英雄譚の一幕
会議場は、賑やかな平民街と、常に槌の音が響く工房街を抜け、石造りの重厚な建物が立ち並ぶ貴族街の一角にあった。デンルーク王国は、中央に王都を擁し、そこから放射状に広がる街道が各都市を結んでいる。主要な交通手段は馬車やダッチと呼ばれる鳥型魔獣だが、貴族は転移魔法陣を利用することもある。工房街は職人たちの活気で満ち、平民街は日々の暮らしに勤しむ人々で溢れ、そして貴族街は、国の権力と富が集中する場所として、その威厳を誇っていた。
迎えの馬車に乗り込み会議場へ向かう間、ミルキはゆっくりとゆったりと流れる光景を楽しんだ。
到着して隣を歩くアサミに続いて姿勢正しく前を進む。
アサミの古着を拝借したミルキの姿は同じスーツ姿だ。身長も同じぐらいだったし、胸のあたりが少しきついだけで特に着回しは問題なく2人お揃いの格好になった、
彼女たちが進むその両脇には武装された兵士たちが並んで立っている。その兵士たちから向けられる無言の視線の中、通路の奥に見上げる程の大きな扉にたどり着いた。
アサミは扉の前で立ちふさがっている兵士長と思われる者と言葉を交わした。
「お待ちしておりました。アサミ様。」
兵士長は恭しく頭を下げて礼を執る。
アサミはその礼儀をわきまえ頷き、それからミルキを視線で示すと、
「書記官です。」
兵士長は鋭くミルキを見て
「刃物などは持ち込んでいないようですね。」
何かの魔法なのか?危険な武装を所持している場合はわかるようだ。
「中で皆さまがお待ちになっています。どうぞ。」
軽くアサミは頷いて見せると、大扉が中から開かれた。
視界に広がるのは赤い絨毯で敷き詰められた広大な広間だった。
壁に風景画に、天井に装飾が施された照明、無駄に広く贅が尽くされた空間だ。部屋の中央の奥には段差があり、そこには椅子が用意されている。これにも豪奢な作りとなっているようだ。
この国の王が座るべき、まさに玉座といえよう。
真っ先に玉座に目を奪われたあとでミルキは与えられた脇にある小さな席に腰を落とした。
「皆々様。お揃いになられたところで、これよりデンルーク代表の方々が入場されます。」
アサミの登場を待っていたかのようにミルキが入ってきた反対側の大扉が開かれる。
振り向くミルキ。開いた大扉から最初に入ってきたのは兵士長よりも頑強な武装された騎士そのものだった。自然と背筋が伸びる威圧感を纏っている。
そうして騎士の後に続くのが老齢の5人。その5人が身分を象徴するかのような装いに身を包んでいる。立ち振る舞い。物腰。その眼光。経験と威厳が奔りから感じられ、位の高い人物なのだろうと想像がつく。
その中で1番目を惹くのが、最後の白髪の老人だろう。
腰はまっすぐでミルキよりは背が少し高いか。真っ白な白髪が綺麗に肩までで切り揃われている。ひげは剃っているようでさっぱりとした印象を抱くが、その眼光は騎士のそれよりも鋭く斬れている。
「あの方がマルケス・ビアッド様。つまり代表の中で発言力がもっとも高いお方よ。」
思わず凝視するミルキに対して、隣にいるアサミが小声で教えてくれる。
なるほど。と思わず納得してしまう。デンルーク代表というのはどこかで聞いたことがある。
「確か。纏まってないこの大陸を実質支配しているのがデンルークでしたか?」
「名目上は支配されてはいないけれど、古き時代から実力を保っているからね。」
呟きに応えてくれるアサミ。ようは実績があるということだ。
ここにきて大いに記憶を刺激されることになるとは、ミルキはもっとこの世界を知っておくべきだったと後悔した。
ミルキの視線の先では、玉座の間では騎士が整列を始めており、そこには異彩を放つ5名の騎士が別に並んでいた。
「あの・・・あの5人って?」
自然と彼らに目が行く。
玉座を開け、その周囲をデンルーク代表が席を埋める。そしてその代表たちの前に整然と立ち並ぶのが生まれ持った他者をも魅了させる輝きを持った存在だった。
オレンジ髪の男性を中心に、5人の男性がそこに堂々と佇んでいる。
