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嫉妬のバジリスク

討伐隊がほぼ全滅になったわけだが、これが全ての戦力というわけではない。こういったことも想定しての援軍は用意してあった。デンルークだけではなく他の地でも示唆行為も含めての冒険者達が合流する。


道中、ダッチに跨りバジリスクの情報を伝える。その都度必要な物資を冒険者達を纏めるアナークが調達の指示を出して送り出す。


こうして冒険者たちから情報をもとにして、バジリスクと遭遇したポイントに赴き討伐を果たす。最初に遭遇したバジリスクの経験をもとにして本体を探しながらの攻防戦。5人のプラチナクラスだ。攻略方法が解ればそう苦も無く倒すことができた。その都度冒険者たちには、負傷者が出るが、各地からの援軍と入れ代わってもらった。


都合7匹目の討伐が滞りなく済む。途中、人に化けたバジリスクが冒険者たちの中に紛れていたという事件はあったものの、アサミからの情報は聞いていたので問題なく対処している。


反時計回りに回って一周したところで、冒険者たちの情報がなくなった。つまりこれでバジリスクの脅威がなくなった。というわけでもある。


しかしだ。地図で出現場所を目印にして点で結ぶと七芒星になる。その真ん中にはまだ探索された形跡がない為、捜索は続行される。


「整理してみようか。」


キラエルを中心となって5人とアサミ、ミルキが車座になって作戦会議が始まった。


「これよりバジリスクが発生した中心地へと向かう。恐らくだ。ここにバジリスクの大本が存在していると思われる。これを殲滅する。」


そういって周囲に視線を送り、車座を見つめる50にも及ぶ冒険者を意識する。


「前のバジリスクとはレベルが違う。強敵だと思われる。経験則がまるで通用しないかもしれないし、こちらの犠牲も覚悟してもらわないといけない。」


「―――」


その言葉に全員が沈黙で応じる。否定的なものではなく、全員が高い意識を持っての肯定的なものだ。


「バジリスクを、悪夢を、災いを、忌まわしい記憶をこれでここで仕留めて終わらせよう。そのために俺に出来ることは出し惜しみなくすべて出すつもりだ。だから皆も・・・。」


「―――」


「死力を尽くそう。一緒に大事な人たちを守ろう。」


キラエルのその言葉に応えるようにして冒険者達が各々の武器を掲げる。ちょうどそれは朝焼けの時間に光の世界を作り出した。


ここまでの戦闘を経て、バジリスク討伐隊の装備は当初と比べて進化を遂げている。


バジリスクを討伐するたびにドワーフ達の手によって武器、防具を叩き直してより特化した代物になっている。石化や毒といった状態異常にも完全ではないが、バジリスクから採れる素材を組み込むことによって防げるようになった。武器にしてもそうだ。硬い鱗でさえも容易く斬れるし、刃こぼれさえ起こすことはない。


回復薬や状態異常無効のポーションも進化を遂げている。回復薬は体力が大幅に回復し、石化、毒は時間はかかるが状態を完全に無効化できるようになっている。


ダンジョン産の素材とバジリスクからの素材を組み合わせることによって新たに生まれた産物。これらを使用した者たちからの動揺は大きい。彼らが知る常識を覆すものだから、簡単に受け入れる方が難しい。魔力に染まった素材がこれほどの代物だったとは誰もが想像できていなかった。


これらを作成しているドワーフ達はというと、素材は素材、出来るならそれでいいと割り切って柔軟に受け入れている。職人としての本懐というべきだろう。


さて、ここで石化、毒に対しての状態異常への対処は心配しなくてもよくなったわけである。そこでバジリスクに対して有効的にダメージを与える為に編成を組み直しが必要になってくる。デンルークの騎士隊がほぼいなくなったわけであり、自然と指揮はキラエルへと委ねられることになった。


主力は変わらず5人で問題はない。その5人を掩護する形でアナークと呼ばれるゴールドクラスの冒険者が指揮官として他の冒険者たちを流動的に臨機応変に行動、考動してもらうことに話が纏まった。アナークはキラエルとクエストなどで一緒に行動を共にしている経験もあり、これまでの戦闘で人を動かすのが上手いので適任されることになった。


