サマールルの脅威
「こ、後方から伝令です。敵の別働隊が動き出しました。」
山頂から吹いてくる風のせいで、雪原の雪が舞い白みかかった晴天の下、立ち並ぶ近衛騎士たちに向かって、伝令兵は報告を始めた。
「別動隊は1000人ほど。騎兵隊が半分ほど占めています。」
騎兵隊を指揮していたルールカが、最初に反応した。
「まぁそうなるでしょうね。バカ正直に真正面からは来ないわよね。」
「このペースで進まれると、2日後には西の氷族の砦にたどり着きます。」
それを聞いたルールカは頷き、隣ではエリーゼが思案気に唸る。
「早急に迎撃部隊を出すしかないわね。シルヴィ総司令官。こちらの戦力分散が狙いなのは明らかですが、それも含めて出すしかありません。」
「確かにな。……となると誰が行く?」
シルヴィは周りを順番に視線を巡らせていく。するとエリーゼとルールカが率先して手を挙げた。
「部隊から1個中隊を編成してくだされば、あとはなんとかします。」
「私も同じです。」
彼女らから積極的に出撃許可を求められたシルヴィだったが、彼女は軽くため息をつくと、
「……ここは私が出よう。」
その提案にその場の誰もが驚きを隠せなかった。ミルキが真っ先に反論を上げる。
「シルヴィ王女殿下はこの戦場での総司令官ですよね?ここを離れたらダメなんじゃ……」
「普通ならそうなんだが、正直なところこの戦場の指揮を任されたところで、何か予想外の事態に陥ったときに適切な対処が取れる自信がない。全く不甲斐ない王族なのだが」
はっきりと率直なシルヴィの言葉に、その場にいる彼女たちは返す言葉を失った。その沈黙の中で王女殿下は続ける。
「それでも今までなんとか戦い抜いてこれたのは、そなたらという頼れる存在に恵まれたからだ。さらに言うと、エリーゼが戦いの先を読んでくれていたおかげだ。……だからこそ思うんだが、エリーゼとルールカがこの場を離れるのはまずい気がする。どっちか片方が抜ければ、そこから一気に切り崩されるような気がしてならない。」
シルヴィの声は真剣そのものだった。周りは押し黙っている。
「対して、砦に立てこもって持久戦をするくらいなら私にだって出来る。王族失格だとわかっているが、ここは適材適所で編成してもらいたい。さすがに魔装砲改をいくつか持っていかせてもらうが、その分を含めて中隊規模の兵でよい。」
そう言い切ってからも誰からも反論が上がらず、シルヴィは自分の提案を受け入れられたことを察した。さっそく自分の兵を招集しようとする彼女に、エリーゼが改めて声をかけた。
「・・・わかりました。ここは私たちに任せてください。別動隊の迎撃は総司令官に頼みます。すでに氷族の砦には魔装砲が準備されているはずですから、うまく使って持久戦の足しにしてください。今日から7日間。楽な戦いなんてないでしょう。ご武運を祈ります・」
右手を挙げて、お互いに敬礼を交わす。
「・・・ということになったわ。ミルキ。」
「うん。」
返事をかえしてミルキは、レイニの腕を突然掴んだ。
「ちょっとレイニを借りるね。」
掴んだ腕を引っ張りながらミルキは歩き出した。
「レイニ。あなたなら魔装銃改をよりよく理解しているからこそできるはずよ。」
「なにを?」
一直線に歩きながら、ミルキは口にする。
「相手の裏の裏を読むことよ。」
それからしばらく経って2人が戻って来たところで、
「現時刻をもって機動防御作戦を開始するわ。各隊は持ち場に戻れ!」
力強くこの戦場を請け負ったエリーゼが、声を張り上げた。
一方、氷族の案内を受けて西に向かったシルヴィ率いる迎撃部隊は、出発から丸1日をかけて目的地の砦にたどり着いていた。
「ほぅ・・・思っていた以上の砦だな。」
シルヴィの一言はそんな感想だった。砦は起伏が激しい丘の上にあり、その通り道を上から望める形で氷壁がせり出している。道幅も狭く、いかにも籠城戦に向いた天然の要塞を作り出していた。
「確認するが、ここを素通りして本隊に迂回できる道はないのか?」
「大きく迂回するならあるが、ここはもともとサマールルの侵攻に備えて作られた砦の一つだ。ここを避けたければ、崖を登っていくほかないが」
案内してくれた氷族の男に、砦内の説明を受けながらそう言われて、シルヴィはこれなら大丈夫そうだと安堵の息をついた。
「わかった。それで砦の修復はどうなっておる?」
「出来る限りは直しておいたが。けんども砦自体が古いからな。こればっかはどうしようもね。激しく攻撃されたら、たまらず崩れるな。」
「なるほどな。まぁ、魔装砲が備えてあるのは幸いだ。」
「他の砦からこっちに全部集めてきてやったが。」
「ふむ。ありがたいな。」
そう言ってシルヴィは砦の上から身を乗り出して、敵の侵攻方向に面した設置された魔装砲を眺めた。欲を言えば魔装砲改がもっとあればよかったが、敵を上から迎撃できる点は望ましかった。
「・・・よし。せっかく人手があるのだ。敵が来るまでの時間を訓練に充てるとしようか。」
砦の全体を把握し終えて、シルヴィは本格的に協力体制になった氷族達と兵士たちの配置を決めて予行練習というべきか、お互いの戦い方を教え合い。実際に実射させてみた。
斥候部隊が敵と遭遇し、交戦をへてこれを撃破した。その一報を、エリーゼは携帯食料を口に詰め込んで聞いていた。
