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もう一人の私

そして意識がゆっくりと覚醒して違和感に気づいた。


「・・・夢・・・?」


小さな羽と尻尾が生えた少女。肩まで届いた白銀の髪に成長途中の身体、体格は鍛えていてやや筋肉質、短めの丈のワンピース。街の中に紛れていなければ見失うことはない見た目。が、金髪や茶髪、緑髪、青髪など色とりどりで種族も様々で、獣人、ドワーフ、エルフ、人間、リザードマンに鎧やら踊り子やらローブをまとった者達がいる。目の前を大きな二本足の鳥に引かれた鳥車が横を通りすぎて砂埃が舞っているが、行き交う人は慣れているのか無頓着だ。だから彼女には誰も関心がない。


「アンチュア領の街の中?」


自分の置かれた状況を口に出してみて整理してみる。


寝る前のことはよく覚えている。それから目が覚めたら夜から一転して昼間の街の中。異常事態なのはわかった。夢だとしか思えないし、思いたくもない。


先ほどまでいた通りから場所を移し、今は暗い路地裏で状況を再確認して腰に差している2本の剣を確かめて、ほっと溜息をついた。


と、ふいに、路地裏に響く足音。見れば3人の男が道を塞ぐようにして立っていた。


男たちの卑猥な淫猥な下品が混じった視線、それを受けて彼女もまた彼らを値踏みしてい

た。


薄汚い身なり、いやらしさを隠そうともしない人が2人、獣人が1人で、善人とは思えない。


明らかに物盗りだけではなく、強姦も視野に入っている。


背中に悪寒が走るのをルールカは無視して決断する。


「近づいたら斬る!」


「はぁ?何言ってるのコイツ?」


「わかってないんだろ?教えてやればいいじゃん。」


「身体で。」


そう言って、男たちが一歩動いた瞬間にルールカの剣が煌めいた。


先頭の男の頭と身体が離れて血が噴き出る。


初めて人を斬った。鍛錬に余念はなかったが実践はない。


斬られた男は地面に倒れて動かなくなった。そのままルールカは驚いて固まっている男に襲い掛かった。


「しっ!」


「ぐぅ・・・」


突きを放ち胸を貫き壁にたたきつけて2人目を片付ける。


思いのほか人を殺したことに対しての罪悪感が湧くこともないことがわかり、最後の獣人を斬ろうと身をかがめて2本の剣がきらりと光った。


その刹那だった。


「すみませんでした。出来心だったんです。ゆるしてください。」


身体を地面に沈めての相手に降伏を示す最大限の謝意。土下座。


さっきまで高揚してきた気分もどこへやら、地面をなめるようにこすりつける獣人に対して急速に萎えていく。


土下座するその上から踏みつけてやろうかと負の感情がちらりと見えたその時だ。


ルールカの視界の端を少女が横切っていく。


髪はピンク色。肌の露出した下着といってもおかしくはない恰好。それ以外は背中に小さな羽におしりに尻尾のある白銀の自分と鏡写しのような瓜二つの姿。


殺人が行われている現場を見向きもせず、その彼女はそのまま素通りして路地の奥へと消えていった。


「・・・」


ピンク色の少女が現れたおかげでこの場に沈黙が落ちる。


完全に冷めてしまい獣人を見逃した。ちらりと視線を向けてみれば顔色を青くして無言でかけていった。


それきりみえなくなると、路地に残るのはルールカと2人の死体。


私はそれを完全に無視してピンクの少女の後を追った。


スラム街へとつながる細い路地。日が傾きかけているのもあるが、通りを一本奥に入っただけなのに雰囲気は薄暗い空間を作っていた。


湿った空気とすえた臭いが漂ってきておもわず顔をしかめる。


スラム街での追跡中、ルールカは男たちに襲われた。以前なら剣で切り伏せるだけだったが、今回は違った。彼女の瞳に宿る妖しい光が、男たちの一人を捉える。男は一瞬にして動きを止め、ルールカの言葉に抗うことなく、ただ茫然と立ち尽くした。その隙に、ルールカは他の男たちを素早く無力化し、魅了された男から情報を引き出した。