ドワーフ達は変わらず離れたところから観戦してもらうことになっている。万が一の場合もあるので前線には出てもらうわけにはいかない。


小休止を兼ねての作戦会議を済ませると、中心地への道をダッチに跨ってひた走る。


廃墟と化した村落を発見し辺りを手分けして調べ始める。見渡す限り生きる者だけが全ていない精気が一切感じられない世界。しかし、次第に皆の方向は同じ目的地に足取りが向く。誘うように誘われるようなそんな感覚にそこに導かれていく。


廃墟を抜けて視界が拡がり、肌に渇いた風が吹いて、足を踏み込む感覚は岩肌を感じる。細めた視線の先を見れば、小さな女の子が立っているのが見えた。


この状況下で普通ではないだろうとは誰だって思うだろう。


「あの人の成功を素直に喜べない…」


両手で顔を覆い、女は呟いた。かつて、誰かの輝きをただ羨むことしかできなかった自分。その無力さが、いつしか憎悪へと変わっていったのだ。彼女の心には、常に他者との比較があり、満たされない承認欲求が渦巻いていた。その歪んだ感情が、このおぞましい姿へと変貌させたのかもしれない。ボロボロの肌着をはためかせて、頭の上では蛇が蠢いて威嚇を孕んだ視線で相手を眺めながら・・・


「他の女性と話しているのを見ると許せなくなる・・・」


その細い体が、制御不能な震えに襲われる。喉の奥から絞り出されるような声で、「あぁ……才能が、欲しい……」と、彼女は虚ろな瞳に涙を浮かべ、頬を濡らした。その涙は、憎悪と自己嫌悪、そして満たされない承認欲求が混じり合った、熱く粘りつくような感情の雫だった。


「悪気はないのよ……けど、意地悪してしまいたい……」


囁くような声は、まるで自分自身を慰めるかのようであり、同時に、世界への呪詛でもあった。彼女の両手の爪が、自身の顔に深く食い込む。皮膚が裂け、鮮血が筋となって流れ落ちる。その痛みすらも、彼女にとっては、自身の存在を確かめるための甘美な刺激に過ぎない。血の匂いが、彼女の狂気をさらに煽り立てるように鼻腔をくすぐる。


「もっと……もっと、私を見て……」


自傷行為を繰り返すその姿は、痛々しいほどに脆く、しかし、その狂気と歪んだ欲望は、見る者を背徳的な魅力で絡め取る。彼女の瞳の奥には、他者への嫉妬の炎が燃え盛りながらも、誰かに愛されたい、認められたいという、満たされない少女のような願いが、醜く蠢いていた。


「私を見ないで・・・」


何度も何度も顔を引っ掻き続けていたかとおもうと、ぴたっと動きを止めて、


「私だけ無視しないで・・・」


その目を大きく見開いて、その場に集う5人を見上げる。その乾いた視線に怖気が沸き立つ。


「あぁ・・・狂おしい・・・」


そう言うと、唇を噛み潰し、血がだらだらと流れだす。


もはや、支離滅裂だ。何を言いたいのか?何を伝えたいのか?バラバラでまとまりがなく理解しがたい。息を詰めて声を飲み込む、その狂的な狂態をいつまで見守るのか?


