エド村の在り方
レイニはふと目が覚めて、ここが懐かしい故郷エド村だとすぐに気付いた。なんで?こんなところにいるのだろうか?と疑問を抱いたがミルキから不思議な話を以前聞いていたこともあり、これは夢なんだろうとそう思うことにした。
ここは、試練の場だった。エド村――獣人たちが集い、独自の掟と使命を代々受け継ぐ、キラエル王国に隠された「狩人」を生み出す場所。子供たちはある年齢に達すると、この試練の場に挑戦しなければならない。
拒むことは許されるが、大抵の子供たちはその運命を受け入れる。試練を乗り越えた者には、獣人としての本来の力と共に、村の「在り方」を背負う覚悟が問われるのだ。ある者は力を、ある者は知恵を、ある者は魔力を、様々だが、そのすべては王国のために使われる
レイニは試練を受ける前に、王都からの要請で挑戦の機会を失っていた。それは心残りでもあったが、同時に安堵もしていた。兄のワインやローキンが試練に挑み、不合格に終わった姿を見ていたからだ。彼らよりも臆病で、狩りでも採集でも目立った成果を出せなかった自分に、獣人としての真の力が宿るとは思えなかった。周囲の「レイニが受けたところで、どうせ不合格だろう」という囁きは、彼の内なる自信のなさを増幅させるだけだった。そして、その言葉の裏には、獣人である彼に対する、どこか冷めた、あるいは諦めのような視線が常に含まれていることを、幼いレイニは漠然と感じ取っていた。それは、村の外の人間たちから向けられる、言葉にならない「見えない線引き」のようだった。
気を取り直して試練の場に踏み入った瞬間、レイニは全身の皮膚で空気の異変を察知した。ひんやりとした湿気が肌にまとわりつき、鼻腔をくすぐる埃と、どこか鉄錆のような血の匂いが混じり合った悪臭に、思わず顔をしかめる。目覚めた先が試練の場の中というのはいかがかとは思わないでもないが、もう合格、不合格を貰うまでは出口に向かうことを許されていないことを知っているので足を進める。石造りの空間は、彼の愚痴を無慈悲に反響させ、やがて闇に吸い込まれるように消えていった。足の裏に感じる石畳の固さが、一歩ごとに現実の重みを突きつける。知らないうちに、心臓の鼓動が高まっていることにレイニは気づいた。それは期待か、それとも恐怖か。
「なんなら自分の家の近くで目覚めたかったな・・・」
その愚痴は通路に反響し、次第に消えて行く。
足の裏に感じる石畳の固さを感じながら、奥へ奥へと歩を進めていく。
知らないうちに、心臓の鼓動が高まっていることにレイニは気づいた。試練に挑み獣人の本来の力を得て戻ってくる。子供心に幼い時によく思い描いていた妄想だ。試練を乗り越えられるものは一握りしかいない。才能というのもあるが、これまでどう自分自身と向き合ってきたかを問われるみたいだ。ただ、狩りに採集に明け暮れているばかりではダメで、前を向いて全身全霊に目標に向かっている者が獣人の力を得やすいという。
今更そんな力に目覚めたところで、何かが変わるというわけではない。今はシルヴィ王女近衛騎士団騎獣隊の隊長だ。そんじょそこらの魔獣、魔物なんて相手にならない。そんな自覚を今は持っている。だからといっていらないか?というわけではなかった。自分より強い相手はいくらでもいる。この先の展望を考えると確かに欲しい。できればピンクプラチナの彼女に背中を預けられるぐらいにはなりたいとは思ってはいるが、憧れだ。
まぁ肩肘張らずに行こうっと思った。得られれば良いし、なければ今まで通りだ。
「―――」
1つ深呼吸するとまた歩き出す。
それからエド村での生活が、不意に、しかし鮮やかにレイニの脳裏に蘇った。三男坊として生まれたレイニは、母親に似た顔立ちで、幼い頃はよく女の子に間違われた。あげく、悪戯好きな二人の兄にスカートを履かされ、それがまた両親や、近所に住む年上のレオーナから大絶賛されたものだ。レオーナはいつもレイニを可愛がり、自分の古着を惜しげもなく与えてくれた。兄たちのお下がりに比べれば、それは綺麗で、いい香りがして、何より着心地が良かった。弓が得意で、獲物と正面から戦うことのなかったレイニにとって、その格好はいつしか日常に溶け込み、慣れ親しんだものとなっていた。レオーナがレイニを見つめる瞳の奥に、時折、何かを試すような、あるいは秘めたる期待のような光が宿っていたことを、当時のレイニは知る由もなかった。
兄2人にはよくからかわれたが、もう彼らはいない。自然と笑みが浮かんでしまう。
通路の奥にある部屋が試練の場だ。
淡く揺らめく縁が青白さを帯びた扉をくぐれば、そこから試練が始まる。その扉の手前で止まって覚悟を決める。中にどんな試練が待ち構えているのかは人それぞれで様々だ。だから聞いても明確な答えは返ってこない。
いざ、扉を開けようと迫ったところで向こうの方から勝手に開いてくれた。
「―――」
途端に中に吸い込まれるように部屋の中に入った。
「レイニ!久しぶりだね!王都にいってからなんの連絡もなかったから心配してたよ。」
意識が戻るに連れて、レイニは見知らぬ場所にいることに気づいた。首を巡らせ、見渡す世界に映るのは、西向きの窓から差し込む陽光で、部屋の中は明るい。だが、部屋の中央で椅子に腰を掛ける女性の顔は逆光で見えにくかった。
ここはどこだ?
