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バジリスク討伐にむけて

広間には沈黙と張り詰めた緊張感が満ちていた。


その緊張感を肌で味わいながら、アサミは渇いた唇を紅茶で湿らせ、この状況を整えたことの確かな成果に自然と拳に力が入る。


冒険者ギルドの職員という肩書だけで、力も知恵も魔力も、そして財力もない。今この場に面子が揃ってこの会談の場に集うことが出来たのは僥倖だった。


「わかっているとおもうが、今は時間が惜しい。時間を割いてまでこの場にきたのだ。より価値があるものだろうな?」


椅子に腰かけ、テーブルの上で手を組んだ真っ白な白髪の老人、マルケス・ビアッドがその沈黙を破り眼光鋭くそう呟いた。


その老人の背後に立つのは護衛が1人。無言でアサミを見る彼の視線には油断がない。紫髪の女性顔の青年だ。


場所は デンルークの中にあるマルケス・ビアッド家が所有する邸内。来客を迎えるために用意された、特に飾り気がない応接間の広間だ。


その場に、その屋敷の主を含む2人と、アサミを除いた顔ぶれが1人いる。


「アサミ様に召集されて馳せ参じました。選り良き取引が出来ると期待させて戴きますよ。」


マルケス・ビアッドの視線にそう答えるのは、犬顔の獣人。デンルークの商人ギルドの一角を担うラックだ。


そんなラックを横目にアサミは、


「商機はあるはずよ。」


「ほう・・・根拠を窺っても?」


ラックの問いかけにアサミは「バジリスク」と言ってから、


「大蛇には相当困っている。商人ならその魔獣に敏感に反応を示すでしょう?」


「まぁ・・・当然でしょう。」


ほとほと困ったように振る舞うラック。もちろん彼ら商人ギルドはその脅威を通り越しての商売のノウハウが構築されている。それを見越してのやりとりだ。水面下で繰り広げられるやりとりを繰り返し行く中で、


「すまない。遅れた。」


広間の扉を開いて姿を見せたのはオレンジ髪の青年。名前はキラエル。プラチナクラスの冒険者だ。彼は室内にいる全員に頭を下げて、それからアサミの方へ視線を送った。


キラエルが席に座ると、それから十分に間をとってから


「全員揃いました。では、始めましょうか。」


アサミのその宣言に、マルケス・ビアッドはキラエルの登場に驚きをすぐさま正し、ラックは椅子に深く沈み背筋を正した。


その彼らの反応を確かめて、アサミはこの会談の目的を伝えた。


「大陸統一・・・だと?」


マルケス・ビアッドの鋭い眼差しが、アサミの全身を射抜く。内心で深く息を吐きながらも、彼女の表情は微塵も揺るがなかった。マルケス・ビアッドは、デンルーク王国の実質的な最高権力者であり、その政治体制は古くからの貴族院と、近年台頭してきた商人ギルドの二大勢力によって支えられていた。貴族院は伝統と血統を重んじ、国の秩序と防衛を担う一方、商人ギルドは経済活動を活発化させ、国の財政を潤す役割を果たす。マルケス・ビアッドはその両者の均衡を保ちながら、巧みな手腕で国を統治してきた。大陸統一という途方もない計画を提言した以上、失敗は許されない。多くの命を巻き込むこの戦いが、本当に正しい選択なのか。その重圧が、鉛のように彼女の胸にのしかかり、冷静な思考の裏で常に渦巻いていた。しかし、彼女は迷いを顔に出すことなく、毅然とした態度で言葉を紡ぎ続けた。この世界を、そして何よりも大切なゴーンドと生きる未来を守るために。


「待て!考えを問おう。その突飛な発想がどこから生まれた?」


為政者としての貫禄が、先ほどまでの動揺を押し殺して、重々しくも感情を抑えた鋭いマルケス・ビアッドの言葉が放たれた。


えっとと、前置きしてアサミは、自分の考えを整理してから口を開く。


「物価の高騰。食料品をはじめとして鉄製品や革製品など様々な物の値段が上がっています。」


ゆっくりと嚙みしめるようにアサミは現状の情報を語る。


「バジリスクの脅威が現れてからというもの、襲われる行商人から隊商。討伐を志して、しかし壊滅したデンルークの騎士隊と冒険者たち。バジリスクはただの魔獣、魔物というただ怖ろしいだけの存在ではないのです。」


バジリスクを語るアサミの感情が籠っている。実際に体験しているだけあってその負の感情に共有を求めてしまう。あまりにも埒外の外敵を前にしたとき、人の心というものは脆弱だ。


