潜む想い
増援部隊と入れ替わり、減耗した討伐部隊が撤収する道中の事だった。その夜ミルキは不思議な夢を見た。目が覚めてからというものの、ミルキ・ゴーンドは戸惑いと興味心の狭間で胸を高鳴らせていた。しかし、それは単なる夢ではなかった。彼女の記憶に残る撤収中の夜半とは異なる、見知らぬ世界の露店街。なぜここにいるのか、その意味はさっぱりと解らない。だが、その胸のざわめきは、彼女がこの世界に呼ばれた、ある『目的』があることを示唆しているかのようだった。後に、この夢が、この大陸を蝕む『バジリスク』の根源と、そしてその討伐が導く大陸統一という壮大な計画に、彼女が深く関わっていくことになる序章であったことを、ミルキは知る由もなかった。
露店が立ち並ぶ大通りは人混みでごった返して大盛況ぶりで、行き交う人種は多種多様で人波の勢いが凄い。
つまるところ、現状ここで立ち尽くしているミルキは邪魔以外の何物でもないわけだ。目覚めたら。見知らぬ世界に1人ぼっち。という事実に茫然として唖然として、不安が次第に募ってくる。
撤収中の夜半に警戒を重ねて交代で警護を変わってもらった後、寝袋に潜って・・・までは記憶は残っている。どうしてここにいるのか?
と、いってもどうにもならない状況にあっさりと見切りをつけて露店を見渡す。神経質な仕草で用心深く警戒心をもって周囲を観察してみる。
人垣を眺めながら、露店を見渡す。正直、見知った光景が見当たらない。それでももしかして見覚えのあるものがあるかもしれない。
しばらくしてやっとシンプルで人目を惹くには乏しいが、見慣れた果物が並べられた露店を見つけることが出来た。
店の前に自然と辿り着き、男性店主がミルキに気づき視線を向けてくる。
全身傷だらけのガタイの大きな中年の男性。ミルキが一瞬身構えてしまったのは仕方ないことだ。
「いらっしゃい!」
ミルキを客とみなしてくれたのだろう、店主はその風貌とは違って笑顔を向けてくる。
目が合った。即反らしてしまった・・・
「お嬢ちゃん。お使いかい?よし、その可愛いらしさにおまけしてやる。リンゴ1つ銅貨3枚のところ、5個で銀貨1枚だ。どうだ?」
店主の声に、ミルキは思わず目を見張った。元の世界では、リンゴ一つが銀貨一枚は下らない高級品だったが、この世界では銅貨三枚。銀貨一枚で五つも手に入る計算になる。この世界の貨幣価値は、彼女の故郷とは大きく異なるらしい。銅貨は日用品の購入に、銀貨は少し贅沢な買い物や少額の取引に、そして金貨は大きな商談や不動産の売買に使われるのが一般的だ。物価の安さに驚きつつも、彼女の商人としての好奇心がくすぐられた。
「あら?・・・やすい。」
「だろう?塾された今の季節のリンゴは甘ずっぱくて旨いぞ。」
店主のリンゴセールストークが始まる。ここしばらく携帯食ぐらいしか食べていない。リンゴをそのまま丸かじりにしたい衝動に襲われるが、ぐっとこらえて冷静に考慮してみる。
元の世界ではリンゴは1つで銀貨1枚。この世界でも同じ味ならば格安だろう・・・どうしようか?財布の中身を調べてみる。服装は普段外出用に着慣れている派手さがない落ち着いた色合いの膝まで届いているワンピースだ。そのポケットを探ってみれば確かな感触を感じた。
「で、何個欲しい?」
もう店主はミルキの内心を見透かしたように袋を広げて見せる。それはそれで何か悔しいが・・・
「5個で・・・」
「毎度。」
キラリと爽やかに笑った店主がリンゴを袋に詰め始める。
お小遣い。毎月好きなように使っていいと渡されたお金である。商人としての見識を深めるのも理由があって割とそれなりの金額を持たされている。
商品と銀貨を交換して、改めてリンゴの重みに幸せ感を感じて腰を落ち着かせられるところを探しながら、リンゴを待ちきれずに齧ってみると。
「旨・・・」
懐かしい。この瑞々しく甘ずっぱさに思わず頬が緩んでしまった。良い買い物だった。
「で、ここどこ?」