「ピンクの少女を探しているの? 全て話してちょうだい。隠し事は許さないわ」


ルールカの声は、まるで甘い毒のように男の耳に響き、男は


「攫う事が目的だった。あのピンクの髪の少女は、このスラム街の奥にある娼館に狙われている。高値で売れると……」


と、震える声で語り始めた。ルールカは、自身の声が男を操ることを理解し、背筋にゾクリとした快感が走るのを感じた。しかし、同時に、騎士としての倫理観との間に深い亀裂が生じるのを感じていた。「これは……私の力……? こんな方法で、情報を引き出すなんて……」 彼女の心は、新たな力の覚醒と、それがもたらす背徳的な愉悦との間で激しく揺れ動いた。


スラム街を追跡すること1時間。彼女はある建物の中へと入っていった。


平屋であるものの、これまでの並んでいた民家が掘っ建て小屋や廃墟といったものではなく文字通りのスラム街に居を構えた屋敷だ。


ぼんやりと自分の現在の場所を思い描く。おそらくアンチュア街の最北。追跡が始まって街の広さに改めて実感がわく。


「お邪魔します。」


扉の前に立ってとりあえず言ってみた。こもって響くが中からの返答はない。


不安に思いながら扉に手をかけるとあっさりと開いた。


光源のない室内。スラムというわりには見張りもいない無防備さはどうしたことなのか?


中を伺うが、光が届かない室内は完全に暗闇に支配されていた。淀んだ空気に酸っぱい臭い。意を決して中に踏み込む。


手近なロウソクを見つけて火を灯す。


ぼんやりと確保された視界の中、入り口をくぐった先には待合所があった。もしかしたらここで商談かなにかの打ち合わせをする前にここでいったん客を待たせるための空間なのかもしれない。


ルールカの足はさらに奥に進む。


人気がまったく感じられない。そんな時だ。


「?」


ふいに生じた違和感に立ち止まった。


何かを踏んだ。足元にロウソクを照らしてみれば、べったりとした液体が床に広がっていた。


本能的に嫌な感触と不快感が刺激される。


「?」


ロウソクの光を前に向けた範囲の中でそれを発見した。


不思議なことに床に転がっているのは人と思われる腕。その繋がりを求めて先を促せてみればさらに奥に足が見つかる。幸いにも足は転がっているわけではない。ちゃんと繋がっている。首がない人と思われる死体と共に。


「・・・」


その死体に気づいた瞬間、刹那の空白がルールカを奪い取っていた。


その無為の空白が致命的な結果を招いた。


「・・・もっと・・・。」


女性の声?


