死んでいた。ルールカは蠱惑的に微笑んで、刺突の姿勢で止まる白銀の青年に追撃・・・その微笑みは、死と隣り合わせの極限状況でこそ輝きを増す、彼女の内なる「狩人の愉悦」をありありと映し出していた。


「くっ・・・」


追撃に踏み込んだ瞬間に、腹にめり込んだのは白銀の青年の足だ。ルールカの僅かな隙間を彼の片方の足が彼女の内臓を穿つ。蹴撃の威力に身体がくの字に折れれば、銀閃が円を描いて頭上に掲げられた。


死神が真っすぐに、大気を裂くほどの鋭さで、ルールカを真っ二つにせんと振り下ろされる。まさしく、死の象徴。


「疾っ!!」


くの字のまま、跳ね上がる両腕がルールカの頭上で2本の剣を交錯させる。重なり合う刃の中心で受け止める。だが、その威力に耐えきれず白銀の青年の剣が、ルールカの頬を浅く斬り裂く。その威力に膝が曲がり伸ばす.、その僅かな反動を利用して白銀の青年を押し返す。


振り払う動作で鍔迫り合う2本の剣同士で跳ねのけ、相手の2本の剣が浮いた刹那の瞬間に白銀の青年に隙が生まれた。その隙を目掛けてお返しとばかりに蹴撃をお見舞いする。


渾身の力をこめたルールカの蹴りが、白銀の青年はそれに乗っかる形でルールカの足に乗りそのまま宙返りする。ルールカはそのまま追撃に移る。


飛びのく身体へすぐさま追いすがり、上下からの斬撃を叩きつける。二振りの刃が同時に弧を描き、喰らいつく。だが、しかし相手が揺らぐような動きを見せルールカの斬撃が届かなかった。


「―――」


決定的なチャンスを躱されて、ルールカは戦慄を初めて覚えた。二振りの刃をかすりもさせず、恐るべきはそれを後ろ向きで見てもないのにそれをやってのける技量と精神力。


「ふふ・・・」


あまりにもの常軌を逸した超越された業に、ルールカはとろけるような吐息と共に悦びが漏れる。その瞬間、今だ斬撃の途中だったルールカの両腕を彼はしたたかに蹴りつけた。衝撃に握っていた2本の剣が手を離れ、ありえないほどの無防備を晒す。


直後に、相手の2本の剣が大気を切り裂き、横なぎに斬り放たれる。


迫る刃。ルールカには防ぐ剣も、交わす時間もなにもない。つまり避けられない生命の終焉。それをルールカはそのまま受け入れることは出来ない。だって、まだこの時間を愉しみ続けたいから・・・


ゆっくりと迫る刃がスローモーションのようにルールカの胴体に到達する。薄皮を斬り裂く感触に痛みと快感を感じながら、膝に全集中する。


背中の羽が羽ばたき前へとルールカの身体を突き動かす。最短で最適な角度で膝を曲げて上体を反らして2本の剣をかいくぐり、そのまま相手にカウンターを浴びせる。


「・・・」


カウンターの膝蹴りを喰らって、さしもの白銀の青年も追撃が遅れる。その間にルールカは身を翻し、2本の剣を回収し、一連の攻防に酔いしれる。わき腹から流れる血が滴り落ちる。幸い傷は浅いようだ。常人であれば十分に死んでいた斬撃だったのだが、ルールカも人外そんな存在だった。


瞳の奥に、甘美な光と荒々しい闘志が交じり合う。口元に微かな笑みを浮かべ、相対する相手もまた確かな戦意を揺らめかせた。


刹那、再び剣閃が放たれる。まるで尽きぬ言葉を交わすように、剣戟の響き渡るにつれお互いの魂が惹かれ合う。


ただひたすらに剣戟が鳴り響き、揺らめく刃が狙うのはお互いの命。


無駄な動きをかなぐり捨てて、最大限にして効率よく切っ先を向け合う双剣同士の、純粋な2本の剣だけの交じり合いだけがそこにあった。


「―――」


閃く剣閃はなおも火花を散らし、鋭い響きを鐘鳴らし、闘技場の上で舞踊り、魂を交わし続ける。心を奪われる者、心を射抜かれる者、神さえもうならせるほど美しく洗練された剣舞。