「作戦から3日目で遭遇戦。想定内ね。」
ろくに噛まずに水で流し込んだところで、彼女は紙にペンを走らせた。
「斥候隊には休息を命じて、ルールカに引き継いでもらうわ。」
「はっ。」
内容を復唱させた伝令兵を送り出す。それと入れ替わりに別の兵が報告をもってきた。
「隊長。後方からの報告です。敵軍から300ほどの騎兵が東に移動し始めました。」
「東?・・・今一つ意図が読めないわね。」
いまさら騎兵を東側に展開させてどうしようというのか?単に無視するには引っかかる情報だった。少し考えて、リナを呼んだ。そう待たずにして小柄な少女がやってくる。
「エリーゼ。どうかしましたです?」
「気になることがあったの。東に敵側が騎兵を動かしたみたいなんだけれど、どう思う?」
その問いにリナは眉間にしわを寄せて考え込んだ。
「東?・・・わかりません。あっちには崖があってクレパスもあって危険地帯です。」
「そうよね・・・それにしては半端な数を向こうは動かしてきた。ひょっとして東側から増援があるのかもしれないと思ってね。」
「ないです。東のその先は空しかありません。です。」
リナはきっぱりと言い切る。縄張りとする氷族がしらないようなそんな抜け道がある可能性は限りなく低い。エリーゼもそう考えて、それ以上は悩むのをやめた。
「うん。ありがとう。」
労いの言葉と共にリナを送り出したエリーゼだったが、東に視線を送る。ただ漠然とした不安だけがいつまでも胸の中に残っていた。その不安は、精霊たちの囁きが途切れるかのような、不吉な予感にも似ていた。
西側の砦では、両軍の間で散発的な戦闘が始まっていた。シルヴィ率いる防御拠点は守りを固めて敵を寄せ付けず、今のところ戦況は膠着していた。
「こっちは時間が稼げていいが、向こうはいやに慎重だな。」
氷壁の隙間から敵の様子を除きつつ、シルヴィはそんな感想を漏らした。マルセイザ共和国軍の別動隊が現れて、すでに2日以上たっているのだが、まだ本格的な攻勢には出てきていない。たまに騎兵隊でちょっかいを出してくる程度、射撃で応戦すれば即退却していく。
結果として、お互いに被害は0であった。シルヴィとしては上々の運びなのだが、うまくいきすぎている気がする。
「・・・別動隊は本命ではないにしろ、1000人も連れてきているのだ。こちらが籠城戦をしているにしても、まずは本格的に攻める姿勢を見せるべきだと思うのだが・・・」
それで突破口が開ければよし、失敗に終わったところで戦況はこのまま続くだけだ。負ければこちらはそれでお終いの守備側と違って、向こうにはある程度の余裕がある。それを利用してこない敵の意図がわからない。
「待て。よく考えろ・・・まだ攻めてこないということは、そのうち攻めてくるということでもある。つまりは向こうはチャンスを待っている。一体なにを?」
膠着状態を打破できる攻略・・・その可能性をシルヴィは思考してみる。真っ先に浮かぶのが増援だが、そんな動きがあれば氷族の見張りがすぐに気付いてくれるはずだ。緊急の報告が来ない以上それは考えられない。
「他には・・・攻め落とすには時間と被害がかかることを悟った敵側が、攻め手を考えているとかか?」
それならそれで、ぜひそうであってほしいと願ってしまう。だが、そうではないはずだとシルヴィは思い至る。なにかを敵側は待っている。彼女はそう結論づけた。その時にどう動くかを検証を始めた。
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半日ほど前のことだ。
西の砦から山道を登り崖をよじ登った先には山頂と山頂を連なる細い道がある。その標高はそれほど高くはないが、山脈から吹き下ろされる寒風は冷たさが増していた。
「・・・」
人目を避けて目的を達成させるシャドーファントム達にとっては都合がよかった。歩きやすい道などなく、滑る氷地を這って進み、時間をかけてここまでたどり着いた。
谷間の地形をうまく利用して作られた氷族の砦を、1キロそこそこの距離を開けてマルセイザ共和国軍が陣を張っている様子がはっきりと見晴らせた。眼下の光景を見下ろせる位置だ。慎重に重ねた移動で彼らは敵味方に見つかることなく、マルセイザ共和国軍を強襲できる場所までやってきた。
「絶好の射撃位置です。このまま最北軍がくるまで待機ですか?」
「攻撃の準備をして待機だ。やつらがこの付近にやってきたその瞬間に斉射に移れ!」
「・・・」
リーダーに命じられ、細い道に沿ってずらりと這い並ぶ。その全員が魔装銃を抱えて山を登ってくるであろう最北軍を探す。
最北軍には飛距離が伸びた魔装銃を装備している部隊がある。それを使ってマルセイザ共和国軍に襲撃をしかけてくるだろうとシャドーファントムのリーダーは読んでいた。だから彼らが陣取るであろうこの場所に先に到着しておいて、襲う。まさかこの場に敵がいるとは警戒もしていないだろう。気づいたところで対処もできずにせいぜい崖に転げ落ちるだけだ。また氷族の砦方面に移動も可能だ。ここで一掃したあと、砦を急襲する。高い位置からの射撃は圧倒的に有利だ。こちらに気づいて敗走したとしても的として格好の獲物になる。後方の雪山道まで視野を広くとっているのだ。魔弾の雨をかいくぐってどれだけ生き残れるであろうか?