一番左に立つのは、銀色に輝く鎧を身にまとった白銀の青年。その存在感は、代表者たちの視線を受けても、その真に纏った異彩が揺らぐことがなかった。名前はアンチュア。
そしてその右に並ぶのが、深い紫色を短くした青年だった。マントを羽織っている。どちらかというと前線には出ずに後方で指揮を執るというタイプだろうか?女性的な顔立ちも手伝っているのもあって剣や槍といった近接戦が向いているとは思えない。名前はペルニウス。
真ん中に立つのは、オレンジ髪の青年。金色に輝く鎧。精悍さがそのままの姿。聖騎士とまさにこの人物が当てはまるだろうとそんな威圧感も含まれている。名前はキラエル。
その右側に立つのはどこかふくよかな印象を与えてくれる金髪で短髪の青年だった。5人の青年に比べると身長は低いが横幅は広い。だが、ミルキが目を惹いたのは、彼が背負っている盾だ。彼自信を隠せるぐらいの大盾でそれを突破させるのは並大抵の攻撃では届かないだろうと思わせる。名前はシューゲルト。
そして一番右端の青髪の青年。がっしりとした身体つき。漆黒の鎧姿。隻眼なだけに他の4人と比べて異様な存在感が含まれている。名前はハインツ。
「あれが勇ましい者。つまり勇者ということ。」
アサミが教えてくれる。正直まさかの英雄譚の一幕に出くわすとは驚きだった。そして初代キラエル王の若き時代。歴史の1ページだ。
内心で感慨深く溜息をつくミルキは、その隣が動き出したことに気づいて慌てて自分の職務を思いだした。それと同時だった。アサミの声が上がる。
「デンルーク代表の皆さま。勇者様の皆さま。僭越ながら私、アサミが議事の進行を務めさせて頂きます。よろしくお願いします。」
「・・・よろしく頼むよ。」
席に着いたままマルケス・ビアッドが顎を引いて頷いて見せる。アサミは恭しく一礼を返してさらに発言させた。
「此度の召集は王の選出も兼ねてのことです。それほど今回の魔獣討伐は重要な要素を踏まえてのこと。デンルーク代表の皆様にお集まり頂いたのはそのため。今後の後ろ盾を保障するからこそです。」
朗々と語る女性の声にも関わらず、この部屋に集った皆々に等しく届く。他者に聞かせるための声質、音量にすらそれが妙に現れているのを感じて、ミルキはその言葉に聞き魅了されてしまった。
「事の始まりは、約1年前。冒険者をはじめとした者たちが悉く失敗に終わったことが起因しております。高ランクの冒険者ですら討伐できず、民たちが不安を抱き不信に憑りつかれ、不満が募る。だからこそこの討伐を成し遂げた者には民からの支持を得ることになることでしょう。」
魔獣。これはバジリスクという巨大な蛇のことだ。好きな英雄譚の1つで何度もこの物語を読み漁って妄想を抱いたことだろう。もっともミルキが知っているのは表面的な部分だけであり、詳しく細かいところの詳細は知らないし、残ってはいない。
「ふむ。一刻を争う事態。魔獣を討伐できる勇者を送り出さなければならないな。」
「そのため。我ら冒険者ギルドはあらゆる情報をもとにして勇者と思わしき人物を探してきました。知的能力。対人能力。自己制御力。勇ましいだけではダメなのです。この3つを大きく持っている者こそがこの大陸の覇者たる王にふさわしいのです。好奇心もなければいけません。チャレンジ精神がなければいけません。限られた時間を有効に使わなければいけません。」
「ふむ。それだけの人格者なら誰もが認める王となるであろうな。この大陸に人族同士の争いごとがなくなるというのなら、我らはそれに従おう。」
マルケス・ビアッドのその言葉に代表たちは各々頷いて見せる。ようは民から支持を得られるのなら国として1つに纏めやすい。統治する側にとって味方は多いに越したことないわけだ。あとは討伐されたあとどう勇者を取り込めばいいのかを考えればいいだけである。傀儡というわけだ。
ともあれ、アサミ達冒険者ギルドは何十万という冒険者から候補者を探してきたらしい。
ギルドにとっても旨味がある話である。今後に備えて。