声にならない声が喉の奥で詰まった。なぜこんな所にいるのか?何が起こったのか?これが試練なのか?思考が追い付かなった。
「ここは試練の中だよ。驚くでしょう?ビックリしたでしょう?私も最初そうだった。」
「・・・えっと?レオーナかい?」
「そうよ。やっと気づいてくれた?あなたのお姉ちゃんレオーナですよ。」
満面の笑顔で幼いころからの付き合いの女の子レオーナが、レイニの側に立って居る。
華やいだ衣服に、髪の毛の色が銀髪で色白美人な獣人族の子だ。彼女が笑えば周りの男はたちまち色めきたつ綺麗な女の子だ。よくかまってくれた子でもある。
「しばらく見ない間にまた美人さんになったね。」
「あら?レイニもしばらくぶりのわりに女の子を口説くことを覚えたの?本気になっちゃうじゃない。」
きらきらとレイニを見つめるレオーナの鼻息は若干荒い気がする。
「いや・・・えっと・・・」
「ふふふ。レイニは相変わらずね。ここはハグするところよ」
「ええ???」
心底驚くレイニに彼女は大いに笑う。
それは昔からレイニは異性にあまり興味がないからだ。いや、意識していないといった感じだ。王都に言って女性の褒め言葉の1つでも覚えろ。とそう誰かに教わったのだろう。長い付き合いでレオーナはすぐにわかった。
さてと、思わずの再会にドギマギされたが、この状況を鑑みる。レオーナが一緒に居るという事は、試練は二人で行うものなのか?それとも監視役みたいなものなのか?よくわからないが、椅子に座っている女性から何かが始まるのだろうと検討はついた。
それは唐突に始まった。
「なぁ、オード。君という獣人に、個人の性生活について口を挟む趣味はないが言ってもいいかい?」
「言いたいからそこにあなたがいるんでしょう?どうぞ言ってみて」
銀髪の女性はそういうと、テーブルの上で、男は手を組んで彼女を見つめている。」
「私は、個人の尊重を重視している。どのような嘘も裏切りも寛容に受け止めよう。そこには性生活の自由ももちろん含まれている。他の者に迷惑をかけない限り、どのような性癖も大いに励んでもらって構わない。」
「そう。ありがとうね。」
「他の者に迷惑をかけない限りね。仮にも貴族に属する君が、相手を選ばず夜な夜な男遊びというのは、残念なことに色々と問題が発生するんだよ。」
と、男が座る椅子が軋む。
「私は別に、真っ昼間の公園で堂々と乱交しても構わないんだけどね。」
「君が言う露出狂が周りに悪影響を及ぼすことについては、また今度にしよう。今日の話しはそれじゃない。」
男はじっと彼女を見る。
「君くらいの若い女性が極端な性行動を繰り返すのは、メンタルに何らかの問題を抱え込んでいると私は考えている。話してほしい。本当のところ、君は男性に何を求めている?」
「・・・」
「君は敏い。ただ快楽を求めるだけの性交にハマってしまった理由をきっと君には自覚があるはずだ。例えば、実の父親に無理やり犯されたことで性に目覚めてしまったとか?」
どうだ?と男は彼女を見るが、当の彼女は首を傾げて見せる。違ったらしい。
「ふむ。では、なぜ性を求め続ける?」
その問いを発しながらも男はあらゆる状況を想定して頭を回転させ続ける。そんな男の態度に、少し迷ってから彼女はそっと呟いた。
「・・・私・・・子供が早く欲しいの・・・」
「ほう?」
「子供が欲しい。その子に愛の全てを捧げて育てていきたい。」
「それなら、あせる必要がないじゃないか。君に見合った男性とゆっくりと愛を分かち合えばいい。」
「この国の人たちは獣人の私を拒んだりしないけれど、両手を広げて受け入れてもくれない。まるで透明な壁があるかのように、どれだけ努力しても、どれだけ歩み寄ろうとしても、決して埋まらない距離を感じる。獣人であるというだけで、見えない線引きをされる。それを実感するたびに、私は深く寂しくなる。だから、もう一人でいるのが嫌なの。この孤独を、この心の隙間を埋めてくれるのは、きっと私の子だけ。この子だけは、私と同じ思いをさせたくない。心から愛し、守り抜きたい。」
自分の肩を震わせて彼女は言う。
「そうか。つまり君は、まだ残る種族間迫害を感じているというわけか」
納得のいった風に、彼は頷いて手を組み直す。
「よく打ち明けてくれた。君がこの国を住みにくいと感じる一旦は国にある。その責任は僕が引き受けよう。」
力強く請け負った上で、彼は再び視線を戻す。
「・・・しかし、対策を考える前に、1つ確認しておきたいことがある。」
「?」
「君は子供を作りたいから、無差別に男と性交を繰り返してきたと言ったね。だとすると避妊はしてないわけだ。」
「もちろん」
「では、この性交を繰り返すようになったのはいつからだい?」
「3年まえかな?」
「なるほど・・・となると、おそらく君は子供が出来にくい身体だ。」
「・・・」
「医学的な見解だよ。3年もの間、君はいまだに妊娠の兆しがない。間違いないね?」
「・・・うん。」
「一度医者に診てもらったほうがいい。その診断の結果がわかるまでは、しばらくは性交を繰り返してはいけない。」
「・・・」
「心配しないでくれ。私が紹介する医者は信用できる。秘密も守る。不妊治療というものは時間がかかるかもしれない。だからあせってはいけないよ。」
男が淡々と口にした言葉が、彼女の胸に希望が宿る。異種族が住まうこの地で疎外感を抱いていたものが、音を立てて崩れていく。
期待に満ちた彼女に、男は再び口を開いた。
「だが、オード。少し考えてみてほしい。君が散々男遊びをした結果、世間から見る君たち家族の目は厳しいものだろう。」
「・・・え??」
「君は子供が欲しい。だから無差別に男たちと性交を繰り返してきた。なら当全その中には婚姻を約束していたものも含まれているはずだ。もし子供が出来ていたのなら大変な事態に陥っていた。君の両親は有能だ。私は彼らを無下にしたくはない。だからだ、移住を検討してもらいたい。」
「・・・私にここを出て行けと?」
「その通り。キラエル王国は多くの他種族を受け入れている。共に生きるための共存を目標に掲げているわけだ。もちろんその中には君もご家族も含まれている。しかし、その崇高な理念の裏には、未だ根強く残る種族間の不信や軋轢、そして、光だけでは解決できない『闇』の問題が存在する。王国が安定を保つためには、表には出せない汚れ仕事を引き受ける機関が必要だったのだ。獣人族の持つ特異な身体能力は、その『闇』を排除する上で不可欠だ。だが、同時に、彼らの独立した文化と、人間族への根深い不信感は、王国の中枢に直接組み込むにはあまりにも危険が伴う。だからこそ、エド村のような隔離された場所で、彼らの力を『管理』する必要があるのだ。共存の理想は掲げつつも、現実には、種族間の溝はそう簡単には埋まらない。」