この作戦になんの不安を抱かずに、ただその時を今か今かと虎視眈々とした時間が流れていくと。
突然、ひゅっと硬い物が通り過ぎ去った音が彼の耳の側で聞こえた。それと同時に隣の仲間が倒れる気配を感じた。リーダーはそちらにすぐに視線を向ける。
「・・・おい!」
仲間の1人が突っ伏している。射撃の姿勢で銃を構えたまま、そのまま頭を雪に埋めている、なにをふざけているのか!とそう叱責しようとしたところで、その仲間の頭から血だまりが拡がり始めた。
「っ!??」
硬い物が通り過ぎ去った音は、魔弾が頭を貫いたあとの音だったようだ。彼がそう理解したとき周りで同じ音がいくつも重なって響いた。這い並んだ仲間たちが次々と構えた姿勢のまま突っ伏していく。
「な・なんだ!!??」
「冗談はやめろ!!」
「撃たれている。俺たちは撃たれているんだ!!どこからだ?」
動揺が拡がる中、リーダーは視線を走らせていく。砦からの射撃は距離的に絶対にありえない。ここよりも高い位置からの射撃としか考えることが出来なかった。
「・・・なんだ?それは??」
その推測にまもなく彼の視線がたどり着いた。
「・・・山頂からだと・・・」
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「射撃を緩めるな!各自の判断で動く敵を狙い撃て!!」
シャドーファントムが陣取るもっと奥にある氷山の頂き付近で、ロープにつらされたレイニは部下ともども足場がない状態で射撃を継続していた。敵部隊らしきその黒い標的からは、距離にして300メートルは超えているが、山頂から吹く風に乗ってしまえば、届く距離だ。完全な不意打ちで、一方的な射撃が続いている。
もちろんいち早く気づいた敵も黙ってやられているばかりではない。果敢に打ち返してくるものもいる。だがしかし、その反撃は届かない。理由は高さ、距離、風が邪魔をしているからだ。
「やっぱりシャドー・ファントムみたいだ。・・・勝てる!!」
確信したレイニが引き金を絞るたびに、スコープの向こう側で敵がまた1人倒れていく。
「・・・敵が逃げ始めた!逃すな。ここで殲滅しろ!!」
状況の不利を理解したシャドー・ファントム達が、反撃を止めて逃げ始める。この瞬間こそがレイニたちにとって絶好のチャンスだった。這っている敵は、撤退するために必ず、身体を起こさなければならない。この時こそが的が大きく狙いやすくなるのだ。
部下たちから勝鬨の声が上がる。が、レイニは彼らよりも気持ちが高ぶっていた。今自分たちがこの場にいるのは、ミルキのおかげであったのもある。
「・・・ミルキ。僕はこうやって撃ったよ。」
ミルキとの会話からレイニはこの曲芸じみた射撃を実践してみせた。レイニ隊の魔弾が山頂から風と共に死を運ぶ。ミルキとレイニはマルセイザ共和国軍を襲撃することを前提にした最北軍の行動を読んで、彼らはこのあたりで潜伏するだろうと予測していた。
氷族の情報からここだろうと検討はついていたから、逆算して山頂の頂き。誰も予想出来ない場所。ここしかなかった。奇襲するためにはどうしても高い位置を探さなくってはならず、そんなところは見当たらなかった。魔装銃の射程内で、敵に見つかりづらく、反撃もままならない。そんな条件を満たすのはここを見下ろすことが出来る氷山の頂しかなかった。
ここまでやってくるのに大変だった。なんて言葉で片付けられても困るが、なんとかしがみついて、どうにかこうにか山頂にたどり着いた。
おかげで敵はレイニ隊を察知することが出来なかった。彼らは魔装銃改と同様の性能の銃を持っているが、まだその扱い方を理解しきれていない。この先の戦場の姿が変わることを予測できていなかった。
ミルキは言った。射程の長距離化によって、銃撃戦は射撃の読み合いになる。攻め手が射撃に適した場を選ぶのはもちろんとして、守る側もどこから撃ってくるのか予測して迎え撃つことになる。
狙撃。その新たな概念をレイニは改めて実感した。
「隊長!敵がまだ生き残っています。」
大打撃をこうむったシャドー・ファントムの残党が撤退していくのが見える。もう勝利を得ているが、レイニは逃すつもりはなかった。
「・・・」
ロープで吊るされた状態で、魔装銃を構え集中する。敵との距離がスコープ越しに見て取れる。極限の集中力が生む静寂の中、その手で引き金が絞られた。山風を読んで狙い撃つ。
その一撃が敵の身体に吸い込まれていったことを、レイニは放った瞬間に確信を持った。
「・・・逃がすな!」
山頂に吊るされたレイニ部隊は、全員ではない。分散して氷族からの情報で、あちらこちらに存在する砦を背景にしてそれぞれ配置につなげている。ようはここだけではないということだ。
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同じ頃、東の崖側では、スドウ・セイギが部下たちに指示を出していた。
「予定通りだ。あの崖の向こうに、最北軍が最も警戒しないであろう『死角』がある。そこからの一撃が、奴らの防衛線を崩す突破口となるだろう。」
彼の冷徹な瞳には、勝利への確信が宿っていた。
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レイニからの朗報を伝令兵から受け取ってエリーゼはほっと安堵の息をついた。
この作戦が始まってから4日間、人員に余裕がないなか、指揮官としての疲労は確実に蓄積されていた。寝る暇もないし、ゆっくりと食事を楽しめる時間もなかった。
残りあと2日、このまま凌ぎきれれば、逃げ切れる。そう考えていたところに伝令兵が駆け込んできた。
「エリーゼ隊長!報告です!!東に敵軍が現れました。」
聞いた途端、エリーゼは思考を止めた。それを数秒で打ち切って伝令兵に確認する。
「待って!この前出て行った騎兵隊のこと?」
「違います。空から、どうやら援軍を得たようなのです。氷族も初めて目にしたようで困惑しています。」
「空から・・・規模は?」
「それが大隊そこそこのようで、ただ、馬が6頭ほどそりを引いています。」
予想外の情報でエリーゼは考え込んだ。サマールルに空軍が存在していたことについて失念していた。魔導艇・・・空からの襲撃はまだ実装されていないことが救いだった。ここで空からの襲撃されたとしたら何の手立てもなかった。
「その・・・増援部隊は敵本隊と合流する気?」
「いえ、そのままこちらに進んで来る模様です。」」
「挟撃か・・・」
エリーゼは頭を抱えて考え込んだ。
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「お疲れ様です。よく間に合わせてくれたね。」
同じころ、東の崖側では、6台のそりと共に空から魔導艇で空輸されてきた兵士たちを、セイギは労っていた
「着いて早々早速だけれど、準備にはいってくれ。砲兵隊ハリー隊長?」
セイギがそう呼びかけると、名指しされたサマールルの青い軍服の兵士が走ってきた。するりと引き締まった体格。水色の短髪で整った顔立ちの女性が、彼と向かいあうと、白髪の将は視線を西に向ける。そのさきは最北軍が守る砦方面だった。
「戦況は聞いているね。君には着弾予測をしてもらいたい。見ての通り敵はまだ向こうの先でね。着弾地点を模索してもらいたい。」
「は!6砲全部お使いですか?」
「うん。惜しみなく使うよ。予測するのは一苦労かもしれないけれど、その結果は光信号で知らせてくれ。それに合わせて騎兵隊を動かすから。」
その命を受けたハリー隊長が砲兵の仲間のもとに駆けていく。それを見送るセイギのもとに年は20代後半だろうか?胸板厚く見上げるような巨躯の男が馬を近づけてきた。
「騎兵隊は準備完了しております。セイギ少将。」
「ご苦労様。カイ騎兵隊長。」
「・・・それで少将も参加されるのですか?
