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討伐

陽が沈み、冷たい空気が経ちこめる野営地。しかし、その寒さを打ち払うかのように、ドワーフたちの熱狂的な歌声が響き渡る。それは単なる歌ではない。彼らの魂の叫び、鍛冶神への揺るぎない信仰、そして迫りくる戦への覚悟が込められた、神聖な祈りの歌だった。


宿れや宿れ、神の力と合槌を!


打つや打ち合え、周りも巻き込む勇ましき唱を!


この肉体は神の賜物、炎と鉄に捧げん!


祈れや祈れ、打つと謂う、振れば汗と血潮、金床に音頭を打てた打つつ鉄の山!


夜更けようとも音を止めず、我が槌音は神に届かん!


恐れを知らぬ魂よ、戦場に舞い踊れ!


祝えや祝え、優れはすると劣るらじと、手練の程ぞ類なき!


輝き、うるわしく、業物、切れ物と世界にその名を響き渡らせ、踊れや踊れ!


勝利の暁には、再びこの地で、神に感謝の舞を捧げん!


ドワーフたちは、酒に酔いながらも、その歌声に合わせて力強く大地を踏みしめ、鍛え上げられた肉体を誇示するように踊る。その肌には焚火の炎が反射し、筋肉の隆起を一層際立たせる。彼らの瞳には、鍛冶神への純粋な信仰と、自分たちの肉体への絶対的な誇りが宿っていた。ミルキは顔を覆い、指の隙間から覗き見ながら


「服着ろよ服!このセクハラドワーフ共!!」


と叫んだが、その声は彼らの熱狂には届かない。むしろ、ミルキの困惑した叫び声までもが、彼らにとっては祭りの掛け声のように受け止められ、さらに熱狂的に踊り始めた。彼らにとって、この裸踊りは単なる酔狂ではない。日々の労働で鍛え上げた肉体を神に捧げ、その恵みに感謝する神聖な儀式であり、戦の前夜には、自らの強さを誇示し、神の加護を願うことで、連帯感を深め、戦意を高める重要な文化なのだ。


巧みに器用に股間だけは隠して酒に酔ったドワーフ達が踊って歌ってまた飲む。彼らは時折、自慢げに胸板を叩き、鍛え上げられた筋肉を誇示する。その度に、ミルキは顔を覆い、指の隙間から覗き見ながら


「もう、やめてくださいってば!」


と叫んだ。ドワーフたちは、ミルキの困惑した叫び声をまるで祭りの掛け声のように受け止め、さらに熱狂的に踊り始めた。彼らの顔は酒と興奮で紅潮し、口元はだらしなく緩んでいるが、その瞳には鍛冶神への純粋な信仰と、自分たちの肉体への誇りが宿っている。


腰を低く落とし、大地を踏みしめるように力強くステップを踏む者、両腕を天に突き上げ、雄叫びを上げる者、互いの肩を組み、円になってぐるぐると回る者。野営地の焚火の炎が彼らの汗ばんだ肌に反射し、筋肉の隆起を一層際立たせる。


ミルキは、そのあまりにも堂々とした、そしてどこか滑稽でもある神楽舞に、呆れと羞恥が入り混じった複雑な感情を抱きながらも、指の隙間から目を離すことができなかった。そのミルキの反応を愉快気に受け取ってドワーフ達の神楽舞は花を咲かす。


ドワーフという種族は、古くから鍛冶神を信仰し、その肉体こそが神から与えられた最高の道具であると信じていた。彼らは他種族、特に異世界から来た人間に対しては、最初は警戒心を抱くことが多いが、一度信頼を置けば、その絆は鉄よりも固い。ミルキやアサミのような異世界人との交流は、彼らにとって新たな技術や知識をもたらす機会でもあり、互いの文化を尊重し合うことで、より強固な関係を築いていく。しかし、その独特の文化ゆえに、他種族からは奇異の目で見られることも少なくない。


彼らにとって、酒を飲み、裸で踊ることは、日々の労働で鍛え上げた肉体を神に捧げ、その恵みに感謝する神聖な儀式なのだ。


特に戦の前夜には、自らの強さを誇示し、神の加護を願うことで、戦意を高める意味合いも込められている。他種族から見れば奇異に映るこの行動も、彼らにとっては魂の叫びであり、連帯感を深める重要な文化なのである。


「ミルキ、あいつらは酒が入ったら火事だろうと地震だろうと台風がこようとも裸踊りは止めないの。だから、煽って乗せて、早く酔い潰すのが手っ取り早く終わらせるコツよ。……ほら、あそこのゴーンドなんて、もう目がとろーんとしてるわよ?」