「あは?アハハ!あはははははは・・・・」


いきなりだ。突然その女は嗤い始める。顔をぱっと輝かせてその場で弾むように笑いだす。沈黙を選択していた一同は一瞬呆然とする。


「あは。アハハ!あは??」


血走った目を向けて、身体を左右に均等に傾けて、その女は見る。


「嫉む、羨む、羨望、嫉視、やっかむ・・・憎しみ・・・恨み・・・不満・・・苛立ち・・・疑い・・・」


そう言い切ると、頭の蛇たちが5人目掛けて伸びあがってくる。真上から、真下から、真横から、四肢を絡め取り、首に噛みつき、血を求めて、


だが、


その無数に迫る脅威に対して、紙一重で身をよじり、左右に跳び、躱す。


予期していたにせよ数は凄まじい。襲い掛かるスピードは速く、虚を突かれた形だったがプラチナクラスの5人にとってはなんとか対処できた。


もちろん危険だとわかっていて近寄った。離れた位置から悠悠と攻撃に転じればいいだけなのだが、バジリスクの本体を見極めるために相対することを選んだわけだ。


いまだに100を超える蛇の脅威が迫りくる。次第に数が増え、スピードが増す。絡め取られればあっという間にそれで一巻の終わりのその刹那を掠めながらも、回避し続ける。


「・・・・」


それをそれまで無言で眺めていた女が、ぎょろつく瞳を見開いて、舌を出してチョロチョロと蠢かせて口元を歪めた。


すると影が大きく膨れ上がる。その陰の中から7匹のバジリスクが現れた。これまでの最大級の大きさだ。それが鎌首をかかげて、四方八方へ襲い掛かる。


それは5人だけではなく、周りに陣取っていた冒険者にも及ぶ。


「来るぞ!」


獲物を求めて、その凶悪は、アナーク率いる冒険者達が迎え撃つ。視界を埋め尽くさんほどの大蛇の猛攻を前にしても動じない。崩れない。抜けさせない。


大地に根を張るかのように、バジリスクの猛襲を浴びても決して冷静さを失ったりはしない。全力で必死に食い止める。


「―――」


舌を伸ばし、醜悪に顔を歪めて、血を口から垂れ流しながら女は何かを叫んで大蛇の群を差し伸べる。圧し寄せて津波のように視界を覆いつくす猛威のそれが、5人のプラチナ冒険者を覆いつくし圧し潰そうとする。その刹那。


「!!!!!」


各々が持つ武器の輝き一閃、迫りくる大蛇を根こそぎ斬りはらっていく。


きらめきが散りばめられる。魔力を帯びた刃が矢が、軌跡を描いて輝く。


「―――」


何かを喚き散らし、女の髪の大蛇たちがさらに爆発したように膨れ上がり、衝動のままに猛襲をばらまく。


その暴威を前にしても、5人は大蛇を斬りあげ、両断し、消し飛ばし打ち払う。


激突、衝突はすでに数十、数百にも及ぶ。


斬撃が繰り出されるたびに大蛇は霧散し、塵となって消える。1匹、まとめて数匹が消えるたびにまた生えるようにして再生される。無尽蔵に湧き上がる大蛇を手あたり次第始末する。迎え撃ち、応戦し、回避を選択する。5人が揃ったように戦場を舞ながら駆け抜ける。


「―――」


空気を斬り裂き、迫る大蛇の数は増える一方。消しても切り落としても無駄だった。それでも彼らは傷1つ負うことなく紙一重の攻防戦を繰り返す。


「そろそろ飽きてきたな。」


「本気で行くか?」


「「「あぁ」」」


キラエルがそう言うと、アンチュアが応えて、3人が同意する。


その瞬間だ。身を低くしたキラエルが夥しい数の大蛇の中に突っ込んでいく。滑るように潜り、真下からの斬撃でまとめて薙ぎ払う。霧散し、塵となった隙間に即座に切り返し、持つ槍が煌めく。


弾丸のように跳躍して、アンチュアの身体が宙を飛ぶ。双剣の軌跡が旋風を巻き起こし縦横無尽に大蛇を斬り刻む。


大蛇の頭を蹴りつけ、宙返りをして距離を稼いだペルニウスが、最小限の動きで弓矢を放つ。魔力を纏った矢が煌めき放って大蛇を纏めて葬る。


ハインツは跳躍と着地と合わせて斧を降り下ろし、斬撃と共に圧し潰す。押し寄せる大蛇の波が遠ざかる。


シュークルトは無数の盾を空中に展開させてそのまま落下させたり旋回させたりと大蛇を翻弄させる。盾職の利点は守ることに特化しているわけであり、その盾の強度は凄まじいの一言だ。


どんなに殺意、憎悪、敵意があろうともすべてにおいて防ぎ、阻む。そんな盾が降り注いだらとしたらどうなるのか?答えは見るよりも明らかだ。


駆ける。跳躍。滑る。斬りこむ。踏み出す。飛び。前へ。搔い潜り。踏み止まり。すり抜け。回り込み。身を反らす。突っ込む。跳ねて。蹴りつけ。殴りつける。


斬り落とし。斬り払い。突きこみ。斬り上げ。流し斬り。薙ぎ払い。穿ち。両断。閃かせ。振り落とし。斬り飛ばし。斬り刻み。


斬撃。打撃。射撃。反撃。爆撃。迎撃。突撃。弾撃がおどろおどろしい覆いつくさんばかりの大蛇の群を塵にへと還していく。舞うように戦う彼らは現実感を失うほどに美しくどこか幻想的だった。