「当たり前じゃないか。ここで指揮を執るよ。」
「・・・ですが、我々に比べて、もし少将に万が一があったとしたら・・・」
「大丈夫さ。僕の実力は知っているだろう?」
自信に満ちた上官に、騎兵隊隊長はため息をついて諦めた。
「言い出したら絶対に譲らないことは知ってますので、止めません。ですがくれぐれもご自分の立場をわきまえてください。」
ふたりがはなしている間にそりに積まれた魔装砲の準備が整い始めた。最北軍より一回り大きな鉄鋼製の砲だ。砲身部分は土魔法で補強され、清掃用に水魔法の魔法具が用意されている。
「準備ができた砲から進んで行くよ。頼むよ。」
「では、私も本陣に向かいます。」
そう言って騎兵隊に駆けていった。砲兵たちの作業は順調にすすみ、巨大な砲が出来上がると、それを馬に引かせる形で雪道を進み始める。
「表立って使いたくなかったけど、仕方ない。最北軍は強い。認めるよ。」
300の騎兵隊を従えてその先頭でセイギは馬に跨ってそう言った。
彼の前ではハリー隊長が命令を待っている。
「装填開始!」
指示が下され、すぐさま砲兵たちは動き出した。まずは魔道具で砲口内部を清掃して、それが済んだところで楕円球型の魔弾を押し込んでいく。
「風を注入!」
魔力持ちの砲兵が、砲身に手を置き風魔法を唱える。すると砲身内では魔弾と砲芯との間に風が巻き起こり、砲内が高圧で圧縮される。
「照準!」
スコープを除き砲兵が狙いを調整する。現状では敵を直接視認できないので、次弾での調整を前提に着弾点を予測して狙いを定める。
「発射!!」
砲身内部で爆発が起きる。火魔法で点火された火薬に火が付き、限界まで圧縮された風圧が魔弾を押し上げて螺旋状に刻まれた砲身からいきおいよく飛び出していく。
*****************************************
最北軍の兵士たちのほとんどは、それがなんだったのかわからなかった。ただ何かが降ってきたということだけはわかった。
「・・・」
いち早くその真相に達したエリーゼは一瞬で顔を青ざめさせた。起きてはいけないことが起こっている。理由を見るまでもなく、その結果を聞けば明白だ。
「・・・後方の見張りから東側は見えているはずよ!伝令はまだ?」
エリーゼが求めて視線を背後にやると、そこには報告を抱えた兵士が急いで駆けてきていた。エリーゼのもとにたどり着くと、その兵士は息を整える時間も惜しんで伝令を伝える。
「ほ・・・報告します。東側で砲撃による攻撃を受けました!」
伝令兵の声を打ち消すように、砲撃の音が東から轟く。同時に兵たちに動揺が広がる。
「砲の数は?兵は無事?砲撃への備えはしてあったはずよ。」
「砲の数、死傷者の数ともに不明。しかし、報告によればバリケードが・・・」
「バリケードがなに?」
エリーゼがそのまま尋ねる。伝令兵は怯えながらそれに応えた。
「砲撃に備えて造ったバリケードが破壊されて、そこへ敵の騎兵隊が・・・」
小さなほんの小さな鉄の弾と思われるものが続けざまに降り注いできて、砲撃に備えていたバリケードをハチの巣のように穴を空け、隠れていた兵たちを纏めて壊して叩き潰した。ひどい被害が予想された。前線の防御にあてたバリケード3つが崩れ落ち、そこから生き埋めになった兵たちのうめき声が聞こえて来ている。それ以外の周りの損害は激しく、四肢を失った仲間たちが倒れている。そんな阿鼻叫喚の地獄絵図の中を敵は騎兵隊で襲ってきた。
「・・・」
戦闘と呼べるほどの出来事はなかった。彼らにとっての戦いは砲撃をくらった最北軍の生き残りを始末して止めをさすだけ。一方的な殺戮のあと、その場にいたキラエルの兵たちは誰一人生存を許さなかった。
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「敵影なし。殲滅したようです。大将。」
馬上で槍の血を振りながらカイ騎兵隊長が言う。それに応えて、サーハド大将が大きく頷いた。
「氷族も混じっていたようだな。バリケードを砲撃で壊してくれたおかげで、抵抗らしい抵抗もできないか。」
「こちらの被害はなしです。どうしますか?」
「全速前進。敵を蹴散らしつつ、本陣を目指す!」
「いいのですか?砲撃が撃ち終わったところで先ほどと同じように騎兵隊を進めればいいのでは?」
「次弾を発射するまでの時間と敵に逃げられる時間を与えるのはもったいない。それにあの若造なら味方の位置も把握しているだろう?そうじゃないか?」
自信に満ちた声でいってサーハド大将は騎兵隊長を見た。サマールル軍で構成された300の騎兵隊。崩れ落ちるバリケードを突き抜けてきた実力を示すような精鋭部隊だ。加えてマルセイザ共和国軍の騎馬隊と最新型の魔装銃だ。戦力は過剰であっても申し分ない。
「行け!ここまで足止めされたつけを、最北軍に支払わせてやる!!」
マルセイザ共和国軍大将の号令を受けて、彼らは疾走を始めた。その瞳に戦意を漲らせて。
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東から砲撃の音が聞こえなくなった。すでに最北軍はエリーゼの指示で後退して、ルールカ、ミルキ、リナが招集されていた。
「・・・後方からの伝令よ。敵の騎兵隊が砲撃を待たずに突進して突っ込んで来ているそうよ。数は300。この本陣目指して急速に近づいてきているわ。」
「・・・魔装砲よね?」
ルールカがぽつりと言う。
「そう。魔装砲よ。でも発射されている魔弾が違っているのよ。おそらく魔弾の中に小さな鉄弾をいっぱいしこんであって、それが地面に着弾する前に爆発させて、その衝撃で鉄弾を弾き飛ばす。魔弾改といったものかな・・・都合よく頭上で爆発させるなんて許容できないけどね。」
「・・・バリケードが何にも役に立たないなんて・・・」
ミルキが静かに頷く。
「従来の魔弾とは兵器として考え方のケタが違うのよ。今の最北軍が守っている砦でもバリケードでも意味をなさない・・・」
「それを用いて大被害を与えた上で、さらに騎兵隊で追い打ちをかけると・・・」
まだ見ぬサマールルの智将をエリーゼが苛む。ミルキの暗い表情を見て、天を仰いだ。さてと・・・どうしようかな?