少し距離を開けたところからアサミの笑い声がミルキの耳に届く。


「アサミ!あのエロドワーフ共にせめて服ぐらい腰布ぐらい着けようよ!」


盛大に顔をしかめてミルキはドワーフ達に睨みを利かせるが、


「ミルキ。慣れよ慣れ。人は環境に慣れて生きていけるの。わたしも……最初は卒倒しそうになったけど、今じゃすっかり慣れちゃって、むしろ『今日はどんな踊りかしら?』って期待してるくらいよ。」


そう言ってアサミは遠い目をする。


常識が違う。この場合この大陸に住んで居るドワーフ達と異世界からきたアサミだ。最初のころはドン引きしていたが、疚しいわけではなく、真剣に神事に取り込んでいる結果こうなっているわけであって、それを理解して納得出来るまでには多少時間をかけたが今は、笑って見えるようになったとか・・・


ドワーフ達男は容姿を気にしているようだが、他種族の異性からすれば真面目で精力的で寡黙。しかも逞しい身体だ。恋愛感情を抱いてもそうおかしな話にならないのだが、いかんせん日が暮れると酒を飲んで裸になって踊り出す。


これが毎晩続く。大抵の他種族の異性たちは恋心が急速に冷めてドワーフ達の元を離れて行ってしまうのが理由だったりする。この辺りの常識のズレを理解していないのが原因である。ちなみに女性ドワーフは小柄で可愛らしい姿だ。子育てがひと段落すると次第に時間の経過と共にふくよかになっていくのだが、他種族の男性からも人気は高い。


アサミは笑い、ミルキは野次を飛ばす。そんな時間を過ごしていると、


「その様子を視ると、ドワーフ達の裸踊りを知っているようだな?」


いいながらやってきたのはペルニウスだ。


彼はいつもの護衛用の装備ではなく、動きやすさを重視した魔鉱製の戦装束を身にまとっている。背中にはこれも魔鉱製の弓を背負っている。


「なるほど、話には聞いていたが、噂以上の神楽舞だな……」


「……実家にドワーフが居ますので……」


これもまた遠い目をしたペルニウスに、ミルキが質問に対して応えた。


「バジリスクとの決戦前の景気づけといったところか?私も一度、この踊りを真似てみようかと……いや、冗談だ。」


「やめて下さいよ!皆で裸で踊らないでくださいよ!!……ペルニウス隊長まで!」


真剣な眼差しを送り出したペルニウスに、思わずミルキが反論し、アサミが盛大に爆笑する。


肩をすくめて首を振ってミルキの不興を買わないと態度で示し、軽く雑談を交わしたあと


「そろそろ寝ようか。明日に備えてな。」


「はい……もう少ししたら静かになりますので…………あ、ゴーンドが完全に落ちました。」


振り返りドワーフ達を見る。酔いが回り始めたのだろう1人1人と膝から崩れるようにして倒れこんでいるのが見えた。


「では、お休み。」


まだ飲んで踊り続けているゴーンドを尻目に居心地が悪いが、


「「おやすみなさい。」」


そういったあとペルニウスと離れて、倒れこんだドワーフ達の介抱に2人は向かう。女性陣のいつもの後片付けだった。


翌朝、目覚め戦準備を整えた者達から次第に集まり始める。


最初に姿を現したのはキラエルだ。


金色の装備に身を包み、腰には帯剣して槍を担いだ姿。


後ろに続くのが銀色の装備のアンチュアだ。腰には2本の剣を携えている。


遅れてやってきたのは大盾を持ったシュークルトである。朝食をたっぷりと食べた様子で満足気である。


その隣に斧を担いだハインツがいる。隻眼の目が意気込みの程を物語っている。


主要のメンバーが揃い始めると、続々と騎士たちが並び始める。ペルニウスが選抜した討伐隊50名程だ。プラチナ冒険者の後ろに規則正しく整列する。


その後ろに不規則に不揃いの装備をした兵たちが集まり出す。冒険者の一団だ。まとめ役はアサミだが、指揮権はペルニウスに一任している。不規則極まりない団体なのだが戦闘力はそこそこ高い。装備は各々が盾を持っているところをみると攻撃よりは防御に特化しているのだろう。彼らは30人ほどの規模だ。