「・・・」
「そこでだ。エドという村がある。そこで君たち家族は生活を送ってもらいたい。獣人族が主な住人だ。素直に受け入れてくれるだろう。そこは保障しよう。ただ、彼らはまだ共存を受け入れてくれてないんだ。……だが、彼ら獣人族の持つ潜在能力は計り知れない。君の薬学の知識が、その村で新たな可能性を開くかもしれない。王国のために、その力を貸してほしい。」
この男が何を言いたいのか、何を話しにしに来たのか今、わかった。
「不妊治療については即医者に手配をしよう。なに、完治するまではこのままここで暮らせばいい。男遊びは止めてもらって、治療に専念したらいい。そこからだ。家族と移住を選択するのか?君だけなのか?あとはご家族とゆっくりと相談してもらいたい。」
時刻は夕方に近づき、窓から差し込む西日が増す。逆光に目を細めながら彼女は縋るように見つめた。
満足気に笑みを深めた男は
「約束する。君に子宝が授かれるはずだ。」
「謹んで御受けいたします。トルーク・ファルケ様。」
満足気に笑みを深めた男は、オードが去った後、静かに呟いた。
「獣人族の特異な身体能力と、彼女の薬学の知識……。エド村は、王国にとって最高の『狩人』となるだろう。」
そして場面が切り替わった。レイニはその光景にかすかに息を飲んだ。
エド村で、子供を抱えた銀髪獣人女性オードがそこにいた。
「子供が欲しい。その子に愛の全てを捧げて育てていきたい。」
王都での生活は、獣人であるオードにとって、常に孤独と隣り合わせだった。人々は彼女を拒絶しないが、決して心を開いて受け入れることもない。例えば、市場で買い物をするとき、他の客が彼女から距離を取ったり、店員が彼女にだけ無表情で接したりすることが日常だった。公の場では平等を謳うものの、獣人である彼女に向けられる視線には、常に警戒と好奇、そしてどこか見下すような色が混じっていた。その度に、彼女の心には深い孤独感が募り、自分がこの国に属していないという「溝」を痛感させられた。不妊治療の末、ようやく授かった命。この子だけは、決して孤独にさせたくない。そんな切なる願いを胸に、オードはエド村へと足を踏み入れた。紹介状という名の命令書を手に、獣人たちが暮らすこの地で、彼女は新たな希望を見出そうとしていた。村人たちは、同じ獣人である彼女を温かく迎え入れ、簡素ながらも他の住人と変わらない住まいを与えてくれた。その温かさに、オードの凍てついていた心は、ゆっくりと溶けていくのを感じた。
エド村での穏やかな日々は、オードに安らぎを与えた。村人たちの笑顔、そして何よりも愛する我が子の成長が、彼女の心を癒していく。この村に恩返しをしたい。その一心で、オードは再び薬学研究に没頭した。獣人族の特異な体質に着目し、薬草の調合や身体能力を向上させる秘薬の開発に心血を注いだ。彼女の薬は、村の子供たちが試練に挑む際の助けとなり、彼らの潜在能力を最大限に引き出すための重要な要素となっていった。しかし、オードの純粋な願いとは裏腹に、彼女の生み出した薬は、獣人族の身体組織を効率よく組み替え、驚異的な力を引き出すことを可能にし、やがてエド村の「在り方」を、彼女の意図せぬ方向へと変えていくことになる。
平和な日常の中で、オードは薬学を通じて村人たちと深く交流し、愛する我が子の成長を見守りながら、穏やかな晩年を過ごした。彼女の薬は村に貢献し、多くの命を救った。しかし、彼女がこの村にもたらした薬学の知識が、やがてエド村の「在り方」を決定的に変え、その「闇」を育む礎となることを、彼女自身は知る由もなかった。老衰で静かに息を引き取ったオードの遺志は、村人たちの心に深く刻まれたが、彼女の残した偉大な遺産は、その後のエド村の運命を大きく左右していくことになる。
「エド村にオードが来た事によって徐々にあり方が変わっていったの。」
レオーナはそう言って、レイニの顔をじっと見つめた。
「彼女の薬学の知識は、獣人族の身体能力を飛躍的に向上させ、さらには、ある種の精神的な操作を可能にする技術へと発展していった。それが、今のエド村の『暗部を育てる機関』としての礎となったのよ。彼女自身は、そんな未来を望んでいなかったでしょうけれどね。」
レオーナの言葉は、レイニにとって、エド村の「闇」が、かつての希望と善意から生まれたかもしれないという、皮肉な真実を突きつけた。
あるところに孤児がいました。
それは、エド村の「闇」がどのようにしてその「狩人」を育んでいくのか、その始まりの物語だった。
まだ幼く食べ物や衣服、寝る場所を得るのにはどうしても大人の力が必要でした。
兵士、農民、平民、どこにでもいる捨てられた、両親を失った、売られた。そんな孤児たちです。彼ら彼女らは、与えられた仕事を一生懸命に幼い身体でこなして育ちます。
「助かるよ。ありがとう。」
その言葉を糧に、孤児たちは一生懸命働きました。そういう日が当たり前で不満をいだいたこともありません。毎日くたくたで食事をして寝る。起きたら仕事、そんな毎日に勤しむのでした。
けれど、それでもどうしても心が耐えきれなくなる時はあります。そういうときは、藁にくるまって泣きながら小声で歌います。かつて母親から教えられたものです。
糸を引く、この指先の、小さな揺れで
お前は舞い、お前は笑い、お前は動く
まぶたを閉じなさい、安らかな眠りへ。
夢の中でも、お前は私の尊い人形
さぁ、眠りなさい。
錆つかぬ、永遠の歯車。
軋まぬ、この関節。
お前の心は、もういらない。
私は、お前をすべて知っている。
さぁ、眠りなさい。
夜が明ければ、新しい糸が、お前を導く。
決してほどけぬ、この結び目。
さぁ、おやすみ。私の大事な人形。
そんなある日のこと、いつものように掃除をしていると、孤児は自然とそこから聞こえてくる会話を耳にします。
―――馬鹿だよな。偽物だと知らずに本物だって本気で信じてるぜ。
―――親父が、農民ごときに医者なんか連れてくるわけないじゃん
―――いちいち始末するの面倒くさいな。奴隷のくせに抵抗するなって。