「今回の勇者選出に当たり、冒険者ギルドの尽力には言葉がない。アサミ殿をはじめとした君らがいなければこの場はなかったであろう。」
「もったいない言葉です。」
「では、勇者の皆の言葉を聞こうか。」
「こうしてデンルークの代表者が集うのは滅多にないしな。」
「はい。これでお終いでは面白おかしくない。」
「だから言葉を。それぞれの想いを。覚悟を。王になったとして何を成し遂げたいのか?」
代表者が次々と発言し、進行役のアサミにへと委ねられる。それに一礼し、それから勇者と呼ばれる者たちを振り返り、表情を引き締めた。
「では、まずアンチュア殿よりお願いします。」
「うむ。」
アサミの声に白銀の青年が悠然と頷き、前に出る。
「冒険者ギルドに所属するプラチナクラスの双剣使いのアンチュアだ。」
堂々と凛々しく名乗り上げる。
「私が王になった暁には、反抗勢力はすべて潰す。戦乱であろうが病魔であろうが天候不順であろうが、あらゆる敵勢力を叩き斬る。」
アンチュアが口にした内容にその場の全員が聞き入り、その意味をかみしめて含める。
「壮大な・・・」
「そうだ。国として1つにまとめ上げるにはとことん反抗する者たちは斬り裂き、ウィルスが魔延びするのなら対抗薬を、日照りが続くのなら水を、雨が降り続けるのなら土を、魔法で活性化させる。あらゆる苦難と災難を私が引き受けよう。」
語る内容に実現不可能、虚言、妄想、と思われたのに、それを口にしたアンチュアは堂々と胸を張っている。
「・・・あなた1人で出来るのですか?」
「困難であろうと無理であろうと理解はしている。だからこそ私は私の生き方に活かしていきたい。理想の世界をこの機会に創り上げたい。そう思っている。」
「・・・以上でいいですか?」
「うむ。」
アサミの言葉にアンチュアは頷いてもとの位置に戻っていった。
「では、続いてペルニウス殿。」
「冒険者ギルドに所属するプラチナクラスの弓使いペルニウスだ。」
続いて紫髪の青年が頷き、前に出る。
「国を背負う以上私の選択に従ってもらう。戦乱を招くでしょう。それに勝利し続ける。従って国が纏まる。」
そう言い終えるとさっさと元の位置に戻っていった。語るべきことは言った。と、その姿が示している。
「・・・では、次にキラエル殿。前に。」
「おう!」
威勢よくオレンジ髪の青年が応じた。
「冒険者ギルドに所属するプラチナクラスの騎士キラエルだ。」
それから一呼吸おくと、
「私は騎士である以上、弱きものを女性を守ることを最上の道徳としております。もちろん勇気、礼儀、名誉も重んじております。」
貴族出身。キラエルは口にした。三男だったため跡継ぎ問題に関係なく、冒険者となって高みを目指していたそうだ。その言葉通り彼は最高クラスのプラチナまで登り更なる高みを望んでいた。そこで冒険者ギルドに声をかけられたそうだ。
「王となる。求めれば求める程キリがありません。最初は民の安全。次は日々と食べ物、その次は豊かな生活。争いがない。食べ物に困らない。安心して眠れる場所。」
次々に欲求をつり上げていくキラエル。
「最初は小さな幸せで満足するが、でもそれに慣れてしまえばさらに幸せを求めてしまう。それが人が持つ欲というものです。」
「・・・確かに。」
「あれが欲しい、これがない、それじゃ足りない。と民は願うでしょう。だから私は王になるのです。その望みを叶える希望となって道標になれるそんな存在を目指します。」
「またスケールが大きな話ですね・・・」
「そうかもしれないですね。もしそんな国が出来上がっても私は満たされないでしょう。さらなる高みを望んでしまうから。」
「・・・・」
その場の全員が押し黙ったのを見て取って、一礼して元に戻っていくキラエル。
「・・・では、次の・・・シュークルト殿。」
しばらく続いた沈黙の後、恰幅の良い金髪の青年が呼ばれた。
「はい。」
そうして、緊張感の色が濃い表情でシュークルトが返事を返して、前に向かって歩き出した。右手と右足が同じタイミングでカチコチになっているのが誰にも伝わってきた。