そんな光景を眺めているのが、ゴーンドを筆頭に守られているアサミとミルキだ。討伐に出向くには不格好のお揃いのスーツドレス姿。


ダンジョン産の素材で防御力は高い。動きやすく女性ならではの生活の支障もクリアにされた優れものである。女性ドワーフが主体になって制作されたものだ。


時間の経過と共にピリピリとした空気が次第に張り詰めだして、ペルニウスが前に出ると次々と討伐隊が姿勢を正し始める。


「バジリスクを討つ!」


集った皆の前でその言葉が告げられた。


重々しい響き、張り詰めた空気にその場に集まる全員から注目を集めるペルニウスが堂々とその言葉を放った。


「この地を襲った最悪の魔獣。バジリスク。その大蛇がデンルーク近郊を狩場として、弱きものを蹂躙して亡骸さえ残されなかった。」


魔獣が現れてからそれほど月日は経っていない。にも拘らず、あまりにも多くの犠牲を生み、数多くの者が返り討ちにあった。


「バジリスクにより、奪われた命の数は計り知れない。この魔獣の性質も相まって、犠牲となった数は正確には誰にもわからない。廃墟と化した村落と、鎮魂さえできない魂の数は増えるばかりだ。」


ペルニウスの言葉に、下を向き震える冒険者がいる。涙を堪える騎士がいる。


その胸に怨嗟の感情を静かにため込み、いつでも解き放てる戦士達がいる。


「だが、それも今日までだ!」


「!!!」


「バジリスクを討ち、数々の悲しみの連鎖を断ち切り、悲嘆と失意と絶望を希望に塗り替える!」


「!!!!」


「我々が終わらせる!」


下を向いていた冒険者が、目をぬぐった騎士が、闘志を燃やした戦士たちが、その熱い視線をペルニウスに向ける。


「いくぞ!!出陣する!!」


「「おう!!」」


応じる声が重なり合い地を踏み鳴らす轟音が、大地を揺るがす。


噴きあがる戦意が満ちる。


その場の集う全員が各々の武器を空に掲げ、


「「バジリスクを討つ!!」」


大声で唱和した。


後に語り継がれる英雄譚の物語が、今始まる。


全体の指揮権はペルニウスにあるが、プラチナ冒険者は各自の判断に委ねられる。総勢90名は10人ほどの小隊に分かれて、バジリスクのテリトリーを行軍中だ。


王を選出するための行軍もあるため、急ぐこともなく道のりを進んでいる。


緊張感を伴う行軍だが、交代で警戒を行い食事をとり気を休めたりしてコンデションは万全を維持している。


肩の力を抜き、心を落ち着かせて全員が来たるべき瞬間に備えている。


廃墟と化した村をいくつか通りすぎて、渇いた風が吹いたその時だった。


「―――」


魔獣、魔物の探知に優れた騎士数人が反応を示した。


「総員、戦闘準備!!」


つまり、バジリスクが出現したということだ。


しかし、


緊張感漂う緊迫したその空気の中、いつまでたっても魔獣が現れる気配が一切なかった。動揺が奔る。気配は感じないが確かにバジリスクはいる。


「―――」


空か?


見上げるペルニウス。


その判断にペルニウスは即座に否定を促した。


それは、下からだった。


地面がわずかに揺れる。


「全員・・・」


退避。とそれを口にしようとして


「一番槍は貰った!」


真上から凄まじい速度でオレンジ髪の青年が、地面から奇襲を仕掛けようとした大蛇の頭に槍が突き刺さる。一拍遅れてバジリスクの絶叫とその大きな図体が噴出した血と共に大地に露わになる。


会心の笑みを浮かべるキラエル。


地面からの奇襲に退避を一旦余儀なくされた討伐隊だったが、


「総員!持ち場に付け!!」


痛みに悶えるバジリスクによって土煙が巻き上がり、絶叫が高らかに響きわたる。


こうしてバジリスク討伐戦が始まった。


悶える大蛇からドス黒い血が額から溢れ出す。


先制攻撃が決まったキラエルにバジリスクの殺意が籠った眼光が向けられる。口を開き吐息を放とうとしてくる。


「余所見している暇はないぞ!」


目にも止まらない斧の連撃が、キラエルが作った傷口をさらに広げる。ハインツの追撃だった。奇襲を潰された上に傷を負わされたバジリスクの動きが止まる。


「斬る!」


アンチュアが跳ねるように跳躍して双剣の剣閃が、バジリスクの喉元に深々と突き刺さる。


「切る!!」


突き刺した1本の剣で姿勢を維持して、もう1本の剣で斬撃を与えて剣身を血で染める。


「kill」


迸る殺気を纏い。バジリスクの喉元から下を斬り裂く。


そのままキラエル、ハインツ、アンチュアがバジリスクの身体にとりつき駆け抜ける。その途上に振り回される刃が滅多切りしていく。どす黒い血霧をばらまき、なおも軽やかに3人は疾走し蹂躙が続く。