「―――」


歯をむき出しにして、女の表情が怒りに染まる。


「アンチュア!」


「わかっている!!」


踏み込み、大地が抉れてアンチュアの身体が駆ける。


女が絶叫をあげてアンチュアに大蛇を向ける。が、


「!!!」


槍、斧、矢の先端が魔力を帯びて世界を照らす。3人が持つ最大級の火力。


一瞬の間をアンチュアが生み出した刹那の空白の時間に、女の胸に突き刺さった。


大蛇はその余波で消失し、女は激情を露わにさせて両膝を地に付けた。


その女目掛けて、駆けだすシュークルト。シールド魔法で足場を作って迷いなく真上に跳び出す。女はシュークルトの狙いを阻止するべく四方から大蛇を捕まえ、自分自身を守るようにして固める。


「斬る!」


疾走。


「切る!!」


アンチュアの2本の剣が女の首を撥ねる。首と胴が離れた瞬間に、大蛇の障壁が霞む。そのままシュークルトが圧し潰すようにして落下して女を圧殺。


それでも女は、血を吐きながらも、もがき、足掻き、手足をばたつかせて、その双眸が狂気に満たされた両目が、殺意を降り撒き、狂笑が辺りに響く。


「KILL!!!」


次の瞬間、アンチュアが止めを刺した。ぷつりと糸が切れた人形のようにして首と胴が離れ離れになった女の身体の動きが止まった。目からは光を失い、だらりと力が抜けた肉体からは一切の生気が途絶える。


「終わったな。」


その一言をもって、この討伐に終止符が打たれた。


「終わったみたいね。」


「うん。」


離れた場所から戦闘を見守っていたアサミとミルキがそう言葉を交わす。


激闘に次ぐ激戦の末の決戦だった。と、そんな感想が脳裏によぎったところに、ふいに背筋に悪寒が奔った。


「アサミ!」


その呼びかけに切迫した感情が纏っているのを感じ取ったアサミが、


「な・なに?突然?!」


「なにか嫌な感じがする・・・」


その警戒を促す言葉に、アサミは息を飲んで辺りを見渡す。


だが、なにもない。起こらない。けれどミルキのその表情を読み取って手綱を握りこむと


「一旦、合流しましょう。」


言って、馬車を動かした。ドワーフ達は無言で背後についてまわり警戒をする。


その直後だった。地面がめくれあがり、それが現れた。


「アサミ!」


「わかってるって!!」


振り返る暇も惜しんで馬に鞭を入れる。


おぞましい、おどろおどろしい、禍々しい。


背後に迫るそれは、一言で言えばバジリスクだった。だが、その存在は常軌を逸している。傷ついた血が辺りに滴り落ちる。内臓は露出し、鱗ははだけて肉が見える。そして何よりもおぞましいのがバジリスクの頭部が人の顔だったことだ。


死骸、死体、骸、女とバジリスクの肉体同士がくっつきあい歪な化け物。それが地中から這い上がってきて吐息を吐きドワーフ達を石化する。間一髪でその難を逃れた2人を乗せる馬車が駆け抜ける。


石化はされたものの、ドワーフ達の姿は壊されてはいない。あとで薬をかければ元にもどすことは出来そうだった。ほっと安堵の息を吐くが彼らを壊さないためには方向転換するほかなかった。つまり、皆が集っている場所からは正反対に進むことになった。


背後に迫るその脅威から逃亡するため、馬車はさらに速度を上げていく。しかし、そのバジリスクはそれを上回る。狂気を帯びた執念なのか執着心なのかなんなのかわからないが、必死に追ってくる。歪で醜い嫌悪感を纏ったその存在は、