一つ深呼吸して焦る心を落ち着かせて、エルフは思考を整理する。どこまでどのぐらい追い詰められているのか?まずはそこを認識していなければならない。
騎兵隊300とマルセイダ共和国軍が接近中。その行軍を邪魔できるような配置はなし、よってここまでまっすぐにやってくる。サマールルの軍服を着ていることから精鋭だとおもわれる騎兵隊が、魔装銃改と同様の装備をしている可能性も高く、マルセイザ共和国軍の使兵とは練度が違うと思えざるおえない士気の高さと動きの速さだ。
この時点で結果は目に見えてしまった。おまけに補給品はもうない。
ため息を吐き出して、エリーゼは覚悟を決めた。
「・・・そういうわけで、ルールカ!一緒にお出かけしようか。」
長い沈黙のあとの言葉がそれだった。それを聞いたルールカは微笑んで頷き返す。その微笑みに苦笑で応えて、エリーゼは視線を移した。
「ミルキ。あなたにここから指揮を任せるわ。」
「は?」
「私とルールカは兵を率いて騎兵隊の迎撃に向かうの。あなたはここから私に代わって起動防御作戦を執るのよ。任せたわ。」
「待っ・・・」
反論を許すつもりも時間もなかった。エリーゼは陣地全体に響く声で叫んだ。
「エリーゼ隊、ルールカ隊は直ちに迎撃に向かうため、集合及び整列!」
見守っていた兵たちが、その命令を受けて一斉に動き出した。
「残りは、装備を解除して撤退!君たちはミルキの指揮に従って迅速に最北軍本隊を追いかけなさい。」
「待ちなさいよ!いきなりそんなこと言われたって・・・そもそもエリーゼ隊とルールカ隊だけで迎え撃つって自殺行為じゃない!だったら私の・・・」
砲兵隊を率いて迎撃に出た方がいい。と言おうとして、ミルキの言葉が途切れた。残る魔装砲すべてを投入したとしても、とてもじゃないけれど時間を稼ぐ自信がなかった。
「ミルキ。魔装砲改以上の威力を誇る兵器を相手が持っているのなら、まともな砲撃戦になったら私たちの負けなのよ。なら砲兵がいないところで私たちの不利は何にも変わらない。」
「理屈はわかるけど、自殺行為は変わらないでしょ!なにか具体的な作戦でもあるの?」
「あったらいいな。これから考えるところよ。」
絶句したミルキを置いておいて、エリーゼはもう1人に視線を移そうとするが、すでに彼女はルールカのスカートの端をつかんでいた。
「ルールカと一緒にいる。一緒に連れてって!です。」
「・・・リナ。ミルキたちと撤退したほうが・・・」
「いや!いくら生き残っても、ルールカが死んでいたら意味がない。ルールカの最後を看取るの!・・・です。」
氷族の掟でルールカは族長を討ち取ったことにより、部族を纏める責任がある以上、むざむざ死地に送り出せるわけがない。正式に氷族の族長を決めるまでは、娘であるリナの方針に従う。また彼女が譲れない理由はそれだけではなかった。
「わ・私。こう見えても戦えます。力になれる。です。」
ルールカのスカートをぎゅっと掴み、横目で彼女を見つつリナは言う。
その決意はもう変わらないようだ。エリーゼは悟と首を縦に振った。
「いいよそれで。リナ。ただし私の指示に従わなかった場合は強制的に縄で縛って送り返すからね!それでいい?」
縄で縛る。その言葉に何か感じるものがあったのか?ルールカの言葉にリナは赤面して頷いた。リナから視線を打ち切って身をひるがえしたエリーゼは、そのまま陣地の東側に足を向ける。ルールカとリナもそれに続いた。
「待って!まってよ!」
遠ざかっていく仲間の背中に恐怖を覚えて追いすがるミルキを、エリーゼは背を向けたまま言葉で制止させた。
「ミルキ。あなたの持ち場はここからの早期撤収。シルヴィとレイニと合流を果たして、最北軍本隊を追いかけること。私たちは2日間ここを守るわ。だから3日後にまた会いましょう。」
「無茶苦茶じゃない!あと2日も守り切れるわけないよ!」
「そうね。はっきり言って無理っぽい。」
「・・・」
言い返す言葉が口から出ないミルキに、エリーゼは言葉を繋げた。
「私ね。死守って言葉が一番嫌いなの。どんな状況であれ、死んでも守れ、死ぬまで守れ・・・そんな理不尽な命令を私は決して部下に命じない。ここまでだと悟ったのなら迷わず逃げを選択してほしい。それも間に合わないようなら降伏してほしい。」
「・・・だったらもう降伏したらいいじゃない!」
「ミルキ。順番の優先順位をはっきりしておきましょう。シルヴィを無事に守り切る。これが一番大事。シルヴィは無事だけれどここは守り切れない。これが2番目。それ以降は最悪なのよ。わかるよね?シルヴィが無事でないのなら、結果はどれもこれも最悪。」
だから、とエリーゼは強い口調で、仲間として戦友として感情を込めて
「生きて。そして3日後にまた会いましょう。」
その言葉を最後にエリーゼは歩き出す。最後の別れを拒否するようなそんな背中に、ミルキは零れる涙を必死に食い止めて身をひるがえした。
「またね!絶対だから!」
敵部隊を迎え撃つべく向かい始めたエリーゼ達だが、すでに日が暮れ始めていた。視界が次第に悪くなる中、エリーゼの頭の中は凄まじい速度で思考を巡らせていた。
彼我の戦力差は言うまでもない。だが、ここで1つだけ幸運が巡ってきた。今が日暮れ時だということだ。暗い中の戦場であれば光撃が活かせる。それを軸にして作戦を考えるべきだろう。
「このままだと2時間後には敵と遭遇します。策はあるのでしょう隊長?」
隊と合流してからほとんど口を開かない隊長に焦って、隣を歩くリン副隊長がそう尋ねた。まだ何も思いついてないエリーゼだったが、あえて不敵に笑みを作って魅せる。
「・・・魔導艇には思いつかなかったわ。だからかな?私にしては珍しく負けん気というものが湧いてきたの。このままじゃぁ気が清まない。リンもそう思わない?」
質問の答えになっていなかったが、そういう彼女の目はまだ死んでいないことを確認できたことにほっとして、リンは前方に視線を向けた。この先どうなるかわからないけれど、万が一の時はエリーゼの盾となってこの身を犠牲にしようと、そう自分自身に自覚が目覚めたようだ。