「3人とも離れろ!!」


ペルニウスの声がかかり、取りついていた3人が一斉にバジリスクの身体から飛びのく。


そして怒りに任せて3人を追おうと口を開けば、


「!!!」


ここまで攻撃に参加せずに、ひたすら集中していたペルニウスだ。


ペルニウスは、弓矢の先端に魔力を集中させた。彼の得意とする火の魔法は、ただ炎を放つだけでなく、練度によってその密度と温度を自在に操ることができる。収束された魔力は、小さな太陽のように輝き、周囲の空気を震わせた。一瞬で放たれた矢は、音速を超え、バジリスクの口内へと吸い込まれていく。その威力は、単なる火の魔法の域を超え、対象の内部から焼き尽くすほどの破壊力を秘めていた。しかし、この一撃には彼の魔力のほとんどを消費するため、連発はできないという制約もあった。


「―――」


加速に勢いが増し速度が上がる。


バジリスクの口内へ直撃。口内を焼き、熱を通して頭を沸騰させる。バジリスクに断末魔の声すらあげさせない。


焼けただれた魔獣の肉片を地面に散らし、討伐隊は燃え上がるバジリスクの姿を目で追う。


圧倒的な戦果。これ以上ない攻撃に、大蛇の反撃すらさせない。このまま討伐が終わったのではあるまいか、そんな期待を抱かせるには十分だった。


「強い!強い!!強い!!!」


炎の余波が届かないところで火に包まれるバジリスクを見上げてミルキは喝采を挙げる。


が、高揚感に沸き立つミルキに対して


「いいえ。この程度で終わるようならバジリスクに対してここまでの戦力は必要ないわ。」


アサミが首を振って燃え盛る大蛇を睨みつける。


彼女の言葉につられてミルキはバジリスクを注視する。燃え移った炎が全身を炙られ動く気配はない。尻尾の先まで火は広がっており、その姿は目に見えて生きているとは思えない。しかしだ・・・


「・・・もう1匹??」


ゆらり禍々しい影が伸びる。


燃え盛るバジリスクとは別にもう1匹の大蛇が姿を現した。


「隣国までその脅威は伝わっているのよ。1匹だけと考えるのは無理があるわ。」


アサミが悔し気に新たに現れたバジリスクを見上げながら


「一体何匹いるのかしら?」


「でも。攻撃は通用しているみたいだから狩りつくしてしまえばいいんじゃないの?」


「この場だけならそれも可能ね。1匹残らず殲滅する。この広い平原で気が遠くなりそうね・・・」


確かに・・・英雄譚でもバジリスクを討伐した。とはあるが正確な数まで記されているわけではなかった。せいぜいが数匹程度である。だが少なくとも


「4人の攻撃力なら余裕がありそう・・・」


「狩りつくす。くまなくね。」


ミルキに同意を示して、アサミは最前線に視線を向ける。


見れば、一度距離を置いた3人がバジリスクに再びその命を狙う。


ペルニウスも同じ見解を抱いていたのだろう。速やかに騎士たちを展開させている。


先ほどと同じように魔法をいつでも放てるように準備している。風魔法だ。石化の吐息が放たれた瞬間に霧散させるためである。1人ではとてもじゃないが対抗できないがそれが数人、数十人となれば効果的に対処は可能だ。その騎士たちを守るのが盾を持った冒険者達だ。彼らを守りダンジョン産の素材で作られたポーションや魔力回復薬も所持している。プラチナの冒険者たちが不測の事態に陥った場合にも備えている。


つまり、継戦、継続だ。


アンチュアがバジリスクの尻尾から背を疾走する姿が見える。


双剣を下に突き刺してバジリスクの背中を斬り裂きながら走る。駆けるアンチュアを追いかけるようにドス黒い鮮血が舞う。


アンチュアの活躍に、キラエル・ハインツの攻撃が加わる。


絶叫を上げることしかできないバジリスクは全くそれらに反撃が出来ていない。


最悪の魔獣。その大蛇の哀れな姿に討伐隊の面々は勝利を確信した。


「しっ!」


一閃。アンチュアの2本の剣がバジリスクの頭まで達すると跳躍して渾身の剣撃を見舞う。そのまま中空で身をひと回転させて


「ほいっと」


シュークルトが掲げた大盾を足場にして、アンチュアが弾くようにして射出される。バジリスク顔面目掛けて2つの剣の剣筋が煌めく。それだけでは仕留めきれず、眉間に刺突を放つ。


「―――」


バジリスクに深々と2つの剣が埋まり、噴水のようにドス黒い血が噴き出した。アンチュアは柄まで埋まった2本の剣を引き抜き、さらに一閃、二閃。双剣による斬撃が首筋を斬り裂く。結果。


