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 獣人のレイニ



「キラエル王国の大義の元に散りゆくは国の歴史上において、他にはなくただ1つの存在であり、この上なき自己の利益、損益を顧みず王国のために献身的に尽くし……」


粛然と立ち並ぶ兵士たちの前で、正装に身を包んだ宰相が弔辞を読み上げていた。しかし、その厳粛な空気は、これから始まる軍事裁判の重苦しさに支配されていた。この場に集う誰もが、国の命運を左右するであろう裁きの刻を、固唾を飲んで見守っていた。


「嫌だ!死にたくない!誰か助けてくれ!頼む。何でもする。靴だって舐めてみせる!だから……助けてくれ!」


なりふり構わない嘆願が響き渡る。ドランク・シュークルト。かつては王国を率いた総司令官の威厳は、見る影もなく地に落ちていた。


彼の顔は恐怖に歪み、生への執着が全身から滲み出ている。その悲痛な叫びは、まるで嵐の中の朽ちた帆のように虚しく、鉛色の空に吸い込まれていった。兵士たちの耳には届かず、ただ広大な空間に虚しく響き渡るだけだ。宰相は無表情のまま、その光景を冷たい石像のように見下ろしていた。彼の白い手袋からは、微かに革の匂いが漂い、その冷徹さを際立たせる。シルヴィ王女の瞳には、一切の慈悲も宿っていなかった。まるで氷の刃のようなその視線は、ドランク・シュークルトの全身を凍てつかせ、この場で彼を救う者は誰もいないことを告げていた。広間に満ちる湿った土と鉄の匂いが、これから訪れる裁きの重さを物語っていた。


そして、シルヴィ王女の瞳には、一切の慈悲も宿っていなかった。まるで氷の刃のようなその視線は、この場で彼を救う者は誰もいないことを告げていた。彼の命乞いは、新たな時代への生贄となる、最後の断末魔だった。


「ドラング総司令官。元か・・・あえて言おう。さっき貴様が口にしたものと同じ悲鳴を、今回の戦争の中で何度も何度も耳にした。数えきれない兵が、仲間が、今の貴様のように恐怖に怯えながら死んでいった。家族を残して、恋人を残して、未練を残して・・・」


シルヴィ王女ただ1人だけが、苦笑してそれに応えた。


「慈悲を!どうかお慈悲を!心を入れ替えます。下男でもなんでもする。だから命だけは、死にたくない!」


「判決はもう下っているのだ。見苦しい。作戦行動中の責任はそれを命じた者がそれを背負う。軍に所属するものの原則だ。すなわち・・・」


言葉をきってゆっくりと席から立ち上がって、


「死ね!」


ドラング・シュークルトは今度こそ絶句した。土壇場での命乞いすら黙らせるほどの何かが、シルヴィ王女の声には籠っていた。所詮は女にすぎないと彼女を軽んじていたこの場に集う高官達さえ、思わず沈黙を選択する。


「連れていけ。」


宰相の命令を受けて、問答無用に口に猿つまみを噛ませて、ほとんど引きつるようにして連行されていった。


…彼の命乞いは、新たな時代への生贄となる、最後の断末魔だった。重い扉が閉まり、静寂が訪れた室内で宰相がゆっくりと口を開く。


「では、予定通りこのまま軍議を始める。議題は優先して死神が住まう峰々の防壁でのマルセイザ共和国との防衛戦並びに、戦死者の遺族や負傷者の補償。それと氷族の扱いについてだ。」


先ほどの茶番とは打って変わって、高官達は積極的に発言をし始めた。王国の政治を司る者達だ。建設的な意見が飛び交う。そうした一連の流れにシュークルト派は劣勢に立たされる。


今回の件によって、ドラング・シュークルトだけが処罰の対象になるわけではない。家族はもちろんの事、親戚にも関わらなければならない。それに属していた派閥関係者などは巻き沿いにあい、シュークルト一族を糾弾せしめる。


が、責任のなすり合いに時間を割いている状況ではないのだ。早急に対策が必要になり妥協案を模索する形に落ち着く。それは死神が住まう峰々の防壁の守備を丸投げ、すなわちシュークルト派閥すべてに対して、まさに死力を尽くしてその任に当たれということだった。


マルセイザ共和国の侵攻を許さなければそれでいい。がだ、もし許した場合は財産はもちろんのこと、爵位は剥奪、もしくは降格だ。これはすでに宰相をはじめとして王族から事前に決められていたことだ。遺族、負傷者の補償を国の財政で賄うのだ。


当然の措置であり、ついでに今まで鬱憤をため込んでいた他の派閥に対しても体裁が整う。


「氷族の扱いについて話を詰めようか。案があるものはいるか?」


高官達が上げる声なき声が、静まり返る頃を見計らっての宰相のその言葉だ。それからまた話し合いが始まり、氷族の移民についての受け入れ先を模索しはじめた。


「戦乙女に乾杯!!」


酒杯をぶつけ合うゴツンという音。そのすぐ後を追って、乾杯の合唱が響き渡った。厳粛な軍事裁判の数日後、王宮の庭園では、戦勝を祝う宴が盛大に開かれていた。酒杯がぶつかり合う音と、兵たちの歓声が響き渡る。それは、先の敗戦と軍事裁判の重苦しい空気を打ち破るかのような、生命の祝祭だった。


この宴の最中、シルヴィ王女から発表された「近衛騎士団の創設」は、王国が新たな防衛体制へと移行する象徴であり、エリーゼ、ルールカ、レイニといった若き才能たちが、その中心を担うこととなる。彼女たちの活躍が、この国の未来をどう変えるのか、誰もが期待と不安を胸に抱いていた。


こぼれた雫がきらきらと宙を舞う。長い死闘の日々から解放された兵たちは、その喜びのままに酒を飲み、仲間たちと語らっていた。宴の盛り上がりは天井を知らない。


無理もない。その全てが生あるもの特権だと、この場の全員が身に染みて知っているのだから。もう2度と酒を酌み交わすことの叶わない相手が、彼ら全員に数えきれないほどいるのだから。


「すごい盛り上がりね。もう何杯飲んでいるのかしら」


王宮の庭園を貸し切っての宴会。その片隅で、兵たちの喧騒から一歩引いて、近衛騎士の4人はテーブルを囲んでいた。


「あはは。でも、これくらいは羽目を外さないとね」


「だよね。あれだけ苦しい戦いだったんだから」


ミルキとレイニがそう頷きあう。彼女らのテーブルにも酒と料理が並んでいるが、飲み食いはほどほどだ。今日の4人は酒宴の幹事としてこの場にいる。自分たちが主役ではなく、部下たちの労を労うための場なのだ。


「エリーゼ隊長・・・エリーゼさま・・・」


が、控えていた彼女らのもとに、酒杯を手にした女性兵達が揃ってやってきた。先頭にいるのは副隊長のリン・カリュードだ。すでに相当酔いが回っているようで、彼女らは相当顔が赤い。


「こんなところに居らっしゃらないで、私たちと一緒に飲みましょうよ。」


「そうしたいのだけれど、私まで飲んじゃうと君たちを介抱できないでしょう?」


「きゃあぁ!そのままベットインですか?それならもういっそ今から行きましょうよ。」



彼女たちの間で黄色い声が弾ける。そう直接誘ってくるにあたり、宴を早々に切り上げてでも性欲の方が勝っているらしかった。酔いが後押ししていつもの彼女らしからぬ積極性だ。


「いってきなさいエリーゼ。あなたも溜まっているでしょう?」


困ったな?どうしようかな?と迷う素振りを見せていると、隣のルールカがそんなことを囁いた。エリーゼの視線がちらりと向く。


「しばらくご無沙汰なんでしょう?部下をもてなすのも今日の大事なお仕事よ。」


欲求不満が溜まりに溜まっている。その程度ぐらい彼女だって古い付き合いだから解っている。残りの面々からも「行っておいで」と視線でメッセージを受け取ると彼女は席をたった。


「よし。行こうか。今日は泊まっていくように言われているのよ。今夜は寝かせないわ。」


そうと決まればエリーゼの行動は早い。彼女たちを引き連れてさっさとこの場を後にする。


「ルールカ隊長。一杯付き合あってください!」


「え?私?」


入れ替わるようにしてルールカの部下たちが押し寄せる。そのままジョッキを持たされて、


「ルールカ隊長に乾杯!!」


その掛け声とともに、皆がジョッキを一気に飲み干す。ルールカはそれを見て「乾杯」と言ってビールを飲み干した。


そんな感じに場が盛り上がりを見せていると、近衛騎士3人の元に、新たな人物がやってきた。場の空気を壊さないように気遣ったシルヴィ王女だ。


「皆、楽しんでいるようだな。」


王女の姿に気づいた3人はすぐさま立ちあがって敬礼をした。


「私にそう気遣わずにともよい。」


と、言いつつ王女様はそのままエリーゼが座っていた席に座る。ミルキがジュースが入った杯を注いで差し出して、受け取ったシルヴィは半分ほど飲み干した。


「さてと、後日正式に通達があると思うがお前たちは昇進する。よくやったおめでとう。」


よろしくお願いします。3人の声が重なる。予想は出来ていたので驚きは少ない。


「で、あの・・・どうなりましたか?そのリナは・・・」


「それも問題ない。今回の件を含めて大掛かりな編成を組むことになった。追って沙汰がくる。」


その返答に3人が喜色に微笑む。


「では、改めて乾杯といこう。今後の近衛騎士団に!」


シルヴィがそう音頭をとると、3人は揃って杯を掲げた。


そうして王女を含めた酒宴は深夜まで続き、誰もが酔いつぶれてその場で夜を明かすことになった。さすがにシルヴィもそれに混じるわけにはいかないので、あらかた楽しんだ後、こんな光景がいつまでも続けばいいなと皆を眺めて後にした。


後日。


シルヴィ王女直属近衛騎士団が創設されると正式に発表された。


総指揮官はエリーゼ。その補佐、秘書はリン・カリュード。


副総指揮官、ルールカ・アンチュア。


近接・騎馬部隊隊長、トルイ・タフィが選任される。ユリウス・タフィの息子だ。


中・長距離部隊長、カーズ・サガ。


軍事物資、補給・生産・開発、総責任者ミルキー・ゴーンド。副責任者はテッツ・ハラダー。


新たに新設された騎獣騎士隊隊長には、レイニ。副隊長リナ・アナーク。


総勢500人規模のあの戦いで生き残った者たちで構成された大隊だ。戦闘服も濃い赤い色に変わる。もちろん氷族も含まれている。各々の得意とする部隊にこれから編成されることになる。


その選別先はもちろん王立騎士養成アカデミーだ。兵たちの訓練施設が整っているのもあるが、近衛騎士シルヴィ王女も含めてまだ在学生である。午前中は基礎訓練にあて、午後からは責任者を除き、教官たちによる指導という名のシゴキが行われる。


あの死線を乗り越えた者達だ。どれだけ体力と持久力と忍耐力の大切さが身に沁み渡っているから、文句も出さずに粛々と従って鍛えている。その中でも、リナ・アナークは教官達を大いに喜ばせていた。


彼女は父親エスエム・アナークに格闘技を習っていたとはいえ、本格的なものではなかった。従ってこの基礎訓練から始まる鍛錬には当初ついてこれなかった。時には倒れ、時には気絶して息も絶え絶えで見ているのが可哀そうなぐらいの有様だった。


しかし彼女はそれにもめげず、黙々と身体を鍛え、教えを素直に受け入れ5人に追い付こうと一生懸命に頑張りを見せる。それを教官達は感銘を受けてさらに厳しく指導に熱が入ってしまっていたが、リナは嬉々として活き活きと励んだ。


そんな日々を過ごして、着実に近衛騎士団は力を蓄えていく。ある日の事。


シルヴィ、エリーゼ、ミルキは空を見上げていた。


空では、騎獣騎士隊部隊が模擬戦のようなことをしていた。彼ら彼女らの動きはお世辞にもスマートとはいいがたい。騎獣に乗り始めたばかりといったところだ。これではとても実戦に参加させるのは難しい。


しばし、それを3人は観察していると変化が現れた。


その模擬戦の様相が一対多に変わる。


一騎の騎獣に対して、複数の騎獣隊が挑んでいる。それも3組。


だが、逃げる一騎の騎獣に挑む複数の騎獣隊は手も足も出ないといった様子だ。


理由は明白。上手いのだ。操るのが。


直線速度は変わらないとして、旋回速度が違い過ぎる。後ろをとろうとしたら、あっという間に真後ろを取られてしまっている。いわゆるドッグファイトだ。


戦場ならとっくにこの3騎によって全滅されていることだろう。個々の能力はそれほど差はない飛竜だ。それに跨っているのは、やはりというべきか、ルールカ、レイニ、リナだった。空を縦横無尽に駆けまわっている。


複数の騎獣隊相手でもまだまだ余裕がありそうだった。


これほど飛竜を巧みに操ることが出来るのはキラエル王国中でもそうそういないだろうと思わせる。これならサマールルの騎獣隊に匹敵するか、上回るかもしれない。


そういった感想を抱きつつ、訓練が終えて降下する騎獣隊部隊の下へとシルヴィ、エリーゼ、ミルキは歩き始めたのだった。


向かった先は竜舎だ。そこで飛竜を労い、撫でるルールカ、レイニ、リナの姿が目に映る。


撫でられる飛竜たちはもっと撫でろと頭をこすりつけている様子だ。


「懐かれているようだな。」


シルヴィがそう声をかけると、3人は振り返る。


「いかがでしたか?」


「さっきのは模擬戦なのだろう?どうも気になってな」


「あぁ・・・なるほど。空の上というのはなかなか慣れない物ですよ。」


「普通はそうだな。」


この3人はやはり違うのだ。と、シルヴィはそれを承知で頷く。


王国のベテラン騎獣乗りが相手だったとしても、一体複数ならこんな結果にはならないだろう。3人は特別なのだ。並外れた運動神経と、洞察力、バランス感覚も必要だろう。空の上という足場がないそれこそ落ちてしまったらという恐怖心さえ抱かず、飛竜にストレスを感じさせずに巧みに意のままに操れるだけの技量が備わっている。


それに付け加えてルールカのチャームによって飛竜たちは従順に従ってくれている。他の飛竜だったらこうはいかない。卵から孵って一緒に過ごし信頼関係を築いてやっと跨らせてくれる。それでも事故は起こる。信頼関係を築いたつもりがそうでなかったなんてことも度々起こってしまい。騎獣騎士隊というのは時間と費用が莫大にかかってしまう。かといって空からの優位性は捨てがたいがため予算は必ず捻出されるわけだ。


ルールカなくしては近衛騎士団騎獣騎士部隊は存在出来ないとも言い切れる。これはすなわちこれからの戦いの主力部隊になると暗に告げているようなものだ。


さて、ではなぜ?レイニが隊長なのかというと、空戦は基本交差するたびに長槍による突撃なり斬り裂きだ。しかし、魔装銃の登場によってこれが覆されることになる。従って、射撃が上手いレイニに適任というわけだ。


シルヴィとルールカが話す傍らで、エリーゼとミルキがぶつぶつと言葉を交わしている。


空中戦に秀でた騎獣乗り。魔装銃の兵装も問題ないだろう。魔力も問題は見つからない。


今、開発を進めている兵器を戦場に送りだせれば、空中戦の常識がひっくり返る。


空戦は接近戦という概念は覆り、飛竜を育てて信用を培うという道程が皆無になる。騎獣乗りはこれから作られる戦闘機の時代になり、今までの騎獣が時代遅れになる。


サマールルに制空権、制海権を今日まで劣勢を虐げられてきた。戦闘機がこれからの空に君臨するだろう。圧倒的な活躍が期待できるだろうと2人はその未来を想像させた。


予期せぬ邂逅


ルールカは王都の街並みを一人で歩いていた。今日は非番であり、王都の散策に出掛けている。いざというときに地形を把握していなければならないと、アンチュア家でそう学んでいる。


立ち並ぶ店を1つ1つ覗き、街路を頭の中で整理する。一周してしまうと、今度は庭園や公園といった公共施設を隈なく歩き回る。


もう大体の地図が頭の中で出来上がり、通りすがる人々に時折目をむける。様々な目的をもって彼ら彼女らは生きている。


そんな当たり前のことを考えながら歩いていると、ふと気配を感じて、彼女は即座に片手を掲げて、それを掴んだ。木の実だ。ルールカは視線を上げた。


「・・・誰?」


木の上、目掛けて、木の実を投げ返そうと振りかぶると、


「待って、待ってって!」


するすると木を伝って降りてくる青年。ルールカより少し背が高い白髪の青年がそこに現れた。特に鍛えているようには見えない平凡、服装も平民で目立った格好でもない。そんな印象が真っ先に浮かんだ。


「君は相変わらず真面目で悪戯心がわからないようだね。」


「サマールルの少佐ともあろう方がこんな所にいる方がおかしいのよ。」


気が付けば2人の距離は縮まっていた。


「覚えてくれてたんだね。」


「忘れるわけがないでしょう。この前まで散々存在感をアピールしてきたんだし。」


「もし、忘れられていたらショックだったよ。」


はにかんで笑うその言い方が過去の記憶と重なって、思わず頭を小突いてしまった。


「久しぶりね。」


「うん。久々の感動の再会だよ。」


「・・・それにしてもあんた、どういう経緯でここにいるわけ?その服装も結構、馴染んでいない?」


「うん。話すと長くなるから省くんだけれどさ。」


どこかおどけた、けれど懐かしいその言い方だったが、おおよその事情は察することが出来る。まぁ潜入調査というやつだろう。


「ルールカ。今日は休みだろう?僕と遊びに行こうよ。」


セイギはそう言ってルールカの手を握った。


まずは買い物をしよう。とセイギはそう言う。


「僕はいつも君を想像していた。君を徹底的にオシャレさせたら、きっと楽しいだろうてね。」


セイギの勝手な妄想に付き合って、ルールカは女性に人気が高いと評判の服屋に訪れていた。流行にのった色とりどりの衣服、様々な柄の小物類。それらを見たところでルールカは今一つ何も感じなかった。オシャレに疎いともいう。


「ふ~ん・・・何がいいのかわからないのだけれど・・・」


「う〜ん。その価値観を調べた方が良いと思うよ。女性なんだからさ。オシャレを楽しもうよ。ということで・・・カーシャ!」


そう呼ぶと、店の奥から、流行の衣服に着飾った女性がやってきた。


「・・・セイギ。ずいぶん綺麗な子ね?」


「ご機嫌斜めだね?でも今日は客で来てるのだよ。さぁあ接客しようね。」


「・・・わかりましたよ。その娘を着飾ればいいのよね?」


ルールカに近づくと、その頭からつま先まで、たっぷりと時間をかけて検分していった。


「なるほど・・・セイギが惚れてるわけだわ・・・」


「今から遊びに出掛けるんだよ。だからさ・・・思う存分コーディネートしてやって!」


「もう・・・いいわよ。さ、こっちに来て。」


手招きする店員を追って、ルールカは中に入っていった。


「ところでルールカさんは、セイギとはどこで?」


いくつかの服に着替えた後、試着室でカーテン越しにカーシャと話をしていた。


「幼馴染みたいな感じで、今日たまたま偶然に再会したんです。カーシャさんは?」


「ここ数年の付き合いね。最初はまぁ冴えない男だと思ってたのよ。でもね・・・彼って頭がよくない。そこがね・・・もうギャップがたまなくってキュンとしちゃうのよ。」


袖を通しながらルールカはそれを聞いて素直に感想を聞く。


「誘ったりしないんですか?」


「ふふ。何度も誘ったのよ。でもね全部断られちゃった・・・これでも容姿には自信があったんだけどね。ふられちゃった。」


さらりと受け答えをして、それからまた話題を戻す。


「まぁきっと異性には興味が沸かないのでしょうね。・・・同性愛者?なのかもって疑がちゃたりしてたわ。」


思い当たる節があり迷わず頷く。


「私の知り合いも同性愛者がいますよ。」


「あははは。そうね。そういう愛の形もあるわよね。異性、同性、なんて関係ない。好きなら愛せるならそれでいいのよ。」


からからと笑ってカーシャは言い、ふと真面目な声を出す。


「でも・・・そうね。正直言うと、あなたがここに来てくれたことで、安心したわ。だってセイギはあなただけを見ているから。あなたしか見えていない。私の知る限り、女の子を連れてきたのは初めての事件よ。」