妖艶でどこか艶っぽく楽しげなそんな声がした気がした。


「っく!!」


振り返る暇はなかった。


声がした。そう気づいた瞬間、ルールカの身体は衝撃に吹き飛ばされていた。


背中から壁にたたきつけられて、ロウソクの火がなくなり視界が闇に染まる。


だが、そんなことに意識が向かない。ルールカの頭を支配したのは。


「つ・・・冷たい・・」


全身を覆う圧倒的な寒さだった。


硬い床にうつぶせに倒れていると気づいたルールカだったが、全身に力が入らず手先の感覚が全くない。ただ寒い。身体の真ん中から感じる悪寒。


寒いと口を開こうとしたらこぼれたのは吐血。


咳き込み、吐き出す。視界の広がる真っ赤な床が見える。


かろうじて動く瞳が冷たさの原因を探り、そこで見た光景に納得いく。


胸にぽっかりと空洞が開いていた。


理解してみれば意識が急速に遠のいていく。寒さすらすべての感覚が遠ざかる。


消える意識から最後に目だけ働きかける。鮮血に染まった床を踏みつける足。誰かがそこにいて私を殺したのだろう。


その相手の顔を拝んでやろうという感情が遠ざかる意識を無理やり振り向かせて足掻いた。


でも、次の瞬間にルールカの意識が堕ちた。


「おい。そこの可愛いお嬢ちゃん。少し俺らと遊んでいこうや。」


「え??」


路地を塞ぐようにして立ちはだかる3人の男にそう声をかけられて思わず間抜けな反応をしてしまった。


路地裏は相変わらず人気がない。湿った空気とすえた臭いが漂っている。


まだ日差しが高い時間帯だ。ちらっと見える猫が寝そべっている。「気持ちよさそうだな」という感想がこぼれてくる。


だけど・・・この視線は覚えに強かった。つい数時間前に無遠慮にぶつけられた卑猥な感情と同じもの。というより全く同じ。


[???]


首をかしげて周囲を見渡して反対に首をかしげてみる。


この感覚は夢だと認識して体感している。それだけに続きがあるのならわかるけど、時間がもとに戻ったようなそんな錯覚。


「傷がない・・・」


服の上からあった場所を確認。跡もなければ血のりもない。


もとに戻った。夢を見ているのに夢をみている?頭の中が混乱しておかしくなりそうだった。


「おいおい無視するなよ。」


「状況がわかってないようだな。教えてやるよ。」


「身体でな。」


無反応なルールカを見て、男たちは下卑て口端を歪める。


そんな彼らの態度を、ただじっと観察するようにルールカは見ていた。


人数は3人。身なり顔たちはとても育ちがいいとは言い難い下種がそのままのような典型的な荒事に慣れ弱者を虐げるを是とする存在。


「お嬢ちゃん。怯えているのか?」


「初めてか?そうだよな!」


「優しくしてやるよ。」


調子に乗ってくる3人に、黙って耐えられなくなったルールカは動き出す。3人の中で一番奥にいる獣人に狙いをつけた。前回は土下座して見逃した男だ。当然形勢が変わればまた頭を下げてくるだろう。だから、


「しっ!!」


煌めいた剣の刃が獣人の首をはね上げる。そのまま、とっさの事態に反応できない他の男に左足を打ち込み壁にたたきつける。衝撃でうめく男にとどめを刺して最後の1人に向き合う。


「・・・てめぇ・・・」


瞬時に2人の仲間を殺されてしまい気圧されて表情が青くなる男だったが。


「なめんじゃねえぞ!ガキが!!」


それを見越しての、掴みかかってくる男を迎え撃つようにしてのカウンター。


「しっ!」


片腕を斬られて男が絶叫する。その背後にルールカは素早く回り込み一刀。左右に分かれて地面に落ちて崩れて動かなくなる。


罪悪感などもう一切感じ取れない、むしろ清々しく心地よいぐらいだ。そして3人の死体を前にしてまたピンク髪の自分が通り過ぎていく。


声をかけても止まらないし、振り向かない。気になるその存在にどうしても後をついていくほかなかった。


ルールカがスラム街の最奥の建物の中にたどり着いたのは夕刻になってのことだった。


心臓が高鳴り、脈動の速さは尋常ではない。さっきの3人組とはわけが違う。興奮とは逆の感覚。手足が重く、喉が渇いて、頭が痛い。甲高い耳鳴りがひどく、ここまでたどり着いてしまい時間がかかった。


ピンク髪のあの子に何かがある。そう確信を抱いていた。が、


思わず息を飲みこんだルールカは脳裏に思い出したくない光景が蘇る。


血の海。


知らない死体。


何もできなかった自分。


「・・・」


膝が笑う。言うことを聞かない身体。意を決して無理やり震えを落ち着かせると、深呼吸してルールカは進む。


無言で佇む扉は弱気になっている自分を拒絶しているようだった。


「誰かいますか?」


希望を抱いてノックしてみる。返ってくるのは無言と無音。


その静けさが怖くなって自然と扉を激しく叩いた。


ここで死んだ。たしかに死んだ。


絶望的な結果を受け止めきれず扉が軋むほどにノックする。


それほどやって。


「うるさいぞ!扉をぶっ壊す気か!!」


目の前の扉が内側から勢いよく開いて、ルールカは目を白黒させて顔を上げた。


その見開いた瞳の中に、入り口で顔を真っ赤に染めた太った男がルールカを睨んでいる。


汗やなにやらで変色した上着は不衛生で異臭が漂う。その衣服の下から肉がはみ出て気色悪いこの上ない。横長族。カエルを潰したらこうなるのではないかと思われるその姿は魔物と勘違いしそうになるがれっきとした種族だ。