流麗な動きからは想像できない苛烈な威力。対するは、風を纏った連撃が旋風を巻き起こす。


「―――」


お互いに2本の剣は、その魂と共に噛み合い続ける。


ルールカは剣戟を正面から受け、跳ね返す勢いのまま剣戟を浴びせ、掌に感じる手応えに歓喜を得ていた。


心が躍る。艶やかに。感情が高ぶる。


ルールカは養父ギートルクとの模擬戦を思い返し、いつの日か生と死を分かち合う真剣勝負を待ち焦がれていた。このままこの剣戟が、出会いが、終わらなければいいとさえ、願ってしまうばかりに、心を覆い尽くさんばかりに求めてしまっていた。


剣閃の嵐が押し寄せ、無数の剣劇がそれに応える。


白銀の青年の動きは淀みがない。あくまでも自然体からの姿勢から死の剣が放たれる。上下左右、縦横無尽、角度を選ばず。ただ斬撃を重ね続ける。敵対者は容赦なく斬り裂き、斬り刻み、断裂を促す。恍惚感を伴ったその表情はルールカのそれと似ていた。


2本の剣が真っ向から激突し、ギィンッ、ギィンッ、と金属が軋む不快な音が響き渡る。火花が散る中、両者は鍔迫り合いに持ち込み、互いの瞳を鋭く睨み合った。その間には、息を呑むような沈黙と、剣が発する微かな振動だけが満ちていた。


かつて得たことがない快感が、紫電の痺れを伴ってルールカを刺激する。


「はぁ・・・」


甘い吐息が漏れと同時に、ルールカの双剣が唸りを上げ、相手の双剣を弾く。白銀の青年はその反動を利用するも、ルールカはそれを躱し、剣閃が迸る。


斬りつけ、刺突、縦斬り、下斬り、打ちつけ、横一閃、カウンター、フェイント、攻撃速度の加速、回転斬り、抜け斬り。


ルールカの剣撃が相手を上回り始めて、たまらず相手は後退を選ぶ。その隙を見逃さずにルールカは懐に刹那に飛び込む。双剣が迎え撃つが、それを巻き上げて青年の隙が大きく生まれた。半円を描き、ルールカの双剣が舞う。渾身の一閃を以って、斬撃は奔り真っすぐに青年の首を刈り取る。


「―――」


決定的な斬撃が青年の首を撥ねるはずだった。だが、首皮一枚傷をつけるだけに終わった。軌道を完全に読まれていた?わかっているのだ。癖が、技が似通っているのだ。


思い続け、想い求めてきたアンチュア家に伝わる剣技のそれが、白銀の青年と同じなのだ。


だから、躱された。その一閃が空を切ったことによって生まれる空隙・・・


「―――」


白銀の青年が大きく身を反らして、手首の返しでルールカの双剣を跳ね返す。


再び仕切り直して剣戟の音が奏で始める。先ほどと変わらない透き通る刃の打ちあい。双剣の二振りは純度をさらに高めていき、幻想的な舞へと進化を果たす。


2つの刃が打ち落としを狙い、続けざまに直剣が衝撃を生む。ルールカと青年の力比べが・・・青年が押し切らんと踏み込んだ瞬間、ルールカが身を回し空白を作った。前に半歩出た青年に隙が出来た。


「―――」


直後、青年の背後から双剣が迫る。横一閃に振られた斬撃を、間髪入れずに背中に回した剣で受け止める。つんざく衝撃を止めきれず、たたらを踏み、前に傾いた青年にはまだ、片方の剣が残っている。


青年は担ぐ形で、ルールカの剣を再び跳ね上げて見せる。狙いたがわず、ルールカは隙が出来た右側に全力で打ちおろし、相手はそれに構わず左側の剣に全霊を込めて打ちこむ。苛烈さを増した剣閃が真っすぐルールカに突き刺さ・・・


「―――」


らなかった・・・火花が散り、響き渡る甲高い音。青年の突きを左の剣で軌道を遮って捉えた。右肩にはルールカの斬撃を受けて途中で止まる刃。致命的なダメージを負っているが、青年の目はまだ死んでいない。次なる追撃に対して青年は剣士としての本能なのか?ルールカの剣を奪う形で距離をとって魅せる。


穏やかな表情を魅せて、青年は双剣を構える。対するルールカは1本の剣で構えを魅せる。


「―――」


「―――」


ルールカの全身から微かに紫電が奔っているようにみえる。それは剣にも伝わり、彼女自身が感激し、喜び、かつてない強敵を相手とれることに、至高の声なき喝采を、恍惚として、うっとりと、高揚感に満ちた表情をさらに際立たせている。