「精霊を使役している隊長には無用かもしれませんけど、一応言っておきます。ここから先は雪原しかありません。かろうじて迎撃につかえそうな起伏がある場所は1か所のみ。影に隠れて兵を伏せさせることは可能です。」
「向こうはそれも把握している可能性はあるわね。仮に奇襲を成功させたとしても、敵はそのまま私たちを無視して追撃にいくでしょうね・・・」
エリーゼは舌打ちする。思いつく限りの戦い方では足止めにすらならない。光撃で一瞬怯ませたところで、相手はサマールルの精鋭たちだ。すぐに統制を取り戻して反撃してくるに違いない。他にも、敵側がこちらの手を読んだ場合、魔装銃で迎撃されることも考えられる。そうなったら、最悪だ。光撃も意味もない射撃を受け続け、隊列が崩壊したところで騎兵隊の突撃を食らう。その先には全滅しかないだろう。
「そう・・・問題は圧倒的な兵力差をなんとかしないことには、同じ土俵すら上がれない。」
そのためにはどうしたらいいのか?打開策を求めて思考を巡らせているところに、前方から馬蹄が蹴る音が響いてきた。敵ではない。調度考えていたところだったので一瞬ドキリとしたが、ルールカと隊の偵察部隊だった。
「偵察してきたわ。レイニ隊がまだ残っていたから早急に非難させたわよ」
「それでいいわ。ところでルールカは実際に敵部隊を見てきてどう思った?このまま迎撃することは可能だと思う?」
「・・・無理ね。起伏があるところは場所が限定されているし、いっそ穴でも掘ってみようかと考えたけれど・・・」
ルールカの言葉に覇気を感じない。そう、そうなのだ。足止めを受けた敵側はまっすぐの進軍を諦めてくれるかもしれないけれど、その場合は迂回してこればいい。つまり、足止めだ
けではダメなのだ。ここで敵を迎撃したうえで侵攻を妨げなければならない。
「・・・今までの常識を捨てないといけないわね。ルールカなんでもいいから情報をくれない?凝り固まった頭をほぐしたいの。」
進路を東に向けた騎馬隊と並んで進みながら彼女はそう頼んできた。ルールカはそれにすこし考えて口を開いた。
「・・・ここからいったん戻ったところに針葉樹の森があるわ。その先には深い谷。ハルマン騎兵隊長が亡くなった峡谷よ。追い詰めたとみせかけて、そこで襲撃する。上手くいけば活路が見いだせるかもしれない。」
いい目の付け所だとエリーゼは感心した。迎え撃つのではなく後退しての迎撃はないかと思考を巡らせてみる。絶望的な戦力差を、どうにかならないかと・・・
「・・・あ!」
想像して提案と検討を破棄して繰り返す。そうしてそれでも残った仮説を積み重ねていくうちにエリーゼの思考がある閃きを得て止まった。
「・・・これはいける?どうなの?・・・後方への後退は向こうもあらかじめ視野に入っているはず・・・確かに敵の度肝を抜かせることは出来るかもしれないけれど……」
何かを思い立ったエリーゼに周囲から期待の視線が集中する。だが、そうなると逆に彼女としてはそれを口に出すことが躊躇われた。期待に沿える内容ではないのだ。
「……思いついたことには、思いついたわ。でもこれはどう考えても良案とは言えない。愚案もしくは狂案よ。こんな状況に追い込まれなければ絶対に思いつかないほどに……」
苦渋の表情でつぶやきながら、しかし彼女は心の片隅で理解していた。現状を打開できる策など綺麗ごとではないということを。氷族族長エスエム・アナークが狂気じみた戦法を執らざるを得なかったことがここにきて実感する。
「……戻りましょう。やるならそこしかない。」
そう言ってエリーゼは踵を返した。慌てて後を追ってくる兵たちの、その全員の期待と不安が全てが、エルフの背中に重く圧しかかる。
「……結果はどうなろうとも、私はこの作戦を永遠に忘れない……」
そのつぶやきは誰にも届くことはなかった。しかし、彼女の瞳の奥には、狂気にも似た静かな炎が宿っていた。この雪原が、明日には血と氷に染まることを予感させるかのように。
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夕日の残照を受けつつ、サーハド大将は夕暮れ時の進軍を続けていた。
途中に戦闘もなければ敵影すらない。サマールルの砲撃以降は敵はすでに急遽撤退を始めたようで、剣やら魔装銃やら鞄が放置された陣地だった場所に彼らを阻む者は誰もいなかった。
「奇襲があるとすればこの先です。大将。警戒を厳にしましょう。」
「針葉樹がある森だな。敵はどうやって待ち構えてるやら」
サーハド大将の口元が緩む。が、その眼光はギラギラとさせていた。
「・・・あれは?」
問題の場所が先に見えたところで、先陣を切っているサマールルの騎兵隊が異変に気づいて速度を落とし始めた。大将はすぐに双眼鏡を取り出して覗き込む。
針葉樹が生い茂っているその場所に行く手を阻む形で土嚢が積まれている。そのさらに向こう側には魔装銃を構えた最北軍が横一列に並んでいる。
これまで通り過ぎてきたいくつかの陣地同様、ゲリラ戦法を主体にしてきた敵側にしては違和感があるとサーハド大将が思っていると
「大将、上からだと思われます。」
「だろうな。」
進軍の速度を緩めながら馬を歩かせて、大将は目の前の情報を分析する。
「進路上に土嚢で固めて、後方には魔装銃を構えた兵士に視線を集中させて、突撃した騎兵隊が森に侵入をはたしたところで、木の上に潜んでいる敵がすかさず奇襲する。そういうことか。」
そう推測して肩をすくめて見せるサーハド大将。
「進退窮まった・・・ということだな。向こうの思惑通り突撃などしてやらん!」
そう結論づけると、サーハド大将は周りの兵士たちに命令を告げた。
「魔装銃射撃準備!」
受けた兵士たちが、一糸乱れぬ動作で銃身を抜き、全員が射撃体勢に入った。