「2匹目が堕ちる。」


誰かがそう口にしたそれが現実となる。凄まじい絶叫とともに轟音を立てて地面に身を沈めるバジリスク。


「次!」


と、口の端をつり上げ凄惨な笑みを浮かべる。


アンチュアの獅子奮迅の活躍ぶりに、翻弄されたバジリスクはなす術もなく地に堕ちる。だが、2匹目が沈むと同時に、


「バジリスクが溶ける??」


「離れろ!!」


「シューゲルト!!」


その異常に気付いた瞬間に、ペルニウスが叫び、シューゲルが大盾を構えて前に出る。


「―――!」


バジリスクの死骸が地に溶け真っ黒な液体に変わる。その変化、変貌は・・・


距離をとった騎士達、冒険者に襲い掛かる黒い液体。


最初にそれを浴びた冒険者の1人が耐え難い叫び声を上げた。


「―――!!」


ドス黒い液体が、バジリスクの死骸を中心に広がり、瞬く間に大地を侵食していく。それは単なる腐食性の毒ではない。皮膚に触れれば激しい灼熱感と共にただれ、吸い込めば吐き気、嘔吐、頭痛、めまい、意識障害、麻痺、痙攣を引き起こす。さらに恐ろしいのは、この毒が精神にまで作用し、恐怖や絶望を増幅させる効果を持つことだ。バジリスクの『悪意』の感情が、この毒に宿っているかのようだった。


そして、


「―――!!!」


その毒沼から3匹目のバジリスクが現れる。しかも他の2匹よりもサイズが大きい。


シューという威嚇があがり、バジリスク討伐戦、難易度が跳ね上がった。


その巨体を悠悠と毒沼で泳ぐバジリスクは、下唇をチロチロと出して威嚇を垂れ流す。言葉にし難い全身が粟立つような嫌悪感を与えてくれる。


「―――!!!!」


巨躯のバジリスクが毒沼で泳ぐたびに波となって広範囲に渡り、毒の浸食が討伐隊に襲い掛かる。


バジリスク、大蛇が持つ本来の能力、特性だ。


毒が拡がるたびに、討伐隊は下がり、陣形が乱れていく。


キラエル、アンチュア、ハインツはそれぞれの判断で回避と疾走を開始する。反撃のチャンスを窺う。近寄れないとなれば、そこに弓を持つペルニウスの見せ場がやってくるわけだが、


「総員!退散!!」


ペルニウスの号令が響き渡る。


その命令に陣形を保っていた討伐隊が右へ、左へと散り散りに散開する。その直後だ。バジリスクの吐息が吹き抜ける。


その回避が後少しでも遅れていれば討伐隊の面々は石化されていたことは間違いない。バジリスクは見上げるような巨躯でありながらも毒沼に溶け込むようにして潜りこみ、わずかな波紋すら出さずに再び現れるのだ。兆候。前触れもない。その異質な特性を持つバジリスク相手に討伐隊が吐息を警戒することは不可能に近い。


「おりゃ!」


勇ましい声が届き、次の瞬間に襲ってきた吐息が霧散した。見れば大盾を構えたシュークルトだ。おそらく彼の持つスキルや魔法なのだろう。石化の吐息をものともせずに押し切ってバジリスクに向かう。


これをきっかけにして反撃が始まった。


前進していたシュークルトがふいに進行方向を変える。その真横をバジリスクの巨大な口が通過した。進路上にあった大地を丸呑みして口内に飲み込んだものを嚥下する。


狙った獲物がなかったことに気づき即座にその巨躯を翻すとシュークルトの方にその鎌首を向けた。


「うぉぉぉぉ!!」


圧倒的な質量による物理口撃。圧し潰されてもおかしくはないその口撃に、気合一閃で大地に踏ん張るシュークルト。しかし、巨躯のバジリスクのプレッシャーは尋常なものではない。