「では、シュークルト殿。」
「お初にお目にかかります。デンルーク代表の皆様方。私は冒険者ギルド所属プラチナクラスの盾使いのシュークルトと申します。」
深呼吸をして落ち着いたのか?シュークルトは凛とした態度で名乗り上げた。先ほどまでの緊張感はどこへ行ったのやら?先の3人と変わらない佇まいだ。
「私が王になった暁には・・・公平。」
「?」
その言葉にその場の全員が?首を傾げる。
「人、亜人、獣人、魔人……種族関係なく言葉が通じる者たちは全て公平を、差別は断固として拒否します。」
シュークルトの言葉は、広間に静かな波紋を広げた。この大陸では、古くから種族間の差別が根深く、特に魔人への偏見は強い。しかし、ダンジョンの出現やバジリスクの脅威は、種族の垣根を越えた協力の必要性を浮き彫りにしていた。シュークルトの理想は、決して平坦な道ではない。だが、彼の言葉は、異なる種族が手を取り合い、共に未来を築くことへの、かすかな希望を人々に与えた。
「・・・つまり。魔獣、魔物以外は公平に平等に接しようとそういうことですか?」
「平等。公平。であることが重要な事。だから誰もが種族問わずに仲良く助け合って国を創っていく。それが・・・私の国作りです。」
種族感の差別はどうしようもなく頻繁に起こってしまっている。シュークルトが王になることによってその差別を明確に区別させることもできるだろう。だが、彼はその選択肢を外した。
なぜなら、
「私は、盾で守ることしかできません。・・・他の事は出来ないのです。だから知らない事、出来ないこと、学ばなければいけないことがいっぱいあります。努力は惜しまないつもりです。」
出来ないからといって最初から投げ出してきたわけではない。挑戦しそれでもできなかったと彼は言う。
「私が勇者かどうか、定かではありません。自分を過大評価はしません。でも、努力し、より良い環境を求めて努力し続ける者たちを私は認め続けます。」
だから、
「公平な目で、私は王となります。人、亜人、獣人、魔人を垣根なく評価する。そんな国を創り上げます。」
しばし、沈黙が広間を包み込んでいた。
「・・・」
「平坦ではない。そんなことはわかっています。それでも、私は求め続けます。」
覚悟をもってシュークルトが宣言する。
再び沈黙が堕ちる広間だった。シュークルトは頭を下げて元の位置に戻っていった。
「最後にハインツ殿。前へ。」
青髪の青年が呼ばれて前に進み出てきた。
「私は冒険者ギルド所属プラチナクラスの斧使いのハインツだ。」
名を名乗ると続けて始めた
「私は怠惰な貴族様が嫌いだ。」
デンルーク代表を示すかのように視線を投げかける。
「私は傲慢な冒険者が嫌いだ。」
その視線を他の4人に向ける。
「嘆くだけの民草はもっと嫌いだ。」
視線を扉の方に向けて言葉を繫ぐ。
「私はこの世界を、生きるもの全てを、なにもかも気に入らない。だから全部ぶった切る!」
「・・・極端な思考ですね。王になって全部なくすのですか?」
「そうだ。草1本でも刈りつくす。だが、そこで新たな芽が芽吹くだろう。それを大事に育てようということだ。」
彼が元の位置に戻ったところでアサミが低い声で語る。
「此度の魔獣討伐において、王候補者である勇者から言葉を受けたまりました。デンルークの代表の皆々様、異論はありませんか?」
「ない。好きにすればいい。」
「同じく。」
「賛同しよう。」
デンルークの代表たちがそれぞれ頷き同意を得たところで、アサミは玉座の脇に控えると、
「では、これより魔獣を討伐するにいたっての条件を提言する。期限は一か月以内。誰が魔獣を倒そうが構わない。だがこれが王を選出するための行軍であることを民草に、臣民に、各地で知らしめること。」
双剣使いのアンチュア。
弓使いのペルニウス。
自称騎士のキラエル。
盾使いのシュークルト。
斧使いのハインツ。
「以上を最低限の条約とする。・・・魔獣討伐を開始する!」