「目標地点まで射程が届くところまで接近する。騎兵隊は後詰めに備えろ!」
銃を構えた兵士たちが静かに前進を始める。旧来の魔装銃だったのなら100メートルも離れていたら届かない距離だったが、今は新たな魔装銃をサマールルから取り寄せている。数は中隊規模しか用意出来ていなかったが、それでも十分だ。これだけ離れた場所から攻撃できるのだから、敵の奇襲作戦は意味をなさない。
「木の枝に狙いを定めろ!やつらは必ずそこにいる!!」
横列に展開された魔装銃隊の銃口が針葉樹の枝に潜んでいると思われる影を捉えた。
「よし!撃て!撃て!!」
その銃声が鳴り響いたと同時に、彼らが居るその足元から、身を隠す雪を払いのけて人影が次々と這い上がってきた。
マルセイザ共和国軍の使兵たちが整然とした隊列のあっちこっちで、一斉に閃光が奔った。魔弾に込められた光魔法が、使兵に馬に等しく目に突き刺さり、
「「「!!??」」」
使兵は悲鳴を上げ、馬たちは絶叫に似た嘶きをあげた。薄闇に慣れた目に直接光を受けて、視界がホワイトアウトする。その突然の衝撃はサマールルの精鋭部隊でさえパニックに陥った。
「な!??お、おい!!」
「て・敵襲だ!!わぁぁぁぁ・・・」
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騎乗していた者たちは馬を落ち着かせようとするが、地面に潜んでいたそれは、そうさせない。暴れる馬に刃を突き刺し、さらに馬のパニックを助長させ、それが済めば隣の馬に標的を変える。
「は!」
凄まじい恐怖と圧迫感の中でその作業を率先してこなしながら、リナの瞳は輝いていた。馬と馬の間をすり抜けて、馬上から降り降ろされる剣を躱しつつ、次の馬に目掛けて魔弾を発射する。とても正気の沙汰で続けられる行為ではない。
「もっと暴れる!」
手近な馬の胴体に、落馬した敵に、リナは容赦なく父親に教え込まれた格闘技で、拳を、蹴りを、肘を、膝を叩き込んで行く。その背中を氷族の男2人が必死になって追いかけていた。
「リナ!前に出過ぎるな!いくらなんでも守れねが!」
という氷族の男の叫びも虚しく、リナは敵兵の波の中を駆け抜けていた。その視線の先には、多勢に囲まれ、一瞬、怯みそうになった。と、同時に脳裏に父が倒れた日の光景がフラッシュバックする。あの時と同じ無力感に襲われそうになったが、ルールカの「強くなりなさい」という言葉が、リナの心を奮い立たせた。
「聞いてないなあれは・・・」
剣と魔装銃を握りしめて、またこの2人も敵本陣の真っただ中をなんとか生き延びている。無我夢中になって走り回るリナの気持ちは痛いほどよくわかる。この状況で立ち止まったその瞬間が死だ。
一秒でもその刹那でも長く生きたければ、パニックに紛れて動き回るしかない。この混乱の渦中にだけ生存が許されているのだ。だが、そうやって動いていたとしても死ぬ可能性は高い。
エリーゼが狂案・狂策と呼んだのはそこにあった。この作戦の意味するところは、勝利でもなく敗北でもなく、始まってしまったら誰にも止められない混乱なのだ。
「動け!考えるな!止まるな!」
恐怖のあまり立ちすくんでいる味方を見つけてはリナ達はその背中を蹴り飛ばした。
騎馬を見つければ光撃。それでまた一頭の暴れ馬が出来上がり、騎手を置き去りにして暴れ狂う馬。
「はぁ!!」
使兵が剣を向けてくるが、リナは身体を回して反撃する。使兵は顔面を割られて倒れこみ、そこにまた新たな使兵が割り込んでくる。
まとめて3人を相手とりながら状況を確認する。戦場の全体は見渡せないが、聞こえてくる敵と馬の悲鳴から、混乱は順調に拡大しているようだ。だとすれば生と死の狭間の戦いもそうそう長くは続かない。
「策は旨くいっている。あとはエリーゼを信じる!です。」
剣先が裂き迫り、リナは首を傾げてそれを躱す。混乱が深まる戦場の中、リナ達を含む全員が想いを一つにしていた。一瞬その刹那に全力を出しきって、生きているという実感を僅かな時間だけ感じとれることが出来た・・・
「ど・どうなってるんだ?」
隊列の端っこにいて、運よく混乱に巻き込まれなかった使兵や騎兵たちもいた。彼らは距離が空いた場所で無事な味方達と固まって集まりつつ、固唾を呑んで状況を見つめている。敵味方が入り混じった乱闘に暴れ馬が入り交じり、混乱が収束する兆しは全くなかった。
「と・とにかく固まれ!集まれ!!」
騎兵の1人が散らばっていた味方に大声で呼びかける。命令系統を失っても各自の判断で動けるのはサマールルで鍛え上げられた優秀な騎兵の証だ。その求めに応じて、少しずつ集まってくる。
「よし!早くこちらに来て隊列を組みなおせ!」
混乱から抜け出し、冷静になれれば反撃も容易く移れる。そう考えた彼が率先して指揮を執っていると、ふと、背後からまとまった蹄の音が聞こえてきた。
「おぉ!!いいぞいいぞ!!これで一気に・・・」
喜びの声が途中で戸惑いに変わった。背後から駆けてきた騎兵たちは、赤い色の軍服を纏っており、お互いの距離が縮まってきたところで速度を上げ始めた。
「・・・違う!!あれは敵だ!!敵!襲撃にそなえろ!」
「しっ!!」
彼らが満足な迎撃態勢をとる前に、ピンクプラチナの少女率いる騎馬隊が襲い掛かった。疾走によって勢いが増した騎兵と、止まったままの騎兵では勝敗は明らかだった。
ルールカ率いる騎馬隊の突撃によってせっかく集められたサマールルの騎兵ともども蹴散らされ、怯んだところに容赦のかけらもなく刃を浴びせる。
「次!」
地面から這いあがってきたルールカはまず騎兵隊に襲い掛かった。落馬させて馬を乗っ取る。普通に考えてみれば馬は拒絶するだろう。しかし、彼女はサキュバスである。だからチャームという特技を活かして馬を乗っ取ることに成功した。
自分たちの騎馬隊分の馬を確保してから、戦場を駆け巡る。最北軍側に騎兵隊がないことはサマールルの騎兵隊、マルセイザ共和国軍側も把握していたところからの騎馬隊だ。さぞ度肝を抜かれたことだろう。