セイギとの関係について、そう評されるのはなんだかくすぐったい気持ちになりながらも、話がひと段落したところで、試着に本腰を入れ直す。カーテンを開けてカーシャはじっくりと見定めてから、声を挙げる。


「こんな感じでどうかしら?とりあえず希望に沿えたとおもうんだけれど」


ダークスーツに身を包み椅子に腰を掛けて待っていたセイギの下に、ルールカの手を引いてカーシャがやってきた。ルールカの姿を見た瞬間、セイギは固まった。


普段の彼女なら絶対に着ない黒を基調にしたミニドレスだ。派手さを感じさせず落ち着いた色合いのクラックバックにドレスに合わせたヒール。全体的に派手にならないメイクと髪型が素晴らしく調和していた。


「どう?似合うかしら?」


少し頬を赤らめてルールカが尋ねる。が、しばらく待っても彼からの返事が返ってこなかった。


「・・・・」


セイギがルールカの姿に見惚れているのを見て取って


「どうやらお気に召したようね。」


顧客を満足させられたことに、思わずガッツポーズを握ってしまう。


「さぁ。遊びに行くんでしょう。二人とも。だったら楽しんで行ってらっしゃい。」


「あ・・・と、代金を・・・」


「いらないわ。でも・・・そうね今度お友達を紹介してくださいませんか?ルールカさん」


そう言ってのけるカーシャに、ルールカは目を丸くする。


「え??でも・・・これっていいお値段しますよね?」


改めて服装を見て、彼女はそう食い下がる。全く同じことを想ったセイギも聞こうとするが、その全てを手を振って、とびきりの笑顔を浮かべて見せた。


「もともとセイギが支払う気だったんだし、ルールカさんは気にしなくていいのよ。私はセイギのこの顔が見れたことに大満足。いい仕事させてもらったわ。」


ウィンクが1つ返されて、2人は追い出される形で押し出された。


しばらく2人で街中を並んで歩き、セイギは気をとりなおしてルールカを見た。


「行こう。時間も調度いい頃合いだ。遊び尽くそう。」


何事にも好奇心旺盛なセイギなので、盛り場に繰り出せば、そこで悪い遊びを覚えるのはあっという間だった。ちょっとした小金持ちの令嬢が興味を抱いたように装って、カジノに訪れていた。


「盛り上がってるね。いいねいいね!」


広い空間には、磨き上げられた黒檀のテーブルがいくつも並び、年齢も性別も種族も問わず、きらびやかな衣装をまとった人々が熱気に満ちた声を上げていた。ルーレットの軽快な回転音、カードがテーブルを滑る乾いた音、そして賭けに勝った者の甲高い歓声と、負けた者の地を這うような呻きが、ひっきりなしに飛び交う。空気は、甘い葉巻の煙と、芳醇なワイン、そして人々の汗が混じり合った独特の匂いで重く、肌にまとわりつくようだった。ルールカは、その喧騒の中で、微かに金属の擦れる音、コインのぶつかる音を聞き分け、不正の兆候を探していた。


「始めてくるところね。この雰囲気にのまれそうになるわ」


「冗談はよしてくれよ。君がそう簡単に飲み込まれるようなたまには見えないよ。」


わざとらしく嘆いてみせれば、セイギは室内を見渡す。


「どんなゲームにしても、こんなのは胴元が稼げるように出来ているんだ。それを承知で勝った負けたを楽しんでもいいけど、今日はそれはなし。せっかく君と来たんだからね。十分に楽しまないと」


そう前置きを置いて、セイギは目を動かす。


「今回のターゲットはあれだ。カードゲームをやっているテーブル。少し様子を見てみようか?さりげなくね」


彼が示すテーブルをルールカは言われたとおりにさりげなく観察する。やがて彼が尋ねてくる。


「どう?」


「イカさまね。親と客がグルだわ。」


ルールカが即答する。ゲームの進行を眺める彼女の瞳は鋭さを帯びている。


「札を切る動きが時折不自然だわ。有利な手札が回れるように、仕込んでいるようね」


「ルールカ。その目だけでこの世界で生きていけるよ。」


感嘆を通り越して、苦笑が浮かぶ。


「ともあれその通りだよ。あの男、ここのところ同じ手口で稼いでいてね。技術はそこそこだけれど、狙った獲物の扱いがとても上手いんだ。生かさず、殺さず、おだてる。全部は食べないけれど、食べ残す。派手さはないけれど、その分だけ手口を疑われない。」


そこで一旦、言葉を切ると、ルールカの耳元に口を寄せて、囁く。


「今日の晩飯。あいつらにおごってもらおうと思うんだ。どうかな?」


なるほどね。とルールカは納得する。火遊びでもそういう趣向なら面白い。


「いいわね。ただしやり過ぎない事が条件ね。」


ミッションをこなしてきた幼い時の高揚感が蘇ってくる。セイギは嬉しそうに笑って頷いた。


「了解。肥えた豚を少しは痩せさせてあげよう。」


それから、詳しいカードゲームのルールの説明をセイギから聞き、眺めているうちにゲームの流れは掴んでいるので、細かい点を含めるのにさほど時間はかからなかった。


説明が終わる頃、ゲームに参加していた人が席を離れて行くのが見えた。頃合いをみてセイギが告げる。


「さぁてと、行こうか!」


「「乾杯」」


グラスが高い音を奏でる。ワインを口に運びながら、カジノでミッションを終えた2人は高級店で気さくに言葉を交わす。


「なかなか面白かった。でも、少し歯ごたえが物足りなかったかな。」


セイギはグラスを傾け、どこか残念そうに呟いた。ルールカはふっと鼻で笑う。


「崩れ始めたら脆かったわね。まさか自分たちが獲物だと思ってなかったんでしょう?……あんたがわざと負けてるのを見て、向こうの親父がニヤついてたのが最高に面白かったわ。」


「それもあるとおもうけれど、君の目が凄すぎだよ。札を切るタイミングを完全に見切られたら相手はお手上げだよ。最後の方なんて何の札が配られていたか完全に解っていたでしょう?……僕、君の隣にいると、正直、ちょっとやりにくいんだけど?」


高揚感が2人の口を軽くさせていた。楽しい時間は続く。


「あんたこそ、最初は間抜けを演じておいて、わざと負け越してからの逆転勝利。こっちはおかしくって笑いをこらえるの必死だったんだから**……あの顔芸、わざとでしょ?」


ルールカがじと目でセイギを睨むと、セイギは肩をすくめてみせた。


「相手の油断を誘うのは、まずはこっちがカモだって思ってもらわないとね。バカっぽい振りするのなかなか難しいよ……でも、君の『ふーん、何がいいのかしらねぇ』って顔もなかなかだったけど?」


「そのくらい見てればわかるわよ。笑いをこらえて一喜一憂してみせればいいんでしょう。……まさか、あんたが本当にカモだと思われてたとはね。」


その言い回しにセイギは笑う。会話を続けているうちに、どんどんワインが進む。デザートを食べて、どちらからともなくグラスを触れ合わせた。


「再会に。」


「乾杯。」


少し酔いが回った足取りで、ルールカを連れたセイギが向かったのは、この辺りでは上等な宿屋だった。カーシャが気を利かせてルールカが着ていた服をここに届けさせていたためそれを持って帰らなければならなかった。扉をくぐって石造りの建物に入ると、店員が懇切丁寧に対応に出てくる。


「荷物届いている?」


「はい。お部屋に運んでございます。」


確認が取れたところで、店員にチップを渡す。遅い時間にも拘らず客を持っていたのだ。そのお礼も兼ねて少し弾んでいる。思ったよりも稼いだこともあるのだが


部屋の鍵を受け取ると、そのまま階段を上りしばらく厄介になっている部屋に向かう。


「浴室に生活魔法の魔道具があるから、身体を清めておいたほうがいいよ。服のほうはそこに置いてあるから」


「ありがとう。便利なものね。有難く使わせてもらうわ。」


自然な流れで、ルールカは服を脱ぎ去って、生活魔法で身体を清める。


たばこの匂いとアルコールの匂いが綺麗に落ちていく。


「セイギも清めたら?」


清め終わったルールカはタオル1枚で丸裸だ。1つしかないベットに腰を沈めてそう促す。


そう勧められればセイギもとりあえず身体を清めてみる。


同じベットでお互いタオル1枚だ。この展開ならやることは1つしかないわけで


「・・・SEXするんでしょう?」


「したい・・・」


彼女の事をずっと慕っていた。だからこそ、彼女の言葉を聞いた瞬間に、セイギの中の何かのタガが外れた。


「ルールカ・・・」


押さえきれない衝動に押されるままに、彼女の上に覆いかぶさる。


「セイギ。」


すぐ目の前にある彼の目を見つめる。


「――――」


唇と唇がもうわずかに触れ合う。だが、セイギはそこで止まった。


「・・・僕と勝負してくれないか?」


「・・・・?」


「サマールルとキラエルの戦争で僕と君が戦う。」


「もう戦っているわよ。」


お互いの息遣いが感じられる。それでも彼は動かない。


「僕が勝ったら結婚してほしい。」


「―――」


どくんと、ルールカの胸が鳴った。目と目が重なり合ったままセイギは言葉を繫ぐ。


「僕は君の事が好きだ。あの日からずっと・・・」


語る言葉はセイギの本心なのだろう。それは伝わってくる。


「嫌よ・・・」


脳裏に浮かんだ描いた仮定の未来。想像の中で重ねていく現実が、その中で生きる彼女を、拒み、やがて1つの答えを導く。


「セイギ。好き嫌いで言えば、あんたのことは好きよ。今日も楽しかった。あんたと居る時間は昔も今も変わらずに楽しい。たまにこうやって遊んで、美味しい食事を食べて、お酒を嗜んで、SEXして、それだったら私は喜んでyesと答えるわ。でもね・・・結婚は違う気がするの・・・・」


「―――」


ルールカはセイギの瞳をじっと見つめる。


セイギの真剣な眼差しを受け止めながら、ルールカの心臓は激しく波打っていた。この感情を、この本質を、彼に打ち明けるべきか。


騎士として生きることを選んだ私にとって、これはあまりにも醜く、忌まわしい事実だ。彼に幻滅されるかもしれない。それでも、この偽りの姿で彼と向き合うことはできない。震える声で、私は重い告白を始めた。


「私、血を見るのが好き。斬るのが好き。生きていた瞳が光を失う瞬間が好き。どうしようもないぐらいのサディストなのよ。人を、魔物を、魔獣を、殺すたびに感じてイっちゃうの。絶頂するのよ。もうこの快感がたまらなくって止められない…どう変態でしょ?…ねえ、セイギ、こんな私を、あなたは…受け入れられる?」



ルールカは、セイギの瞳をじっと見つめた。その一瞬の沈黙は、深海の底に沈む小石が立てる、微かな響きのように、彼女の胸の奥にじんわりと広がり、やがて全身を包み込む冷たい霧のように、彼女の心を覆い始めた。


「・・・」


「嫌でしょ?こんな女。幻滅したでしょ?幼馴染と久々に再会できたと思っていたら、こんな異常者になってるなんて。あぁ・・・でも情欲を満たすだけなら都合が良いと思うから好きにしていいわよ」


それでようやく彼女は静かに瞼を閉じた。


「・・・ルールカ。」


「・・・・」


「それでも僕は君と一緒になりたい。」


「嫌よ・・・」


セイギの瞳は、ルールカの拒否の言葉にも揺らがなかった。彼女の内に秘められた『殺戮と絶頂』への渇望は、彼にとって忌むべきものではなく、むしろ彼女を彩る抗いがたい魅力だったのだ。


「君が戦い、輝く姿を見るのが、僕は何よりも好きだ。」


その言葉は、長年自らを呪ってきたルールカの心を溶かし、初めて『サキュバス』としての自分を受け入れるきっかけを与えた。二人の絆は、常識を逸脱した、しかし互いの本質を深く理解し合う、歪な、しかし確かな想いによって結ばれていた。


セイギは、幼い頃から常に『普通』を求められ、その枠に収まらないものへの理解を深めてきた。だからこそ、ルールカの『異質さ』は、彼にとって恐れるものではなく、むしろ惹かれる『美しさ』として映ったのだ。彼女の告白は、彼が抱き続けてきた『愛の形は一つではない』という信念を、より強固なものにした。」


「・・・白状するよ。僕は君の情報を集めていたんだ。些細なことから大きなことまでね、調べられる範囲でだけれど。君が戦う度に恍惚感を得ていることには気づいていた。だから君から戦いを切り離すことなんてできない。」


彼女の頬に手を添える。


セイギの言葉は、ルールカの凍りついた心を溶かすかのように、温かく響いた。幻滅されるどころか、彼は私の本質を『美しい』と言ったのだ。長年、心の奥底に押し込めてきた醜い感情が、彼によって肯定された瞬間、張り詰めていた何かが緩み、瞳の奥が熱くなった。こんな私を、それでも愛してくれる人がいる。その事実に、私は初めて、サキュバスとしての自分を受け入れることができるかもしれない、と感じていた。


「僕が好きになった女性はルールカ・アンチュアだ。最初にあったときから君に魅了されている。戦って、殺して、斃して、それが一番君が輝いている美しい姿だ。だから、いつまでもどこまでも魅せてほしい。」


その言葉は、私にとって、呪いではなく、祝福だった。私の存在を、私の本能を、彼は丸ごと受け入れてくれたのだ。涙が溢れそうになるのを必死で堪え、私は彼の腕の中で、初めて心からの安堵を覚えた。


「…サキュバスだから子供は出来ないわよ…』


ルールカから、か細い声が零れた。


「知ってる。けれど、君は生まれたんだ。きっと何か理由があるはずなんだ」


セイギはルールカの髪を優しく撫でた。


「子が出来にくい上に、異形の子が生まれるらしいわ…」


「それも知ってる。けどルールカは綺麗だよ」


セイギの揺るぎない眼差しに、ルールカは初めて、未来への希望を抱いた。彼の両親。理想的な家庭像。手の届かない幻のようなものだったが、今、目の前のセイギによって、現実のものとして差し出されているかのように感じられた


「まだ結婚するとは言ってないわ。」


精一杯の強がりだった。


「次の戦争は僕が勝つよ」


セイギは悪戯っぽく微笑んだ。


「負けないわ」


「交渉成立だね。」


覆いかぶさっていた身体を引いて彼は彼女に背中を向ける。


「・・・セイギ・・・」


「何?」


「・・・あんた、昔から強引ね。」


彼の背後でルールカはゆっくりと身体を起こす。


「強引なのが君には丁度いいと思わない?」


「あんだにだけよ・・・」


そう言ってルールカは衣服を着だした。


「そう言えば結局、SEXはしなくって良かったの?我慢の限界を超えてたみたいだけど。」


「楽しみは取っておくのが僕は好きなのさ。」


「そう。まぁいいわ。あ、そうだ男の人てこういうのオカズにするって言ってたわね。要らないかもしれないけれど、あげるわ。」


ルールカはそう言うと履いていた下着を脱いでセイギの頭に被せた。


「じゃあ。またね。」


「ちょっと待って!」


部屋の扉を開けたルールカをセイギが急いで止める。


怒ったかな?と思いつつ振り返る。


「次は、脱ぎたてでお願いします。」


そう願う目でルールカを見るセイギ。


「次、会ったら殺す!」


心底冷えた眼差しをこめてやって、バタンと強く扉を閉めてやった。


ノーヴァン・ペルニウス


歳月は流れる。


キラエル北東部は、一年を通して比較的温暖で、乾燥気味な気候を特徴とする土地だ。そのために王都とは暮らし向きが異なる。


「わぁ、凄い。一面トウモロコシ。こんなの初めて見る。」


馬車の窓から頭を出して、レイニが歓声を上げる。麦を主要な作物として、この広大なトウモロコシ畑こそ象徴ともいえる景色だ。


馬車の窓から顔を出すと、温かな日差しが肌を撫でる。視界の限り、どこまでも続くトウモロコシ畑は、まるで黄金の海のように輝き、その甘く香ばしい匂いが風に乗って運ばれてくる。背の高い茎は空に向かって真っすぐに伸び、風に揺れる緑色の葉は、まるで無数の手が招いているかのように光と影のコントラストを織りなしていた。風が吹くたびに、乾燥した葉がカサカサと耳元で囁くような音を立て、畑全体に幻想的な響きが広がった。それは、遠い昔の物語を紡ぐ、古の精霊たちの歌声のように、あるいは黄金の波が打ち寄せる、静かな海の囁きのように、心地よくも神秘的な調べだった。


レイニは、その景色に目を輝かせ、思わず深呼吸をした。土の匂いと、収穫前のトウモロコシの青々しい香りが、胸いっぱいに広がる。


ペルニウス領の広大なトウモロコシ畑を前に、シルヴィ王女は氷族の勤勉さに目を細めた。彼らは、極寒の地で培われた独自の『凍土開墾魔法』を用いて、これまで不毛とされてきた大地を耕し、故郷から持ち込んだ耐寒性の高いトウモロコシの品種を根付かせたのだ。その収穫量は、キラエル王国の食料事情を劇的に改善するほどだった。当初、言葉や習慣の違いから戸惑いもあった地元民と氷族の間には、共に汗を流し、収穫の喜びを分かち合う中で、トウモロコシの甘さにも似た温かい絆が芽生えていた。彼らの存在は、単なる労働力ではなく、キラエル王国に新たな技術と文化、そして多様性をもたらす、希望の光となっていた。


「ふむ。トウモロコシの生育は順調のようだな。以前まではこの地は荒野だったと聞いていたが、この様子を見る限り氷族達の頑張りが現れたようだな。」


シルヴィ王女がそうつぶやく。その内容に率先して反応を示したのがリナ・アナークだった。


トウモロコシについての利用価値について、シルヴィはリナに講釈し、それを真剣な表情で受け止めて聞き入れる。


その途中で、馬車が急減速した。その慣性力で身体を浮かせたシルヴィをルールカがすかさず受け止めて、他の4人もなんとか姿勢を保った。


「どうしたの?」


ルールカが御者に向かって尋ねる。


「猪が横切っていって・・・。危うく轢くところでした。」


猪という獣の名を聞いて、6人は顔を見合わせた。野盗や何かの襲撃の類ではないとわかると


「狩りの時間のようね。」


「えぇ!」


「任せて」


即座にエリーゼからの指示に、それに応じる声。


猪はトウモロコシを非常に好むため、頻繁に現れるいわゆる害獣の類だ。狩っても問題はなく、その肉は豚肉に似た味わいながらも、より濃厚な旨味とさっぱりとした脂身が特徴で色々な料理に出来る。特に、とろけるような食感で、しつこさがなく、肉のうまみが存分に楽しめるために、猪を見かけたら誰もかれもが率先して狩りを選択する。


ルールカ、ミルキ、レイニ、リナが馬車から飛び出して、猪が逃げた方向を探すと、


「え?あれ??」


レイニの戸惑いの声が漏れた。


「今度は何?」


「えっと・・・もう終わったみたい。」


見たままを言葉にしながら、レイニは声を重ねる。


「・・・落とし穴に、猪が嵌ってるみたい・・・」


「・・・罠を仕掛けたのね。」


それを聞いたエリーゼが馬車から降りてきて、その罠を見る。


「へ〜。上手いことやってるのね。敢えてトウモロコシを取りやすいところに植えておいて、釣り餌にして、青色に染めた柵で落とし穴に誘導させたのね。」


そう感心しているところに、わらわらと子供たちがやってきて


「やった。猪が罠にかかってる!」


そう言ってひとしきり歓声をあげると、その中で背の高い子供が槍のような得物で躊躇なく猪に止めを刺した。


「逞しいわね。」


状況を見守っていたルールカが感嘆の声を挙げてそう呟いた。他の5人も同意見だ。どう見ても遊び盛りの子供たちだ。慣れた動きで背の小さい子が穴に入って縄で猪を縛り上げると、他の子供たちが掛け声を上げて引っ張る。ある程度引っ張り上げたところで別の子供が持っていた木を穴にかけて、そのまま縄を固定させる。このまま血抜きを兼ねているようだ。


「よーし!血が抜けきったら、穴を埋めて皆で運ぶぞ!」


「「おう」」


一通りの作業を終えると、そこでようやく子供たちが自分たちを眺める人々に気づいたようだった。よそ者だとわかって様子を窺う子供たちだったが、そこで急にぱっと顔が輝いた。