何度も何度もその口撃を凌ぎ、


「おらぁ!!」


キラエルの槍が突き出される。それはバジリスクの真上から穿ち、突き刺して動きを止めようとする。だが、


「ちっ!」


槍の連撃がバジリスクの頭上に浴びせられるが、その動きに停滞はない。


「なら、これならどうだ!!」


真横から、ハインツの斧撃が横に舞った。深々と肉を穿ち、開いた傷口から鮮血が噴き出す。


そして、その反対側から来るのは双剣のアンチュアだ。


「斬る!」


「切る!!」


「KILL!!!」


ハインツが負わされた反対側から鮮血が舞う。


さすがにダメージが効いたのだろうか?その巨躯を震わせて動きが衰える。


苦し気に悶え、痛みに堪えるように威嚇を上げて、一旦毒沼に逃れようするバジリスク。


「逃さん!!」


魔力を練り上げ収束させた弓矢が巨躯のバジリスクの額に吸い込まれる。


今度こそバジリスクの動きが完全に止まった。


そして、キラエル、アンチュア、ハインツの連撃が襲いかかる。縦横無尽に、滅多切りに、はたまた傍若無人に、3人は楽し気に笑い、暴れまわる。


そんな最中、ふいにバジリスクが大きく動き出した。


それまで取りついていた3人を引きはがそうと、身悶えてバジリスクはその頭を下に向けると、一気に毒沼にへと向かう。


急激に動き始めた足場の中で、3人は身を翻し、軽快な動きで姿勢を整えて斬撃を加える。


「―――!」


バジリスクは大絶叫をあげて毒沼にへと沈み込んだ。


まさかこれでバジリスクを討伐できたとは思ってはいない。だが後一押しだ。毒沼を見つめる彼らの戦意は高まるばかりである。


「来ます。」


探知に優れた者がそう告げる。


プラチナの5人が各々の武器を持ち直し最大限に警戒心を引き上げる。固唾を呑んで見守る討伐隊だが、陣形を立て直したことに後悔を覚える。


「毒だ!降ってくるぞ!」


声の限りを誰かが叫び、一転して散開させる。もはや周りを気に掛ける余裕すらない。


空一面を降り注ぐようにして毒が落ちてくる。回避するにはその範囲から逃れるほかない。魔鋼製の装備を装着していようとも、その隙間から侵入されたら毒に侵される。


駆けだし、ただ逃げ惑うしかない。


石化に囚われ過ぎて、他の状態異常について考察を怠ったのが悔やまれた。


「・・・」


かなりの距離を稼いだ討伐隊の数人が後ろを振り返る。間に合わず毒に呑まれて倒れこむ仲間の姿が映し出された。


絶叫と、悲鳴と、怒号が入り混じり、恐怖と怒りを刻み込んで倒れ伏す討伐隊。


残ったのはわずかな数人だけ。もちろん無傷ではない。


プラチナの5人はどうしたのか?と視線を巡らせれば、大口を開いたバジリスクがペルニウスに迫るのが見えた。


「ペルニウス!」


「ちっ・・・」


シュークルトの叫びと、ペルニウスに迫る脅威を阻んだのは同時だった。刹那のタイミングだったといえる。


毒の雨に紛れて、接近したバジリスクが空から吞み込もうとした。シュークルトが咄嗟にペルニウスを吹き飛ばしてくれていなければ、今頃彼はバジリスクの腹の中だった。


地面を丸ごと抉り、そのまま毒沼にへと姿を消す大蛇。


しばらくして、再び姿を現した毒沼から現れたバジリスクは3体に増えていた。


あと少しで倒しきれる。そんな感情が霧散する瞬間だった。シューシューと3匹が威嚇音を鳴らす。聞き方によっては嘲笑っているようにも聞こえる。


「おもしろい!」


槍を肩に担いだキラエルの声がそう響き渡る。


地面を蹴ってバジリスクの1匹に襲い掛かる。硬い鱗を易々と斬り裂き、血飛沫を浴びてなおも突きまくる。絶叫を上げ反撃に移るバジリスク。それを易々と躱してさらに追加の槍の雨を浴びせ、動きが止まったところで旋回してからの再びの連撃。巨躯の大蛇が大きく揺らいで血を噴出させる。


キラエルに呼応して猛然と飛び掛かるのはハインツだ。斧を突き刺してその反動を利用して宙に舞う。バジリスクの頭上まで来たら渾身の一撃を喰らわせ、そこから斧による猛攻がはじまった。


最後の一匹に突っ込んでいくのはアンチュアだった。砲弾のように跳びあがり、2本の剣の斬撃が牙を剥く。頭から身体、尻尾の先まで斬り刻んでいく。大量の血が吹きあがり舞い散る。


バジリスク達が傷つきその痛みによって暴れる。大地が抉られ、土塊が激しく散乱し、振り乱される尻尾が地を割る。不意打ち気味に迫る直撃がきたところで


「効かん!!」


シュークルトが構える大盾は、単なる防御の壁ではない。彼のシールド魔法は、物理的な衝撃を防ぐだけでなく、魔法攻撃を吸収・反射し、時には空中に足場を生成することも可能だ。バジリスクの猛攻を真正面から受け止め、その衝撃を大地へと流し込む。さらに、その防御の瞬間に生まれたわずかな間隙を、キラエル、ハインツ、アンチュアは見逃さなかった。彼のシールドは、仲間を守るだけでなく、攻撃の起点をも生み出す、攻防一体の魔法だった。