―――そうそう、素直に又開いておけばいいのにな。
―――ぎゃあぎゃあ騒ぐもんだから、つい力が入っちまった。
息を殺して孤児は聞き耳を立てます。この屋敷の息子たちだろうか?下卑た笑い声が聞こえてきます。
彼らが居なくなると孤児は、寝泊りの場として宛がわれた粗末なあばら家に飛び込み、葉っぱに字を書いて、鳩を見つけるとその足にくくり付けます。
そんな家人達の零れ話を聞きつけて鳩に葉っぱをつけて飛ばすこと100を超える頃だった。
その夜。
屋敷には全部で15人。男が8人。女性が7人。
最初の犠牲者は、この屋敷の主人の弟の奥方。
玄関先で1人でいるところを口に布を噛ませて黙らせて、そのまま壁に押し付けてダガーで首筋をざっくり。すごい勢いで血が流れましたが、布を噛ませているから悲鳴を上げることが出来ませんでした。
2人目。屋敷の主人にあたる弟だ。
普段からお酒を嗜む方で、今日も夜中に1人でトイレに向かう。その後は水を飲むために井戸に向かうことはわかっていたので、井戸を覗き込んだ瞬間に突き落としました。
3人目。2人目の娘だ。
夜中だ。もう寝入っていてもおかしくはない。静かに潜入して頭にダガーを突き刺す。頭からシーツに血が染み広がってきます。しばらく手足がピクピクとしていたけれど、静かに事は終わりました。
この調子で、立て続けに3人が片付けました。
7人目、8人目は老夫婦だ。
年を取るとトイレが近いとよく零してしまうらしいので、トイレの上で待機して待つ。しばらく経つと2人揃ってやってきた。非常に都合が良い。上から順番にダガーを突き刺した。時間差があったので悲鳴が上がる前に口を塞いでいたのが幸いして、周りはしんと静寂に包まれていました、
9人目、10人目、11人目、12人目はここの主人夫婦と、その子供夫婦だ。仲良く添い寝している。それぞれ口を塞いで首を掻き斬る。簡単に終わらせることが出来ました。
残りの3人は。
朝の訪れと共に扉を叩く音がけたたましく鳴る。それで目を覚ました離れで酒を飲み明かして寝ていた3人の息子たちが、二日酔いで頭が痛いのを我慢しながら正面玄関の方に向かった。
3人の息子たちが、現れると衛兵達が並んでいた。
「・・・え??なに?衛兵のお前たちが何の用だ?」
戸惑いながら尋ねた彼に、先頭に立つ男が厳しい視線を向けて問い返します。
「・・・ガンダラ、ドーガン、ザギンだな。お前ら昨日の夜から今朝までどこで何をしていた?」
「・・・何って?離れで3人で飲んでたよ・・・」
そう言って振り返って2人に同意を促す。
「そうか・・・ではその離れを検めさせてもらう。」
「は?何言ってんだ?衛兵ごときが勝手に許可なく入るんじゃない。」
「・・・とぼけるつもりか?」
「?意味がわからないな。親父にまずは話を通してくれ」
「その親父様はもう死んでいる。お前たちを覗いて家族皆殺害されている。」
その言葉を受け止めるには、あまりにも信じがたいものがあった。口をあけてぽかんと呆けるガンダラに、衛兵の男は苛立ち気に言葉を続けます。
「12人だ。あっちのほうで死体が見つかった。1人は水死で他は刃物で殺されている。君たち以外はね・・・」
「な・なに言って・・・馬鹿な」
質の悪い冗談を笑い飛ばすように、空笑いする3人。
「状況が分かったようだな。では、離れを調べさせてもらう。」
許可も貰わずに衛兵たちは離れへと押し入った。
しばらく経つと衛兵の1人がやってくる。
「ガンダラ、ドーガン、ザギン、これはなんだ?」
そう尋ねた衛兵の手には血に染まったダガーが握られていた。それを見せつつ言葉を続けます。
「これは3人の内の所有物だな?血がべっとりだ。たしかな証拠だな。」
「は・・・?し、知らないぞ…ダガーなんてどこにでもあるだろうが・・・」
3人は訳が分からず首を振り続けます。
「衛兵所で詳しく聞こうか?逃げようとは思うなよ。」
それを聞いた瞬間、3人はようやく自分たちの置かれた立場を理解して、叫んだ。
「ち、違う!何かの間違いだ!!」
屋敷でひと仕事終えた男は、素早く着替えて、念のため血糊がついてないか生活魔法で清めて証拠隠滅する。人目がないことを確認して、孤児に案内されて屋敷を出てきたのは、ローキンだった。
ローキンは、血を拭ったダガーを握りしめながらも、何の感情も抱いていなかった。ただ、与えられた「仕事」を完遂したという、空虚な達成感だけが胸に残る。かつて、自分を苦しめた訳でもなく、憎しみも、復讐も、喜びも、そこにはなかった。それは、まるで感情という歯車が一つ、心から抜き取られたかのようだった。彼にとって、この殺戮は個人的な復讐ではなく、与えられた『任務』であり、王国を蝕む『毒』を排除する『汚れ仕事』に過ぎなかった。まるで、歌が教えてくれたように、心の一部が切り離されたかのように。これが、エド村の「闇」が求める「狩人」の姿なのだと、彼は無意識のうちに理解していた。
「これは?いったい??」
レイニが亡き兄のローキンを見て驚きその光景を見開いて見ていた。
「レオーナ。どういうことなの?」
「エド村の在り方は、わかりやすく言えば暗部を育てる機関なの。キラエル王国に潜む悪?横領、搾取、奪、国家の財産を私物化する者たちの証拠を握って始末するの。もちろんエド村の人たちはそんなことは知らない。けど、あるキーワードを耳にすると彼ら彼女らはその任務に有無も言わせずに行動に移すの。いわゆるマインドコントロールね。それは、幼い頃から繰り返し聞かされる『歌』や、特定の『薬』によって、潜在意識に刷り込まれる。彼らの心は、特定の『命令』や『キーワード』に反応するように条件付けられ、感情を伴わない『仕事』として任務を遂行する。狩り、採集でサバイバルでも生きていけて、殺すことに何も戸惑わない。そんな存在は軍部以外にも必要なのよ。」
「え?なら僕も?」
「そうよ。上からの命令があればレイニの立場ならシルヴィ王女さえ暗殺できそうね。エド村の人達はどうして少人数で大きな獣や魔獣、魔物でも臆することなく迎え入れられるのか?考えたことない?それはね薬学と生物学が関係しているんだけど、これは薬をその子に合わせて調合して身体にある組織を効率よく組み替えてくれるからなのよ。レイニもここらあたりあるでしょ?」
そう口にするレオーナに、レイニは思い当たることがあって何も言い返せない。