「リナちゃん!リナちゃんだ!」


1人の子がリナの名を呼んで駆けつけてくる。呼ばれたリナも嬉しそうに表情を崩して


「サラちゃん!元気してた?」


きゃきゃと子供たちに囲まれたリナは久しぶりの再会を喜び合った。


「さぁさぁ。長旅でお疲れでしょう。お口に合えば幸いです。」


ワンピースにエプロンをかけた格好で、女性が台所とテーブルの間をせわしなく行き来していた。見る間に整えられていく食卓の様子を6人は、それぞれ眺めていた。


「しかも綺麗どころばっかり、どの子かうちの子の嫁に来てくれない?ねぇ?あなた。」


「セラ、少し落ち着きなさい。畏れ多くも第一王女殿下様を交えての席なんだからね・・・」


放っておけばひっきりなしに息子自慢を続ける彼女を、上座に座る初老の男性が諫める。新たに就任した王国空軍総司令官ノーヴァン・ペルニウス。女性的な顔立ちで紫の髪色をしている。


「もしかしたら、王女様がお嫁に来る可能性も??!!まぁどうしましょう。」


そのノーヴァン空軍総司令官の妻、セラ・ペルニウスは、綺麗な顔立ちに気遣いが出来るわりに、息子愛が激しい。まだ顔合わせも済ませていないにも拘らずに嫁選びを始める始末だ。彼女たちのことを聞きながらも、手際よく全員に飲み物を注いで回っている。


リナの知り合いの子供たちの案内でやってきたペルニウス家は、この辺りを治める領主だ。周辺を見下ろせる小高い丘に建てられた勇者の1人と称えられた子孫にふさわしい立派な屋敷だった。レンガを組み合わせた2階建ての重厚な建築で、外壁に囲まれた広大な敷地には、菜園と、竜舎がある。騎獣乗りが住まう寮も隣接されており、ここで飛竜を育てているのだろう。


王国の空を守る。それがペルニウス領の在り方だった。


「さぁ。準備が整いました。皆さま食事にしましょう。」


まずは香草と一緒に焼いた猪肉の固まりが、次には山盛りのコーンブレットが、食卓にいっぱいに並べられた。スパイスの香りがお腹を刺激する。まだろくに挨拶をしていない状態だったが、どうやら食事をもてなして客を満腹にさせるところからがペルニウス家流の歓迎の仕方らしい。


「あ!旨い。これ本当に美味しい。」


真っ先に料理へ手を伸ばしたのはレイニだった。骨付きのむね肉にかぶりついて、コーンブレットに、コーンスープを口の中いっぱいにする。


美味しそうに食べる姿に、他の5人もつられる。


「・・・わ。本当だ。これ、トウモロコシですよね?」


「肉もいいけど、シンプルに焼いただけのトウモロコシも美味しいわ。」


嬉々として食事を続ける彼女らの横で、ルールカがシルヴィに小皿に取り分けた料理を差し出す。


「さ、どうぞ」


「すまんなルールカ。」


いったん口に入れると、もうシルヴィの手は止まらなかった。お腹が空いていたのもあるのだが、トウモロコシ料理の美味しさに感銘を受けた様子だった。


ルールカも食事を始める。そうしていつの間にか、テーブルは賑やかになる。


パスタ、サラダ、魚介類、グラタン、揚げ物、などトウモロコシだけでなくこの辺りで採れる食材をふんだんに使った数々の料理に皆は舌つづみをうつ。


最後の締めのデザートを完食し、食後のお茶で食休みを取ってから、応接間であらためて挨拶が行われた。


「軍事物資の生産を管理するという目的で、氷族を引き入れたわけですが、想像以上に彼らは一生懸命に働いてくれています。」


ノーヴァン空軍総司令官の口から、氷族を受け入れてからの一連の流れを受けると、シルヴィ王女は微笑んだ。


「面倒事を押しつけた形で申し訳なかったが、結果的に好結果に繋がって、胸をなでおろす気持ちだ。」


ノーヴァンは恐縮して手を振った。それを見てエリーゼが補足を促す。


「あの戦乱で、氷族は男手を失い、幼い子供、か弱い女性、年老いた老人、彼ら彼女らは不安に震えながら、最北軍と交わした約束だけを希望にしてここにやってきました。もし彼ら彼女らを見放すことになったら、約束を交わした私たちはドランク・シュークルト総司令官となんら変わらない罰と罪を背負うことになったでしょう。」


やや長い沈黙が流れた所で、シルヴィが「こほん」と言ってから再び口を開いた。


「新たに空軍を編制するにあたって、政治的な圧力や領主間で起こるだろうと予想される様々ないざこざに関しては、私の立場から可能な限り援助すると約束しよう。この地を拠点にして戦い慣れた騎獣隊にはストレスを与えることになって心苦しいが、その責務を全うしてもらいたい。」


「はっ!」


「サマールルも海上戦から空上戦に戦場を変えてくる模様だ。騎獣隊に関して確かな実績と信頼を持ち、勇者の子孫。慣れない環境でさえ、持て余さずに指揮を執ってくれると期待できるのはノーヴァン空軍総司令官。そなただけだ。それだけでも大変なのはわかっているつもりだが、もう1つ厄介な条件を付けさせてもらいたい。」


そう言って、王女は同席している面々に視線を巡らせる。


「今回の空上戦に、我が近衛騎士団も参戦するということは通達で知っていると思う。もうすでにこの地で訓練に精をだしていると思われる騎獣騎士隊の面々に戦闘機。空中戦を想定した兵器を導入しようと考えている。」


ミルキが視線を動かし、レイニの顔をそっと窺う。


「半ば偶然の産物ではあるが、この兵器は王国軍、空軍にとってこれから象徴されるものとなるであろう。戦闘空域の制圧と任務を全うする制空戦闘機だ。」


この兵器を導入するにあたって問題になるのが、飛竜だ。長年連れ添ってきたいわば家族みたいな存在だ。それが機械にとってかわってお役目ごめん。今日までありがとう。なんて簡単に騎獣隊は納得はできないであろう。


「となると、これまで必要不可欠だった飛竜達の餌、排泄物の処理、その他もろもろの管理を行う必要がなくなりコストが浮く。予算を開発費に回すことが出来るようになり、よりサマールル相手に有利に戦争を行い続けることが叶うことだろう。」


全員がノーヴァン空軍総司令官に視線を向けた。そう問題点は、


「そなたしかいないのだ。従来の騎獣隊と新たに導入させる戦闘機に乗る騎獣騎士隊を纏めて戦果を導き出せるのは。周囲から不満や不安を抱かせるだろう。精神的な心労は募るばかりだ。もちろん私たち6人の協力は惜しまない。だからこそ、そなたに受け持ってもらいたい。」


「・・・」


「難しい案件であることは自覚している。命令ではない。頼みだ。どうか考えてほしい。これからの王国の未来を。」


そうした話が一旦止まったところで、セラがやってきてお茶を運んできた。


それを一口飲んでから、


「王国の未来。王女様の言う通りですな。2つ返事で請け負いたいところですが、しかしながら、騎獣隊を預かる身として、その戦闘機の性能を見せていただきたい。」


話し合いが終わったところで、ひとまず3日後に模擬戦を行うことになった。長旅で心身共に疲れを癒してから、という配慮が含まれている。それぞれ部屋に案内されて、温かいベットで久方ぶりに一夜を過ごす。


翌朝、朝食を済ませた6人はペルニウス夫妻の息子、ランフェルト・ペルニウスを紹介された。父親に似て女顔で紫の髪、背は割と高くスマートな佇まいの青年だった。


その彼の案内でまず向かったのは、敷地内にある厩舎だ。飛竜だけではなく馬も20頭弱飼っている。移動のたびに飛竜というわけにはいかない。


彼がそれぞれの馬に手を伸ばすと、応えるように馬達は頭を摺り寄せてくる。懐かれているのだろう。ひとしきり、撫でまわすと自分のも含めて鞍を乗せて、ハミを噛ませ外に連れ出していく。


彼が選んだ馬はどれも賢く乗りやすい馬だった。アカデミーで乗馬の経験がある6人は勧めるままに馬に跨り、草原を駆ける。トウモロコシ畑の風景が視界を流れていく。心地よい疾走感に身をゆだねながら、彼は馬上で言葉を交わす。


「氷族達の視察とお伺いしておりましたので、その生活ぶりをご覧いただきたいと思います。」


「地元の方々とも上手くやれているのですか?」


馬を上手く操りながら、エリーゼはそんな返事を返す。


「そうですね・・・最初のころはなかなか馴染めていなかった様子でしたが、今では皆仲良くしていますよ。」


詳しく氷族と地元民との交流を聞きながら、7人を乗せた馬は大地を蹴って進んで行く。やがて小高い丘の上に到着して、そこからの景色に6人が感嘆の声を挙げる。トウモロコシの畑が風に揺られて黄金の海原を見ているようだった。来る途中で馬車から見た景色と、こうやって上から見る景色とは同じものを見ていてもこうも違うものなのか?そんな感想を抱かせる光景だった。


感動のため息が零れる。誰からともなく口を閉ざしてしまった。それから十分にこの感動を堪能し、7人は馬を走らせた。


「あらぁ!リナじゃないの!」


「リナ!噂は聞いているぞ。王女様の護衛。がんばれよ!」


行く先々で、民家や畑で、リナの顔見知りが親しく言葉を投げかけてくる。どこに行っても氷族だった人々は笑顔だ。


「ランフェルト兄ちゃん!また英雄譚の話し聞かせてよ。」


「またな。今はお客様を案内中だ。」


「僕!絶対。騎獣隊になるんだ!」


地元民の子供たちはランフェルトを見かけるやいなや、駆け寄ってくる。その中に氷族の子も混じっていて、仲良く遊んでいたりする。


「みんな親しそうにしているな。」


「この地が豊かな証拠ですね。」


シルヴィがそう言うと、エリーゼが頷く。


キラエルが王になってこの大陸の乱世が終わった。


当時所有していた領地を国王に返還し、それまで治めていた国主はそこで治めていた土地と民との縁を一旦切らせた。代わって、アンチュア、シュークルト、ハインツが中心になって国を組織する体制を築き上げる。


支配権の権限を失くし一からキラエル主導のもとに新たな領地を治めることに領主は混迷を極めた。それはペルニウスも同じであったが、彼は考え方が違った。飛竜達が住まう土地をわざわざ希望して選び、そこで飛竜を飼いならして騎獣隊を結成させるに至った。


飛竜の被害はその土地に住まう者たちを悩ませていた問題だったわけで、それを解決してみせたペルニウスの支持は凄まじいものだった。もちろん兵に多大な損害と費用はかかったが、しかし、その後王国の空はペルニウス家が守護することになる。


でもペルニウス家の血筋が凄いところは、時流に合わせて自分たちの在り方を示し続けてきたことだった。文官、武官問わず勢力争いにはどちらにも加担はしないが、手助けはどちらにもバランスよく重ねて、能力ある人材には投資を惜しまなかった。


現実的かつ柔軟なその存在感がいつしか根付いてしまい、政治、軍人、経済の良きアドバイザーとなり、結果としてペルニウスの在り方が時代の先見者と言われる所以となった。


「そろそろ昼時です。もう少し行ったところに川がありますので、そこで昼食にしましょう。」


「いいですね。お腹が急に空いてきました。」


レイニがそう言うと、ランフェルトは微笑んで馬を走らせる。その背中を追う形で6人も馬を駆けさせた。


10分ほど駆けたところで、目的の場所は、木漏れ日が揺れる草原の側に澄み渡った川のほとりだった。川のせせらぎ、鳥のさえずり、風が草を揺らす音。馬を降りると心地よい日差しに、柔らかな草の感触を感じる。


川のほとりに腰を下ろし、馬に積んであった荷物からお弁当を取り出す。


蓋を開けると、かぐわしい香りがふわりと立ち上がった。


遠くには山並みが霞んで見え、空にはゆっくりと雲が流れていく。自然の音色をBGMにして7人は午後のひと時を楽しんだ。


模擬戦


それから2日。騎獣騎士隊が訓練に使っている空で2人の騎獣が模擬戦を行っている。


片方はレイニだ。もう片方は王国屈指の騎獣乗りランフェルト・ペルニウス。


概ね開発が落ち着いた。1台をこの地まで運びこんでいたわけだ。形は鉄製の木馬だ。異世界人からみればバイクという物に近いらしい。その木馬に翼を付けて中に魔装銃を仕込み飛行を可能にさせた。動力は魔力だ。


魔導学の根幹をなす魔力結晶の安定化技術と、異世界からもたらされた『内燃機関』の理論が、ペルニウス家の研究室で奇跡的な融合を果たした。魔力結晶を燃料とする小型エンジンが、鉄製の木馬、すなわち『戦闘機』に搭載された時、空戦の常識は音を立てて崩れ去ったのだ。それは、古の魔法使いが夢見た空を飛ぶ力を、科学が現実のものとした瞬間でもあった。


魔装砲を運搬するために4輪の車を造った際に、2輪なら機動性に優れていない?みたいなノリで作られた偶然の産物だったりする。小型で機動力が備わっている。調度、空中戦について考察を巡らせていたミルキの目に留まり、翼を付けてみた。


対するは、従来の飛竜に魔装銃を持たせればとりあえずいいのでは?という考えだ。


空戦は通常、幾度も交差を続ける。攻撃するためには近づかなければいけない。


だが、今回の空戦にあまり交差はない。お互いに距離をあけても攻撃が出来る。


「実際、ランフェルトはどれほどの腕前なのだ?」


「サマールルの騎獣隊を複数相手でも引けを取りませんよ。」


「つまり勝てれば戦闘機は戦力になれるということだな?」


「いえ、渡り合っているだけで十分です。」


空を見上げながら、シルヴィ王女の言葉に王国軍を統括するノーヴァン空軍総司令官が真剣な表情を浮かべている。動きを見る限りランフェルトが手を抜いているようには見えない。むしろ真剣そのものだ。


模擬戦は互角だった。お互いに後方の取り合いをしつつ、魔装銃を放つ。もちろん実弾ではないペイント弾だ。


ルールは一撃でもどこかに当てられればそこでお終い。戦闘機であれ飛竜であれ翼、もしくは胴体にでも傷を貰えばそれでバランスを崩してしまい落下する。そういった場合に備えてパラシュートも備えているので、もし当たったのならそれで降下してもらう予定だ。飛竜の場合はそのまま竜舎に帰るだろうが、戦闘機の場合はそのまま木端微塵になるだろう。またエリーゼとミルキの眠れない日々が続くだけだ。


互角のドックファイトの応酬空戦が続く。


「さすがにすぐには決着がつきそうにないな。」


「どうでしょうか?ランフェルトは現状で手一杯のようですが。」


「?ならなんで互角なんだ?」


「名前はレイニと言われましたかな?強引に攻めて隙を作りたくないのでしょう。」


「・・・慎重ということか。」


「大事なことです。しかし、時には大胆な思いっきりも必要になります。」


そうノーヴァンが言った瞬間だった。


レイニが動いた。


円を描くような軌道から、一気に上昇して宙返りを決める。


横からの強引な縦への軌道。


ランフェルトは後ろを取られまいと旋回を始めるが、どうしたって動きが膨らんでしまう。


なにより、飛竜は生きているから、急激な動きに対して戸惑いを隠せない。対する戦闘機は作りものだ。その決定的な反応速度に差が出てしまう。


「これほどとは・・・恐れ入りました。」


「まだ試作段階だがな。」


ランフェルトの旋回中に背後を取ったレイニは、そのまま距離を詰める。


魔装銃の射程範囲に入っているが、相手は揺れるように動いてくれるおかげで照準が合わない。


そんなレイニの動きを予想していたのか、ランフェルトは魔装銃を取っ払い無理やり後方に向けてペイント弾を放つ。


機転が利く。さすがは王国屈指の騎獣乗りと言われる所以だ。


狙いは正確にレイニに向かうが、レイニは即座に横向きに旋回して回避してのけた。


「あれを躱すのか・・・」


「凄いことなのか?」


「あんな真似をしたら、即空に投げだされますよ。」


「固定具が必要と言っておこう。」


回避してのけたレイニは今度は後ろを取った瞬間にペイント弾を放った。


そうしてランフェルトはパラシュートでゆっくりと降下を選択して、レイニは見事に着地を決める。


「どうだった?ランフェルト。」


「どうもこうもありませんよ。完敗ですよ。全く。」


ノーヴァンの問いにランフェルトが苦笑いで応える。


その顔は負けたのに清々しいものだった。所詮は模擬戦。戦場では味方だ。頼もしいとすら思える。そもそも騎獣乗りは実力主義だ。強い者を認めることになんの抵抗を見せない。相手が例え機械乗りであったとしてもだ。


「よくやったな。レイニ。」


「はい。戦闘機のおかげです。」


「空中戦は対して差はなかった。レイニの実力だ。」


「はい。ありがうとございます。」


魔導学と異世界の科学が奇跡的に融合し、空戦の常識を覆す『戦闘機』が誕生した。レイニがその鉄の翼を駆り、王国屈指の騎獣乗りであるランフェルトをも凌駕した模擬戦は、単なる訓練の勝利ではなかった。


それは、長きにわたり空を支配してきた飛竜の時代が終わりを告げ、新たな空戦の幕開けを告げる、歴史的な瞬間だったのだ。この圧倒的な性能を誇る戦闘機が、サマールル軍の騎獣隊との戦闘でどのような戦果を上げ、あるいは予期せぬ困難に直面するのか。そして、この新時代の兵器が、戦争の行方を、そして世界の秩序を、いかに変革していくのか。その全てが、今、始まる


ランフェルトとの模擬戦をへて、騎乗する者たちの装備も一新された。魔装銃から魔反動砲。普段は目立たないその特殊な魔導具が、魔力を瞬時に凝縮し、圧縮された魔力弾を高速で射出する。見た目は銃身の短い魔装銃に近いが、その威力は大型の魔導砲に匹敵する。


これは、古来より伝わる魔術師の「魔力収束」の術式を、小型の魔導炉と高圧圧縮技術によって再現したものであった。発射時の青白い光は、魔力弾が空気中の魔素と反応して起こる現象であり、着弾時の爆発的な衝撃波と高熱は、魔力と火薬の複合的な化学反応によって生み出され、作用・反作用の仕組みを利用している。


砲弾を発射する際、爆発エネルギーの1部後方へ意図的に噴出させることで、砲弾が前進する力と、後方に噴出する力がつり合い、反動がない作りになっている。従来の歩兵戦術は大きく変化し、遠距離からの火力支援が戦場の趨勢を左右するようになった。


ただし、初速が遅く命中精度が劣るため練習が必要だ。


それとルールカ、リナは断ってきたが、他の隊員達には、ハンドガンとダガーが与えられた。腰のベルトに装着するタイプだったが、レイニは2丁のハンドガンをふとももに皮ベルトで装着している。彼はスカート型の戦闘服なのでめくって取り出したいようだ。背中の腰辺りにダガーを。基本的に好みで自由にしてもいいと許可は出ている。


キラエル軍空軍艦隊


こうしてシルヴィ王女率いる近衛騎士団は、空軍からの召集に応じて、北東部にある港を訪れていた。漁港から小舟で少し行った先に飛行船が並んでいる。


「凄っ!壮観です!!」


レイニが唸り声を上げる。その視界に映るのは、20隻を超える中、大型の軍用飛行船が海面に浮かんでいる様だった。本来なら無数のマストがそびえ立っているはずなのだが、マストもなければ帆もない。そのかわりに船体の横に畳んであるものの翼が付いている。いずれにしろ見る者を圧倒させる迫力がある。


「キラエル空軍第1艦隊の飛空船か。もう出航の準備は整っているみたいですね。」


「我々を待っているのかもな。少し急ごうか。」


シルヴィの言葉に、5人は頷いて小舟を進める。停泊しているひときわ大きな飛空船の下にたどり着くと、2人の空兵が立ちはだかっていた。


「待て!所属と名を名乗れ!」


「シルヴィ王女近衛騎士団、シルヴィ王女殿下、エリーゼ、ルールカ・アンチュア、ミルキ・ゴーンド、レイニ、リナ・アナーク6名。召集に応じて参上いたしました。」


敬礼し、名乗りつつエリーゼは委任状を取り出して空兵に渡す。


「失礼いたしました。王女殿下。この度はお越し頂き大変光栄であります。」


「では、このまま私が案内いたします。司令部で総司令艦長がお待ちしております。」


案内に従い、デッキから船内への階段を下る。視界に入る艦内を眺めていたところで、案内役の空兵が最奥のドアを前にして足を止めた。


「ここが司令部です。どうぞお入りください。」


促されて6人は部屋に入る。


「ようこそ。シルヴィ王女殿下と近衛騎士達。歓迎しよう。」


数か月ぶりの再会。軍服に身を包んだノーヴァン総司令艦長その人だ。その両脇には2人の人物が立っている。1人は息子のランフェルト・ぺルニウス。もう片方はタダンと呼ばれる男性だ。右頬に古傷が走っていたが、物腰柔らかな印象だった。