とにかく座る場所を求めていたが、ミルキは頭を抱えて立ち尽くしてしまった。
知らない世界で大通りから狭い路地に入り、細い道を右へ左へと曲がっているうちに迷子になってしまった。少なくとも大通りまでの道のりは覚えていない。
久しぶりのリンゴに心浮かれてしまった結果がこれだ。
日が暮れるまでには大通りに戻れば、宿ぐらいは探せるだろう。頭をひねり自分が置かれている現状を冷静に認識させてみる。
が、時間経過とともに、まったく大通りに出れないことにいよいよ余裕がなくなりかけてミルキは本当にどうしようかと、そんな進退窮まった時だった。
「お嬢さん。暇か?」
「お前がな!」
反射的に応えてしまったミルキだが、これはどうしようもないのかもしれない。
幼いころからの記憶があったのかもしれない。
あるいは、あまりにもテンプレすぎていたのかもしれない。
「ふん!」
「・・・」
ポーズを決めて筋肉を象徴する男に対して、言葉をなくすミルキだった。
正面に、細い路地を塞ぐようにして1人の男が立っている。
ありがちな悪役にため息を吐き出してみたいが、そんなことよりも、その場の雰囲気にあっさりとそぐわないその男の姿。
短足、胴長、肌は何かオイルでも塗っているのだろうか?陽にあたってテカテカと照っている。その筋骨隆々な佇まいは強さを求める者には存分に存在を発揮するだろうが、ここは狭い路地裏だ。いかにも場違いだろう。
厳つい顔にもじゃもじゃの髪に口ひげと、顎鬚。そして股間だけを上手く隠しただけのパンツ姿だ。実家では当たり前のように見慣れたドワーフだった。
鍛冶といえばドワーフと言われている。実際、高温で火事場での作業はなかなか精神的にタフで力仕事に前向きな性格でない限り務まらないものである。その環境において適性が高いのがドワーフが多いのが理由だったりする。
汗をかき、重い槌を振るっていればおのずと筋肉が発達してくる。その鍛えられた筋肉を美徳だと思い始めるドワーフが居てもおかしくはないし、ミルキの実家では一部猛烈にアピールしてくる者たちも確かに居る。
郷愁漂うミルキをおいておいて、ポーズを様々に変えて筋肉をアピールしてくる目の前ドワーフ。
それを半ば呆れながらも平然と見返すミルキ。その様子には怖がっている様子など微塵も欠片も見当たらない。だからといって、ミルキ自身がこのドワーフよりも強いとはとても見えないだろう。
腕を組みミルキは胸を持ち上げるようにして悠然と構えてみせた。
それを見たドワーフが勝手に勘違いして、さらにポーズを決める!
「・・・やぁ!ご迷惑かけてごめんね!」
ミルキとドワーフの間に新たな人物が謝罪を込めて割り込んできた。
「なんだかトラブルを感じるんだけれど、悪気はないからね。ほらこの子こう見えてもちょっと悪戯っ子なのよ。わかって、わかってほしいの・・・」
狭い路地で決して治安が良い環境ではない。襲ってくださいと言わんばかりの迷子になったミルキに対してのこのドワーフの登場の仕方。悪戯にしては結構なインパクトが残る。
「だから・・・おい!!」
「む!」
スーツ姿の女性がドワーフにむけて手を差し向けようとするが、それを拒むようにして新たなポーズを披露してみせるドワーフ。
「いい加減・・・」
「む?」
差し向けた手をそのまま腕をとって捻る。ドワーフはその角度を嫌がり身体を捩ってみせた瞬間、身を屈まされて、そのまま腰を回し、為すすべなく地面に叩きつけられた。
「しろや!!」
「げふ!」
「誰彼構わず筋肉アピールしてんじゃないわよ!まったく・・・ちょっと声をかけようとしたら大事になってんじゃない!!」
衝撃に痛みを抑えて転げまわるドワーフを見下ろして、吐き捨てるように言い放つスーツの女性。
さて、仕切り直すようにして手をパンパンと叩いてその女性はミルキと向かいあった。
「あなたは何か困りごとを抱えているようね?私も今困っているの。だからギブアンドテイクしない?」