敵の殲滅にこだわらずに、落ち着きかけた秩序を壊して、ルールカ達は次の標的を目指して疾走する。
本陣からの混乱を抜け出した敵への追撃。この役割もまた、戦場を1秒でも長く混乱させるためのものだった。落ち着かせてはいけない。この混乱が続けば続くほどこちらは有利になる。ルールカはそれをわきまえていた。
際立った混乱の最中の中で、サーハド大将は沈黙していた。彼の目の前で繰り広げられる惨状に何も対策を講じられない姿を晒していた。
「嵌められた?いや・・・わしが見誤ったのか・・・」
低い声で呟いて、マルセイザ共和国軍の将は拳をきつく握りこんだ。その怒りは今、敵の将に対してではなく自分に向けられていた。
「・・・無様だ!ゲリラ戦法だと決めつけて、注意を怠った・・・」
土嚢と針葉樹は前方に注意をむけるフェイクに過ぎなかった。騎兵隊が通り過ぎ、本陣が来るのを虎視眈々と息を潜めて地面に穴を掘るなりクレパスを利用して、雪でカモフラージュして待っていたのだ。それが一見して非常識且つ大胆なアイデアのようで、実に論理的で理に適う思考から導き出された必然の作戦であることにサーハド大将は気づいた。
サーハド大将は当初、3つのアドバンテージを持っていた。1つ目が兵の数、2つ目が攻撃力、3つ目がサマールルからの増援だ。見方を変えてみれば、このうち1つ目と2つ目は混乱を招くことにより3つ目も打ち消すことが出来る。
兵の数は隊列を保っていることでその力が生み出される。最新の魔装銃、魔装砲は一方的な射程からの攻撃に破壊力を伴っていることに尽きる。両方同時に機能を停止させるためには間合いを詰めることだ。隊列を正しく保てない兵はただの烏合の衆だ。新兵器を持っていても味方に被害を与える可能性が生じるので、その優秀な性能は使い物にならない。相手はそれをわきまえていたにすぎない。
「・・・加えて目を狙った光撃。いくら訓練を重ねたところで、いきなり目を潰されれば生きるものすべてパニックに陥るだろう。その混乱によって彼我の兵力差はないに等しい。戦いに参加できない烏合を増やし、無力化させる。くっ・・・」
「た・大将?」
「これは運頼みでも度胸試しでもない!極めて高度な用兵術だ。だが、しかし、わしは認めない。おかしいだろう?そこまで考えつくされた結果が混沌なのか?」
吐き出すようにサーハド大将は唸る。その視線の先では、見るも無残な泥沼化された争いが行われている。戦術も戦略も一切何もない。ただの殺し合いが、いつ終わりが訪れるのか分からずに続いている。その行きつく先には、勝者も敗者もない。屍の山が積み重ねられるだけだろう。
「見るに耐えん!!前面を突破する。行くぞ!!」
「待ってください大将!ここから動いたところで、孤立したところを狙われます。」
悲痛な声で制止を促されて、サーハド大将は辛うじて自制心を取り戻した。この状況に采配をするものが、先走って危険を冒してはならない。自分が死ねばマルセイザ共和国軍は敗北したことになる。
だとして、この混乱をなんとかしなければならない。打開策を求めて周囲を彷徨った視線が、ふと目の前に現れた刃に注目する。
「はぁ??」
「マルセイザ共和国軍の将よね?その首いただくわ!」
「貴様!どこから来た!!」
大将の顔が緊張で引きつった。驚きと恐怖と、そして憤りによって。
「どこから?今更だわ。どうする?死にたい?それとも交渉する?」
「・・・っちぃ・・・」
首元に刃を突きつけられ、その屈辱にサーハド大将は全身を震わせて自身の不甲斐なさを罵った。
耐えられるはずがない。あなたにはこの状況を受け入れられないはず。
ルールカとリナが作り上げた混沌の乱戦。エリーゼはただひたすら敵将が見せる隙が出来上がるのを待っていた。
ここまで潜んでいてはっきりとわかった。サマールルの智将と名高い少将はこの場にいない。マルセイザ共和国軍の将とて汎将とはとても思えない采配ぶりを振るっていた。だけれどだ。感情に左右されて流されてしまう一面を晒してしまう極めて優秀な将の1人に過ぎない。常に理詰めで最善手を模索し、求め続けるわけではないのだ。
身体を震わせて逃れようとする男をエリーゼは必死に食い止める。
だからだろうか?こういったタイプの人とは思考が読みやすい。用兵上の価値観を基本通りに守っている机上型の軍人だ。戦争の展開を机上で推察してコントロールしておきたがる。そういうタイプは予想外の展開に真っ当な対処は出来ない。
倒れこんで落馬を促す将にエリーゼは、相手をクッションにして難を逃れる。サーハド大将は地面からダメージを2人分背負った形で受けることになる。大将の口から苦痛の声が漏れた。
このタイプが一番に嫌がること、すなわち無秩序に陥って混乱することだ。手のつけようのない混沌の中に、何も講じることなく兵たちの命が散っていく。その無力、なす術がない現実にあなたは決して耐えられない。断じて認められない。
力が尽きるのを狙って背後から使兵が周りを囲む。すかさずエリーゼ隊の兵たちがそれを潰し、その隙に彼女を引っ張って敵将もろとも守る。
敵将の首を採る。そんなことは今はしない。この状況だとそれは事実上マルセイザ共和国軍の敗戦に繋がるが、それを示せば最北軍は最後の一兵まで狩りつくされることになる。交渉だ。だが、こっちは最後まで戦い果てるつもりだが、そちらは、大将首を採られて負けておいてさらに損害を増したいのか?という強い意志を示す。
エリーゼと敵将を守る兵士たちに、一斉に敵兵が襲い掛かってくる。
どうしたの?まだなの?早く素直になりなさい!頭を切り替えて。こんなところであなたは死にたいの?
もはやここまでかな?と悟ったエリーゼだが、四方八方から迫りくる脅威に、なおも強く睨みを効かせる
「戦闘停止!!」
サーハド大将の口から叫ばれた命令が、攻撃を仕掛ける使兵に急速に伝わって動きが停止する。エリーゼの口元に笑みが浮かんだ瞬間だった。