「はい。よろしくご指導のほどお願いします。」


エリーゼが敬礼すると、揃って他の4人がそれに続く。


「さて早速だが、君たちに伝えたい事がある。君たちは紛れもなく王国の若き英雄だ。ならばこそだ。困難に立ち向かう勇気を、新しい価値観を生む知恵を、顧みず振り返らず今を全力で生きなさい。王国の騎士ならば、純粋な理想をそのままの形で示しなさい。」


経験に裏打ちされた総司令艦長の激励の言葉だった。6人は素直に頷く。


それを見て取って、さっさと話を次に進めた。


「ランフェルトは知っていると思うが、こっちの短髪の男はタダンという。私の副官で副艦長だ。元海軍出身で凄腕の船乗りだ。私自ら引き抜いてきた。」


「タダンです。皆さまよろしくお願いします。総司令艦長は凄腕と言って褒めてくださいますけれど、空軍に所属する艦長は海軍出身者で皆腕は確か、まだまだ自分は教えを乞う立場ですよ。」


自然な笑顔が好印象で卑屈さがなかった。


「君たちには、シルヴィ王女、エリーゼ、ミルキ・ゴーンドはこの艦に乗ってもらい、他の3人はランフェルトの中型艦に乗ってもらう。理由はそれぞれの騎獣隊部隊の指揮官が一緒の方が便利だろうからな。」


その決定にはなんの不服はなく次に進む。


「大型艦、中型艦にはそれぞれ魔装砲を備えている。中、長距離部隊の面々にはそこに配置についてもらっている。近接隊には、敵が乗り込まれての緊急事態に備えてそれぞれ割り振っている。」


もう配置済みであり、経験豊富な上官の指示だ。反論など出るはずもなく、エリーゼ、ミルキは納得して頷く。


「配置に不服は見当たらないようだな。では、これより艦内を案内させよう。」


ノーヴァン総司令艦長がそう言うと、タダンが前に出た。


出向を間近に控えた第1艦隊では、タダンが6人を連れて艦内を見て回っている。


「王女殿下様、すみません失礼致します。」


「狭いところですが、どうかご容赦ください。」


慌ただしく艦内を行き交う空兵達が、6人の姿を見つけると即座に足を止めて挨拶を交わしてくる。忙しい最中で手間をかけ差して申し訳ないと思いつつも、艦内の構造は把握しておきたい。その心情は譲れないものだった。


「乗っておいてなだが、墜落の心配をしているとは、とても言えんな。」


「備えがあるに越したことはありませんよ。何があるかもしれないのですから、知ることは大事なことです。」


以前に沈没した魔導船のことが思い出される。なるべく邪魔にならないように身を寄せて、艦内を歩く。第4層からなる艦内の空間はちょとしたホテルを彷彿させる。居室を当てが割れた第2層の探索でもそれなりの時間を要した。


「3層以下は空兵達の居住空間なので、皆さまが踏み入れることはないと思いますので省きます。」


「ふむ。では、デッキにあがるとするか?」


タダンが頷くと階段を上がっていく。そうやって船上へ抜けると、途端に磯の匂いを含んだ潮風が吹き抜けた。太陽はさんさんと輝いている。


「まもなく出発だ!翼の展開を急げ!!」


容赦のない日差しの下で、大勢の空兵達が操船の作業に従事していた。ある者は畳んであった翼を開くために足場がおぼつかい骨ぐみに速足で進み翼を展開させている。ある者は、海に沈めている錨を数人がかりで引き上げている。海軍からの移動組と聞いている。海上船と要領は変わらないが、素人目から見ても解るとおり手際が良い。さすがは選抜された空兵といったところか。


晴天の下で見る第1艦隊旗艦飛空船は、その威容はひと際誇っていた。まず圧倒的なのは100メートルを超える全長だ。それも長いものではなく船の背骨ともいうべき極太のキールによってしっかりとした芯が通った堅牢な作りだ。甲板には飛竜が止められるように何も遮蔽物もなくただ広い。


作業の邪魔にならないように後部デッキで、そこから船全体を見渡す。


「見ごたえがある飛空船でしょう?いちおう世界一の大鑑を自称しています。」


「ええ。見事な艦だと思います。これに勝る飛空船がサマールルにあるとは考えづらいですね。」


「そう思ってます。しかし、飛行船しかり海上船しかり、大きいというだけで良い物というわけではありません。これだけの図体だと、どうしたって小回りが利きませんからね。メインの役割は積載を活かした物資と人員の搬送ということになってしまいます。軍艦なのにどうかと思いませんか?」


タダン副艦長はなかなか返答に困ることを言い出す。なかなかシニカルな性格も合わせ持っている模様だ。


「艦隊における旗艦は、それ自体が指揮の移動できる司令塔です。となれば、その役割は直接戦闘ではなく離れたところからの指令になるのは自然なことです。ここが墜落すればそれで命令系統はないに等しいわけですから、第1に求められるのは守りの力。その点において、大きさに見合うだけの魔鋼製の鉄板をこれでもかというぐらい張り巡らせています。魔獣、魔物除けの魔法陣はもちろんの事、シールド魔法は適時展開して、十分に安全で優れた旗艦ものだと思われます。」


知識が豊富なエリーゼがそう意見を述べると、タダン副艦は、


「それが正論です。さすがは護衛騎士団の総指揮官です。噂通りですね。」


「いえ、船、空船についてはまだまだ勉強不足を自覚しております。」


エリーゼは謙虚にそう答えると、タダン副艦は慌てて両手で制した。


「そうかしこまらないで下さい。もっと偉そうに振る舞っても構わないのですよ。ノーヴァン総司令艦長からも手厚く教育するようにと言われておりますので」


「そうですか。では図々しく聞きますが」


「はい。なんでしょう?」


「この艦に乗っている間、私たちは何をしていたらいいですか?」


ストレートな質問だった。それを聞いて言葉に迷った末に、


「・・・はっきり言えば、何も。見ているだけでそれで構わないです。」


「空旅は20日以上かかるとか?これは非常に暇ですよね。」


「好きに過ごしてください。というわけですよ。見てるだけでも勉強になりますし、実際に作業を手伝ってもらっても構わないです。お任せする次第ですね。」


そこでここまで話を聞いて黙っていたシルヴィが口を開いた。


「つまりここで現場を見て、聞いて次の開発に活かせと言うわけだな。」


「そう捉えてもらえば僥倖です。王女殿下が主導して空軍は設立されました。期待しているのですよ我々は。空兵の士気は高まるばかりです。」


「そう言ってもらえるのであれば、私も救われる想いだ。が、やはり素人の我々が出来ることはなにもないであろうな。」


その追及にタダン副艦は唸る。


「・・・今回の作戦の概要はご存じですよね?死神が住まう峰々の防壁に、サマールル方面から進軍して、シュークルト連合陸軍の援軍に向かいます。我々が制空権を確保して制海権を奪うことによって、マルセイザ共和国軍は撤退することでしょう。補給路が確保できれば彼らも挟み撃ちを嫌うわけですしね。」


6人は頷いた。シュークルト連合軍は文字通り必死に、死力を尽くし、マルセイザ共和国軍の進行を食い止めている。ここで進行を許せば彼らの未来はない。仮に突破をゆるしたとしてもアンチュア軍が控えているので、国としてはどう転んでもいいわけだが、サマールルの交戦が頻繁に行われているおかげで黙って見守っている場合ではない。ここで制圧ができたとなれば停戦の道が出来ると思われている。この先は政治家の仕事になるので、そこまでの段取りを執り行なければならないわけだ。


「順当にいけば、途中でサマールルと激突します。そういった際に新たな戦闘機そういった戦力を期待したいところですが・・・」


近衛騎士団は陸上戦で多大な戦果に貢献を果たした。けれど、海上戦はもちろん事、空中戦は未知数な点が大きい。


「いくら空戦に使える兵器を開発したとはいえ、陸と比べて安全は保障できません。それでもここに編入されたということは、現場の現状を把握してもらって次の開発に役立ててもらいたい。だから、安全を最優先にして、近衛騎士団を守れ。と私たちは上からの命令をそう解釈しています。」


シルヴィがため息をつく。後方に隠れている。それでは得る物が少ない。


「出向準備が完了した。出るぞ!!」


空の旅が始まると拡声器から告げる声が聞こえる。ふわりと足元が不確かな浮遊感を覚えて、船体が宙に浮いたと実感した。


「・・・出向したようですね。ぼくもやることがあるのでそろそろお暇します。」


一言詫びてタダン副艦は敬礼する。それに皆が応えると彼は、微笑んで身を翻した。小走りに駆けていく姿が逃げていくように見えた。


「・・・予想はできてましたが、私達が前線に出るのは難しいようですね。」


「まぁ・・・初陣だしな。彼らに委ねるのもいいであろう。が、・・・それではせっかく来たのにもったいないな。」


「はい。戦争はいつ何が起こってもおかしくはありません。異常事態に備えて準備しておくにこしたことはありません。」


学べるところは素直に教えを請い、環境に慣れながら、実戦を肌で感じる。


「ともあれ、サマールルの脅威を肌で実感している我々は必ず出番がやってくるはずです、子虎視眈々と機会を模索しましょう。」


ランフェルト・ぺルニウス


大型艦を概ね堪能したルールカ、レイニ、リナは迎えに来てくれていたランフェルトと連れの2人に同乗させてもらって、中型艦に向かう。作りは同じなのでランフェルトが乗る中型艦だ。第1艦隊に比べれば遥かに小さくはあるが、それでも十分に立派な木造巡洋中型艦11号だった。時間もなかった、予算もなかったということもあるが、機動性を重視し魔鋼製の鉄板は必要最低限に抑えてある。大型艦と一緒でマストも帆もなく、デッキの上が飛竜達の離着陸場であり停留場だった。


待ち構えていた騎獣隊の面々が、飛竜から降りようとする3人に手を差し出して、エスコートしてくれる。紳士的な対応だ。


「ようこそおいでなさった、ルールカ嬢、レイニ嬢、リナ嬢。」


「ちーーーーーーーす。」


男たちの野太い声に出迎えられて、3人は思わずびっくりしてのけ反りそうになる。


デッキの上にずらりと並んだ空兵達は、誰もが上着をはだけて日焼けした肌を露出し、屈強な両腕と胸板の筋肉を赤裸々に見せつけている。刺青の類は入れていないようだった。そんな彼らの様子ときたら、ぶっきらぼうな言葉使いと合わせて、柄が悪い。


「出迎えご苦労さん。」


ランフェルトが爽やかに言う。


「見ての通り、海軍から移動してきた者たちばかりだからね。言葉遣いや態度は旗艦とは大違いだから。まぁ慣れてよ。」


3人に向かって微笑んでそう言った。


「テキパキと動け!遅いぞ!」


デッキの後方から叱責が飛んでくる。もうこんな環境は慣れているもので、3人は掃除に精をだす。飛空船は魔力で浮かび風の力を借りて進行を進める。海とは違ってマストや帆を操作する必要がない。翼を動かして風力によって調整はしなくてはならないが、そう人数が必要ではない。従って、大半の者たちは、暇だ。よって朝起床したらまずは艦内の清掃活動から一日が始まり、3人はモップをもってデッキを磨いているわけだ。


1時間かけて掃除を済ませると、次は食事の支度だ。これも皆で手分けして行われる。中型艦といえどもそれなりの人数が乗員しているわけで、その分の食事を作るのも大変な作業となる。調理経験がなくとも皮むきにしろ食器の準備にしろやることはいっぱいだ。


食事が出来上がれば、湯気の立つ大なべを囲み、皆が箸をそれぞれ伸ばす。誰かが肉の大きな塊を取ろうとすれば、別の者が「それは俺が狙ってたもんだ」と、喧嘩ごしに奪い合いが始まる。しかし、その食事が終わる頃には、誰もが同じ汗をまとい、言葉はなくとも確かな絆を感じさせてくれる。言い方を変えれば暑苦しい男社会だ。


朝食が終わると座学だ。今日の議題はなぜ?落ちないのか?だ。


主に揚力と呼ばれる空気の力によって船体を持ち上げ、飛行船の重力に打ち勝っているためだ。翼に特殊な形状と前進する速度により、翼の下面よりも上面を流れる空気の速度が速くなり、上面の圧力が低くなることで、船体を押し上げる揚力が生まれるわけだ。また、魔石による「推進力」は空気を後ろに噴射し、前進する力となり、この推進力が揚力を生み出すのに必要な速度を維持する。


揚力の仕組みのついて


翼の形状


飛行船の主翼は上面が丸く膨らみ、下面が直線的だ。


空気の流れ


飛行船が前進すると、翼の上面の空気は下面の空気よりも早く流れる。


圧力差


空気の流れが速いほど圧力が低くなるため、翼の上面の圧力は下面よりも小さくなる。


船体を持ち上げる力。


この翼の上下の圧力差が船体を押し上げる力となり、「揚力」として働く。この揚力が飛空船の重力を上回ることで、飛行船は空中に浮かび続けることが出来る。


最後に、「揚力」「重力」「推進力」「抗力」これらの力を上手くコントロールすることで飛行できて落ちないというわけだ。


艦内で講座に参加する3人。


「ルールカ。意味わかる?」


「?」


「恥ずかしいんだけれど僕、今聞いた飛空船の仕組みがわからないんだ。戦闘機を乗ってて今更な話なんだけれど・・・結局どういうと?」


これにリナも同意するように頷いた。


黒板を見ながら、少し間を置いてルールカが口を開いた。


「魔石の力を借りて、飛行船を前に前に進める。その時に空気と言う見えない壁があってそれにぶつかる。これが抗力っていうんだけれど、その力を利用して翼の向きを調整して空にあがるの。向きを変えたいときも翼の向きが重要になるわね。あとはいつまでも空にあがりっぱなしでいられないから、リンゴを手から離すと落ちるように前に進む力を止めれば自然と落ちる。これが重力ね。大体こんな感じかな?」


「ふむふむ。よくわかっておるな感心感心。」


唐突に、しわがれた声が割り込んできた。レイニがびっくりして身体を振り向けると、いつの間にやら老人が立っていた。


「どの分野でもそうじゃが、自分自身が実際に関わってみなければ理解するのは難しいもんじゃよ」


「・・・えっと」


「わし?ここの艦長やってます」


そう言われてもなかなかその言葉を受け入れることができない。片手に杖、よれよれのズボンにくたびれた軍服。階級章も見当たらない。


艦長といえば、それなりの威厳と尊厳を纏っているはずなのだが、目の前のこの老人からはそういった貫禄という物が感じられない。とはいえ、嘘を言っているとも思えないので3人は揃って立ちあがって敬礼した。


「ルールカ・アンチュアです。」


「レイニです。」


「リナ・アナークと言います。」


「マッシュじゃ。11号中型艦艦長を任されている。艦長と普段は呼んでおくれ。」


「挨拶が遅れてしまってしまい申し訳ありませんでした。」


恐縮して頭を下げる3人に、艦長は笑いながらかぶりを振って見せる。


「気にしんでよい。見ればわかると思うが老齢でな。いちおう艦長やっておるが、ランフェルトの教育係も兼ねておる。今のわしは好々爺みたいなもんじゃ」


「引退を考えておられるとか?」


「それもある。だが、今は求められるのは若い力じゃ。」


「騎獣隊だけでなく艦長職まで兼務ですか?ランフェルトはやはり優秀なんですね?」


レイニがそう聞くと、老人は笑う。


「そうじゃな。騎獣隊もそうじゃが、操船も高い水準にあるのは間違いない。新たな空軍という役職を背負ってたつのはあやつが適任じゃろうな。」


対戦した経験があるランフェルトの高評価に、レイニの瞳がキラキラ光る。その反応にどこか楽しんでいる様子で、艦長は話を続ける。


「が、まだ若い。未経験の空じゃ。わしだって不安といえば不安じゃ。じゃからじゃ、いっぱい考えて、沢山失敗して、それをいくつも乗り越えろといつも教えておるわ。」


「その話はノーヴァン総司令艦長からも言われました。」


「・・・ふむ。お前さんたちも空の戦いという物は初めての経験じゃろ?死神が住まう峰々の防壁で戦果をあげて、自覚を強く持ち、若さもあり、プライドだって備わった。じゃが、新天地でそれが通用するのか?まだ戦場に出ておらんから解らないじゃろ?それはランフェルトだって同じことが言える。」


艦長は流暢に語りだす。自然と3人も聞き入った。


「初心を忘るべからず。今でも未熟、まだ世間知らずな若造、経験不足そういった言葉が今の君たちには当てはまる。」


そこまで聞いてレイニは艦長を見つめた。


「現状に満足するな。視線は前を向け、目標は高く。失敗を恐れるな。挑戦を怠るな。何もしなければ成長はしない。」


真剣な目で艦長は3人を1人1人見てから、にかっと笑う。


「老婆心じゃ。気にしなくっていいぞ」


艦長はからから笑ってその場から離れて行った。


昼食を挟んでからは、訓練であった。騎獣隊と戦闘機による合同飛行訓練だ。


ランフェルトは当初、編隊を組んだ飛行訓練を予定していた。単騎よりも高い攻撃力、防御力、長時間の飛行を目的として隊形を組んで集団で飛行させることが空中戦では、有利だと考えていた。これについては今でも考え方は変わってはいない。


編制飛行の利点は、統制が容易であること、予見を容易にすること、柔軟性を維持すること、相互支援が出来ること、敵の脅威を早期に発見できることなどだ。編隊飛行による戦術機動は、チームによる作戦の遂行に適しており、編隊規模を拡大することにより大規模な作戦に対応することもできる。


しかしだ・・・戦闘機の性能が凄まじいのだ。特に3機。ルールカ、レイニ、リナだ。


他の戦闘機は飛竜に比べて確かに機動性、旋回性、スピードと基本的な要素は優れている。それはランフェルトは認めている。だが、敵わないほどでもない。飛竜にだって優れた面はあるのでそうそう優位性は感じられなかった。先の3機を除いての話になるが・・・


空という解放された障害物がない世界で、全力で3機を追いかける飛竜、戦闘機を含めた50機にも及ぶ騎獣隊が為す術もなく翻弄されている。


ループ、エルロン・ロール、シャンデル、スライスバック、インメルマンターン、スプリットS、ハイ・ヨーヨー、ダイブアンドズーム。


彼女たち3機は基本的にこの動きしかしていない。ただ動きが別次元なのだ・・・ペイント弾を持った模擬戦で3対50で、50機全滅という結果を目の当たりにしてランフェルトは考え方を改めなければいけないと危機感を覚えた。


これが毎日続き、戦術の見直しを行い、ノーヴァン総司令艦長とマッシュ艦長含めた全艦艦長を緊急招集することになった。


そんな日が続き、サマールルの領海にそろそろ差し迫る頃合いで、異変を告げる声が拡声器から響いた。


「レーダーに反応あり、右舷前方に、不明所属艦影確認。クルー総員、警戒レベルイエローに入れ。」


艦内の空気が一変。する。まずはルールカが2本の剣を取って駆ける。レイニとリナは魔反動砲を肩に担でから追ったルールカの分も一緒だ。


「不明艦はどうなっている?」


事務作業をしていたランフェルト艦長代理は部屋から飛び出すと、そのまま一直線に司令部までやってきて、管制官に問いを投げた。レーダーを覗きこみながら、管制官が答える。


「3時の方向。こちらとの距離は約20キロ。それ以上は不明です。」


「まず艦隊かどうか、次に単艦かどうか見極めろ!通信官、旗艦との連絡は?」


「ついさっき通信しました。今は返信待ちです。」


指示と返事が矢継ぎ早に飛び交う。これまでとは打って変わって張り詰めた空気の艦内に、ルールカ達3人も司令部にやってきた。


「どういう状況?」


「旗艦からの返答待ちだ。」


「レイニ、リナ、戦闘機をいつでも出せるように準備を。部下たちにも通達。」


ルールカがそう指示を出すと、3人は一斉に動き始める。状況が分からないのなら、戦いの準備は整えておくのが常だ。


「さて、どうしたものか・・・」


一方、同じころ。艦隊の中央に陣取る旗艦飛空船の司令部で、所属不明艦発見の報を受けたノーヴァン総司令艦長は腕を組んでいた。


「遭遇が予想より早いですね。まだ王国内の領海です。不明艦がサマールルなら、かなり大胆に出て来ているようで。」


副艦のタダンが冷静に分析する。


「・・・まぁ。なんであれ相手の数次第だな。偵察目的だろうから、その場合は即拿捕が好ましいな。」


不明艦にどう対処するのか?やりとりしている二人のもとに、忙しなく行き交う空兵達の合間を縫って、シルヴィ、エリーゼ、ミルキが小走りにやってきた。2人の前で止まって敬礼する。