「ミルキ!」


「振り返らないで!前だけ見て!!」


2頭の馬が全速全開で走る。つまり、もうこれ以上は速度が上がらないということだ。


「ルールカの・・・ように・・・私もあんな風に・・・なりたい・・・・」


「・・・・」


バジリスクの女が口を開いたかと思ったらそう絶叫する。それを聞いたミルキの胸の奥がズキッと痛む。


地を這って物凄い勢いでバジリスクの女が迫りくる。その鼻先がわずかに荷台を掠め、縁を抉る。次に差し迫った時には、間違いなく馬車は破壊され、アサミとともに放り出されたバジリスクの餌食だ。


「エリーゼ・・・ような・・・賢く聡明・・・が疎ましい・・・」


「・・・・」


口を開けて、馬車ごと丸呑みしようとするバジリスク。


饐えた臭いを嗅ぎながら、ミルキは荷台にある樽の中に手を突っ込みそれを引っ張り出した。吐きそうなほどの刺激臭を嗅ぎながらも、それを抱えてバジリスクの口の中に放り込む。


「体内なら効くよね・・・」


「――――」


差し迫る顎よりも早く、両腕で投げつけた爆弾に着火させる。


点火する時間は数秒のみ。導火線を短くして火魔法で火をつける。極限の状態の中での冷静な判断力。体内ならば確実に怯ませることが出来るはず。


「ぎゃぁぁぁぁああああ・・・」


刹那。バジリスクの喉元が膨れ上がり鮮血が体内から舞い散る。声にならない絶叫がミルキの耳を掻きむしった。


サマールル帝国との戦いでミルキは砲弾についての考察を繰り返していた。砲撃に対してばかりに気を取られてしまったせいか、サマールルの砲弾が鮮明に記憶に残る。どう工夫するのか?どうやって殺傷力をあげられるのか?どうやって安全に運べるのか?そればかり考えて、ここまでの道中試し試しに、時間が空いたドワーフ達に頼んで作ってもらった。


火と水の魔石を土魔法で固めた器に入れて、それぞれが干渉させないように風魔法を送り込む。熱くさせた鉄板に水を灌ぐと弾ける原理を利用したものだ。まだまだ改良の余地は残ってはいるが概ねこの方向でとりあえず樽一杯分は作成してもらった。どれほどの威力があるのかは実証できていなかったが、苦痛に悶えるバジリスクの姿を見れば実績が証明され考え方は間違ってはいなかったようだ。


激痛に耐えるバジリスクは鎌を振るかのように頭を振り落とす。狙った攻撃ではなかったようだが、それは荷台の隅を直撃する。


ミルキは咄嗟に身を転がして回避、しかし、荷台の端っこはあっさりとひしゃげた。


「レイニ・・・のように・・・射撃の・・・腕が妬ましい・・・」


瀕死の状態のバジリスクは上体を持ち上げて、身体を強引に引きずってまた追いすがってくる。


だらりと下を向いた目は白目を剥き、爆弾で弾かれた内臓が顔中にこびりついている。まだ女性だったことが判別できるのがかえってその醜悪さを際立てている。


おぞましい化け物。


「シルヴィ王女・・・ような・・・統率力・・・が羨ましい・・・」


引きずるようにすでに全身が朽ち果てかけている身体を、全身に向けてまだ諦めずに追いすがってくる。焦点が合わない瞳が揺らめき、ミルキの心の中に燻っていた負の感情を言葉に出して露わにする。


「――――」


「お前は何もできない。お前は何の役にも立たない。お前はいてもいなくてもどうでもいい存在。ただおしゃべりするだけ、ただ思いつきを言葉にするだけ・・・ただただ・・・回りに羨ましがり勝手に嫉妬するだけで、足手まとい、邪魔なだけ・・・」


首をがくがくと揺らしながら、ミルキの心の奥に閉まっていた怒り、悲しみ、嫌悪、罪悪感、恥、孤独、イライラ、そんな劣等感、無力感、焦燥感を炙りだす。


そう言葉を発して不意に頭の蛇がミルキ目掛けて伸びて、反応が遅れたミルキの肩に突き刺さる。早い攻撃ではなかった。ただミルキの思考が入り乱れて、もはや冷静に対応が出来なかっただけだ。