無言で、2人の瞳が絡み合う。空気が凍てつき、緊迫感が2人の間を圧迫する。最後の一合。言葉を交わさずともわかる。最後の一閃。


踏み込み、振り切り、青年の双剣がうなりを上げて大気を斬り裂き、彼が放てる最大最強の斬撃がルールカに襲い掛かる。


白銀の青年の剣撃が、ルールカへと直撃する。彼女はまだ、動かない。当たる。絶たれる。そのはずなのに・・・


「疾っ!!」


ルールカの剣閃が軌跡を描く。


一振りの、一閃。


一気に放たれた紫電を帯びた剣は、速度に加速を加えて威力を重ねる。


振りぬかれたその一本の剣は、その役目を果たしたかのように、その剣身が砕け散り微かに煌めいて風に舞う。


それで。戦いは終わった。


ルールカは戦いの最中、ずっと思念を感じとっていた。それは、白銀の青年の剣筋から、彼の生きた証が流れ込んでくるかのようだった。彼の喜び、苦悩、そして何よりも「守りたい」と願った純粋な魂の輝きが、ルールカの心に直接語りかける。その思念が、ルールカ自身の剣に新たな切れ味を与え、父と同じ剣技が、彼女の身体に深く刻み込まれていくのを感じた。


アンチュアは、日当たりの良い農村で生まれた。幼い頃から、彼は畑を耕す両親や兄弟の温かい眼差しに見守られながら、どこにでもいるような夢見がちな少年だった。彼の夢はただ一つ、物語に登場する英雄たちのように、毎日を冒険者として駆け巡ること。両親は現実を教え、諦めるように諭したが、彼の心に宿る冒険への憧れは、決して色褪せることはなかった。農作業が終われば、彼は夜遅くまで、ただひたすらに木の棒を振り続けた。魔獣や魔物と戦う術など、農家の家族には知る由もない。それでも彼は独学で、痛ましいほどに己の筋肉を鍛え上げていった。


そんな彼の日常に、突然の転機が訪れる。穏やかだった村の周辺一帯で、魔獣や魔物のスタンピートが発生したのだ。それは瞬く間に、農家を生業とする人々の心に、不安と恐れ、そして焦燥感を深く植え付けた。


スタンピートの脅威は日を追うごとに深刻さを増していった。当初はコブリン程度の群れだと侮っていた冒険者たちも、その規模と被害の拡大に、ついにはこの地を治める領主が討伐部隊を結成せざるを得なくなった。しかし、その戦力をもってしても追いつかないほどの規模にまで発展し、瞬く間に被害は尋常ではないレベルにまで広がってしまった。魔獣や魔物の勢いは止まることなく、ついには周辺各国までが招集され、これまでにない規模の戦力投入が決定される。


そして、アンチュアもその戦いに参戦することになる。まだ子供ながらも、大人顔負けの屈強な肉体が認められ、農民の出でありながらも、彼の希望通り冒険者としての立場を得たのだ。


しかし、初陣の戦場は、彼の想像を遥かに超えるものだった。初めて目の当たりにする魔獣、魔物の恐ろしさに、彼は何もできなかった。ただ恐怖に足が震え、戦慄と混乱の中で、戦場を眺めることしかできなかった。その日、アンチュアは泣いた。悔しくて、情けなくて、ただ怯えるだけの自分を恥じた。


「何が冒険者になる、だ…なんて馬鹿なんだろう…」


そう自嘲した。農民のままでいれば、家族が支えてくれる。近所の人たちだって助け合える。わざわざこんな恐ろしい思いをしてまで、なぜ冒険者に憧れてしまったのだろう?もう止めよう。僕はまだ子供で無力なんだから、許してくれるだろう。彼はそう決意し、戦場から逃げ出そうとした。


部隊の班長を探して戦場を彷徨ううち、途方に暮れてふと、視界の端に戦場の跡地が映った。そこには夥しい魔獣、魔物の死骸と共に、生活を営んでいた住民の無残な遺体が転がっていた。その傍らで泣き崩れる住民の姿。家族だったのだろうか?友人だったのだろうか?恋人だったのかもしれない…。そんな惨状を横目で眺めているうちに、彼の目に飛び込んできたのは、横たわり、血を流し、ボロボロの服を纏った子供の姿だった。すでに息絶えているようだった。見知らぬ子供だった。けれど、突然、彼の目から涙が溢れ出した。負けて悔しくて、辞めたい…なぜ冒険者になりたかったのか。その時、彼が心に感じた記憶が鮮やかに蘇った。「守りたい」。ただそれだけの理由だった。家族を守りたかった。友人を守りたかった。近所のおじさん、おばさんを守りたかった。それが、彼の志望理由だったのだ。