「お話し中失礼します。ノーヴァン総司令艦長。不明艦を発見したそうですが?」


「早いな。」


「どう対処されるおつもりですか?お考えを窺っても?」


「不明艦がサマールルの飛行船というのが前提ということでだな?2通りあるな。こっちに気づいて逃げるのなら追って拿捕。艦隊なら、この場で空戦といったところか。なにせよ続報まちだな。」


「それらのケースにおける中型艦11号の扱いは?」


「近い位置にいるわけだから、追うにしろ、空戦になるにしろ先鋒隊になってもらうほかないな。戦闘機の初陣というのもありか。派手に初陣を飾るのもいいぞ。」


と、優しく笑顔をみせてくれる総司令艦長。華々しいデビュー戦なのだが、エリーゼは首を横に振ってそれを拒んだ。


「その命令を出さないでいただきたいのが、私たちからのお願いになります。」


「初陣で戦果を挙げる。勢いがつくぞ・・・え?今何と??」


「言葉通りです。11号に乗り込んでいる3人に待機させて観戦するように命令してください。相手が偵察が目的ならわざわざ出撃する必要性がありません。」


「奥の手を隠しておくということか・・・」


「多分向こう側も、なんらかの奥の手を隠していると思われます。初戦から手の内を見せるのは愚行かと。」


「ふむ。」


ノーヴァン総司令艦長は、一考の余地があると考えた。サマールルとの実戦経験は彼女らの方が勝っている。蔑ろには出来ない。


「―――11号から続報が届きました。不明艦は1隻きりで僚艦は伴っていない模様。中型艦です。」


情報が思考に割って入ってくる。しばらくして


「戦闘機は待機だ。ただし、ルールカ、レイニ、リナは旗艦に来るよう。いいな?」


「はっ。意見を聞き入れて戴き。ありがとうございます。」


敬礼してエリーゼは雲が広がる空を見つめた。参戦させられない歯がゆさを与えてしまうことになるが、サマールル相手に手の内を晒すことがどれほど危険なのか、その確信は揺らぎなかった。


「―――旗艦から返信。中型艦11号、12号と連携して敵艦を追尾、及び拿捕する命令です。それと戦闘機隊は待機。隊長ルールカ、レイニ、リナは旗艦に移乗とのことです。」


通信官の声が司令部に響き渡る。


「・・・了解だ。直ちに戦闘機で旗艦に移乗するよう伝えろ。」


通信官にそう告げる。


「お披露目は先送りということだな。」


ランフェルトはその経緯を推察する。このまま連れてってもしもの場合彼女らは迷うことなく出撃するだろう。それでは困るのだ。この先の戦闘を見込んでまだ彼女らの出番ではない。


「警戒態勢をレッドに移行。風上の敵艦を追うぞ面舵一杯!」


「「「サー」」」


「行くぞお前ら!上昇旋回戦なら俺たちは負けない!サマールルに度肝を抜かせてやれ!」


勇ましい激励に心を1つにした空兵達は、続く指示に備えて、それぞれの役目に応じた位置に待機する。ランフェルトの口から命令が下る。


「右へ、全力で急旋回!」


「サー」


総舵手が手にした舵輪を時計周りに思いっきり回転させる。やや遅れて飛行船体が向きを変え始めた。


「シールド魔法を左に展開!」


「サー」


右舷から受ける風に合わせて、シールド魔法が逆向きの風を迎える。


「今だ!風を利用して左へ切り返せ!」


「サー」


方向転換の速度が衰えたところを見て取って、ランフェルトが、総舵手に命じて舵を逆に切らせる。そうすると、正面から風を受ける形になり、その力によって飛行船が後方へ流され始める。この間も舵は左に切っているので、飛行船体はバックしながら、左舷に風を受ける角度へ移行していく。


「左を消して、右にシールド魔法を展開!」


艦首が風上に対して45度の角度を確保したことを見て取ると、今度は反転させる。左舷から吹き付ける風を受けた飛行船体が行き足を取り戻していき、そうして11号は見事、進路を変えて風上に切りあがった。


海上で船が風上に向かっていく上手回しだった。どんな船だって風の力を有効活用させる。この技術を使えば、くの字を描くように方向転換させてそれを繰り返すことによってジグザクに進んで行くことが出来る。決して簡単な技術ではない。舵を切るタイミングと風の受け方、これらの要素が上手くかみ合わなければ船は半端な角度で止まってしまうことになる。


「よし、捉えたぞ!」


追撃開始からおよそ30分。風を上手く利用してジグザグを繰り返し、短時間で距離を縮めた11号は、いよいよ敵艦を射程内に捉えようとしていた。


飛行船単体と風を利用しての差が出ているのか、同時に追撃を始めた12号は、遅れて追って来ている。早く追い付いたのはいいが、こうも僚艦と離れてしまうとは思っていなかったランフェルトは気がかりだったが


「魔装砲の射程にそろそろ入る。騎獣隊搭乗させろ!」


王国内では魔装砲の量産体制が整いだしているおかげで、艦隊すべてに配置されている。飛行船体の側面に6門ずつある。射程も3キロに伸びている。純粋な撃ち合いになれば不利ということはない。少し時間を稼げば僚艦の援護もあるだろう。それに騎獣隊もある。


ランフェルトが目を細めて敵艦を凝視して、戦略を頭の中で組み立てる。


「敵艦を左舷に見て並走させるぞ!砲撃準備!!」


ここでシールド魔法を止める。シールド魔法はその名の通り守りに特化してくれてはいるがこちらからの砲撃には邪魔になってしまい展開しながらの砲撃が出来ないからだ。


ランフェルトの指示に応えて舵を切る。


「艦長代理!敵艦が突っ込んできます!!」


並走するため進路を変える11号に敵艦がそのままの進路で、まっすぐ向かってくる。距離は離れているものの、形としては11号の横腹に突っ込む進路だ。


ランフェルトは意表を突かれた。相手も並走による砲撃戦になるものだと思っていたからだ。


「・・・どういうつもりだ?まさか・・・」


その目が驚きに見開いた。まだ距離があるから確実に視認は出来ていないが、敵艦の正面に据えられた巨大な砲台が、双眼鏡越しに獲物を狙う獣のように不気味に蠢いていた。その黒い砲口は、まるで深淵の闇を覗かせているかのようだ。次の瞬間、砲身から轟音と共に灼熱の火炎が噴き出し、破壊を宿す黒い塊が、地獄の業火を纏ってそこから顔を出した。脳裏に走る警鐘は、耳鳴りのように激しく、全身の毛が逆立つような恐怖がランフェルトを襲った。彼は考えるよりも早く、魂を削るような叫びを上げていた。その声は、嵐の海に響く雷鳴のように、艦内に響き渡った。


「全員伏せろ!!衝撃が来るぞ!」


その声に、空兵たちは反射的に任務を捨て、命を惜しむように身体を伏せる。轟音が耳をつんざき、同時に11号の飛行船体は巨人が振り下ろした鉄槌のように内臓を揺さぶられるような激震に襲われた。それは、まるで巨大な獣が咆哮し、その声が船体を叩きつけるかのような衝撃で、鋼鉄の骨組みが悲鳴を上げる獣のように軋み、木材は乾いた枝のように砕け散った。


デッキでは、飛竜に跨っていた騎獣隊が、まるで紙切れのように5体バラバラに吹き飛ばされ、悲鳴と共に空へと吸い込まれていく。彼らが肉壁となったおかげで、かろうじて飛行能力は保たれたものの、甲板には血と破片が飛び散り、数十人もの兵士が呻き声を上げていた。焦げ付く火薬の匂いが鼻腔を突き刺し、視界は土煙の帳に覆われたように霞む。


「くっそ・・・」


ランフェルトの口から、血の滲むような悔しい呻きが零れた。咄嗟に伏せたとはいえ、全身を打ち付けた衝撃が骨の髄まで響く。何とか無事だった兵士たちが、朦朧としながらも立ち上がり、負傷した仲間を助けようと動くが、その足は鉛のように重かった。


「砲撃させろ!当たらなくてもいい!次弾を討たせるな!」


ランフェルトは痛みに耐え、怒号を飛ばす。


「オタオタするな!貴様らそれでもキラエルの空軍か!海軍に戻るか?さっさと持ち場に戻れ!」


その声は、まだ混乱から立ち直れていない空兵たちの心臓を鷲掴みにした。彼らは我に返り、慌ただしく動き出す。


「シールド魔法を右に早く展開させろ!砲撃がまた来るぞ!」


緊迫した指示が飛び交う。さっきの衝撃が脳裏をよぎる。空兵たちは大慌てで応える。シールドが展開される。その直後、敵艦から二度目の砲撃が轟いた。シールドがそれを塞ぐ。


間一髪。『あ……危なかった……』


誰かが呟く。もう少し遅ければ、11号は撃沈していた。


「このまま逃げるぞ!全速力だ。12号に通信。敵艦は正面から砲撃してくる。と伝えておけ!」


12号から掩護すると力強い返事が返ってくる。11号は風下で旗艦に向かった。


同日の夕方、敵艦の追跡を振り切って帰ってきた11号の見るも無残な有様に、それを目にしたキラエル空軍の面々は顎が外れる程の衝撃を受けた。


「な、なんだこれは・・・?」


飛空船体のデッキには大穴が開き、ズタズタで艦内は派手に壊れている。まだ空に浮いているのが不思議に思えるほどの惨状だった。


「敵艦は1隻だったのだろうか?こちらは2隻だったのに、いったい何があったらここまで・・・と、とにかく負傷者は治療へ。」


旗艦に接舷した11号から、タラップを渡って半死半生の怪我人たちが運び込まれる。空兵が見守る中で今度は自分で歩ける者たちだ。ランフェルトが渡ってくる。


「大丈夫か?」


「見せてみろ!」


空兵達が心配し、ポーションを取り出す。


「いや、自分はただの打撲だけだ・・・もう痛みはないから心配はいらないよ。」


それを証明するように、痛めたところを見せて、完治しているところを見せてくる。それで空兵達は安堵の息を吐き胸を撫でおろす。


「・・・飛行船体の損傷を見る限り、かなり痛い目にあったようだな?」


ノーヴァン総司令艦長が前に出てそう聞く。


「シールド魔法を使ってもこの有様です。12号の援護がなければもうあの世でした。」


そうか。と言ってから厳しい顔つきに変えて


「マッシュ艦長、ランフェルト艦長代理。直ちに司令部に来てくれ。報告を聞こう。」


頷き、2人はそのまま一緒に歩き出した。


ノーヴァン総司令艦長がそこで振り向いて


「皆さんもご一緒にお願いします。」


「承知しました。」


言われた近衛騎士団の6人を代表してエリーゼが応じる。


「惨敗だったようだな。」


特に責めたてるような口調ではなく、淡々としていた。近衛騎士団6人の前で、マッシュ艦長、ランフェルトが粛々と頷く。


「わしの責任ですじゃ。艦長の任でありながら敵艦の脅威を見誤っておった。」


「いえ、艦長。これは自分の責任です。決めつけが招いた結果です。」


その2人の言い分を聞き、ため息を漏らすノーヴァン総司令艦長。


「叱責にせよ反省にしろ、まずは状況説明をしてくれないか。敵艦を追いかけて何が起こった?最初から順に話せ。」


そう促されて、ランフェルトはゆっくりと話し始めた。敵艦を追いかけ、首尾よく追い付いたところで、正面からの砲撃によって痛烈な打撃を受けたこと。そこから先は、全力で逃げに徹したこと。


「・・・なるほどな。つまり向こう側は砲撃戦を重視した装備であって、こちらは騎獣隊が主力だったのにも関わらず肝心の騎獣隊さえ出すこともできず、まともに空戦すらできなかったと、そいうことか?」


「その通りです。砲撃は側面からと決めつけておりました。恥ずかしいばかりです。」


ランフェルトは包み隠さず事実を述べる。それを受けてノーヴァン総司令艦長は隣のマッシュ艦長に視線を向ける。


「マッシュ艦長はどう思う?」


「飛空船は海上で使っていた船をそのまま応用して、翼を付けたものだと思っておりましたじゃ。当然、砲撃は側面から来て、砲身を向けるためには並走するものばかりだと、先入観に囚われておりましたじゃ・・・」


「なるほどな。それだけが原因か?」


「いや、砲撃の威力、射程距離は向こうの方が上じゃな・・・シールド魔法が2度の砲撃で使い物にならなくなった。」


「ふむ・・・これで戦略、戦術の見直しが急務になったな。近衛騎士団の皆様に協力を要請する。サマールルにどう勝つか。一緒に考えてほしい。」


ノーヴァン総司令艦長がそう告げる。その隣の副官がため息をつく。名実ともに目の前の新たな上官に6人は敬礼した。


****************************************


死神が住まう峰々の防壁から南東に位置する。サマールルの支配下にある海域では、大海原を、数隻の帆船が巡っていた。


「怖いか?震える?疲れたか?その程度か?」


鼓膜を直接叩くように低く冷たい声と同時に、鞭が風を斬り裂く鋭い音が鳴る。


キーンスは、部下たちの怯える顔をあえて見据える。この甘さが、戦場で命取りになることを誰よりも知っているからだ。彼自身も幾度となく死線を潜り抜け、その度に『もっと強くなっていれば』と後悔してきた。だからこそ、彼は部下たちに、自分と同じ道を辿らせたくない。


「「「いえ!」」」


その海域上空では、黒竜に跨った騎獣兵達が朝早くから、空戦を繰り返していた。彼らの兵装もキラエル軍と大差はない。魔装銃を主装備として腰には帯剣した青い色の軍服だった。


「それで終わりか?死にたいのか?」


「「「いえ!」」」


騎獣隊長と見える大柄な男が、容赦なく罵倒を降り注ぐ。


手綱を引く腕に、悲鳴のような筋肉の軋みが走り、黒竜の鬣が、汗と風に乱れ、目の前を掠める。急降下、急旋回、急上昇。吐きそうになるほどのGが全身を圧迫するが、彼らは必死になって黒竜にしがみ付く。


気性が激しいと有名な黒竜に跨るのは、サマールルの中でも精鋭中の精鋭部隊だ。キラエル軍がやってくるまでの間、新たに実装された魔装銃を使っての模擬戦。隊長が騎乗する黒竜が、まるで得物を追う猛禽類のように、背後から迫り、追い付かれた者たちから鞭の洗礼を浴びせる。


その隊長の声は、命令という名の死刑宣告のようだった。言葉だけならばまだいい。耐えられる。しかし、その隊長の男は異様な姿なのだ。


鰐顔の亜人である。顔の半分は、硬質な鱗で覆われ、まるで乾いた岩だ。首筋から肩にかけて、薄い緑色の鱗がびっしりと生え、手や足の甲には、分厚い鱗が重なり合い、爪は鋭い鎌のようだった。


ばしゃんと海面に落ちる音がする。騎獣隊の1人が限界を超えて堕ちたのだ。鰐男はそれを見てため息をついて、黒竜を降りてつかつかと近寄っていく。


「なぜ?落ちた?」


縦に細い瞳孔は、まるで蛇のようで絶えず揺れ動き、瞼は瞬きをしない、その視線は凍り付くほど冷たく、真っ青になって押し黙る部下は全身を震え上がらせている。


「ヤンヨ。お前に聞いてんだよ!見苦しいだよ。死ぬんならさっさと死ね。てめえが無様なせいで大事な黒竜が犠牲になるんだよ!代わりならいくらでもいるんだからよ!」


「・・・・」


「言ってるだろ?死ぬつもりで手綱を握れって・・・なぁ・・・言葉が通じねのか?さっきから俺が聞いてやってんだろうが!あぁ?!」


完全に虚ろで恐怖と絶望で感情が抜けてしまっている。


「待って」


そう言って、1人の女性が隊長の前に立ち塞がった。まるで光が差し込んだようにその場の時が停まる。その女性はサマールルの軍服は変わらないが、肌は陶器のように滑らかで、透き通るような白い肌。小顔で華奢な身体で、どこか儚さを感じさせる。


「もう彼は限界よ。休ませてあげて。お願いします。キーンス隊長」


両手を拡げて、倒れている海に落ちた男性をかばっている。体格のいいキーンスと呼ばれた隊長との身長差は親子と見間違えそうだ。


「いつも甘いですぜ。シイラ少佐殿。ちっ。良かったな。調度シイラ少佐殿がたまたま通りかかてくれて、救われたな。ヤンヨ。」


まだ意識が飛んでいる状態のヤンヨが次第に状況を理解すると、隊長に休めと言われた途端逃げ出すように駆けだした。


「ありがとう。キーンス隊長」


「上官命令には逆らえませんぜ。上からの命令は絶対です。」


「ふふっ。キラエル軍はもうそこまで来ているそうよ。彼らの奮戦が楽しみだわ」


「期待に応えますぜ。ここでセイギ少佐を出し抜きましょうや」


白髪の智将を想い浮かべて彼は愚痴る。シイラはゆっくりと首を振って


「セイギは頑張ったとおもうわ。ただ詰めが甘かっただけ。」


「確かにサーハドの総大将が腑抜けていましたからな。」


「それにセイギを出し抜いて見せたあの連中も参戦しているのでしょう?楽しみね。」


シイラにそう尋ねられて、キーンスは獰猛に笑う。


「えぇ。もちろん。訓練にも気合がはいるってもんです。」


「訓練も大事だけれど、壊さない程度でお願いね。やり合う前からこっちが疲弊していたらやるせないわ。」


「そりゃあもちろんでさ!これでも手は抜いているんですぜ」


「なら、いいわ。あなたの好きになさいな。」


ため息交じりに言う女性だったが、止める気はないようだった。そこでふと吹いた風を追って彼女の瞳が風上を向く。


「風が強まりそうね。空軍、海軍には伝えていた方がいいわ。」


「シイラ少佐殿の予報は当たりますからね。後で伝えておきやす。」


「お願いね。」


「少佐殿は、風の使い方が上手いですからね。心底感服いたしますよ。」


「楽しませてくれるかしら?キラエル軍は。」


「このまま引き返してしまうかもしれませんぜ?なにせ偵察に出した僚艦1隻に手も足も出せなかったんですぜ。」


「そんな動きを見せたら、追うわよ。叩き潰す。」


「おぉ!怖っ。シイラ少佐殿に狙われたキラエル軍が可哀そうだ。」


冗談めかしてそう言うと、キーンスは再び訓練に戻っていった。


「この海域の守護を任されたのはいいのだけれど、いい加減暇なのよね。」


兵たちから『天使』と称されながらも、その瞳の奥には不敵な光を宿すシイラ少佐。


彼女の柔らかな微笑みと、時に見せるか弱さは、兵士たちの『守りたい』という本能を刺激し、彼らを熱狂させた。しかし、その内側では、常に戦場の風を読み、敵の動きを先読みする冷徹な頭脳が働いている。彼女にとって、兵士たちの士気は、勝利のための重要な『駒』の一つであり、感情を巧みに操ることもまた、彼女の戦略の一部だった。


彼女は、ただ黒竜を従える唯一のテイマーというだけでなく、風の流れを肌で感じ、戦場の行方を読み解く天賦の才を持っていた。「予報」」キラエル軍の動きを全て見越したかのような、冷徹な戦略の一端を覗かせていた。彼女の『魔性の魅力』と『風を読む力』が、今後のキラエル軍との戦いを翻弄する。


「いつでも来なさい。キラエル軍。黒竜達の餌にして・あ・げ・る。」


セイギと同様若き才能にあふれるサマールル軍ただ1人の女性少佐だ。


*****************************************


星々の瞬く夜空の下、戦略の見直しを迫られた空軍飛空船、全艦が集結する。副官を伴って乗り込んでくる艦長達の顔色は皆暗い。全艦の飛行を一時中断させてまでの緊急作戦会議が開かれるという状況は、彼らの心中から現実を直視させる。加えて、全員がすでに目にしているのだ。11号のボロボロの惨状を。