これは夢だ。悪い夢の中なんだと今の状況を思い返す。でも、もしもこれがほんとのことだったのなら・・・
ならこの試練の場は一体なんなのだろうかとふと疑問が湧いてくる。
孤児の物語が脳裏をよぎる。あの無感情な瞳、心を持たない人形のような行動。それが、マインドコントロールされた自分の未来の姿なのだろうか。レイニの胸に、言いようのない恐怖と、同時に強い反発心が湧き上がった。
「この試練の場の本当の意味は、マインドコントロールされた己自身と向かいあう事が主な主旨なの。受け入れるのなら晴れて暗殺者の仲間入り。受け入れることが出来ないのなら、己に宿った精神といえばいいかな?それと戦ってもらいます。勝てば晴れてマインドコントロールから解放されて、命令を受けることはないわ。けれど負けた場合は絶対服従ってこと。いずれにしても今の暮らしになんの影響はないの。だからここで、素直に受け入れる子が多いのよ。」
レイニの問いたげな質問に、先回りして応えるレオーナはどこか得意げだ。
「どうしたい?レイニの自由よ。試練の場は選択権を皆平等に分け与えるの。王国の闇の部分を颯爽と排除する。なんてかっこよくない?」
王都での日々が、熱を帯びた走馬灯のようにレイニの脳裏を駆け巡った。シルヴィ王女近衛騎士団騎獣隊の隊長として、彼は多くの仲間と出会い、彼らの信頼を勝ち取った。守るべき人々の笑顔が、彼の心に確かな誇りを刻みつけていた。王国の平和を守るという使命は、単なる命令ではなく、彼の血肉となって魂に宿っていた。しかし、時に、訓練中に人間族の騎士たちが獣人族の彼に対して、無意識のうちに一歩引いたような態度を取ることや、重要な作戦会議で彼の意見が、他の人間族の隊長たちの意見よりも軽く扱われるような感覚を覚えることがあった。それは、明確な差別ではない。だが、まるで透明な壁が存在するかのように、彼と彼らとの間に、決して埋まらない距離があることを、レイニは肌で感じていた。
エド村のような「闇」の存在は、彼が知る王都にはなかった。少なくとも、彼が信じてきた正義の光の中には。王都で培った、弱きを助け、悪を挫くという騎士としての揺るぎない信念が、エド村の「暗部」という現実に激しく反発した。マインドコントロールによって感情を殺し、命令のままに動く人形となること。それは、彼が王都で学んだすべて、築き上げてきた誇り、そして何よりも彼自身の「心」を否定することに他ならなかった。
「必要なことだって、頭では理解できる。誰かがこの王国の闇を排除しなければならないことも。でも、それは、いつか僕が、僕自身の信念を裏切り、仲間さえも手にかけなければならないかもしれないということだ。命令に忠実であることと引き換えに、自分の心に矛盾を許し、感情を殺せと?それは、僕が王都で培ってきた、騎士としての誇り、そして、人間としての尊厳をすべて否定することになる。」
レオーナの視線が、レイニの心の奥底を見透かすように突き刺さる。その瞳には、彼がかつて抱いていた自信のなさや、周囲に流されやすかった彼の姿が映っているようだった。
「そうね。認めるわ。その可能性は常にある。だが、そうなった時、レイニ、あなたは本当に耐えられる自信があるの?かつてのあなたなら、きっと流されていただろうに。」
苦悶がレイニの顔を歪ませた。喉の奥から絞り出すような低い呻きが漏れる。拳を握りしめた指先は、手のひらに食い込むほど震えていた。脳裏には、試練から逃げ出したあの日の自分が、嘲笑うかのように浮かび上がる。「どうせ不合格だろう」という村人たちの囁きが、今も耳の奥で響く。あの頃の自分は、ただ弱いだけの存在だった。しかし、王都での日々が、その臆病な魂に新たな光を灯した。シルヴィ王女近衛騎士団騎獣隊の隊長として、彼は多くの仲間と出会い、彼らの信頼を勝ち取った。守るべき人々の笑顔が、彼の心に確かな誇りを刻みつけていた。
「僕は、殺人鬼になりたいわけじゃない…!」
呼吸が浅くなり、視界がわずかに揺らぐ。過去の自分と、王都で得た誇り高き騎士としての自分が、内側で激しく衝突する。マインドコントロールされた人形として生きることは、彼が王都で培ったすべてを否定することに他ならない。それは、仲間たちの信頼を裏切り、彼らが守ろうとした平和を踏みにじる行為だ。
「確かに、昔の僕は弱かった。でも、もう違う…!」
彼は自らの胸に手を当てた。そこには、熱く脈打つ心臓の鼓動があった。この心臓は、彼自身の意志を宿している。誰かの命令に従うためではなく、彼自身の信念のために、今、この場で決断を下すのだ。
「彼らの笑顔を、信頼を、僕自身の手で汚すことだけはできない。だからこそ、僕は、マインドコントロールされた人形としてではなく、一人の人間として、自分の意思で決断を下したいんだ。たとえそれが、どんなに困難な道だとしても、この胸の痛みと共に、僕は僕自身の道を選ぶ!」
彼の声には、以前の彼にはなかった確固たる意志が宿っていた。それは、苦悩の末に掴み取った、彼自身の「核」だった。
「そう…それでいいと思うわ。レイニは。だから乗り越えてみなさい。あなたを。自分自身が抱える欺瞞を。そして、このエド村の『在り方』が、本当に正しいのかどうか、あなた自身の目で確かめなさい。」
レオーナの言葉は、レイニに選択を迫るだけでなく、彼女自身もまた、この「在り方」の正しさを問い続けているかのように聞こえた。彼女は、レイニに自分と同じ道を歩ませたくないのか、それとも、自分にはできなかった「自由な選択」をレイニに託そうとしているのか。その真意は、レイニにはまだ計り知れなかった。
節制から暴食への一歩
その瞬間だった。空気が張り詰める感覚。レイニはこの感覚を決して忘れたことはない。
渇き、張り詰めた、魔獣、魔物、サマールルの兵達、命を脅かす殺意が吹き荒れる空気だ。
そしてレイニはそれを見る。
闇に同化するような、銀髪の女性。長身の綺麗なレオーナだった。豊満な身体を惜しげもなく見せつける、ひどく妖艶な衣装。髪の先端を弄びながら歩み寄る姿は尋常ではない色気があった。その手にはダガーが握られている。
レオーナは、レイニの成長を喜ぶかのように微笑んだかと思えば、次の瞬間には、獲物を見定める狩人のような鋭い眼差しを向けた。
「本気で殺す気できなさいレイニ。ここでは死ぬことはないの。お互いにね。」