斬撃、猛撃、追撃に晒され、3匹のバジリスクは怒り狂っていた。そのうちの1匹が、突如として大きく口を開く。禍々しい石化の吐息が放たれようとした、まさにその刹那――


「疾っ!」


ペルニウスの口から、短く鋭い一言が放たれる。同時に、彼の指先から放たれた弓矢は、まるで小さな太陽を宿したかのように眩い光を放ち、空気を震わせながら一直線にバジリスクの口内へと吸い込まれていった。


次の瞬間、轟音と共にバジリスクの頭部が弾け飛び、血飛沫が周囲に降り注ぐ。その巨体は力を失い、静かに地面へと沈んでいく。ペルニウスは、その光景を一瞥することもなく、既にキラエルの横に並び、次の獲物へと視線を定めていた。彼の表情には、一切の迷いも動揺もなく、ただ研ぎ澄まされたプロの冷徹さが宿っていた


「どう思うキラエル」


「どう思うってどういう意味だ?勝ち目ならあるだろう」


「いや、おかしいとおもわないか?」


話しながらハインツ、アンチュアにも掩護射撃を入れる。


「おかしい?何が?」


「倒しても倒しても終わりが見えない気がする。バジリスクは数匹はいるものだと想定はしてきた。だが、目の前にいるこの大蛇に違和感を感じる。何かがおかしい。勘違いをしているのではないかと……」


ペルニウスの言葉に、キラエルは眉をひそめた。


「?いまいち言いたいことがわからないが?」


「このままでは倒しきれる気がしない。そう言うことだ。」


ペルニウスの目は、目の前のバジリスクを射抜くように見つめていた。確かに、討伐隊がこれまで経験してきたバジリスクとは、明らかに異質な存在だった。倒しても倒しても、まるで無限に湧き出てくるかのように現れるその姿に、ベテランの冒険者たちですら困惑の色を隠せない。


「このバジリスクは、我々が知るものとは違う。何か、もっと根本的な原因があるはずだ……」


ハインツが冷静に分析する。彼の言葉は、討伐隊の心に新たな疑問を投げかけた。この「違和感」は、単なる偶然ではない。


「それを探れってことか」


ペルニウスの背中にこう答えてバジリスクを詮索しはじめるキラエル。


2匹のバジリスクもしばらくして地に沈んだ。ところで今度は5匹現れる。確かにペルニウスの言う通りだった。このまま闇雲に倒したところでキリがない。


5匹のバジリスクの猛撃を巧みに躱して、時折反撃を加えて思考を巡らせる。


1匹から、3匹に、そして今は5匹だ。段々とバジリスクの身体は大きくなり毒沼は広がり難易度が増す。複数体いるだろうとの先入観は間違ってはいないはずだ。だが、それは範囲が広く各諸国を巻き込んでの広範囲のことだ。すなわちここでバジリスクが集結しているはずがないのだ。


「たしかに・・・おかしい・・・」


なにかがある。はずだ。そう結論が出たところでバジリスクの攻撃が差し迫る。刹那の攻防戦を繰り広げるが反応は全て本能に任せ、頭の中では思考を繰り広げる。


最初に現れたのは地面からだ。次からのバジリスクも地面もしくは毒沼からだった。出現は必ず決まったところから・・・複数対いると仮定してみても挟みこむ形でやってきたりとすれば形勢は傾いていたかもしれない。少なくともバジリスクには知性を感じさせる。だから揃って地面から現れるのは不自然としかいいようがない。


バジリスクに飛びついたハインツとアンチュアの斬撃によって血霧が漂う。それを掩護するのはペルニウスで反撃はシュークルトが請け負う。4人の連携が冴えわたる。


確信ではないが1つの可能性にたどり着いたキラエルは、一旦全員を集めた。


「本体は地中にいるだと?」


「そう思う。毎回倒したら毒沼から新たに現れるんだ。そこに何か潜んでいても不思議ではないだろう?」


「・・・確かにな。」


合流を果たして、バジリスクの猛撃を躱しながらの会話だ。5人が連携を組めばそう難しいことでもない。


キラエルの説明にハインツが納得を示した。その横で頷いたペルニウスは顔を上げ


「地中にいるだろうとの推察には同意する。だが、どうする?どうあぶりだす?毒沼の真ん中にでも私の渾身の弓矢でも放り込むか?」


ペルニウスはそう言うが彼がそう判断したのならば既に実行に移っているはずだった。つまり火力が足りないと言いたいのだろう。


「俺も魔力を込めれば最大火力を放り込めるぜ」


「俺もそうだ。」


キラエルとハインツがそう口にする。ただ込めるだけの時間が必要ということだ。


「なら俺が5匹を引き受けよう。」


アンチュアがバジリスクを引き付ける役を1人でやると言い切る。彼は一般的な魔法は出来ないが身体強化魔法に秀でている。従って5匹のバジリスクの攻撃を躱していなして、避けるだけならばなんとかなるのだろう。