「揃ったようだな。始めるぞ。」


長いテーブルを囲んで、20人余りの艦長が席に着いた。背後には副官が控える。まずは様子見を決め込んだ、片隅に近衛騎士団の面々の姿もある。シルヴィ王女を着席させて他は副官同様で背後に控える。


「見て来たな?11号はあの通りだ。追いかけてきたサマールル飛行船1隻に3隻がかりでやっと追い返すことができた。その際に起こった戦闘でいくつかの想定外の要素が発生したからこうして集まってもらったわけだが・・・」


ノーヴァン総司令艦長がざっくりと状況を説明する。


「騎獣隊は出さなかったのですか?」


「11号は出す前にやられた。サマールルの戦力は見込みよりも魔装砲がこちらより強力で射程距離が長かった。それだけだ。あえて言うなら、向こうは砲撃を重視して、こちらは騎獣隊がメイン戦力といったことろか・・・想定以上とわかった以上、戦術面の大幅な見直しが必要になった。」


そこで1人の艦長が手を挙げた。


「戦術面ですか?戦略ではなく?」


「・・・?」


「どう勝つかではなく、今回は一旦退いてもよいのでは?」


その発言に室内がざわつく。それを片手で制するノーヴァン総司令艦長。


「予想外の相手の戦力に尻尾をまいて逃げろと?」


「そういった解釈ではなく・・・」


集まる視線を受け流して、続ける。


「魔装砲の威力がまるで違う。ということはこの場にいる全員が肌で感じていると思われます。この事実がいかに重いかは、誰にでも理解に及ぶことでしょう。例えば、10キロ離れた距離から騎獣隊を全騎出撃させたとします。こちらの有効射程砲撃距離は3キロ。敵艦まで距離を縮める7キロの間。騎獣隊は砲撃を躱し続けることが可能ですか?そして向こう側にも騎獣隊が居るはずです。いかに優秀な騎獣隊がわが軍にあるとしても、掩護するまでの時間にかなりの損害を受けると思われます。」


ここまではいいですか?と彼は尋ねてくる。返ってくるのは沈黙だった。


「我々は騎獣隊がメインなのですよ。こちらが唯一勝っていると思われる騎獣隊を活かすことが叶いません。どこに勝つ要素があるのでしょうか?できるのはただ耐え忍ぶことだけですか?いつまで?シールド魔法があるとはいえ、せいぜいが2発までしか耐えられないのでしょう?到底無傷ではいられません。騎獣隊の脅威がなくなったとなれば、敵艦は長い射程距離を活かして一斉に襲ってくることでしょう。」


単純化された例え話は彼我の戦力差をまざまざと実感させる。


「敵艦が10キロにも及ぶ射程距離を持つ魔装砲は言い過ぎかもしれませんが、かといってないとも言い切れません。今回の遭遇戦を考えてみてください。1隻だけで偵察に出せますか?しかも追いかけてこれますか?それほど自信があると思われませんか?」


この発言には十分に説得力があった。


「以上の懸念から、今作戦での制空権の確保は無理と判断します。撤退を進言します。」


言いたいことは伝わった。だがだ、


「待て!我々は軍人だぞ。作戦を前にして撤退などできるものか!!すでに陸軍、海軍も今作戦に動いているのだぞ!おめおめと退けるか!!!」


「その通りだ。敗れたならばまだいざ知らず。戦う前から退いたとなれば敵前逃亡だろうが!新設された空軍が初戦から泥を塗るつもりか?我らの首は文字通り斬られるぞ!」


撤退の判断は現実的に不可能だ。この意見には誰もが同意を示している。が、撤退を進言した艦長が肩をすくめて


「つまり、勝算の目途がたたないのに、我らが敬愛するシルヴィ王女殿下を死線に晒せと?」


「ならば、シルヴィ王女殿下を下ろせばいいだけではないか!」


「いや、私はこのまま戦線に残るぞ。死んだらそこまでの事だ。」


シルヴィ王女が淡々と言葉を挟んだ。鋭い瞳がテーブルに居並ぶ面子を見つめる。


「周りくどい言い方だったがつまり、私の面子や保身を守りたいと、そう言うことが言いたいわけだな?」


「ええ。そうです。敵の脅威度が高いと解っているというのに、わざわざ犠牲にならないでもいいとおもいますので。」


それを聞いて目を閉じてシルヴィ王女は黙考する姿勢を見せた。迂闊な発言をしないように他の艦長達も黙る。シルヴィ王女の性格は誰もが知っていることだった。先のサマールルとの戦争でも彼女は率先して最前線で兵たちを鼓舞し指揮を執っていた。誰もが彼女を尊敬し、敬愛し、崇拝しているのだ。だからこそ、形勢が不利な状態で彼女を失いたくはないと思ってしまうのはおかしくはない事だった。


しばらくたって、沈黙の降りた場に、エリーゼの声が割って入った。


「失礼ですが発言しても?」


その発言者に一斉に視線が集まる。長いテーブルの上座に座るノーヴァン総司令艦長にエリーゼが視線を送っていた。彼は頷き許可する。


「シルヴィ王女殿下をここで離脱させるのは反対です。彼女の存在は今や、戦乙女であり兵たちの道しるべの軍神みたいなものです。ここで彼女がいなくなれば士気が低下することを意味します。必然的に陸、海、空軍の被害は甚大な物となることでしょう。」


「おっしゃる通りです。ですから秘密裏でいいのではないですか?無論我々は兵達には言いませんよ。」


撤退を進言した艦長がそう反論する。


「仮に敗戦したとしても、シルヴィ王女殿下だけは守り抜いたと、そういう体裁にしておけば良い。次の戦争で大いに活躍していただければいいだけの話しです。」


「敗戦を前提にしないでいただきたい。勝つのです。絶対に。今回の作戦の最終目的はマルセイザ共和国軍を退かせることにあります。サマールルはそれを見込んで軍港に戦列を揃えて待ち伏せていることでしょう。これを撃破する。迅速に制空権を確保しサマールルからやってくる増援を牽制し、速やかに制海権を奪う。」


サマールルの戦力が集結している。言い換えればここを撃破できればキラエル軍の勝利。出来なければこのままマルセイザ共和国軍に援軍を送られてしまって、後々キラエル軍の敗北に繋がる。ここが山場であり決戦なのだ。


「・・・勝算があると、そうおしゃりたいわけですね?」


「もちろんです。」


キラエル対サマールル空激戦


「キラエル艦隊が、そのままこっちに向かってきている。間違いないな?」


サマールル空軍旗艦、司令部で報告を受け取ったキーンス隊長が聞き返し管制官が強張った顔で頷いた。


「は、はい・・・レーダーに映った艦影は間違いなくキラエル軍の飛行船艦隊だと思われます。」


偵察に向かわせた僚艦からの報告と一緒の内容だった。


「ふん。逃げればいいものを・・・と、どっちにしろ全滅かやつらは。」


空軍軍艦の最後尾に艦長室が作られるのは、海軍からの古くからの習わしだった。全艦の中でも最大級を誇る飛行船。その最奥に設けられた広く奥行きのある部屋がシイラ少佐の部屋だ。


キーンスは艦長室をノックする。


「少佐殿。どうやら本当に攻めてきやがるみたいですぜ。」


大声をかけるが、返事がかえってこない。焦れたキーンスはいつものように勝手に扉を開ける。


「少佐殿。そろそろ起きてくださいや・・・」


「・・・おはよ。・・・キーンス・・・まだ眠い・・・の」


部屋の半分を占める豪華なベッドの上で、上掛けもかけずに丸裸の女性が1人寝ている。いつもの光景だった。彼女は朝弱いのだ。


「おちおち寝ている場合じゃあないですぜ。」


非難をこめてキーンスが耳元で言うが、彼女はそのまま目を瞑っている。羞恥心というものを知らないのか?と毎回毎朝、起こしに来るのがキーンスのいつもの仕事だった。一糸まとわぬ姿・・・見慣れた。もう目のやり場に困ったりはしない。


「起きてくださいや・・・・」


「むう・・・」


「敵が来てますぜ!」


「・・・まだ・・・大丈夫だ・・・よ・・・今日・・・来るわけ・・・ない・・・」


「そうですけれど・・・とりあえず起きましょうや。」


そう言ってキーンスはタンスから下着を引き出す。これもいつものことだ。寝ている上官に履かせる。ブラにパンツを適当に選んで、次は軍服に取り掛かる。四苦八苦してやっとのことで着替えさせることに成功し、深く溜息が漏れる。自室に男が入ってきて貞操概念の危機というものを感じないのか?といつも思うのだが・・・・


しばらく経って、 う〜んと彼女は伸びをして起き上がった。


「今日は白か」


スカートをめくって履かされた下着の色を確認した。


「まぁいいわ・・・さて・・・まずはご飯にしようか。キーンス。」


「・・・そうですね。」


これもいつもの事だ。朝食は大事。これは譲れないらしい。


食堂まで足を運び2人は一緒に朝食を食べる。他の兵たちはもう済ませている模様で、2人きりだ。パンとソーセージにサラダとスープ。食後にミルク。


「クルーたちに出発の準備をさせておいて。」


布巾で口元をぬぐってシイラ少佐が指示を出す。


「はっ!」


受け取ったキーンス隊長が駆けだして食堂を後にした。すでにデッキではクルー達が指示を待ちわびていた。出航の準備をするように指示を下す。


飛空船が活気づく。各クルー達が持ち場で作業にいそしんでいる中で、彼らの上官がメイクをすませて、姿を現した。


「聞いて。どうやらキラエル軍が大軍を率いてやってくるみたいなの・・・」


少し怯えたような声色でシイラ少佐が告げる。たちまちクルー達が騒ぎ出す。いつもの優しい眼差しではなく、恐怖に怯えるその瞳を見た瞬間、彼らの心は1つになった。彼女を守るために、全てを捧げると。


「本当は、とても怖いです。これほど多くの敵を前にして勝てる道理はないかもしれません。それでも・・・私はこの艦を、あなた達を、決して見捨てたりはしません。もしこの戦いで命を落としても、私と共にあると信じてください。勝利の道が閉ざされたとしても、私たちは未来への灯になることでしょう。だから決して諦めないで、希望の灯を絶やしてはいけません。」


いつもの慈愛に満ちた微笑みは消え失せ、そこにいたのは、ただ震えるだけの女性だった。


「シイラ少佐・・・」


「恐れる必要はありません。我々が必ずや勝利をあなた様に捧げます。」


「命令を下さい。我らはあなた様の剣となりましょう」


クルー達が皆揃って少佐を称える。その声援に応えて、シイラは涙を浮かべた。それは紛れもなくキラエルに怯える天使の表情だった。


一方で、キーンスは彼らを眺めながら、口元を歪める。


「あぁ・・・魔性の女というのはこいうのを言うんだな。」


と、ぼそっと呟いた。


「士気は最高潮だ。負ける方がおかしいぜ!くくく・・・」


キーンスは知らずに笑いが込み上げてきて、隅っこに慌てて隠れるのだった。


*****************************************


艦長達から様々な質問に受け答えしつつ、エリーゼの説明は2時間にも及んだ。やがて質問の弾幕が止んだところで、


「面白い」


勝ち誇った勝ちを確信し、凍てつくような笑みを浮かべて、ノーヴァン総司令艦長がそう言った。艦長達が揃って息を飲んだ。それが闘争本能に火が付いた時の彼の顔だと皆が知っている。


「柔軟かつ大胆に盲点を突く発想。いいぞ。いいぞ!それだそれこそが、戦争の醍醐味というもの。」


両目に生気が漲る。女性よりの顔立ちに高まる戦意を宿すその後ろで控える副艦のタダンは長いこと黙考していたが、ここで初めて口を開いた。


「・・・素晴らしい発想だと思いますよ。この場で検討を重ねて勝ち筋が見えます。若い君が出したアイデアは類まれなものです。」


どこかお客様扱いを受けてきた印象があるタダンからの賞讃の声だった。


「しかしながら、「それで勝てる」とまでは言い切れません。確かに可能性は高まりますが、それもその時、その場で、運不運に左右される要素が含まれています。空軍艦隊の命運を預けるには、信頼性が・・・」


「リスクは必ず存在する。」


みなまで言わずに、ノーヴァン総司令艦長がタダンの言葉を遮った。


「解っているだろう?ほかならともかく責任逃れは許されない。現場の状況?運不運?だからどうした。勝敗に一番に必要な要素は・・・」


「・・・」


「お前は歴戦の船乗りだ。空の上だろうとそれは変わらない。この戦術で物を言うのは俺たちの腕次第だ。その点にすべてがかかっている。俺たちの腕がなまっていたら負ける。それだけの話しだ。」


「・・・本音を言わせていただきます。エリーゼさんが提案する戦術では、我々が求まられる技術が高すぎるのです。特に勝負どころが厳しい。ギリギリの綱渡りです。もし失敗したら取り返しのつかない事態に・・・・」


「タダン!」


ノーヴァン総司令艦長が再度、遮る。


「俺を誰だと思っている?」


「?空軍艦隊総司令艦長です。」


「お前忘れてないか?俺の祖先はかの勇者ペルニウスだ。時代の先見者だ。なのだから当然、ここが攻め時で、サマールルに勝つための大事な勝負どころだと判断した。ここで躊躇はない。」


「・・・・」


「言い訳は許さん!戦え!死力を尽くせ!!」


長テーブルに居並ぶ艦長全員に鋭い視線が投げかけられる。副官ともども顔中に脂汗が滴る。


「いいな!ここからは敵を倒すことだけに集中するぞ!」


夕日が西の水平線に差し掛かる頃、11号の飛行を締めくくる儀式が執り行われた。すでに集合していた艦長達はそれぞれの艦に戻ってそれぞれの配置についている。


「10年か・・・海軍時代からの長い付き合いだった。」


タバコをふかしながらマッシュ艦長がそう言った。その背後に並ぶのは乗組員だった空兵達だ。


「我らの寄りべ、我らの家。よくぞ最後まで屈せずにここまで我らを運んでくれたのぅ・・・」


感慨を込めて述べられる一言一言が、役目を果たした船へと捧げる悼辞だった。涙を堪える背後に並ぶ空兵達でさえ、この艦長に比べれば11号との付き合いはずっと短い。マッシュ艦長の人生の多くはこの船で営まれた。それはまさしく家族と呼べる程に。


「そしてまた、お前は多くの船乗りを育てる揺り籠でもあった。部下たちもわしもまた、お前に守られながら海との付き合いを学び空に飛んだ。雨の日も風の日もお前の上で眠り、共に敵と戦った。」


空兵達から嗚咽が重なって響いた。無理もない。苦楽を共にした船は身内に等しいものだ。


「長い間ありがとうよ。いよいよ別れの時じゃが、願わくば、先に逝った者たちの魂をお前の加護をもって主神の元まで守り届けてくれ」


そう言ってマッシュ艦長が一歩下がると、それを合図にしてランフェルトが、旗艦と11号を繫げている空鎖をほどく。


朽ちかけた11号が、大空を風に乗って漂う。完全にそのシルエットが消えるまで空兵達はそれを見守るつもりだったが、そんな彼らの想いも一顧だにせずに11号が爆発してその姿が木っ端微塵に砕け果てた。


やがて日が沈み、マッシュ艦長が11号艦長としての最後の命令を下す。


「・・・これで弔いは終いじゃ・・・各員、次の持ち場に向かえ。」


*****************************************


「敵艦隊襲来!繰り返す!西方より敵襲!!」


西の水平線にずらりと並ぶ艦影を管制官がレーダーで発見した。拡声器で伝わる警報は陸地に海が入り込んだ湾の地形を利用していて、波の穏やかな湾内に作られたサマールル軍港に留まる空、海軍の艦隊すべてに轟き、クルー達が続々と駆けだした。


「西から?バカなの?風下なのよ・・・しかも今日は嵐。何考えてるわけ・・・」


サマールル旗艦飛行船の司令部で、レーダーを見ながらシイラ少佐がそう呟いた。報告が間違いないことを自分の目で確かめると、


「・・・陽動かとも思ったけれど、違うみたいね。数が揃い過ぎている・・・マジみたい・・・とても正気の沙汰とはおもえないけれど・・・」


ぶつぶつと1人で呟きながら彼女は思案する。敵将は自殺願望でもあるのではないのか?風下から攻めてくるという事は、飛行船乗りの思考に照らしても条件は不利なのは承知の事実だ。だからシイラはキラエル軍は風上、東に回って来ると思っていた。


風下の不利は飛行の不自由さだけではない、風上に比べて速度が出せないのも大きなデメリットになる。さらに魔装砲の飛距離は風上の方が伸びる。こちらはあせらず照準をあわせて撃つだけでかなりの戦果を挙げることができる。


この愚かな敵をどう攻めるか?もはや戦いすら成立しない。一方的な虐殺。集団自殺の類に加担するとおもうと深刻な憂いが沸いて来てしまう。


「全艦、出航準備完了!」


「いつでも出れます!」


「シイラ少佐!」


司令部で部下たちの声が響く。うっかりと感傷に浸ってしまった彼女は、切り替えて声を挙げた。


「出撃するわ!キラエルに私たちの強さを見せつけてあげましょう!」


「「「はっ」」」


応じる声が重なって唱和した。意志を1つにしたサマールル艦隊飛行船が、騎獣隊が全機、猛然と空に向かって飛び出していく。


*****************************************


「出てきたようだな。」


キラエル空運第1艦隊旗艦飛行船の司令部。管制官の背後に立ってレーダーを見るのはノーヴァン総司令艦長だ。レーダーに映る敵艦隊の様相を見て取っていた。


まず、出てきたのは、横一列にずらりと並んだ中型艦が16隻、彼我の距離にして10キロまで来たところで、一斉に停止した。進路はそのままで、キラエル飛行船とは違って向こうは魔装砲を正面から撃ち放つことが出来る。キラエルを待ち伏せるかのように、16隻は東の空上で縦一列の戦列で並ぶ。


「単縦陣戦列・・・エリーゼ嬢が言った通りだ。」


ノーヴァン総司令艦長の眼光が鋭くなる。キラエル艦隊が同じ戦列を組むのなら敵に横っ腹を晒しだす形で船体の向きを変えるほかない。砲撃戦を想定して構造上、側面に魔装砲を配備しているからだ。すなわち全艦砲撃を主体に置いている艦隊だと言える。さらに単列を組むのは味方の砲撃を妨害しない為である。


1列に展開させた16隻に続いて、その後ろには、2列横陣を組んだ戦列が展開している。およそ20隻。主力艦隊だと推測される。


「ノーヴァン総司令艦長。全部が・・・」


管制官が漏らした言葉に、周囲の空兵達が青ざめる。砲撃の猛威に晒された11号の姿が脳裏をよぎる。ノーヴァン総司令艦長は無言を貫く。ただ、東の空の向こうへと目を凝らすのみだった。


*****************************************


「う〜ん。やっぱりこのまま来るみたいね。」


強い追い風を受けて空を舞う騎獣隊の様子を眺めながらシイラ少佐は不敵な表情を浮かべていた。


「ちょっと可哀そうな気がしないでもないけれど、これは戦争。期待外れだわ。もう少し歯ごたえがあると思っていたのに残念〜。まぁ良い暇つぶしがてら全滅させて、あ・げ・る・。」


余裕たっぷりにそう言って、シイラ少佐は空兵達の様子を見守り続けた。キラエル軍艦隊が徐々に距離を詰めてきて、そろそろ砲撃の射程圏内に入る。その瞬間に「集中砲火」と命令を下すだけだ。簡単なことだ。あとは生き残りを騎獣隊に任せるのか?さらに弾幕を浴びせるか?悩ましい問題だった。


今か今かとその瞬間を待ちわびていると、


「え???」


管制官の驚いた声が響き渡った。


「は????」


その異常事態に気づいたシイラ少佐が管制官のもとに駆け付ける。


「なにこれ?!」


*****************************************


30分前の事だ。


全艦隊デッキ上で魔装砲を真上に向けて砲弾を放った。その砲弾の中には煙幕と砂塵が詰まっている。その砲弾を空中で爆発させる。これにより温められた空気が上昇し、熱上昇気流が発生する。煙幕と砂塵は風の流れに逆らって上空に舞い上がり敵艦隊に向かう。


その煙幕と砂塵は敵艦隊のレーダーを妨害する。これはレーダー波を反射する細かな金属片や繊維を散布することで、レーダーの画面に無数の偽の目標を表示させることで、キラエル艦隊を特定させることが出来ないという仕掛けだ。煙幕自体はレーダー波を効果的に妨害するわけではなく多角的に隠蔽する効果を担っている。