魔獣、魔物の被害は頻繁に起こっていた。知り合いの仲良くしていた女の子が魔物に襲われて帰ってこなかったことを、朧げながらも覚えている。それが、アンチュアが冒険者になろうとした本当の理由だった。守りたい。ただそれだけでいい。


「なんて馬鹿なことを考えていたんだろうか…」


再びアンチュアは自分を責め、愚かさを痛感した。


「バカだ。何もできない自分が。バカだ。今頃気づくなんて。バカだ。何の覚悟も持っていないなんて。」


一晩中、彼は自分を責め、咎め、詰り、己を戒めた。


翌日、剣を手にして、アンチュアはぎこちないながらも魔獣、魔物相手に戦いを挑んだ。そして、初めて魔物を殺した。その時、彼の心には、恐怖を乗り越えた小さな『覚悟』の火が灯った。それは、もう二度と大切なものを失わないという、揺るぎない決意の証だった。


それからだ。アンチュアは一人前の冒険者となり、毎日欠かさずに鍛錬を重ね、自分に見合った戦闘方法を模索した。彼は身体魔法のレベルが他の魔法に比べてかなり高いことを知り、双剣で戦うスタイルを確立した。攻撃こそ最大の武器とでも言うように、とにかく二本の剣をどう効率よく振り回し、どうやって相手を倒すのか?魔法が放てないのなら、放つ前に仕留めればいい。そんな単純な発想もあったが、彼はどんどん頭角を現していった。


仲間ができ、死に別れ、また新たな出会いがあり、そしてまた別れる。そんな冒険者生活を繰り返しながらも、双剣に磨きをかけ、己を戒めた。


「まだだ、魔獣、魔物と戦うことで誰かの命を救っているのかもしれない。戦うことで誰かの糧になっているのかもしれない。戦うことだけが己を満足させているのかもしれない」。


いつしかアンチュアは、どこか歪な感情を抱き始める。


そんな日々を送って繰り返しているうちに、気が付けば冒険者でも最高クラスのプラチナクラスになっていた。このクラスになれば、魔獣、魔物だけではなく、人族とも戦う依頼がやってくる。いわゆる傭兵稼業のようなものだ。アンチュアは当初、人族同士の争いには躊躇を覚えていたが、いざ人を殺してみると魔獣、魔物を斃しているのと変わらなかった。つまり、高揚感、昂揚感、多幸感、サディストとして興奮を覚えていた。


そうこうして戦場を満喫しているところに、ギルドからの依頼が舞い込んだ。バジリスクの討伐だ。直接依頼してきたのは、アサミという名の異世界人の娘。彼女はギルド内でも重宝されているし、アンチュア自身も彼女にお世話になった覚えがある。大陸を統一して王にもなれるといった話だったが、そこには興味を抱かなかった。アサミからの依頼とバジリスクの討伐はこれだけでいい。彼は意気揚々と向かうことを決めた。


バジリスク。大した魔獣だったと感慨にふける。面白い習性を持った魔獣だった。一人での討伐は難しかっただろう。五人で揃ってバジリスクの討伐がかなった。そこで知り合った彼らに協力する形で大陸の統一を目指した。元々王には興味がない。四人の中で王になってもらって新たなダンジョンという魔窟に挑戦してみたい気持ちを膨らませて、並み居る敵勢力を駆逐していく。その頃には、アンチュアは独身だったが、兄弟には子供が出来て彼と共に戦場を駆け抜けていた。


そんなある日のことだ。いつものように夜になると彼は一人鍛錬に励んでいると、今まで出会ったことがない圧倒的な存在感を纏う女性が彼の前に突然現れた。あやうくその気配に飲み込まれそうになったが、相手をじっくりと見ることはできた。彼女はピンクの髪のサキュバスだった。綺麗な顔立ちで妖艶に誘うような衣装を身に纏い、こちらを淫靡な眼差しで見つめてくる。