その言葉は、幼い頃にレイニをからかい、優しく見守っていたレオーナとはまるで別人のようだった。しかし、その瞳の奥には、どこか寂しげな光が宿っているように、レイニには見えた。
振り上げられたダガーが、風を切り裂く鋭い音を立ててレイニの胴を撫で斬ろうとする。直前。
「レオーナ!」
レイニもまた、腰に差したダガーを抜き放ち、金属が甲高くぶつかり合う音が石造りの空間に響き渡る。火花が散り、その熱が二人の頬をかすめる。
防がれたレオーナは、ふわりと後方に下がり、小首を傾げた。
「レイニ。強くなったわね。」
その声には、どこか嬉しそうな響きがあった。
「鍛えているから」
レイニは荒い息を整えながら、ダガーを前にして構える。背中の魔反動砲、スカートの中に隠したハンドガン。レオーナの動きに合わせてダガーを選んだに過ぎない。しかし、その手の中で握るダガーの柄の感触が、彼の決意を確かにしていた。
レイニの言葉が終わると同時にダガーが投げつけられた。風を斬り、向かってくるのは4本だ。どこから出したのかわからなかったが、レイニは辛うじて躱した。
4本のダガーを躱すと同時にレイニは、レオーナにダガーを斬りつける。わずかに身を傾けることでそれを回避して、わずかにレオーナの態勢が傾いたところで前蹴りを入れた。
風を穿ち、壁すらも砕くレイニの本気の蹴り。レオーナは咄嗟に左手で防ごうとしたが、蹴りの威力は細い腕をへし折ってなお直撃するのに十分、
「え??」
「ふふふ・・」
決まったと確信したレイニに対して、逆さまになったレオーナは微笑む。
レオーナは蹴りが左手に触れた瞬間に、ありえない軽業を見せたのだ。蹴りの先端に片手で倒立。レイニは自分の足の上に彼女を乗せていながらも、その重さを感じさせない軽いレオーナに戦慄を覚える。
「羽毛みたいだ」
「褒め言葉と受け取っておくわ」
その声に見合わぬ苛烈な斬撃が宙を走る。
レオーナのダガーがレイニの首目掛けて一直線、とっさにダガーでそれを防ぐもレイニの腕が悲鳴を上げた。
レオーナは片手、それもレイニよりもずっと細い。にも拘らず尋常ではない力。
火花が散るダガー同士の斬撃戦、レイニの足に乗ったままのレオーナを振り落とす勢いからの渾身の蹴り、
「うふふ」
ダガーとかみ合ったままで、それを起点にしてレオーナは中空で反転。
ダガーを持つ反対の手がレオーナのスカートの中から禍々しいもう1本のダガーが現れる。
「まだまだねレイニ。」
逆さまのままレオーナの交差するダガーが、レイニの胴体を両断する勢いで迫る。
「まだまだだよ」
鋼と鋼と討ち合う軋る音が響き渡る中、レイニはハンドガンとダガーで受け止める。まだ宙にいるレオーナのお腹に突き上げる蹴りが直撃。くの字に折れて吹き飛ぶレオーナ。
その衝撃で、石壁に微かな亀裂が走る。足をひらいたスタンスで、彼女を油断なく睨みつけるレイニは両手にハンドガンを手にする。硝煙の匂いが鼻をかすめ、彼の指先は次の弾丸を求めるように震えていた。
次の瞬間、レオーナから凄まじい速度でダガーが回転して襲ってきた。
縦回転で投じられたダガーだ。視認速度の限界を超えたその円撃は音をたて風斬りレイニに差し迫る。
「―――」
金属同士の擦過音と、火花が炸裂する。
襲い掛かる円撃は片手のハンドガンによって真上にへと跳ね上げられる。間髪いれずにレイニの身体が真っすぐに正面に滑走する。床上を滑るようにレオーナに迫り、左のハンドガンの引き金を引く。
「成長しているって言ったよね?」
「えぇ、聞いているわ」
魔弾が弾かれる寸前、軽く後ろに下がる彼女が左腕を勢いよく引いた。その瞬間、投げつけたダガーが引き戻され、戻る勢いで再びレイニに襲い掛かる。
「ふぅ。」
レイニが息を漏らすと、背中に装備していた魔反動砲をズラしてダガーを受け流す。そのままハンドガンを彼女に向けてぶち込む。
「うっ・・・」
「よし!」
彼女はハンドガンの威力をそのまま受けきって、地面に転がる。
どうだと言わんばかりのレイニだったが、ゆらりと立ちあがるレオーナの姿に息を詰める。
彼女は静かに身体をあげると、握ったままのダガーを手の中で回転させて、口の端に付いた血を舌で舐めとった。そして恍惚の笑みを浮かべる。
「・・・レイニ。いいわ。やっぱりあなたは良い。」
「レオーナ。君はやっぱり強いや」
言いながら、ハンドガンを構える
戦いは一挙に、その苛烈さを増して火花を大いに巻き散らした。
「はっ!」
「あっ!」
ハンドガンから放たれる魔弾とダガーの討ち合う音が、擦過音に紛れる火花が、弾かれる斬撃と打撃の衝撃が、その場の空間を歪ませる。
「レイニ!」
「レオーナ!」
お互いに名前を呼び合い、魔弾が射出され、それを躱す彼女に向けて蹴りを繰り出す。そのまま躱す彼女を追いかけ魔弾を放つ振りをして裏拳を叩きつけようとする。
「おしい」
「もうちょいだね」
ダガーを振り上げるよりも、ハンドガンで撃つのが早い。彼女はダガーを振る素振りをみせて後ろへ宙返り、魔弾が通り過ぎる。
「はぁ!」
ハンドガンの乱射を挟んでの、打撃、蹴り、裏拳、回し蹴り。
動きながらの次々と攻撃を繰り出して、避け続ける彼女の追撃の手を緩めない。やがて追い詰められた事を悟った彼女は
「!!」
レイニは両手のハンドガンを同時に発射した。高密度に凝縮された魔力が弾丸と化し、空気の抵抗をものともせずにレオーナに迫る。その魔弾は、直撃すれば間違いなく致命傷を与えることができるほどの貫通力を持つ。
先ほどは彼女が仕込んでいたダガーが魔弾の軌道に差し出された瞬間、金属と魔力が激しく衝突し、甲高い音と共にダガーがへし折れた。しかし、魔弾の勢いは完全に相殺され、レオーナは無傷でその場を回避した。今回は、同時に彼女は姿勢を低くし、くるりと後ろに宙返りしながらの蹴り上げ。さらに身体をひねらせて回転と同時にダガーを投擲。
間髪入れずに迫る致命の刃。しかし、レイニは咄嗟の判断で背中の魔反動砲を盾のように構え、その砲身でダガーを受け止めた。金属が擦れ合う激しい音と共に火花が散り、魔反動砲の頑強さが刃の勢いを完全に受け流す。
「それは盾なの?」
「ううん。魔反動砲っていうれっきとした飛び道具。」
初めてみる武器に興味をそそられたレオーナにレイニは正直に答える。その言葉の裏には、魔反動砲が防御だけでなく、攻撃にも転用できる多機能な武器であることを示唆していた。
「行くよ」
「うん」
レオーナの微笑みが闇に霞むように溶け、神速の疾走。地面を蹴る音がしたと思ったら、左右から連続で穿つような音が聞こえる。