しばらくした後、騎獣隊を偵察に出した。危険な任務だが、敵艦のレーダーが機能していないことを確認しなければならない。そこで回避が上手い者が選任される。彼らは敵艦隊に近寄っていく。まだ砲撃はやってこない。まだだ・・・


そうして約3キロまで近づいた時点で光信号で味方に合図を送った。レーダーが機能していないと判断を下したからだ。


「射程距離が長いイコールこちらよりも精度の高いレーダーが相手方は持っているはず。」


と、言ったのはエリーゼだった。目視や双眼鏡と言った目測で長距離砲撃などできるわけがない。敵艦までの正確な距離、方位、速度がわからないわけだ。つまり目隠しをされたに等しい。


「行くぞ!」


「「「おう」」」


「全軍突撃!!」


ノーヴァン総司令艦長の号令が響き渡った。


*****************************************


サマールル空軍艦隊旗艦飛行船、司令部。レーダーが使い物にならなくなった部下たちが大混乱に陥る中で、シイラ少佐はわなわなと打ち震えていた。


「・・・レーダーを使えなくするなんて・・・やられたわ・・・」


悔し涙をにじませながら、彼女は拳を固く握りしめる。相手を舐め過ぎていた。止めようもなく後悔が頭の中を駆け巡る。


「・・・やってくれたわね・・・」


頬に伝う涙はそのままに、敵軍を強く睨み据える。


「・・・殺す。」


煮えたぎるような憎悪がシイラ少佐の口から零れた。天使のような彼女はいまや、般若のような怒りをそのままの表情に変えている。


「レーダーが使えないのなら、双眼鏡を持って敵を補足しなさい。砲撃準備!相手は必ず近づいてくるわ。そこに集中砲火!並びに騎獣隊全機出撃!食い止めなさい。全身全霊を持って!!」


彼女の命令を受けて、空兵達は動き出す。それがキラエル艦隊とサマールル艦隊の総力戦の開戦だった。


単縦陣を組んで並んだサマールル艦隊が16隻。


目測と双眼鏡頼りに轟音と共に、砲撃が一斉に火を噴いた。たった一発でも当たれば相手の中型艦を大破できる威力を誇る砲弾が次々とキラエル艦隊に発射される。


しかし、その全弾は全て相手艦に届く前に躱されてしまう。


「・・・うそ・・・」


敵軍にまったく損害を与えずに終わった一斉砲撃を、シイラ少佐は困惑と共に見届けていた。


敵艦を前にして焦って照準が狂った・・・わけではない。


相手艦はジグザグに動いて接近してくるのだ。照準が定まらないのだ。


「ちょっとタッキングしてくるんだから、予測しなさいよ。」


「え・・・?なんですそれ?」


その空兵の言葉を聞いたその刹那だ。まるで雷に打たれたようにシイラの頭の中に多くピースが嵌った。


「・・・これも・・・見越していたの??」


初めて体験するその衝撃に身を震わせて、彼女は膝を落とした。


*****************************************


「・・・敵軍も感づいた頃合いね。キラエル軍がなぜ風下を選んだのか?」


キラエル空軍艦隊旗艦飛空船の司令部で、エリーゼは敵軍の様子を眺めていた。その隣にはシルヴィ王女の姿がある。


「器用に操船するものだな・・・」


「海軍出身者なら誰もが知っている技術ですよ。タッキングといって、風を利用したものです。レーダーが使えない彼らは目測で狙いを定めて砲撃してくるわけですが、まず、彼らはレーダーに慣れ過ぎてしまったというのと、風上にいるおかげで思った以上に射程が伸びてしまいさらに狙いが定まりません。付け加えて、ジグザクによってこちらは相手艦に向かいながら接近していくわけです。砲撃兵の心情は穏やかではないでしょうね。」


作戦が上手く嵌った手ごたえに、エリーゼは満足そうに望遠鏡を覗き見る。


「今日は嵐の予報でした。強風と豪雨でさらに照準が定まらないでしょう。」


何も不思議なことではないと言わんばかりに彼女はそう説明してくる。


「・・・砲撃が当たらない理屈は解った。けれどなぜ向こうは対処できずにいるのだ?タッキングしてくるのがわかっているのなら予想をたてやすいのではないのか?」


エリーゼの口元が微笑む。


「敵艦隊は、海上経験者が少ないと見受けられます。タッキングという技術を知っているのなら次の行動予測はできて、砲撃も的確に狙いを定めてきていることでしょう。しかし敵艦はそれができない。ジグザクに動く的に翻弄されてますます接近を許してしまっている状況ですね。」


「うむ」


「11号の事を思い返してみてください。彼らは有効射程距離の優位性があるのにも関わらず、こちらの有効射程まで近づけさせました。なぜ?疑問に思いませんでしたか?敵艦だともうわかっているのですよ。わざわざ行儀よく待つ必要性はないですよね。じゃあなんでそこまで接近を許したのか?それは照準が定まらなかった他にないのですよ。」


シルヴィ王女は感心する。あの出来事でそこまでわかるものかと


「それに、通常1隻で偵察に及んだ場合、敵艦に発見されたら基本は逃げを選択するはずです。こちらは2隻。まず逃げですね。ですが向こうはよほどの自信があったのでしょうか?接敵しましたよね?こちらの戦力を把握したかったものもあったかもしれませんが、1機では少し怠慢ではないか。もしくは上官に褒められたいとか?功を急いたような気がしました。」


「・・・・」


「それを踏まえて、若い上官もしくは若い兵が多く集ているのではと判断したわけです。優秀な者たちだとおもわれますよ。空軍はサマールルにとってもまだ新設されてまもないはずですからね。」


「・・・魔導による動力しか知らず、風の有用性を疎かにしてしまっている。ということか・・・納得だな。」


「そうですね。風に頼らずとも進行方向に進んでくれるわけですから。ともあれ、これで向こうの優位性はなくなったわけですが、敵将は次にどう出るかですね。」


風と雨の勢いが強まる中。中型艦を操船する艦長達は、怒号と共に的確な命令を下していた。


キラエル艦隊の有効射程に近づくまで。いや、射程内圏内に入ったとしても高い操船技術が求められていたが、どの飛空船も悪環境の中にあっても1隻も遅れを取っていないのはさすがと言える。ミルキは改めてキラエル元海軍出身者の実力を肌身で感じていた。


「・・・」


彼女の視線の先で、砲弾が通りすぎる。先ほどと同じ光景だが、飛行船体から的外れなところに落ちていったが、今回は調度友軍との間を通り過ぎていた。


その光景が意味することは、偶然ならまだしも、狙ったものだったらと考えて、ミルキは思考を重ねる。


「相手が、線の攻撃ではなく、面として攻撃に切り替えてきた?やってほしくはなかったケースね。」


敵艦の指揮官が愚将なら。異常事態もこの状況を指を加えているだけで時間だけを無駄に浪費してくれていてくれただろう。名将なら、狙ってまともに的に当たらないのなら、友軍と共通する射程圏内に砲弾を集中させるだろう。面で捉えて攻撃を浴びせれば、当たらなくても牽制にはなる。こちらも砲身の方向角度から予測して動いていることもあり、それが通用しなくなる。つまりそのうちまぐれ当たりが頻繁におこるということだ。


「・・・砲撃準備!タッキングに合わせて敵艦を撃つよ!集中して!」


命令を受けた砲撃兵達が、照準を合わせる。ミルキは強風、豪雨に負けないように大声で指示を飛ばす。


「これから制圧砲撃を開始する。砲撃目標は敵艦の翼。タッキングのたびに目標が変わるから迷わず翼に集中しなさい。肝心なのは側面からの砲撃を牽制すること。意味わかるね?」


「「「はっ」」」


「このまま反航戦に陥るはずよ。砲身を1台でも潰しておきたいところだけれど当たれば儲けもんと思って撃ちなさい!」


「「「はっ」」」


中型艦に移乗したミルキは通信を使って全艦隊砲撃兵に指揮をくだす。


「斉射開始!」


攻撃命令では、タッキングするたびに1度艦の動きを止める瞬間を見計らって、砲撃の爆ぜる音が響く。有効射程圏内に入り、戦場はより過酷さを増していく。


*****************************************


「ひっ!?」


「うわぁ??」


「きゃぁ・・・」


単縦陣を組んでいるサマールル飛行船の中。側面に配置されている砲撃兵達の悲鳴が木霊する。負傷したわけではない、ただ近くに砲撃が当たっただけだ。


「っち・・・キラエルのやつらめ。側面に集中させやがって!」


「なんとかならないのか?反航戦であいつらをハチの巣にできないぞ!」


砲撃をしようにも仰角がまだ取れないばかりか、近くに被弾してくる。砲撃兵達の作業は滞るばかりだ。ミルキの狙い通りの展開になっている。彼女の目的は怯ませることだ。


「仕方ない。一旦砲門蓋を閉じろ!まだ砲撃は出来ないからな。装填準備は怠るなよ!」


指揮官が命じると、砲撃兵達はすぐに実行に及んだ。次々と閉められる中、彼らは船腹に当たる弾雨の音を聞きながら、砲身に弾を込めていく。


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巧みに飛行船を操り、隣り合う僚艦も同様で、いよいよサマールル艦隊に迫りつつあった。


「砲門蓋を閉めてくれてありがたいぜ!」


「ああ。あそこが開いたら弾が出てくるってことだろ?」


好都合な展開だった。なにしろ砲門蓋を開けない事には砲弾が来ないばかりか、開いたらそこを狙えばいいわけだ。


「油断は禁物よ!これから厳しくなるからね!集中して!」


戦況が予想通りに動いているとしても、敵前で油断は絶対にしてはいけない行為なのだ。


相手は中型艦を容易く沈めることが出来る砲撃を備えているのだ。だからこそ、


「空の上に逃げ場はないのよ。死にたくなければ、覚悟をもちなさい。」

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「命中なし・・・」


旗艦司令部から、シイラ少佐は敵艦隊への砲撃が未だに当たらない事を見届ける。いずれも狙いは狭まってはいるものの、損害にはいたらない。


「やっぱりダメか〜。まぁしょうがない・・・」


「次弾は必ずや当てるように厳命いたしましょう。」


隣に控えている副官がそう言ってくる。が、彼女は首を振った。


「ダメよ。逆効果になっちゃう。今のままでいいから、照準を定めて慎重にって命じて。当たらなくっていいから、どうしたら当たるようになるのか考えて次に繋げて撃つように伝えて頂戴。あ、そうそう側面側に待機している砲撃兵に盾になりそうなものを届けてあげて。」


レーダーは使い物にならない。こんな状況は今後も起こったとしてもおかしい話ではない。だって戦争中なのだから、ここだけが戦場じゃあない。


「大丈夫。この戦いは私達が勝つわ。」


「はっ.ご命令通りに!」


命令を受けた副官が駆けだす。迫りくる敵を鋭く見据えながら、シイラは冷静に次の手を考える。


「反航戦に移行したら1列に展開させた16隻は前進させて、その後ろの、2列横陣を組んだ戦列は横に展開して頂戴。皆。肝に銘じておいて、この敵は強いってね。」


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キラエルとサマールルの艦隊が距離が縮めていく中、互いに求めている方向性は同じようなものだった。最大効率の艦隊機動と制圧砲撃に対しては、最大効率の集中運用でそれを迎え撃つ。指揮官の判断力と兵員の練度、運不運が混ざった結果、結果がまもなくはじけだされようとしている。


「ぎゃぁ・・・」


「ひ、被弾被弾!」


何度目かの砲撃で、ついに最初の1隻が被弾した。シールド魔法をすり抜けてデッキに到達。幸いにも飛行能力には支障はなかったようだ。


「・・・」


「痛って・・・」


「負傷者だ。ポーション持ってこい!」


それから。次々とキラエル艦隊に命中し、ここにきて死傷者がでた。このうちの1隻は操船に深刻なダメージを負った。そしてまだ被弾は続いていく。


乱れ始める戦列を立て直しながら、キラエル空軍第一艦隊旗艦飛行船は敵勢力に肉薄する。まさに目と鼻の先だ。互いの空兵の顔まで判別できる距離だ。その間合いからの砲撃が旗艦に直撃する。シールド魔法でなんとか難を逃れた旗艦だったが、他の艦隊では2隻が沈んだ。被弾は8隻で飛行不可能が3隻。それでも


「ノーヴァン空軍司令艦長。残数38です。」


「上等だ。問題ない!」


計画通りに進み、被害も想定内、ノーヴァン総司令艦長は熱のこもった檄を飛ばす。


「突っ込め!!」


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現時点において、キラエル艦隊4隻を沈黙させた。他は被弾は認められるものの戦列は維持されている。


「やるわね・・・たったこれだけしか損害をださないなんて・・・・」


この結果を素直に認めるシイラ少佐だ。当初の見込みの甘さと、敵将の智謀を思い知らされる。だが、それでいて彼女は伊達に少佐になったわけではないのだ。


「砲撃中断。反航戦に移行する。作戦通り前の16隻は前進して風下へ。敵艦隊を包囲するわよ。」


通信兵から次々と指示が各艦に飛んでいく。さらに強まる風と雨が、次の局面を迎える。


「キーンス隊長頼むわね。」


前列の16隻が前進を始めた。それに巻き込まれる形で何隻かの飛空船が接舷かくやの距離でスレ違っていく。目と鼻の距離。キラエル艦、サマールル艦両者共に打ち合いがすれ違うまで続いた。それを抜けて敵旗艦を目指そうとしたところではたと気づく。キラエル艦隊を真ん中にして、サマールル艦隊の包囲網が完成しつつあることに。


*****************************************


その上空では、キラエル騎獣隊とサマールル騎獣隊の空戦は膠着状態を維持していた。隊長はランフェルトだ。巧みに指揮をだしているが、相手方も相当な練度のようで突破口が見えないでいる。


一方、ルールカ、レイニ、リナは別行動をとっていた。


3人の視界に広がるのは青い空、蒼穹だった。


雲を抜けて遠く、遥かまで広がる澄んだ空。大きく広い天空。空を見上げながらレイニはゆっくりと深呼吸をする。


レーダーが不具合を発生させたことを確認した3人は作戦通り上空まであがって合図と共に上空から奇襲をかけるつもりだ。


飛行機は魔法陣によって空気抵抗から守られている。それでも雲の上の飛行というのは難易度が高い。この奇襲でどれだけ敵を倒し、どれほど味方に貢献できるのか。


レイニはトリガーを見る。これを弾くだけで魔弾が発射される。自分に託された新たな力。


ゆっくりと深呼吸を繰り返す。与えられた任務は敵の無力化はもちろんのこと、何かのイレギュラーも兼ねている。


早く撃ちたい。心が逸る。狙った獲物を射程に収めた瞬間がとても高揚感がわく。トリガーを引く指先が、獲物を捉えるたびに微かに震え、全身を駆け巡る電流のような快感が、レイニの瞳を狂気にも似た輝きで満たしていく。脳裏には、標的が爆炎に包まれる鮮烈なイメージが焼き付いていた。


合図が来た。


アクセルを回すと、戦闘機は少し上昇して、そのまま一気に雲の中を突っ込んでいく。暗い雲は身を隠してくれる。激しい風、暴雨がさらに手伝い敵は気づきはしないだろう。


雲を切り裂き、戦闘機は敵軍の上へと飛び出した。まだ気づかれていない。


さらなる上空からの奇襲など想定外しかないからだ。


速度を上げ、ルールカ、レイニ、リナの3機の戦闘機は敵艦目掛けて降下していく。目標は旗艦。他とは違った立派な飛行船を見つけた。そこに向かってさらに加速する。


すると、たまたま空を見上げた空兵達が気づき始めた。


「おい・・・なんだあれ?」


「は?騎獣隊だろう?」


「味方か?いや・・・でも・・・」


気づいたところですぐに反応出来るわけがない。


空戦といえども雲の上からの攻撃はないという認識がどこかにあり、予期していない事態には咄嗟に行動はできないものだ。


空兵達の困惑の視線を浴びながら、3機は流星のごとく突撃していく。


「イクよ。」


射程圏内にいた旗艦を捉えた。さすがに護衛のような騎獣隊のほうでも気づきだしたようだが、もう遅い!


「GO!」


掛け声と同時に戦闘機から魔弾が放たれ、まず騎獣隊を襲う。翼に被弾した飛竜が悲鳴を上げ落下していく。さらなる追撃で旗艦を襲う。


次々に予想外からの上からの奇襲に完全にサマールルの艦隊は大混乱に陥った。艦隊方面でキラエル艦隊に向かっていた騎獣隊が気づいた時にはほぼ一方的な状態だった。


旗艦を狙い撃ちされた艦隊の怒りは一気に沸点へと達する。


「逃がすな!殺せ!あの変な3機を落とせ!!」


空に残っていたのは騎獣隊は数騎のみ。そこに慌てて3機に気づいた艦隊が砲撃を撃つ。3人はそれでも慌てない。


「来い!」


艦隊の大きさなんてなんのその。弾幕を空で機動性を活かして躱していく、決して遅れをとらない。それどころか合間合間に反撃を加えて、砲台に損害を与える。


そこではじめて艦隊は、この見慣れない3機がとんでもない相手だと理解し、無謀な行動をやめてシールド魔法を展開させ包囲に移った。


いくら戦闘機が空中戦での機動力に優れているとはいえ、囲まれてしまえばどうしようもない。はずなのだが、この3人にはそれが当てはまらない。


「こいつ!」


「なんだ?それは??」


「うわぁ・・・」


行く手を阻む騎獣隊を撃墜し、無理やりスペースを空ける。


翻弄され続ける艦隊。3機に全く対処できずにいた。


旗艦に急接近し、3機はその手前で急上昇させて空に舞う。


「このやろう!!」


「逃がすか!」


「おちょくりやがって!!」


砲撃兵が怨嗟の声をあげながら、砲撃の弾幕を斉射した。何100という数の魔弾が真っすぐに3人を追っていく。怒りに任せていた彼らはあまりにも無防備だった。隊列などもはやない。


そこに雲に隠れていたキラエルの戦闘機隊が襲い掛かった。


低空飛行からの船底にむけての一斉射撃。それが済むと戦闘機下部に取り付けてあった大鑑用の魔弾を投下。さすがは艦隊といったところか?被弾を確認できるが防御力が高い。深刻なダメージまでにはいたっていない模様だった。


一旦上空に上った3機が戻ってくる。


「戦闘機隊は付いてきなさい。」


「はっ」


ルールカはそう言って艦隊のさらに奥に目を向ける。そこから30騎程の黒竜達の編隊が向かってきていた。黒一色の黒竜隊だ。


「上位種の黒竜??」


「騎獣できるの?」


先頭を駆けるのは鞭と盾をもった男だった。その男はもちろん、後ろに付き従う黒竜隊は纏うオーラが別格だった。手ごわいそんな感想を抱くには十分な脅威だった。


「いくわよ。」


そう言ってルールカは2本の剣を抜いて、黒竜隊に向かう。


「続け!」


数は互角だ。


サマールル艦隊による弾幕の中で、ルールカと先頭を行く黒竜の隊長格が幾度か交差を交わす。その間に戦闘機隊と黒竜隊が割りこむ形で、そのままハイレベルな空戦が始まった。


あちらこちらで激しく上下左右に旋回して動き回る。完全に混沌とした展開になった。


戦力は拮抗しており、誰もかれも堕ちない。ゆえに戦況は乱戦。


「女だと?!」


「男だろうと女だろうとなんの問題はないわ。」


「違いねぇ。」


ルールカと鰐顔の隊長騎が距離を縮めて空中で近接戦を演じる。


「!」


「ちっ!」


そのそばで、咄嗟に回避して魅せた黒竜隊騎士は即座に急旋回する。その判断は正しかったようだ。背後にはレイニがついており銃口を向けていたからだ。距離をとって、危機を脱したと判断した黒竜隊騎士が振り返ると、するとそこには何もいなかった。


「なに??消えただと・・・」


その言葉が最後になった。真上からの複数の魔弾を浴びせられ、そのまま海上にむかって落下していった。


だが、そんなレイニの後ろから1騎の黒竜隊騎士が突っ込んでくる。レイニは直感で回避して魔弾を放った。しかし巧みに躱される。


「お前は俺が相手だ!」


そう言って魔装銃を放ってくる。


黒い髪に黒い髭。獰猛な顔。鰐男を見ていなかったら、この男が隊長格かと見間違えそうなほどのただならぬ雰囲気がある。


レイニもクルリと俊敏に回避してみせる。


「いくぞ!」


「!」


相手の黒竜は漆黒の翼を広げ唸り声を挙げながら空を裂く、レイニもそれに応じた。


強い。


弾幕を躱しながら、レイニは背後を取ろうと迫る黒竜隊騎士を感じながら、そう心の中で想った。


本気を出して振り切れない相手なんてルールカ以外は初めてだ。


しかも戦闘機の動きを予測し始めてきている。まずい・・・本当にそう思った。


「くっ」


迫る黒竜から急下降するも、それを予想されて背後を取られる。


「機動力、旋回力、スピード。なかなかのものだな。持って帰って土産にしよう。」


銃口を向けられるも、シザーズで左右に振って狙いを定めさせない。そこに予想外の攻撃が迫る。黒竜から放たれる炎のブレスだ。


焦るものの、ブレイクして急旋回で回避する。


「これも躱すか?!」


「・・・」


危機は未だに去ってはいない。


ヴァーティカルローリングシザースを決めて、距離を取りたいレイニに追い付いてくる黒竜隊騎士。


捻る込み。黒竜を振り切るために、戦闘機を急激に旋回させて黒竜を追い越し、同時に背後に迫ろうと試みても向こうも黒竜をねじ込むように素早く動く。


レイニは最大限に頭を回す。レイニが得意な分野は射撃なのだ。狙いを定めて撃つ。この動作の中で、刹那の判断を求められる経験はない。戦闘機に乗り始めてからは、あったとしてもルールカ相手の時だけだ。戦闘機の高い運動能力に助けられている。それを今盛大に実感している。


まずい・・・ルールカだったらどうする?ルールカ相手ならどうする?