アンチュアは女性には興味を抱いたことはない。性欲がないわけではないが、戦場で血を見るのが好きで斬るのが好きで生きていた瞳が光を失う瞬間が好き。これで情欲が満たされているから、特に女性にはなんの感情もいだいたことはない。子供を作って未来に繋げる。そういった本能からの欲求は兄弟の家族が自分の分を補ってくれている。自分はこのまま好きにやらせてもらえさえすれば、いつ死んでも悔いはなかった。だから、彼女の誘いには、心が微動だにすることもなかった。


「私を抱きたくならない?」


そんな問いを彼女から言われたところで、その気には一切ならなかった。


「興味がないな。」


すげなく断ってやった。10人中10人が彼女の誘いのその言葉には、本能から誘いに乗ってしまうだろうが、生憎とアンチュアには自分より遥かに強い存在だとしか目には映っていなかった。彼女の妖艶な魅力よりも、その奥に潜む底知れない『力』に、彼の戦士としての本能が強く惹きつけられていたのだ。


「どうして?」


そう言いながら服を脱いで、下着のみの姿になる。


「・・・綺麗だな。で?」


随分な反応だった。


色気と艶やかさに、なまめかしく男を誘うような眼差しを向けてくる彼女に、アンチュアは目を細めて、鋭く尖った剣気を叩きつける。これから男と女の情事を行うとは思えないほどの殺気を放つ。殺すなら殺せ。だが、ただでは死なん。そんな心意気を感じさせる。


彼女の表情が変わる。面白くないのだろう。男とはそういう生き物だと思っていたに違いない。しかも相手はサキュバスだ。色魔であり精力が欲しいだけであり、性欲を満たすのならばうってつけの相手ともいえる。


「あなた変わっているわね。」


剣呑な態度のアンチュアに向かって彼女はまだ愉しんでいるようだ。


「・・・良いだろう?別に。」


「どうしたら抱きたくなる?」


淫靡に微笑んで彼女が問いかける。


「さぁ?だが、お前の身体には興味をそそられているようだ。」


戦意を漲らせてアンチュアは双剣を抜く。


「ふ〜ん。あなた面白いわね。いいわ。相手してあ・げ・る。」


その言葉を合図にして、アンチュアは彼女に戦いを挑んだ。


その後も、アンチュアとサキュバスは夜になると戦いに明け暮れていた。と、いっても彼女の方は本気ではない様子だった。魔法も使ってないし、無手だ。向かってくるアンチュアを捌いて、転がしたり、蹴ったり、殴ったり、と体術系ばかりしか使ってこない。


コケにされている。バカにされている。見下されている。そんなことは分かっていてもアンチュアは愚直に挑み続けた。


これが数年も続くと、サキュバスの方も、彼の事を理解し始める。


「バカね・・・」


斬る、切る、KILL。彼はそれだけしか求めていない。一心不乱に目指して、求める物は3つだけ。血を見る。斬り裂く。殺す。それだけだ。他に求める物はなさそうだった。


魔獣、魔物も言ってしまえば彼と同じ行動を起こしているにすぎない。殺して殺されての繰り返しだ。生きるために殺す。獣と何も変わりはしない。弱肉強食そんな世界だ。理解してみれば退屈な存在なのはずなのだが、どうしても彼女は彼が気になってしまってしょうがない。サキュバスとしてのプライドを傷つけられたからではない。バジリスクを討伐したからでもない。最初は理解できなかった。ただ戦うことだけに意味を見出す男。しかし、その純粋すぎるほどの戦いへの執着が、いつしかリリスの心を捉えて離さなくなっていた。彼の瞳の奥に宿る、決して揺るがぬ『意志』の輝きに、彼女は言いようのない惹かれを感じていた。それは、サキュバスとしての本能とは異なる、初めての感情だった。なぜだか彼女はアンチュアに対する感情が変わってきた事に自覚するようになる。彼の純粋すぎるほどの戦いへの執着が、いつしかリリスの心を捉えて離さなくなっていた。


「私を抱きたくない?」


もう何度も聞いてきた問答だ。答えは決まっている。


「ならない。」


いつの間にかお決まりの挨拶になって、彼は挑み続ける。リリスは、この問いを繰り返すたびに、アンチュアの答えに一喜一憂する自分に気づいていた。彼の無関心な返答に、胸の奥がきゅっと締め付けられるような、今まで感じたことのない痛みと、それでも彼を求める熱い感情が沸き上がっていた。この沸き上がった感情が何なのか、彼女はまだ言葉にできなかったが、その答えを彼に求め続けていた。