「なんだお前は?」


強烈な悪印象を抱いた横長族の男が一変して建物の中に丁寧に招きいれてくれた。


入り口から入ってすぐの待合所を抜けて、来客用のソファーに案内されたが居心地が悪く落ち着かない。


「何分貧相なものなので座り心地が悪く申し訳ございません。」


「いえ・・・」


対面に座るのは先ほどの横長族の男。汗をハンカチで拭いながらの心のこもっていない言葉に一切の謝意は感じ取れない。服装から見て取って裕福な出の娘なのだろうと思ってくれているのだろうか?たしかにソファーは固いし、ごわごわとした感触がいちいちおしりを刺激する。尋ねたのは私自身なので文句は言えないし言わない。


そういった意味で居心地が悪いのではない。と思いつつ、ルールカはさりげなく室内を観察した。


シンプルで家具がソファーとテーブルだけの空間。


「で?今日はどういったご用向きで?」


と、ルグっと名乗った横長族が茶をカップに注ぎながら聞いてきた。


「ピンク髪の女性を探している」


この後、腕と首をはねられて死ぬわ。その言葉はつけなかった。誰に?なぜ?と問われても私には答えはわからない。この目の前の横長族が殺されようとなんの痛痒は感じないけど、自分も巻き込んでくれる犯人と思われる人物は確認しておきたい。


ルールカの視線と言葉を受け、男は一瞬双眸を見開き、それからにたりと破顔した。


「そうですかそうですか。ピンクの髪の女性ですな。もちろん居ますともお客様のご期待に応えますとも。」


笑顔を向けてくれているのだろうか?潰れたカエル顔に嫌悪しか抱かない男がルールカに茶を勧めてくる。ルグと名乗る横長族の男が差し出した茶を、ルールカは一口飲んだ。


しかし、その紅茶の芳醇な香りは、彼女の鼻腔をくすぐることなく、むしろ口の中に広がる甘ったるい香りが、強い違和感を呼び起こした。それは、どこか人工的で、媚びるような甘さだった。視線をさりげなく室内に巡らせる。


簡素な家具、しかしどこか華美さを隠しきれない調度品。座っているソファの固くごわごわとした感触が、一層の不快感を募らせる。そして、先ほどすれ違った女性の、どこか投げやりな視線。頭の中に、一つの言葉が浮かび上がった。


「娼館」


スラム街の奥にひっそりと佇むこの屋敷が、まさかそのような場所だとは。知識としては知っていた。治安維持のために必要悪として存在することも。しかし、実際に自分が客として扱われている状況に、ルールカは言いようのない嫌悪感を覚えた。胸の奥からこみ上げてくる吐き気を、彼女は必死に飲み込んだ。


「私と同じ顔と身体で髪の色だけがピンクの女を探している。」


だからはっきりと告げた。


彼女の後をついてきたからここにたどり着いた結果だ。彼女が何者なのかせめてヒントだけでもあればそれで良い。さっさとこの危険地帯から逃れたい。そんな思いを込めたルールカの要求に対して、横長族の男は難しい顔をした。