「うらやましい、憎らしい、妬ましい、勝てない、惨め、不安・・・」


涙が流れる。淀みを孕んだ瞳に確かな意志、意思を宿し、ミルキを見る。


「だから、他人を蔑みましょう。他人を批判しましょう。他人を束縛しましょう。他人を傷つけましょう。そしてそれを喜びましょう。」


上体を大きく揺らしながら、バジリスクの女は嘆いて、哭いて、大声を出して、泣いてそう叫んだ。先程までただ襲ってくるだけの本能だけではない。確かな知性を宿しミルキを諭すかのように訴えかけてくる。もはや殺すことが目的ではない。取り込むことに変わってきている。そのためにミルキを飲み込もうとしている。


怖気が奔る。


けれど、ミルキは荷台にあった大槌を手に取り、前に踏み込んだ。怯え、恐怖、恐れに抗いバジリスクの女に振り落とす。魔鋼製の大槌だ。なにも武器、防具ばかりに使用するだけではない。ドワーフ達が使う道具にだって必要になる。大槌はその中の1つだ。便利なもので魔力を込めた分だけ大きさが変わり重さも変わる。降り上げて魔力を込めて、重力と大槌の重さに任せてバジリスクの女に叩き込むだけ。難しい作業ではない。ただ・・・がむしゃらに相手が引くまで止めないだけだ。


もはや人の顔をしていないその顔面に、ミルキは大きく振りかぶって、降り落とす。この致命的な打撃によって、バジリスクの女が停まった。血が散り、肉が弾け、頭の蛇さえも剥がれ落ち、バジリスクの女が崩壊する。


「アサミ!Uターン!!」


ミルキのその言葉に迷いなく指示に従い馬車の進行方向を変える。


一直線にバジリスクの女の元に向かう。揺れに振り回されながらミルキは樽を抱えて前を見つめる。爆発する時間を計算して導火線に火を点ける。


まだ生きながらえているそれに、傍らを通り過ぎる瞬間に樽を放り投げる。バジリスクの巨体を吹き飛ばすには十分な量の爆弾だ。


そのまま走り去る。次の瞬間、


「――――」


激しい衝撃と爆風、耳が聞こえなくなるほどの爆音が轟き渡り、熱波がミルキの肌に感じる。衝撃波に馬車が傾いたが、やがてその衝撃も熱波も収まっていき、突然だった。


「???」


感じるなにもかも失われたことに気づいて、ミルキは呆然と顔を上げた。


確かめるように開いたはずの瞳が、真っ暗で何も見えない。聞こえていたはずの音が消えた。どうやら生きていることだけは解り、どうにか安堵で肩の力が抜ける。


「嫉妬心を抱かないの?」


ふいに、ミルキの頭の中にそれが響いた。


「前までね・・・」


それにありのままに応える。


「じゃあ今は?」


「私は英雄にはなれないし、賢者でもない。特別なカリスマ性もない。でも、それでいい。私にできることは、誰かと繋がり、言葉を交わし、小さな一歩を歩み続けること。それが、私にしかできない、私だけの道。』


暗闇の中に浮かんだ小さな光は、彼女自身の確固たる意志だった。


「なんにも出来ないのに、ただ歩くだけ?」


「そう。出来ないから皆に頼るの。その時に言葉を交わして、また誰かと言葉を交わして、それを続けていくの。そうしたら私を通じてその人たちが縁を結ぶかもしれない。物だって、お金だって、見えるもの見えないものが行き交うかもしれない。」


「そう上手くいくかしら?」


「いかないかもね。」


「でも続けるの?」


「うん。だって私何にも出来ないから。」


その言葉は、もはや諦めではなく、彼女自身の存在を肯定する、揺るぎない確信だった。彼女は、自分には英雄のような力も、賢者のような知恵も、カリスマ性もない。けれど、目の前の人々と真摯に向き合い、言葉を交わし、その橋渡しとなること。それが、この世界で彼女にしかできない、唯一無二の役割だと悟ったのだ。その小さな一歩が、やがて大きなうねりとなり、新たな共生の時代を切り開いていく。


確固たる意志でミルキはハッキリと言い切ると、闇の中に小さな光が浮かぶ。導かれるままに、引き込まれるままに、ミルキの意識が徐々に次第に暗闇から光の世界へと。





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