右へ左へ前後へと跳躍を繰り返しながら、レイニに迫ってくる。狙いを絞らせない速度と、レイニが今まで体験したことのない動き、あり得ない挙動。なによりも、その速度が明らかに前のそれとは違うことだ。
「!!」
彼女のトリッキーな動きに対して、レイニの行動は魔反動砲を撃つことだ。跳躍する影に対して狙いを定めて、魔反動砲を爆発させた。その瞬間、轟音と共に空間が歪み、圧縮された魔力が砲弾と化して標的を貫く。
魔弾が突き抜けた後には、周囲の空気を巻き込みながら破壊的な衝撃波が吹き荒れ、石壁に微かな亀裂を走らせる。彼女がどうなったのか確認も取らずに、レイニは再び魔反動砲を発射させる。地面を揺るがし、破壊の衝撃波が舞い上がった。
宙に跳んでいたレオーナがレイニに狙いを定めて急降下、魔反動砲とダガーが噛み合う。その衝撃がつんざき、地面を強く揺さぶる。
恍惚としたレオーナが横に軌道を反らして、斬撃を繰り出す。レイニは転がり込む形で回避。
そこへダガーの投擲。魔反動砲で払い落し、ハンドガンの銃口を向ける。が、これは屈むレオーナに掠った程度に止まり、直後にレイニの股下から伸びる斬撃を辛うじて避け、ハンドガンで応戦しながらもその場から、彼女との間合いを取った。
息つく暇もなく、レイニを追うレオーナ。間合いを取り直したいレイニは蹴りを放つ。直撃したかとおもったが感触がない。彼女は異常な体捌きで身を回して回避した。逆に彼女の回し蹴りが迫りくる。
下手な態勢から攻撃を食い止めようとすれば、予想外からの斬撃、蹴撃。一瞬の判断ミスが命取りになる。
斬る音。魔弾が放たれる音。飛び交う火花と衝撃音。お互いの目と目が絡み合う。
躍るように身を翻し、上下左右から軌道を選ばず急所を狙うダガーの斬撃。
いかなる身体能力の為せる技なのか、無造作に思える斬撃はその一撃一撃が必殺になりかねない威力と正確さでレイニを襲う。
これをレイニは巧みに魔反動砲で軌道を反らして、受け流して防御に徹する。斬撃の勢いを殺さず、振られる軌道だけを逸らす回避技は時に、レオーナの身体が軌道を外れることがある。その隙を狙って、レイニもまた反撃に躍り出る。
レイニの魔反動砲は砲弾の威力だ。直撃さえできればこの戦いは終わる。だが、当たらない。ハンドガン、ダガー、打撃、蹴撃を組み合わせることで彼女に痛手を幾度も与えている実感はある。
だが、決定打にお互い欠ける。だから戦いはまだ続く。
振り下ろされたダガーを魔反動砲が受け、軋む音と火花を上げて斬撃が受け流される。
互いに生じた隙を縫い、疾風を纏う蹴りが胴を薙ぎ、これをレオーナが受けながらも身を回して衝撃を分散させ、回る勢いで反対の手が握るダガーをレイニのこめかみ目掛けて振るい、頭に迫るが、ハンドガンで受け止め、そのまま銃口を向けるが彼女はさっさと背後に引く。
「ふぅ・・・」
「・・・」
お互いに一呼吸が必要だった。
レイニとレオーナの戦闘が始まってすでに10分以上が経過している。すでに100はくだらない回数のぶつけ合いが続いている状況だ。
どちらも自分が得意とする技能でお互いに主導権を譲ってはいない。
そこでレオーナが新たな動きを見せた。空間から二振りの刃が現れる。これまでとは異なる威圧感を放つものだった。左手には、漆黒の小剣といったとこか?
ダガーよりは形状が大きい。斬り裂くことに特化したそんな凶器に見えた。右手には、真っ白の小剣だった。ただ漆黒の小剣とは違って叩いて絶つことを想定された分厚い形状のものだった。
「武器を変えるの?」
「本来ならもう合格でいいのだけれど……レイニとの戦闘で私……濡れちゃったの……だから、ね?本気で行くよ。」
レオーナの声は、甘く、しかしどこか狂気を帯びていた。その瞳は熱に潤み、紅潮した頬には、獲物を見つけた獣のような獰猛な光が宿る。冷や汗が背筋を伝うレイニは、本能的な危険を察知した。彼女の視線は、レイニの全身を舐め回すように這い、まるで獲物を品定めするかのようだ。
「合格ならもういいんじゃないかな?」
彼の声は、わずかに上ずっていた。恐怖と困惑が入り混じった表情で、レイニは一歩後ずさる。しかし、レオーナは一歩も引かない。
「だ〜めよ。もう我慢できないの……レイニ、あなたは本当に強くなった。この試練を乗り越えられると信じていたわ。でも、それだけじゃ足りない。もっと、もっと見せてちょうだい。あなたの本当の力を。そして、私を…私を満足させてちょうだい。」
レオーナは艶めかしく舌なめずりし、その唇から漏れる吐息は、甘い毒のように空間を満たした。彼女の指先が、自身の首筋をゆっくりと撫でる。その仕草は、純粋な歓喜と、抑えきれない欲望が混じり合った、複雑な感情を物語っていた。幼い頃から知る姉のような存在が、今、目の前で全く別の顔を見せている。その歪んだ愛情と、戦闘への渇望が、レイニの心を深く抉った。その言い分に、レイニは抗う術もなく、ただ構えて迎え撃つしかなかった。
レオーナはゆらりと身体をゆすり、自然体の構えをとった。
「レオーナ」
「レイニ。私の可愛い弟・・・」
互いに笑って振り払うのが激突の合図になった。
踏み込みを爆発させて、レイニの身体が真っすぐに飛ぶ。それを迎え撃つ白刃が縦に振られて、回転する刃がレイニに迫る。レオーナの握る分厚い白刃は、強靭で縦横無尽に跳ね回ることが出来る。
上か、下か、視認速度をはるかに超える刃が飛び回り、レイニは魔反動砲を頭部に覆って回避を放棄、上から跳ねた刃が左腕に突き立ち、激痛に耐えながらも前に進む。刹那の攻防が繰り広げられる。ダガーを抜きレオーナに斬りかかる。
しかし、それは読まれていた行動で躱され、真下から降り上げられた黒刃がレイニに胴を浅く抉った。噴き出す鮮血にレオーナは熱のこもった吐息を零し、舌舐めずりする。振り回される死の刃の勢いは増し、左の防御が追い付かないレイニの身体は次々と斬り刻まれていく。
長い足が側頭部を狙って伸びあがるのを、あえてレイニは頭突きで回避。その衝撃にのけぞりそうになるが、レオーナもただではないはずだ。
レオーナのその表情は恍惚に帯びており、刃が振り上げられる。レイニの頭に叩きつけられるそれを、真横に身を滑らせて、彼女の後ろに回り込みハンドガンを放つが、身を回す彼女の刃に阻まれて軌道がそれる。