「あなた様と同じ顔に身体の色だけ違う・・・。」


「さっきこの屋敷入っていくのを見たわ。」


「・・・」


しばらく頭の中を探したのだろう。それからふと破顔した。


「もしかしたらあの子かもしれません。」


「本当?」


吊り橋を渡り切ったそんな感覚。ぷっつりと切れてしまうと思った橋がまだ繋がっている。


「金貨1000枚。」


「・・・?」


「あなた様のご要望に応える女性はひとりだけおります。そのお値段でいかかでしょう?」


「ないわ。」


法外な金額にルールカは即座に却下した。娼婦を買うにしてもここまでの金額にはならない。完全に足元を見て言ってきている。


「そうですか?わたくしの見立てではこの金額でも安いと思われます。」


その下卑た視線がルールカを上からなぞるようにして視姦する。


「そう。ならこれで失礼するわ。」


気分は最悪。吐き気がしてきた。


立ち上がるルールカを横長族の男が、またも視姦が舐めるように絡みつく。


「まぁまぁお待ちを。時間はたっぷりあります。交渉しましょう」


厭らしく、浅ましく、卑しいそんな感情がルールカの鼓膜に届いた。その瞬間、ルールカの瞳に、かすかな妖しい光が宿った。彼女は無意識のうちに、魅了の力を発動させていたのだ。


「しっ。」


刹那の行動だった。腰に差していた剣を抜きはらい、さし出だされた右腕を斬り払う。


ルールカの視界の中で、横長族の男は痛みと驚愕に床を無様に転がした。


「なにを・・・」


「しっ。」


男の言葉を遮る形で首をはねる。


罪の意識、後ろめたさ、負い目など感じない。ルールカにその現実が届く前にしびれに似た感覚が身体の奥から頭の天辺まで駆け昇った。


思考が止まり真っ白な世界が広がる。


ゾクゾク、ビクビクとして恍惚に酔いしれてへたり込むルールカの前にふっと現れたピンクの髪の少女。


「ずるいわ。」


と囁くピンクのルールカの声が、ルールカの耳朶に甘く響き、その言葉が、彼女の内なる禁忌を破るかのような痺れを伴って意識を貫いた。


「・・・あ。」


へたり込んでいたルールカの身体から鮮血が噴き出す。左肩から右の脇まで斬られたような傷口から血が宙を舞いまき散らしながら赤い雨が部屋中に降り注ぐ。


「さきにイクなんて、ずるい。」


今度は左腕を下ろした。


あらたに鮮血が舞う。


「・・・え?」


痛みと衝撃のショックで意識は戻ったが、ルールカの身体はピクリとも動かない。そのまま数秒も経てば血を失い命も失う。


血の海となった部屋。片腕と首のない死体。ルールカの脳裏にあの時の光景が蘇る。


「私もイカせて。」


という自身の内なる声に呼応するように、ルールカの心臓は激しく高鳴り、その高揚感は、彼女がサキュバスとして生きることを肯定する、甘美な歓喜へと変わっていった。


「痛い?苦しい?つらい?悲しい?」


ルールカとピンクの少女の視線が重なる。


ピンクの少女はルールカと同じ顔、身体でその瞳は恍惚としていて今まさに命が途切れようとするその瞬間を待ちわびて楽しんでいる。


「まだダメよ。ゆっくりと焦らせてイ・カ・せて。」


「―――」


なぶるように、ねぶるように、見えない刃がルールカを傷つけていく。生きているのが不思議、生きているのが地獄、生きているのが怖い?


相手を追い詰めるたび、ピンクの瞳には狩人としての純粋な愉悦が宿り、その高揚感は、自らがこの『遊び』を支配しているという優越感と結びつき、彼女の全身を熱く燃え上がらせた。


ピンクのルールカの絶望的な表情を見るたび、ルールカの内面では、抗いがたいサディスティックな高揚感が湧き上がり、ルールカの意識が堕ちた。


「ここは通行止めだ。お嬢ちゃん。」


「!?」


覚醒した視線の先に近くで声をかけられてルールカは、その人影に気づいた。


3人。身なりは汚く、下卑た性格がそのままの姿、もはや同じ空気を吸っていると思うだけで煩わしいほど立ちはだかる生害。いつの間にかすぐそばに寄ってきていた男たちに眉根を寄せ