「嫌です!」
即答だった。見知らぬ世界の知らない人たち。関わらない方が身のためだとミルキは即断した。
「なんで?私が困っていると?このあたりの悪漢ごときに私一人でも問題ないよ。護身術は身に着けているから。」
そういってミルキは一歩後ろに引いた。
「あなたこの世界の人間じゃないわよね?」
スーツ姿の女性はミルキに下がった分だけ詰め寄ると、
「異世界からの住人。」
「・・・なんで・・・」
「私も異世界人なのよ。だからわかるのよ。あなたの戸惑いと困惑に当惑することに。どう?少し話に付き合わない?」
そう提案されて、しばらくの沈黙のあと承諾した。
まず、土地勘がないこと。身なりのわりには連れがいないこと。そしてリンゴをそのまま買い食いしているところ。リンゴはさして珍しい果物ではないがこの辺りの住人は皮まで齧るという習慣がない。皮をむいてからやっと食べれると思い込んでいるためだ。
そうやって異世界からどの世界かは定かではないがもろもろの理由からミルキを異世界人だと検討がついて声をかけようとしたところで連れのドワーフがやらかしてしまった。ということだった。
スーツ姿の女性の後に続いてミルキは路地を抜けて大通りにやっと戻ってこられた。事情を知ってくれる相手がいることによって、はじめて訪れた異世界に心が弾むような浮き立つような感情がミルキを包み込む。
「ついたわ。」
だからだろう。急に止まった彼女にぶつかりそうになるのをかろうじて避けて躱した。
「・・・」
観光に集中するあまり意識から外れていた正面に視界を戻した。
煙突が乱雑に立ち並び、雑踏とも雑多なとも言える雑然とした家々が建ち並ぶ通りへと様変わりしている。
工房街。その呼び名が正しいのなら、職人たちが住まうエリアだろう。
当然のように整然として秩序を纏って揃っているわけでもない。簡単に言えば、仕事のためのエリアだ。
通りを挟んだ向こう側からは別世界というように見た目ですぐにわかるだろう。特に何か
敷居が在るわけでも隔ててもいない。ただ、あきらかに違う。それだけはミルキにもわかった。
「ここが私たちが住んでいるところ。工房街。職人街。と、そう呼ばれているわ。」
「へ~・・・」
なんとも言えない罪悪感。同じドワーフと暮らしているが、こうも暮らし方が違うのかと異世界に来ているのだと肌で実感が沸いてくる。
「とりあえず家に行こうか?んん??どうしたの?」
「いえ・・・別世界なんだなと・・・」
「そうよ。わくわくするでしょ?」
「はい・・・とても・・・」
言葉の意味するスレ違いにミルキはこっそりと嘆息した。
そんなやりとりをして、さっさと前を行く女性を追いかけるミルキ。
ともあれ異世界に来ていることは間違いないことだし、腰を据えられることは願ったり叶ったりだった。
狭い部屋だ。室内には丸テーブルに椅子が2脚のみ。実家の自分用の部屋よりもスペースがなく調度品すらなかった。壁際には生活用品が整然と並べられているせいかより窮屈感を与えてくれている。
椅子に進まれて、お茶を勧められる。
「議事録?」
一息ついたところで、アサミと名乗った女性から頼まれごとを聞いていた。
明日、魔獣討伐に対しての会議があるとのことでその立会人として、商人のアサミが出席することになっている。だが、連れとして雇った書記官が急遽風邪をこじらせてしまい困ったところにミルキを見つけた。という件だ。
ギブアンドテイク。
ミルキは異世界に来て途方に暮れていた。アサミは議事録を残せるものを探していた。
そういうわけで契約がなりたち、ミルキは衣食住の心配はせずにこの世界の理を教えてもらい。アサミは立会人としての立場を確保しつつ、懇意にしているドワーフに仕事を任せられる。
「・・・もしかして字がかけない?」
「いえ。問題ないようです。」
特に字が読めない書けないといった不都合は見当たらなかったのが幸いだった。