「倒さなければならないのです。デンルークだけの問題ではないのです。バジリスクを排除することがどれだけの意味が、価値が大陸全体に影響がおこるのか。」


「それで?市場に多大な影響が起こっているのは承知しておる。そこからどうして大陸統一に繋がる?バジリスクを回避して流通を見直せばよい。犠牲も人的被害も減るではないか。」


「バジリスクから逃げるのがベストな選択なのですか?そんな生活を虐げられるのが望まれているとは思いませんし、私たち冒険者ギルドはそれを看過出来ません」


彼の言葉一つが、デンルークの運命を左右すると言っても過言ではない。バジリスクに屈するなどそんな考えなどあるわけがない。


「そうか」


マルケス・ビアッドはそう短くこぼし、それから目を細めてアサミを眺める。


「人員を投入しても一向に脅威は減らない。避難する近隣の住民を保護してしまったうえに、余計に生活は日に日に増して悪くなる一方。」


「否定はしない。戦果が芳しくなく、消費される物が流通に追い付いてない。私の治地が空回りしているのは承知の上だ。」


「事実、デンルークの近隣諸国の商人勢は品を売り渋り物価をさらに増長させています。この状況がいつまで続くのか?マルケス・ビアッド様の手腕が問いただされます。」


彼がこれまで為政者としてのデンルークを切り盛りしていたのは事実だ。が、その手腕は、いざイレギュラーが起きた場合どう対処するのかでまた評価が変わる。


「改めて言います。冒険者ギルドが全面的に協力します。バジリスクの討伐!それを果たして大陸をデンルークが飲み込みましょう!」


「―――」


あの異形な存在を、悪夢めいた魔獣を。災いの象徴を。忌まわしき記憶を。大蛇の打倒を。


「・・・1つ。問いただそう。」


その問いかけにここが大事なところだとアサミは直感する。


「大陸を1つに纏めたとして誰がそれを治める?」


「それはここに呼び出しているプラチナクラスの4人の内の誰かになると思います。」


「4人だと?」


「大陸に散らばっている彼らをここで競い合わせ、王になってもらいます。」


それぞれ確かな人格者で野心も備えている。今は彼らしか受けることが出来ないクエストのせいでこの場にはキラエルしかいないが召集に応じてこちらに向かっているところだ。


「・・・いくらか疑問はあるが、確かにバジリスクを討伐出来ると、というとこか。」


小さく吐息を零して、マルケス・ビアッドは目をつむってそう答える。


「それじゃぁ・・・」


「答えに焦るな。アサミ嬢。いくつか疑問点がある。疑問がある。疑念もある。腑に落ちない点も多々ある。その提案に即座に頷くのは難しいと言える。」


そう言ってマルケス・ビアッドは商人ラックを見る。


その老人の問いかけにラックは意図を察して


「失礼して、お聞きしたことがあります。」


「どうぞ。ラックさん」


手を挙げたラックは2人の話を中断させる。


「この場に私をお呼びした真意をお伺いしても?新興ながらもデンルークでの発言力はあります。バジリスクが排除される以上、尋ねないわけにはいきません。」


彼はそれまでの好奇心的な光を双眸から消して、商人としてのアサミが提示した情報についての問いを発する。


それを受けたアサミは用意していたアイテムを取り出した。


「バジリスクを討伐しただけで簡単にこの戦乱に染まった大陸を纏めることはできないでしょう。でも、これがあれば出来る可能性はあるはずです。」


言って、鞄から取り出した1つのアイテムをテーブルに置いた。


全員が取り囲むテーブルの真ん中にあるそれを見て、表情を困惑させてかすかに強張った。


「アサミ嬢?」


「はい。」


マルケス・ビアッドの問いにアサミは胸を張って応える。


「これは何だ?」


テーブルの真ん中に置かれたのは、漆黒の光沢を放つ、掌ほどの大きさの石だった。それはただの鉄鉱石とは異なり、微かに、しかし確かに魔力を帯びていた。


「これはダンジョンで採掘された。鉄鉱石いえ……魔鉱石と言い換えてもいい代物です。」


アサミの言葉に、マルケス・ビアッドとラックは目を見開いた。ここ最近、突如として出現した『ダンジョン』と呼ばれる未知の迷宮は、その深淵に古の魔力と、これまで発見されたことのない希少な資源を秘めていた。ダンジョンの出現は、この世界の歴史を大きく変えることになる。魔鉱石をはじめとするダンジョン産の素材は、武具や防具、回復薬、そして生活道具にまで革命をもたらし、人々の暮らしを豊かにする一方で、その危険性ゆえに多くの命が失われていた。ダンジョンは、まさに『希望』と『絶望』が同居する、新たな時代の象徴だった。