「ちっ。」


ルールカはいまいましさと苛立ちを舌打ちで不愉快をしめした。


「邪魔よ。どきなさい。」


2度、瞬殺にしている分記憶も曖昧な男たちの顔。覚えたくはないが3度目となればそうもいかない。自然と頭の中に残ってしまう。


「おいおい無視しといてそれはないだろう?」


「つーか。さっさとやっちまおうぜ」


「もうやっちゃった。」


ルールカの睨みに身体をふるわせて笑って見せる男たち。だけどその目はルールカの顔と身体の価値を最大限に評価していた。それだけにこの後の卑猥で猥褻な行為が頭の中で揺らめいている。


その視線を受けてルールカは「斬る」と心の中でつぶやいて足を踏み出した。


だがルールカの意志とは関係なくぐらりと身体が揺れて、前に出したはずの足から力が抜けてその場でたたらを踏む。


前のりになって地面に手をついた。立ち上がろうと力を込めようとしても力が入らない。全身が動かない状態だ。


「だから無視するなって言ったんだよ。」


嘲りの声が真後ろから聞こえてルールカは首を回す。


男たちは口の端を歪ませてルールカの腕を指さした。


その先を視線で追っていたルールカはいつの間にか切り傷を負っていることに気づいた。わずかな傷が力が入らない理由にはならない。だけれど彼らはこの傷をつけた原因であるナイフを見せてきた。


「ど……く?」


理解した瞬間、ルールカの身体に痺れが全身を襲った。指先から急速に広がる麻痺の感覚が、全身の自由を奪っていく。耳元では、男たちの下卑た嘲りの声が、遠く、しかしはっきりと聞こえた。


2度目の死から戻ったあと思考を停止してしまった事の対価がこれだ。無意識化での防御本能に称賛を送りたいが、対するはかすっただけでもいけない毒。隙をみせてはいけない、油断は許されない、集中を切らせてはいけない。それが考動。


「おい、死んじまったのか?」


「麻痺毒だろ?」


「即効性で高い買い物だった。」


まだ意識があるうちに対処しなければならない。そう決断してまだ動ける箇所を探す。が


「はーい。諦めなさい。」


着ていた服が無慈悲に破られる。


「―――」


発しようとした叫びが、手足、指先まで届いた痺れに妨害される。


もはや何の痛覚や声を出すことも許されない状況になっている。ルールカに残された選択肢はもう何もなかった。


自分ではない物が体内に侵入してくる。感覚が乏しくなってきているのに感じるこの違和感。考えないように思考を止めなければいけないと考える程に考えてしまう。


視界もあやふや、自分がうつぶせなのか仰向けなのか?何もわからない。今回はまだ死んでない。それだけはわかった。


考えなければいけないと言い聞かせてきた。でも、真逆の答えを求める自分が今はいる。いっそこの状況を楽しんでやろうと。


現実から目を反らし、夢に縋ろう。


夢?私の夢はなに?


「・・・サキュバス・・最高・・」


「・・。肉便器・・」


「・・・中に出し放題・・・」


わずかに残った聴覚が聞きたくもない言葉を拾ってくる。それをどういう意味で理解するのかしないのか。思考を停止した頭の中で右から左へと消えていく。


脳裏に浮かぶもう一人の自分、ピンクのルールカは、挑発的な笑みを浮かべた。


まだ抗うの?この胸の高鳴りが、本当は何を求めているのか、もう知っているはずでしょう?


ルールカは、自身の心臓の鼓動が、鏡像の言葉に呼応するように高鳴るのを感じた。それは、騎士としての矜持と、抗いがたい甘い誘惑との間で揺れ動く、自身の魂の叫びだった。


どのぐらい時間がたったのだろうか?