レオーナはうっとりと笑って、それから淫靡に瞳を細めると、その唇から赤い舌を艶めかしくなぞり、刃を振り上げる。
白刃が斬り裂き、黒刃が縦に引き裂かんと放たれる。視界の端で上下左右を問わず跳ね回る刃、防ぐ手立てがないレイニは回避の選択を放棄する。だが、これを受け続けるのは自殺行為だ。
「―――」
音を斬り裂き、跳躍する刃。
どう来るか分からないのなら、その始点を狙うほかはない。魔反動砲を突き出して彼女に投擲する。意表を突かれたレオーナが目を見開いてそれを正面から直撃。彼女の腕から白刃が落ちるのが見えた。
片方を失い一瞬動きが止まる彼女にレイニは体当たりを選択する。そのまま押し倒そうとするレイニに、彼女の膝がレイニの顔面に突き刺さる。深まる黒い笑みが死を運ぶ黒い刃を振り下ろす。それを察知したレイニは直前で地に伏せてダガーを彼女の足に突き刺した。
「あっ・・・」
驚きの声を挙げてレオーナがバランスを崩した。
「・・・好き。」
息を吸い、レオーナが恋する乙女のように頬を赤らめた。吐息が色づくほどに熱を帯び、濡れた瞳は欲情で満たされる。
レオーナの前に立ったレイニがハンドガンの銃口を彼女に向けて撃ち放つ。
「弟・・・に恋したみたい・・・」
視界が開けた時、レイニは自分がエド村にある草原に居ることに気づいた。
気持ちのいい風がそよぐ。その風は、彼の髪を優しく撫で、草の匂いを運んでくる。**その小高い丘に白いテーブルがあり、椅子が用意されていた。驚きが先にたどり着いたが、まだ夢の世界にいることはわかった。
「レオーナ?」
こうして試練の場が終わったのなら出迎えてくれるのは彼女しかいないであろう。そこには銀髪の美女レオーナが座って紅茶を嗜んでいた。
「レイニ。お疲れ様。さぁ座って」
思わず息を飲んだ。彼女は絵になる。思わず見惚れてしまったようだ。
「なに?遠慮しているのよ。早く座りなさいよ」
「は・はい・・・」
言われるままに対面の椅子に座る。
「はい。どうぞ。お菓子もあるからね。小腹がすいたでしょ?」
お茶を勧められて、レイニはかしこまって頂く。
「レイニ。合格よ。約束通りマインドコントロールは解除するからね」
「え?うん。ありがとう」
そう言うが彼女は特に何も行動を起こさない。
「レオーナ?」
「ここを出れば自然と解除するから心配しないで。ゆっくりとお茶をたのしみましょう」
そう言われて、それがなんだか懐かしい記憶を刺激してくる気がした。彼女はよくレイニに構ってくれて本当の姉のように接してくれていたのだ。こうやってお茶を飲むのもなんどだってある。甘いお菓子がとても大好きだった。
「さてと、一服もしたところで本題なんだけれどね。私の一族は薬学に精通しいているのは知っているわよね?」
「うん・・・」
レイニはお菓子をつまんでそう頷いた。
「難しい話は置いておいて、レイニに薬を上げます。」
「ぼ・僕・・・病気なんてしてないよ。」
その反応にレオーナは笑う。
「違う違う。簡単に言うと、戦闘力を向上させる薬。ドーピングともいうのかな?それを飲むことによって一時的だけれど強くなれるわけ」
「う・うん」
「頻繁に使用したらダメよ。本当にこのままだとヤバイとかそんな限られた時にしか使ってはダメなの。守れそう?」
「え?っと多分・・・」
考え込んだレイニをじっと見つめて、レオーナはため息まじりに続ける。
「基本的に魔獣、魔物以外には使用禁止です。サマールルとの戦争で使ったらダメだからね。それと使った後は副作用があって、といっても普段使わない筋肉を酷使するわけだから、しばらく筋肉痛になります。訓練なんかでレベル上げなんかで使ってもいいとは思うよ。筋肉痛に悩まされなくなるってことは筋肉がついたってことだしね。ただし、この薬はあなたの獣人としての潜在能力を一時的に覚醒させるもの。普段使わない力が解放される分、身体への負担も大きいわ。そして、その覚醒した力は、あなたの『意志』と結びつき、手にした武器を一時的に変形させることも可能にするかもしれない。使い方を間違えれば、取り返しのつかないことになる可能性もある。だから、本当に『ここぞ』という時まで、決して手を出さないでね。
「な・なるほど・・・」
いまいちよくわからないレイニだった。魔獣、魔物そっちのけで今はサマールルと戦争中なのだ。使う機会はないのかもしれないな・・・とおもったりもする。
「まぁいいか。」
それからはレオーナとの世間話で終始終わった。
「ちゃんとエド村に帰ってきなさいよ。その時に薬をわたすから、約束よ。その時が来たら、あなたの本当の力を、私に見せてちょうだいね。そして……」
レオーナは意味深に微笑んだ。
「その薬が、あなたに何をもたらすのか、私も知りたいわ。」
「うん。今は無理っぽいけど時間が出来たら帰ってくるよ。絶対に。」
そういってレイニは椅子を引いて元に戻してから、草原にぽつんとある扉に向かった。
「行ってらっしゃい。あなた。」
「うん?行ってきます。またね」
レオーナとの激闘、そして自分の意志を貫いた経験は、レイニの心に深く刻み込まれた。かつては自信がなく、周囲の評価に怯え、常に誰かの影に隠れるように生きてきた彼の中に、今は揺るぎない信念と、どんな困難にも立ち向かう覚悟が芽生えていた。草原に吹く風が、彼の髪を優しく撫でる。それは、過去の自分との決別を告げ、新たな旅立ちを祝福しているかのようだった。
彼は、王都に戻れば再びシルヴィ王女近衛騎士団騎獣隊の隊長として職務を全うするだろう。しかし、彼の心には、エド村で見た「闇」の光景が焼き付いていた。エド村の「在り方」は本当に正しいのか?マインドコントロールによって感情を奪われた「狩人」たちは、本当に幸せなのだろうか?そして、自分自身の「自由意志」を、この王国の光と闇の中で、どう守り抜いていくべきなのか。
夢は終わったが、レイニの新たな試練は、今、始まったばかりだった。彼の瞳には、迷いと同時に、未来を見据える強い光が宿っていた。この経験を胸に、王国の光と闇、そして自分自身の運命に、真正面から向き合っていくことを、彼は深く決意したのだ。彼の旅は、これからも続いていく。
それを見送ったレオーナは1人呟く。
「ふふっ・・・副作用って精力増強もかねているのよね~。レイニ、あなたならこの薬を、どんな『力』として使うのかしらね。武器を大きくするだけじゃなくて、もっと別の『使い方』もするのかしら?私、楽しみにしているわ。」