そこでふっと閃いた。


「リナ!お願い!」


そう大声で叫ぶと、急上昇し、上空へ舞い上がる。黒竜隊騎士もそれに続く。


最高到達地点に達した戦闘機は、そのまま猛烈な勢いで下降を開始する。


狙うのは、追ってくる黒竜隊騎士。流星のように落下する戦闘機と追う黒竜がまさにすれ違おうとした瞬間


突如黒竜から炎が噴きあがった。黒竜隊騎士はレイニの行動を読んでいたのだ。その迎撃に心の底からしまった。と声をだすものの、瞬時に戦闘機をわずかに傾かせる。ほとんど本能に近い行動だった。


燃え盛る炎が戦闘機の機体を舐めるように通り過ぎていく。間一髪で直撃は免れたものの、炎の熱が機体を焼き焦がし、激しい振動がレイニを襲う。このままでは炎を避けた先に黒竜の巨体が迫る。


この絶体絶命の状況下で、レイニはここで賭けに出た。炎を回避しつつ、黒竜の横っ腹に戦闘機をねじ込むようにぶつけた。そして離れ際に魔反動砲が火を噴いた。轟音と共に放たれた魔弾が黒竜の巨体に直撃する。


しかし、その反動でレイニもまた、戦闘機を失い彼方に堕ちていく。


「まだだ!!」


落下するレイニを追いすがるようにして、黒竜隊騎士が迫る。彼もこのまま落下の運命をたどるのだろうにと思考が過る。


無意識だった。魔反動砲に魔弾を装填していた。


「落下で死ねると思うなよ」


落下するレイニを急降下で追いかける黒竜隊騎士。迫る騎士の殺意に一切の恐怖心を抱くこともなく。このまま落ちて死ぬとか。銃口がむけられているとか・・・


そんな事を考えずにレイニは自然と魔反動砲を撃った。


「・・・・」


放たれる魔弾。真っすぐに急降下する騎士に直撃した。急降下中にお互いが銃口を向けての刹那の最中。わずかにレイニの方が早かった。瞳に光を失った黒竜と騎士が共々堕ちていく。それを視界にとらえると同時にリナの姿が目に入った。


そしてリナがレイニを空中で抱き寄せて戦闘機の後ろに乗せる。


「・・・無茶しないでください・・・です。」


「リナ。ありがとう!」


仲間への信頼。そうでも言わなければとてもじゃないが出来ないことだ。レイニはそこでふっと安堵の息を漏らして、次第に興奮が襲ってきて・・・色々と漏らしてしまった・・・


未だに乱戦を繰り広げる戦闘機隊と黒竜隊のさらなる上空で、ルールカとキーンスは一進一退の攻防を続けていた。炎を避けつつ射撃を伴って接近しようとするルールカを、キーンスは巧みに黒竜を操って寄せ付けない。互いに決定打を欠いたまま、1対1の戦いは白熱の度合いを高めて乱気流の中へと戦場を移していった。


「他の黒竜とは違うようね。」


ルールカの口から黒竜を感服する言葉が零れた。暴風が機体を激しく揺さぶる。横殴りの雨が叩きつけて視界を奪う。ルールカは猛烈な突風にも微動だにせず、機体を制御し続ける。その様は技術を超え、風と一体化したかのようにすら見える。


「っち!」


旋回した瞬間、直前までいた場所に炎が躍る。この黒竜との戦闘にも慣れてきたが、問題は接近してからだ。黒竜に跨るその男もまた強いと感じさせる存在だった。大盾を持っている以上、致命傷を避けて懐に入ることは至難を極める。


「っち」


唐突に襲ってくる鞭の攻撃。ルールカはそれを剣で跳ねのける。これも厄介な存在だった。何度目かの交戦で掠れてしまい彼女の左腕からは、今なお真っ赤な血が流れ続けている。


「・・・!」


一旦距離を取ったルールカの全身を痺れが襲う。抑えきれない胸の高鳴りでルールカの魂が歓喜に奮える。この感覚は久しぶりに感じるものだ。ともあれまだ戦闘中という事実を忘れているわけではない。


黒竜が動き出す。その動きに合わせて戦闘機で炎を滑らかに躱し詰まった間合いでカウンター・・・


「な・・・?」


彼女の視界で、黒竜が大きく尻尾を振った。追い風を纏ったその巨体で時計回りに回転し、尻尾で薙ぎ払ってきた。うなりを上げる鞭のようにしなる一撃だったが、ルールカは間一髪避けることに成功して魅せた。予想もしなかった攻撃だ。


息つく暇もなく旋回する。今度は紙一重だった。右から左へ急旋回。かすめるように鞭が襲ってきた。そのまま右に逃れていれば確実にダメージを受けていただろう。


「いいわ・・・」


蠱惑的に笑みを浮かべて、ルールカは相手を見つめる。


さらなる苛烈を極めた攻防が続く。


「疾っ!」


ルールカが降り下ろす2本の剣が何度とも知れず空を斬る。受けるダメージを無視して彼女は強引に超接近を選び、そのたびに左右から2つの剣を煌めかせるが、大盾で頑なにふさがれ続ける。


双剣に合わせる形で鞭が縫うように襲い掛かる。ルールカの的確且つ迅速にして大胆な剣戟にキーンスは感嘆の声を挙げる。


「よくやる・・」


ルールカは隙あらば、戦闘機から飛び跳ねて斬撃を繰り広げる。宙に舞い風のようにして戦闘機に着地。さながらアクロバットだ。その曲芸じみた戦闘も次第にキーンスから余裕を奪っていく。


彼女は五感を最大限に研ぎ澄ませて、荒れ狂う乱気流の中で確かに、風を雨を味方に有効に操りだした。天与の才能。環境と感性を直接繋げてのける。雷神、風神の加護でも授かったかのような動きの変化。


「いい加減にしやがれ!」


背中に悪寒を感じて、キーンスは盾ごと突っ込んだ。右に左に逃げるしか退路はない。それを先読みして鞭を同時に突き出した。が。その両方とも空を切る。


「おぉ?!」


間髪入れずに頭上から2つの剣が襲ってくる。大盾に手をかけて、それを起点に宙返りの形で斬撃を見舞ったのだ。キーンスに出来ることは、とっさに鞭を捨てて、大盾で防ぐことだけだった。


空に舞ってどこかに風に運ばれる鞭を横目にしてキーンスは1度間合いを取り直した。眼前にはすでにルールカは戦闘機に着座している。あの宙返りからしっかりと戦闘機に戻れたらしい。


全身冷や汗だらだらのキーンスに対して、彼女の方は誘うように、挑発的に笑みを浮かべている。


「こいつ・・・」


鰐顔の口元が引きつった。この悪環境の中で黒竜の体格は暴風だろうと豪雨だろうと、影響は確かにあるが、目の前にいる変な乗り物に比べれば軽微なものだ。使い慣れた鞭と盾、シイラ少佐から託された自慢の黒竜。全ての条件がキーンスを最大限に有利をもたらしていた・・・いや、はずだった。


ピンクプラチナのサキュバス。先のセイギ少佐との攻防戦でその存在感をサマールルに強烈な印象を与えたその名は「ルールカ・アンチュア。」王国の剣と呼ばれる家柄の娘だ。


カイ騎兵隊長から話はきいてはいたが、実際に肌で体験して腑に落ちる。嘘でも誇張でもない想像以上の女だ。


大盾から魔装銃を取り出す。銃口を相手に向けようとして


「私、飛び道具ってなれないのよね。」


そう言って彼女は魔反動砲を同時に向けて、放つ。キーンスは咄嗟に避けてすかさず撃ち返した。それを首を傾けるだけで躱して魅せる。


「なっ!」


音速でしかも至近距離からの魔弾をまるで、ボール遊びでわざわざ身体を動かして面倒だから首だけ動かして避けてみたといわんばかりだ。彼女には弾道が見て取れているのかもしれない。


「なんてやつだ・・」


魔装銃で牽制しながらキーンスは後方に下がる。黒竜に指示して彼はそのタイミングを見計らった。この女を仕留めるための奥の手を。


「お前の強さは認めてやるよ。ずば抜けた戦闘センスと洞察力。この乱気流の中じゃあなければオレとこの相棒はもうとっくにお前に敗れていただろうな・・・だがな」


そう言い放つと、黒竜が口を開く.周囲の光が吸い込まれていくかのように、絶対的な闇はそこにはあった。そしてその闇の中から炎「深淵の炎」が解き放たれる。


殺った!


キーンスはそう確信した。この深淵の炎は使いどころが難しい。物理的な形は持たず、対象を包み込むように広がり、触れたものは音もなく跡形もなく消滅させる。破壊を具現化したその力は対人戦でなおかつ戦争で使用するには躊躇いと躊躇が織り混ざり合う。使い処はシイラ少佐の許可が必要になる代物だ。それをキーンスは無視して使った。それほどまでの脅威だと思えたからだ。あとで何と言われようが、証拠がない。キーンスが黙っていればいいだけの話しだ。とは、思うが彼も軍人だ。心が痛む。


「―――ふぅ・・・」


未だに暴風、豪雨が吹きあられる乱気流の中、彼は視線の先を見る。彼女の成れの果てを、そして悪夢を見る。


ルールカは深淵の炎に向かって、1剣が炎を両断し、もう片方の1剣で穿つ。その破壊の奔流は、2つの剣の閃光を前にして退けられた。


「・・・な・・・」


その神業に、絶望的な美しさに、状況も忘れてキーンスは見惚れてしまった。


その時だ。暗い空を稲光が白く染め上げた瞬間、まるで天罰のように黒竜の身体に激烈な風圧が襲い掛かった。漆黒の鱗は軋みをあげ、烈風を受けた翼は黒竜を伴って空に舞う。それは一瞬の出来事であり、キーンスとルールカは何の抵抗も許されなかった。


「・・・・」


「くっ・・・」


互いに不意を突かれた豪風に思わず苦悶の表情を浮かべる。


我に返ったのが早かったのは黒竜に跨るキーンスだ。黒竜の図体のおかげもあってこの予期しなかった激しい上昇気流に翻弄されながらも、ルールカの姿を見つけ出すことが出来た。彼女は振り落とされることなくしがみつく形で戦闘機に乗っている。だが、それは儚く木の葉が舞うかのようなそんないつでも壊れてしまいそうなボロボロに様変わりしていた。


無理もないと、同情心が沸き上がった刹那だ。今度は真下に劣悪な暴風が圧迫感と共に襲い掛かってきた。キーンスは戦慄する。為す術がないからだ。


このままでは下降気流に呑まれて黒竜共々命の保障がない。その末路を避けたければ、どうするのか?彼は黒竜にしがみ付き己を小さくして耐え忍ぶ他なかった。


「耐えろ・・・」


そう願うキーンスのその視界の端に信じがたいものが映る。


「―――な???」


身を縮めて耐えるしかない。黒竜ですらこの脅威にさらされて怯えているその脅威に、彼女がそばにいた・・・


「疾っ!」


上昇気流からのいきなりの下降気流の中、彼女の瞳は爛々と燃え盛っていた。ある種の狂気なのかもしれない。疾風のように駆けより、黒竜目掛けて魔反動砲を1発、2と撃ち込んだ。


黒竜の絶叫が響き渡る。魔反動砲の衝撃が黒竜の身体を激しく突き抜ける。このまま決着をつけるためルールカはさらに追撃を加えようとするも、神のいたずらか?またしても風の方向が強引に変わる。その横からの暴風がルールカと黒竜の位置を変える。先ほどの痛みがまだ残っているようだが、黒竜はルールカを見つけると、激しい咆哮を挙げた。彼女との距離はわずかだ。そのまま黒竜は食い尽くす勢いで差し迫る。


「!?」


ルールカもそれに気づき、瞬時にその判断を下した。アクセルを全開だ。逃げる。という行為ではない。後方乱気流を意図的に発生させたのだ。


この後方乱気流をまともに喰らった黒竜は、その巨体にも拘らず、一瞬バランスを崩し、錐揉み状態で落下する。強烈な衝撃とねじれによって黒竜の飛行能力を失い、翼や鱗は無残に引き裂かれ完全に方向感覚がなくなった黒竜は高速で回転するコマのようになって墜落へと向かった。


ルールカもそれに巻き込まれる。乱気流の中で後方乱気流を発生させたわけだ。どうなるのかは誰も予想できず。もちろん彼女だって知らなかった。結果は一緒に落下した。命のやりとりだ彼女はこの戦闘に満足気に終始恍惚とした表情をしていた。


やがて、サマールル艦隊のデッキにそれぞれ、黒竜と戦闘機が衝撃と轟音と共に堕ちた。


黒竜に守られる形でキーンスはまだ生きていた。すぐにでもやってくるだろう敵に対して迎撃の態勢を整えたいところだったが、生憎と身体の方がいう事を聞いてくれない。身体中の骨が折れているようだった。


「・・・」


なら、敵の姿が現れ次第、自爆してやろうと心に決めた。そう決めて待ち構えていると、彼の視界にピンクプラチナの髪が現れた。


こちらに2本の剣を杖代わりにしてやってくる。彼女もボロボロだ。そりゃそうだとキーンスは笑った。自爆はあとにしよう。彼女と言葉を交わしてみたくなった。


「まだ生きてる?」


彼女はキーンスの傍まで来てまずそう聞いた。


「あぁ・・・なんとかな」


「そうなら良かった。まだ戦う気はある?」


「・・・それは降伏しろってことか?死ねってことか?」


「違うわ。もう勝敗は決してる。」


確かに彼女との一騎打ちの勝敗は決している。だが、それはサマールルが負けたという意味には繋がらない。まだシイラ少佐がいる。彼女ならまだまだ戦えるはずだ。だから自分は足を引っ張らないために死ぬまで最後まで足掻く。


「まだだ。終わってない。俺は負けたが、まだ艦隊戦が残っている。シイラ少佐が諦めるものか!殺すなら殺せ。お前に殺されるなら本望だ。」


強い口調で反論する彼に、ルールカはかぶりを振った。


「あれ見て。見ればわかるわ。」


そう言って彼女が示したのは風下の方向。サマールル艦隊16隻がキラエルと入れ違いに入って回り込み包囲戦に変わった空域だ。今なおキラエル艦隊と激しい砲撃戦が繰り広げられているはずの場所。そこをとにかく見ろと言う。苛立ちを覚えたが、とりあえず相手の意図がわからないので視線を送って・・・数秒間、キーンスは固まった。


「わかったでしょう?もう終わったの。」


「ふふふ・・・完勝だな。」


キラエル空軍艦隊旗艦司令部の中で、シルヴィ王女の笑い声が聞こえる。風下に隊列を組んだサマールル飛行船がそれぞれ白旗を挙げている姿に上機嫌だ。


「エリーゼ。さすがだな。策が嵌りにはまったようだ。」


「まだ終わっていないので油断は禁物ですよ。とはいえ、残存艦24隻に加えてサマールル艦が10隻確保。向こうの指揮官が継戦を望んだところで時間の問題ですが」


「あぁそうだったな。油断は大敵だ。ふふふ・・・」


そんな王女様が乗る旗艦の周囲には隊列を整えたキラエル艦隊が勢ぞろいし、サマールル軍港に集結している敵艦隊を包囲している。風下には白旗を掲げたサマールル艦が10隻。騎獣隊は損耗は激しいものの、サマールルに比べれば問題ないレベルだ。


「やってくれるとは思っていたが、この手際は素晴らしいものだ。」


シルヴィ王女の感心した言葉にエリーゼも同意をする。


「接触しそうなほど近づけて、速やかに潜入、司令部を制圧。軍服に着替えてそのまま何食わぬ顔で飛行する。言うのは簡単ですけど、実行となると並大抵の技量が必要になります。まずクルーにバレないように潜入しなきゃいけない。成功したのなら適切な人員を各所に配備する必要性が生じます。構造も取り回しも違う敵国の飛行船を取り扱う・・・そのために教育を受けてきた空兵達。」


「ふむ。司令部を制圧してしまえば簡単なことだけ事前に教育を受けさせておいて、後は手探りだったのだろうな。」


「サマールルは敵艦の拿捕、転用など一切考えていなかったと思いますよ。それを見込んでいたのなら、どこかの艦で白兵戦がきっと起こっていますからね。」


「近衛騎士団も活躍したのだろな。しかし、やはりノーヴァン総司令艦長の采配には素晴らしいものがあった。この短時間でこの成果。空兵達の練度も凄まじいものがあった。」


「結果だけみれば大勝なんでしょうけれど、実際に参加した艦長達は今頃ほっとしていることでしょうね。お酒でも大判振る舞いしましょうか?」


「ふむ。それはいい。ノーヴァン総司令艦長には私からそう伝えておこう。」


*****************************************


「わかるでしょう?残りは私達だけ。もうこの状況じゃあひっくり返せないわ。


望遠鏡を覗き込んだ副官に、シイラ少佐は重々しくそう伝えた。彼女の目論見は、敗北を認めてクルー達の説得にほかならない。


「ここで籠城戦をやったところで、騎獣隊で補給路を潰されて結局、時間が経てば私たちの負け。無駄な損耗を私は望まないわ。このまま白旗振った方がいいのよ。」


「・・・・」


「それでもあなた達が最後まで戦い抜くっていうのなら、私は構わない・・・援軍を期待して戦い抜きましょう。軍港に籠ってしまえば時間は稼げるはずよ。」


シイラ少佐はクルー達に詭弁を弄した。ようは彼らに選択肢を与えておいて、選択した先がここで敗戦という形にしておきたいのだ。


「キーンス隊長がまだいます。あの人ならこの逆境でもなんとかしてくださるのでは?」


ようやく副官は苦い面持ちで言う。


「そうね・・・キーンス隊長がいるのなら籠城戦でも勝てる見込みがあるわ・・・でもね・・・彼が騎乗した黒竜がやられちゃったのよ。だからつまり、期待できないってこと。」


黒竜のテイマーなシイラは実際に見ていなくとも、魂のつながりみたいなもので黒竜と意志を共有できる。共有できるからこそわかるのだ黒竜がほぼ全滅していることに。


「・・・騎獣隊の方も?」


「そうね・・・被害は出ているようだけれど残存はしているわ。でもこれも時間の問題ね。」


「・・・」


最後の望みも消え、もはや彼の気力が切れた。そんな彼らと向き合いながら彼女は内心で謝った。この戦力で勝たせてあげられなかったことを。


「全責任は私が取るから、心配しないでいいわ。捕虜になると言っても衣食住は保障してくれるはずよ。戦時条約ってもんがあるからね。」


彼女のその言葉に全クルーが膝をついた。


*****************************************


それから数時間の後、空戦を制したキラエル艦隊は、シイラ少佐の降伏を承諾。入港と同時にサマールル海軍とも交渉。その結果。制空権、制海権はキラエルが奪取した。



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