魔物、人、獣人を斬って殺して感じるサディズム。肉体的な性的行為。どちらも全身を駆け巡るしびれが頭に到達した瞬間に訪れるオーガズム。


人とサキュバスの間で生まれたからなのか変わった性癖。騎士として育てられたからこその無意識レベルでのサディスト。サキュバスだからこその生殖本能からの性欲の強さ。


でも、ルールカはため息をついた。そんな境遇だからと自分は言い訳に使っていると。


「結局のところ私は求めている。どうしようもないくらいのオーガズムを。」


そう結論して、


「ええ。そうよ。だから。私を認めるわ。」


自身のサキュバスとしての本質を認めた瞬間、抑圧されていた感情が堰を切ったように溢れ出し、その解放感は、魂の奥底から湧き上がるような痺れとなってルールカを包み込んだ。それは、騎士としての誇りを持ちながらも、自身の根源的な欲望を受け入れるという、ルールカにとっての新たな信念の誕生だった。彼女は、己の全てを受け入れたことで、揺るぎない強さを手に入れたのだ


刹那、周囲が一瞬にして暗転し、背後から風が突き抜けた。


「・・・」


忽然とした微笑みとピンク髪の影が、風がまとわりつくように飛び掛かってきた。


剣と見えない刃がぶつかり合うたび、金属がぶつかり合う甲高い音と、風が唸るような音が混じり合い、ルールカの意識は研ぎ澄まされた。同時に、現実と夢の境界が曖昧になるような、甘美な痺れが全身を駆け巡る。


風の刃が肌をかすめるたび、鋭い痛みが走り、その直後に訪れる快感が混じり合った痺れが全身を貫いた。鮮血が宙を舞う視覚的な刺激は、ルールカが自らの身体が、この『命の取り合い』を心から求めていることを悟らせた。


「ふふふ。ありがとう受け入れてくれて。」


恍惚とした表情を浮かべるのは見慣れた自分。ピンクの髪のルールカ。


さも当然のように受け止めた白銀の髪のルールカ。


「でもね。だからといって・・・」


微笑んだまま、ピンクの髪の少女は首を傾げて


「私はもっとイキたいの。」


「私もよ。」


直後、全方位からの風の刃と2本の剣による容赦のない攻防が始まった。


風の刃は見えずらい上に、射出速度が速い。鋭い風が唸るような音を立ててルールカの身体をかすめ、ワンピースの薄い生地を容易く切り裂いていく。肌を突き刺すような痛みと、その直後に訪れる甘美な快感が混じり合った痺れが全身を駆け巡る。


赤い鮮血が宙を舞い散る光景が視界に広がるたび、その鮮烈な赤が、ルールカの内面に秘められたサディスティックな悦びと結びつき、甘く痺れるような感覚が全身を駆け巡った。