どれほどの年月が経ったのだろう・・・アンチュアは壮年の男性となり、サキュバスは以前のままの姿だ。時々会話を交わす程度で相変わらず2人の関係はそのままだ。毎晩のように繰り広げられる戦いは、ある日終わりが訪れた。


「私を抱きたい?」


「いや・・・」


そんないつもの合図で始まったアンチュアの剣撃が、初めてサキュバスに届いたのだ。


正面からぶつかり、キラメキガ乱舞し、斬撃が旋風を巻き起こし、2つの影が踊るように舞う。その時だ。


いったいどれだけ、どれほど、いったい何回、何百回、何万回、何億回繰り広げられてきたのだろうか?アンチュアの切っ先が閃き、剣閃が煌めく。


「―――」


「―――」


お互いの瞳が重なり、見つめ合う。サキュバスの右ほおから一筋に血が流れ落ちる。それは、数十年にも及ぶ戦いの果てに、ようやくアンチュアの剣が彼女の心に触れた瞬間だった。


「君の名前を教えてくれ。」


「何十年経って、今更聞くの?」


「……俺はアンチュアだ。」


「もう……リリスよ。」


「やっと君に届いた。」


アンチュアは弾けるように微笑んだ。その微笑みは、彼の人生で初めて、戦い以外の喜びを見出した証だった。


「ただのかすり傷よ。」


リリスも微笑み返す。その頬を伝う血は、二人の間に生まれた新たな『絆』の証のように輝いていた。


「仕方ない。リリス。君が強いのが悪い!」


「あなた最初から知ってたわよね?それでも懲りずに挑んできたのはどちら様?」


「はて?」


軽く睨んでやってリリスは自然と口にだしていた。


「ねぇ?私の事、抱きたくなった?」


「・・・あぁ。」


そう。リリスはその答えを聞いて頬を染めた。その瞬間、彼女の心臓は激しく高鳴り、全身を甘い熱が駆け巡った。何十年もの間、彼に問いかけ続けた言葉。その答えが今、目の前で現実となり、彼女の瞳には、抗いがたいほどの幸福と、彼への深い愛情が溢れていた。それは、まさに恋に落ちた乙女の顔だった。


その後、リリスの姿は忽然と姿を消した。それでも夜なるとアンチュアは外に出て、鍛錬を毎日欠かさず行い。リリスがいつの日か来た時に備えて、剣技に磨きをかけ続けた。


思念がそこで途切れて、


「リリス・・・」


アンチュアが消えそうな姿で、そう呟いた。


「・・・」


「君に出会えてよかった・・・」


アンチュアの声は掠れていたけれど、しっかりとルールカの耳に届いた。その言葉は、千年の時を超えて結ばれた、父と娘の深い『絆』を証明するものだった。そして、その言葉と共に、ルールカの剣から放たれる紫電の輝きは、さらに強さを増した。


「・・・」


「またね・・・」


「・・・お父様・・・」


アンチュアの姿を消し、そこには「決意の刃」と刻まれた鋼の刃が残されていた。


そしてそれは、父と娘の1000年越しの再会と最後だった。授かった剣は、かつてアンチュアが振るった『決意の刃』。ルールカは、その重みを掌に感じながら、父の『意志』が自分の中に確かに生きていることを悟った。これは、単なる勝利ではなく、世代を超えた『意志』の継承を意味していた。アンチュアの「守りたい」という純粋な願いと、「戦いへの執着」が、ルールカの中で新たな「決意」として結実した瞬間だった。


別れと旅立ち


シルヴィの出国まで、あと一か月を過ぎた頃。


城の最上階、月明りが差し込む屋上で、晩餐が開かれていた。


テーブルを囲むのは、シルヴィとエリーゼ、ルールカ、レイニ、ミルキ、リナだ。シルヴィが最も信頼と信頼を寄せるメンバーだ。彼女らの今日の格好はドレス姿だ。シルヴィとの個人的な会合の為、華美な装飾などなく窮屈しないけれど、この場に似合った格好である。


「皆、今宵は私的なものだ。そう固くならずとも良い。」


シルヴィは銀の酒杯を手に、柔らかな笑みを受けとめる。キラエル、サマールルの両国間の情勢を考えれば厳しい運命に身を投じるシルヴィの心境を思えば、誰の顔にも緊張の色がにじみ出てしまっている。