「じゃあ俺は足場を用意してやろう。毒沼の真上から最大火力を放てれば効率がいいだろう?」


シュークルトがそう請け負う。彼は盾に関しての魔法を熟知している。その中でシールド魔法を使用して空中に足場を作るのは造作でもないことだ。それに彼自身がシールド魔法を纏い敵に突貫も出来る。


「これで本体を誘き出せるか?」


「そうなるだろうと俺は思いたい。」


確認のペルニウスに、キラエルが不安を残す言い方で返す。


ハッキリ言って、よくわからないといったところだ。通常のバジリスクとは生態が違うのだ。決めつけはよくはないが、考えられる考察は試した方がいい。本体が別にいると仮定して


「このまま倒しきれるならそれでいい。だが、数が増える一方でこちらが不利になる状況は作りたくはない。」


道理はわからない。が、倒しても倒しても、その屍が霧散して、すぐさま新たな個体となって出現しているのかもしれない。そうなれば終わりが見えない不毛の戦闘行為を繰り返すだけだ。


つまり、概ねの作戦は決まったが臨機応変でいこうということで話が纏まった。


高く高く、キラエル、ハインツ、ペルニウスはバジリスクの真上にあがる。その更に上をシュークルトが3人に足場を作って宙で俯瞰する。


真下には、その巨躯で猛襲するバジリスクの姿が5つある。歪に蠢き口を開いてアンチュアを喰らいつくそうとする大蛇。プラチナクラスだとはいえ、十分にその脅威をもつその猛攻は、間断なく絶え間なく、続く。


「切る!」


バジリスクの鼻面を2本の剣が切り裂く。固い鱗を易々と斬り血潮を浴びてなおも2本の剣を振る。


反撃を喰らったバジリスクの代わりとばかりに入れ替わる大蛇。そのバジリスクを刃で突き、その反動を利用して旋回。双剣が煌めき、バジリスクが大きく揺らめいて血をぶちまける。


「斬る!!」


巧みに、寸前のところで大蛇の猛襲を捌き、躱しながらの反撃。


「KILL!!!」


返り血に塗れて、顔を上げ、目を細めて、口元を僅かに開けて、アンチュアは嗤う。


その上空から、集中して魔力を高めて魔鋼製の各々の武器に収束させる。次第に武器の先端が輝きその光が限界点を迎えるとその煌く拡がりが留まった。


そして、


「はっ!!!」


「おらぁ!!」


「疾っ!!!」


キラエル、ハインツ、ペルニウスの気合と共に放たれる。破壊の具現と権現。


それは、まっすぐに5匹の真ん中。毒沼に吸い込まれる。


「―――!!!」


槍、斧、弓矢。3人の束ねた最大火力が、それまでの攻撃とは根本的に異なる次元の威力に、広く拡がった毒沼が弾け飛ぶ。


凄まじい衝撃波が大気を駆け抜け、毒沼が霧散する。その底に隠れ潜んでいた大きな大蛇の絶叫が挙がり、苦し気な悲鳴を上げて、逃れようとのたうち悶える。


あれほどの攻撃を喰らってもまだ生き長えるその生命力に、


「締めは貰ったよ!」


大盾を構えたシュークルトが下向きになって重力を味方に付けての急降下。真っすぐに加速を加えた落下がバジリスクを叩き潰す。


噴出する鮮血が空を染める。


圧し潰される大蛇が絶叫を上げて、悶えてその身が打ち震える。


そして、バジリスクの瞳から光がふいに失われた。


それからしばらく警戒をしていたが、バジリスクは新たに現れることはなかった。毒沼に潜んでいたのが本体であったようであり、結局どういう理屈で何体も現れることになったのかは謎だった。これについては今後の課題として研究なりすればいいということで話は纏まり、ペルニウスが率いた騎士隊、冒険者のほとんどは帰参することになった。ほとんどが毒に侵されていて治療に戻ってもらうほかはない。毒消しは持ってきてないのだ。この先をこのまま向かうのはプラチナの5人と、アサミ、ミルキを守るドワーフ達になった。



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