「しっ。」


風を斬り裂いて、白銀のルールカは全て防いだ末に、低姿勢から正面まっすぐに重みのある剣をピンクのルールカに叩きこもうとする。


「ふっ」


多重展開した風の盾が剣の刃を易々と食い止めた。一撃を止められた白銀のルールカは即座にバク転しながら蹴りを放つ。


見えない刃と2本の剣が縦横無尽に乱舞し戦闘は止まらない。白銀とピンクのルールカの身のこなし方はお互い同じであった。


身を揺らし、身を屈め、時には重力を無視した回避行動。


「ふふ。」


「あら?笑うなんて珍しいわね。」


「あなたは強い。確かな実感よ。」


「そうね。ふふ。」


お互いに微笑みつつ、うなる風と刃が撃ちあう。攻守が入れ替わり立ち代わりと決定打のかける戦闘が行われて時はすでに幾分か過ぎ去っていた。


「楽しいわ。」


「・・・?!」


踏み出そうとした白銀のルールカがその場でその場所で躓いて手をついた。あり得ないミスに、足元に視線を向けて答えを得る。


足元に風でえぐった土が盛り上がっているのだ。砕かれたわずかな土塊が彼女の足を絡め取る楔の役割を果たしている。


「隙がないなら作ればいい。」


「・・・やってくれるわね。」


「素直に称賛を送ってくれてもいいのよ?」


両手が前に突き出され、そこからそれまでの最大級の風塊が集中して破壊のエネルギーとして放たれた。


一極化された暴風の塊は直線上の全てを巻き込み破壊する。


ただし、直線上にいればの話だ。


「イケたと思ったのに。」


血が舞い散る光景が視界に広がるたび、その鮮烈な赤が、ルールカの内面に秘められたサディスティックな悦びと結びつき、甘く痺れるような感覚が全身を駆け巡った。


地面に血が滴り落ちる。白銀のルールカの肩口からだ。射線上から全力をもってしてわずかに離れることに成功した。左腕はばっさりとなくなっていたが。


「まだイカせないわ。」


「これって、もしかして私たちマスターベーションしてるわけ?」


ピンクのルールカが言葉に恍惚とした表情で聞いてきた。


「一人でしてるんだから、そうなんでしょう。」


片腕だけになった白銀のルールカは嗤う。


彼女たちはまさしく命の取り合いをしている。それを自慰行為として片付けてしまっている。白銀とピンクのルールカの戦いは終わらない。


この戦いを通して、ルールカは自身のサキュバスとしての本質を深く自覚し、その性的・サディスティックな本能を『命の取り合い』という形で表現していた。内なる欲望と戦い、そしてそれを受け入れる過程が、彼女を新たな高みへと導いていく。


風の刃は途切れることなく撃ちつけられている。が、次第にそれらを片腕にしたルールカが全てに届かなくなった。


唸りを上げて飛んでくるピンクの斬撃は、攻撃を捨てて防御に専念してやっと紙一重になる。距離を開ければ詰めてくる。実力が拮抗していただけに隙を作ってしまったのが致命的になる。


風の刃に翻弄される剣の先端、そこに軽くつま先を乗せたピンクの姿がある。風を使った身体魔法によって成立するバランス。ピンクの足が白銀のこめかみに直撃してそのまま勢いよく吹っ飛ぶ。さらに風にはじかれて横倒しになった。


「もう終わりなの?ひどく残念だわ。」


身軽に着地して振り返るピンクが白銀に視線を送る。そして、彼女の身体を風の刃で斬りつける。


一歩ずつ進むたびに、なぶるように、猟奇的に、ひどくみじめに、ゆっくりと辛うじて顔だけは浅い傷だが他の部位は出血で赤く染まっていく。


ピンクのルールカの挑発的な笑みが視界を支配する瞬間、ルールカの思考は停止し、ただ純粋な『快』の痺れだけが、彼女の存在を揺さぶった。


「・・・しっ。」


傷が増えるたびに2人の距離が縮まり、十分に近づいたところでその小柄な腰辺りに飛びついた。地面に2人の少女が転がる。


転がったまま彼女の顔を見ると驚いた顔をしていることに白銀はしてやったりとにっこりと微笑む。


転がる先は斬られた腕が転がっている場所。もちろんそこにはもう一本の剣がある。こちらに剣先を向けて待ちわびてくれている。もがくピンク。決して離そうとしない白銀。


「―――」


「・・・」


息を詰める叫び、白銀のものかピンクのものか、どちらでもないようでどちらでもある。


だが、結果は剣に突き刺された2人の少女。


「なりふり構わないの?」


「いいでしょ」


「・・・とても」


ピンクのルールカとの激しい攻防の末、互いの存在を認め合った瞬間、ルールカの胸には、これまでのどんな勝利よりも深く、魂を揺さぶる高揚感が満ち溢れた。それは、自身の根源的な欲望が満たされる至福の感覚だった。


この戦いを通して、ルールカは自身のサキュバスとしての本質を深く自覚し、その性的・サディスティックな本能を『命の取り合い』という形で表現していた。内なる欲望と戦い、そしてそれを受け入れる過程が、彼女を新たな高みへと導いていく。


その瞬間だった。世界がズレた。一瞬の間、暴風が吹き荒れて、空虚な空間が色を取り戻すように激変する。そして、彼女の部屋の窓ガラスに、まるで剣で切り裂かれたかのような亀裂が走った。それは、夢の中の激戦が、現実世界にまで影響を及ぼしたかのような、不可解な痕跡だった。


数年後。


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