「そうですね。今宵はただ笑い。食べて、飲んで楽しみましょう。」


エリーゼがそういって場を和ませる。テーブルには王室専属の料理人が腕を振るった豪華な食事が並び、使用人たちが控えている。


シルヴィは、5人の顔を順に見つめた。この絆こそが、自分をどんな困難からも支えてくれた神から授かった奇跡だと今もそう信じている。彼女たちが居なければシルヴィはこの場にはいなかったであろう。彼女たちの『絆』が、シルヴィの心を強く支えていた。


エルフのエリーゼ。旅立ちとともに彼女は冒険者になる予定だ。ルールカと共についていく。「光を放つ羅針盤」をペルニウスから託されている。何か困った事態になったら彼女に相談がいくようになっている。王族限定だが。その羅針盤は、単なる道具ではなく、エリーゼの揺るぎない知性と、シルヴィが彼女に寄せる絶大な信頼の証だった。


ルールカ・アンチュア。彼女は元々冒険者志望だったが、家柄がアンチュア家ということもありアカデミーに入学をはたしたわけだが、戦場の中の方が居心地がいいらしい。『決意の刃』アンチュアから継承されたその刃は今、ゴーンド商会に預けて2本の剣に仕上げてもらっているところだ。その剣が、彼女の新たな旅路を切り拓く『意志』となるだろう。シルヴィは、ルールカの瞳の奥に、アンチュア家の血が騒ぐような戦いへの渇望を幾度となく見てきた。その『決意の刃』は、ルールカが自らの道を切り開くための、誰にも奪えない誇りそのものだった。


ミルキ・ゴーンド。彼女はサマールルに商機を求めてシルヴィより先にサマールルに旅立つ予定だ。向うで引っこしをすませて、シルヴィからいつ呼ばれてもいいようにしたいとのことだ。それは建前で、向こうの商人ギルド、鍛冶ギルドと話を通しておきたいのが本音だろう。『信念を宿す者』を授かっている。そのリングが、彼女の商才と新たな道を切り拓く『信念』を支えるだろう。ミルキは、いつも冷静な目で物事の本質を見抜いていた。かつて、誰もが不可能だと言った商談を、彼女は独創的なアイデアと粘り強い交渉で成功させたことがある。その『信念を宿す者』のリングは、彼女の揺るぎない商魂と、シルヴィが彼女の才能に寄せる期待の象徴だった。


レイニ。彼も冒険者志望だ。魔獣、魔物相手に新兵器でどこまで通用するのか試したいとのことだ。よってゴーンド商会から試作品が届き次第、宣伝も兼ねて彼に魔獣、魔物を討伐してもらう。彼は女性ぽいのでいい宣伝効果が期待されている。『揺るがぬ誓い』を授かっている。その誓いが、彼の成長と冒険への『意志』を確かにするだろう。レイニは、いつも目を輝かせながら新しい技術や未知の現象について語った。彼の好奇心と探求心は尽きることがなく、シルヴィは彼の無邪気な情熱が、いつか世界を変える力になると信じていた。その『揺るがぬ誓い』は、レイニ自身の成長への約束であり、シルヴィが彼に託した未来への希望だった。


リナ。彼女も冒険者希望だ。ルールカに付いていきたいと本人たっての願いだ。「概念をくらう猛き意志」を授かっている。リナは、多くを語らないが、その瞳の奥にはルールカへの揺るぎない忠誠と、秘めたる強大な力が宿っていた。かつて、仲間が絶体絶命の危機に瀕した時、リナは文字通り『概念をくらう』ような異能を発揮し、仲間を救ったことがある。その『猛き意志』は、リナが仲間を守り抜くという、誰にも侵しがたい決意の証だった。


「そうだな。では、乾杯しようではないか。私と、そなたらのために乾杯!」


「「「「乾杯」」」」


5人の声が重なり、酒杯が打ち合わされる。


会話は、昔の思い出話に花が咲いた。


漂流時、アカデミー、死神が住まう峰々の防壁での防衛戦、空戦、リナの冒険譚など。


時が経つのも忘れて、屋上は絶えず笑い声に包まれていた。


深夜まで続いた宴が終わり、いよいよ別れの時だ。5人は深々と頭を下げた。


「シルヴィ・・・お体に気を付けて・・・」


エリーゼの言葉は短かったが、その瞳の奥には、長年仕えてきた主への深い敬愛と、これから始まる新たな冒険への静かな期待が揺らめいていた。ルールカと共に歩む道に、一抹の不安がないわけではない。だが、シルヴィが託した『光を放つ羅針盤』が、彼女の決意を確かにしていた。この羅針盤が示す未来が、シルヴィの進むべき道を照らす光となることを信じて。