ダンジョンは、地下深くへと続く階層構造になっており、下層に進むほど強力な魔物や魔獣が跋扈し、同時に、より質の高い魔鉱石や素材が採掘できるとされている。しかし、その最下層には何があるのか、ダンジョンがなぜ出現したのか、その真の目的は何なのか、未だ誰も解明できていない。冒険者ギルドは、ダンジョンの調査と攻略に全力を挙げており、その謎を解き明かすことが、この世界の未来を左右すると考えていた。


アサミの発言に目を見開き、即座に手を伸ばして


「触っても?」


アサミに許可を求めたのは商人のラックだ。


「鉄鉱石?と似ていますが魔力を帯びていますね・・・魔石のようでありながらそうではない・・・」


商人のラックがそれを手に取ると、驚きの声を漏らす。


「魔力に反応をしめす?ずいぶんと不思議な鉱石ですな・・・」


魔力を流してみると魔鉱石が淡く光る。この世界の鉱石は、魔力にいちいち反応を示すことはない。他の土や砂も同様で無機質なものだ。


アサミは頷き、その具体的な活用方法を説明する。


「ダンジョン内で採れる素材は、その全てが魔力に染まっています。この魔鉱石は、武具や防具に加工することで、通常の金属では考えられないほどの強度と耐久性を付与します。さらに、回復薬に微量に混ぜれば治癒効果を飛躍的に高め、生活道具に組み込めば、例えば熱を帯び続ける調理器具や、夜間でも微かに発光する照明器具など、私たちの暮らしを豊かにする画期的な道具を生み出す可能性を秘めているのです。もちろん、加工には高度な技術と、魔力に対する深い理解が必要ですが、研究が進めば、この魔鉱石が大陸の産業と生活を一変させるでしょう。その代わりダンジョン内での採掘、採集をしなければいけないわけであって危険は伴います。魔物、魔獣が跳梁跋扈する世界です。より良い魔鉱石が欲しければ下に続く下層に赴かねばなりません。そしてその分、魔物、魔獣が強くなります。』」


「研究次第でダンジョン内で採れた素材を加工して方向性を付与し、用途によって使い分ける。使い方を誤らなければより豊かな暮らしが出来ると。なるほどな・・・冒険者がダンジョン内で素材を採掘、採集して市井に流し金が回れば国が潤い強固になる。というわけか」


アサミの説明にマルケス・ビアッドが補足する。


採集、採掘権をどこで管理するのか?そういった問題が王を擁立することによって余計な無駄な争いがなくなるわけだ。と、ラックは納得して頷いた。


「バジリスクの討伐。協力は惜しみません。ラック商会が必要な備品その他もお任せください。」


「・・・早計だな。だが、悪くはない。」


と、マルケス・ビアッドが一定の理解を示した。


「いいだろう。だが、こちらからもプラチナクラスを1人推薦する。」


と、マルケス・ビアッドの言葉に前に出たのは護衛の青年。ペルニウスだ。


彼はこれまでの沈黙を捨てて


「まずは討伐隊を編成。これ自体は滞りなく行っています。私、直属の部隊です。練度と士気には自信がありますので、他のプラチナ冒険者が集合するまでの間、バジリスクの脅威を食い止めましょう。」


ペルニウスの言葉にマルケス・ビアッド頷く。それからラックに視線を向ける。


「必要な物資があれば伺いましょう。デンルークで足りないなら周辺各国からかき集めてきましょう。」


商機を見出した犬顔の獣人の瞳がキラリと光る。


「ありがとう・・・」


と、アサミは小さく吐息をついた。その後、キラエル王国が民富国強を掲げて国を繁栄させることになった瞬間でもあった。


バジリスクを討つ。


事前の交渉が纏まり、その具体性が出てきたらその後の関係者の動きは敏速だった。


アサミとゴーンドは鍛冶ギルドを通してキラエル、ペルニウスをはじめとするプラチナクラスの冒険者が装備する武具・防具に魔鉱石をふんだんに使って作成にいそしむ。


ラックはデンルークまたは周辺国を隅から隅まで行って、必要な物資をかき集めた。


マルケス・ビアッドもペルニウスを通して討伐隊を編制し、ダッチ隊を結成させた。


そうしてプラチナクラスの面々が集い決戦の日が訪れる。


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