「どうか、お健やかに・・・」


ルールカの声には、普段の戦いへの渇望とは異なる、かすかな寂しさが滲んでいた。しかし、それ以上に、アンチュアから受け継いだ『決意の刃』が、彼女の胸で熱く脈打つ。新たな地での戦いが、彼女の『意志』をさらに研ぎ澄ませるだろう。シルヴィとの別れは、彼女にとって、自らの道を切り開くための、新たな一歩でもあった。 そして、その刃が、来るべき戦乱の中で、どれほどの血路を切り開くことになるのか、まだ誰も知る由もなかった。


「一足先に、サマールルでお待ちしております。」


ミルキは、いつも通りの冷静な口調でそう言ったが、その心の内では、シルヴィとの別れに一抹の寂しさを感じていた。しかし、それ以上に、サマールルでの商機を掴み、ゴーンド商会の名を高めるという強い『信念』が彼女を突き動かしていた。シルヴィが託した『信念を宿す者』のリングが、彼女の決意をさらに固くする。彼女の商才と信念が、サマールルの地で新たな経済の礎を築き、シルヴィの計画を支える大きな力となるだろう。


「ご武運を。」


レイニの言葉には、新兵器の力を試すことへの純粋な興奮と、これから始まる冒険への期待が込められていた。シルヴィとの別れは寂しいが、彼の好奇心は止まらない。いつか、自分の開発した兵器が世界を変えるという、シルヴィが託した『揺るがぬ誓い』が、彼の背中を押していた。彼の生み出す革新的な兵器が、未来の戦況を大きく左右する可能性を秘めていることを。


「・・・です。」


リナは、多くを語らなかったが、その瞳の奥には、ルールカへの揺るぎない忠誠と、彼女を守り抜くという強い『猛き意志』が宿っていた。シルヴィとの別れは、彼女にとって、ルールカと共に歩む新たな道の始まりを意味していた。言葉は少なくても、その心は誰よりも強く、深く、結びついていた。その猛き意志が、数々の危機から仲間を守り抜く盾となるだろう。


不思議なものだ。頭の中では色々な言葉が思い浮かんでいるのに、口に出すのはそんな短い言葉だけだった。


シルヴィも他の5人も涙を堪え、満面の笑みを作って


「そなたらも・・・達者でな・・・」


一人一人ハグをして別れを惜しむと、彼女の胸には、このかけがえのない絆が、これから歩む厳しい道のりを支える光となるだろうという確信が湧き上がっていた。王女としての重責、そして未来への不安。しかし、彼女たちの笑顔が、その全てを乗り越える『意志』を与えてくれた。 この絆こそが、シルヴィが背負う重責を支え、未来への不安を打ち砕く、何よりも強固な盾となるだろう。


「では、行ってまいる。」


それぞれの瞳の奥には、未来への希望と、困難に立ち向かう『意志』が宿っていた。彼女たちは、互いの『意志』を尊重し、支え合うことで、どんな困難も乗り越えてきたのだ。最後には毅然とした態度を見せて、その姿は新たな道へと踏み出した。彼女の背中を見送る5人の瞳には、互いを思いやる『絆』が輝いていた。どんな困難が待ち受けていようとも、この『絆』があれば、きっと乗り越えられると信じて。



シルヴィ王女の護衛として近衛騎士団が抜擢される。護衛はもちろんの事、彼女の耳目となり、サマールルでのシルヴィの立ち位置を探り、それらを伝えることになる。


キラエルにもシルヴィの息がかかった者達を残していった。シルヴィが必要とする情報を速やかに伝えてほしいからだ。それと貴族たちの動向も気になるところだ。資金的にも援助してもらうことがあるかもしれないため、彼らとの繋がりを切るわけにはいかない。


正直なところエリーゼ、ルールカ、レイニ、リナを手放すのは手痛い。だが、約策を果たすのも王族の努め。そう自分に言い聞かせて、彼女はサマールルに嫁いでいった。


そして・・・


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